第154話 タイタンスネークと扇動政治家

『冒険者が行方不明になった? ダンジョンでモンスターにやられて、二十四時間経過してしまったのでは?』


『我々もその可能性が高いと思っていたのですが、新しく構造が変わった上野公園ダンションの第67階層でばかり、この一週間で七名も行方不明になっているのです。さらに……』


『さらに?』


『その階層で、巨大なヘビを見たという冒険者が多いのです。67階層のモンスターは黄金ヘラ鹿なのは、古谷さんもご存知のはず』


『イレギュラーのヘビ……『タイタンスネーク』ですね。67階層での探索は、しばらく禁止にした方がいいでしょう』


『タイタンスネークですか?』


『こいつは、レベル1000以下の冒険者なんて簡単に殺せます。そっと標的に忍び寄って巻き付き、恐ろしい力で全身の骨を砕いてしまうのです。こうなったら、どんなに強い冒険者でも助かりません。動けなくなったところを飲み込まれ、消化されてしまいます』


『恐ろしいモンスターなのですね』


『さらにこいつは、狭い隙間に隠れることもできて、いざ討伐しようと思っても、なかなか見つからないという特徴もあります』


『厄介だな、これは……』


『ダンション内にランダムに出現するところは、ランダムシャッフルタイムのモンスターに似てますが、タイタンスネークはもっとレアなモンスターです』


『なるほど』


『対策としては倒すしかないけど、レベル1000を超えていないと難しいですね』


『古谷さん、お願いできますか?』


『タイタンスネークは厄介なので引き受けますよ』




 今日の動画は、珍しくインタビュー形式で始まった。

 買取所の職員の質問に答える形でタイタンスネークという厄介なレアモンスターの説明をしつつ、上野公園ダンジョンの第67階層にしばらく立ち入らないよう、冒険者たちに忠告する内容だ。

 タイタンスネークはとても強く、レベルが低い冒険者だと気配を感じないまま巻き付かれてしまい、そのまま全身の骨を砕かれてしまう。

 残念ながら、これまでに67層で行方不明となった冒険者たちは、全員タイタンスネークに食べられてしまったのだろう。

 並の冒険者では歯が立たず、だから俺が討伐を引き受けることにしたのだ。


「タイタンスネークですか。レアモンスターということは、なにか貴重な鉱石やドロップアイテムが手に入るのでしょうか?」


「ミスリル鉱石をドロップするけど、出現自体がレアなモンスターにしては、手に入るものはそこまで貴重というわけでもないかな。ドロップアイテムも運次第で、他のモンスターと同じだよ」


 俺はイザベラの問いに答える。


「じゃあ、素材がレアなんだね」


「レア……と言えばそうかな。タイタンスネークの皮はとても貴重で、向こうの世界では、タイタンスネークの皮革で作られた財布などが人気だったね」


 ただ、タイタンスネークの皮よりも防御力に優れた皮革や金属が沢山あるため、わざわざそれを用いて防具を作る人はいなかった。


「あっ、そういう意味でね」


 ホンファが納得したような表情を浮かべる。


 タイタンスネークの表皮は、優れた防具に使われるほど高性能というわけではない。

 だがとても頑丈なのには変わりはなく、それに加えてとても女性ウケする美しさがあり、希少性は抜群だ。

 なので、タイタンスネークの皮革で作られた革製品は向こうの世界で熱狂的な人気があった。

 この世界ではどう評価されるかわからないけど、討伐したら皮を鞣してみようかな。


「イザベラもボクも、高級皮革製品にそこまで興味があるわけじゃないけど、一つくらいは欲しいかも」


「財布、ベルト、靴、バッグ、コートなんかが、向こうの世界の貴族女性に人気だったね。俺も作って、献上したことがあるよ」


「良二様は、魔王退治で忙しかったのでは?」


「魔王退治に必要だったから、そうしたんだよ」


 向こうの世界は王族と貴族が支配しており、彼らの機嫌を損ねると、平気で俺を妨害してきた。

 それでも魔王に与して裏切る奴らよりはマシだったけど、ダンジョンに潜ろうとしたら『ここは俺の縄張りだ! 入場料を払え!』、『この関所を通りたければ、領内のダンジョンで手に入れたものに対し税を払え!』などど言って妨害してくるのでいちいち面倒くさかった。


「魔王の驚異があるのにですか?」


「魔王の驚異があるから、だとも言えるね」


 魔王とその配下たちのせいで、交易すら満足にできずに経済が死んでいるので、ダンジョンに潜って成果を出している俺からアガリを取らないと、小国の主たる貴族たちの領地が干からびてしまうからだ。

 とはいえ、いちいち貴族の領内を通る度に言われると腹が立つし、時間を無駄にしてしまう。


「そこで、女性に大人気のタイタンスネークの皮革製品ってわけ」


 運良く見つけて倒せたタイタンスネークの皮を鞣して革製品を作り、これを貴族の奥さんや娘さんに渡すと、あら不思議。

 その貴族の領内にあるダンジョンや、関所がフリーパスになるのだ。


「リョウジ、それって賄賂って言うんじゃないのかしら?」


「かもしれないけど、魔王の驚異がある以上、無駄を省くために綺麗事は言ってられなかったのさ」


  もっと貴族たちに融通を利かせて欲しいところだが、結局のところ向こうの世界の国中央政府は、現代日本人が思うほど力がなかった。

  服属している貴族たちの領地は実質別の国扱いだったので、彼らが俺から税を取り立てることは違法ではなく、むしろ正当な権利だと思われていたのだから。


「『魔王の脅威があるので、すべての人間は協力すべきだ!』って、綺麗事だけを言うのは楽だし、自分が良い人になれたようで気分がいいんだろうけど、そういう人ほど実際はなにもしないし、まず自分の都合を考えるのが人間という生き物で、そのために他人の足を引っ張るなんて行為は珍しくないのだから」


 俺が向こうの世界に残らなかった原因の一つであり、たとえどれだけ有名になっても、絶対に政治家にはならないと決めた瞬間でもあった。

 たまに仕方なしに強硬手段に出て、自分勝手な貴族を処分したこともあるから、向こうの世界に残ると復讐されるかもしれないという切実な理由もあったけど。


「リョウジはなにも悪くないわ。魔王の驚異があるのに、命賭けで戦っているリョウジからダンジョンのアガリや関所の通行料を取る貴族の方が信じられないわよ」


「リンダ、それが人間ってものじゃない」


「かもしれないけど、納得できないわね」


「それに、もし同じ状況に追いやられたら、この世界の為政者だって同じことをやるかもしれません。昔の日本の貴族、華族にもそんな方はいましたし……」


「そうですわね。『絶対にそんなことはしません! 』とは言いきれないのは、イギリス貴族も同じですわ」


「全員じゃないけど、絶対にいるよね。世界共通じゃないかな」


 この世界にも王族や貴族はまだいて、イギリス貴族にも、日本の旧華族にも変な奴はいたからな。

 政治家にも変な奴は一定数いたし。


「とにかく明日、上野公園ダンジョンの67階層に行ってタイタンスネークを討伐しないと」


「リョウジさんなら余裕ですわね」


「それが、そうとも言い切れないんだよなぁ」


「タイタンスネークって、そんなに強いんですか?」


「いや、見つければすぐに倒せるけど、問題はそこじゃないんだ」


 タイタンスネークはかなり賢いモンスターであり、同時に高レベルの冒険者を察知する器官がついていた。 

 蛇には人間の体温を感じるセンサーのようなものがついている種類がいるが、それと似たようなものだと思う。


「一瞬でも視界に入るか、察知できれば瞬時に倒せるけど。タイタンスネークの中には非常に用心深い個体が多いんだ」


 俺に見つかれば確実に殺されるので、なかなか姿を現さない可能性があった。


「リョウジさんには勝てないので、極力姿を現さないんですね」


「そこが面倒なところで、だからちょっと時間がかかるかもしれないんだ。勿論、一日で終わる可能性もある」


「そのタイタンスネークが慎重な性格をしていたら時間がかかって、そうじゃなかったらすぐに終わるんだね」


「そんなところさ」


 ホンファの言うとおり、どういう性格をした個体かによるってことだ。

 幸い買取所が、67階層への冒険者の立ち入りを禁止してくれたので、どんなに遅くても一週間もあればタイタンスネークを倒せるはず。

 タイタンスネークが普通のヘビと違うのはあまり燃費がよろしくないところで、一週間も餌を食べられなかったら必ず姿を現すからだ。


「でも、黄金ヘラ鹿を食べて飢えを凌げるのでは?」


「もし黄金ヘラ鹿を襲ってくれたら、それはそれですぐに駆け付けらるから早く終わるよ」


 黄金ヘラ鹿は人間よりも大きいので、タイタンスネークが飲み込むのに時間がかかるし、もし飲み込んでしまうと隙間に逃げ込めなくなってしまうからだ。


「私たちも手伝いましょうか?」


「いや、今の綾乃たちても余裕で倒せるんだけど、それだけ強い冒険者が複数人数67階層に集まると、逆にタイタンスネークが姿を見せなくなってしまうから、俺一人でやるよ」


「面倒くさいモンスターなんですね」


「幸い、滅多に出現しないレアモンスターだからマシなんだけどね」


「わかったわ、私たちは普段通り活動するってことで」


「しかしまぁ、蛇の皮で作った革製品が人気って、女性はそういうのが好きだよな。冬美はあまりそういうものに興味はないみたいだけど」 


 翌日。

 俺はタイタンスネーク討伐のため、上野公園ダンジョン第67階層へと向かった。

 できれば一日で終わって欲しいところだけど、どうも予言によると思った以上に時間がかかるという結果が出てしまった。

 どうしてそうなってしまうのかはわからないが、なかなかタイタンスネークが倒せないと、動画の撮れ高が稼げないかもしれないな。

 なんて思ってしまう俺は、動画配信者根性が染みついてしまったのかもしれない。





「これはチャンスよ! あの生意気な古谷良二を出し抜いてやるわ!」


「加山都知事?」


「古谷良二が、明日から上野公園ダンジョンの67階層でタイタンスネーク退治を始めるのよ。もしここで私が用意した冒険者たちが、先にタイタンスネークを退治してしまったら? 古谷良二に一泡吹かせてやれるわ」


「はあ……」


 今日も仕事はしない加山都知事は、またろくでもないことを考えていたようだ。

 古谷良二の動画を見て、彼のインセンティブ収入増加に貢献しながら、そのろくでもないことの詳細を私に説明し始めた。

 買取所が立ち入りを禁止した上野公園ダンジョン第67階層に、加山都知事が集めた冒険者パーティを送り込み、 古谷良二よりも先にタイタンスネークを倒してしまうという、正直作戦と呼んでいいのかよくわからない作戦だ。

 その目的が、自分が気に入らない古谷良二を悔しがらせるためという非常に幼稚な理由なのが、この人らしいというか……。

 いつもの加山都知事とも言えた。


「しかしながら、タイタンスネークはレベル1000超えの冒険者でないと安全に討伐できないと、今動画で説明されていましたが……」


 都内在住の冒険者に増税しようとしたため、大半の冒険者に冒険者特区に逃げられてしまい、翌年以降の税収額が大幅に減少することが決定。

 現在、大幅に支持率が下がっている加山都知事のため、タイタンスネークを倒してくれる高レベルの冒険者など存在するのであろうか?


「冒険者への増税は撤回したし、古谷良二のような子供の言い分なんて信用できないわ。レベル1000なんてなくてもタイタンスネークは倒せるわよ」


「ですが、向こうは専門家ですよ」


 古谷良二のダンジョンに関する知識は本物で、冒険者大学の特別講師に任命されるなんて噂も流れているほどだ。

 その彼がレベル1000を超えていないとタイタンスネークの討伐は危険だと言っているのだから、それは素直に受け入れた方がいいような……。


「(大体、あんたは冒険者でもなんでもないだろうか!)」


 この人は時おり、なんの根拠もなくいい加減なことを放言して問題になることがあった。 

 だがどういうわけか、すぐに大半の人が気にしなくなってしまうし、それで選挙の結果に影響が出たこともない。

 私は加山都知事のことを、真の煽動政治家だと思っている。


「私に協力してくれる冒険者が何人かいて、彼らのレベルを合計すると2000を超えるのよ。だから大丈夫よ」


「……」


 古谷良二が言いたかったのは、冒険者単体でレベル1000を超えていないと危ないという意味ではないのか?

 加山都知事に協力する冒険者パーティが何名で構成されているのかわからないけど、レベルを合計したら2000を超えているから安全?

 もの凄い素人意見だとしか思えない。


「もしタイタンスネークに各個撃破されてしまったら危険なのでは?」


「バラバラに行動するわけではないのだから大丈夫よ。これが私に協力してくれる冒険者たちのリストよ」


 加山都知事から手渡された資料を見ると、冒険者たちのレベルは平均250くらいで合計八名か……。

 それにしてもこの冒険者たちは、よく加山都知事に手を貸す気になったな。

 冒険者に増税しようとした件で、彼女は冒険者からは毛虫のごとく嫌われているのに……。


「彼ら八人は、東京が誇る将来の古谷良二なのよ」


 なるほど。

 そうやっていつもの口車で、若い彼らを騙したのか。

 いくら冒険者が強いとはいえ、世間知らず……純粋な若者が多いから、口が上手い海千山千の加山都知事に騙されてしまった。

 不幸なことだとは思うが、私が思うに、彼らも自分たちの今の立ち位置に不満があるのだろう。

 冒険者になってレベル250ともなればかなり稼げるはずだが、古谷良二やダンジョンの女神たち。

 そして日本や世界のトップレベルの冒険者たちに比べれば大分見劣りするし、世間で注目されることも少ないはずだ。

 だがここで、加山都知事のせいで冒険者に逃げられてしまった東京に手を貸せば、こちらとしても彼らが優遇されざるを得ない。

 冒険者特区内でそれなりに稼ぐが普通の冒険者として埋もれるか、東京都を代表する冒険者として特別扱いされるか。

 この国においてお上に贔屓されるということは、もし冒険者を引退したとしても、その後の生活は安泰だと彼らは考えた。

 その足掛かりとして、加山都知事に協力することを決めたのだろう。


「(ならば止めても無駄か……)しかしながら、買取所は67階層への立ち入りを禁止していますけど……」


「あくまでも、買取所はそうしてくれと要請しているに過ぎないわ。だってそのような権限が買取所にはないし、なんら法的根拠もないじゃない。だから古谷良二以外の冒険者が67階層に立ち入っても罰則があるわけではないし、ようは功績を挙げてしまえばいいのよ」


「それはそうなんですけど……」


 古谷良二よりも先にタイタンスネークを退治させて、彼らと一緒に東京都庁の記者クラブで会見をする戦法か……。

 加山都知事は、マスコミを利用することだけは上手だからな。


「あなたは心配性ね。今から上野公園ダンジョンに向かわせて、翌日、古谷良二がおっとり刀で駆けつける頃には、彼らがタイタンスネークを倒しているわよ。それを知った時、古谷良二がどんな顔するのか楽しみね」


「……」


 相変わらず、こいつはとんでもない女だな。 

 これから夜になるのに、翌日から行動する古谷良二を出し抜くため、先に冒険者たちを送り込むつもりなのだから。


「危なくないですか? もし失敗したら……」

 

 買取所が立ち入らないよう忠告している上野公園ダンジョンの第67階層に、それも夜中にレベルが足りない若者たちを送り込む。

 もしそれが世間に知られたら、加山都知事の支持率が落ちるかもしれない……この人はそれしか気にしていないとも言えるが。


「大丈夫よ。彼らはあくまでも『自主的』にダンジョンに潜るのだから。もし失敗しても自己責任よ。私は知らないわ」


「……」


 この女は……。

 いつもの常套手段ではあるが、こうも繰り返し行われ、それで彼女が罰せられたことがないのを知っている私としては、色々と複雑なものがある。

 加山都知事は冒険者ではないが、もしかしたら『扇動政治家』のスキルを持っているかもしれない。

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