第152話 冒険者大学
「大変だよ、イザベラ、ホンファ、綾乃、リンダ、剛。俺たちが冒険者高校を卒業するまで、もうそんなに日にちが残っていない」
「そういえば、私たちがちゃんと定期的に冒険者高校に通っていたのは、最初の一年間だけでしたね」
「ボクたち、あまり学校の思い出がないけど、リョウジ君やみんなと冒険者や動画配信者として活動していた方が楽しかったから、あまり未練はないよね」
「きっとこれからも、卒業式に出席して卒業証書を貰うくらいしかすることがありませんね。もしかして卒業式すらないとか?」
「アヤノ、さすがに卒業式はあると思うわよ。それよりも、私たちはこのまま冒険者大学に進学するんだけど、試験は面接だけだったし、これでいいのかしら?」
「特に問題ないだろう。新設される『冒険者大学』だが、どうせ冒険者特性の持ち主しか入学できないんだから。しかし新築の校舎というのはいいものだな。ビルだからあまり大学感はないけど。それに、どうせまたほとんど通わないじゃないか」
「タケシ、フユミは専業主婦になるの?」
「まさか。 元々薬剤師志望でもうすぐ受験だけど、冬美は頭がいいから必ず合格するさ」
「フユミが薬剤師になって、剛が魔法薬師として活躍するのね」
「俺も何歳まで冒険者ができるかわからないから、ちゃんと第二の人生のことは考えているさ」
「人は見かけによらないよね」
「冬美さんはしっかりしていますからね」
「拳さんも、冬美さんが奥さんになれば安心ですね」
「良二、俺ってそんなに信用ないか?」
「そんなことはないと思うんだけどぁ……」
冒険者高校の卒業式まであと二ヵ月ほど。
俺たちは寒さに震えながら、上野公園ダンジョン特区内にある新築の高層ビルへと向かっていた。
この新築ビルは、別空間の利用で面積が広がった特区内に、多数のゴーレムを用いて二十四時間休みなしで建築して完成した超高層ビルで、ここに『冒険者大学』がテナントとして入っていた。
冒険者大学には普通の大学のようなキャンパスは存在せず、一棟のビルにすべての施設が収まっている。
そしてその隣には、新しい冒険者高校のビルと、中学校と小学校も新しく用意されており、これは冒険者の子供たちが通うためのものだ。
保育園も存在し、こちらは親である冒険者たちに配慮して二十四時間、年中無休で子供を預かる予定だと、飯能総区長が言っていた。
現在保育士も人手不足が深刻で、田中総理は保育士の給料をかなり上げたが、それでも保育士不足はなかなか解決しない。
そこで冒険者特区内では、ゴーレムの保育士も多数働くようになっていた。
ただ、学校や保育園、病院、介護施設などで働くゴーレムは表面が硬いままだと怪我人が出る可能性があるので、表面を柔らかい素材に改良してある。
この改良案を提案し、試作したのは俺で、間違って子供がぶつかっても怪我をしないゴーレムは、冒険者特区に普及し始めていた。
『このところの好景気で日本の出生率はちょっと上がったけど、残念ながらまだまだだし、冒険者特区は税収に余裕があるから、少子化対策に多額の税金を投入しまーーーす。冒険者特区は、老人関連の費用がほとんどかからないからね』
冒険者とその家族、冒険者相手の商売をしている人しか住んでおらず、冒険者特区にはほとんど老人が住んでいないからだ。
わずかにいる、冒険者の家族である老人向け介護施設も存在するが、ここもゴーレム、ロボット、AIを使って人間の数を極力減らし、数少ない介護職の人たちの給料を大幅に上げた。
冒険者特区内の介護施設は、介護をゴーレム、ロボット、AIを使って行う実験施設なのだが、冒険者特区ではしばらく介護施設を増やす必要はない。
なぜなら、稀に元気な老人冒険者もいるが大半の冒険者は若いので、しばらく介護など必要ないのだから。
そのおかげで介護職員の不足はないらしいが、待遇がいい分優秀な人でないと採用されない。
『ロボット、AI、ゴーレムを使って生産効率を上げると、人間の労働者は人数が少なくて済み、同時に優秀な人だけを高給で雇うようになる。当然失業者が増えるので、新しい仕事を作り出す必要があるけど、なかなか難しいね』
実際、日本は経済成長が著しいのに、失業率が少しずつ上がり始めてきたのも事実であった。
そこで失業手当を出す期間を長くして大学院、大学、専門学校に通ってもらったり、高度な職業訓練を施す制度が始まったそうだけど。
その話をしている間にビルをエレベーターで上がり、冒険者大学の学長室に到着する。
ドアをノックして中に入ると、そこでは岩城理事長が待っていた。
「やあ、みんなみんな。呼びたててすまないね」
「イワキ理事長じゃないですか。忙しいでしょうに」
「忙しいけど、私はこの冒険者大学の学長なのでね。挨拶に来た新入生とはちゃんと顔を合わせないと」
冒険者大学の学長は岩城理事長であり、それはこの冒険者大学が研究機関も兼ねているからだ。
イワキ工業がお金を出してダンジョン関連のありとあらゆる研究も進める予定で、だから冒険者特性を持つ人しか入学できないし、職員と教員も同じで、人間が足りない分はゴーレムが補う予定だと聞いた。
なお、俺たちが一期生である。
「冒険者特性を持っていて、入学試験に合格して編入してくる人たちもいるから、一年生しかいないということはないし、大学院もあるからそちらに入学する人もいるんだよ」
「そうなんですか」
「あと、冒険者高校と同じで、試験と課題に合格すれば進級、卒業できるようになっているから」
「冒険者高校と同じだ」
つまり、冒険者高校を卒業できる人は、冒険者大学もほとんど出席せずに卒業できるということだ。
最初は進級や卒業に必要な出席日数があったんだけど、すぐに撤廃されてしまったのを思い出す。
「学生はね。研究部問の生徒や職員は決められた日数顔を出さないといけないけど、ただ成果さえあげてくれれば、リモートでも構わないことにしてあるよ」
「実力主義なんでしょうけど、従来の大学とは全然違いますね」
「おかげさまで、他の大学の主に老人たちからは、『冒険者大学は大学じゃない!』って批判されているけどね。私は結果さえ出ればいいから気にしないけど」
他の大学のように毎日講義に出席していたら冒険者として仕事ができないので、こればかりは仕方がない。
それに、どうせ冒険者特性がないと入学できないのだから、そうでない人たちは気にしなければいいのに。
「うちの大学、実は偏差値でいうとかなり高いんだけどね。でも新設で、進級や卒業の条件のせいでFラン大学だと思われていて、困っていることがあるんだ」
「困っていることですか?」
「都知事の加山さんが、自分の親族や支持者の頭の悪い子弟たちを無条件で入学させろとうるさくてね。断ったら東京都は補助金を出さないと言い出したけど、補助金は上野公園ダンジョン特区から出ているし、なんなら補助金なしでも経営できるようにする予定だから、当然断らせてもらったけど」
「ああ、加山都知事ですか。飯能総区長が毛虫のごとく嫌ってましたけどね」
「どういうわけかマスコミ受け『だけ』はよくてねぇ。テレビしか見ない老人とかが喜んで投票するんだけど、私も彼女がなにか世間で役に立つ政策を提案したところを見たことがないな。イワキ工業にも度々政治献金をせびってきたり、自分の親族や支持者の子弟を就職させろと高圧的に要求してきたり。まあ私も嫌いだね」
加山都知事って、選挙に強いイメージがある。
選挙中はテレビによく映っているからだろう。
当選したあとの彼女が、具体的になにをしているのかまでは知らなかったけど。
「カヤマ都知事さんは、なにか焦っていらっしゃるのですか?」
「総理大臣になりたがっているというのはよく聞くね。でも田中政権は高支持率だし、後継者候補も複数いるから彼女に出番はないと思うけど。だから焦っているのかもね」
イザベラの質問に、岩城理事長が答えた。
「焦っても無駄そう」
「よほどの天変地異がなければ、彼女も若くないから総理大臣にはなれないんじゃないかな? 古谷君たちには入学式に顔を出してもらうけど、あとはよほどヘマをしなければ留年はしないと思うよ。名義貸しだと思ってもらえれば」
俺もイザベラたちも有名人なので、冒険者大学からすれば宣伝になるのかもしれない。
ちょっと特殊な大学なので、冒険者高校と同じく世間では脳筋が入学するか、冒険者に大卒の肩書を与えるためだけに存在するFラン大学だと思っている人たちもいるが、実は意外と狭き門だし、ダンジョン関連の研究ではトップクラスの冒険者たちが集結する予定なので、もしかしなくても東大よりは研究でお金を稼げる大学になるはずだ。
「大学の紹介動画もどんどん撮影してよ」
「任せてください」
後日、俺たちは『大学に入学します!』という動画を撮影し、他にも冒険者大学の特徴や、内部の施設などの様子も岩城理事長の許可を取って、それぞれの動画チャンネルで公開した。
そのおかげというわけでもないけど、冒険者大学はダンジョン関連の研究では世界一だと評価されるようになり、世界中の冒険者特性を持つ多くの人たちが入りたいと思う大学になったのであった。
「……なんの用事です?」
「こんにちは、古谷君。当然私のことを知っているわよね?」
「ええ、飯能総区長と犬猿の仲でいらっしゃる、加山都知事ですよね?」
「……噂どおり生意気な子供ね」
「あれ? この国だと、十八歳になったら成人なのでは?」
岩城理事長から冒険者大学についての話を聞き、大学が入っている高層ビルを出てお昼ご飯でも食べようと上野公園周辺を探索していると、誰かに見られているような視線を感じた。
そちらを見ると、上野の道路脇に停められた黒塗りの高級車の窓が開き、一人のオバさん……いや、お婆さんか。
以前にテレビで見たことがある顔だ。
彼女があの加山都知事か。
「私は忙しいから単刀直入に言うわ。都内に引っ越して私に協力しなさい」
「嫌です」
このオバさん、いきなりなんなんだ?
すでに上野公園ダンジョン特区内の高級マンションですらダミーの住居と本社となっており、俺はアナザーテラに古谷企画の本社も住居も移してしまった。
なのに今さら、東京都内に引っ越すわけがないじゃないか。
「私の空耳かしら? あなたが否定したように聞こえたんだけど」
「空耳じゃないですよ。嫌だって言ったんです。どうしてあなたの命令で引っ越さなければいけないのですか?」
この国では憲法で、どこに住んでもいいと認められていたはずだ。
その範囲にアナザーテラが入っているかは不明だけどね。
「本当に子供ね。なにもわかっていないんだから」
俺が東京への引っ越しを拒否すると、加山都知事は人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、自信満々な態度で言葉を続けた。
「この私に逆らって、この日本で暮らせると思っているのかしら? 将来の総理大臣と言われているこの私に」
「もう総理大臣になれる芽はないって聞きましたけど」
それに、政治に疎い俺でも知っているぞ。
総理大臣は国会議員じゃないとなれないから、加山都知事が総理大臣にはなれないことを。
「これから私は都政で大きな成果を出して、その功績をもって国会議員に復帰。そのまま総理大臣になる予定よ」
「実現するといいですね」
「「「「「ぷっ!」」」」」
俺の人をバカにしたような返答を聞き、後ろにいるイザベラたちが噴き出してしまった。
しかし都政で成果を出すって……飯能総区長が、加山都知事はマスコミを利用した人気取りしかできなくて、自分がやりたい政策なんてないと、はっきり言っていたからなぁ。
そういう人が、都政で成果を出すのは難しいんじゃないかな?
「(多分、その成果ってのも俺頼りなんだろうな)」
このオバさんは、飯能総区長の成果と人気はすべて俺のせいだと思っていて、だから上から目線で俺に東京に引っ越し、自分に手を貸せと言っているんだろう。
この人は、どうして俺が無条件に手を貸してくれると思えるのか?
そういう風に思えるからこそ、煽動政治家には向いているのかもしれないけど。
「(こういう面倒な貴族いたなぁ)」
民衆にはもの凄く人気があるんだけど、とても実務は任せられない。
そんな貴族が向こうの世界にもいて、加山都知事もその同類なんだろう。
「俺があなたに手を貸す理由はないですよ」
「飯能には手を貸していたじゃない」
「上野公園ダンジョン特区に住んでいるのですから、住みやすくするために飯能総区長に手を貸すことはおかしなことではありませんが」
「だから都内に引っ越しなさいよ!」
どうやら俺の返答が気に入らなかったようだ。
加山都知事の顔と声が険しくなってきた。
「俺は冒険者で、冒険者特区のために働いている。加山都知事は、冒険者ではないけど優秀な人に手助けしてもらったらいかがですか。これから予定があるので失礼します」
「あっ! 待ちなさい!」
これ以上、このオバさんの話を聞いても時間の無駄だ。
俺たちは、予約していたレストランに向かって歩き出す。
「リョウジさん、あんな人が都知事なんですね」
「マスコミ対策が上手で、選挙には強いらしいよ」
「イギリスにもそんな政治家いますけど……」
「アメリカにもいるわよ」
「加山都知事は政治家の間でも評判が悪いですからね。都知事選も、所属していた与党にも相談せず、勝手に出馬してしまったそうですから」
「自分がお山の大将になりたいんだろうな。冬美とは大違いだ」
「イザベラたちもそうだよ。人間、ああはなりたくないよね」
そのあとは、予約して入ったレストランの料理がとても美味しかったのと、 そのあと久しぶりに上野公園ダンジョンに潜って最下層攻略をしたのですぐに忘れてしまったけど、加山都知事とはあまり関わらない方がいいということだけ、本能に刻み込まれたと思う。
俺も飯能総区長と岩城理事長と同じく、あのババアが大嫌いになった。
「きぃーーー! 古谷良二、ガキのくせに生意気ね! あいつが私に手を貸してくれないと、この私が飯能に負けるじゃない! 今日のテレビのワイドショーは、飯能が発表した少子化対策ばかり流しているじゃないの!」
「みたいですね」
「東京都も急ぎ対策を立てるのよ! 予算はあるんだから!」
またも都知事室で、加山都知事の金切り声が鳴り響いた。
もう職員たちは慣れてしまったので、私も含めてなんとも思わなくなってきたけど。
ただ、確かにこのところの税収増もあって東京には予算があるが、さすがに冒険者特区には及ばない。
残念ながら、このあと東京都が独自の少子化対策を打ち上げても、冒険者特区の影に隠れてしまうと思う。
「(それでもやることに意義はあると思うが、この人は不満だろうな)」
加山都知事は、飯能総区長よりも派手な少子化対策をマスコミの前でぶち上げ、一気に支持率を上げて国会議員に復活したくてたまらないのだから。
だから、たとえのちに東京が財政難になっても派手な少子化対策を発表したいのだ。
彼女が通ったあとには、ペンペン草も生えないな。
だが、残される東京都の職員たちからしたら堪ったものではない。
予算がないと必死に抵抗したため、加山都知事は機嫌が悪かった。
「こうなったら、都内に住む冒険者たちから『少子化対策税』を取りましょう!」
「それは難しいと思います」
都内には、冒険者特性はないが冒険者として活動し、稼いでいる人たちが多く住んでいる。
冒険者特性があっても都内に住んでいる人も少なくはなかった。
そんな彼らから、少子化対策目的で増税をする。
確かに加山都知事は短期間だけ、東京都の住民から強い支持を受けるかもしれない。
だが、もしそんなことをしたら……。
「(そうでなくても、冒険者特区は別空間を利用して大きな街を作っているんだ。増税が嫌な冒険者たちが、都内から逃げ出してしまう!)」
増税の効果がなくなり、それなのに大胆な少子化対策を打って予算不足になる。
最悪の未来だが、加山都知事はその時はもう都知事ではないからいいと思っているんだろうな。
「(この人は……)冒険者への増税は、長い目で見たらかえって税収が減ってしまいます。やめた方がいいです」
「あなたの意見なんて聞いてないわ! すぐに都知事会見を開くのよ! 冒険者たちに増税して少子化対策に使えば、私の支持率は復活するはず」
最近、さすがに成し遂げた政策がないことをネットや一部マスコミで指摘され、加山都知事は支持率も低迷していた。
これをなんとか回復させたいのだろう。
「もう決めたわ!」
私が止めるのも聞かず、加山都知事は定例の都知事会見で、冒険者に増税した分で少子化手当を強化することを発表した。
そしてこの提案は、多くの都民たちの支持を得てしまう。
なぜなら、冒険者の数は都内の人口に比べれば圧倒的に少なく、税負担が増すのは少数の冒険者たちだけで自分たちは利益享受者になれるのだから、加山都知事を支持して当然なのだ。
そしてその流れは、多くの都道府県に伝播していった。
「(こういうところなんだよな。加山都知事が上手だなと思うのは)」
ただ今回に関しては、この人気が果たして何年保つのやら。
いや、問題になる頃には別の人間が都知事になっているから問題ないのか。
「(次の都知事が不幸だな)」
私の予想は当たり、加山都知事の発表のあと、冒険者特区に引っ越す冒険者が増えた。
その結果、都内から増税分を払う冒険者がほとんどいなくなってしまい、他にも加山都知事の増税案に賛同した自治体はことごとく税収が減少し、のちに予算不足に悩むことになるのであった。
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