第146話 決闘挑んでくる系インフルエンサー(その1)
『古谷良二が世界一の冒険者だという、自分の頭で判断できないバカが多いけど、今はそんな時代じゃないだろうに。政治家、テレビ、ネットの言うことなんてあてになるか! 今世界一の冒険者は、古谷良二じゃなくてこの久渡拓真(くわたり たくま)なんだから。今の俺は、上級職バトルマスター(戦士プラス武道家)でレベル3000を超えている。古谷良二とタイマンを張ったら余裕で勝利できるだろうな』
「いくら冒険者同士でも……いや、冒険者だからこそ喧嘩は駄目だろうに。というか、最近こんな動画配信者がいたんだな。彼はモンスター以外とも戦わないと死ぬのか?」
「彼は元格闘家だったそうで、そういう気性なのかもしれません。冒険者特性があるので格闘家から冒険者に転生して、かなりの成果をあげています。同時に動画配信者としても活動中で、現在人気急上昇中ですね」
「ハーネスなしでレベル3000超え。才能あるんだなぁ」
「リョウジ君には劣ると思うけど」
「そうかな? 俺にはアドバンテージがあるからさ」
「ですが、勇者としての才能がなければ異世界に召喚されなかったのでは?」
「俺は魔王を倒すのに十年もかかってるから。久渡なら五年で終わったかもよ。俺が召喚されたのはたまたまだって」
「日本人は、自己評価が低い人が多いわね。このクワタリという人は例外だけど。彼はアメリカで活動すればいいのよ」
「こいつ、良二にライバル心を燃やしているんだろうな」
幸いにして、俺は冒険者動画配信者としての地位を確立し、今も世界一のチャンネル登録者数と視聴回数を記録し続けている。
他にも、プロト1が膨大な種類の動画を作り、その配信で大儲けしていた。
俺が記録していた向こうの世界の様々な動画や、月のダンジョン攻略をしたついでに撮影した月面の様子、アナザーテラ各所の映像も無人で環境破壊の影響がなく綺麗で、非常に人気の動画となっていた。
ただ自然の映像が流れているだけなんだけど、これにプロト1が統率しているゴーレムが作曲したオリジナル曲をつけて流すと、侮れない視聴回数が稼げるのだ。
他にも教育系の動画を作ってみたり、ショートアニメや漫画を連載してみたりと、動画配信サイトで人気が出たジャンルの動画はとりあえず真似して作ってみる、というのがプロト1の方針だった。
『オラたちゴーレムが動画を作れば、経費は極限まで抑えられるので、売り上げが多少低くても必ず利益が出ますから』
ゴーレムに任せるとコストが安いので、どの動画もすぐに黒字になる。
プロト1は、数万の動画チャンネルを作って荒稼ぎしていた。
数万って……。
よく自分が作らせた動画を忘れないものだなと思っが、よくよく考えなくてもプロト1はゴーレムだから、忘れるわけがないか。
俺の動画の切り抜き動画も自分で作り、これでも莫大な収入を得ている。
古谷企画本体には人間の社員は置かないが、株式を100パーセント持った子会社をいくつか作って新しい事業を始め、そこで必要な社員を雇うようになった。
とはいえ、その人数はまだ百名にも満たない。
零細企業もいいところだが、これも冒険者稼業としての成果を落とさず、しっかりとお休みを取るためであった。
さすがに週二日労働ではなくなったけど、週三日の休みと、一日八時間以上働かないようにしている。
特に人生に目標がない俺としては、ワークバランスというのが重要な要素を占めるからだ。
今日はお休みで、今もこうしてアナザーテラのワイキキ海岸でバカンスを楽しんでいた。
水着に着替えてオーシャンブルーな無人の海で泳ぎ、ゴミ一つない真っ白な砂浜に置いたチェアーで横になりつつ、特性のトロピカルジュースを飲む。
俺の隣では、俺が自作してプレゼントした水着を着たイザベラたちも休日を楽しんでいる。
防具扱いの水着なので防御力もあるんだが、やはり水着を防具にしても素肌の露出面積が多いので、ダンジョンでは使えないな。
俺の目の保養のためでもあったので、かなり布面積が少なかったのだから。
アナザーテラでネットは繋がらないが、魔力波を送受信するケーブルやアンテナの制作に成功しており、他の動画配信者の動画を暇つぶしで見ながら研究することもできた。
冒険者としてはすでに俺を抜いた、と動画で自信満々に語る久渡拓真は、俺とイザベラたちを除くと、世界で一番レベルが高い冒険者だと思う。
元々格闘家だから戦闘センスが優れており、効率よくレベルアップできたのだろう。
あとは、ルナマリア様のおかげでレベルが倍増しているから、突然恐ろしいほど強くなって勘違いしちゃったのかもしれない。
「別に、誰が一番でもいいのにね」
これがスポーツの大会なら順位を決めないと話にならないけど、冒険者の一番がわかったところでだからなんだという話になってしまうからだ。
一番になったから賞金が出るというわけでもないし、俺は世界一の大冒険者だと称されることが多いけど、そのせいで面倒事も増えてしまっているのだから。
「久渡拓真が世界一の大冒険者だって名乗りたければ、自由にすればいいんじゃないかな」
そんな風に思いながら久渡拓真が喋る動画を見続けると、どうやら話がおかしな方向に向かい始めた。
『俺が世界一の冒険者であることに間違いはないと思うが、世間には疑ってかかる奴が多くて困ってしまう。だからハッキリとさせた方がいいと思うんだよ。おい、古谷良二! この動画を見ていたら、俺とタイマンしようぜ! まさか逃げるなんて言わないよな? もし俺とのタイマンを断ったら、お前は弱虫の卑怯者だぞ! 古谷良二、正々堂々と勝負だ!』
「ぶぅーーー!」
突然動画越しに決闘を申し込まれ、俺は飲んでいたトロピカルジュースを吹き出した。
「なにこいつ?」
「とても変わった方ですね」
綾乃がとても珍しい生物を発見したかのような表情を浮かべるが、それはとてもよく理解できるというか……。
冒険者高校に入学する前の綾乃は、『ごきげんよう』と挨拶をする超お嬢様学校に通っており、そこには元不良から冒険者となり、動画配信者としても大成功を収めた、いわゆるヤンキー系の人たちなんて一人もいなかった。
こういう言い方をすると誤解されるかもしれないが、階層が違うというか。
昨今日本が急激に経済成長したせいで人間間の断絶を問題にする人がいるけど、実は昔から、綾乃のような人たちと、久渡拓真のような人たちはほとんど接点がなかったと思う。
「この人、タケシ寄りの人?」
ホンファは、今日は婚約者とデートに出かけているので遊びに来なかった剛と久渡拓真が行けるように感じたようだが、剛はああ見えて頭もいいからなぁ。
実はこういう人たちとのつき合いもなく、言い方は悪いが、ちょっと不良に見えるだけの『ファッション不良』とでも言うべきか。
それにしても、今動画で俺に決闘を挑んでいる久渡拓真は別種の人間だと思う。
「剛は、こんな疲れることをやらないと思うぞ」
「それもそうだね。で、リョウジ君。この久渡拓真と決闘するの?」
「しないよ」
「だよねぇ。弱い者イジメになっちゃうものね」
ホンファは、俺と久渡拓真の実力差を的確に把握していた。
「それに、一度こんな人につき合っちゃうと、いくら時間があってももったいないから」
俺はワークバランスを誰よりも大切にする男だ。
貴重な休日を、異世界に召喚される前なら完全に苦手としていたヤンキータイプの 久渡拓真と過ごしたくない。
いくら俺が強くても、俺の心根はちょっと陰キャラ寄りの、どこにでもいそうなモブ男子なのだから。
「久渡拓真は元格闘家だって聞いたけど、俺は彼の試合なんて見たことないし」
格闘技の試合よりも、好きな漫画、アニメが最優先だったのが、この俺古谷良二だったのだから。
「そもそも俺はインドア派寄りで、久渡拓真みたいに、休日に仲間たちや恋人と改造車に乗って、海でお酒飲んだり、バーベキューをしたり、花火をしながら『ウェーーーイ!』とかやるの性に合わないから」
久渡拓真って、あきらかにヤンキー系パリピに見えるからな。
絶対に俺とは合わないから、彼と顔を合わせるのを遠慮したい気分だった。
「このクワタリという方、あきらかに視聴回数目当てでリョウジさんに決闘を申し込んでいるのでしょうね」
「それもあるか」
あえて動画配信者として有名な俺の名を出し、自分と決闘しろと動画で喧嘩を売る。
もし俺がその誘いに乗ったら、自分の動画チャンネルでその様子を流して莫大な視聴回数を稼げるし、俺が決闘を断ったり無視したら、冒険者のくせに卑怯者だと罵り、それはそれで視聴回数が稼げるわけだ。
俺のアンチたちも、 喜んで彼の動画を見るだろうな。
「どちらの結果になっても、彼は損をしないわけだ」
「勝手にリョウジさんに喧嘩を売って動画の視聴回数を稼ぐなんて、ちょっとモラルに欠けるような気がしますわ」
「でも、 俺じゃあ止められないかなぁ」
一番の対策は無視するしかないということになるのだけど、まさか俺に決闘を申し込む久渡拓真の動画がバズり、その後は雨後の筍の如く、同じような動画をあげる配信者が激増するなんて、さすがの予言持ちでも想像できなかったのであった。
『卑怯者の古谷良二! 出て来いよぉ! 俺が相手してやるからさぁ』
『俺に勝てないからって逃げるなよ』
『俺はいつでも、お前とタイマン張れるぜ!』
『彼がどうして僕との決闘を避けるのか? それは僕が世界最強の冒険者だからです』
「……なんか増えたなぁ」
今、世界中で流行している動画のジャンルは、俺に決闘を挑み、無視されると俺を煽る動画であった。
誰にでも簡単にできて、それでいて動画の視聴回数を稼げるので、とりあえず動画配信者はやってみる、といった感じだ。
「リョウジさん、大変ですね」
「これも有名税ってやつだね。でも、リョウジ君が相手する必要は微塵もないから、無視するしかないよねぇ」
「この人たちも冒険者なのに、ダンジョンに潜らないでリョウジさんと勝負しろだなんて、意味がわかりません」
「アヤノは頭がいいからそう思うけど、この人たちは基本バカなのと、承認欲求が暴走しているんでしょうね」
「人間の欲ってキリがないからな。冒険者としても、動画配信者としても大成功しているが、リョウジには勝てない。だからこそ、良二に対し挑発的な態度で勝負を挑んでいるわけだ。同時に、彼らもかなりのファンを抱える動画配信者だ。人気を維持するためには、良二に喧嘩を売ることも必要なんだろうな」
「なにそれ?」
「動画配信者なんて、ごく一部を除けば人気を維持することは難しいからな。この前有名な動画配信者たちが、収益が落ちて大変だって言っていたじゃないか」
「そんなニュースをネットで見たような気がする。俺は別に収入は落ちていないどころか、上がる一方だけど」
「良二は冒険者動画配信者の第一任者だからな。世界最速で、世界中のダンジョンの詳細と細かな攻略方法をずっと無料で配信し続けているからこその人気なのさ。良二の二番煎ならまだマシで、他ジャンルの動画配信者の真似事をしている冒険者動画配信者が良二に勝てるわけがない。それにプロト1が、ゴーレムたちにチャンネルを作らせて動画を配信し、莫大な収益を上げている。良二が圧倒的にトップだから、勝てるわけがないじゃないか」
「そんなものか」
「ああ、お前以外の冒険者動画配信者たちも、ダンジョン内の映像や攻略方法を動画で配信しているが、二番煎じなうえに情報が遅いから、良二に勝てるわけがない。最初は良二以外の冒険者が始めた動画チャンネルってことでそれなりに人気があったんだが、飽きられて視聴回数が落ちているんだよ。だから、良二に喧嘩を売って視聴回数を稼いでいるわけだ。多分あいつら、良二が勝負を受けないことがわかっているから、ああやって挑発的な態度を取っているんだろうな。ファンにもウケがいいだろうし」
「なんかさぁ、本末転倒じゃない?」
彼らは冒険者なのだからダンジョンに潜って稼げばいいのに、副業で始めたはずの動画配信で数字が取れなくなってきたから、俺に勝負をしろと動画で煽る。
それで多少視聴回数を稼いだところで、インセンティブ収入が冒険者として稼ぎに追いつくとは到底思えないのだけど。
「だから、 承認欲求が強い人間は厄介なのさ。まあ無視するしかないけどな。ああいう過激な挑発は、最初は数字が取れるけど、じきに飽きられてしまうという欠点もあるのだから」
「それもそうだな……(なんか、剛って詳しいのな)」
そんなわけで、世界中の冒険者たちから動画で喧嘩を売られても無視を決め込んだ俺だったのだけど、まさか彼らと本当に対戦することになってしまうとは、さすがの俺でも予言できなかったのであった。
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