第138話 復活の軍艦

『……紫色の宝箱が見つかりました。罠も無事に解除できたので、なにが入っているのか確認してみましょう』


『リーダー、 紫色の宝箱はいいものが入っているって、ダンジョン探索情報チャンネルで言っていたから楽しみだね』


『そうだな』




 俺たちは、『ドラゴンテイル』という名の冒険者パーティだ。

 戦士でリーダーである俺と、盗賊、魔法使い、僧侶と、戦力的にもバランスが取れており、平均レベルも800を超え、富士の樹海ダンジョンの十階層あたりで稼ぎに稼いでいる。

 同時に撮影機材も導入して動画の撮影を始めており、こちらもかなりの視聴回数を稼いで、インセンティブ収入を得ることに成功していた。

 ダンジョン探索情報チャンネルほどじゃないけど、俺たちだって会社を作って毎年億単位の収入を得ているから、十分に成功者と言えるだろう。

 今日もモンスターを倒しながら動画を撮影していたのだが、運よくモンスターが紫色の宝箱を落とした。

 紫色の宝箱は、その大きさ以上の品物が入っているケースが非常に多い。

 ダンジョン探索情報チャンネルのみならず、他の俺たちと同じくらいのレベルの冒険者たちが、高価で大きなお宝を得ていることは有名だった。


 大量の金貨ってのが、一番多いパターンだ。

 あとは、新品同様で魔力で動くようになった家電やビンテージ物の車とか。

 車は、大昔に廃車になって地面に埋められていたものが、ダンジョンによって吸収、修繕されてドロップアイテム化したそうだ。

 ビンテージ物で、さらに魔力で動くってのが今の時代に合っているそうで、コレクターや投資目的の金持ちに数千万円で売れた、なんてニュースを見たことがある。

 他にも、バイクとか、中には遺棄された昔の兵器が魔力で動くようになってドロップアイテム化し、それを世界中の国が奪い合っているとか。

 どの国も、化石燃料で動く兵器の類が一瞬でガラクタと化してしまったからな。

 魔液でも動くことは動くが、元々化石燃料で動いていた時も兵器というのは非常に燃費が悪い。

 エンジンの重要部品をミスリルメッキしていないと、すぐにガス欠になってしまうので、実質置物扱いされていた。

 エンジンの重要部品にミスリルメッキをしても、化石燃料を用いていた頃よりも燃費が大幅に落ちてしまうので、現在世界中の国が国防をどうしたものかと悩んでいると、前にニュースで見たな。

 そんな中、あのダンジョン探索情報チャンネルの古谷良二と彼のパーティメンバーは、なんと伝承扱いでその存在を疑われていたムー文明の発祥の地である小島とそこにあるダンジョンを見つけ、日本の領地と領海と経済的排他水域を広げることに成功した。

 さらに、ムー文明は現在よりもはるかに科学技術が進んでおり、すべての国民が空中都市に住んでいたそうだ。

 その空中都市は、別世界に飛ばされた際にドロップアイテム化してしまったそうだが、古谷良二が無事に手に入れた。

 そして今では、太平洋上に浮かぶ巨大な空中都市の主となっていた。

 すべてダンジョン探索情報チャンネルからの情報だが、大分遅れて日本のワイドショーでも大騒ぎしていたな。

 中には、そのような個人が持つには問題があるものは、日本政府が没収すべきだとか。

 国連の管理下に置くべきとか。

 自分のものでもないのに、ワイドショーに出ている自称知識人だの文化人というのは、どうしようもない連中が多い。

 俺たちのように、命がけで稼いでいる冒険者からすれば、口先だけで金を掠め取る詐欺師のような連中だ。

 中にはまともな人もいるって?

 もしかしたらいるのかもしれないな。

 いまだに俺は、そんな自称知識人に会ったことがないが。

 結局古谷良二は、空中都市に配備されていた、優れた科学技術を用いて作られた兵器類を大量に日本政府に税金として物納した。

 当然アメリカや他の先進国にも分配され、世界中の国は現在新しい国防体制の構築と、新兵器の運用、配備、生産で忙しいようだ。

 幸い、ダンジョンのおかげで景気はいいので、平和ボケした日本でも防衛費をかなり増やしたとニュースでやっていた。

 野党は相変わらず、『防衛費の増額には反対だ。兵器よりも人間に投資するべき。軍拡競争は果てなく続いてろくなことにならない。日本は外交力を強化すべきだ』などと言っていた。

 口先三寸で国が守れる? 

 彼らにはそういうスキルがあるのかね?

 まあ、彼らは相変わらずだとしか言いようがない。

 ダンジョン大国である日本は守るものが増えたので、国民の多くはそれを守るための防衛予算の増額に賛成した。

 そのおかげで、古谷良二が物納したムー文明の兵器類の配備と、訓練、研究、試作が始まっている。

 自衛隊は常に人手不足だったが、ゴーレムのおかげで省力化が進み、それも解消しつつある。

 冒険者特性がある自衛官が、かなり退職してしまったからな。

 現役の自衛官が、老害大物政治家に乗せられて部隊を脱走、さらに戦車などの兵器を盗み出し、ビルメスト王国という国で戦闘に参加してしまったものだから、このところずっと国民に叩かれていたからだ。

 続けて先日、警察も冒険者と揉めた挙句に暴走しようとして警視総監とその一派が更迭されたりもしたっけ。

 定期的に出現するようになったハグレモンスター対策の名目で、高レベル冒険者たちを支配下に置こうとして失敗した。

 ジリ貧になった自衛隊も警察も消防は、それでも独自に冒険者特性を持つ隊員で特殊部隊を作ろうと努力していたが、そもそも冒険者特性があったら、公務員になどならず、冒険者になった方がお金を稼げるのだ。

 さらに以前、警察と自衛隊が苦労して編成した特殊部隊は、富士山上空に出現した金色のドラゴンによって全滅しており、最近日本政府が冒険者特性を持つ者が集まらないのであれば、合同で特殊部隊を作ればいいと考えたが、そこは縦割りで仲が悪い日本のお役所の業だろう。

 指揮権をどうするか、どこが主導権を握るかで醜い三つ巴の争いが発生し、それに嫌気がさした冒険者特性を持つ隊員たちが続々と退職してしまい、結局どの組織にも特殊部隊を作れるほどの冒険者特性を持つ者がいなくなってしまった。

 ハグレモンスターは望遠者有志が対応し、その後処理を自衛隊、警察、消防が行う。

 そういうことになり、しかしお上ってのはなんでも仕切らないと気が済まないんだなと、冒険者たちは呆れたものだ。

 そのせいで、未来永劫ハグレモンスターに対する権限を失ってしまったのだから。


 それでも、防衛費や警察、消防予算の増額が認められたというのは凄いことだけど。

 自衛隊のみならず、警察と消防もゴーレムを投入することで人手不足を解消しようとしているので、ダンジョン特需様々というやつであろう。

 そんなわけで、もしダンジョンから魔力で動くようになった兵器類が出ると、国が高く買ってくれるようになったのだ。

 魔銃はそうでもないが、大きな兵器ほど高く売れる。

 そんなわけで、期待しながら紫色の宝箱を開けてみると……。


『『大袋』だ! 当たりだ!』


『やったな、リーダー』


『戦車かな? 装甲車とか?』


『ヘリや戦闘機かもよ』


 動画を撮影しながら、俺たちは喜びの声を上げる。

 紫色の宝箱の中に『大袋』が入っていた時は、その場で中身を開けると大変なことになるので、広い場所で開けなければいけない。

 下手に狭いダンジョン内で開けると、その空間がドロップアイテムで埋まってしまい、誰も通れなくなってしまうことがあるからだ。

 ただ大袋が出たということは、かなり巨大なドロップアイテムを手に入れたことになる。

 最近、車両や兵器の類が手に入ることが多いので、かなりの高値で売れる可能性があった。


『やったな』


『今日の探索はこれで終わりにして、外に出て大袋に中になにが入っているか確認してみようぜ』


『賛成!』


『動画も、ちゃんと撮れ高を稼げたからな。無理は禁物だ』


 俺たちは、『エスケープストーン』で地上へと戻る。

 ダンジョンコアを持っていないと、自分たちがクリアーした階層へ飛ぶことはできるが、帰りは自力で地上に戻らなければならない。

 それをしなくて済むエスケープストーンは、高レベル冒険者の必需品であった。

 イワキ工業か、古谷良二を始めとするアイテム作成に長けた冒険者から購入できるが、一個百万円は安いと思う。

 以前はせっかく成果を得たのに、帰りで力尽きてしまう冒険者が多かった。

 そうなる者が少なくなったのも、古谷良二のおかげだろう。





「大袋ですね。どのような大きさの物が入っているかわからないので、倉庫で開けてみましょう」


 買取所の職員にそう言われた。

 最近、買取所に隣接する巨大な倉庫が建設されたが、上野公園に余剰の土地などあるわけがないので、外見以上の広大な空間は、イワキ工業が建設した別次元技術に由来するものだ。

 魔法の袋や『アイテムボックス』の技術を流用したもので、倉庫の中には広大な空間が広がっており、ドラゴンの死体を数百匹置いてもスペースに余裕がある。

 ダンジョン及びそれを囲う冒険者特区は狭いので土地不足が深刻であり、イワキ工業が新商品として販売するようになった。

 狭い場所に広い空間を確保できるので、現在世界中から問い合わせがあるが、残念ながら日本では安全性の問題が指摘され、冒険者特区でしか使えない。

 もし別次元にいる状態で元の世界との繋がりが切れてしまったら、その人は異次元の迷子になってしまうので危険だ、というのが慎重な人たちの意見だ。

 犯罪者が違法な品や死体を隠したり、その気になれば脱税だって簡単にできるだろう。

 という反対意見が出て世間で問題になった結果、日本で『異次元空間』を一般の人が利用できるようになるにはかなりの年月が必要になるはず。

 なぜなら、経済産業省、警察、他様々な省庁が利害調整をしながら許認可を出さなければならないからだ。

 まさに縦割り行政の弊害だが、日本の役人がそれを改める可能性はゼロに近いので、残念ながら諦めるしかない。

 もっとも、異次元空間の維持にはイワキ工業や、商品化に協力した古谷良二が持つ独自の技術が必要であり、今は日本国内の冒険者特区でしか普及していない。

 いつものように、外国に先を越される可能性はないのが救いか。


「さあ、大袋を開けてください」


「はい」


 不思議な話だが、こうして俺が大袋を開けても、飛び出してきた巨大な物体に俺たちが押し潰されることは絶対にない。

 必ず、俺たちが巻き込まれないように大袋の中身が展開されるのは、ダンジョンらしい不思議な現象と言える。

 動画を撮影できないのが残念だか、大袋の中に入っているお宝に期待することにしよう。

 大袋を結ぶ紐を解いて口を大きく開けると、中からなにかが飛び出し、俺たちの数メートル先に置かれた。


「デカッ!」


「なんだ? これ?」


 巨大な金属製と思われる物体が数メートル先に突如出現したので、その全体像が掴みにくい。

 物体から離れて全体像を把握しようとするが、ぱっと見た感じは金属製の船に見えた。


「輸送船?」


「いえ、これは軍艦ですね」


 買い取り所の職員は、大袋の中身が軍艦であると断言した。


「軍艦ですか?」


「ええ、これは多分、戦争で撃沈され、海底に沈んでいた昔の軍艦がダンジョンに吸収され、それがドロップアイテム化したものと思われます」


「軍艦ですか……」


「はい、先週アメリカのダンジョンで、航空母艦『レキシントン』がドロップアイテムとして出現してニュースになったんです。日本だとそれほど騒がれませんでしたが」


「そうなんですか?」


 大昔に戦没した軍艦が、ダンジョンでドロップアイテムとなっていた。

 結構なニュースだと思うのだが、そういえば日本のワイドショーではやっていなかったな。


「ダンジョンの出現で、日本も世界も大きく変わりました。 その中で特に大きな変化は、日本が防衛力を増そうとしていることです。日本という国にとってダンジョンは守るべきものになりましたから」


 ダンジョンは莫大な富を生み出すものであり、日本にはそのダンジョンが多くある。

 それを不公平だと言い、日本に挑発的な言動を繰り返す国がいくつかあるので、日本政府も国民も、国土とダンジョンを守るために防衛力を増強しようと言う考えが主流になりつつあった。

 だが、いまだにそれに反発する人たちがいる。

 いわゆる、テレビに出てくる自称進歩的知識人や野党がそうだな。

 『軍備をすべて放棄し、世界中の人たちに日本のダンジョンを解放するべきだ』などと言い始め、これに賛同する人たちも無視できない人数いた。

 相変わらずのお花畑というか、元々日本は冒険者が入国しやすい環境が整えられているから、俺たち冒険者からしたら、彼らがなにをしたいのかがよくわからない。

 多分、バカなんだと思う。


「ダンジョンから、ドロップアイテムとして沈んだはずの軍艦が新品同様でポンポンと出てきたら、彼らからしたら非常に都合が悪いですから。報道しない自由を駆使したのでは?」


「口先だけで、資源もエネルギーも確保しないお花畑たちは相変わらずですね。しかし、彼らがなにを言おうと、この流れを止めることはできないのでは?」


「ええ、できません。実はすでに、古谷良二さんたちがドロップアイテム化した、多くの軍艦や兵器を手に入れ、日本政府に税金として物納していますから」


「なるほどね」


 では、 彼らがこれ以上なにを騒いでも無駄というものだ。

 ダンジョンからドロップアイテム化した兵器を手に入れた国は、それを利用して防衛力を強化していく。

 そして、その流れを止めることはできないのだから。


「この軍艦ですが、写真と照合した結果、5500トン型軽巡洋艦、川内型軽巡洋艦だと思われます」


「随分と昔の軍艦なんですね。でも、こんなに古い軍艦が役に立つのでしょうか?」


「当然改装するのが前提ですが、ダンジョンに取り込まれたことにより魔力で動きますから、 いまだ予算不足で機関の重要部品にミスリルメッキができていない護衛艦よりは役に立つと思いますよ」


「あくまでも改装できたらでしょう?」


「ええ、ですがそれは他の国も同じなので。条件が同じならば、少なくとも以前より状況が悪化しているということはありません」


「確かにそうだな」


 どの国もだが、このところさらに軍隊の動きが鈍くなってきた。

 ダンジョンが出現したばかりの頃は、備蓄していた燃料が残っていたので、燃料を節約しながらだから活動することができた。

 ところが、もうすでにガソリンなどは一部の研究用を除いて完全に使い切ってしまった。

 魔液ならあるが、エンジンや機関部の重要部品をミスリルメッキしなければ、燃費は以前の数十分の一だ。

 訓練すらそう簡単にできなくなり、皮肉なことに今はどこの国もなるべく緊張状態を避けようと動いている。

 だが、それで世界中の戦争や紛争はなくなったのかと問われると、そうでもないというのが悲しい現実であったが。


「最悪、鉄でできているので資源として再利用することも可能です。今は鉄も高いですからね」


 鉄鉱山が消滅してしまったため、現在鉄の価格は大幅に上昇している。

 再利用が強く謳われるようになり、鉄くずの買取価格も大幅に上昇しているため、世界中で交通標識やガードレール、マンホール、外にある鉄製のものを盗む人が増えて社会問題化しているほどだ。

 これだけ大きな船なのだから、鉄くず扱いで売るにしても結構な金額になるはず。


「査定の方は少し遅れてしまいますが、それはドロップアイテムで兵器を手に入れた人全員なので、ご了承頂けたらと思います」


「わかりました」


 文句を言ったところで仕方がないし、どうせこれだけ巨大なものを持ち帰れる魔法の袋も、『アイテムボックス』のスキルも覚えていないので、買い取り所に預けるしかなかったのだけど。


「一ヵ月ほどかかると思いますのでよろしくお願いします」


「わかりました」


 それにしてもドロップアイテムで、昔に沈んだ軍艦が出てくるなんて。

 本当、ダンジョンがこの世界に出現してから不思議なことばかりだ。


「軍艦の報酬は一ヵ月後のお楽しみとして、早く家に帰って動画の編集をしようぜ」


「そうだな」


 軍艦を手に入れたところまでは流せないが、それまでの部分は編集して投稿すればインセンティブが稼げる。

 急ぎ、俺たちの会社で雇入れた編集スタッフに動画の編集を頼むことにしよう。

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