第149話 野生のサファリパーク(その2)

「……あのぅ、今日はどんな用事ですか?」


「現在、大々的に移転中の上野動物園なんだけど、そこに展示する動物を提供してほしいんだよ」


「俺がですか? 動物の捕獲は専門外なんですけどねぇ。ちなみに、専門はモンスターの討伐です」


「アナザーテラにいる、地球では絶滅したはずの動物たち。それを提供してほしいんだよ。古谷君は、上野動物園の正式名称を知っているかな?」


「上野動物園に正式名称なんてあるんですか?」


「あるよ。恩賜上野動物公園なんだよ。この動物園は日本で一番古く、さらに宮内庁管轄になっていたものを、当時皇太子だった昭和天皇のご成婚を記念して、東京市に下賜されたものなんだ。これをダンジョンのためとはいえ移転する。これが決まるまでに、とてつもなく紆余曲折があったことは理解できるよね?」


「なんか、うるさそうな人が多そうですね」


「だからってのも変だけど、恩賜上野公園は上野公園ダンジョン特区が面倒を見ることになった。奥多摩の広大な土地に移転して、展示する動物の種類も数も増やし、展示方法も有名人気動物園などを参考に工夫。民間企業を入れて収益体制も工夫しつつ、獣医大学も移転、併設して動物の研究も促進とまぁ、色々と頑張る予定ではいるんだけど、もう一つ目玉が欲しいところだ。そこで古谷君が、アナザーテラに生息している絶滅した動物たちを提供してくれるとありがたいな。これだけでも客さんを呼べるじゃないか」


「なんか、色々と大丈夫なのか不安になりますけどね」


 またも、上野公園ダンジョン特区役所の区長室に呼ばれたのだが、飯能総区長からかなり無茶なお願いをされてしまった。

 上野公園ダンジョンと上野動物園の併設はさすがに不可能となったため、上野公園ダンジョン特区が奥多摩に移転させて経営を引き継ぐことになったのだが、その目玉として動画で流しているアナザーテラの絶滅した動物たちを寄越せと言ってきたのだ。


「あーーー、検疫が難しいかも」


「超特急でやってくれるそうだよ」


「……アナザーテラの存在が表沙汰になっていいんですか?」


 動物園に少数を提供するぐらいなら、動物たちが絶滅する心配はない。

 俺の一番の心配は、絶滅動物たちの存在からアナザーテラの存在が世間に知られてしまうことだ。


「それなら心配いらないさ。もうすでに知られているんだから」


「それはそうなんですけど……」


 この世界の上層部にいる人たちで、俺が地球にそっくりな惑星を一個持っていることを知らない人はいない。

 だが、太陽を挟んで反対側にある惑星にアクセスできる人は存在せず、権力を用いて俺から取り上げようにも、取り上げたものに辿り着けないというジレンマがあり、下手にアナザーテラの存在を認めてしまうと、それを利用することができない件で民衆から叩かれる可能性もあって、彼らはアナザーテラの存在を公式には認めていなかった。

 あきらかに実在するんだけど、為政者に不都合があるから公式には認めていない。

 人間のプライドが非常に厄介なものである証拠だ。

 俺は造り物と称し、アナザーテラの様子や、そこで遊んでいるところ、さらに今回は地球では絶滅している動物たちの映像を動画で更新したが、ちゃんと全部地球で撮影した映像と、CGを組み合わせたものだというテロップをあげている。

 本当はアナザーテラで撮影して編集しただけの映像だけど、これは造り物ですと、あえて嘘ついているのだ。

 だだがこの嘘が、かなりの収益を生み出しているわけだが。

 このところ、アナザーテラで生産した食料、ダンジョンから産出した魔石、資源、モンスターの素材、ドロップアイテムも市場に流れているけど、地球のものと差があるわけではないので、まったく気がつかれていなかった。


「世の中ってのは、なんでもきっちり白黒つくわけじゃありませんからね。アナザーテラの存在は公式には認められていない。それなのに、なぜか移転した恩賜上野動物園には地球では絶滅したはずの動物たちが展示されている。じゃあ、この動物はどこから? とりあえず表向きは、別の理由を用意してあるんだよ」


「別の理由?」


「実はかなり前から、絶滅した動物のDNAを用いて、これを復活させようという研究がある。それに成功したことにすればいいんですよ」


「そんな適当な……絶対バレると思いますけど……」


「絶対にバレるけど、現状、アナザーテラには偵察衛星を送り込むことすらできない。世界中の国が準備していると思うけど、どんなに短くてもあと数年はかかる。いや、太陽を飛び越えて行かないといけないからなぁ。下手をしたら数十年はかかるから? 実在することが証明されていない惑星の獲得に予算を使うなんて、多くの国の有権者たちが許さないからね。だから世界各国は、この嘘を受け入れることになる。それよりも、恩賜上野公園の経営を上野ダンジョン特区が引き継ぐ形となるので、できれば赤字は避けたいところ。新しい恩賜上野動園の周辺には他の観光施設も誘致するし、ゴーレムが接客する遊園地や温泉施設、ホテルも建設予定なんだ。動物園も人手不足なので、ゴーレムに飼育のかなりの部分を任せる予定で。なにしろ世界一の動物園の目指す予定だから」


「なるほど、わかりました」


 世の中、すべてのものが簡単に白黒つくのつくわけではない。

 だから、移転した恩賜上野動物園にアナザーテラ産の、地球では絶滅した動物を展示しようと言う。

 意味がわからないが、責任は飯能総区長が取るらしいので、俺は彼の要請を受け入れることにした。


「一ついいですか?」


「なんです?」


「上野から移転しても、恩賜上野動物園なんですか?」


「埼玉にあっても、東京ディズニーランドというのと一緒だよ」


「……そのたとえは合ってるの?」


「もしかしたら地元の議会が噛みついて、恩賜上野・奥多摩動物園になるかもしれないけど。新しい動物園の建設はゴーレムを大量に導入して急ピッチで進んでいるので、これまでとは比べ物にならないほどの早さで、恩賜上野動物園はリニューアルオープンできるはず」


「はあ……」


 とはいえ、さすがに一ヵ月、二ヵ月先ではなく、年明けとは言われたけど。

 だけど、動物たちは検疫があるし、早めに飼育して環境に慣らさないといけないので、俺はアナザーテラの動物を地球に運ぶ作業をひっそりと続ける羽目になった。




「本当にリョコウバトがいる!」


「ニホンオオカミだ! ニホンカワウソもいるぞ!」


「すげえ、資料と骨格標本でしか見たことがないスカラーカイギュウだ!  動物の研究をしてきてこれほど感動したことはない!」


 飯能総区長が秘密裏に集めてきた、優れた動物学者たちとベテラン飼育員たちは、俺がアナザーテラから運んできた動物たちに大はしゃぎし、感動していた。


「これらの動物たちが飼育、展示されるようになったら、新しい恩賜上野動物園はきっと成功するだろう。移転してよかったぁ。東京都知事は涙目だろうけど」


 動物学者たちとベテラン飼育員たちが、大喜びしながら早速動物たちの観察を始め、データを取っているのを尻目に、飯能総区長が『ざまぁ』という表情を浮かべながら、都知事のことをディスり始めた。

 よほど都知事のことが嫌いなようだ。


「そんなに嫌いなんですか?」


「当たり前だよ。上野公園ダンジョン特区他、東京のダンジョン特区を田中総理が作ろうとした時、あのババアが散々邪魔しやがって。東京の税収が落ちるから嫌ってのがミエミエで、自分が元キャスターだかなんだか知らないが、マスコミまで総動員して反対キャンペーンを繰り広げたのさ。ろくに政策すらない、マスコミ対策だけで選挙に勝っている扇動政治家のくせして」


「それなのに、恩賜上野動物公園の所管を上野公園ダンジョン特区に移してくれたんですね」


「動物の研究施設や、獣医大まで併設する大規模なものにすると田中総理が決めたら、赤字になると予想して東京都の予算を出したくないと思ったんだろうな。加山のババアは元国会議員で総理大臣に未練があるから、田中総理を引きずり下ろしたくて堪らないのさ。だから、移転する恩賜上野動物園を過剰な計画で、税金の無駄遣いだと批判したかったんだろうが、必ず黒字にしてやる。あのババアがヒステリーを起こして、周りに当たり散らす様子を想像したら楽しくなってきた」


「本当に嫌いなんですね……」


 俺は政治に興味なんてないので、東京都知事が年配の女性だってことぐらいしか知らないけど。


「あのババア、自分が無学だからって、隙があれば学術関連の予算を削ろうとするからね。それで予算削減を世間にアピールするから性質が悪い。しかし東京都民も、よくあんなポピュリズムババアに投票するなと思うよ。とにかく、新しい恩賜上野動物園は必ず成功させる。なるべく多くの種類の絶滅した動物を連れてきてくれ」


「可哀想だからちゃんと飼育してあげてくださいよ」


「それに備えて、多くの動物学者とベテラン飼育員を大量に集めたんだ。ゴーレムも大量に集めたし、新しい恩賜上野動物園は、きっと動物たちも過ごしやすい環境になると思う」


 奥多摩にある建設中の新しい恩賜上野動物園予定地で飯能総区長と別れた俺は、『テレポーテーション』で上野公園ダンジョンに戻る。

 すると上野動物園はすでに閉園となっており、その跡地では重機が入って建設工事が進んでいた。

 最近では、人間の作業員に混じって多数のゴーレムが建設作業をすることが増えた。

 現在、人手不足のために作業員の日当が鰻登りの状態で、イワキ工業がレンタルするゴーレムを使う建設会社が増えたからだ。

 多数のゴーレムのおかげで作業効率が大幅に上がり、以前よりも早く建設工事が終わるというメリットもあった。

 騒音、振動、灯りを、イワキ工業製の『キャンセラー』で消して工事現場周辺に迷惑がかからなくなり、三百六十五日二十四時間交代制で建設作業ができるようになったからだ。

 上野動物園の跡地には、新しい買取所や、冒険者が装備を着替える更衣室、各種食堂、コンビニなどが完成する予定だと聞いている。


「最近、上野公園ダンジョンは冒険者の数が増えすぎて、色々と面倒だったからな」


 特に、買取所と更衣室の混雑は深刻で、男性冒険者は諦めて上野公園内の野外で装備の脱着を始め、『見苦しい!』と上野動物園に来ていたお客さんから苦情が来てマスコミに報道されたこともあった。

 上野公園から恩賜上野動物園が移転するのは、もはや避けられなかったんだ。


「上手く動物たちの繁殖に成功して、地球の自然下でも暮らせるようになればいいけど」


 恩賜上野公園の移転作業は順調らしいので、俺はアナザーテラから地球で絶滅した動物たちを連れて来る仕事をこなさないと。

 絶滅動物たちの動画は恐ろしい勢いで再生回数を稼いでいるから、新しい恩賜上野動物園はきっと上手くいくはずだ。

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