第142話 出た! スキル『政治家』
「……ふーーーん、今は彼が世間で人気なんだ」
「みたいだな。特にテレビ、新聞、雑誌で引っ張り凧だってよ」
「剛、彼の肩書きってなんなの?」
「『世直し師』を自称している」
「また大きく出たなぁ……」
「だよねぇ……。ボクだけじゃなくて、ここにいる全員が胡散臭いって思っているだろうけど、どうして彼は世間で人気があるんだろう?」
「彼も冒険者特性を持ち、かなりレベルも高いからでしょう。先日の『空気師』と同じような方だからだと思います」
「マジで? ああいうのは勘弁してほしいわ。アヤノもそう思うでしょう?」
「こうも次々と出てこられますと、私たちに被害が出なければ問題ない、と思うしかないですね。全員に対処する時間が惜しいですから」
「あの男が私たちに被害をもたらさないなんて、まずあり得ないと思うわ」
「ブルーストーン、言い切るんだな」
「だって、彼が喋ってる話にみんなが賛同していて、テレビ局だって視聴率が取れるから毎日のように出演させているわ。ああいう種類の人間をなんて言うか、タケシは知ってる?」
「人気者?」
「それも間違ってはいないけど、『扇動家』って言うのよ。世界中の国々に定期的に出現する奴よ」
今日はお休みだったので、空中都市フルヤにある本社にある居住区で寛いでいたら、最近テレビで話題になっている人物の話題になった。
早速、最上階の社長室に置いてある大型テレビを適当なチャンネルに合わせてみると、さすがは人気者。
ワイドショーに出演しており、なにかを話している。
線が細くて学者のようにも見えるが、かなり高レベルの冒険者のようで、俺は油断ならない人物だとも感じていた。
「かなりの高レベル冒険者なのに、どうして大してお金にもならないテレビに出るんだろう?」
俺は不思議でならなかった。
彼は高レベルの冒険者であり、喋る内容が人々の心に響くのは、なにかしらの上級スキルが出現したからなのはわかる。
だからって、テレビ主演に時間を使う理由がわからないのだ。
「あれだけの実力があれば、テレビに出るより、ダンジョンに潜った方が稼げるだろうに……」
「リョウジさん、それは人それぞれでは? 確かに冒険者は稼げますけど、危険なのは確かです。それなら、テレビに出てお金を稼ぐ選択肢もあると考える人はいるのです。 これだけの売れっ子ともなれば、普通の人よりもはるかに豊かな暮らしを送れるのですから」
「俺は逆に、テレビになんて出たくないけど……」
だって、面倒なだけでお金にならないじゃん。
「リョウジ君がテレビに出たいなんて言ったら、世界中のテレビ局からオファーが殺到すると思うけどね」
「とにかく、この人が活躍するのはいいけど、俺たちに絡んでこないことを祈るよ」
「良二様、それはフラグた立ったかもしれませんね」
「綾乃は怖いことを言うな。彼は俺にライバル心を燃やしているようにも見えないし、独自に活躍しているから大丈夫さ」
「それならいいのですが、冒険者として稼いでいた人が、急に安全ながら以前よりも稼げないテレビで人気になる。どうしてそんなことをするのかと言えば……」
「言えば?」
「次のステップに進むため、知名度アップを図ろうとしている、です」
「あっ!」
俺も綾乃の懸念に気がついたが、現状ではどうにもならない。
今は彼のご活躍を見守りつつ、綾乃の予想が当たらないことを祈るのであった。
『飯能総区長、当選おめでとうございます』
『これも、みなさまの支援のおかげです。公約は必ず実行させていただきます。冒険者特区から、この世の中を良くしていくのです!』
『国民は飯能総区長に大いに期待しています。既存の政治を破壊する新しい政治を実現してくださいね』
「古谷さん、というわけでして、冒険者特区の区長選挙ですが、飯能太郎氏が当選しました。それにより、冒険者特区にどのような変化が、いや日本がどう変わるかは想像がつきませんね」
「西条さん、さすがにそれは大げさでは?」
「古谷さんは、彼に特殊な上級スキルが湧き出てきたことに気がついているのでは? 先日の『空気師』の件ですが、我々一般人は古谷さんからその話を聞かなければ、彼はやっていることに違和感を覚えませんでした。彼が選挙に当選できたということは、なにやら政治系のスキルを習得した可能性があると思うのですが……」
「その可能性は高いですけど、実際にスカウターなり、『鑑定』で見てみないとわからないですからね。今は様子見でしょう」
「ちょっと想定外の人が選挙に出て当選してしまったので、政府内はちょっと混乱していますね。我々は飯能氏が命がけで大変な冒険者稼業を嫌い、楽して稼ぐためにテレビに出るようになったと分析していたので、まさか選挙に出るとは予想外でした。しかも無所属ながら圧倒的な得票数で、他の候補者たちを圧倒しました。ちなみに、与党が推薦した候補は惨敗です。彼は民主主義下における最強の政治家となったのです」
「そうなんですか。そういえば、選挙に行くのを忘れてたなぁ。せっかく十八歳になったんだけど」
よくテレビに出ていた飯能という冒険者が、突然選挙に出馬した。
全国各地にある冒険者特区の初代区長は、最初は地区を安定的に運営するという名目で日本政府が任命した人……官僚の天下りだと批判されてのを思い出す……が決められた任期まで務めあげ、そのあと区長選挙が行われた。
そして、冒険者特区の区長を取りまとめる総区長の選挙も行われ、見事先日テレビに出ていて、俺たちに胡散臭い人扱いされた飯能氏が両方に当選したのだ。
しかも、他候補を圧倒する大量得票での当選だ。
選挙に強い首長は大胆な施策を打ち出しやすいので、冒険者特区としてはありがたいという意見も多かった。
実際、政府に任命された区長の中には問題を起こした人も多く、中には汚職で逮捕された人もいたし、黒い疑惑を報じられた人も多い。
冒険者特区の財政はとてつもなくいいので、その誘惑に抗えなかった人たちが一定数出たわけだ。
東大卒業者の犯罪者率が少し上がったと、ネットで皮肉られていた。
そして、選挙に当選した区長は全員冒険者特性を持つ人だった。
彼らは前任者の疑惑を徹底的に追及、処罰することを公約の一つにしていたので、これからさらに前区長の逮捕祭りが始まると言われている。
そんな区長たちのトップを眺めながら、西条さんとの話は続く。
「そういえば俺、選挙に行くの忘れてたなぁ」
「私もです」
「俺もだ」
「選挙には行った方がいいですよ」
俺と同じく選挙に行かなかった剛と綾乃に対し、西条さんが選挙には行った方がいいと忠告する。
「他の選挙は別として、冒険者特区の選挙は区長が誰になるかで随分と結果が違いそうですから」
「確かにそうかもしれないですね」
任命された区長の中には、当然ながら上手くやっていた人が多かったにも関わらず、新区長は冒険者特性を持つ人ばかりとなった。
つまりこれは、冒険者特区は日本に所属していても、実質冒険者が所属する独立国に近い状態だという証明だ。
どれだけ前の区長が上手く特区を治めていても、冒険者特性を持たない人間はよそ者ということなのだろう。
だからいくら前任者が優秀でも、再選は一人もできなかった。
おかげで、選挙で前任者を推薦していた与野党は大混乱らしい。
彼らは冒険者の立候補者を一人も推薦しておらず、冒険者の立候補者も誰も政党の力を借りなかった。
それでも当選できてしまうのだから、レベルアップの影響というのは大きいのだろう。
「問題は、飯能氏がこれからどうするかですよね」
「案外、なにもしない可能性がありますわよ」
「当選したところで満足してしまうパターンか」
「はい」
「それはあるかもしれないなぁ」
イザベラも、イギリスでそんな政治家を沢山見てきたのかもしれない。
「そういえば生徒会長選挙で、気合を入れて選挙活動をした奴ほど、当選したあとになにをしたのかわからない奴が多いよな」
「中学の時の生徒会長がそうだったよ」
俺と剛のように公立学校に通っていると、そんなこともあるわけだ。
「生徒会長も政治家も、あんまり変わらないのかもな」
などと新しい区長について話をしながら、すべてのインフラがゴーレム型のロボットで維持されている空中都市で豪華な食事をとり、そのあとは様々な施設で遊んだ。
完全に稼働した空中都市フルヤには、考えられる限りの娯楽、レジャー施設があるので、それらの試験をかねてより遊びまくる俺たち。
「シートが豪華だし、3D、4Dなんて目じゃないほど音声も臨場感もあるな。まるで映画の登場人物になったかのように楽しめるぜ」
「ゲームなのに、本当に戦闘機や人型機動兵器を操縦しているかのようですわね」
「どのお店も、注文するとすぐに料理が出てくるし、モンスターの食材を使ったもの新メニューに入ってるよ」
「どんなスポーツも気軽にできますし、空中都市内に自然も作られてるので、海水浴やキャンプもできるのですね」
「射撃場もあるわ。大型の対戦車ライフルや重機関銃、レーザー砲まで試射できるなんて最高!」
「動物園まであるんだな。アナザーテラに生息している、地球ではすでに絶滅した動物までいるじゃないか」
みんなで、完全に稼働を始めた空中都市フルヤの施設、設備を試験がてら使って遊んだ翌日。
俺は突然、飯能総区長に呼び出された。
「なにか俺に用事ですか?」
「始めまして、古谷君。私が上野公園ダンジョン特区の区長にして、日本全国の区長たちを取りまとめる総区長、飯能太郎だ。早速で悪いが、是非色々と協力してほしい。確かに私は選挙で圧勝したが、そこがゴールではないのだよ。私はこの冒険者特区のみならず、日本を、世界を、よりよくしていきたいのだ。それは、テレビで常に言っていた」
「……(実行する気があるんだ)」
俺はてっきり、そう言った方がウケがいいからだと思っていた。
現実はよくいる扇動政治家のように、政治家になってしまえばそれがゴールでなにもしないはずだと。
「で、俺はなにに協力すればいいんですか? 増税? 寄付?」
「増税なんてしないさ。そんなことをしなくても、上野公園ダンジョン特区は財政に余裕があるのだから」
それはそうか。
冒険者特区には、冒険者という高額納税者とその家族しか住んでいないのだから。
「このまま自治体が内部留保を貯め込むのはよくないので、税金や保険料は下げようと思う。その分が消費に回ればまったく問題ない。古谷君に頼みたいのは、冒険者特区の外の話さ」
「外ですか?」
「ああ、最近景気がいい日本だが、どうしてもその恩恵を受けられず、貧しい生活を送っている人たちは多い。最近は酷い円高で、田中政権が叩かれてるだろう?」
「はい」
今の日本は、かつてないほどの円高に見舞われている。
少し前には円安で酷く叩かれていたと思うけど、なかなかちょうどいい為替相場ってのは難しいのだろう。
みんなが納得する為替相場なんて、実は存在しないのかもしれないけど。
今の円相場は、1ドルが五十円前後をウロウロしている状態であり、これでは国内の輸出産業に悪影響が出ると、批判している経済学者も多かった。
実際、輸出をメインとする製造業は円高に対応すべく人を減らしている。
でもただそれだけではなく、工場を地価が安い地方への移転させ、集約、巨大化し、ゴーレム、ロボット、AIの導入を進めていた。
生産性の向上とコストダウンに熱心な企業には政府が補助金も出しているので、そこまで困っているとは聞いていない。
「魔液の製造、モンスターの素材の加工、観光など。景気がいいから新しい仕事も増えているので、転職しているから失業者は増えてないのでは?」
「それが現実なんだけど、世の中には大赤字で潰れそうな工場を閉めたり、人員削減すると、資本家の傲慢だとか、地域経済が破壊されるとか、社会不安を招くからとか言って、工場や会社を潰すなと大騒ぎになるのだよ」
「とはいえ経営者側も、大赤字を垂れ流し続ける工場を潰さなければ自分たちも倒れてしまうでしょうし……」
「そんな経営者側の事情を、明日失業する人たちに話しても通じないのでね。だから私は、世論の支持が得られそうな政策を矢継ぎ早に実行していくよ」
「そうですか……」
政治なんてよく知らない俺でも嫌な予感がするのだけど、今の総区長は飯能総区長だ。
俺じゃない。
俺にどんな協力をさせるのかわからないけど、嫌なら断るだけだ。
「最近、日本も物価が上がってね。田中総理が物価対策に苦労しているのは知ってるかな?」
「ええ」
エネルギー、資源輸出国になり、ゴーレムを用いた製造業の拡大により、日本の経済成長率は毎年五パーセントを超えていると、プロト1が言っていたような……。
「ただ、本来の予定よりも経済成長率の伸びがかなり少ないけどね」
「そうなんですか?」
「実は、今年度の日本の税収は黒字でね。田中総理は、その黒字分を使って国債の償還を行ったんだよ」
「いいことなのでは?」
国債は借金なんだから、返すに越したことはないのだから。
確かにその件については、田中総理は国民に絶賛されていたと思う。
「国債を返さないと本当に日本が破産するのか、答えはその時にならないとわからないけど、国債を刷って増えた日本円が税収と相殺されて消滅したんだ。そしてこの消えたお金は世間に流れることは一生ないから、経済成長の足を引っ張ることになる。これがなかったら、日本はもっと経済成長していたはずなんだけどね。どうして田中総理はこんなことをしてしまったのか……。そうすることで人気を取りたかったんだろうけど、私から見たら悪手としか思えない」
「はあ、そんなものなんですか……」
俺に国家財政の話をされても困るんだけど……。
「とにかく、そのせいで日本の経済成長率は思ったほど上がらなかったけど、マスコミや国民はそれを円高のせいだと思っている。経済成長率の割に給料が上がらないのも円高のせい。さらに物価も上がり続けていて、実はこれが、田中内閣崩壊の原因になるかもしれない」
「そうなんですか?」
「日本人は値上げが嫌いだからね。大幅なインフレに慣れてないのさ」
「戦後は酷いインフレだったと、学校の授業で習ったような……」
「それでも、インフレ率はせいぜい七十倍くらいだった。他国では普通に数万~数十万パーセントのハイパーインフレが発生するからね。それに、日本のインフレの大きな原因は、戦争中の空襲で生産力が破壊されたからだ。戦後、生産力が回復したらすぐに過度なインフレは収まった。実は日本というのはかなりインフレに強い国なんだ」
「へえ、そうなんですね。飯能総区長は、経済学の先生みたいだ」
「冒険者になる前は、大学で経済学を教えていたよ。で、古谷君に頼みたいのは、田中総理への支援だね。私は、財政状態がとてもいい上野公園ダンジョン特区の区長だから減税もできる。ゆえに、今後の選挙も安泰だ。ところで、古谷君は選挙に行ったかな?」
「今回は忘れてました」
「次からはちゃんと行った方がいいよ。田中総理は今すぐ政権がどうこうなるとは思わないけど、日本人は物価高に敏感だ。古谷君は見たことあるかな? テレビで数十年も値上げをしない、老夫婦が経営している食堂が絶賛されているのを」
「見たことはあります」
知り合いのお婆ちゃんが経営している食堂もそんな感じなんだけど、実はちゃんと儲かるようになって、お婆ちゃんの孫が継ぐことが決まり、今修行中だった。
でも世の中には、『どうやって儲けを出しているんだ?』って飲食店が存在するのも事実だ。
「老夫婦が頑張れば頑張るほど、近隣の飲食店は地獄の底に叩き落とされる。だけど、老夫婦の批判なんてしたら大変だ。途端に世論から袋叩きになるだろう。日本人はとにかく安いものが大好きで、それでも物価の上昇が止まらないのが現実だったけど……そこで、イワキ工業と協力して、とにかく日本の物価を下げてくれ」
「価を下げる?」
「古谷君、君はもう一つの地球と、過剰な生産力を持つ古代ムー文明の遺産である空中都市を持っている。これを使えば、日本の物価を下げることも可能だ」
「可能ではありますけど……」
「頼むよ」
「でも、そうすると失業率が上がりますよ」
多数のゴーレムたちと、空中都市が所持、生産可能なロボット、優れたAIを使えば、人間を使わずとも、人間に必要な物とサービスを格安で提供できる。
だけどそれをしたら、確実に日本の失業者は増えるだろう。
子供にでもわかる話だ。
「それでも私の計算だと、田中内閣の支持率は上がる。ということで、日本の冒険者のためにもお願いします」
「……わかりました(上級スキル『政治家』かぁ……)」
飯能総区長を『鑑定』で確認してみると、なんと政治家のスキルを持っていた。
魔法使いのスキルも持っているので、これが飯能総区長が最初に持っていたスキルだと思う。
レベルが高い俺が彼のスキルの影響を受けているようには思えないのだが、話を聞いていると、お願いを受け入れてもいいかなと思ってしまうのが不思議だ。
どうせ俺はダンジョン探索で忙しいから、プロト1と黒助と最近数を大幅に増やした高性能ゴーレムたちに任せればいいか。
確かに俺が持つ生産力をフルに活用すれば、物価は大幅に下がるだろう。
だけど、それで円高が収まるわけでも、労働者の賃金が上がるとは思えないけど。
そういえば、もうそろそろ俺の予言で出た気候変動と食料不足が徐々に進行していくはずだ。
それに備える意味でも、生産力を強化するのは悪くないか。
「……もう朝か……」
スマホのアラームで目を覚ました。
今日も会社なので、遅刻しないようにしないと。
「朝食は、コンビニで買って行くか」
自宅マンションを出て、駅前のコンビニでサラダ、オニギリ、お茶を購入する。
すでに日本のコンビニで、人間の店員がいる店舗はほとんど存在しなかった。
店内の陳列、会計、掃除などの仕事は、すべて店内にいるゴーレム店員がやっている。
購入したサラダには新鮮な野菜が使ってあり、量の割に値段もとても安かった。
健康のために、誰でも安く気軽に野菜をとれるようにする。
イワキ工業と古谷企画が協力して、全国に大規模な農業工場を多数建設し、特に古谷企画は巨大な空中都市の中にとてつもない生産量を誇る野菜工場を持っているそうだ。
ゴーレムたちを使って安く生産された野菜が、ゴーレムたちが多数働く工場でサラダや他の加工食品となり、ゴーレムが自動運転するトラックによってコンビニに運ばれ、コンビニでゴーレムが陳列して販売する。
光熱費は、イワキ工業と古谷企画が始めた魔液発電によりゼロだと聞く。
さらに他の経費も極限まで節約した結果、このコンビニは商品が安くても大きな利益をあげていた。
「まあその代わり、大手コンビニチェーン店は全部潰れたけど……」
このコンビニは、経営破綻した中規模のコンビニをイワキ工業と古谷企画が買い取って営業を始め、大手コンビニチェーン店との激しい競争の結果、見事勝利を収めて日本一のコンビニチェーンになった。
ただ、全従業員の数は数百人しかいないと聞いている。
必要がないからだが、そのせいでコンビニアルバイトの求人はほぼなくなった。
人間とは不思議なもので、わずかに残っている人間が店員をしている、商品が高いコンビニに通う人も一定数存在する。
ゴーレムに接客されたくない人が、少数だが存在するからだ。
さらにイワキ工業と古谷企画が始めた無人コンビニは、防犯対策もあって現金を扱う手間を省くため、キャッシュカード、デビットカード、 電子マネーなどしか使えない。
現金派の人や、現金しか使えない老人などが、従来の人間が店員をやっているコンビニを利用しているわけだ。
そのコンビニは商品の値段が高いけど、最近の日本は経済成長しているので、アルバイトには高い時給を払わないと働いてくれないのだから仕方がない。
「こっちのコンビニの方が安いし、商品の質も圧倒的にいいからなぁ」
容器の底上げで炎上することもないのだから。
かなりの高品質で、 量もあって値段も安い。
おかげで、日本のコンビニの95パーセントは無人コンビニとなっていた。
「早めに出社すれば、朝食を食べることができるだろう」
駅から電車に乗るが、魔石の輸出国である日本の電気料金は大幅に下がったのと、駅も人間の駅員を極力減らしているので、電車の運賃も大幅に下がった。
電車、バス、タクシー、船舶や航空機もゴーレムが操縦していたり、人間の機長が乗っていても一人で、副機長やCAがすべてゴーレムなんてことも珍しくなくなった。
でもそのおかげで交通費が大幅に安くなったので、文句をいう人はあまりいなかったけど。
「無事会社に到着!」
「アラガキサン、オハヨウゴザイマス」
「おはよう」
会社にゴーレムがいることが珍しくなくなった。
そして人間の従業員が大幅に減らされたが、残ることができた人たちは給料が上がったので、 リストラされなければ悪くないと思う。
それに、完全失業率が増えると政権の支持率が下がるので、失業手当の給付期間を、職業訓練をすることを条件に大幅に伸ばし、新しい産業を立ち上げた会社に補助金を出すなどして、日本政府も失業対策を懸命に行っていた。
「さて、クビにならないように仕事仕事」
人間の従業員は減ったが給料は上がった。
でもその分、ちゃんと働かないとクビにされてしまうリスクが増えた。
リストラされて会社を去った同僚も多く、だから真面目に仕事をしなければ。
「お昼はなにを食べようかな?」
給料は上がったけど、将来のことを考えるとあまり無駄遣いはできないし、就業中の昼食なので会社に近いチェーン店でいいだろう。
とある牛丼チェーン店に入ったが、やはりこのお店にも人間の従業員は一人もいなかった。
「ゴチュウモンは?」
「牛丼並と卵とサラダ。つゆだくで」
「カシコマリマシタ。300エンデス。オシハライハ? チナミニゲンキンハツカエマセン」
「カードで」
「アリガトウゴザイマシタ、ゴユックリドウゾ」
支払いを終えると、ゴーレム店員が調理、配膳した牛丼セットを食べ始める。
この牛丼チェーン店も、イワキ工業と古谷企画が中規模で経営が悪化していた牛丼チェーン店を買収し、すべて無人店舗にしたものだ。
人件費がかからず、食材などの配送もイワキ工業が持つ運送会社のゴーレムが運転するトラックが担当し、朝のコンビニもそうだが、イワキ工業と古谷企画が経営している無人店舗と飲食店は非常に多いので、輸送を効率化してコストを下げるというメリットもあった。
食材もイワキ工業と古谷企画が一括して生産、加工しているのでとても安く、無人店舗は庶民の味方として大人気だった。
そのおかげで多くの飲食店が倒産、撤退、買収、合併されてしまったけど、安くて、美味しくて、安全な食事が安く食べられるので、多くの人たちからの支持を受けている。
しかしながら不思議なもので、案外地元の個人店舗は生き残っているのだ。
料理の味や値段よりも、店主個人の人気や、お店の雰囲気が重要なこともあるということだ。
人間が必ずしも効率のみを重視するわけではない証拠だろう。
「さて、仕事に戻るかな」
会社に戻って午後からも仕事を続けるが、AI、ゴーレムを駆使して、以前よりも圧倒的に効率よく仕事を進められるようになった。
逆に言えば、AIとゴーレムを使いこなせない人はクビになるリスクも孕んでいるのだけど。
「もう五時か……」
終業時刻になった。
そういえばこのところ、残業した記憶がない。
以前は繁忙期になると日付が変わる頃まで仕事をしていたものだが、今は繁忙期でも残業なんて滅多にしなかった。
それだけゴーレムとAIの性能が高い証拠だ。
「夜はどうしようかな?」
どうせ独り身で自炊はしない……、無人のコンビニかスーパーに行けば、栄養バランスに優れ、美味しくて量も十分な食品が沢山売っているし、たまには居酒屋で一杯やるのもいいか。
まあ今となっては、よほどの高級店でもなければ、飲食店に人間の従業員が一人もいないことは珍しくないのだけど。
「無人の方が安いからなぁ」
今となっては、人間に接客してもらうというのは最高の贅沢になっている。
飲食店従事者の平均給与は大幅に上昇しているけど、その代わり優れた接客技術を持っていなければすぐに失業してしまう世の中になった。
お店によっては欧米のようにチップ制度が導入されているお店もあり、優れた飲食店従業員には高収入な者も多かった。
その代わり以前ほど人手を必要としないので、就職するのは至難の技だったけど。
「ぷはぁーーー! お酒は安くならなかったけど、ツマミや料理は安くなって最高だ」
やはり、イワキ工業と古谷企画が経営している無人居酒屋のチェーン店に入ってビールで乾杯する。
噂によるとお酒はもっと安くできるそうだが、アルコール中毒者を増やさないように政府から言われ、わざと安くしないらしい。
だけどツマミや料理は安いので、朝昼晩一日三食外食でも、経済的な負担は無人店舗導入前よりもかなり減ったと思う。
「政府は、物価高を抑えるために規制の撤廃を進めて無人店舗や、無人タクシー、無人運送を増やしたそうだけど、問題がないわけではないよなぁ」
実際、失業者が増えてしまったのは事実だからだ。
失業してもすぐに失業手当が出るようになったし、その金額も大幅に上がった。
さらに、最長で五年間の職業訓練を受けられるようになったので、今のところはそんなに問題になっていない。
「だけど、将来は失業者が増えるだろうなぁ」
「税収が増えているので、以前よりも簡単に生活保護がもらえるようになったらしいけど、働かない人が増えると問題があるような気がしなくもなく。でも、少数の優れた人間とゴーレム、AIに会社経営を任せた方が儲かるからなぁ」
人間が働かなくなることがいいことなのか悪いことなのか。
私にはわからないし、物価が下がったとはいえ、失業者が増えているではないかと批判している人も一定数存在したが、企業の生産性が大幅に上がって経済成長しているのも事実なので、田中総理の支持率は大幅に上がっていた。
「警察、消防、自衛隊を含む公務員の採用を大幅に増やしているし、噂によると、将来ベーシックインカムが導入されるとか。もしそれが実現したら、働かない人間がいても当たり前になるのかもしれないな」
それもダンジョンと冒険者のせいだと騒ぎ、彼らを異常なまでに敵視している人たちもいるが、どうせこの世界にダンジョンが出現しなくても、じきにロボットとAIの導入で仕事がなくなる人が増えるなんて話もあったから、結局は同じことなのかもしれない。
「ただ、俺は特にすることもないから働きたいよなぁ」
美味しくて安いお酒と料理を楽しんだので、お勘定を済ませてから帰宅する。
明日も仕事があるけど、明後日は土曜日なので日曜日と合わせて連休だ。
さらに今では、水曜日もお休みで週休三日制となっており、体力的にも精神的にも随分と楽になった。
その代わり、ちゃんと仕事ができない人はすぐに会社をクビになってしまうし、転職も難しくなってしまうのだけど。
「遅刻すると評価が下がるから、寝坊しないように早く寝よう」
このまま今の会社で仕事ができるようにと願いつつ、私は眠りにつくのであった。
来月にはボーナスが出るから、必ず100パーセント取得するように義務付けられている有給を使って、温泉旅行にでも行こうかな。
彼女がいないので、一人で行くか、男性の友達を誘うことになるだろうけど。
「ねっ? 日本人は物価高に弱いんですよ。特に食べ物の値段が上がることに敏感なので、安い飲食店を出したら政権の支持率が上がったでしょう?」
「飯能総区長は無所属だと聞いていますけど……」
「冒険者特区の区長で、野党の公認を受けている人なんていませんよ。だって、今の日本の状況で野党の応援なんて受けても選挙に受からないのだから。田中政権が今の政権運営を続ける限り、我々冒険者は田中総理の方が都合がいいじゃないですか」
「……まあそうですよね」
さすがは『政治家』の上級スキル持ち。
俺を利用して田中総理に恩を売りつつ、自分の政権基盤を固めてしまうのだから。
正直なところ、俺の敵にならなくてよかった。
あっ、今の為替相場は一ドル三十円前後をウロウロしていて、円高はまったく収まっていないです。
海外旅行ブームなので喜んでいる人も多いけど。
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