第140話 軍艦とエステ

「……えっ? 軍艦がこんなにドロップしたんだ。凄いね」


「アメリカのニュースは見ましたけど、古谷さんならもっと沢山手に入れても不思議ではないですか……」


「ええ。ドロップアイテムとして出てきたのですが、ダンジョンで使うことができませんし、一般人が軍艦を持っているのもどうかと思うので、全部日本政府に物納します。幸い、ダンジョンに取り込まれてドロップアイテム化した影響で、魔力で動くんですよ。だから、改装して使えばいいのでは?」


「海自で運用できるかな?」


「駄目なら、他の国に売却してそのお金で納税することになると思いますけど。本当にそれでいいですか?」


「よくはないね。田中総理に言って、日本政府に全艦引き取ってもらうか」




 第二次世界大戦で戦没した多くの軍艦たち。

 その大半をドロップアイテムとして手に入れたが、俺たちが所有しても持て余すだけなので、日本政府にすべて物納した。


「戦艦大和を始めとして、戦艦八隻と……。あれ? この艦は……」


「戦艦土佐のようです」


 西条さんと東条さんは、海上にリストに載っている謎の戦艦に首を捻っていた。

 戦艦土佐は、日本海軍が八八艦隊計画で建造した長門の改良拡大版であったが、ワシントン海軍軍縮条約により建造中止となった。

 進水はしたが、標的艦として利用されて自沈処分となっている。

 調べたらそう出たが、ようは沈没艦の一種なので、ダンジョンによってドロップアイテム化してしまったようだ。

 大きな主砲が五つもあり、長門よりも大きい。


「空母は、赤城以下二十隻、巡洋艦以下二百隻を超えている。潜水艦もありますね。凄い数だ」


「富士の樹海ダンジョンで、集中してドロップしたんですよ」


「深い階層だから、特殊なドロップアイテムが連続して出たわけですね」


「価値も……。上手くお金になるといいな」


「魔力で動く軍艦の機関部と、実は戦艦の大口径砲、特に大和の四十六サンチ砲なんて完全にロストテクノロジー化していますし、魔力で弾丸を発射する魔砲に、世界中の軍事関係者が注目しているんですよ。どうしてだと思いますか?」


「レールガンに似ているから?」


「正解です。上手く交渉して、日本政府に高い評価額をつけてもらいましょう。その分今年の税金も減るでしょうから」


「しかしまぁ、あれだけの数の軍艦をどうやって管理するんでしょうか?」


「そのぐらいのことは、役人たちもいい年をした大人なので、なんとか考えますよ。考えられなかったら、キャリア官僚なんてやる意味がないです」


 西条さんは、無能な役人には辛辣だよな。

 ドロップアイテムとして手に入れた古い軍艦だが、 すべて日本政府に物納することになった。

 現在評価額を計算中で、その金額が多ければ多いほど、俺は現金を納税しなくて済むようになるので、古の軍艦たちは節税の役に立ってくれたわけだ。

 個人が軍艦なんて持ってもトラブルしか発生しないと思うので、日本政府に物納を承諾させた西条さんと東条さんには感謝だ。

 ただ俺は、空中都市内にあるムー文明の兵器類を所持しているので警戒されているだろうけど、防衛用の設備という扱いなのでそこは気にしないで……無理だろうけど。





「はうぅーーー、体が蕩けるように心地いいですぅ、癖になりそうです」


「リョウジ君って、マッサージ師やエステシャンもできるんだね」


「勇者は万能職だからさ。それに、魔王退治ってのは過酷だから、治癒魔法だけだと体が完全に回復しなかったりする。HPだけ回復すればいいって話ではなく、体を酷使する冒険者には、こういう体のメンテナンスも必要ってわけ。しなくてもいいけど、コンディションが全快しなかったり、冒険者としての現役期間が短くなるなどのデメリットもあるから、マッサージやエステで体を解してメンタルと調子を保つのも大切なのさ」


「体の傷だけが癒えればいいって話ではないんですね」


「お肌の張り、艶、シワの有無にも大きく影響するけど」


「それはいいことを聞きました。良二さんの魔法薬のおかげで体から傷はなくなりましたけど、そう言われてみると、疲労が増すと肌がくすむような気がしていたんです」


「ボクもそれは感じた」


「日焼け止めを塗っても、肌が少し黒ずむような気がしますし」


「アヤノは肌が白いのにね。私も疲れると、胸やお尻の張りが悪くなるような気がしていたの。今は絶好調ね。リョウジ、あとで個人的にお礼をしてあげるわ」



 今日はお休みなのと、イザベラたちへのプレゼントを兼ねて、裏島の屋敷で彼女たちをマッサージしていた。

 決して厭らしい理由ではなく、冒険者は体を酷使するので、定期的に体のメンテナンスをした方がいいという理由からだ。

 治癒魔法で十分という意見もあるが、体の凝りや疲労感は冒険者のパフォーマンスを大きく落とす。

 この俺ですら、向こうの世界で魔王と戦っていた時、マッサージ専用のゴーレムを製造、所持していたほどなのだから。

 ちなみに、プロト1と黒助にはマッサージはさせなかった。

 マッサージ専用のゴーレムは、当然ながら指先が特別製であり、そうでないプロト1と黒助が人間の体をマッサージしたら痛いし、傷ができるからだ。

 マッサージ専用ゴーレムの指先の素材は希少なモンスターの素材で作るので、一般人が思っている以上に高コストだ。

 なにしろ向こうの世界では、金持ちしか所持できなかったからな。

 人間の肌は繊細なので、ゴーレムの指先を硬い素材にできない。

 巨大なナメクジ型モンスターの粘液を材料にした特別製の指でマッサージすると、肌に傷がつかず、保湿効果もあるので、マッサージ用ゴーレムの指先の素材には最適だった。


「リョウジさんはほぼお一人で活動していたと聞きましたが、ご自分で体の施術を行っていたのですか?」


「自分で自分の体を処置するのは難しいから、当然製造したマッサージ型ゴーレムに任せたけど、ちゃんと自分で施術できないとマッサージ型ゴーレムにマッサージや施術のやり方を入力できないから、こうやって自分でもイザベラをマッサージできるのさ」


「リョウジさん、とてもお上手ですね。前に一度だけエステを利用したことがありますけど、はるかに気持ちよくて、肌もツルツルに……。あれ? ここには、小さなシミがあったはずですけど……」


「俺が調合したジェルでマッサージすると、小さなシミくらいなら消えるのさ」


「凄いですわね。小さなシミやシワは、女性冒険者の大きな悩みですから」


「HPが減るダメージに関係ない傷やシミは、治癒魔法と魔法薬でも治らないことが多いよね」


「大怪我だと完全に治るのに不思議です。HPの減少に関係ない傷はリョウジさんの魔法薬で治せるようになっていましたけど、お肌の荒れはHPと関係ありませんからね」


「リョウジ、私のシワとシミも治して。見てよ。最近疲れすぎなのか、胸のところに小さなシミができてしまったの」


「リンダさん、レディーがはしたないですわよ」


 リンダがタオルを外してその素晴らしいボディーを俺に見せつけるが、定期的に拝んでいるものだから特に問題は……さすがはアメリカン!

 見事な大山脈だけど、確かに小さなシミが確認できた。


「イザベラはお嬢様よね。でも私の裸なんて、リョウジは隅から隅まで知ってるじゃない。リョウジ、以前はなかったはずのシミは治らないの?」


「エラーみたいなものだからさ」


「「「「エラー?」」」」


 マッサージを受けているイザベラたちの声が重なった。

 冒険者はよく怪我をするし、体を酷使するから、治癒魔法とポーションを多用する。

 当然HPの減少に影響する傷の回復が優先されるので、疲労の蓄積が原因でできたシワ、シミ、肌の硬化などは見逃されることがあるのだ。

 そして、一度そういうシワやシミができると、もう治癒魔法や俺が作った特製の魔法薬でも治らない。

 向こうの世界ではそういう現象を『エラー』と呼んでおり、女性冒険者たちの大きな悩みでもあった。


「その小さなシミとシワが消えなくても、冒険者としてのHPに影響力が出るわけじゃないでしょう?」


「ええ、冒険者として戦う分には問題ないですわね」


「女性としては悩ましいですけど……」


 綾乃の言うとおりで、細かなシワ、シミ、肌のくすみに悩んでいる女性冒険者はこの世界にも多かった。

 男性冒険者にもいるらしいけど、今は男性も化粧をする時代だから、そういう男性冒険者がいても不思議ではないか。


「治癒魔法と魔法薬が、小さなシワやシミを見逃してしまうんだ。不思議だよね。ボクたちが困る不思議さだ」


 ホンファも、なかなか消えない体の小さなシミとシワを俺にアピールしてきた。

 なかなかに艶っぽいが、今はマッサージに集中しよう。

 美女に変装した魔王の配下に誘惑されたこともある俺は、それができる子だから!

 それに、マッサージを施して綺麗になったイザベラたちとイチャイチャした方がいいよね。


「でも普通は、次に治癒魔法やポーションを使ったら、その小さなシワやシミは消えないかな? 何回、その小さな傷やシミに治癒魔法とポーションを使っても消えてないんだよねぇ」


「最初に消えなかった時点で、小さなシワやシミがある状態が通常だという扱いになるからね」


 エラーのせいで、お肌の小さなシワやシミがある状態が通常になってしまうから、新たに治癒魔法や魔法薬を使っても消えなくなってしまう。

 あくまでも、HPを減らす原因である傷にしか対応しないからだ。

 だからシミとシワを消すとなると、特別なジェルやマッサージが必要になるわけだ。


「そうだったのですか。実は知り合いの女性冒険者たちが、いくら高価なエステで施術を受けても、シミやシミにほとんど効果がないと嘆いていましたから」


 女性冒険者の方が魔力を持つ人の比率が高いので、活躍して稼ぐ人は多かった。

 だが、活動すればするほど、お肌の悩みは増えていく。

 お肌のメンテナンスでエステにお金を使う人が多いので、このところエステ業界は繁盛していると聞く。

 だが、その効果は必ずしも高くはないようだ。


「傷、シミ消しの化粧品もよく売れているそうです」


「エステで消せないから、化粧品で消すのか……」


 前に化粧品業界の売上が、それも高級化粧品の市場が好調だと前に聞いたのは、シミやシワを隠すためなのか。

 いくら高級化粧品でも、塗れば傷がなくなるわけがないからな。


「私たちも悩んでいたのですが、こんなにすぐに消えてしまうなんて……」


「俺としても、イザベラたちには綺麗でいてほしいからさ。同時に全身の筋肉を揉みほぐし、冒険者としてのパフォーマンスも上がるってわけだ」


 体の凝りはバカにできない。

 たとえHPは全快でも、凝りがない時に比べると動きが鈍くなったり、ぎこちなくなるからだ。


「ありがとうございます、リョウジさん」


「他にも悩みがあれば聞くよ」


「はいはい、無駄毛の処理を楽にしたいです!」


 ホンファ……。

 悩みを聞くとは言ったけど、なかなかにストレートだだな。

 その分信用されているという証拠なんだけど。


「リョウジ君も、全身に無駄毛のない彼女の方がいいよね?」


「そうだねぇ」


 本当は、そう言いきれるほど女性経験がないのだけど。

 そういえば、欧米の女性は無駄毛を処理する人が多いとか。

 ホンファは香港出身だけど。

 ちなみに向こうの世界の女性も、特に上流階級の女性はエチケットとして、冒険者は衛生的な理由で○○パンだって聞いていた。

 えっ?

 実際に見なかったのかって?

 そんな時間がなかった……なんて言ってしまう俺は、そりゃあ童貞のままこっちに戻る羽目になっても仕方がないというか……。

 今は、美しくて優しい、○○パンな彼女が複数いるぞ。


「無駄毛処理は、このジェルを塗り込んで待てばもう二度と生えてこないけど、二度と生えてこなくなるからこそ、慎重に判断すべきだと思う」


 あとで、やっぱり毛が生える方がいいと言っても手遅れだからだ。

 実は髪を生やす魔法薬もあるけど、材料を集めるのがとてつもなく面倒だし、調合はもっと面倒だからだ。


「便利ですね。もし市販されたら、売れると思いますよ」


「無駄毛に未練はないもの。リョウジはすごい魔法薬が調合できるのね」


「じゃあ、これも使うね。ボクは冒険者にして武闘家だからは、毛がない方が動きやすいし、永久脱毛したらチクチクすることもないからね」


「日本人で脱毛している人は少ないと思うのですが、リョウジ様がそちらの方がよろしいと言うのなら……」


 俺は四人の体をマッサージしながら、シワ、シミ消し、脱毛ジェルを塗り込んでいく。

 すると、四人の全身は無毛になり、ツルツル、ピカピカになった。

 あとは、やはり俺が調合した薬湯に浸かるとお肌に潤いが出て、日焼けや紫外線からも守ってくれる。

 この薬湯の成分を使った日焼け止めも、あとで四人に渡そうかな。

 ダンジョンに潜る冒険者は、そこまで日焼けを気にしない。

 特殊な階層以外は暗いから、そんなに日焼けはしないからだ。

 レベルが上がると、日焼けしにくくなるというのもあるか。

 でも、外出する際にはあった方が便利だろう。

 お肌のコンディションが悪い状態で日光に当たると、日焼けしやすくなるからだ。


「これまで消えなかった、シワやシミが消えてよかったです」


「さすかはリョウジ君」


「体の凝りもなくなって、動きがスムーズになりました」


「リョウジも一緒にお風呂に入りましょう」


 マッサージや施術を終え、屋敷のお風呂に入れた薬湯のおかげで、イザベラたちのお肌はシワ、シミ一つなくなり、無駄毛もすべて処理したので、その裸はとても刺激的だった。

 綾乃が屈伸運動して、マッサージの効果を確認しているが見えてしまう……以前から彼女の裸を見ているから問題ないか。

 このあとは、みんなでお風呂を楽しみ、長い夜を過ごすのだけど、その様子は動画にはあげないぞ。

 プライバシーの保護は最優先なのだから。





「素晴らしい魔法薬の数々ですね。是非、定期的に購入させてください」


「いいですけど、あなたが冒険者専用のエステサロンを?」


「はい、私は冒険者特性が出るまではエステシャンだったんです。ジョブが僧侶なので、女性冒険者たちの美容相談に乗っているうちに、治癒魔法だけでは限界があるなって感じまして……。是非、古谷さんが調合した魔法薬を用いた、冒険者専用のエステサロンを経営したいのです」


「確かにこれからは、そういう場所も必要になるでしょうね。稼ぐ冒険者なら、高額の利用料金を支払えないわけではないですから」


「自分なりに治癒魔法を改良して、女性冒険者たちに施術を施しているのですが、 私のレベルとジョブでは限界があるみたいでして……」


 二十代前半くらいだろうか?

 イザベラの友達だという日本人女性、紺野由美さんは、僧侶のジョブを生かして、ダンジョンに潜る合間に女性冒険者の美容相談に乗っているそうだ。

 冒険者になる前はエステシャンだったそうで、確かに美容には気を使っているのがよくわかった。

 とても美しいお姉様で……。


「痛ぇーーー!」


「あら。イザベラさんたち以外の女性に興味を持つと、古谷さんは有名なのでスキャンダルになってしまいますよ」


 綺麗だなと思ってちょっと長く彼女を見ていたら、イザベラたちにお尻を抓られてしまった。

 そんな気はまったくないのに……。


「この上野公園ダンジョン特区に、冒険者専用のエステや整体院を作ろうと思うのです。冒険者の体をメンテナンスするためですね」


「それはいいアイデアですね。そうした方が、無視できないほど冒険者の負傷、死亡率が下がり、成果も上がりますから。私も力を貸しましょう」


「天城さん、詳しいですね」


「私も自分なりに情報は集めているからね」


 商売の話だったので、その場には俺の友人である動画配信者にして企業経営者でもある天城さんも同席していた。

 商売の話なら、俺よりも彼の方が詳しいからだ。


「古谷君から仕入れた各種魔法薬とマッサージ型ゴーレムを運用すれば、ほとんど人手を使わずに経営できますし、女性の肌の傷、シワ、シミを完璧に除去でき、一度で終わる脱毛も、これは商売になるね。ところで、古谷君の魔法薬で加齢が原因のシワの除去も可能でしょうか?」


「年を取ると完璧とまではいきませんが、同じ年齢のシワを除去していない人よりも圧倒的にお肌はツルツルで若く見えます」


 向こうの世界のお金持ちの女性は、魔法薬によるシワ取りのおかげで若く見えたからなぁ。

 お金がない庶民の女性は、年相応……いや、生活レベルが低かったから、実年齢よりも老けた人が多かった。

 やはり体を酷使し続けると、HPは減らなくても、体にガタがきてしまう。


「お客さんは冒険者で若い人ばかりですけど、この世界にダンジョンが出現して三年ほど。疲労や体の凝りでパフォーマンスが落ち始めた人もいます。なので冒険者向けのエステ、マッサージ、整体、薬湯、サウナなどがあれば、きっと多くの冒険者で賑わうようになると思いますよ」


「社長、 絶対に赤字にならないでしょう」


「プロト1の予言は正しいからなぁ」


 プロト1も賛成したので、天城さんが協力して、紺野さんは上野公園ダンジョン特区内に、冒険者専用のリラクゼーション施設を作った。

 人間の従業員はほとんど存在せず、ゴーレムたちが接客や施術をこなす。

 俺から仕入れた、お肌の傷、シミ、シワを完全に除去するジェル型魔法薬各種、まったく痛みがなく、一回で済む完全脱毛に使うジェル。お肌の潤いを保ち、紫外線を完全に防ぐ薬湯、体内の気や魔力の流れを正常に戻し、体の歪みを直すマッサージで使うクリームやパックなど。

 利用料はとても高価だが、美容や健康に絶大、冒険者としてのパフォーマンス維持に大きな効果があるので、すぐにお客さんで満席となった。

 ただ、一つだけ大きな誤算が……。


「冒険者以外の女性が多いですよね、これ」


「使っている魔法薬がダンジョン特区内でしか使えないですし、 利用料が冒険者向けなのでかなり高額なんだけど、ここまで綺麗になれると動画で流されたら、世界中からセレブたちが集まってきたようです」


 冒険者でなくても、お肌の状態で悩んでいたり、美容への関心が深い一般人……主にお金持ちの女性が多かったというわけだ。

 オープン前に俺たちの動画チャンネルで、悩める女性冒険者たちにテストで施術を施したら彼女たちの肌が劇的に綺麗になったので、それを見た世界中のセレブな女性たちが日本に飛んできたというわけか。


「世界中の冒険者特区と、魔法薬を合法的に使える国や都市で支店を作りましょう。 フランチャイズ形式で、マッサージ型ゴーレムの貸与や、各種魔法薬を卸せば、かなり儲かると思うよ」


「卸している魔法薬は、作るのはそんなに難しくないから」


 俺に言わせると、お肌の傷、シミ、シワよりも、一度死んだり、瀕死状態の人間を治癒魔法で回復させる方がはるかに難しい。

 施術で使う魔法薬を新しいリラクゼーション施設のフランチャイズ店に卸し、インフルエンサーらしく新しい商売をすることにしよう。


「僕も、日本の冒険者特区内にフランチャイズ店舗をオープンさせようかな」


 美容にお金を惜しまない女性は一定数存在する。

 俺が始めたリラクゼーション施設は、あっという間に世界中に広がっていった。

 ただ一つ誤算だったのは、利用者の大半が女性冒険者だと思っていたら、美容に興味がある一般女性の方が圧倒的に多くお店に押しかけ、あまりに混みすぎてどのお店も半年先まで予約が取れないような状態になってしまったことだ。

 これでは、日々のモンスター討伐で体の調子を落とした冒険者が利用できなくなってしまうので、上野公園ダンジョン特区内にさらにいくつかの支店を作ることになった。

 どうして特区の外に作らないのかといえば、日本には規制が色々とあって、ダンジョン内で冒険者が使用する以外での、一般人の治癒魔法と魔法薬使用は禁止とされていたからだ。

 実際のところは、冒険者特区内に入れば自由に使えるので、現代医学では完治できない怪我や病気の治療と美容のため、世界中から多くの人たちが上野公園ダンジョン特区を訪れている状態だ。

 国の認可が下りていないので、当然治癒魔法と魔法薬は自由診療という扱いになり、さらに治癒魔法使いはダンジョン攻略が優先されるので、治療費は億を超えることも珍しくなかった。

 元々治癒魔法使いは少なく、需要と供給に著しい偏りが存在したからだ。


『私も、新しいリラクゼーション施設で施術を受けた結果、そのようにお肌からシミ一つなくなりました。脱毛も一回で終わらせることができますし、女性冒険者たちには是非お勧めします』


『ボクも、武闘家系だから体中に小さな傷跡があったんだけど、全部消えてスッキリ』


『体が資本の女性冒険者は、ここを利用することをお勧めします。利用料金はかなりお高いですが、 お値段以上の価値があると思います。男性冒険者も、コンディションを整える効果があるので通うといいですよ』


『さすがは魔法薬。効果絶大だわ。ダイエット効果もあるのが嬉しいわね』


 無料モニターになったイザベラたちと女性冒険者たちが、肌から一つ残らず傷、シワ、シミなどが消えたと証言する動画は世界中に衝撃を与え、これが世界中から美を求める女性たちが上野公園ダンジョンに押しかける原因となっていた。

 同時に、世界中の冒険者特区のみならず、アメリカ、香港、ヨーロッパ、中東等々……。

 世界中から、リラクゼーション施設の支店を出さないかという話がくるようにもなった。


「イザベラさんたちの宣伝動画で、火がついたという感じだね。で、どうするの?」


「天城さんが、俺から魔法薬を仕入れてフランチャイズ経営すればいいのでは?」


「うーーーん。フランチャイズのオーナーなら、魔法薬の仕入れで首根っこを掴めるから、現地の事業者でいいんじゃないの? 僕は日本での事業が忙しくなりすぎて、海外に出店している暇はないんだよ。今は日本での商売に力を入れて優先権を握っておきたいんだ」


「優先権?」


「今の日本では、新興企業の方が有利なんてケースは多いからね。特に、ゴーレムを使える業種では」


 天城さんは、俺が始めた店舗や事業のフランチャイズや、自らもダンジョン産食品の卸しや通販業などを始めて大成功を収めていた。

 なるべく人間の従業員を雇わず、多数のゴーレムをイワキ工業や俺からレンタルし、すべての事業で高収益を上げていると、前に西条さんと東条さんが感心したように話していた。

 元エリート官僚である二人から見ても、天城さんは優秀な経営者というわけだ。


「新規事業者の方がAI、ITと、ゴーレムを導入して人間の従業員を極力減らし、生産性と利益を上げることができるからね。既存の日本企業は今どこも好景気なのに、潰れるところは増えているし、黒字でもリストラの真っ最中だからね。それでも簡単に正社員クビを切れないから厳しいはずだ」


「そんなことを言っていると、俺みたいに殺害予告をされますよ」


 ゴーレムが徐々に普及することにより、多くの企業がリストラを行い、失業者が増えたと騒ぐ人たちが増えてきた。

 実際に失業率を見てみるとそうでもないのだが、これは日本が再び経済成長を始め、それ以上に新業種の求人が増えているからであった。

 どうしても、まだゴーレムにはできない仕事が多いからだ。

 それに、今の日本は魔石と魔液を世界中に輸出している。

 わざわざ嵩張る魔液を輸出しているのは、世界にはまだ高品質な魔液を作る技術力がない国が沢山あるからだ。

 使わなくなった原油と天然ガスを運ぶタンカーを改良し、日本は世界中にエネルギーを輸入ではなく輸出している。

 同時に、金属の精練や加工、ありとあらゆる素材製造、モンスター食材の解体、加工の仕事が日本に増えつつあった。

 製造業も日本に戻り始めている。

 なぜなら、金属の鉱石やモンスターの素材は日本にあるからだ。

 わざわざ日本から材料を海外の工場に輸出するよりも、日本の工場で加工した方が手間もかからない。

 コストの問題だが、現在日本中の地価が安く広大な土地で、ゴーレムの大量使用を前提とした大規模工場が建設されつつある。

 さらに、ムー文明の兵器類や、ドロップアイテムで手に入れた軍艦の改造、運用のあって、予算が増えた自衛隊が大量に隊員を募集していた。

 人手不足のため給料は上昇傾向にあり、有効求人倍率も上がっているので、今のところは完全な言いがかりだが、彼らは元から冒険者が格差の原因だと言って批判してきた。

 ゴーレムが人間の職を奪うというフレーズには、一定の説得力があったのだ。

 それもあって最近では、動画のコメント欄や、SNSに殺害予告をする人が増えていた。

 残念ながらそんなことをすると、すぐに顧問弁護士の佐藤先生が動いて捕まってしまうのだけど。

 実際、 俺に対する殺害予告で何人か逮捕されているしなぁ。


「会社というのは、利益をあげるのが目的だからね。どうしても生産性を上げて利益を追求しないといけないから、ゴーレムなんて便利なものがあれば使うに決まっているさ」


「同時にダンジョンがなくなった時に備えて、水素燃料、核融合技術、AI、ロボットの開発も進んでいるから、もし冒険者がいなくても、これからの未来って、どうしても仕事を得られない人が増えてしまうかもしれませんね」


「ただその時には、仕事をしなくても特に生活に困ることはない。なんて時代になってしまうのかも」


「結局なるようにしかならないってことですか。日本の冒険者特区内のリラクゼーション施設なら、そう時間をかけずに支店網が作れるな。天城さんがやってくださいよ」


「そこで使う魔法薬は現時点で古谷君しか作れないから、むしろその方が効率よく儲けられていいかもしれないね」


「今、剛にリラクゼーション施設で使われている各種魔法薬の作り方を教えていますから、すぐに作れるようになると思います。今も動画撮影に参加しないで、一生懸命魔法薬の試作を繰り返していますからね」


「剣君は、あの動画に出なくて正解だよ。彼も動画チャンネルを始めて人気だけど、彼の動画のチャンネル登録者って99パーセントが男性で、彼もそういう層が喜ぶ動画しか投稿しないんだよね。リラクゼーション施設の宣伝には不向きだよ」


「剛の動画はなぁ……」


 剛の動画チャンネルって、飲食店のデカ盛りメニューに挑戦とか。

 駄菓子屋で大人買いをしたり、一人で食べ放題の焼肉屋に行ったり。

 夏の夜に突然、山にオオクワガタやカブトムシを採りに行ったりと。

 イザベラたちはどこが面白いのかまったく理解できていなかったが、男子が喜びそうな動画が多い。

 俺も剛の動画が更新されると、つい見てしまうのだ。

 実際、週に二~三回しか投稿していないけど、彼も世界で有名な動画配信者になりつつあった。


「彼がリラクゼーション施設で使う魔法薬を作れるようになったら、お店が増えても大丈夫だね。女性は美容のためなら大金を出すからさ」


 俺が始めたリラクゼーション施設だが、直営店は上野公園ダンジョン特区内にある五店舗……客が増えすぎて支店を増やす羽目になった……のみ。

 他の日本国内の冒険者特区内にある店舗は、ほとんど天城さんが経営することになり、世界中に新たに多数オープンしていく支店は、すべて海外の事業者が経営することになった。

 どうせ俺と、のちには魔法薬師である剛が作れるようになった魔法薬がないと経営できないので、それを卸すだけで莫大な利益を得られる俺はとても楽でよかったのだけど。


「ですが、良二様は沢山魔法薬を作らないといけないので大変そうですね」


「今ではゴーレムたちに任せられる部分が多いから、思ったよりも大変じゃないよ」


 裏島に大規模な製薬工場が完成し、そこでゴーレムたちが頑張って様々な魔法薬を生産している。

 俺は忙しくなりたくないので、これも生産性の向上の一環ということで。

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