第141話 インフルエンサーが、お高い飲食店のオーナーになるようです

「暑いよなぁ……」


「そうだな。このところ残業も多いし疲労が溜まってるような気がする。その分収入が増えたのはいいんだが、なにか精のつくものでも食べるか」


「いいな、それ。夏に精のつくものと言えば、ウナギかな?」


「関西だとハモとか? 夏が旬かは知らないが、スッポンとかもあるぞ」


「なんだ、お前たちは知らないのか? 最近は、ダンジョンナマズが夏バテにいいって評判なんだぞ」


「ああ、古谷良二が動画で宣伝してましたね。ダンジョンの女神たちもコラボしてて、彼がオープンさせたお店で色々と食べていたな」


「美味しそうだったな」


「なんだ、知ってるじゃないか」


 確か、潰れそうだった和食チェーン店の株の大半を古谷企画が買収し、高級和食チェーン店にリニューアルしたと、彼自身が動画で説明していたのを思い出す。

 買収と同時に、全国にあるすべての支店が改装工事で休業となり、さらにその工事を担当したのも、古谷企画が買収したやはり倒産の危機にあった中規模ゼネコンだった。

 この好景気に潰れそうだったので相当駄目な会社だったと思うが、経営刷後は多くのゴーレムたちを数少ない人間が動かして二十四時間を工事を行い、工期を短く、建設費も安く、それでいて技術力も大手ゼネコンに負けないので、現在多くの仕事を受けている注目の建設業会社だと、ニュースで紹介されていた。

 建設工事を二十四時間やろうとすると、普通なら騒音が問題になってしまうが、この建設会社は騒音を消す不思議な装置を持ち、現在それを独占しているらしい。

 『静寂』の魔法を応用したものらしいが、古谷良二にしか作れないそうで、現在世界中の建設会社がこの装置を手に入れようと必死になっているそうだ。

 そのおかげか半月ほどの休業期間で、以前は安さしか売りがなかった和食チェーン店が、高級和食チェーン店へと生まれ変わっているのを動画で見た。


「ダンジョンナマズの身はちょうどいい脂の乗り具合で、美味しいし、夏バテにも効果があるって、古谷良二の動画でやってたからな」


「でも、かなりお高いはずだ」


 ダンジョンナマズは、ダンジョンの特殊階層でしか出現しない。

 しかもとても強く、深い階層に生息しているので獲れる冒険者が少ないから、かなりの希少品だとか。

 普通に食べると軽く十万円を超えるが、古谷企画がオーナをしている和食店なら、二~三万円で食べられると動画で宣伝していた。

 他のダンジョンナマズを出すお店のHPを見ていると、 本当に格段の安さだ。


「安いですね。儲けは出るのかな?」


「古谷良二の場合、自分でダンジョンナマズを倒せるから安いのかもな。今日は早めに仕事が終わりそうだから、帰りに寄るか?」


「いやぁ……。いくら他のお店より安くても、サラリーマンには厳しい金額だろう」


 いくら景気がよくなってきたとはいえ、まだ子供が小さいサラリーマンとしては、外食で二万、三万は厳しい。

 俺はパスかな。


「今日の分は、会社持ちだから安心しろ」


「本当か?」


「古谷良二の高級和食チェーン店だが、これからさらに店舗数を増やすそうで、うちの会社も取引きすることになったんだよ。取引先向けの招待券を貰ったから、これを使えば無料ってわけだ」


「ご馳走さま」


「楽しみだな」


「ダンジョンナマズだけじゃなくて、他にも色々あるみたいだから、お店で色々注文すればいいさ。早く今日の仕事を終えろよ」


 私たちは別部署の同期に誘われ、終業後、三人で目的のお店へと向かう。

 夜も暑くなってきたが、改装で高級感溢れる外装となったお店は、多くのお客さんで混んでいた。

 店先で客対をしている店員と、予約をしていない客との会話が聞こえた。


「現在、ご予約をしていないと、予約キャンセル待ちとなってしまいますが、ほぼキャンセルは発生していません」


「そんなに混んでるのか?」


「さすがは、古谷良二とダンジョンの女神たちが動画で宣伝していただけあるな」


「予約かぁ……。げっ! 半年先か!」


「お持ち帰りにメニューでしたら、そうお待ちすることもありません」


「じゃあ、それにするかな」


 そしてお店は、予約客で満席だった。

 予約していない客は、お持ち帰りできるメニューを頼んでいる。

 お客さんの対応は、人間だけじゃなく、ゴーレムもやってるから凄いな。

 なにかトラブルがあった時には人間の従業員が対応していたが、ほとんど人間がいなくてもお店が回るのが凄い。

 飲食店は人手不足が深刻なのでゴーレムの普及が進んでいるが、高性能なゴーレムは古谷企画とイワキ工業の独占状態だ。

 ただ生産量の関係でなかなか購入できない状態が続いているとかで、従業員の時給も上昇傾向にあった。

 お店にも従業員募集の張り紙がしてあるが、都内とはいえ時給二千五百円は凄いな、副業も考えるか?


「俺もダブルワークしようかな?」


「残業ばかりなのに、いつダブルワークなんてするんだよ」


「そうでした」


 同僚がこのお店でアルバイトしたいと言って、招待券を持っていた同僚に窘められていた。

 確かに、このところ忙しいからなぁ。

 会社が求人をかけても、募集は少ないそうだし。

 好景気だから、余計に人手が足りないのだ。

 その分残業代が増えたから、悪い話ではないのだけど。


「ところで、お店の予約はしてあるのか?」


「当然だ」


「今日私たちに声をかけたのに、よく事前に三人分で予約してあったな」


「特別招待券だと融通が利くのさ。貰った招待券は三枚だったが、もしお前たちが断っても、他の二人に声をかければ済む」


 先に誘われてよかった。

 前から食べに行きたいと思っていた店だけど、自腹だと厳しいお店だから。


「ご予約の野島様ですね。こちらの席にどうぞ」


 予約の力は偉大で、私たちはすぐに案内された。

 ゴーレムが案内してくれるけど、特に違和感はないな。


「この前、牛丼屋にゴーレムがいたけど、こんなに滑らかに案内してくれなかったな」


「牛丼チェーン店とこのお店じゃあ、価格が違うからな。ランクの低いゴーレムだったんだろう」


 ゴーレムにもランクがあって、やっぱりレンタル料が安いと、動作や喋り方がロボットに近い。

 必要なサービスに応じて、必要なゴーレムの性能に差があるからな。

 とはいえ、イワキ工業と古谷企画のゴーレムは、魔力波を利用したネットワーク通信ですべてのゴーレムがデータをリンクしており、安いレンタル料のゴーレムでも、最近他の企業や冒険者がレンタル及び販売し始めたゴーレムよりも圧倒的に性能は上だとか。


「メニューの注文は、タッチパネルでお願いします」


 席はテーブル席と個室もあるが、今日は店内の様子も見たいのでテーブル席にした。

 注文はタッチパネルなのが現代的だが、すぐにゴーレムがお茶やオシボリを出してくれるので特に問題はない。


「ダンジョンナマズフェアですか……。鍋、天ぷら、蒲焼重、どれも美味しそうだな」


「あっ、天然ウナギ強化月間だってさ。天然ウナギもいいな」


 タッチパネルですべてのメニューを確認してみると、メニューは恐ろしいほど豊富だ。

 しかし、天然ウナギなんてチェーン店で出せるものなのか?


「あとは、ハモ、トラフグ、クジラ……。天然魚介と山菜の料理も沢山あるな」


「前に、古谷良二が手に入れたって動画でやっていた、もう一つの地球で獲れたものかな?」


 もう一つの地球については、確認が取れないという理由で、日本政府もその存在を公式に認めていなかった。

 だがもし事実なら、天然ウナギくらい簡単に手に入るはずだ。

 なぜなら、もう一つの地球には人間が住んでいないと古谷良二が動画で言っており、ウナギが絶滅危惧種ではないのだから。

 古谷良二以外に採取する人がいないから、資源量の管理は楽だろう。


「それほど安くはないが、安売りするものでもないからな。ダンジョンナマズと、他にも色々と頼むか」


 同僚が適当に料理を頼むと、すぐにゴーレムが持ってきた。


「早いな! 大丈夫か?」


「でも料理は、熱々で出来立てですよ」


 提供までもっと時間がかかると思っていたら、あっという間に注文した料理が出てきた。


「混んでるから、事前に計算して調理してた?」


 いや、その方法はメニュー数が多いから不可能か。

 不思議だが、料理はすべて出来立てで美味しかった。

 厳選天然魚の刺身もあるが、長時間冷蔵庫に入れていたせいでドリップが出ているなんてとこもない。

 切りたてそのものだが、どうやってこんなにすぐに注文された料理を出しているのか不思議だ。

 そのおかげで、お店はとても混んでいるが回転率がいいように見える。

 注文した料理を待つ時間がないので、客がすぐに食事をとることができるからだ。


「なになに……。『フルヤサービスの店舗では、SDGs及び従業員の労働環境の整備と福利厚生の充実に努めております』か ……」


 冒険者が使う魔法の袋や、スキル『アイテムボックス』にものを収容すると、その中ではまったく時間が経過しない。

 つまり悪くならないので、このお店で提供される料理はすべて事前に優れた料理人とゴーレムたちが調理して同じ機能を持つボックスに収納してあり、注文に応じて取り出しているだけ。

 これにより、常に出来立ての料理が楽しめ、無駄なフードロスをなくし、調理人の労働環境の改善にも繋がっていると説明されていた。

 お店は社員やアルバイトで回しているが、接客用のゴーレムも多数配置されているので、忙しくて目が回るようなイメージはない。

 出している料理の値段が高いから、接客をしている従業員があくせく走り回るのは似合わないというのもあるのか。


「料理は高額だが、珍しいし美味しいからお客さんは多い」


「従業員の待遇はかなりいいようだけど、ゴーレムに任せられる仕事はすべて任せているから、他の飲食店よりも人件費も低いだろうな」


「食材のロスもゼロに近いから、食材の仕入れで無駄を出すことがないし、事業ゴミの費用も最低限で済む。細かいことだが、毎日続けば、かなり差が出るものだ」


 料理はどれも美味しかったが、 職業柄か。

 俺たちの会社は飲食店ではないが、取引先に飲食店がとても多い。

 どうしても経営の視点でそのお店を見てみてしまうのだが、この店は売り上げだけでなく、利益率も従来の飲食店では考えられないほど高いと予想できた。


「ダンジョンの出現で、飲食業界も大きく変わりそうだな」


「ああ」


「取引先で潰れてしまうところも出るだろうな」


 そうでなくても、飲食店はこのところの好景気で従業員不足に陥っている。

 従業員の給料は上昇する一方で、人手不足のため、黒字なのに閉店するお店のニュースを目にするようになった。

 テレビではそれを批判するが、私たちのような飲食業界と関わりのある人間は、彼らの批判におかしな点があることに気がついている。


「ゴーレムもレンタルなら、長い目で見ると人間の従業員よりも安く済むからな」


 ゴーレムのせいで、大手の飲食店ばかりが儲かり、個人店が沢山潰れている。

 冒険者に批判的な人たちは、そう言ってさらに冒険者を悪く言うが、実は個人店でちゃんとお客さんが入っているお店の方が、積極的にゴーレムをレンタルして労働力として活用していた。

 むしろ従来の、可能な限り安価に大量の料理を提供し、人件費も極力削る、みたいなお店の方が潰れているのが実情だ。

 古谷企画とイワキ工業は、常にゴーレムからデータを集めてその性能を上げようとしている。

 なので、似たような店舗とサービスが多い大手のチェーン店と同じぐらい、個人の飲食店にも優先してゴーレムをレンタルしていた。

 個人店は多種多様なので、そこでゴーレムを働かせた方がデータが沢山集まるからだ。

 それに、ちゃんと経営できている個人店なら、ゴーレムのレンタル料金ぐらい普通に出せた。

 『黒字なのに、人手不足で潰れたお店』の法則は会社にも当てはまる。

 売り上げが低くて将来の見通しがゼロで、従業員の給料も安くて定着せず、自分がやめたら誰も跡を継がないようなところがそう言っているパターンが多かった。

 経営者は、自分のお店や会社が自分の代で潰れることを嫌がる人が多い。

 だが、今の経営状態では収入が低くて誰も継いでくれない。

 そもそも、本当に利益が上がっているのに後継者がいないので立候補してくださいなんて話が出たら、すぐに目端の利く人が手をあげるはずだ。

 従業員が集まらず、後継者もいないということは、その会社なり飲食店に未来がないことの証明であった。

 黒字とは言うが、社長の収入が年収二百万円で、収益が一円でも黒字だと言い張っても間違はないのだから。


「ダンジョンナマズと天然ウナギの食べ比べ蒲焼重はいいな。天然ウナギは身がプリプリなのな」


「『身の状態のいい天然ウナギのみを使用しています』か」


「まあ、天然ウナギは個体によって身の状態や味に大きな違いがあるからな」


 天然ウナギは、生息している川の水質、食べていた餌などで、美味しさにかなり差がある。

 ちゃんと餌を食べていないウナギだと、身がパサつくことだってあるのだ。

 某グルメ漫画の天然ウナギ万能論は、飲食業界と関わっている身からすれば、間違っているわけではないが正解でもないと言ったところか。

 完璧な状態の天然ウナギならとても美味しい。

 一方養殖のウナギは、食べる餌をコントロールできるから、ハズレの個体が存在しないし、ウナギの美味しさである脂の乗りでは天然物に勝るというわけだ。


「天然ウナギの白焼き。これは最高だな」


「ハモとアナゴとダンジョンナマズの天ぷらとは豪勢だ!」


 コース料理でなく、自分たちが食べたいものを好きに頼んだが、今のところの合計金額は一人頭二万円ほど。

 確かに他の店よりも圧倒的に安く、客が押しかけるのも無理はない。


「ダンジョンで採取されたフルーツの種子を栽培し、育てたものをカットし、冷やしたものか。これも美味い」


 ただ甘いだけでなく、わずか酸味や苦みが残っていて絶妙なバランスなのだ。


「ダンジョン産の小麦、米、フルーツ、モンスターの乳で作ったアイスとケーキか……。これと、ダンジョンの天然氷を削って作ったカキ氷も頼もう」


 『ダンジョンの天然水ってどんな味なんだろう?』と思ったので注文してみた。

 普通のちょっとお高いフワフワの高級カキ氷だと思ったら、不思議なのは氷がなかなか溶けないことと、一度に口に入れても頭がキーンとしないことだ。

 かかっているシロップも、ダンジョンでドロップした果物の苗を育てたものを材料にしており、すっきりとした甘さと、芳醇な香りが残っていて美味しかった。


「ごちそうさま、美味しかったな」


「招待券がなかったら、一人頭三万円か……。でも、その価値はあるな」


「この店が、人気がある理由がよくわかったな」


 ただし、自分のお金で行くとなると年に一回か二回が限界かも。

 定年退職してから嘱託で残っている年配の社員たちが、バブル期には頻繁にこれ以上の値段のお店を接待で利用していたと自慢げに言っていたのを思い出した。

 あんたらはそれで楽しかったのだろうが、こちらは給料もなかなか上がらず、経費にも厳しい条件がついて散々苦労したんだ。

 これから状況が改善するようで、嘱託の爺さんたちは『夢よもう一度』と浮かれているようだが、同時に我が社ではリストラも開始される。

 嘱託になったのに、いまだに上司ヅラしている爺さんたちは、一人残らずクビになるはずだ。

 幸い会社の業績がいいので特別退職金を出すらしいから、自分たちは恵まれていると思って新しい仕事を探してくれ。


「お土産までついて、招待券様々だな」


「ダンジョンナマズの蒲焼重かぁ。奥さんと子供が喜ぶだろうな」


「明日からも仕事を頑張らないとな」


 確かに景気はいいんだが、同時にゴーレム、ロボット、AIの導入で、会社のお荷物だと評価された人間はリストラされつつある。

 求人は多いので転職は難しくないが、ニュースやネットで話題になっている『働かないおじさん』などは、確実に前職よりも給料が下がるはずだ。

 どの業種も平均給料は上がっているので、そこまで収入が減ることはないと思うが……。


「もしダンジョンが出現しなくて日本の景気が停滞していたら、地獄の惨状だったかもしれないな」


「どちらにしても、俺たちもちゃんと仕事をしないと、四十代、五十代になった時が怖い」


「努力しないとな。簡単にできる仕事なら、ゴーレム、ロボット、AIがすべてやってしまうんだから」


 お持ち帰ったお土産は、家族に好評だった。

 妻や子供たちが言うには、古谷良二の動画で紹介されていたから、みんな食べてみたいと思っていたそうだ。


「古谷良二や、ダンジョンの女神たちが紹介するものって、高いけど大人気なんだって」


「あれだけの再生回数を誇ればな」


 彼が動画で紹介したものは必ず流行する。

 だから世界中から広告依頼が殺到しているらしいが、彼は自分が商売で関わっている商品しか企業案件を受け入れないと聞いた。

 たまにまったく関係ない商品を紹介することもあるが、本人が気に入ったものしか紹介しないし、報酬も受け取らないと宣言している。

 だからどの企業の宣伝担当者も、自分の会社の商品が彼に気に入られ、動画で紹介されないかなと祈っているらしい。

 勝手にサンプルとして商品を大量に送りつけるなんてこともしているそうで、古谷良二はその気になればお金なんてなくても生活できそうだな。


「(さすがは、今世界一のインフルエンサーだよなぁ)」


 そんな彼とうちの会社は取引できるようになったのだから、頑張って業績を上げて、将来私もリストラされないように頑張らないと。

 景気が良ければいいで、別の苦労が存在するものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る