第155話 エリートの矜持と末路

「……他の冒険者はいないな……」


「今は夜中だし、買取所がこの階層への立ち入りを禁止してるからな」


「特に法的な根拠もないのに、お上の要請を素直に聞き入れるなんて、日本人は本当に律儀だな。もしくは、奴隷根性が染み付いてるのか」


「レベル1000以下ではタイタンスネークに勝てないって、古谷良二の動画でやってたからだろう? 彼の動画は概ね正しいからな」


「はんっ! 奴が言っていることなんて全部大げさなんだよ! このパーティならタイタンスネークなんて余裕だっての。たかが大きなヘビじゃないか」


「そういえば大下は、古谷良二と同じ小学校だったんだよな?」


「あいつはクラスでも目立たず、特に優れた部分もないモブ野郎だった。今は随分とご活躍のようだが、すぐに俺が追い抜くさ」



 古谷良二なんて、ちょっと先行者利益で成功して調子に乗ってるだけさ。

 俺はあいつと同じ小学校に通い、同じクラスだったこともあるが、その頃はアニメと漫画の話ばかりしている目立たない奴だった。

 学業成績も運動神経も人並で、文武両道にして友達も多く、女の子にもモテていた俺とは大違い。

 小学校卒業後、古谷良二は地元の公立中学校に、俺は東大も狙える難関私立中学の受験に合格し、進学後も上位の成績を維持していた。

 高校へは特進生としてエスカレーター式で系列校に上がり、東大進学を目指す。

 将来はキャリア官僚か、一流企業勤めか、外資系の会社で活躍するのも悪くない。

 優秀な俺はどんな進路も選べるし、なにをしても活躍できるはずだ。

 ……そう思っていたのに、ダンジョンが出現した日から世の中が変わってしまった。


 俺にも冒険者特性が発露したのだが、冒険者なんて肉体労働、エリートになることが約束された俺がやるような仕事ではないと思い、ダンジョンには潜らなかった。

 冒険者高校への進学もせず、そのままエスカレーター式に系列校の特進コースへと進んだ。

 この頃から冒険者が稼げるという情報が流れてきたが、命がけでもあり、そんな危険な肉体労働は頭の悪い奴らに任せ、俺のように選ばれたエリートが彼らを管理する。

 それが俺の適職だと思うようになっていき、キャリア官僚を目指すことを決めた。

 ところが、高校に入学してから劇的に世の中が変わってくる。


『編入? せっかく特進コースに入れたのにか?』


『僕には冒険者特性があるから、やっぱり挑戦したくなってね。幸い、冒険者高校の編入試験に合格したから』


『考え直せよ、桜井。せっかく俺たちはエリートコースに入れたんだぞ!』


 なんと、俺と同じように冒険者特性を持つ同級生が、せっかく進学した高校を辞めて、冒険者高校に編入すると言い出したのだ。

 いくら俺よりも成績が悪いとはいえ、彼だってエリートコースが約束された人間だというのに、どうして冒険者になんて……。


『冒険者は危険だし、肉体労働なんだから長く続くわけがない! 悪いことは言わないから!』


『大下、確かに僕たちはこのまま勉強さえしていれば、東大とは言わなくても有名な大学に入れて、有名な会社に入ったり、公務員などのいわゆる安定した仕事に就けると思うんだ。でも、そんな人生が面白いか?』


『人生の選択は、面白さで選ぶものじゃないだろう』


 いくら綺麗事を言っても、今の世の中は世間からの評価が高くて安定した仕事に就く、いわゆるエリートと呼ばれる存在にならなければ負け組と言われてしまう。

 俺は別にキャリア公務員の仕事が好きというわけではないが、その職に就くことで勝ち組の人生を歩むことができるから目指しているのだから。


『勿論それだけじゃない。確かにこれまでは、いい学校に進学して、いい就職先を獲ることが、いわゆる勝ち組の人生だった。だが、ダンジョンの出現で世界は大きく変わっていくと思うんだ』


『この世の中が大きく変わる? それはないな』


 いつの世だって、エリートの定義は変わらないさ。

 冒険者が命を懸けて多少稼いだとて、彼らが支払った税金を分配するするのはキャリア官僚であり、彼らが集めた魔石や素材、ドロップアイテムで儲けるのは有名大企業なのだから。


『冒険者の仕事なんて、土木機械の延長上てしかない。どんなに世の中が変わっても、人々の上に立って指示をする人間は必要なのさ』


 俺はそれを目指す。

 いくら冒険者特性があっても、俺は汗水流して命がけで働く泥臭い冒険者になんてならないさ。

 いくら世間が褒め称えようと、冒険者なんて暴力バカがなる卑業でしかなく、公務員や一流企業の社員が勝ち組なのだから。


『……大下はそう思っているのか。だけど、僕はそうは思わない。これからの世界は冒険者が世界を動かしていくと、心から信じている。だから僕は冒険者高校に編入してレベルを上げるんだ』


『その選択は間違っていると思うが、お前が俺の忠告を受け入れないのなら仕方がない』


 せっかく掴んだエリートへの道を捨てていまうなんて、本当にバカな奴だ。

 俺は冒険者になる元同級生を見下していたが、徐々に流れが変わってきた。

 なぜなら、彼らの稼ぐ金額が尋常ではなかったからだ。

 ある意味、突き抜けているといってもいい。

 そしてレベルアップの影響が、東大を目指す俺たちにも影響を及ぼした。


「この俺の成績が……これは嘘だ!」


 超進学校に通う俺たちの、全国模試の成績が大幅に落ちたのだ。

 テストの点数は落ちていないが、爆発的に点数を上げた者たちが沢山いて、そのせいで俺たちの成績が落ちてしまっていた。

 その原因は、冒険者特性を持つ人たちがレベルアップで驚異的な知力を手に入れ、それを全国模試で遺憾なく発揮したからだ。


『 狡いぞ! 冒険者!』 


『そうだ! そうだ!』


 当然、冒険者特性のない人たちは大騒ぎしたけど、残念ながら冒険者たちは違法だったり、卑怯な手を用いたわけではない。

 気に入らないが、ようは今まで以上に勉強すればいいことだ。


『なっ!』


 そして次の全国模試。

 成績上位者は、完全に冒険者特性を持つ者たちだけで占められてしまった。

 これでは、俺が目指す東大に入れるのは、冒険者特性を持つ者だけになっていまう。

 冒険者特性を持たない受験者は、他の大学に甘んじるしかなくなってしまったのだ。


『冒険者は命がけ? それは頭が悪い証拠です。ダンジョンやモンスターの情報は、無料で古谷良二の動画チャンネルで手に入るのだから、安全係数を取って慎重に動けば高確率で命を落とさずに稼げるし、中には全然知力が上がらない冒険者特性持ちもいるど、基本的にレベルアップすれば知力も上がります。ただ勉強するよりも東大の合格率は上がります』


 高校二年生の冬。

 俺は、一年半前に冒険者予備校へと編入していった元同級生の動画を見て、己の選択の誤りを認めざるを得なかった。

 彼はすでにレベル800を超え、節税で会社を作るほど稼いでいた。

 さらに動画の配信、彼のショブは『薬師』だそうで、魔法薬の製造、販売までして大儲けをしていた。

 そして……。


『全国模試のトップが、桜井だと……』


 昔は俺よりも成績が悪かったのに、ダンジョンに潜っているのに、懸命に勉強してきた俺よりも成績がいいだなんて……。

 これまで生きてきて、これほどのショックはなかった。


『冒険者としてはちょっと遠回りになるんですけど、僕は東大を目指そうと思うんです』


『……』


 動画で桜井が東大を目指すという発言を聞いた瞬間、俺は自分もダンジョンに潜ることを決意した。


『俺よりも成績が低かった桜井が、全国模試でトップの成績を修め、東大を目指せるんだ。俺にも冒険者特性があるのだから、今から頑張れば遅くない!』


 俺は今の高校を辞め、高校三年生から冒険者高校に編入……しようとして失敗した。


『冒険者特性があって、魔法使いですか……。悪くないですけどレベル1って、これまで一度もダンジョンに潜ったことがないんですか?』


『はい』


『残念ですが、三年生からの冒険者高校への編入試験はかなりの難関です。上野公園ダンジョン特区の冒険者高校は今や世界一の難関校で、他の冒険者高校のトップレベルの冒険者ですら編入試験で落ちてしまうほどなのですから』


『そっ、そんな!』


『まずは、レベルを上げることをお勧めします。レベル1ではお話になりませんよ。今から頑張って、冒険者大学への進学をお勧めします』


『くっ……』


 あの雑魚だった古谷良二や、俺よりも成績が低かった桜井でも入れた冒険者高校に入れないなんて……。

 こんなバカなことがあっていいものか!


『ふんっ! レベルを上げれはいいんだな』


 中学校レベルの勉強や運動で並だった古谷良二ですら、今では世界トップと称されるほどの冒険者になれたんだ。

 天才である俺が頑張れば、すぐに追い抜けるさ


『そう! 俺は天才なんだから!』


 俺は冒険者大学への進学を目指し、ダンジョンに潜るようになった。

 俺と同じように、出遅れた冒険者特性を持つ者たちと組み、効率よくレベルを上げていく。

 冒険者高校への編入はできなかったので、通っていた高校には在籍したままだったため、卒業に必要な出席日数を稼ぐ必要があったし、そんな状況では成績の下落も致し方なしだと思われたが、不思議なことがあった。


『大下、学年トップじゃないか。冒険者をやりながらなのに凄いな』


『ありがとうございます、工藤先生』


『東大も狙えそうじゃないか』


 必要最低限しか学校に出席せず、勉強なんてまったくしていないのに、俺は学業成績で校内トップとなってしまった。

 これが、レベルアップの効果なのか……。

 欠席が多いにも関わらず俺を褒める担任の先生と、そんな俺に対し憎しみの視線を向ける同級生たち。

 彼らの表情を見て、俺は理解した。

 どうして桜井が冒険者を目指したのかを。

 レベルアップで知力が上がれば、睡眠時間を削ってまで東大を目指している非冒険者など簡単に追い抜くことが可能なのだと。


『(ガリ勉君たちの、あの憎しみの表情といったら! 俺は選らば人間なんだ!)』


 俺は今気がついた。

 冒険者こそが、この世界の新しいエリートなのだと。


『(こいつらなんて、もうどうでもいい)』


 それがわかれば、俺は冒険者のトップエリートを目指すのみだ。

 少し出遅れてしまったが、絶対に桜井や古谷良二には負けない!

 なぜなら、俺は天才だからだ。

 ……と思っていたのだが……。




『レベル三桁くらいじゃ、話にならないじゃないか!』


 パーティを組み、効率よくモンスターを倒してレベルアップしてきた俺だったが、まさか冒険者大学に合格できなかったなんて……。

 世界中からトップレベルの冒険者が入学する冒険者大学において、ようやくレベル250を超えた程度の俺では話にならないそうだ。


『なにか、特別なジョブやスキルがあれば別ですけど、あなたは基本職の魔法使いですから。レベルを上げて来年また受験されては?』


『(……クソッ!)』


 エリートであるこの俺に、浪人しろと言うのか?

 お話にならないし、俺の経歴に傷がつくじゃないか!


『ここは一旦普通の大学に入って、来年編入するか? もしくは、桜井みたいに東大でも……いや、今さら東大に入っても、奴には勝てないじゃないか!』


 クソッ!

  せめてもう一年早く始動しておけば……。

 だが終わったことを悔いていても仕方あるまい。

 俺は天才なのに、ちょっと出遅れただけで桜井はおろか、あの凡人の古谷良二にまで先を越されてしまうなんて……。


『レベル250超えくらいでは、トップレベルの冒険者たちに歯が立たない。どうしてものか……』


『こうなったら、古谷良二がやってるレベリングに頼るか?』


 俺のパーティメンバーたちが、レベリングを提案した。

 レベリングを批判する者も多いが、世界のトップレベル冒険者たちの大半が、冒険者になりたての頃、古谷良二に大金を支払ってレベリングをしてもらっているのは事実であった。


『だが、五十億円だぞ。そんな大金、俺たちには払えないぞ』


『せめてもう一桁、金額が少なければな……』


 三年ほど前、レベリングの代金は十億円だったと聞く。

 その時に、借金をしてまでしてレベリングをしてもらった冒険者たちの大半が、今では大成功を納めていた。

 だが、今のレベリングの費用は五十億円だ。

 今から五十億円を支払ってレベルを倍にしたところで、俺たちが元を取れるのか正直怪しいところであった。

 実際、日本人冒険者は平均値では世界でトップだったが、トップランカーは非常に少ない。

 目立つのは、古谷良二と上野公園ダンジョン特区内の冒険者高校の生徒たちと、極少数の例外だ。


『こんなことなら、三年前に冒険者高校に入っておけば!』


『三年前、借金してでも古谷良二にレベリングを頼んでおけば!』


『やめろ! そんなことを今さら愚痴っても遅い!』


 今から五十億円支払ってレベリングし、レベル五百を超えても、年収は数億円が限界だろう。

 レベリング用の銀行ローンもあるが、冒険者は死にやすいので信用がないとされ、その利息はとても高い。

 最低でも、三十年はローンを背負うことになるはず。

 だが、このままダンジョンに潜ってレベルを上げ続けても、桜井や古谷良二には永遠に追い付かないことは確実だ。


『(そんなことは決して許せない! 選ばれたエリートである俺は、あの二人に勝たなければならないんだ!)こんな話合いをしている時間が惜しい。ダンジョンに潜るべきだ』


『しかし大下、このままだとトップレベルの冒険者たちと差が開く一方だぞ』


『なにか、思いきった対策を考えないと』


『それは追々考えるとして、今はダンジョンに潜るべきだ!』


 確かに今の俺たちがトップレベルの冒険者たちに追い付くのは難しいことが判明したが、だからといってダンジョンに潜るのをサボっていい理由にはならない。

 だが同時に、メンバーたちの言い分も正しい。

 桜井も古谷良二も、高レベルゆえにダンジョンの奥深くに潜り、成果を得て、さらにレベルを上げていく。

 俺たちも冒険者の中では上位にいるが、トップにはまったく追いつけていないし、追いつけそうもなかった。


『(俺はエリートなのに……。どうすれば、俺は世間に認められるようになるんだ?)』


 そう、俺はどこに進学しようと、どんな仕事をしようとどうでもよかったんだ!

 エリートである俺が世間で正当に評価され、称賛さえされれば。


『 大下、突然政治家から会わないかと誘われたんだが、どうする?』


『政治家? 誰だ?』


『都知事だよ』


『この前、やらかしたオバさんか』


 俺は加山都知事なんて好きではなく、そもそもあの婆さんが好きな冒険者なんて一人もいないか。

 支持率目当てで冒険者に増税しようとして、大半の冒険者たちに冒険者特区に逃げられてしまったからだ。

 結局冒険者に対する増税案は引っ込めたが、いつ支持率目当てで復活させるかわからない。

 俺も進学したら、上野公園ダンジョン特区に引っ越す予定だからな。


『なんの用事だろうな?』


 もしあの婆さんがとんでもないことを言い出したら席を立てばいい。

 そう思って、俺たちのパーティは加山都知事と会ってみた。


『東京都のバックアップを受けてみない?』


『意味がわかりませんね』


 顔を合わせるなり、とんでもないことを言い出す加山都知事。

 完全に個人で完結する冒険者という仕事において、東京都のバックアップとはどういうことなんだ?


『確かに冒険者は、究極の個人事業主でしょうね。でもね、すべての冒険者が個でやっていけるのかしら? それに個と言っても、冒険者はパーティを組むじゃない。バーティメンバーによって、その冒険者の人生が左右されることもある。違うかしら?』


『間違ってはいないですね』


 俺だって、あの時桜井と一緒に冒険者になっていれば……。

 などと考えることも多かった。


『今のあなたたちは、冒険者としてはソコソコといった感じかしら。このまま冒険者特区に引っ越したら、並の冒険者扱いで埋没するでしょうね』


『『『『『『『『……』』』』』』』』』


 俺たちは、加山都知事の言葉を否定でけなかった。

 このまま普通に努力を続けても、俺たちは桜井や古谷良二に追いつけない。

 内心そんな予感はしつつも、どうしてもそれを認められず、ダンジョンに潜り続けていたからだ。


『ようは勝てばいいのよ。そう思わない?』


『どうやって古谷良二に勝つんです?』


『私の失策で、東京から多くの冒険者が消えた。それは認めるわ。だから私は、優遇処置を取ってでも冒険者を東京に呼び戻そうとしている。だけど、優れた冒険者ほどもう東京都には戻って来ない。冒険者特区は税金も安いもの』


『俺たちも、冒険者特区に住んだ方が得だと思っているんですがね』


『そう思って当然でしょうけど、ここで私に協力すれば、あなたたちが古谷良二よりも評価されるよう、全面的にバックアップするわよ』


『全面的にバックアップか……』


『あなたたちが冒険者特区に行けば、そこで凡百の冒険者として終わるでしょう。それでも人生大成功でしょうけど、古谷良二の影に隠れたまま終わるわ』


『……確かにその通りだ』


 俺たちがこのまま普通に頑張れば、年収数千万~数億円の冒険者になることは十分に可能だ。

 だが、世界トップレベルの冒険者たちが集う上野公園ダンジョン特区では並の冒険者でしかない。


『あなたたちは出遅れた。それは事実よ。このまま純粋に冒険者として活動し続けても、あなたたちは古谷良二に死ぬまで追いつけない。なら、他の力を使うしかないわ』


『他の力?』


『東京都は、優れた冒険者を抱え込めなくて困っている。あなたたちは、わずか一年でレベルを三桁まで増やした。私たちと組めば、東京都はあなたたちをバックアップしてあげる。冒険者としての評価は、なにもレベルだけではないわ』


『レベルだけではない?』


『だって、世間の人たちは冒険者のレベルなんて気にしないもの。テレビで世界トップレベルの冒険者ですって言えば、ろくに確認もしないでそう思い込んでしまう。庶民なんてそんなものよ。特に日本人は、お上やテレビの言うことを鵜呑みにしてしまう人が多いもの。だがら、東京都が認める冒険者としてあなたたちをバックアップすれば、あなたたちの名は日本中に広がる』


『広がってどうするのです? いくらテレビで褒められようと、実がなければ意味がないじゃないですか』


『意味はあるわ。冒険者なんて仕事、永遠に続けられると思っているのかしら?』


『無理でしょうね』


 俺たちもある程度年を取ったら、冒険者を引退しなければならないだろう。


『そうなった時に、あなたたちは古谷良二を逆転できるのよ。だってあなたたちは、東京都と繋がりが深い冒険者なんだもの。天下り先は思うがままで、選挙に出ることだって可能よ』


『政治家か……』


 冒険者を引退後に政治家になれば、俺が目指していたキャリア官僚たちをアゴでこき使えるようになるし、なんなら古谷良二よりも上の立場になれるな。


『たとえば東京都の税金で、あなたたちのレベリングをするって手もある。古谷良二が個で最強でも、総合力で勝てばいい。違うかしら?』


『その提案は検討するに値しますね』


 俺たちは、加山都知事の誘いに乗ることにした。

 このまま普通に努力を続けても先は見えなかったし、確かに日本人はお上に言いなりの部分がある。

 東京都が推す冒険者になれば、俺たちは様々なバックアップを受けることだって可能なのだから。


『俺はエリートなんだ! 古谷良二に負けるなんておかしい。だから、東京都のバックアップを受けて本来の立ち位置に戻ってやる!』


 冒険者大学でなくても、俺が東大に入れば世間の注目を集められるはずだ。

 なんなら、東京都の力で冒険者大学に入学する手だってあるのだから。


『東京都がバックアップしてくれるのなら、俺たちは東京都の冒険者となりましょう』


『交渉成立ね』


 以上のような経緯で俺たちは加山都知事と組み、早速上野公園ダンジョンの第67階層でタイタンスネークを倒す仕事を引き受けたわけだ。

 

「しかし、黄金ヘラ鹿以外は誰もいないな」


「夜中だし、みんな買取所と古谷良二の言うことを素直に聞いているんだろう」


 どいつも、こいつも古谷良二の言いなりになりやがって!

 だが今に見ているがいいさ!

 俺たちが古谷良二よりも先に、タイタンスネークを倒してしまえばいいのだから。


「問題は、古谷良二がレベル1000を超えていないと、タイタンスネークに歯が立たないって言っていたことだな」


「それなら、チーム戦でやるから問題ないという結論に至っただろうが」


 今さらそんなことを言うなんて、やっぱりこの俺がパーティのリーダーに相応しいようだ。

 平均レベル250超えの八人パーティだが、俺が偏差値の高い学校に通っているし、加山都知事も俺に一番話しかけていた。

 やっぱり俺は、選ばれしエリートなんだ。


「八人もいるんだから大丈夫だ。それよりも、タイタンスネークに警戒しろ」


「わかった……」


「ギャァーーー!」

 

「「「「「「「なんだ?」」」」」」」


 突然、これまで聞いたことがない大きさの悲鳴が耳の鼓膜に突き刺さり、慌てて悲鳴がした方を見ると、仲間の一人になんとも形容しがたい、光沢のあるヘビが絡みついていた。

 そして『ボキボキ』という、全身の骨が砕ける音が聞こえる。

 

「あが……うぐぁ……」


「大丈夫か?」


 どうやら仲間を襲ったのは、タイタンスネークらしい。 

 奴は全身の骨を砕いた仲間を飲み込まず、なんととてつもないスピードで二人目の仲間に絡みつき、全身の骨をバラバラに砕いてしまった。

 ヘビに離された仲間二人は、辛うじて生きているが重症だ。

 背骨までバラバラに砕かれてしまったので立ち上がれず、さらに悪いことに倒された二人は治癒魔法が使えるので回復担当だった。


「モンスターが、治癒魔法の使い手を見抜き、最初に襲って無力化したのか?」


 モンスターのくせに、なんて頭がいい奴なんだ。


「急ぎ、榊と青木と回復させないと!」


「待て! 鈴木!」


 だが、それこそタイタンスネークの思う壺だった。

 二人の仲間の全身の骨を粉々に砕いて戦闘不能にしたタイタンスネークが俺たちの様子を伺っていたが、仲間の一人がハイポーションを使って二人を回復させようとした瞬間に動いた。


「動きが見えない! レベル1000……そういうことか!」


 三人目の仲間もタイタンスネークに絡みつかれ、全身の骨を砕けれて戦闘不能に陥ってしまった。

 俺たちの合計レベルは2000を超えているが、単体でレベル1000を超えていないと、タイタンスネークのスピードに追い付けないのか。


「こうなったら! 先手必勝!」


「どうせあの素早さでは逃げられん! 死ね! ヘビ!」


「やめろ! 石館、河合!」


 まだ三人目の仲間に絡みついているタイタンスネークを倒そうと攻撃を開始した二人であったが、すでに戦闘不能な三人目を放し、剣を持った二人に順番に絡みついていく。


「「ぎゃぁーーー!」」


 一秒と経たずに四人目の全身の骨を砕き、続けて五人目も同じように戦闘不能にされてしまった。


「大下、タイタンスネークが速過ぎて、俺たちのレベルでは歯が立たないぞ! どうするんだ?」


「どうもこうも! 食らえ! 『ブリザード』!」


 俺はタイタンスネークに向けて魔法を放った。

 タイタンスネークはヘビのモンスターなので、冷気で動きを抑えれば俺たちのスピードでも追いつけるはず……と思ったが、なんとタイタンスネークのスピードはまったく落ちず、六人目、七人目と絡みつき、全身の骨を砕いてしまった。


「「ぎゃぁーーー!」」


「そっ! そんなバカな!」


 一分と経たず、俺以外のメンバーが全滅だと?

 正確には全身の骨を砕かれて動けない状態だが、回復しようにも近づくことすらできず、唯一無事な俺はどうすればいいんだ?


「(逃げるか?)」


 他の七名は可哀想だが、俺は選ばれたエリートなんだ。

 日本の、いや世界のためにもここで死ぬわけにいかない。

 そうと決まれば……。


「(お前たちは運がなかったな。アバヨ……)あれ?」


 そっと徐々に後退しながら、タイミングを計って全力で逃げ出そうとしたら、すでに俺はタイタンスネークに絡みつかれていた。

 そして激痛と共に、自分の全身の骨が砕ける音が聞こえる。


「レベル1000を超えていないと駄目……そういうことか……」


 レベル250超えが八人いて、合計レベル2000以上あっても各個撃破されるだけ……。

 俺たちも加山都知事も、計画が甘かったということか。

 そしてこの場には、全身の骨が砕かれて身動きも取れない冒険者が八人。

 もはや回復すらできず、このままタイタンスネークに飲み込まれるだけか。


「クソォーーー! あんなババアの口車に乗らなけれ……」


 タイタンスネークは最後に全身の骨を砕いた俺を放さず、そのまま大口を開けて頭から飲み込んだ。

 まさかエリートである俺が、こんな無様な死に方をするなんて。

 だがもう逃げようもなく、俺が最期に見た光景は、タイタンスネークの紫色の口の中と白い尖った歯と牙であった。

 

 もし次に生まれ変われるとしたら、次こそは早く新しいことに挑戦していきたいものだ。






『……あれ? タイタンスネークにしては、随分と動きが鈍いじゃないか。なにか大量に食べてお腹がいっぱいなのかもしれませんね』


 翌日、準備を万端に整えて上野公園ダンジョン第67階層に到着した俺だが、タイタンスネークがメイン通路で寝ているのを発見した。


『お腹がいっぱいになると、こういう間抜けなタイタンスネークがいるんですけど、黄金ヘラ鹿でも襲ったのかな? それにしては、お腹がそこまで膨れていないしなぁ……。すぐに倒します!』


 時間がかかると思ったのに、まさかこんな結末になるなんて。

 俺はあっという間にタイタンスネークを倒し、これにて第67階層への立ち入りが自由になったのだけど、どうしてそんなことになったのか。

 すぐにその理由が判明した。


『ドロップした宝箱の中に、大量の装備品、アイテム、鉱石、魔石、ドロップアイテムが入っていました。これは、タイタンスネークに食べられてしまった犠牲者の装備品や持ち物なんですけど、前に聞いていた七名分の倍以上あります。どうやら昨晩、第67階層に入り込んだ冒険者たちがいたみたいです。みなさんはこうならないよう、自身のレベルが1000を超えてからタイタンスネークに挑んでくださいね』


 動画でも忠告したり、買取所も注意喚起したのだけど、強制力がないので第67階層に入り込み、タイタンスネークに食べられてしまった冒険者たちがいたようだ。


『誰なのか、買取所に装備品や持ち物を持ち込み、調べてもらいます』


 残念な結末の動画になってしまったけど、この動画のおかげで、以後は買取所からの立ち入り禁止勧告を無視する冒険者はほとんどいなくなった。

 そういえば、あとで飯能総区長から、犠牲者の中に俺の小学生の頃の同級生がいたって話を聞いたのだけど、ほとんど話したことがないのであまり覚えていないというか……。

 一応香典を送っておいたけど、無茶はしない方がいいと思う。





「タイタンスネークの靴、ベルト、カバン、財布、コート。色々と作ってみたからどうぞ」


「リョウジさん、ありうがとうございます」


「これ、とてもいいね。ボク、気に入ったよ」


「良二様の手造り。嬉しいです」


「ありがとう、リョウジ」


 なお、倒したタイタンスネーク皮を鞣し、革製品を作ってイザベラたちにプレンゼントしたらとても好評だった。

 さらに、彼女たちが自分の動画チェンネルで紹介したら、タイタンスネークの革製品の人気に火がつき、だが滅多に出現せず、倒せる冒険者も少ないので、一つ数十億~数百億円で取引されるように。

 世界は違えど、女性はこういうものが好きみたいだな。


「これが、タイタンスネークの革製品か」


 イザベラたちがタイタンスネークの革製品を贈られて喜んでいると、そこに飯能総区長が姿を見せた。

 俺になにか話があるようだ。


「欲しかったら自分で買ってくださいよ。俺は贈収賄で捕まりたくないし」


「私は加山都知事じゃないから、タイタンスネークの革製品の催促なんてしないよ。古谷君がタイタンスネーク退治を始める前の晩、第67階層に忍び込んで食べられてしまった八人の冒険者たち。どうやら加山都知事が煽ったみたいだね。当然極秘裏にだけど」


「またあの人ですか?」


「自分の失策で、東京に優秀な冒険者がほぼいなくなってしまったからね。八人にいい条件を出して、古谷君よりも先にタイタンスネークを退治させようとしたんだろう」


「俺を出し抜させ、八人を東京都がバックアップする予定だったとか? でも彼らのレベルでは、百人集まってもタイタンスネークには勝てませんよ」


「加山都知事は素人だ。そんなこと、わかるわけがない。もし裏で八人と取引していたことをバレたら世間で叩かれていたはずなんだけど、証拠もないし、加山都知事はマスコミ工作が上手だからね。上手く逃げ延びたよ」


「凄い人ですね。決して褒めているわけではありませんけど……」


「本当に困った婆さんだよ」


 加山都知事って裏で色々と企むんだけど、どうも成功率が低いような……。

 でもいくら失敗してもダメージがないから、また色々と企める。

 ある意味厄介な人かもしれないな。

 今後も注意しないと。

 





「タイタンスネークの革製品、いいわねぁ、欲しいわぁ。そにしても本当、大下たちは役立たずね! やっぱり表立って手を結ばないで正解だったわ」


「……」


 加山都知事は、大下たち若い八人の冒険者たちがタイタンスネークに食われてしまった件での責任を回避することに成功した。

 そしてのん気に、ダンジョンの女神たちの動画を見ながら、彼女たちが古谷良二から貰ったというタイタンスネークの革製品を見て目を輝かせている。

 この人はブランド物が大好きだからな。

 希少なタイタンスネークの革で作られた革製品が欲しくて堪らないのだろう。

 だがそれよりも、都知事なんだから仕事してくれないかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る