第143話 インフルエンサーと難病の少年(その1)

「残念ですがジョージ君の病気は、現代医学ではもう手の施しようがありません。もってあと一ヵ月でしょう」


「そんな……。本当にもう治療方法がないのですか?」


「……なくはないです。この方法は、我々医者からしたら大変に屈辱で、己の無力さを実感させられるだけなのですが、私の仕事は医者です。治せる人は治したい」


「ジョージを治せる方法があるんですね」


「あります。ですがとてもお金がかかりますし、ジョージ君の寿命が尽きるまでに順番が回ってくる保証がないんです。聞いたことがあるでしょう? 『エリクサー』と呼ばれる魔法薬の存在を……」


「調合不可能と言われている、極まれにダンジョンで手に入る魔法薬……霊薬の類だと。リョウジ・フルヤのダンジョン探索情報チャンネルを見て知っています」


「彼の動画は世界で一番見られていますからね。ジョージ君の病気は、これまで世界で一例も存在しないものです。他の奇病でしたら最近は、冒険者が調合したり、ダンジョンで手に入れた魔法薬で大半が治るようになりました。お金はかかりますけど……」


「魔法薬が高いのは承知しています。たとえ借金をしてでも、ジョージが治るのなら、絶対に手に入れたいのです! やはりエリクサーがなければ治らないのでしょうか?」


「その可能性は非常に高いです。特殊な魔法薬は、冒険者がダンジョンで命がけで手に入れるか、『魔法薬師』のスキルを持つ極少数の冒険者が、ダンジョンで産出した貴重な材料を使って調合するか、どちらかの方法でしか手に入りません。だから安くしろと言うのも難しい……」


「お願いします! ジョージが治るのでしたらいくらでも支払いますから!」


「なんとかツテを 探ってみます」




 私も患者に、これまでに誰もかかったことがない奇病にかかった少年がいる。

 これまで出来る限りの手を尽くしてきたが、残念ながらジョージ君の病状進行を止めることすらできなかった。

 このままでは、あと保って一ヵ月あるかないか。

 こういう時に己の無力さに気がつき絶望しそうになるが、私は医者だ。

 患者がいる限り、歩みを止めるわけにいかない。

 しかしながら、現時点の現代医学ではこの病気を治せない。

 そこで、魔法薬による治療を提案した。

 私はこれまで、現代医学では治せない奇病を魔法薬で治療したことが何度かあるのだが、そのお陰で医学会からは嫌われている。

 自分でも、よく医学会から追放されないものだと感心してしまうほどだ。

 医者は仁術というが、必ずしもそうとは言い切れないのが現実である。

 医者は薬を作ってくれる製薬会社との関係が密であり、いくら製薬会社が製造している薬で治せないからと言って、ダンジョンで産出したり、冒険者が調合した魔法薬で治療をすれば、既得権益を侵されたと思い反発が大きくなって当然というものだ。


 彼らは各国の政府に圧力をかけ、魔法薬を医者に使わせなかったり、保険制度が適用されないよう圧力をかけ続けている。

 もし魔法薬の許認可がおりたり、保険適用されるようになれば、潰れる製薬会社が出てくるからだ。

 最初世界中の製薬会社が、毒消し薬、魔力回復剤、ポーションなどを量産しようと研究を重ねてきた。

 ところか既存の製薬会社の設備では難しく、さらに最近では世界中で『魔法薬師』、『調剤師』などのスキルを持つ冒険者たちが自ら製薬会社を立ち上げており、既存の製薬会社の市場を荒らし始めていた。

 魔法薬の効果は絶大なので、欲しがる人が殺到したからだ。

 だけど魔法薬がお高いのは事実で、さらに日本は医師会の力が強く、冒険者特区内でしか魔法薬は使用できない……とされているが、特区外に住む日本ばかりか、世界中のお金持ちたちが日本の冒険者特区経由で魔法薬を手に入れ、怪我や病気の治療をするパターンが増えてきた。

 一応、冒険者特区内の病院まで行って魔法薬を投与する形になっているが、お金持ちが大金を積めば出張する冒険者も多かった。

 顧客最優先が美徳とされるのが日本的会社経営のため、この冒険者は間違っていないと思うが、日本医師会はこれを縄張荒らしとみなし、とても怒っているわけだ。

 冒険者側としては、魔法薬というのは手に入りにくいし作りにくく、高価だからこれを購入できる人は少ないので、製薬会社の縄張りは犯していないと思っているようだが、最近治療できない病気にかかっている人たちや、病気で家族を亡くした遺族たちが中心となって、魔法薬の保険適用を求める運動が始まっていた。

 『保険が使えない魔法薬は非常に高価だが、その効果については疑う余地もない。保険が使えるようにして、亡くなる命を減らしてほしい』と彼らが訴え始めたのだけど、製薬会社と医師会はタッグを組んで、これを全力で阻止している。

 『確かに魔法薬の効果は絶大だが、あとでどのような副作用や後遺症が発生するかもしれないので、安易に認可を出したり、保険適用はできない』というのが彼らの言い分だ。

 確かに彼らの言い分は間違っておらず、厚生労働省も医療費の拡大に繋がるからこれに反対しており、魔法薬を投与してもらうには、高額のお金を払って冒険者特区内の病院に行くか、出張料を払って魔法薬を持っている冒険者に来てもらうしかなかった。

 やはりというか、 お金持ちにはそういう抜け道が存在するのだ。


 ところが例外もあって、それは世のインフルエンサーたちの目に留まるというものがある。

 難病と戦う子供に投与する魔法薬の代金を寄付で集めたり、なんなら世界中の有名なインフルエンサーたちが、そういう子供たちに無償で魔法薬をプレゼントしたりする動画が大人気だった。

 言うまでもないが、私も彼らが100パーセント善意のボランティアでそんなことをやっているとは思えない。

 宣伝目的なのは理解しているが、彼らのおかげでこれまで数十名の子供たちの難病が完治したのは事実だ。

 だから私は、ジョージ君とそのお母さんにお願いしようと思っていた。


「実は一つお願いがありまして。ジョージ君、お母さん。日本のテレビ番組に出てアピールしませんか。この病気を治すためにエリクサーが必要だと。今の日本ならば、助けてくれる人が現れる可能性がかなり高いです」


「ジョージを見世物にするのですか?」


「お母さん。 気持ちは大変理解できますが、世の中というのはとても残酷でして、知りもしない困っている人を誰も助けてくれないんです。 だからテレビで、ジョージ君がかかった病気がこれまでに一例も存在しない奇病であることと、彼の命はあと一ヵ月もつかどうかであることを世間に知らせて、篤志家の存在を待とうと思うのです」


「……わかりました。先生、ジョージは治るのでしょうか?」


「私はかなりの勝算を持っています。ここは、上野公園ダンジョン特区の病院ですからね。ここには世界でもトップクラスの冒険者たちが沢山います。もしかしたら、エリクサーを提供してくれるかもしれませんし、ジョージ君の病気を治せる魔法薬を調合できる冒険者がいるかもしれません」


「わかりました。日本のテレビ番組に出ます」


「高校の同級生にテレビ局のプロデューサーがいます。彼に頼んで、ニュースでジョージ君のことを流してもらいましょう」


 ジョージ君のお母さんが了承してくれたので、私はテレビ局のプロデューサーをやっている高校の同級生に連絡を取り、彼のことをニュースで報道してくれるようお願いした。

 無事に私の願いは無事に聞き遂げられ、難病を治療するため、藁にもすがる思いで上野公園ダンジョン特区内の病院に入院している、海外からやって来た少年ジョージ君のニュースが日本全国に放映された。


『向井、 ジョージ君のニュースの視聴率はとてもよかった。全国から応援のメッセージも届いている。これならいけるかもしれない』


『そうか』


『一番確実なのは、彼が気がついてくれることだろうな』


『彼とは?』


『古谷良二に決まっているじゃないか。彼ならエリクサーを用意できるはずだからな。問題は、彼がほとんどテレビを見ないということなんだが、ジョージ君のことはネットニュースにも流れている。必ず反応があることを信じよう』


『そうだな』


 ジョージ君のニュースが流れた翌日。

 同級生と電話でそんな話をした。

 彼の言うように、古谷良二がこのニュースに気がついてくれるよう、私は神に祈りつつ、ジョージ君が一日でも長く生きされるように最善を尽くす。

 医者なんていう職業をやっていて初めてのことだが、この時ばかりは神様を信じたくなったのが事実であった。

 

 頼む。

 古田良二、ジョージ君のニュースに気がついてくれ!





「リョウジさん、昨日のニュースをご覧になられましたが?」


「ごめん、イザベラ。俺は基本テレビを見ないから」


「ネットのニュースにも、同じ内容があったのですが……」


「……昨日は、積んでいた漫画を読んでいたから」


「イザベラ、リョウジ君がニュースなんて見るわけないじゃん」


「失礼だな、ホンファは。月に二~三回は見るぞ」


「少なくない?」


「それだけ暇潰しの時間が少ないってことさ。で、どんなニュースなの?」


「この上野公園ダンジョン特区にある区立病院に、これまで誰もかかったことがない病気になった少年が入院していて、もう命が長くないとか。そして、その病気を治すためにはエリクサーが必要だそうです」


「エリクサーが?」


「はい。 エリクサーはHP、MP、状態異常すべて完全に回復させるので、難病の治療に使えると判断したのでは?」


「いやあ、その少年にエリクサーを投与しても、効果がないかもしれない」


「そうなのですか?」


「綾乃、俺がこの手の話で嘘をつくと思うか?」


「いえ、ですがエリクサーは万能薬なのでは?」


「あくまでもエリクサーは、戦闘用のアイテムなんだよ。戦っているモンスターから受けた状態異常は完璧に回復するけど、特殊な病気が治るという保証はできないな。特に特殊な病気の場合、凄腕の魔法薬師が調合した特別な魔法薬でないと回復しないケースは結構あるよ」


「魔法薬師……タケシね。タケシ、出番よ」


「俺? でも俺は新米の魔法薬師だから、これまで誰もかかったことがない病気を治す魔法薬の調合なんてできないぜ」


「だからリョウジと一緒に、少年を治す魔法薬を調合すればいいじゃない」


「……そうだな。自分よりも年下の少年に死なれると悲しいからな。頑張って魔法薬を調合してみるよ。良二、手を貸してくれ」


「どのみち、その少年の病状を見てみないと、どんな魔法薬を調合すればいいのかわからない。じゃあ、善は急げだ。ジョージ少年が入院している病院に急ごうじゃないか」


 幸いというか、ジョージ君は上野公園ダンジョン特区内の病院に入院しているので、俺たちは徒歩で目的地へと向かうのであった。

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