第147話 決闘挑んでくる系インフルエンサー(その2)
「久渡拓真との勝負を受けてほしい? 正直なところ時間の無駄だと思いますが……」
「古谷君には悪いんだけど、 久渡の挑発にあえて乗ってほしいんだ。会場はこちらで用意するから、存分に叩きのめしてくれ」
「やりたくないなぁ……」
「まさか勝てないなんてことはないよね?」
「いえ、殺さないように手加減するのが難しいんですよ。彼らは中途半端に強いから」
「はははっ、それを大変頼もしい」
「ところで飯能総区長、俺が勝負を受けなければいけない理由はなんなんですか? 教えてくれなければ勝負は引き受けませんが」
「実は水面下で、冒険者特区同士の主導権争いというか、どちらが格上か。などというくだらない争いが発生しているわけだ」
「はあ……」
またも飯能総区長に呼び出された俺は、彼から実にしょうもない話を聞く羽目になってしまった。
「私が圧倒的な支持を受けて総区長になったのだけど、それに不満がある人物がいるんだ。大雪山ダンジョン特区の石館区長だ。彼は自分が総区長になりたかったのだけど、選挙の結果はこうなった。私が上野公園ダンジョン特区の区長で、自分は大雪山ダンジョン特区の区長だったから、総区長選挙に負けたと思っている。上野ダンジョン特区の魔石、資源、素材、アイテムの産出量は世界一だからね。その影響も大きかったのだろう」
「東京の都知事が、他の道府県の知事よりも目立つのと同じ理由ですか? でもそれなら、自分も上野公園ダンジョン区長戦に出ればよかったのに……」
「もしそうしていたら私に負けていただろうからね。彼は元々大雪山ダンジョンを拠点として冒険者活動していたから、大雪山ダンジョン特区の方が選挙に勝ちやすいと思って私と勝負しなかった。それでも、総区長には未練があるわけだ。そんな彼はこう考えた。上野ダンジョン特区の区長である私が総区長になれたのは、古谷君の影響力が原因だと」
「俺、選挙で投票していませんよ」
「古谷君が投票しても一票でしかないけど、古谷君は私の要請を受け入れて、色々とやってくれたからね。そのおかげで私の支持率も安定している。石館区長が、自分が総区長選挙に負けたのは、自分には古谷君がいないからだと本気で思っているのさ」
「それと、オラオラ系の久渡の挑発になにか関係あるんですか?」
「それがあるんだ。政治家も人気商売だからね。大雪山ダンジョン特区の区長である自分が総区長になるには、私と同じように優れた冒険者と手を組めば確実だと思った」
「……それが久渡なんですか?」
「だから彼がもっと人気になって、選挙で自分を応援してくれれば、次の総区長を狙えるかもしれないと考えた。彼が殊更古谷君を挑発しているのは、古谷君の影響力を利用して、久渡を世界一の冒険者だと思わせようという戦術……印象操作の一環なのさ」
「ただ動画で挑発しているだけですけどね」
「動画で毎日繰り返し繰り返し古谷君を挑発しているだろう? そして彼は、古谷君との勝負を要求している。だけど古谷君は受けない」
「そんな暇ないですしね」
本当は時間がないわけではないけど、俺はどうもこの久渡という男が苦手なのだ。
生理的に合わないとまで言うと失礼かもしれないが、彼は学校でいうところの『ヤンチャ枠、ヤンキー枠』の人間だ。
『普通、モブ枠』であった俺と合うわけがない。
文系と理系、文科系と体育会系よりもウマが合わないだろう。
彼は元格闘家で、動画配信者には格闘家もいるから、動画のテイストがそっちに寄る傾向がある。
そういう動画に俺は興味ないから、余計にそう感じてしまうのだ。
「久渡の背後にいる石館区長は、古谷君が絶対に勝負を受けないとわかっているからこそ、久渡に挑発させているんだ」
「さすがの久渡も、俺には勝てないとわかっているから、石館区長が『挑発するだけだから』と彼を説得して、あの動画が完成していると?」
「いやぁ、久渡は古谷君との実力差を理解しているかな? 世の中って、こういう言い方は語弊があるけど頭が悪い人がいるから。彼もだいぶレベルが上がったはずなんだけど、知力はあまり成長しないタイプなのかもしれないね」
「久渡の方は、俺に本気で勝てると思っているんですね」
「その可能性が高い。そのくらい自信がないと、彼も格闘家なんてできなかっただろうからね。彼にも可哀想な面もあって、冒険者特性を得たばかりに格闘家ができなくなったというのもあるから」
「冒険者特性持ちは、スポーツ大会、オリンピック、各種格闘技の大会に参加できませんからね」
その理由は、あきらかに不公平だからとされている。
じゃあ、冒険者特性持ちだけ参加する大会を作ればいいという話になるけど、冒険者特性持ち自体が少ないので、競技者が集まりにく現実があった。
「そう思うと、久渡は可哀想なのかな」
「ただ彼の動画を見ると、残念だけど、レベルが上がってもほとんど知力は上がらないタイプみたいだ」
基本的にはレベルが上がると知力が上がるので、冒険者には頭がいい人が多いと言われている。
だが中には、ステータスの上がり方が極端というか、いくらレベルが上がっても知力がほとんど上がらない、なんならまったく上がらない冒険者も一定数いた。
逆に、あまり戦闘力は強くならないけど、知力が爆発的に増える人もいる。
ステータスの上がり方がピーキーな人が、徐々に目立ち始めていた。
久渡は戦闘力特化だから、石館区長に操られているんだろうな。
つまりバカだと。
俺は……満遍なく上がっている……と思いたい。
「そんなわけで、古谷君には久渡との対決を引き受けてもらいたいんだ。彼が古谷君を挑発し続けることで、このところ彼の動画チャンネルも再生数は増え続けている。そんな彼を真似して、古谷君を挑発する冒険者どころか、一般人すら増え続けてきた。この面倒臭い状況を解決するには、『論より証拠』。上野公園ダンジョン特区内に会場を作るから、実際に古谷君と久渡が戦ってみればいいだけの話だ」
「はあ……」
「やる気が出ないのはわかるけど、ここでガツンと久渡を締めておくと、後ろに続いている雨後の筍たちも大人しくなる。残念ながら人間も動物だからね。こういう時には、頭を叩きのめすと効果的なのさ」
「飯能区長が、そういう風な言い方をするのは意外でしたね」
「そうかな? 私は大学で経済学の研究をしていたけど、人間というのは経済活動をする動物だからね。人間を殊更卑下はしないけど、そこまで高尚な生物でもないと思っているんだよ。古谷君もそう思わないかい?」
「それに対する回答は、今のところ出ていませんね。わかりました。どうせやるなら派手にやってやりましょう」
俺は、久渡との決闘を引き受けることにした。
世の中には格闘系の動画配信者が、ライバル関係にある人に勝負しろと動画で挑戦状を叩きつけたり、ジャンル違いのインフルエンサーが格闘技の試合をすることもあるから、冒険者同士が戦うことだってゼロではない……本当はよくないんだけど、まあその辺の調整は飯能総区長が責任を持ってやるんだろう。
さて、動画の準備をするかな。
『このところ久渡拓真さんが、 自分が世界一の冒険者だから俺と決闘をしろと、動画で言い続けているようなので、俺はそれを了承することにしました。別に世界一の冒険者が誰だろうとあまり興味はないのですが、このところ普段の生活にも支障をきたしてきたので、久渡さんとの決闘を受けようと決意したのです』
飯能総区の下を辞した俺は、緊急でライブ動画の配信を開始した。
このところずっと、俺との決闘を望んでいる久渡拓真の挑戦を受けること。
どうして彼の挑戦を受けるのか、その理由を視聴者たちに説明し始めたのだ。
『俺が久渡さんの挑戦を無視し続けたところ、古谷企画にどういうわけか抗議が殺到し続けているのです。『久渡拓真と戦わない古谷良二は卑怯だ!』、『古谷良二は久渡拓真に勝てないから、決闘を引き受けないんだ!』とか。おかげさまで営業妨害を食らってます』
本当にそういう苦情の電話、メール、DMなどが来ているのは事実であった。
俺と久渡拓真、どちらが強かろうと凄まじくどうでもいいことなんだけど、世の中には、そんなどうしようもないことに夢中になるバカな……おっと失言、色々な考え方の人がいるのが現実だった。
どうせプロト1やゴーレムたちはそんな誹謗中傷は軽くスルーしてしまうし、悪質で犯罪性があるものは顧問弁護士の佐藤先生に任せてしまうので、古谷企画へとダメージはほぼゼロ……ゼロではないか。
『そんなわけで、上野公園ダンジョン特区内に会場を用意します。戦いの様子は、お互いの動画で流せばいいでしょう。そういうことですので、久渡さんは準備の方をよろしくお願いします。まさかここまで挑発しておいて、俺との決闘から逃げるなんて言いませんよね? ここで断ったら赤っ恥だと思いますので、そんなことはあり得ないと思いますけど。以上です』
「ふう……終わった」
「社長、動画の視聴回数が爆発的に増大してます」
「それはよかった。ところで、久渡拓真は俺と決闘すると思う?」
「するしかないでしょう。もし社長との戦いから逃げたら、少なくとも久渡拓真は動画配信者としては終わりなのですから。『策士策に溺れる』とはこのことです」
「プロト1、ますます賢くなったな」
「データと経験の蓄積の成果です」
「本当にそうかな?」
最近ますます人間ぽくなったプロト1。
すでに、古谷企画の取引先の担当者たちは、プロト1と仕事をすることになんら違和感を覚えていないと聞いた。
最初は、『ゴーレムとなんて仕事できるか! 人間の担当者を呼べ!』と怒る人が多かったらしいが、プロト1は優秀だし、人間ではないので合理的に仕事を進めようとするから早く終わる。
優秀で合理的な人からすれば、プロト1は理想的な担当者なのだ。
逆に、旧態依然とした人間臭い取引を望む人からすれば、プロト1は最悪の担当者なのだけど。
日本では徐々にゴーレム、ロボット、AIが人間の代わりに仕事をするケースが増えてきたが、営業という仕事は人間の最後の砦と言われており、プロト1が気に入らないという理由で、古谷企画との取引を拒む会社もあった。
なお一部海外の企業に至っては、ゴーレムが取引担当で、プロト1とゴーレムが仕事の話をすることもあると、前に西条さんが教えてくれた。
『それが、変な人間同士の取引よりも、効率的で時間もかからないんですよねぇ。そのうち、人間がやる仕事がなくなってしまうかもしれません』
SF的なお話だなと思いつつ、俺がただ古谷企画の会長として君臨しているだけな証拠でもあった。
「あれだけ世界に向けて、自分は世界一の冒険者で社長に余裕で勝てると宣言しておいて、もし社長の勝負を引き受けなかったら、こんなにカッコ悪いことはないですからね。人気商売である動画配信者としては致命傷でしょう。彼は決闘を受けざるを得ないのです」
「本人は案外ノリノリかもよ」
「その後ろにいる石館区長は、今頃顔が真っ青かもしれませんが」
「プロト1の情報網は凄いな」
飯能総区長が掴んでいる情報を、プロト1も掴んでいたのだから。
「飯能区長が決闘場所を用意してくれると、さっき連絡がありました。そこからライブ配信で二人の勝負の様子を流す予定です」
「それがいいな」
ライブ配信の方が、久渡の後ろにいる石館区長の指示でおかしな編集をされる危険も少ないからだ。
もっとも、こっちがライブ配信するのに、久渡が編集動画を出すというのも不自然な話になるので、これで向こうが勝負の結果を偽造する危険はなくなるだろう。
「準備を頼むよ」
「お任せください。社長」
俺と久渡拓真との決闘は、実は現在、移転を進めている上野動物園の跡地で開催されることが決まった。
久渡拓真は俺と戦えることを喜んでいたようなので、彼は根っからの格闘家なのかもしれない。
俺はダンジョンに潜ってレベルを上げつつ、彼との決闘に備えるかな。
「(……これは困ったぞ)」
「へへっ、古谷良二が決闘を引き受けてくれるとは嬉しいね。まあ、天才格闘家にして冒険者である俺様が瞬殺してやるけどね。俺様は、超強いから」
「久渡さん、頑張ってくださいね」
「久渡さんなら、あんなイモイ古谷良二なんて楽勝でしょう」
「そうよね、久渡さんが負けるわかないわ」
冒険者特区の総区長になるため、私は古谷良二を利用して支持率も高い飯能総区長に対抗すべく、この久渡拓真を利用した。
こいつは強いが大バカで、その取り巻きも珍走団や不良グループとそう違わないから、操るのは簡単だった。
動画で古谷良二に決闘を申し込んだのも、彼の人気を上げるために私が考えた策だ。
世界一忙しい古谷良二が、強いがチンピラのような久渡拓真と戦うわけがない。
私はそう思っていたし、実際にそうでなければおかしいはずだが、どういうわけか古谷良二は久渡拓真からの決闘を引き受けた。
どうやら古谷良二の裏で、飯能の奴が動いたようだ。
「(飯能の野郎!)」
この私よりもレベルが低いくせに、元々都内の大学で教授をしていたからという経歴を生かし、上野公園ダンジョン特区の区長どころか、日本の冒険者特区を纏める総区長にまでなりやがって!
「(その席は、本来私のものなんだ! それにしても、久渡がここまでバカだと思わなかった!)」
レベル3000を超えているのにバカな久渡は、古谷良二との実力差を理解していなかった。
高レベルの冒険者の大半は、本能で自分よりも圧倒的に強い冒険者を察知できるはずなのに……。
久渡は、戦闘力だけが強化される特別な才能を持っているようで、古谷良二の強さと自分の強さを客観的に比べることができないようだ。
「あいつはさぁ、まだレベル1のままなんだぜ。そんな古谷良二が、久渡さんには勝てないって」
「久渡さん、生意気な古谷良二をボコボコにしてくれよ」
「任せな、余裕だぜ」
久渡本人も、古谷良二に勝てると本気で思い込んでいた。
酒を飲みながら、取り巻きたちに気の早い勝利宣言をしている。
さらに運の悪いことに、久渡の取り巻きの一人に、古谷良二と同じ冒険者高校に通っていた奴がいる。
そいつは一番下のEクラスで古谷良二と同じクラスだったそうで、その話を聞いてしまえば、頭が悪い久渡が古谷良二など大したことがないと思い込んでしまっても仕方がないのか。
「(どうする? 決闘の動画を改ざんして、久渡が勝利したことに……せめて引き分けになったように見せかけ……無理か……)」
古谷良二側は、動画をライブ配信すると言っているのだ。
向こうのライブ配信で久渡が負けているのに、こちらの動画が逆の結果になっていたら、すぐにヤラセだとバレてしまう。
「(どうしたものか……。損切りだな)」
久渡みたいな、私のように賢い人間に利用されるためだけに存在しているようなバカは世間に大勢いる。
今回は失敗してしまったが、次は必ず私の人気が増す策を成功させるとしよう。
「(こいつの人気が絶好調に達したところで、私もその恩恵に預かろうという作戦だったんだが、次の利用できそうなインフルエンサーを探すか」
現在ではインフルエンサーと言うが、昔でいうところの人気者など、大体は賞味期限があって、ただ世間に消費されるだけの存在でしかない。
それならば私のように、彼らを利用して大衆を支配する側に回らなければ損というものだ。
久渡は私の駒にはならず、今回の決闘でミソがついて人気が急落するはず。
それでも冒険者としては優秀なのだから、大雪山ダンジョンで稼いで頑張って納税してくれよ。
「みなさま、お待たせいたしました! 冒険者同士による正規の対決! 『レベル3000超え! 恐怖のデストロイヤー久渡拓真』VS『世界一のインフルエンサーにして冒険者! 古谷良二』との決闘を開始します!」
上野公園ダンジョン周辺が手狭となり、ついに上野公園の完全移転が決まった。
日本政府の観光促進策の兼ね合いで、奥多摩の広大な土地に移転しつつ、俺も協力して飼育、展示する動物の種類と頭数を大幅に増やす予定だが、それはまた別の話。
その跡地に、新しい買取所や冒険者の着替え、休憩施設などが建設される予定だが、その一角にある空地で、俺と久渡拓真による決闘が始まりつつあった。
一般人を入れると面倒臭いので関係者のみが見学できる状態にしてあり、その様子は俺と久渡拓真の動画チャンネルにおいてライブ配信されている。
俺の付き添いはイザベラたちと、剛、西条さん、プロト1。
久渡の付き添いは、動画を撮影するカメラマンと、彼の取り巻きたちだ。
「古谷良二ぃーーー! お前は久渡さんにボコボコにされるんだよぉーーー! ざまぁねえぜ! 久渡さん、頼みますよ」
「おう、任せとけ」
「……誰?」
久渡の取り巻きの一人に、俺と同年代でいかにもヤンチャそうな金髪の少年がいて、どういうわけか彼は俺のことがとても嫌いなようだ。
久渡に対し、一秒でも早く俺を倒してほしいと声援を送っていた。
「リョウジさん、彼は冒険者高校の元Eクラスの方では?」
「ああっ! そう言われるとあんな人がいたような気がする」
その頃は金髪にしていなかったから、気が付くのが遅くなってしまった。
元々Eクラスの連中はあの手の方々が多かったから、冒険者高校を退学後、久渡の取り巻きに収まったというわけか。
それにしても、よくイザベラは元Eクラスの顔を覚えていたな。
大幅なレベルアップのおかげだろう。
「こう見えて忙しいんで、早くやりませんか?」
「若いのに礼儀を知らない奴だ。まあいい。まだ恐れを知らない若造に、俺様が世間の現実というものを教えてやるぜ」
俺が早く決闘を始めようと提案すると、久渡は自分のカメラマンが構えるデジタルビデオカメラの前で大仰しく、生意気な若造を自分が矯正してやると宣言し始めた。
なんというか、大人や世間、権力なんてクソ食らえ的なイメージがあるヤンチャ系な人たちが、年齢差なんていう儒教的なことを気にし、生意気な年下である俺をボコボコにすると言っている。
そしてその言葉に盛り上がる久渡の取り巻きたちと、彼の動画を好んで見るような人たち。
やはり俺とは永遠似合わないな。
「ダンジョン出現以降、格差が広がって世間が断絶することを恐れている人が一定数いるけど、なんかもう世間は断絶してるような気がするよ」
俺みたいな人間は、久渡とその取り巻きたちの中では生きていけない。
どうにか生きることができても、毎日息苦しくて大変だろう。
さらに同じ冒険者同士でも、このようにまったくわかり合えないことなんて珍しくないのだから。
「決闘を開始します!」
レフリーはなぜか西条さんで、これも関係者以外を立ち入らせないための方策なんだろうけど、彼のレフリー姿は様になっていた。
「古谷良二、遺書の用意はしてきたか?」
「必要のないことはしない性質なので。それに本来、冒険者同士の決闘はよくないこととされているんです。そんな暇があったら、ダンジョンに潜った方が生産的ですからね。今回は例外的な処置で、さらに死者を出すなんてことは絶対にあってはいけないわけで、俺よりも年上なのに、そんなことも理解できないんですか?」
「ガキがぁーーー! 必ず殺してやる! 格闘家時代、デストロヤーの異名を誇った俺をバカにしたことを後悔させてやるぜ!」
「あああと、俺はあなたを殺さないように上手く手加減しないといけないんで、そのことばかり考えてるんです。俺の集中力を乱すと、死んでしまうかもしれませんよ」
「絶対に殺す!」
俺は正直に事情を説明しただけなんだが、久渡には挑発と受け取られてしまったようだ。
やはり、この手の方々とわかり合うのは難しいな。
もうこれ以上喋らず、彼を上手く気絶させることに集中しようと思う。
「時間いっぱいです」
西条さん、なんか相撲みたいな言い方だな。
「では、はじめ!」
「死ねぇーーー!」
西条さんによる決闘開始の合図と同時に、久渡が全力で殴りかかってきた。
「(スローモーションのように遅いなぁ……。極限まで軽くだぞ)」
俺は、久渡のパンチを左腕の親指と人差し指で軽く挟んでその動きを止めながら、右手の人差し指で久渡の額に軽くデコピンする。
それだけで彼の脳が大震災クラスに揺らされ、その場に倒れ伏してしまった。
「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」
久渡の取り巻きたちは、俺の軽いデコピン一発のみで倒れ伏した久渡に驚きと失望感が混じった声をあげた。
決闘前は全員が久渡の勝利を確信していたから、余計に衝撃が大きかったのだろう。
「……俺はまだ……」
「立ち上がれます? 無理だと思うなぁ」
「この程度で、俺様が立ち上がれなくなるはずが…… あれ?」
意識はある久渡は懸命に立ち上がろうとするけど、残念ながらあと半日は立ち上がることができないはずだ。
「……立ち上がることができないようでは、この勝負はあなたの負けです」
「待て! 俺様はまだ戦える!」
久渡は懸命に立ち上がろうとするが、レベルがもうすぐ150000に達しようとする俺のデコピンを食らって、無事で済むわけじゃない。
結局、彼はしばらく喚き散らかしながら懸命に立ち上がろうとするがそれも叶わず、時間切れでKO負けとなった。
『無事、久渡さんに勝利することができました。ということなので、レベル3000超えくらいで俺に勝てないとわかったでしょう? 俺に勝てると思っている人たち。 恥ずかしいから、動画で世界に向けて『俺に勝てる!』なんて言わない方がいいし、それを信じてしまう人たちもどうかと思いますよ。じゃあ、今日はこれで』
俺は、プロト1が撮影しているデジタルビデオカメラの前でそう総評してから、ライブ配信の終了を命じた。
「じゃあ、そういうことなので。イザベラ、ホンファ、綾乃、リンダ、剛。予定時刻よりも早く終わったから、なにか甘いものでも食べに行こうよ」
「行きましょう、リョウジさん」
「新しくできた、 台湾カステラのお店が美味しいと評判だよ」
「美味しそうですね、台湾カステラ」
「リョウジ、そこに行きましょう」
「俺もそこでいいぞ。知ってはいたんだが食べたことがなかったから丁度いいや」
「じゃあ、その台湾カステラのお店に行こう」
「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
俺たちは、立ち上がれない生まれたての子鹿のように足掻く久渡拓真に冷めた視線を送る取り巻きたちを無視して、上野公園をあとにする。
そしてその後、大風呂敷を広げたのに俺にボロ負けしてしまった久渡拓真の動画チャンネルは視聴数が激減し、俺との決闘から一ヵ月と経たずに動画チャンネルを閉鎖してしまった。
それでも彼が優れた冒険者である事実に変わりはないので、その後も冒険者として大活躍し、恐山ダンジョンを代表する冒険者として名を馳せるのであったが……。
「クソぉーーー! 久渡拓真の野郎! 大雪山ダンジョンから、恐山ダンジョンに拠点を移しやがって!」
久渡拓真を自分の人気取りに利用しておいて、いざとなったら簡単に見せてしまった石館区長は、大雪山ダンジョン一の稼ぎ手である久渡拓真が流出して打撃を受けたと、あとで飯能総区長から教えてもらった。
「策士策に溺れる、の典型例だな。石館区長は」
「よくこんな人を区長にするよな……」
典型的な、自分は頭がいいと思っているバカだと思うけど……。
「あれでも学歴はいいし、背は高いし、顔もいいから、女性票が取りやすいんだよ。それに、それが民主主義というものじゃないか」
「飯能総区長も、なかなかの毒舌ですね」
「事実ではあるからね。人はその現実を認めないと、先に進めないと思うんだよ」
なお今回の騒動のせいで、俺の動画チャンネルの登録者数、視聴回数、インセンティブ収入は過去最高を記録した。
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