第137話 末路
「うぬぬ……。お前ら! どうして古谷良二を逮捕しなかった?」
「井橋警視総監、古谷良二が公開した動画をご覧いただければわかりますが、彼は武器を一切使用せず、素手でハグレモンスターを倒してしまったからです。銃刀法違反には問えませんよ」
「古谷良二は素手でモンスターを倒したのか? バカな! そんなことは想定外だ! 実は隠していた武器を使ったということはないのか? 古谷良二が自分で流している動画だぞ! 編集で誤魔化している可能性がある!」
「いえ、彼が赤城山ダンジョン近くに出現したゴブリンを素手で倒した現場には多くの冒険者たちがいました。さらに動画でにも、彼は言っています。『この程度のハグレモンスターなら素手で倒せる』と。動画を見てもらえばわかりますが、一撃でゴブリンを殴り殺して、その死体を回収していました」
「ぐぬぬ……奴は化け物か?」
いくらモンスターがダンジョンの外に出現したとはいえ、冒険者などという、素性も知れない怪しい連中に、日本の治安を任せるわけにいかない。
そこで私は、真に日本の安全を憂う先輩たちの意見も参考に、冒険者たちを警察が独占的に管理することを計画した。
これは決して、私利私欲で思いついたことではない。
人並み外れた力を持つ冒険者たちが悪事を働けば、モンスターと同等かそれ以上の被害を一般市民が受けるのだ。
我々警察が冒険者たちを適切に管理することこそが、日本の将来のためというもの。
とはいえ、警察庁に直接冒険者たちを指揮、管理させるのは問題があるので、関連団体を作ってそこに警察OBを再就職させ、警察は彼らに命令を出せばいい。
もし高レベルの冒険者たちを警視庁本体に直接入庁させると、派閥を作ってポストを独占するかもしれないからな。
その結果、冒険者特性を持たない警察官の出世の芽が絶たれるようなことがあれば、私は多くの警察官たちから恨まれてしまう。
警察OBでポストを独占した関連団体に冒険者たちの管理を任せ、我々は関連団体に命令、支配する。
これなら、世間やマスコミからの反発も少ないはずだ。
関連団体が警察OBばかりなのは、我々は普段、日本の安全のために日々努力しているので、このぐらいの役得があっても構わないだろう。
このくらいは当然の権利というもの。
私も警視総監を辞めたら、まずはそこに天下って冒険者たちを正しい道に導いてやるとするか。
そんなわけで、まずはたまたま私の息子の一人が冒険者だったので、世界でもっとも高レベルな冒険者が多く活動している上野公園ダンジョンのハグレモンスター対策チームに押し込み、そこの掌握からスタートさせたのだが、あろうことか古谷良二によって妨害され、そのまま追い出されてしまった。
少しぐらい活躍しているからと言って、未成年のガキが我々選ばれたエリートに逆らうとは……。
だからまずは見せしめとして、ダンジョンの外でハグレモンスターを武器を使って討伐した冒険者たちを銃刀法違反で逮捕した。
これに文句をいう者たちが多いが、我々は法律に則って動いただけだ。
バカな議員たちが私や警察に文句を言ってきたが、どうせ後ろ暗いところがある連中ばかり。
その気になればいつでも逮捕できるので、無視して冒険者たちを警察が独占して管理できるよう、手を進めていくことにした。
総理大臣の田中が怒っているらしいが、この国を実際に動かしてるのは我々官僚なのだ。
どうせ政治家たちは頭が悪いのだから、真にこの国を動かす我々のお飾りであることを自覚すればいいものを。
「古谷良二が、ダンジョンの外で武器を抜くのを待ちますか? それとも以前、富士の樹海ダンジョンの外に出現した金色のドラゴンと戦った時、彼は武器を使用しています。その罪で逮捕することも可能ですが……」
「そんな過去のことを穿り返すと、市民たちが大騒ぎをするから却下だ。古谷良二を銃刀法違反で逮捕できないのであれば、他の罪状を用いて逮捕すればいい。そうだ! あの法律があるぞ!」
赤城山ダンジョン周辺では狩猟も可能だが、残念ながら狩猟対象にモンスターは入っていない。
古谷良二も狩猟免許など持っていないだろうから、鳥獣保護法違反でしょっ引いてしまえばいい。
多くの目撃者がいる前でモンスターを倒したと聞くから、動物愛護法違反は難しいかもしれないが、器物破損で逮捕することも可能か。
「我々にかかれば、古谷良二など簡単に逮捕できる。わざわざ苦労して素手でハグレモンスターを倒したが、無駄になってしまったな」
少しぐらい世間で活躍し、大金を稼いでいるからといっていい気になりやがって。
長年この日本の治安を守ってきた我々警察にかかれば、未成年のガキなど簡単に逮捕することができるのだから。
「ガキが調子に乗った罪だ。取り調べでビビって泣き喚けばいい。我々警察の方が上だと理解し、協力するのであれば微罪で済ませてやるがな」
古谷良二のような若造が調子に乗ると、我々警察をトップとした安全な日本が崩れてしまうかもしれない。
だから我々は、多少強引でも古谷良二を逮捕して、今のうちに奴を矯正する必要があるのだ。
「そのお礼として、ハグレモンスター対策は警察に一任。冒険者たちを指揮下に置く関連団体は、百パーセント警察OBで独占させてもらう。給料も冒険者たちに出させ、その待遇もよくしないとな」
これも、警察官として長年日本の治安を守ってきた、選良たる我々に対するご褒美というやつだ。
天下り先の関連団体で多額の給料を貰っても当然な貢献を、これまで我々はしてきたのだから。
「では、早速古谷良二を逮捕してくれ」
「群馬県警に逮捕させるのですか?」
「まさかな。東京に戻ってきたところを逮捕しろ。取り調べは警視庁にやらせる」
警視庁の方が、我々も古谷良二の取り調べに深く関与できるからな。
群馬県警に逮捕させたら、我々警察庁の分け前が減ってしまうではないか。
「古谷良二が住むのが上野公園ダンジョン特区とはいえ、 犯罪者の逮捕は警察の仕事だ。おかしな妨害が入る前に、素早く古谷良二を逮捕するんだ。取り調べは厳しくやるんだぞ」
「わかりました」
生意気な古谷良二を少しくらい痛めつけても、脅かせばマスコミも動くまい。
一秒でも早く古谷良二の心を折り、警察が冒険者たちを指揮下に置く協力を取り付けないとな。
『さて、古谷良二。お前は狩猟免許もないのに、ハグレモンスターを素手で殴り殺した。そうだな?』
『殴り殺したというのは野蛮な言葉ですね。俺は武闘家のスキルを利用して、拳でダンジョンの外に出たハグレモンスターを倒しただけですよ』
『それが違法行為だと言ってるのだ!』
『とは言いますが、これから先ハグレモンスターが出現したらどうするんですか? この前あなたたちが自前で対策パーティを組んでいた冒険者たちも銃刀法違反で逮捕しちゃうから、これから先ハグレモンスターが出現しても、冒険者は誰も手を貸してくれないと思いますよ。逮捕されるリスクまで犯してね。すべて警察に任せていいんですか? でも、拳銃は効果がありませんよ。警棒や刺股程度でモンスターを倒せるかな? 警察官の殉職者が増えると思いますが……』
『そのようなこと、未成年の貴様が心配することではない! まだ高校も卒業していない頭の悪いガキが、警察の神聖な仕事にケチをつけるな!』
『俺は、今の警察の戦力でどうやってハグレモンスターを倒すんだと聞いているのですが、ケチはつけるなか……。なんも対策がない人が、自分の向こうを隠すためによく使いますよね。キレて誤魔化す。もし警察官が殉職しても、上の人たちは責任も取らずに逃げるわけですね。そんな上司を持った警察官たちが可哀想だなぁ』
『貴様! 我々警察に対し随分と偉そうな口を利くではないか! よーーーく聞けよ? 我々がその気になれば、お前を一生刑務所にぶち込むことだってできるんだからな! 素直に罪を認め、我々警察に全面的に協力させて下さいと、泣いて頼んだら許してやる』
『そんなみっともないことできませんよ』
『貴様ぁーーー! 警察に協力すると誓うまで一睡もさせないからな!』
「東条さん、俺こういうの見たことありますよ。戦前の特高警察とかがやってた取り調べですよね? 漫画かドラマで見た記憶があります」
「……まさかここまで稚拙な手を使うとは。警察も地に落ちたものだ……」
「元から、思っていたより高い所にいなかっただけかもしれませんよ」
「古谷さんは辛辣だなぁ。大半の警察官はこんなことしませんが、井橋の派閥で、彼に取り入ろうとしている無能は、こんなことをしてしまうんでしょうね。井橋に気に入られるようと必死なあまり」
「警視総監の取り巻きだから、彼らもキャリアなんじゃないですか? それなのにこんなにバカなんですか?」
「警察庁にキャリアとして入庁したところで能力の限界を迎えてしまう人っているんですよ。基本的に彼らは仕事ができなくて無能なので、だから井橋に取り入って出世しようとします」
「有能な方でしたら、いくら警視総監に取り入るためとはいえ、こんなリスキーな取調べはしませんものね」
「イザベラさんのおっしゃる通りです。無能がこのチャンスを生かそうと必死なんですよ」
「でもさぁ、リョウジ君も意地が悪いよね。身代わり人形に超小型のカメラを仕込んで、取り調べの様子を盗撮してるんだから」
「ホンファ、東条さんから聞いたんだけど、今の取り調べはちゃんと記録されているそうだよ。だからこれは違法じゃないのさ」
「取り調べの記録は、警察がするものですよ。でも、全然気が付かれないんですね」
「綾乃、警察がこの手のアイテムに詳しいわけないじゃん。それに、身代わり人形はあえて世間に普及させていないからさ」
「身代わり人形は、かなり悪用されそうなアイテムですからね」
空中要塞フルヤの中にある古谷企画の本社最上階にある社長室内で俺たちは、俺に化けた身代わり人形に対し脅迫めいた取り調べを続ける警察官たちの様子を、社長室にある大型スクリーンで眺めていた。
赤城山ダンジョンから上野公園ダンジョン特特区内にある俺のマンションの一室に入ろうとした瞬間、待ち構えていた数十名の警察官たちが逮捕状もなしに俺を逮捕した。
いや、逮捕じゃなくて拘束か。
完全な違法行為だと思うのだが、彼らは井橋の命令でそうせざるを得ないようだ。
戦前の軍隊もそうだが、あきらかに上官からの命令が違法でも、命令に従わなければその組織で生きていけない。
これがあるから、職場ガチャに外れた勤め人は大変だな。
俺はフリーランスでよかった。
そして俺を逮捕した警察官たちは、俺を警察庁の一室に押し込み、自分たちに協力するよう脅迫しながら取り調べを続けている。
だが俺としては、カツ丼も奢ってくれない取り調べなんて嫌なので、瞬時に俺の姿をした身代わり人形と入れ替わっていた。
身代わり人形が単独であそこまで流暢に話せないので、実は取り調べの最中、警察官たちを挑発しているのは俺のアフレコだ。
同時に、身代わり人形に内蔵された超小型ビデオカメラで撮影された、この野蛮な取調べの一部始終はすべて録画されており、時期を見てこれを俺の動画チャンネルに更新しようと考えていた。
「井橋たちはエリートを自認しているからもうちょっとスマートにやると思ったんですが、やり口はかなり雑で野蛮ですね」
「井橋は自分に絶対の自信があるのと、自分の警視総監の職を過剰評価しているので、このぐらいしても部下たちは絶対に外に漏れないと思っているんです。確かにやり方が稚拙ですね。昔の井橋ならこんな雑なことはやらなかったはず。年を取って気が短くなったのか、もしくは劣化したのでしょうね」
長年エリート街道を歩んできたばかりに、自分と自分の組織のことを客観視できなくなってしまったのか。
こんな奴がトップだなんて警察も不幸だな。
表向きは警察庁を辞めたことになっているが、俺のフォローが一段落したら、これを手柄に警察庁に戻りたいと思っているであろう東条さんからしたら、きっと頭が痛い事実なんだと思う。
「警察内部の人間で、この違法な取り調べの様子を漏らす人はいないと思うけど、残念なことにリョウジのせいでだだ漏れだけどね。日本って世界でも有数の治安の良さなのに、残念な警察官たちね。で、どうするの?」
「しばらくはこのままかな。夜も眠らせないで取り調べを続けるらしいけど、身代わり人形は寝なくても死なないからね」
俺は毎日ちゃんと寝るけどね。
「ぷっ! リョウジに化けた身代わり人形が何日も一睡もしなくても元気なままだったら、警察官たちはさぞや不気味に思うでしょうね」
「もし俺が偽物だってバレても、逮捕状もなしに秘密裏に逮捕したんだ。外部に漏らすわけにいかないからな」
「リョウジ、最高ね! 警察をおちょくるなんて」
「俺は普段真面目に仕事をしている警察官には敬意を払っているよ。井橋たちが警察官のくせに犯罪に走るから、こういうことになるんだよ」
「それもそうだな。それで、これからどうするんだ? 井橋警視総監は酷い奴だが、奴の罪状が世間にバレ、冒険者たちか安心してハグレモンスターたちに対処できるようになるまで、少し時間がかかるだろう」
「魔石と素材採取はゴーレム軍団と剛たちに任せて、俺はハグレモンスターへの即応体制を維持し続けるよ」
今回の件は、ダンジョンの周辺に住む人たちにはなんの罪もない。
冒険者のイメージ落とさないため、俺がしばらく日本のハグレモンスターに対処しようと思う。
「これを被れば、俺だとわからないだろう」
「……それ、プロレスラーのマスクじゃないか」
「たまたま手に入れたから、ちょっと改良して防具にしてみたんだ」
『伝説のプロレスラーのマスク』。
俺が武器職人のスキルを用いて改良したものだが、下手なフルフェイスのミスリルヘルメットよりも防御力がある代物だった。
「この毛の部分は、ドラゴンの子供の羽毛を使っているんだよ」
ドラゴンの子供とは滅多に遭遇しないが、その時に倒してちゃんと羽毛を回収しておいてよかった。
「俺たちも、古谷島ダンジョンで頑張ってレベルをあげようかな」
「リョウジさん、魔石と素材の採取は私たちにお任せください」
「リョウジ君、井橋なんて悪党が警視総監をしていると日本が大変なことになるから、きっちりと追い込むまでボクたちに任せてもらって構わないから」
「古谷ダンジョンでは広域殲滅魔法が使えるので、訓練がてらしっかりとやらせてもらいます」
「私の魔銃の数々が火を噴噴くわよ」
「というわけだから、任せてくれ」
「それは頼もしい……おっと、大雪山ダンジョンにハグレモンスターが出現するようだな。急ぎ現場に向かうとするよ」
ハグレモンスターに殺される人が出ないよう、俺一人だけだが頑張らないと。
そして、それから一週間。
俺は日本に出現したハグレモンスターの出現を『予言』で事前に察知し、先回りして倒すのを続けた。
当然動画も撮影しており、すぐにプロト1が編集をして俺の動画チャンネルに更新している。
ただ警察からすれば、俺は逮捕、拘留されているはずの人間だ。
そこで、俺が改良した伝説のプロレスラーのマスクを被り、そのおかげで顔は見えないので武器を振り回して次々とハグレモンスターを退治し続けた。
ちなみに動画のタイトルは、『謎の覆面冒険者、ハグレモンスターを退治する』であった。
『警察がくだらない理由で冒険者たちを逮捕しちゃうから、誰もハグレモンスターを倒してくれないと思ったのに助かったな』
『でも、プロレスマスクを被っている冒険者って……』
『それは言わないのがお約束ってものだ。もしこの人まで逮捕されたら、日本に出現したハグレモンスターを退治する人がいなくなってしまうじゃないか』
『だが、警察がハグレモンスターを武器を用いて倒すのは違法だと言っているんだ。我々は法律を守るべきではないのか?』
『警察の犬乙!』
『じゃあお前は警察の言うことを聞いて、ハグレモンスターに殺されて死ねってのか?』
『というか、こうならないように法律を作るのが国会議員の仕事なんじゃないの?』
『なんか、また野党が反対しているみたいだぜ。あいつらの支持者には動物愛護団体もいるからな。ハグレモンスターを殺すなんて野蛮です! って、この前渋谷でデモをやってたじゃないか』
『あいつら、頭の中にスライムの粘液でも詰め込まれてんじゃないのか?』
『そう強く主張しているけど、あの人たちの中で、ハグレモンスターを保護しようとした人って一人もいないよな?』
『その前に、覆面冒険者が倒してしまうからだろう。おかげでとても助かってるけど』
『田中総理と日本政府はいい加減に警察の暴走を止めないと、内閣が保たないんじゃないのか?』
徐々にマスコミやネットで、警察がおかしなことをしているという情報が世間に流れ出し、次第に警察を批判する空気が強くなってきた。
せっかく日本で活動している冒険者達が自発的にハグレモンスターを退治するパーティを作ったのに、いざ活動したら銃刀法違反で逮捕されてしまうのだから。
最初は、小役人独特の融通の利かなさから冒険者たちは逮捕されたと思っていたら、徐々に今回の騒動がハグレモンスター対策を警察が独占するために行われた可能性が高いという事実が日本中に広まっていった。
これは間違いなく、東条さんが情報を流しているのだろう。
『うぬぬ……貴様ぁ! 取り調べを抜け出してモンスターを退治しているな?』
いまだ違法な取調べのため拘留されている警察庁内部の一室において、俺は目の前で強面の警察官に机を思いっきり『ドンッ!』と叩かれた。
普通の人ならビビってしまうのだろうけど、数々の修羅場を潜り抜けてきた俺はなにも感じない。
強いて言えば、 騒音を立てないでくれ、唾を飛ばすな、くらいだろうか。
強面の警察官は、俺が取調べを抜け出してハグレモンスターを退治しているのだろうと声を荒げた。
ところが俺は、もう一週間も警察庁内部に拘留されたまま……身代わり人形だから、強面の警察官の言い分は正しくはあるんだ。
それを教えてやる義理はないけど。
実は俺の拘留にはなんら法的な根拠がなく、すぐに古谷企画の顧問弁護士佐藤先生が俺を釈放させようと派手に動き回っているのだが、なにしろ首謀者が警視総監の井橋なので、なかなか上手くいっていない。
俺の拘留は検察も知らなかったようで、実は検察内部でも大騒ぎになっているそうだが、あまり表沙汰にはなっていない。
井橋が警察の大不祥事となるであろう、とんでもないことをやらかしたので、逆にこれが世間に知られてはいけないと、自己保身に長けたお役所らしく隠蔽に走っているからだ。
だが別に、俺の釈放なんていつになっても問題ない。
なぜなら、取調べを受けているのは身代わり人形だからだ。
「俺はこの一週間、一睡もせずにあなたたちの取り調べを受けているじゃないですか。俺はずっとあなたたちの目の前にいる。どうやってここから抜け出して、日本のダンジョンの近くに出現したハグレモンスターを倒せると言うのです? あなたが取り調べをしている俺はいったい何者なんですか?」
「ぐぬぬ……」
俺がこの取調室にいないのは事実だが、井橋のシンパたちはこの一週間、ずっと警察庁内部で俺を監禁していると思っている。
それなのに、プロレスマスクはしているが、 あきらかに俺だとわかる人物が、たった一人で日本のダンジョンの外に出現したハグレモンスターを退治しているので、俺がなにか小細工をしていると思っているのだろう。
それは事実だが、残念ながら警察にはそのネタがわからない。
「お前、もう寝たいだろう? 警察の言うことを聞けば、眠らせてやるぞ」
「ご心配なく。あと一年でも二年でも大丈夫ですから」
「……」
俺が声を当てているとはいえ、別に身代わり人形は眠る必要がないからだ。
警察は俺を拘留していることを目の前でずっと確認し続けているが、現実にはハグレモンスターが出現すると、プロレスマスクをした俺が退治してしまう。
その様子は俺の動画チャンネルで毎日更新されており、まあタイトル『謎の覆面冒険者、ハグレモンスターを退治する』なんだけど、 謎の覆面冒険者は、誰が見ても俺だとわかるようになっていた。
警察の連中は、俺を拘留したはずなのに、ハグレモンスターが出現すると覆面をした俺が退治する様子を動画で確認し、これはいったいどういうことなのだと勝手に混乱しているのだ。
「そういうことなので、気にせずに取り調べを続けてください。同じことばかり聞かれるので、さすがに飽きてきましたけどね」
「クソッ! 今日からは飯抜きだ!」
「別にいいですよ。 だってお世辞にも美味しい飯だとは言えないから……」
身代わり人形なので食事をとる必要はないし、動かすのに魔力は必要だが、それは遠隔操作で注入できるので問題なかった。
どうせこいつらが出す飯は、刑務所でも出てこないだろうというレベルの酷いものだったので、無理に食べたいとは思わない。
身代わり人形が食べても、俺には味がわからないのだけど。
「なにやら慌てていらっしゃるようですが、こういう時こそ落ち着かないと駄目ですよ」
「貴様ぁーーー!」
俺にバカにされたと思ったのか。
激高した強面の刑事が、突然俺の顔を力いっぱい殴った。
だが身代わり人形なので、それによりダメージを受けるわけがない。
身代わり人形は、普通の人間が殴った程度で壊れるような代物ではないからだ。
「痛ぇーーー! 指の骨が折れた! 貴様、傷害罪で逮捕する!」
「正当防衛じゃないですかね?」
自分から殴っておいて、それで怪我をしたら傷害罪で逮捕するか。
こんなにみっともない奴は珍しいな。
「ここでは俺たち警察がルールだ! お前ら一般市民が有罪になるか無罪になるかは俺たちが決める。俺たち警察がルールなんだ!」
「自分で話した言葉には責任を持ってくださいね」
「一般市民ごときが生意気な」
「(そろそろいいかな?)」
そんなことを言って大丈夫かなって、心から忠告してるんだけどなぁ
さすがにもう飽きたし、撮れ高は十分なので、もうこの茶番は終わらせることにしよう。
「ふんっ! 人間としても警察官としても完璧な俺は、お前ら冒険者のような犯罪者モドキとは違うんだ! いい加減頭にきたぜ! このガキ、もう拷問しても構わないよな? 特高の拷問マニュアルを参考に、泣いて謝るまで……」
「日高! もうやめろ!」
「井橋警視総監、こんなところまでご苦労様です。この生意気なガキに、警察の怖さを教えますから」
「そんな必要はない! 古谷君をすぐに解放するんだ!」
「古谷君? 井橋警視総監、いったいどうしたんです?」
「この動画を見ろ!」
突然取調室に駆け込んできた井橋警視総監は、日高という強面の警察官にスマホを見せる。
するとそこには、俺の動画チャンネルが映っており、先ほどまでのやり取りがすべて無修正で投稿されていた。
「お前の発言も! 古谷さんを殴ったところも、すべて世界中に公開されているんだ! 日高淳司、警察庁内部に一般人を監禁し、暴行した罪で逮捕する! ここにいるお前らも全員同罪で逮捕だ!」
さすがに一週間も勾留……実質監禁だな……されて取調べを受けるのに飽きたので、取調室の様子をすべて編集ナシで俺の動画チャンネルに投稿してみた。
すると驚異的な視聴回数を叩き出し、これまでの最高視聴回数を更新できそうだ。
そしてそれに気がついた井橋警視総監は、自分の破滅を回避するため、すぐに保身を図った。
自分の手駒であった日高たちを容赦なく逮捕してしまったのだ。
「(この辺の判断の早さはさすがというか……。さすがは、警視総監になっただけはあるけど……)」
ちょっと調べれば、今回の騒動の主犯が井橋だとすぐにバレてしまうし、自分のために悪事を働いた部下たちを切り捨てるのはリーダーとして感心できない。
俺からすると、無駄な足掻きにしか見えなかった。
「(隠してるけど、めっちゃ怒ってるなぁ)」
突然俺のことを『古谷君』などと呼び、媚びた態度を見せる井橋警視総監だが、その目の奥には俺への憎悪が隠しきれないでいた。
別にそれは構わないのだけど、どうせこいつが首謀者なのはバレている。
きっと、明日から滅茶苦茶叩かれるだろうから、今日のうちに覚悟しておけばいいと思う。
その後俺は無事に開放された……実は身代わり人形なんだけど、それを無事に回収して井橋への仕返しは終わった。
あとは、自分たちが管理すべきだと見下していた世間から袋叩きにされるがいいさ。
「よもや現職の警視総監が、自分とその派閥の利益のため、一般市民を不法に警察庁に監禁した挙げ句、一週間も眠らせずに取調べをし、暴力を振るうなんてことが、漫画やドマではなく、現実に起こるとは予想もできなかったです。さらに、それを指摘した古谷さんに対し、お前が有罪か無罪かは、選ばれた自分たちが決めると判断すると言い放つに至っては問題外と言えるでしょう。この件に対し、田中総理は関係した警察官全員を必ず処罰すると命じ、第三者による調査委員会の立ち上げを指示しました」
「リョウジさん、テレビは大騒ぎですね」
「さすがのテレビ局も、警察が怖いからといって放送しないわけにいかないだろうからさ。視聴率も取れるし、今回は俺もすぐに動画を提供しかたら。いやあ、動画のインセンティブと合わせて儲かったな」
翌日から、各テレビ局は井橋警視総監とその一派の悪事をずっと流し続けていた。
自分でハグレモンスターに対応できない警察が高レベル冒険者たちを支配下に置き、利用することで対ハグレモンスター権限の独占を目論んでいたこと。
そのために、上野公園ダンジョンの対策パーティを銃刀法違反で逮捕し、彼らを脅かして警察に協力させようとしたこと。
そのせいで、ハグレモンスターに殺される一般市民が出でも、警察が対ハグレモンスター対策の権限を独占することが大切だと思っていたこと。
実際、逮捕を恐れて冒険者たちがハグレモンスターに対応しなくなったので俺がなんとかしたものの、それに腹を立てて逮捕状もなく俺を警察庁内に監禁し、拷問まがいのことをしたことなど。
特に最後のやつは、俺が動画で世界中に流してしまったので、日本の警察の評判は地の底まで落ちてしまった……というほどでもないみたいだけど。
「日本人は、それだけ警察を信用してるってことね。アメリカなんて、毎日のように警察の不祥事が発覚してニュースでやってるもの」
アメリカは、警察官の不祥事が多いって聞くからなぁ。
リンダはそういうこともあるでしょう、的なニュアンスで感想を語っていた。
「それに、日本のマスコミの報道は、あくまでも井橋一派の暴走というニュアンスで報道しています。事実ではありますからね」
綾乃の言うとおり、今回の騒動を主導したのは井橋とその少数のシンパたちだけであった。
ただ、井橋が警視総監だったので彼の命令に従っただけ、という警察官が多かっただけだ。
警察という組織に所属していて、上の命令を聞かないわけにはいかないので、彼らまで罰すると警察がガタガタになっていまう。
今は警察に所属していないが、東条さんがマスコミ向けにそういうシナリオを描いたのだと思う。
東条さんは東条さんなりに、警察への愛情があったのだろう。
「まさか、これを理由に警察を解散させるわけにいかないものね」
「俺もそれは望んでいないな」
というか、ハグレモンスター対策は警察も参加しないと上手く回らないはずだ。
変に独占なんて考えた、井橋たちだけを処罰すればいい。
「井橋たちは逮捕されるのかな?」
「されますよ、拳君。処罰するのは井端とそのシンパだけにして、警察を混乱させない。その代わり、井橋たちはしばらく刑務所に叩き込むし、再就職も難しいでしょう。元警視総監が天下りできないなんて、警察界隈ではこれ以上の恥はないので」
「天下り自体がどうかと思うけど」
「国家公務員は、その仕事の大変さに比べて給料が安いですからね。天下りは必要悪なとろもあるのですが、井橋たちに天下りなど絶対にさせませんよ。井橋を煽ったOBたちも全員天下り先をクビにされる予定です。再就職先は自分で探せばいいと思いますよ。なにしろ彼らはエリートですからね」
「それは大変そうだ」
「東大や一流大学を出て警視庁のキャリアになれたのですから、自分でなんとかするでしょう。もっとも回状が出回っていますので、条件のいいところは絶体に雇わないでしょうけど。まあ贅沢しなければ、年金で暮らせると思いますけどね」
東条さんは、井橋とそのシンパたち。
そして、井橋を煽ったOBたちが天下りできないように手配していた。
逮捕された井橋たちはともかく、OBたちは今頃阿鼻叫喚だろうな。
天下りがなければ、国家公務員のキャリアなんて働き損なくらい給料が安いのだから。
「東条さんが手を回したのですか?」
「ええ、その程度の影響力はありますから」
「さすがですね」
「いえ、私がそれなりの影響力を発揮できたのは、フルヤアドバイスのおかげですから。フルヤアドバイスの副社長として、井橋たちと彼を煽ったOBたち受け入れ拒否を発動させただけです。日本は右に習えな部分がありますから、フルヤアドバイスが彼らを拒絶すると、外の天下り先も井橋たちを受け入れません。出所後、自力で再就職すればいいんじゃないですか。自称優秀な方々なのですから」
東条さんの皮肉がかなりキツかったけど、そんなわけで井橋たちは世間から大批判を食らい、警視総監は即日更迭。
さらに、そのまま懲戒免職となり刑務所にぶち込まれた。
当然出所後も再就職は難しく、年金が出るまでひっそりと暮らすことになるだろう。
井橋を煽ったOBたちも天下り先をクビになり、やはり年金だけで暮らすことになった。
そういえば、自称東大出の選ばれた人間なのに、いまだ一人も自力で再就職できないらしい。
今は好景気なので人手不足なんだけど、それでも就職できないなんて、キャリアって意外と融通が利かない残念な人が多いのかもしれない。
「俺も将来、そうならないように注意しよう」
「古谷さんは大丈夫そうですけどね。井橋の息子ですが、彼も前途多難ですね」
父親の言いなりにならなければよかったのに、警察の力を背景に自分のレベルでも高レベル冒険者を仕切れると思って余計なことをしたばかりに、所属していたパーティをクビになったそうだ。
さらに、今回の件で家族に警察関係者がいる冒険者たちの肩身が狭くなり、彼らも井橋の息子に冷たい視線を向けた。
誰もパーティを組んでくれず、一人でダンジョンに潜っているらしい。
「井橋息子のレベルなら、普通に稼げるから我慢するしかないな」
井橋息子が、冒険者という仕事についてどう思っていたのか?
真実はわからないが、自分がステップアップするための腰掛け仕事くらいに思っていた節がある。
「父親のコネで、ハグレモンスターに対処する警察の関連団体のお偉いさんに天下って、楽して暮らすつもりだったんだろうな。冒険者を続けるのは嫌だったんだろう」
だからレベル100を超えていたのに、父親の言うことを聞いてバカな真似をしたのだろうから。
「自力でレベル100を超えたのに、勿体ない話だ」
「拳君、人はいくら才能があっても、それをやりたくない人はいるんだよ。井橋の息子だけど、実は警察官を目指していたのになれなかったそうだ。仕方なく普通の会社で働いていたら、冒険者特性が出て冒険者になり、ちゃんと努力をして稼いではいたけど……」
やはり警察官に未練があり、だから父親に手を貸したし、対策パーティで父親の力を盾に傲岸不遜な態度をとって冒険者たちに嫌われてしまったのか。
「そんなに警察官っていい仕事なのかね?」
俺には、希望職種なんて昔から一切なかったからなぁ。
流れで異世界の勇者から冒険者になって、稼げるから続けているだけなのだから。
「井橋息子にとっては、警察官は憧れの仕事なのでしょう」
「それなら、冒険者特性があってレベルが高いんだから、警察に入れてもらえばよかったのに……」
採用試験に落ちても、中途採用の冒険者特性持ち枠なら警察に入れただろうに。
どうしてあんな回りクドイ方法を取ったんだ?
「父親に命令されたかららしいです。対策パーティに潜り込むため、警察には入るなと言われていたとか」
「井橋警視総監って、実は毒親なのでは?」
「らしいですね。父親は逮捕されて拘留中ですが、今度は箍が外れた母親が井橋息子の稼ぎで贅沢三昧しているそうですから。彼には兄がいるのですが、やはりキャリアで警察官になれと父親にプレッシャーをかけられたせいか、筆記試験に通らず、以後はニートをしているとか。彼も、弟のお金で浪費していると聞きました」
「親のコネで警察に入れなかったんだ……」
「今、コネが通用するのは一次試験の筆記に合格してからですよ。兄弟して筆記試験に受からなかったんです」
「そうなんだ……」
井橋の息子は、最初傲慢で嫌な奴だったが、家庭環境を聞くと同情してしまうな。
警察官が駄目なら他の仕事、と気楽に変えられなかったばかりに歪んでしまったのだから。
「それになぁ……」
「リョウジさん、それになんですか?」
「ほら、俺はここのところ討伐もせず、正しい『予言』を得るために感覚を研ぎ澄ませていただろう?」
「はい。レベルアップのおかげもあって、素晴らしい『予言』能力でしたね」
イザベラは俺の『予言』の凄さを褒めてくれた。
「リョウジ君、占い師でも食べていけそう」
食べてはいけるけど、占い師にはなりたくないかな。
ホンファを個人的に占うくらいはするけど。
「良二様、なにかを『予言』で見てしまったのですか?」
「綾乃は鋭いな。実は昨日、一人で上野公園ダンジョンに潜ろうとする井橋の息子を見かけたんだが……」
「リョウジ、彼の死相でも見たの?」
「……見た」
「えっ? 本当に?」
「本当に見た」
リンダは冗談で言ったつもりらしいが、俺は本当に見てしまった。
井橋の息子に死相が見えていたのを。
いくらレベルが高くても、ソロでダンジョンに潜るのは非常に危険だ。
彼のレベルなら、低下層だけで稼げば危険は少ないのだけど、彼は浪費家の母親と兄のために稼がないといけない。
だから無理をすることは確実で、だから俺は彼の死相を見てしまったとも言える。
「良二、忠告しないのか?」
「いや、忠告はしたんだが……」
井橋息子からすれば、父親がすべてを失った挙句逮捕されたのは俺のせいであり、そんな仇からの忠告を聞いてもらえなかった。
それどころか、俺の『予言』は自分への嫌がらせだと感じたようだ。
「ダンジョンに入らないと、母親と兄からせっ突かれるんだろうな。彼にダンジョンに潜らないという選択肢はない」
せめてパーティメンバーがいればいいのだけど、今全国で叩かれまくっている井橋元警視総監の息子とパーティを組む冒険者などいるわけがない。
彼は一人でダンジョンに潜るしかないのだ。
「古谷さんの予言が外れるわけがないか……」
「外れる可能性がゼロとは言わないけど、ほぼ間違いなくこのままだと井橋息子はダンジョンで死ぬ。東条さんが忠告しても無駄そうだなぁ……」
「ええ、彼の父親を徹底的に追い込んだのは私なので。井橋が刑務所から出てきても地獄ですね。あんなことをした罰が当たったのでしょうが、やるせない気持ちにはなりますよ」
それから数ヵ月後。
俺の『予言』が当たって、井橋の息子はダンジョンで消息不明となってしまった。
井橋家は稼ぎ手を失ってしまい、父親がようやく出所した頃には、自慢の豪邸もお金がない母親と兄によって売り飛ばされており、そのお金すら浪費に使われて借金まで抱えてしまっていた。
母親と兄は再就職も儘ならない父親の年金にぶら下がり、ボロアパート住まいの井橋の家は、どん底まで落ちてしまったという。
余計な欲をかいたばかりに、すべてを失ってしまった井橋とその家族。
反面教師にしなければなと思う俺たちであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます