第148話 野生のサファリパーク(その1)

「……リョウジ君、このどこにでもいそうなハトが、そんなに貴重なの?」


「リョコウバトといって、アメリカ大陸で二十世紀初頭に絶滅した鳥なんだよ……ネットの知識だけど


「ふーーーん、少し色が派手な野鳩にしか見えないけどね。地球では絶滅したって聞いたけど、アナザーテラでは生き残っていたんだ」


「ここ、アナザーテラのアメリカ大陸では大群で飛んでいるから、全然貴重な鳥に見えないけど」


「あっそうか。地球では滅んでしまった動物や植物も、アナザーテラなら生き残っているんだ」


「プロト1に調べさせてみたけど、こっちでも滅んでしまった生物はいるみたい。逆に地球だと生き残っているのに、アナザーテラだと滅んでしまった動植物もある」


「必ずしも、人間だけが他の動物や植物を滅ぼせるわけではないんだね」


「生き物の生存競争は激しいってことだな」





 今日はお休みなので、みんなでアナザーテラ観光を楽しんでいた。

 アナザーテラには人間が住んでいた形跡すらないのでダンジョン以外の遺跡すらないが、とにかく自然が豊かなので、順番に回っていくといい観光になるし、他に誰もいないので、イザベラたちと楽しくデートできる利点があった。

 問題はアナザーテラ中を回る足だったけど、それは空中都市『フルヤ』を移転させることで解決している。

 やはり、あれだけの巨大な飛行物体を地球の空に浮かべたままにしておくのは難しく、このところ空中都市『フルヤ』を偵察する国籍不明の偵察機への対処で自衛隊が疲弊しているそうなので、黒助に相談したらアナザーテラに移してくれた。

 空中都市『フルヤ』がドロップアイテム扱いだからこそ、そのような無茶ができたのだろう。

 もし地球から空中都市『フルヤ』を大気圏離脱させ、宇宙空間を航行しながら移動するとなると、時間がかかるのでとても助かった。

 フルヤ島ダンジョンはそのままだが、ロボット兵たちはゲートで空中都市フルヤとフルヤ島ダンジョンを行き来できるので、モンスターの討伐と魔石、資源、素材、ドロップアイテム集めには支障をきたしていない。

 本当は、月、アナザーテラの各ダンジョンにもロボット兵たちを派遣して、モンスターの討伐と、魔石、資源、モンスターの素材、ドロップアイテムを集めたいところなのだけど、残念ながら、最新型ゴーレムでも、ムー文明のロボット兵でも、月とアナザーテラのモンスターに歯が立たなかった。

 黒助の驚異的な戦闘力は、空中都市がドロップアイテム化した際の突然変異に近いものらしく、レベルアップしないゴーレムとロボット兵の戦闘力には限界があったからだ。

 現在、ゴーレムとロボット兵が攻略できるダンジョンの階層は、十階層くらいが限界で、しかも現在利益が出るのは五階層まで。

 六階層以降は、ロボット兵とゴーレムたちの性能強化、戦闘方法の改善を進めながらモンスター討伐の自動化を続けているが、破損するゴーレムとロボット兵も多くて修理費が嵩み、黒字化するまでには時間がかかりそうだ。

 大軍で効率よく大量のモンスターを倒し、魔石、資源、素材、ドロップアイテムを手に入れて収支をプラスにする研究は道半ばだな。

 現在、ハグレモンスターの出現でダンジョンに近づけなかったり、ダンジョンが出現以降まったく手をつけなかったばかりにダンジョン自体が消滅してしまい、エネルギー供給に問題がある国々が増えつつあり、魔石の相場を下げようと世界各国が必死に努力していた。

 だが、某大国が戦争を起こしたり、投機筋の買い占めによって魔石の価格は高止まりしており、田中総理も魔石の高騰に苦慮していると西条さんが言っていた。

 モンスタ一退治の自動化も、俺がこれまで色々と試してみた結果、やはりドラゴンなどの強いモンスターには通用しそうにない。

 高レベルの冒険者は機械化できない、というのが俺の結論だ。

 それでもスライムなどの弱いモンスターの魔石採集を自動化すれば、価格はともかく魔石の安定供給には繋がるわけで、ただそのせいで俺を批判する者たちもいる。

 冒険者特性のない冒険者からすれば、俺は魔石の買い取り相場を下げる元凶でしかないからだ。

 収入が低下するだけならまだマシだが、もしスライムなど弱いモンスターの魔石採集が自動化されたら、失業してしまうかもしれないという危機感も覚えての批判なのだろう。

 あちらを立てればこちらが立たず。

 動画で自分なりに説明してるつもりなんだが、俺に批判的な人たちが多かった。

 それでも俺の動画チャンネルの登録者数と視聴回数は増え続けているので、昔聞いたことがある、 有名人は半分のファンとアンチで構成されているというのは本当なんだろう。

 それでも大量の魔石を効率よく集める研究は必要なので、研究と試験はフルヤ島ダンジョンで続けている。

 そのおかげでますます古谷企画の売り上げは上がり、スキル『ゴーレムマスター』も持ってるっぽい俺は、さらに効率よく経験値を稼いでいるのだけど。


 フルヤ島ダンジョンでの低階層モンスター討伐をロボット兵たちに任せることができたので、無事に魔石の採集量も増え続けているのだけど、他の要因のせいで魔石の相場は上昇傾向にあった。

 西条さんが言うには、『古谷さんが、ゴーレムとロボット兵で魔石の大量採集を行っていなければ、魔石の相場はもっと急上昇していたはずです』とのことだけど。


 そんなストレスの溜まる日々だったので、今日はアナザーテラで野生のサファリパークを楽しんでいた。

 ただその辺にいる動物を観察しているだけだが、欲深い人間と違って懸命に生きる動物たちを見ると心が洗われる気分だ。

 アメリカ大陸の上空をとてつもない数のハトが飛んでおり、それは地球では絶滅してしまったリョコウバトによく似ていた。

 地球にいる現物はとっくに滅んでいるので、写真を見比べて俺たちはそう思っただけだけど。


「良二様、あれはトキですよ」


「本当だ」


 空中都市フルヤで日本列島に向かうと、トキの群れが飛んでいた。

 他にも、ニホンオオカミ、ニホンアシカ、ニホンカワウソ、ヤベオオツノシカ、リュウキュウカラスバト、エゾオオカミ、オキナワオオコウモリなど。

 厳密にいうと同じ種類ではないかもしれないし、俺は生物学者ではないので断定はできないが、アナザーテラには地球ではすでに滅んだ動物たちが多数生息していた。


「人間というのは罪深い存在なのかもね」


「そうですね」


 これらの動物たちを写真や動画に収めながら、俺たちは感慨に浸った。


「ねえ、次は中国大陸に行こうよ。絶滅はしてないけど、野生化のパンダが見られるよ」


「いいねぇ、パンダ」


 現在、大規模移転中の上野動物園のパンダは公開が中止になっており、パンダを見に行くには予約を取らないといけないから、アナザーテラでパンダ見物と洒落込もう。


「ねえ、アナザーテラって地球にはよく似ているけど、やっぱり別の惑星だから、地球と同じような動物がいるのがそもそも不思議よね。同じ地球型惑星でも、別の進化を辿る可能性があると思うのよ」


「リンダ、その辺を深く考えると負けな気がするな」


「それもそうね。パンダを見に行きましょう」


 パンダは、アナザーテラのダンジョンを攻略している時に見かけたので生息はしている。

 他にも、中国の三大珍獣と呼ばれるゴールデンターキン、キンシコウの群れも見つけることができた。

 魔法で透明化したドローン型ゴーレムのカメラで接近し、古谷企画の社長室にある超大型スクリーンに映して楽しんでいたが、やはりパンダは近くで見てみたい。

 俺たちは地上に降りて、パンダに接近した。


「そういえば、パンダって狂暴なのかな? パンダも一応熊だから、秘めたる狂暴性があるとか?」


「どうでしょうか? ホンファさんはご存じですか?」


「基本的に温厚で大人しい動物だって聞くけどね。ほら、ボクたちを見ても襲ってこないじゃない」


「それどころか、リョウジは羨ましいぐらいパンダに好かれているわね。写真と動画を撮ってあげるわ」


 俺はまだ子供のパンダにじゃれつかれており、その様子をリンダが楽しそうに、写真と動画を撮影していた。

 俺が野生動物たちに好かれるのは、レベルの高さと、表示はされないがテイマー系のスキルを獲得しているせいだと思う。


「ダンジョンで手に入れた『ダンジョン笹』だぞ。食べるかな?」


 ダンジョン笹は、その名のとおりダンジョンでドロップする笹だ。

 魔法薬の原料や、向こうの世界では食品の保存にも使われていた。

 この葉っぱで食べ物を包むと、かなり長持ちするのだ。

 食品の保存技術が発達している現代ではあまり使い道がないが、これで作った笹団子、笹寿司、粽がとても美味しくなり賞味期限も長くなるので、高級品としてそれらを製造する会社に卸されていた。

 笹の実もアイテムとしてドロップすることがあり、これも『ダンジョン笹の実』という商品名で高級品として売られている。


「良二様、気に入ったようですよ」


 ダンジョン笹はパンダたちに大人気で、美味しそうに食べていた。

 そしてその隣で、俺たちはパンダを撫でたり写真と動画を撮影していく。


「パンダは可愛いですね」


「笹だけで暮らせて、なにより熊なので天敵もいない。ノンビリ暮らせるのは羨ましい。俺もパンダに倣って引退するか?」


「無理ですよ。西条さんと東条さんが泣いてしまいますから」


「だよなぁ」


 綾乃から、現時点での引退は無理だと言われてしまった。

 とは言いつつ、俺はエコノミックアニマルと呼ばれたこともある日本人だ。

 多分やることがなくて退屈でたまらないから、今ぐらいのペースで働くのが一番いいんだよなぁ。


「他の動物も見てみよう」


 空中都市フルヤに戻り、野生のサファリパークを続けることにする。


「あれは?」


「ヨウスコウカワイルカだね。これも絶滅したとされている動物だよ」


 揚子江上空を飛んでいると、数十頭のヨウスコウイルカが魚の群れを追いかけていた。

 これも地球では絶滅したとされる動物であり、みんなで撮影しながら見学を続ける。


「人間がいなかったら、絶滅しなかった動物って多いんだろうなぁ」


 そのあとも、世界中を空中都市フルヤで飛びまわり、野生のサファリパークを楽しんだ。


「牛?」


「今、電子動物図鑑で確認しましたけど、オーロックスです。家畜の牛の先祖で、地球では十七世紀に滅んだとされていますわ。よもや生きている個体を見ることができるとは」


 イザベラが、 ヨーロッパの草原で草を食む野生の牛を見て感動していた。

 このオーロックスとという牛から、家畜の牛が誕生したのか。


「この鳥は、見たことないな。鴨?」


「ドートーね。このモーリシャス諸島に生息していた鳥で、野蛮なヨーロッパ人たちが絶滅させてしまったみたい」


「リンダさん、リョコウバトを全滅させたアメリカ人には及びませんわ」


「まあまあ、人種に関係なく人間なんて罪深い存在なんだから」


 モーリシャス諸島でドートーを発見し、他にもモーリシャス島でモーリシャスクイナ、ロドリゲス島でロドリゲスクイナ、ロドリゲスドートーなどのすでに地球では絶滅している鳥類を発見。


「トドでしょうか? いえ、これはスカラーカイギュウです。これも地球では十八世紀に絶滅しました」


「このトドっぽいのもそうなのか……」


 となると、このアナザーテラには人間を移住させない方がいいだろう。

 俺たちは例外ということで勘弁してほしいけど。

 今後もアナザーテラでは、ダンジョン探索、農業、畜産、養殖、漁業はするつもりだけど、野生生物の生息状況には十分注意しないと。


「ちなみに、ニホンウナギも絶滅危惧種です」


「綾乃……。アナザーテラのウナギは、しっかりと資源管理するから許してちょうだい」


 アナザーテラ産の天然ウナギは少数を店舗で出してるけど、高級品扱いにして薄利多売をしないようにしている。

 ゴーレムたちを使ってウナギがいる河川の管理もちゃんとやっているから、ウナギはいいと思うんだ。

 完全養殖も研究させているから。


「リョウジ君、ダチョウみたいな大きな鳥がいるよ」


「これは……ジャイアントモアだな」


 地球のニュージーランドではすでに絶滅した鳥だ。


「あっ! リョウジ! あれを見て!」


 リンダが見ていたスクリーンには、全高三メートルはあるジャイアントモアを襲う巨大な鷲の姿が映し出されていた。


「ハーストイーグルか……。こんなに大きな鷲が生き残っていたんだな」


 空中都市フルヤの自動規律AIは、地球上のインターネットから情報を吸い上げ、すぐにアナザーテラで見つかった絶滅動物の特定ができるようになった。


「珍しい動物ばかりで楽しいね」


 特等席で見る野生のサファリパークは楽しい。

 特に興味を持った動物なら、 実際に地上に降りて近くで見物すればいいのだから。

 普通の人間なら危ないかもしれないが、俺たちは冒険者なので特に問題もない。

 さらにレベルの高さと、俺のテイマー系のスキルのおかげで、難なく接近できたり、触らせてくれることも多かった。


「タヒチシギ、ブルーバック、ロードハウセイケイ、オガサワラガビチョウ、エピオルニス、チャタムシマクイナ、オオウミガラス、キムネカカ、メガネウ、ケープライオン、シマバンディクート、サルジニアナキウサギ、ニュージーランドウズラ、カササギガモ、ターパン、フォークランドオオカミ、クアッガ、ミイロコンゴウインコ、ハワイクイナ、ウミベミンク、スチーフンイワサザイ、ヒガシグリーンランドカリブー、ポルトガルアイベックス、グアダルーペカラカラ、ブルドッグネズミ、ガルハタネズミ、ロングテイルホップマウス……凄い数の生物が絶滅しているんだな」


 とてもでもないが一日ではすべてを見ることができないので、休日の目的が増えて万々歳だと思うことにしよう。


「社長、撮影した動画を更新しておきますね」


「プロト1さん、アナザーテラに関してはその存在を世界各国が正式に認めていないことになっているのです。それなのに、これだけの数の絶滅した動物の映像を流して大丈夫でしょうか?」


 今日の動画を編集して俺の動画チャンネルで流すと言ったら、イザベラが懸念を表明した。

 この動画が原因で、アナザーテラのことが表面化する危険性があると思ったのだろう。


「イザベラ様、それなら問題ないですよ」


「なにか対策があるのですか?」


「はい、こういうものは上手く編集すればいいんです」


「編集ですか?」


「任せてください」


 俺たちが、パンダや地球では絶滅した動物たちと接している動画は、プロト1が編集して俺の動画チャンネルで更新された。





『(※この動画は、CGで作成、編集されています)野生のパンダの群れを見つけました。試しに、ダンジョン笹をあげてみましょう。おっ、食いつきがいいな。美味しいのかな?』


『リョウジさん、パンダの赤ちゃん、可愛いですね』


『ボクの足にしがみついて離れないよ。そんなに遊んでほしいの?』


『よいしょっと。モフモフで温かい』


『まだダンジョン笹が欲しいの? 沢山食べるといいわ』


 本日、古谷良二とダンジョンの美女たちがコラボしたサブ動画チャンネルが更新されたのだが、野生のパンダたちにエサをあげて遊んでいる様子が好評で、視聴回数が伸び続けていた。

 常識的に考えて、彼らが野生のパンダと遊べるわけがないのだが、動画の上にずっと『※この動画は、CGで作成、編集されています』と表示されているので、まあそういうことなんだろう。


『ニホンオオカミを発見しました。モンスターの肉、食べるかな?』


『良二様、あの川辺にいるのは、ニホンカワウソですよ』


『もの凄いリョコウバトの群れが飛んでるわ』


『ジャイアントモアだ。大きいねぇ』


『スカラーカイギュウがこんなに大きいとは知りませんでした』


 事実、翌日には多数の絶滅動物の映像や、なんならそれらに接近した映像まで更新されるに至り、世間の人たちの大半はこれはCGなのだと納得したようだ。

 動画には、すでに絶滅した動物、それも中には十七世紀に滅んだとされる動物たちも映っていたからだ。

 現在その動画を撮影できるわけがないので、むしろ世間の人たちの関心は、見事なまでのCG技術に向いていた。

 古谷良二が経営する古谷企画は、できる限り人間を雇わないので有名だ。

 ということは、このCGもAIとゴーレムが作成したことになり、そのあまりの技術力に業界界隈が大騒ぎになっている。

 元々古谷企画は、動画配信サイトで無料視聴できる漫画、アニメ、様々な動画を作成、投稿して荒稼ぎしていた。

 別チャンネルだけど、すでにネットでは古谷企画が作成した動画チャンネルの数は数万を超えており、人気のあるものも多かった。

 まさかこれだけ膨大な動画を古谷良二本人が作れるわけがないので、それはつまりゴーレムが作成したという証拠だ。

 実際に古谷企画は映像制作の子会社を作っており、有名動画配信者の動画編集をアウトソーシングしたり、アニメ、映像の仕上げなどを引き受けるようになっていた。

 業界の評価としては、そこまで技術力は高くないが、及第点の仕事を早く仕上げてくれるので非常に重宝されており、そこはゴ-レムが作業をする利点なのだろう。

 そして今回の、本当に撮影したかのような動画だ。

 今後、古谷企画に動画編集や、映像関連の仕事を頼む人が増えると思う。


「でも、本当によく出来てるよなぁ」


 すでに絶滅したはずの動物たちと戯れる古谷良二たちを見ていると、また世の中が大きく変わっていくような予感を覚える。

 それが俺にとって利益になるのかならないのか、その時になってみないとよくわからないけど。

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