第156話 独自インフラ

「東京都の税収が全然伸びてないじゃないの! これはどいうことなの?」


「ええと……様々な要因が重なりまして……。減少しておらず、微増なのはむしろ幸いなのではないかと。これも、田中内閣の経済対策が効を成した成果だと思われ……」


「田中なんてて褒めるんじゃないわよ! あんな老害! 初の女性総理大人になる私に比べたら雑魚なんだから! 税収が伸びなきゃ、意味ないでしょう! 私が総理大臣になれないじゃないの!」


「と、仰られましても……」


「本当に使えないわね!」




 今日も、加山都知事の機嫌は最悪だな。

 税務担当者の報告を聞いて勝手に激昂しているが、そもそも税収が落ちたのは、あんたが人気取りで冒険者だけに重税をかけようとして、彼らに冒険者特区に逃げられてしまったからなんだが……。

 理不尽に怒られている職員が可哀想だが、今の東京都で出世したければ、このババアのヒステリーに耐える必要があった。

 もし加山都知事が余計なことをしなければ、東京都も大幅な税収増だったのに惜しいことをした。

 その件について議会で彼女を追及する与・野党議員たちもいたが、彼女はマスコミ対策の名人だ。

 元々東京都議会に注目する人などほぼいないのもあって、マスコミは報道しない自由を駆使している。

 彼らは、田中内閣の粗探しで忙しいからな。


「ところで、電気料金の値下げが中止ってどういうことよ! 目玉政策じゃないの! 逆に電気料金が値上げって、どういうことなの?」


 税務担当者に対し、電気料金のことで怒っても仕方がないと思うのだが、激昂した加山都知事にそれを言ったところで火に油を注ぐだけだ。

 出世したければ、しばらくし我慢するしかない。


「元々戦争やら資源高で電気料金は上がってましたし、都知事が冒険者たちを怒らせたからですよ」


 世界中から化石エネルギーが消滅してしまったので、かつての資源大国ですら魔石を輸入するなんてことも珍しくなくなり、資源輸出国になった日本の魔石は、世界中で高く売れた。


「日本で採取された魔石なので、日本の買取所が買い取るケースが大半とはいえ、冒険者は誰に魔石を売っても……まあ、反社勢力でもなければ問題ないため、当然高く買ってくれるところに売却します。海外が高く買うということは、国内の買取所も対抗して魔石の買い取り価格を上げる必要がありまして。買取所から魔石を購入している電力会社は、魔石の仕入れ代金が上がっているのです」


「冒険者特区の電気料金は下がったと聞いたわよ!」


「……」


 ちっ!

 ろくすっぽ仕事をしないくせに、そういう情報を集めてくるのだけは早いな。


「それは、冒険者特区の発電コストが大幅に下がったからです」


「電力会社に同じことをさせなさい!」


「無理ですね。向こうは新しい発電方法を採用、普及させていますから」


 化石エネルギーが地球上から消滅したのは事実だが、実は発電、送電方法にあまり差はなかった。

 以前は石油、石炭、天然ガスなどを発電所で燃やし、その熱エネルギーで水を沸かし、蒸気でタービンを廻して発電機に回転する力を伝えて発電していた。

 今は魔石を砕いて水と混ぜて魔液とし、これを燃やした熱で水を沸かし、蒸気でタービンを廻して発電機に回転する力を伝えて発電しているからだ。

 この方法の利点は、既存の発電所を利用できる点にある。

 発電効率を上げるため、重要装置の部品やタンクにミスリルメッキをする必要があるが、メッキしてなくても発電は可能だ。

 コストは跳ね上がるけど。

 ところが、冒険者大学、イワキ工業、フルヤ企画の合同研究チームが、魔石をそのまま用いる『魔石発電』の開発に成功したのだ。

 この他に、高性能な大容量蓄電池と発電効率に優れた新型太陽光パネルなどの設置も進んでおり、冒険者特区内の電気代が安くなって当然であった。


「きぃーーー! 冒険者ばかり! 都内の電力会社にも同じものを採用させて、電気料金を下げなさいよ!」


 加山都知事がどうして電気料金の値下げに拘るのかといえば、それをやれば彼女の人気が上がるからだ。

 彼女がそれに手を貸したなんて事実はないが、政治家なんて適度の差はあれ、他人の成果を、さも自分の成果のように強調して言う生き物だから気にしてはいけない。

 少なくも、長年政治の世界にいる私は慣れた。


「残念ですが、時間がかかると思います」


「どうしてよ?」


「魔液を製造している元石油会社が潰れてしまいますから」


 本当は、世界中から化石燃料がなくなった時点で倒産しても仕方がなかったところを、石油の精製技術が魔液の精製に利用できるから助かったどころか、魔液の品質が発電効率に大きく左右するから、日本の元石油会社は海外への輸出で大儲けしていた。

 もし魔石で発電ができるようになったら、魔液を作っていた会社が潰れてしまう。

 ついでに日本政府は、同じく潰れるはずだったガス会社も魔液事業に関わらせて倒産を阻止していたから、余計に魔石発電の普及には時間がかかるはずだ。


「冒険者特区は?」


「あそこは元々特区で規制が緩いですし、冒険者特区での発電が効率化されたら、その分多くの魔石が世間に出回るじゃないですか。冒険者特区のみという条件で、魔石発電は認められています」


「東京は?」


「発電所の改造もしないといけませんから、すぐに電力は安くはならないでしょうね。冒険者特区は例外ですよ」


「きぃーーー! 古谷良二ぃーーー!」


 加山都知事は、よほど古谷良二が嫌いなようだな。

 もっとも、古谷良二も加山都知事が大嫌いだろうけど。

 古谷良二本人から直接聞いたわけじゃないが、全財産を賭けてもいいくらいだ。


「どうにかしないと……」


 どうにかって、別に加山都知事の支持率が下がってリコールされかけているわけでもないし、このままでも問題ないと思う……なんて意地悪を言ってしまったが、このままだと彼女は、都知事のまま政治家人生が終わってしまうから焦っているのだろう。

 どうにか都知事として人気を得て国政に戻り、総理大臣を目指す。

 それが彼女の目標なのだから。


「(とはいえ、それもなかなか難しいだろうな)」


 基本なにもせず、世間へのアピールのみの加山都知事の支持率が安定しているのは、ダンジョンのおかげて世間の景気がいいからだ。

 世間の人たちは、景気さえよければ都知事なんて誰でもいいと思っているのだから。

 それよりも、少しは都知事の仕事をしてくれないかな?

 無理だろうけど……。


「あんた! なんとかしなさいよ!」


「ええっーーー!」


 まだ都知事室にいた税務担当の職員が理不尽に怒鳴られ、この世の終わりを迎えたような顔をしていた。

 この仕事を辞めなくてはいけないのだろうか?

 と、思っているはずだが安心してほしい。

 どうせ彼女は、翌日になれば今怒鳴ったことなんて忘れてしまうのだから。

 それよりも、加山都知事はゴーレム、AI、ロボットを東京都に導入して職員を大幅に減らし、人件費を節約することを目論んでいるから、転職のあてがなければ心を落ち着かせてしがみついたく方がいいに決まっている。


 私だって、今さら転職は厳しいので彼女の秘書を続けているのだから。




『魔液でなく、直接魔石を用いて発電する。こうすることで、さらに発電効率を上げることに成功しました。今は、魔液発電の十倍くらいの発電効率ですけど、もっと研究が進めば五十倍、いや百倍までいけるはずです。冒険者特区はSDGsを推進しているので、魔石発電の普及を急ピッチで進めています。高性能な太陽光パネルも特区内の各所に設置してますし、大容量でほとんど放電しない蓄電池をビルなどに設置すれば、非常時の電力確保も容易になるでしょう』


 こういうのを、コラボ動画というのだろうか?

 もしくは、学術系?

 冒険者大学に入学した俺は、やはりほとんど出席していなかったが、岩城学長から依頼を受けて魔石で直接発電する方法の研究を手伝っていた。

 元々理論はあったのと、岩城学長も協力してくれたので、無事に開発に成功。

 早速特区内の発電所を改良して、発電に使用する魔石の量を大幅に減らすことに成功した。

 残念ながら、魔導工学も駆使しなければ魔石発電機は製造できないので、しばらくは冒険者特区以外に普及させるのは難しいだろう。

 俺は飯能総区長と共に、魔石発電の原理を説明したり、試作した魔石発電機の現物を紹介したものを自分の動画チャンネルで更新。

 またも、多くの視聴回数を稼ぐことに成功した。

 飯能総区長は無料出演……下手にギャラを貰うと面倒らしい……だったが、環境に配慮しつつ。

 冒険者特区の経済発展、財政の黒字化、減税を実行して支持率を大幅に上げていた。

 まだ国会議員でもないのに、総理大臣にしたい政治家ランキングのトップだそうだ。

 なお、俺が大嫌いな加山都知事は微妙な順位にいた。

 あんな人に総理大臣になってもらいたいと答える人たちが俺には理解できないが、これを多様性というのだろう。


『他にも、環境に配慮した水の濾過循環システムの研究もしています。下水を完全に濾過しつつ、このところやはり価格の上昇が止まらない肥料を下水から作って販売する計画です。生ゴミの肥料化も進めています』


 この日の動画は割と真面目な内容だったけど、思ってた以上に再生回数が取れたのでよかったと思う。





「いいから、やりなさい! 都知事である私に逆らうの?」


「逆らうもなにも、どうしてそんなことをしないといけないのです? 雨量が減って、取水制限が出たわけでもないのに……」


「上野公園ダンジョン特区なんて裕福なんだから、ちょっとくらい値上げしても大丈夫よ。もしかして、この私に逆らうの?」


「いえ、そんなつもりは……」


「なら、やりなさい。上野公園ダンジョン特区が東京都から独立した時、水道局と送水システムを独立させて正解だったわ。水は貴重なもので、東京の河川から取水しているんだから、今の値段じゃあ釣り合わないわ。五倍に値上げよ!」


 こうなったら一円でも多く冒険者特区から搾り上げ、冒険者のことが大嫌いな人たちからの熱狂的な支持を受ける。

 政治家として生き残るためには、選挙に行くのかどうかもわからない一般人よりも、たとえバカな愚民たちでも、私を熱烈に支持をしてくれる支持者を得る必要があるのだから。





「と、加山都知事が決めたそうです」


「あのババア、どうして都知事なんですかね?」


「アレでも昔は、改革の旗手とか言われててね。徐々にこうやって化けの皮が剥がれてるんだけど、マスコミ関係者と仲がいいから」


「そうなんですか。で、上野公園ダンジョン特区は、水をどうやって確保するんです?」



 突如、上野公園ダンジョン特区に対し、東京都が水道に関わる費用を五倍に値上げすると通告した。

 上野公園ダンジョン特区から出た下水を東京都の下水管に流す際の使用料なども同じだそうで、いくら高レベルの冒険者でも、なければ死んでしまう水で攻撃を仕掛けてきたわけだ。


「冒険者が嫌いな人たちが、加山都知事のやり口に称賛の声をあげ、拍手喝采しているみたいだね」


「嫌われたものですね」


「冒険者な持てる者たちの集まり。社会主義的な人たちは、冒険者を敵視する人が多いからね」


 冒険者を排除すると、この世界は今の生活レベルを維持できなくなるんだが、それで構わないのだろうか?


「古谷君、君は知らないと思うけど、もう数十年も前からそんな人たちは沢山いるんだよ。先進国で恵まれた生活を送りながら、科学文明を批判してみたりね。まあそれだけ人間というのが矛盾した生き物である証拠だろう。と、ポピュリズムの大家加山都知事の兵糧攻めに対する評論はこのくらいにして、冒険者大学で研究中の『水循環システム』の導入を急ぐとしよう。古谷君も協力してくれ」


「わかりました」


 しかし、加山都知事もそんなに冒険者が嫌いなのかね。

 とにかくこの件で、冒険者特区は完全なる自給自足体制の構築をしなければいけないことが判明した。

 加山都知事のようなポピュリズム政治家が、いつ他の地方自治体や田中政権以降の日本政府内に出現しかねないからだ。


「まずは、東京都の水攻めに対抗しよう」


「そうですね」


 俺は飯能総区長の依頼を受け、まずは特区内に独立した水供給システムの建設に協力することにした。




『見てください。この広大な貯水池を。この貯水器は別の次元にあり、上野公園ダンジョン特区で必要とされる水需要をすべて満たしています』


 今日も取材系の動画になってしまった。

 俺も開発と設置に協力した上野公園ダンジョン特区の水循環装置のメイン装置といっていい、膨大な水を湛えた貯水池が映し出されており、俺がナレーター役で紹介を始めたからだ。


『このところ世界中で水が不足しているそうなので、上野公園ダンジョン特区内の水需要をすべて、この装置で賄うことにしたのです。他の冒険者特区でも同じシステムを導入する予定です』


 水は地下水、雨水、俺が海の水を真水にして膨大な貯水池を満たしている。

 この水をろ過して、冒険者特区内に供給する。

 実はもう一つ同じ貯水池があるが、これは下水管から集めた排水、汚水を浄化して、取り除いた汚物から肥料を生成する工場も作った。

 肥料工場はゴーレムのみで動かしており、安価に肥料を供給できる予定だ。


『魔導技術により、どんなに汚染された水で綺麗にすることができますので、冒険者特区は河川から水を採取せず、区内の水需要を満たすことができる予定です』


 同時に、特区内に専用の上下水も整備して、東京都から水道管網を独立させる予定だ。

 下手に東京の水道設備を利用すると、加山都知事が法外な使用料を課すからだ。

 逆に自前で揃えてしまえば、東京都にそんなものを払う義務は存在しなくなるというものあった。


『これにより、冒険者特区は独自に電気と水道を確保することができるでしょう。肥料の売却代金もあり、冒険者特区内の水道、電気料金は大幅に下がる予定です』


 加山都知事がそうすると言うのであれば、こちらも対応するだけだ。

 動画では一言も加山都知事への批判はせず、ただ冒険者特区で新しいを用いたインフラを採用した結果、水道と電気で料金が下がったことを伝える。

実はこれだけで、加山都知事の支持率は確実に下がるのだけど。


『まだまだ冒険者大学では新しい研究が進んでいるので、それも形になったら動画で紹介しようと思います。それではまた次の更新で』


 まるで科学系動画配信者になったような気分だが、実際には『魔導技術』系動画配信者が正しいのか。

 無事に撮影が終わると、飯能総区長が俺に声をかけてきた。


「古谷君、ご苦労様」


「こんなものでしょうか」


「これで加山都知事の支持率は下がるだろうね。彼女は冒険者特区が支払うべき、水道、送電インフラの費用を大幅に値上げして、それを原資に東京都の水道料金と電気料金を下げようとしたけど、冒険者特区が東京都にあるインフラを頼らないようにすれば、こちらもお金を払う義理はないからね」


「彼女の目論見は見事失敗したわけですね」


 加山都知事の支持者には、お金を持ってる冒険者からならいくらでも吸い上げて構わないと思っている層がいる。

 彼らに対するいいアピールになるはずが、冒険者特区は東京都のインフラを一切使わなくなり、一円も支払わなくなってしまったのだから。


「逆に東京都は、水道料金と電気料金を値上げしないと駄目だろう。これでは支持率が落ちてしまうだろうね」


「世間は値上げに敏感ですからね」


「それでも必要な時には値上げをしないといけないのが政治家なのさ。加山都知事は、東京都民にしっかりと説明すればいいんじゃないかな」


 無事に冒険者特区の独立性を高め、水道料金と電気料金の値下げに成功した飯能総区長の支持率は上がり、逆に加山都知事は電気料金と水道料の値上げに踏み切るしかなくなり、大幅に支持率を落としてしまった。

 彼女が喧嘩を売らなければこんなことにならなかったのだが、彼女の性格を考えたらこういう結果になってしまったのも必然というべきか。


「俺があの婆さんに配慮する理由なんてないので。なにしろ彼女及び彼女を強く支持する人たちからしたら、俺や冒険者は世の中を悪くする元凶ですから」


「今となっては、加山都知事の冒険者嫌いも真実なのかわからないけどね。彼女は有権者を自分が成り上るための道具だと思っているようだけど、実は彼女が彼らに利用されているのかもしれない。どちらにしても、政治家殺すに刃物はいらぬ。支持率を下げてしまえばいいってね」


 飯能総区長がそう加山都知事を皮肉ったが、そういえばもうすぐ東京都知事選があるんだったっけ。

 俺には選挙権がないから、加山都知事の対抗馬に投票することはできないけど、次の選挙で落選してくれないかな。

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