第151話 ミラードラゴン、青ヶ島ダンジョン(その2)

「青ヶ島のダンジョンを東京都が管理しろですって! 嫌よ! 無駄な予算がかかるじゃないの!」


「ですが、ダンジョンですよ。上手く管理できれば、東京都の税収は増えるなにしろはずです」


「もし大赤字になったら、選挙民から批判されるじゃないの! まったく田中総理はなにを考えてるのよ? 上野公園ダンジョンを始めとする、都内のダンジョンをすべて特区として東京都から切り離しておいて、青ヶ島のダンジョンは東京都が管理しろですって? わかったわ! 田中総理は私を潰すつもりなのね! 私が日本初の女性総理候補として国民に人気だからって!」


「あのぅ……。以前、これ以上ダンジョンを取り上げられては堪らない。もし新しいダンジョンが都内に出現したら、その管理は東京都に任せてもらうと、田中総理に啖呵を切ったのは加山都知事でして……(あんたの人気は、なにもしないことがバレて低下中じゃないか……)」


「私が悪いっての? 」


「いえ、悪いだなんてことは……。ダンジョンはあるのですから、これを機に、青ヶ島の交通インフラを整備して、冒険者が通ってくれる青ヶ島ダンジョンにするべきではないかと……」


「あんな離島に、多額の予算なんて掛けられないわよ! もし税金の無駄遣いだっで、マスコミや選挙民たちに批判されたらどうするのよ! 私の支持率が下がったら、あんた責任取ってくれるの?」


「……」


 駄目だ。

 こうなったら、もう手に負えない。

 突如青ヶ島に出現したダンジョンを東京都の管轄にすべきだと進言したら、加山都知事に叱られてしまった。

 元キャスターということでマスコミ対策が上手な加山都知事は、有権者の支持率を大いに気にする。

 だから、都内のダンジョンが特区になったせいで東京都の税収が落ちた時には、ヒステリーを起こして大変だった。

 彼女は今は都知事だが、元は国会議員で総理大臣の椅子も狙ってるから、田中総理から妨害されたと思っているようだ。

 間違いなく、あんたの被害妄想だけどな。

 もう田中総理の中では、あんたは『終わった人』扱いなのだから。

 田中総理としては、あんたが大嫌いな飯能総区長の方に気を使うし、なんなら後継者だと見なしている可能性が高い。


 そんな中で、青ヶ島にできたダンジョンを管理するチャンスを得たのだけど、加山都知事はそれを嫌がった。

 青ヶ島は東京都とはいえとても遠く、利便性を上げるためのインフラ整備にお金がかかる。

 支持率を気にする加山都知事は、多額の税金を投入しなければならない青ヶ島のインフラ整備に予算を出したくないのだろう。

 税金の無駄遣いだと批判されたくないからだ。


「(確かに上野公園ダンジョン特区は惜しかったかもしれないが、今さら嘆いても無駄じゃないか。それなら、青ヶ島ダンジョンを育てなければ……)ダンジョンがあれば、安全保障上の利点もあります!」


 エネルギーの多くを魔石に頼る以上、魔石を産するダンジョンは確保しておいた方がいい。

 ましてやここは、世界でも有数の大都市東京なのだから。

 エネルギーの大消耗地だからこそ、エネルギーの自給手段を確保しておくことが都知事としての役割だと、私は加山都知事を説得した。


「あんな辺鄙な場所にあるダンジョンなんていらないわよ! 特区でも作れば……そうだ!」


 加山都知事の『そうだ!』は、大抵ろくな思いつきではない。

 過去に、私がどれだけ酷い目に遭ったか……。


「上野公園ダンジョン特区は儲かっているし、青ヶ島ダンジョンを引き取る余裕くらいあるでしょう。青ヶ島ダンジョンだけで特区を作っても多額の赤字を垂れ流すだけ。飯能総区長の手腕に任せましょう。彼は優秀だから」


「……」


 加山都知事は、飯能総区長とは犬猿の仲だ。

 その因縁は、飯能総区長が都内の某私大の大学教授だった頃まで遡る。

 加山都知事が学術関連の予算を削った際、人気取りの愚策と、飯能総区長が加山都知事を散々に批判したからだ。

 彼はテレビなどでも加山都知事批判を続けたので、加山都知事は大学に圧力をかけて彼をクビにさせようとしたため、二人の仲は決定的に悪くなった。

 その後、飯能氏は上野公園ダンジョン特区の区長に当選、さらに総区長にもなったが、加山都知事はただ機嫌を悪くしただけだ。

 なぜなら、彼は大胆な政策を次々と打って特区内の支持率も高く、田中総理にも気に入られているからだろう。

 最近では、『次は国政に打って出て、将来の総理大臣になるのでは?』という噂まで流れている。

 事実、彼は政治家としても優秀で、誰かさんと違ってちゃんとやることはやっているからな。

 こんな状況なので加山都知事の機嫌がいいわけもなく、彼女は飯能総区長に嫌がらせをしたいのだろう。

 だから、上野公園ダンジョン特区に青ヶ島ダンジョンを押し付けたいのだ。


「ですが、あまりにも距離が離れてすぎていて、飯能総区長も大変なのでは?」


「彼は優秀なんでしょう? なら任せましょう」


 加山都知事は、飯能総区長が失敗することを心から望んでいる。

 青ヶ島ダンジョンで大赤字を出させ、懇意にしているマスコミにリークして叩かせるつもりなんだろう。


「(意地か悪いなぁ)」


 ただ、加山都知事にも一つ誤算があった。

 なぜなら飯能総区長は、二つ返事で青ヶ島ダンジョンの管理を引き受けたからだ。


「どうせ大赤字を垂れ流すわよ。そのあと、マスコミに税金の無駄遣いだってリークさせれば、飯能の支持率も……楽しみねぇ」


「(性格悪!)」


 よもや、飯能総区長が青ヶ島ダンジョンを引き取るとは思っていなかった加山都知事は驚きを隠せなかったが、青ヶ島ダンジョンを黒字にするのは難しいのは事実。

 加山都知事は『してやったり』といった表情を浮かべ、今日も人気取りの方法を模索するのに余念がない。

 なぜなら、彼女の夢は総理大臣なのだから。

 だが、あの飯能総区長がただ赤字を垂れ流し、加山都知事に攻撃されるだけとは思えないのも事実。


「(飯能総区長には、なにかしら勝算があるのかもしれない)」


 その可能性を口にして、加山都知事の機嫌を損ねる必要はないので静かにしているが……。

 さて、加山都知事の代わりにちゃんと仕事をしなければな。






「というわけで、上野公園ダンジョン特区は、青ヶ島ダンジョンの面倒を見ることになりました」


「それはご苦労様です」


「古谷君にも、協力してほしいんだけど」


「俺がですか? 青ヶ島への移住は勘弁してください」


「そんな必要はないよ。青ヶ島ダンジョンに冒険者たちが簡単に通えるようにしてくれれば」


「無茶言うなぁ……」


「その前に、青ヶ島ダンジョンの動画撮影も頼みたい」


 またも飯能総区長から呼び出されたのはいいが、例の青ヶ島ダンジョンは上野公園ダンジョン特区が引き取ることになり、どうにか青ヶ島ダンジョンにも冒険者が簡単に通えるようにしてほしいそうだ。

 普通に考えたら、無茶振りにも程があると思う。


「方法はありますけど、そんなに簡単に許可は出ないと思う」


 空中都市フルヤの中にある自宅と、上野公園ダンジョン特区にある自宅とを繋ぐゲートを設置すれば簡単だけど、お役人の許可を取るのが大変そうだ。

 通信や移動に関連する事柄の許認可を取るのは、とにかく様々な手続きを経て、多くの役人の顔色を伺う必要がある。

 日本は規制で雁字搦めだからこそ、普通にやっていたらダンジョン関連で世界に取り遅れてしまうから、田中総理は冒険者特区を作ったのだから。


「それは私に任せてくれ。まずは、青ヶ島ダンジョンの詳細な情報が欲しい」


「わかりました」


 飯能総区長がなんとかするって言うのだから、俺は言われたとおりにやるだけだ。

 青ヶ島ダンジョンと上野公園ダンジョン特区をゲートで行き来できるようになれば、青ヶ島ダンジョンに入る冒険者も増えるだろうし、ゲートの通行料は徴収する予定だしな。

 

「岩城理事長から、新しい太陽光パネルと蓄電池の話は聞いているよ。これも上野ダンジョン特区と青ヶ島に導入しようと思うんだ。古谷君も儲かっていいでしょう?」


「ええまあ……」


「全国の冒険者特区にも導入する予定だ。冒険者特区というのは、半ば独立国みたいなものでね。独自にエネルギーを確保しておくのは、安全保障上大切なことなんだよ。だから独自に魔石発電所を持ち、新型太陽光パネルで集めた電気を新型の蓄電池に蓄えておくってわけさ。有事に備えた、エネルギー備蓄ってわけだよ」


 俺は飯能総区長の依頼を受け、青ヶ島ダンジョンの探索と動画撮影を始めた。

 

「……あれ? 一階層がスライムじゃないぞ?」


 確か、消滅した某発展途上国のダンジョンは、三百階層までしかなかったはず。

 俺はちゃんと最下層まで動画撮影したのに、あの国の人たちは誰もダンジョンに潜らなかったので腹が立ったから余計に覚えていた。

 それなのに、今、ダンジョンが消えてその国の人たちは大騒ぎしているそうなので、『俺の努力ってなんだったの?』って思った次第だ。


「ウサギなのか……」


 一階層は大きなウサギで、 二階層は黄色の猪。

 三階層は、大きな鴨に似た鳥。

 あきらかに、消滅したダンジョンとは別物になっていた。


「見たことないモンスターだな」


 勿論、ウサギ型、猪型、鳥型モンスターは存在するが、色や種類や大きさが違うし、低階層のモンスターだからか、青ヶ島ダンジョンのモンスターは弱すぎる。

 そしてそれ以降も、やはり弱すぎる動物型モンスターばかり出現するのだ。


「Reスライムみたいに強いわけでもないし、そこまで大きくもないし、大丈夫か? 青ヶ島ダンジョン」


 魔石の品質もいいわけではなく、ドロップアイテムも……。


「うん? 醤油?」


 なぜか、ドロップアイテムがガラス容器に入った醤油の瓶だった。

 どうして醤油なのがわかったのかというと、試しに少し舐めてみたからだ。

 

「なにこれ、美味しい!」

 

 俺も割と舌が肥えてきたし、せっかく稼いでいるので少し高い調味料を使っているのだけど、それよりも圧倒的に美味しかった。

 醤油はダンジョン産の大豆などを使って作らせているが、それよりも美味しい醤油なので、これはレアアイテムかもしれない。

 そして百階層を超えると、今度は海のステージに入る。


「大きなブリ、大きなマグロ、大きなヒラメ、大きなアワビ、巨大な昆布……魚介ステージか!」


 そしてドロップアイテムも、お酢、味噌、ミリン、酒、岩塩、藻塩等々……。

 なぜか食べ物ばかり出てくるのだ。


「先ほどの醤油を倒したマグロに似たモンスターの身にかけて食べる。すげえ新鮮で美味しい。刺身の旨味と甘味が引き立つぅーーー!」


 これまでのダンジョンに比べると、随分と日本人好みの食材や調味料が手に入るダンジョンのように思える。

 二百階層からはなんと森林ステージになり、椎茸、松茸、舞茸などに似たキノコ、各種木の実、果物などが採取できた。

 モンスターも全然強くならない。


「毒はない。果物は……ただ甘いだけじゃなくて美味しい! これ!」


 これまでに手に入ったダンジョン産の食品にも負けず劣らず、それでいて日本人が喜びそうな美味しいものばかりが次々と手に入っていく。

 同時に、もう一つの事実に俺は気がついていた。


「あれ? こいつら一向に強くならなくねぇ?」


 そういえばいくら階層を降りても、モンスターの種類は代わっても、全然強くならない事実に気がついた。

 

「もしやこのダンジョンは、冒険者特性がなくても最下層までクリアできるダンジョンなのか?」


 そして、モンスターとドロップアイテムが食材と調味料。

 魔石も入るが、すべてスライムよりも品質が低かった。


「……えっ? モォーーー!」


「黒毛和牛みたいなモンスターだ」


 最下層のボスは黒毛和牛を一回りほど大きくしたモンスターで、すぐに倒せてしまった。

 やはり魔石の品質は低く、ダンジョンコアは手に入ったが、俺はもう二度と入らないだろうな。


『というわけで、青ヶ島ダンジョンはダンジョン大国にして、真面目に全国のダンジョンを攻略している日本へのプレゼントなのでしょうか? 入念な準備が必要で、やはり命を落とす可能性もありますが、このダンジョンは冒険者特性がない人でも最下層を狙えます』


 俺が上野公園に青ヶ島ダンジョンに一瞬で移動できるゲートを設置し、動画で青ヶ島ダンジョンを攻略する様子を更新すると、翌日から多くの人たちがゲートを潜り、青ヶ島ダンジョンへと挑んでいくようになった。

 しかも、初めてダンジョンに入ります、的な人たちが多いように思える。

 魔石の品質は低いが、モンスタ-はスライムよりも弱く、最下層のボスまでほとんど強くならない。

 それでいて、モンスターの素材とドロップアイテムは美味しい。

 このところモンスター由来の食材は世界中に輸出されており、日本はかなりの外貨をもたらしていたので、買取所も青ヶ島ダンジョンの食材を買い取ることを決めたそうだ。

 なので俺は、モンスターの買い取り価格を上げる倒し方、腐ると売れなくなるので鮮度を保つ持ち帰り方などを動画で伝授し、さらに再生数を上げていく。

 俺は青ヶ島ダンジョンを『グルメダンジョン』と名付けたけど、これによりスライム討伐にも躊躇していた多くの人たちが、青ヶ島ダンジョンを目指すようになった。

 このところ、ゴーレム、AI、ロボットの普及で失業率も上がっていたが、このグルメダンジョンは失業者を減らすことに大きく貢献している。


「ゲートの通行料で大儲けですよ。社長」


「あっ、そうなんだ」


 青ヶ島ダンジョンが特殊なせいで、多くの新人冒険者たちが挑むようになり、青ヶ島ダンジョン特区は単独でも黒字を達成することに成功した。

 だが、ゴールドラッシュで一番稼いだのが、金を掘りに来た人たち相手に商売をした人たちであったように、青ヶ島ダンジョンまで一瞬で移動できるゲートを設置、管理している俺だったというのは、なんとも皮肉な話ではある。


「このゲートを潜れば、一瞬で青ヶ島ダンジョンの目の前に到着します! 往復で千円ですよぉーーー!」


「なんか安いんだな。青ヶ島まで千円って……」


「普通の会社に通勤する交通費と変わらねえ」


「儲かってるのか?」


「どうなんだろう?」


 正解は、薄利多売だけど、青ヶ島ダンジョンに潜る冒険者は増える一方なので、かなり儲かっているであった。

 ゲートは一度設置すれば、その維持にほとんど手間がかからないから。

 ただ、ゲートの引き合いが世界中から来ており、これをこなすと俺は過労死してしまうかもしれないけど。





「あの青ヶ島ダンジョンが黒字ですってぇーーー! キィーーー! 悔しい! 古谷良二……あのガキぃ! 飯能ばかりに手を貸して! 東京都知事にして、将来の総理大臣である私をバカにして! 必ずや、目にものを見せてやるわ!」


「……」


 加山都知事。

 青ヶ島ダンジョンを飯能総区長に押し付ける判断をしたのはあんた……そんな理屈はこの人に通用しないか……。

 しかしながら、古谷良二を敵に回すのだけは絶対にやめてくれ。

 もし彼に手を出せば、あんたは必ず自滅してしまうのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る