第150話 ミラードラゴン、青ヶ島ダンジョン(その1)

『古谷さん、このドラゴン、対艦ミサイルが効きません!』


『でしょうね。ドラゴンとは一定以上の距離を置くことと、絶対に奴と目を合わせない、口が開いた時に、口の奥が見える位置から必ずハズれてください! もしドラゴンのブレスを食らったら、最新鋭のF35でも一瞬で蒸発しますから』


『了解! せっかく新規導入したコイツですが、ドラゴンには勝てません。それに、すぐに予備機になってしまうとは悲しいなぁ……』


『仕方あるまい。古谷さんが提供してくれた、ムー文明の戦闘機の方が圧倒的に性能がいいのだから』


『新型は円盤型なのに、不思議なくらい速いですからね』


『お前ら! 無駄話をしてると、あの鏡張りドラゴンのブレスで蒸発するぞ!』




 試作した小型魔力波通信機と、自衛隊のF35小隊との通信は明瞭だ。

 現時点では傍受ができないので、自衛隊でも導入予定だと聞いている。

 それにしても今さらだが、よもや俺が、怪獣映画に出てくる自衛隊のような役割を担うようになるとはな。

 この世界にダンジョンが出現して三年が過ぎ、またもダンジョンを放置していた某発展途上国のダンジョンが消滅した。

 とある別の発展途上国のように、ダンジョンからモンスターの大群が溢れ出て、世界中から冒険者有志が集まって討伐した件に比べたらマシだけど。

 で、その消滅したダンジョンがどうなるのかというと、上野公園ダンジョンのように既存の階層が増える材料になるパターンがある。

 最近、また上野公園ダンジョンの階層が増えて二千階層になり、なんと一階層からの構造も大幅に変わってしまった。

 その時、ダンジョンに潜っていた冒険者たちは突然地上に出されるという、不思議な現象に見舞われている。

 俺は向こうの世界で経験済みだけど、まったく構造が変わった上野公園ダンジョンに取り残されなかっただけ温情だろう。

 ただ、上野公園ダンジョンの構造が大きく変わってしまったので、これまでの攻略情報が一切役に立たなくなり、俺が動画を撮影し直す羽目になった。

 モンスターが強くなったわけではないけど、ダンジョンの構造が変わっただけで、冒険者の死者は増えてしまう。

 罠などが増えており、やはり初見殺しは厄介なのだ。

 俺も、これまでに攻略した経験がないダンジョンなので、どんなにレベルが上がっても油断しないように動画を撮影している。

 罠によっては、レベルに関係なく死んでしまうからだ。

 ダンジョンの階層が増えるだけで、既存の階層の構造に変化がないパターンもあって、日々変わるダンジョンの様子を正確に伝えるのは大切なこと。

 冒険者の死者を減らし、俺もインセンティブで稼げるからだ。


 そんな俺だが、今日は青ヶ島上空に出現したハグレモンスターと戦っていた。

 青ヶ島に突如ダンジョンが出現し、それと同時に不思議なドラゴンも上空に姿を見せた。

 そのドラゴンは表皮が鏡張り……と表現するのが正しいのだろうか?

 奴の体をよく見ると、対峙している俺の姿が映し出されており、偵察のためF35戦闘機隊を飛ばした自衛隊がミラードラゴンと命名していた。

 試しというか、ドサクサに紛れてF35が新型の対艦ミサイルを発射。

 実戦試験をしたかったんだろうな。

 ミサイルは見事ミラードラゴンに命中したけど、残念ながらまったくダメージを与えられなかった。

 ダンジョンの外に出たハグレモンスターはダンジョン内の法則から外れるので、火器でもダメージを与えられるのだけど、対艦ミサイルを食らって無傷というのはさすがはドラゴンといったところか。

 ただ、対艦ミサイルはミラードラゴンを怒らせたようで、F35隊に向けてブレスを吐いた。

 距離があったので、F35隊はブレスを避けられたが、俺が撮影用に飛ばしていたドローン型カメラ数基は一瞬で消滅した。

 ブレスの性質を分析するに、まるで鏡のような表皮が太陽光を吸収し、それをブレスのエネルギー源としてようだ。

 ブレスってよりは、光線の類いだな

 俺も向こうの世界では見たことがないドラゴンであり、この世界で誕生した可能性が高い。


「……ミラードラゴンを倒すには、突貫するしかないな」


 途中、ミラードラゴンのブレスを確実に食らうが、かなり余裕をもって避けないと光線の高温で大火傷するだろう。

 F35だと、回避してもダメージを受けて墜落しかねないから、俺がやるしかない。


「突貫して倒します」


「……すまない、頼む」


 F35隊を率いる隊長も、自分たちではミラードラゴンを倒せないことを理解したのであろう。

 邪魔にならないよう、後ろに下がってくれた。


「じゃあ行くか」


 俺は久々に、『アイテムボックス』から取り出したゴッドスレイヤーを構え、ミラードラゴン目指して突撃を開始した。


「きたな!」


 ミラードラゴンは即座にブレスを吐くが、太陽光がエネルギー源のブレスなのに随分と短い間隔でブレスを吐くじゃないか。


「表面を覆う鏡状の表皮が、太陽光を効率よく吸収しているんだろうな」


 間違いなく、既存の太陽光バネルよりも効率よく太陽光をエネルギーに変換できるのだろう。


「(あの表皮はあとで役に立ちそうだ。なるべく表皮に傷をつけずに倒すか……)うぉーーー!」


 俺がこれみよがしにミラードラゴンの正面から突撃すると、またも即座にブレスが飛んできた。

 俺は、高出力で『バリアー』を張る。


「これは……思った以上に高火力のブレスじゃないか!」


 俺はミラードラゴンの吐くブレスに押し出されそうになり、高出力の『バリアー』を張っても、周囲の温度が急激に上昇して皮膚がチリチリと熱い。

 すぐに『バリアー』の強度を増し、ブレスを全力で防ぐ。

 しばらく我慢していると、いくらエネルギー効率のいいブレスでも、さすがに限界だったようだ。

 ミラードラゴンのブレスが止まった。


「弾切れのようだな」


 ミラードラゴンほど強力なモンスターなら、ブレスが吐けなくても倒される可能性はほぼなかったはず。

 

「だが不運なことに、ここには俺がいた」


 俺はさらに突進を続け、ミラードラゴンの目前からゴッドスレイヤーを投擲する。

 すると勢いが増したゴッドスレイヤーは、ミラードラゴンの口の奥深くに突き刺さり、脳髄を破壊。

 ミラードラゴンの表皮を傷つけず、口の内側からトドメを指すことに成功した。

 即死したらしいミラードラゴンが落下していくが、このままだと青ヶ島に落下してしまうので、『アイテムボックス』に回収することも忘れない。


「(このミラードラゴンの表皮、役に立ちそうだから回収できてよかった)」


 動画の撮影もバッチリだったので、今頃プロト1が編集を開始しているはずだ。

 ドローン型ゴーレムが多数ブレスで消滅したが、まあ必要経費ってことで。


「しかし、青ヶ島にダンジョンかぁ」


 どんなダンジョンかにもよるけど、ちょっと利便性がなぁ。

 ダンジョン特区を作っても、冒険者が集まるかどうか。

 俺がそんなことを考えても仕方がないのだけど、つい気になってしまったのだ。


「(田中総理とか、飯能総区長が考えることか。引き揚げよう)じゃあ、俺は帰ります」


「助かったよ、古谷さん」


 もし最新鋭のF35が落とされたら、税金の無駄遣いだと騒ぐ人たちが出そうだからな。

 新型対艦ミサイルはイマイチだったけど、損害はなかった隊長たちにお礼を言われた俺は、『テレポテーション』で自宅へと戻るのであった。





「どうです? 岩城理事長」


「再現はできるけど、理論はまったく不明だね。このミラードラゴンの表皮で、これまでとは比べ物にならない性能の太陽光パネルを作れるよ」


「やっぱり」


「ミラードラゴンが地上に出現してからわずかな時間で、あれだけの高威力の高熱ブレスを連続で吐けるのはおかいしから、元々別の場所で太陽光を浴びてエネルギーを溜めていたとしか思えない。それにしても、太陽光だけであれだけのブレスを吐けるなんて、よっぽどエネルギー変換効率がいいんだろうね」




 ミラードラゴンを倒した翌日。

 早速イワキ工業の研究室に隣接した広大な作業場で、その解体と気になっていた鏡のような表皮の分析をしてみたところ、とても発電効率がいい太陽光パネルに転換可能なことが判明した。

 ミラードラゴンが高出力のブレスを吐けたのは、全身を覆う鏡のような表皮で太陽光を集め、効率よくブレスに転換していたから。

 そして、それに加えて……。


「古谷君、この謎の器官なんだけど……」


「怪獣図鑑の怪獣図解に書かれている、謎の袋ですか? 『ミラードラゴン袋』とか?」


「古谷君、よくそんな古いものを知ってるね。あながち外れてないけど、これはミラードラゴンが表皮から集めた太陽光を電気に変換して溜め込んでおく器官……生体蓄電池とでも言うべきものなんだ。しかも、既存の蓄電池とは比べ物にならないほど大量の電気を溜められる」


「ミラードラゴンって、本当に生物なんでしょうかね?」


「解体、分析の結果は、間違いなく生物さ。鏡の表皮と生体蓄電池だけど、これは再現可能だ。だけど……」


「だけど?」


「ダンジョンで手に入るモンスターの素材が必要になる。太陽光パネルはそんなに急ぐ必要ないけど、生体蓄電池は省エネのためにも急ぎ普及させたい。そこでさっきの『だけど』だよ。人類は、ますますダンジョン由来の素材に依存するようになる。これをよくないと考える人たちは、ますます冒険者に反発するだろうね」


「それはもう仕方がないでしょう」


 俺は、彼らのご機嫌取りなんてしたくないのだから。

 現在の地球では、エネルギー源の六割近くを魔石に頼るようになっていた。

 すでに化石燃料は極少量の研究用を除いて存在せず、原子力発電は今あるウランをリサイクルしながら続くが、新しいウランは手に入らない。

 あとは、水力、太陽光、風力、地熱、潮流を利用した自然エネルギーの割合が増えていたが、コストでいうと魔石に歯が立たなかった。


 自然エネルギーは発電量が不安定という弱点もあり、だがいまだ多額のお金をかけて研究は続いている。

 なぜなら、いきなりこの世界にダンジョンが出現したということは、逆に考えたらいきなりダンジョンが消えてしまう可能性だってあるのだから。

 田中総理は好景気の予算増を利用して、水力発電用のダムの建築や、既存の水力発電用ダムの改修を行い、太陽光、風力、地熱、潮流発電施設の建設など。

 自然エネルギーの研究にもお金を出していた。

 どれか一つに極端に依存すると、それが駄目になった時が怖い。

 だから、様々な発電方法で電気を確保しておくことが大切……これは西条さんの受け売りだけど。

 そんな中で俺は、地球にある物質では再現が難しい超高性能太陽光パネルと、蓄電池を手に入れてしまったわけだ。


「なんか、俺って余計なことをしましたかね?」


「この太陽光パネルと蓄電池を、地球上にある物質で作れるようにすれば問題ないさ」


「それならいいけど」


「それよりも、今、大きな問題が浮上しつつあってね」


「大きな問題?」


「青ヶ島ダンジョンのことさ」


「あのダンジョン、場所が悪いですからね」


 いくらダンジョンが富を生み出すとはいえ、青ヶ島を活動拠点にする冒険者がいるのか。

 そこは確かに疑問ではある。


「青ヶ島ダンジョンは特区になるのでしょうか?」


 イザベラが、岩城理事長に尋ねた。


「実はダンジョン特区に関する法律では、そこまで書かれていないんだよ。急ぎ法律を制定したからね。一日でも早くダンジョンを特区にしようと、かなり急いでいたから」


 基本的には新しいダンジョンができたら特区を作ることになっているが、百パーセント必ず特区にするのではなく、そのダンジョンがある自治体や国がダンジョンを所有できる余地も残してあるのだそうだ。

 俺は法律の条文なんて読まないので、すべて西条さんの受け売りだけど。


「では、新しいダンジョンができた場合、そのダンジョンがある自治体や国がダンジョンを領有する可能性があるのですね」


「他国では、ダンジョン特区にするか、自治体や国と領有権で揉めているダンジョンもあるからね。ただ日本の場合、最初にすべてのダンジョンを特区にしてしまったので、自治体や国が手を出しにくい前例を作ってしまった。それに、青ヶ島のダンジョンを欲しがる自治体……この場合東京都だけど、青ヶ島だからなぁ」


「確か、もの凄く行くのが大変な島なんですよね?」


「八丈島から、ヘリか船で行くみたいだ」


「通勤……冒険者だけど通勤ですよね。時間がかかりすぎなので、冒険者が来ない可能性が高いですね」


 綾乃の言うとおり、青ヶ島ダンジョンを特区にしても人が集まらない懸念もあった。

 日本はダンジョン大国なので、他にもっと利便性が高いダンジョンが……青ヶ島ダンジョンよりも不便なダンジョンは日本に一つもないな。


「じゃあ、特区にしないってこと?」


「それも難しいね。青ヶ島は東京都に属してるけど、東京都は面倒見たくないだろうから。ただの人口が少ない島なら問題ないけど、なにしろダンジョンだからね」


 ホンファの問いに岩城理事長が答える。

 確かにダンジョンは莫大な富を生み出すが、ちゃんと冒険者が集まらなければならない。

 日本には不便な場所にあるダンジョンも多かったが、青ヶ島ほどではなかった。

 それに今では特区になったことで、ダンジョン周辺に町ができ、交通インフラも整備されつてある。

 だが、離島である青ヶ島ではそれも難しい。


「ボクも青ヶ島の地図を見たら、ここに通おうとは思わないものね」


「住むのも大変そうですしね」


「でも、ちゃんと冒険者が籠らないと、ダンジョンからモンスターが溢れ出てくるか、消滅してしまうじゃない。どうするの?」


「俺たちが決めることじゃないからなぁ……とうするんだろう? 本当に」


 リンダの疑問に俺は答えられなかった。

 青ヶ島ダンジョンがどうなるのか、現時点ではわからなかったが、ミラードラゴンの表皮を量産した太陽光パネルと、生体蓄電池を量産した高性能蓄電池は、世界中に普及して、イワキ工業と古谷企画はさらに大儲けすることになる。

 これ以上儲けても、資産の数字が増えるだけでなんとも思わなくなったけど。

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