第136話 搦め手


「ああ……井橋五郎ですか……。警察内では優秀な人物とされていますが、権勢欲の強い人物とも言われています。私も警察OBなので彼のことは知っていますが、概ねその評価は正しいと思っています。今、警察にる友人や知り合いから情報を集めていますが、警察はハグレモンスター対策に託けて、高レベルの冒険者を警察の影響下に置きたいようです。ハグレモンスターが町中に出現したという非常事態のため、それを倒せる高レベル冒険者を警察の指揮下に置く。徴兵制度の変形みたいなものですね」


「そういうのは自衛隊の得意技じゃないんですか?」


「いまだ、自衛隊は正式な軍隊ではありませんから。少なくとも今の憲法が改正されない限りは。当然自衛隊でも同じようなことを考えていた連中がいましたが、大半がビルメスト王国の刑務所に入ってますよ」


「ああ、あの時代がかった自衛官たちですね」


「そういう政治が大好きな方々が大分いなくなったので、自衛隊は純粋に国防を考える組織に戻りつつあります。ただ、それゆえにハグレモンスター問題に手を出している余裕はないというのは皮肉な話ですけど」


「モンスターから国民を守るのも、自衛隊の仕事じゃないんですか?」


「これがなかなか難しい問題でして……。日本は戦後から七十年以上、この手の問題で解答策を見出せていないのですよ。ダンジョンから湧き出たハグレモンスターの法律的な定義はまだなされていません。熊や猪、猿などの害獣が市街地に出現しても警察が対応するケースが多く、自衛隊が対処した例はありませんから。いまだ、市街地に自衛隊が出動することに抵抗感を持つ人は一定数いますからね。ハグレモンスターを害獣の延長線上だと思っている政治家が多いので、警察に任せようと考える政治家も多い。もし完全武装の自衛隊がモンスターに出動すると、野党を始めとして大騒ぎする人たちは多かろうと思うので、議員たちも及び腰なのです。消防にもハグレモンスターに対処する余裕はありませんし、新しい組織を作るには時間も予算もかかりますし、公務員になる冒険者が足りないのは同じこと。私は高レベルの冒険者に業務として委託すればいいと思うのですが、公務員ってのはとにかく民間人を管理しないと気が済まない人種が多いんですよ。そんなわけで、お決まりのハグレモンスター対策権限の奪い合いが発生しておりまして、最有力の警察が動き出したのでしょう。警視総監の井橋は、ハグレモンスター対策に託けて冒険者たちを警察の支配下に置けると考えた」


「警視総監の井橋ねぇ……。今の警視総監って、あの井橋とかいうバカな冒険者の父親なんですか」


「ええ。まずは様子見で送り出したのでしょうね。戦前の軍隊もそうですけど、官僚組織というのは、隙あらば肥大化して力を増そうとします。井橋は俗物ですが、同じようなことを考えている公務員は一定数いますからね」


「東条さんは、だから警察を辞めたんですか?」


「……正直なところ、それもありますね」



 帰宅すると、すでにプロト1が編集し終えた動画が更新され、爆発的に視聴回数を増やしていた。

 最近ではニュース番組よりも早く、俺の動画チャンネルでハグレモンスターと戦っている様子が更新されるからだ。

 するとそこに東条さんが姿を見せ、井橋親子についての情報や、父親である警視総監の企みを教えてくれた。

 彼はとても優秀なので、警察を辞めても、警察庁内部の情報をくれる知り合いが多いようだ。

 東条さんが集めた情報によると、警察はハグレモンスター対策を利用して冒険者をその下に置こうと考えている。

 その第一歩として警視総監の井橋が、たまたま冒険者特性を持ち、冒険者として活動していた息子をハグレモンスター対策パーティに押し込んだのか。

 これまで冒険者としては中途半端な実力であった井橋の息子が、父親の力を利用して上野公園ダンジョン特区のハグレモンスター対策パーティを仕切ろうとしたが、空気を読まない俺が全力で彼に逆らったので、怒って帰ってしまったと。


「自分は警察官じゃないのに、どうして奴は父親が警視総監だからという理由で威張っているんでしょうね?」


「その理由は古谷さんもわかっているのは?」


「ええまあ……」


 向こうの世界でも、王族や貴族の子供だという理由だけで威張り腐っている奴は珍しくなかった。

 世界は違えど、そういう奴は存在するというだけのことだ。

 別に生活に困っているわけではないのだから、ハグレモンスター対策パーティに所属はさせてもらったことを幸運だと思って大人しくしていればいいのに、どういうわけかそういう連中はこらえ性がなく、能力もないくせに自分がすべてを仕切ろうとするから困ってしまう。

 無能ほど万能感が出るという話を聞いたことがあるが、井橋息子はそういう人間なんだろう。

 文句を言おうにも相手は偉い人の子弟なので、あとで仕返しされるかもしれないから、冒険者たちも彼を追い出すわけにもいかず困っているようだ。


「警察が独力で高レベルの冒険者を集め慣れないからといって、そう簡単に俺たちを操れると思いませんが……」


 警視総監が、公務員でもない自分の息子を上野公園ダンジョン特区のハグレモンスター対策パーティに押し込んだぐらいで、ハグレモンスター対策を警察で独占できるとは到底思えないのだけど。


「ですがこれからの警察の動きに注意が必要です。私も警察の外に出て気がついたことがあるのですが、この国の治安を守り続けているのだと自負している警察のプライドは怖いですよ。自分たちで対処しなければならないハグレモンスターを、こう言うと失礼な言い方になりますが、パッと出の出自も怪しい冒険者に任せるしかないのですから。今回の件、井橋が一人でこのようなことを考えたのではないと思います」


「共犯がいると?」


「共犯といいますか、実は警察ってとても家族主義的なところがありまして。OBたちから突かれたのでしょうね。『警察がハグレモンスター対処の権限を独占しなければならない』と。彼らは善意から、自分たち警察がそうすることが世の中のためになると本気で思っているのですが、外の人間から見ればかなり高圧的に見えるでしょうね」


「お巡りさんとして、町中に出現したモンスターに自分たちで対処しなければならない。自衛隊に頼るなど論外だ。戦前の悪夢を蘇らせるな。だから冒険者たちを自分たちの支配下に置くことは間違っていないのだ。そんなふうに考えているのですか?」


「でしょうね。おおよそ想像できるのですが、警察が徐々に動き始めると思いますよ。それもかなり陰湿な方法で。なにしろ、ダンジョンに関する法整備がまったく進んでいない状況なので、やり方はいくらでもあるんですよ。実はマスコミも、警察には頭が上がらないですから。古谷さんもご注意ください」


「わかりました」


 東条さんから警告を受けたが、具体的な対応策は考えつかなかった。

 仕方がないので、俺は普段どおり行動していたのだけど。

 数日後、とんでもないニュースが世間を騒がせることになる。




『上野公園で、冒険者の田中仁容疑者と、熊沢和也容疑者以下二十六名が銃刀法違反で逮捕されました。田中容疑者らは、町中で武器を振り回したところを警察官に見つかり、現行犯で逮捕となった模様です。取り調べで田中容疑者は、『武器を振り回したことは事実だが、ダンジョンの外に出現したモンスターを倒すためだった。それを違法と言われてしまえば仕方がない』と容疑を認めており、警察は取り調べを進めています。次のニュースです」


「「「「ええっーーー!」」」」


「普通はそういう反応になるよね」




 ニュースを見たイザベラたちは驚愕していた。

 それもそのはず。

 今日、 上野公園ダンジョン周辺にハグレモンスターが出現したのだが、スライムだったので近くにいた冒険者たちが集団で対処した。

 ところがその直後、警察が武器を抜いた冒険者たちを全員逮捕してしまったのだ。

 容疑は銃刀法違反で、実はこれが違法逮捕かと言われると、厳密に言えばそうでもなかったりする。

 冒険者はダンジョンに潜る際に使用する武器の携帯を許可されているが、実はダンジョン以外の場所で使用してはいけないとされている。

 武器は必ずダンジョンに併設されたロッカーで着替え、そこから一直線にダンジョンへと移動する。

 ダンジョンの外で剣を抜いてしまえば、銃刀法違反で捕まってしまうのだ。

 斧や槍、弓など、鞘がない武器はどうすればいいのだという話になるが、こちらはケースに仕舞うか、殺傷可能な部分をガードする義務が課せられていた。

 そういう決まりがあったので、ダンジョンの外に出現したハグレモンスターを倒す時に武器を用いれば、銃刀法違反に該当するという警察の見解は間違ってはいない。

 だが、武器を使わなければハグレモンスターを倒せないわけで、これはただ単に法律の整備が追い付いていないだけだ。

 ちなみに、魔法を使えば武器を使わずに済むという考え方もあるが、街中で魔法などぶっ放したらもっと大変なことになるので、大半が常識がある冒険者がそんなことはしない。

 当然綾乃もそうだが。


「リョウジさん、これは拙いのでは?」


「そうだなぁ」


 ダンジョンの外に出現したハグレモンスターを放置すれば、街は破壊され多くの犠牲者が出てしまう。

 だから有志冒険者たちは、法律を破ることに目を瞑ってハグレモンスターを退治していたのに、それを問題視して警察が逮捕してしまったら……。


「逮捕されることを恐れて、冒険者は誰もハグレモンスターを倒さなくなるな」


「リョウジ君、日本の警察ってなにを考えているの?」


「それだけ、ハグレモンスター関連の権限を独占したいんだろうな」


「お上の融通の利かなさと横暴に国境はないね」


「だよな」


 街中に出現したハグレモンスターへの対処は警察が独占する。

 自衛隊にも、ましてや消防にも手は出させない。

 そのためにはまず、緊急処置で脱法行為を行っている冒険者を見せしめで逮捕した。

 このようなことを誰が主導したのかといえば……。


「井橋警視総監ですか……あまりいい噂を聞かない人ですね」


 綾乃は実家からの情報で、警視総監の井橋が感心できる人物ではないことを知っていたのか。

 東大法学部出のバリバリのキャリアで、優秀だから警視総監になれたけど、警察官として優秀かと問われると、今回の逮捕劇を見れば一目瞭然だ。

 彼の目は一般市民の安全ではなく、いまだ影響力がある警察OBへの気遣いと、警察が対ハグレモンスター対策の権限を独占することに向いている。

 組織人としては優秀だが、警察内部のことしか考えていないのは明白だ。


「この前、ハグレモンスター対処パーティを、父親の力を盾に支配しようとした息子に俺がダメ出しをして追い出してしまったのが原因かもしれないな」


 だからといって、俺は反省する気はサラサラないけど。

 井橋の息子は父親の言いなりで、彼の父親の魂胆は日本で最強と謳われる上野公園ダンジョン特区のハグレモンスター対策パーティを警察の影響下に置くことだった。

 彼らは高レベルの冒険者なのに、能力も人格も問題があった井橋をパーティから追い出さなかった。

 その後ろにいる警視総監の父親……いや、警察に睨まれるのを恐れてのことだろう。

 そんなことを気にしない俺が躊躇なく奴を追い出したら、彼らはとても安心していた。

 警察からのヘイトが俺に向かうと思ったからだろう。

 ところが、現実はそうではなかった。

 搦め手では駄目だと思ったのか、警察はハグレモンスター退治で町中で武器を振り回した冒険者たちを銃刀法で逮捕するという強硬手段に出たわけだ。


「警察の指揮下に入れば、前科がつかないようにしてやるとか言って脅かすんじゃないかな?」


「わお、悪徳ポリスね」


 リンダの言うとおり、 警察というか、井橋警視総監のやり口はかなり悪辣だが、冒険者たちを逮捕する法的根拠があるから話がややこしくなる。

 とっとと政治家たちがハグレモンスター関連の法律を整備すればよかったのだけど、日本の国会は新しいことを決めるのにとてつもなく時間がかかる。

 急いで法案を通そうにも、反対することで自分たちの存在感を示す野党が邪魔するから、なかなか上手くいかない。

 そしてこの件で、日本は大変なことになるかもしれないのだ。


「日本の警察はなにを考えているのでしょうか? せっかく冒険者有志が対策パーティを結成したのに、このままでは誰もハグレモンスターに対処しなくなってしまいます」


 イザベラの言うとおりで、このままだと出現したハグレモンスターが街中で野放しになってしまい、いったいどれだけの犠牲者が出るか。

 モンスターに銃器、火器が通じない以上、警察はおろか、消防や自衛隊では絶対に対処しきれないのだから。


「多分、井橋警視総監は、多少一般市民に犠牲者が出ても、警察が対ハグレモンスター対策の権限 独占する方が大切だと思っているんだろうな」


 こういう人は、向こうの世界でも珍しくなかった。

 自分の派閥が力を握るため、一般人に多くの犠牲者を出してしまう。

 それでいて自分たちは、この犠牲はより良き未来のための仕方ない犠牲だと本気で思っているから性質が悪いのだ。


「警察は、対ハグレモンスター対策名目で高レベル冒険者たちを自分たちの下に置きたい。小役人が考えそうなことだ」


「それで、なんの罪もない一般人に犠牲者が出ても、自分たちが悪いとは微塵も思わないわけですか。どこの国にも、欲に塗れたしょうがない方はいるのですね」


 このように、人間の善悪に貴族も平民も関係ない。

 井橋警視総監は東大の法学部を首席で卒業し、最年少で警視総監になったと、以前東条さんから聞いたことがあるけど、ご覧のとおり彼は警察官失格である。


「警視総監なのに、警察官としては失格。それなのに井橋は、警察の組織と権限拡大に熱心に動いているから、警察内部での評判は悪くないんですよ。家族主義的な警察の組織が裏目に出ています」


「まあ、下手に警視総監に逆らって出世の芽を摘まれるのもどうかと思うからな。異論はあっても、彼の命令に素直に従って特典を稼ぐだろう。組織人としては」


「拳君は、なかなかに厳しいことを言うね。 実は今回の冒険者逮捕については、警察内部でもかなり批判している人が多いのだけど、残念ながら組織に所属する人間が、上の決定に逆らうというのは難しいものでね。特に警察や軍隊は、上の命令を聞かないと仕事ができないという問題もあるから」


 井橋警視総監のやり方に異議はあるが、だからといって自分が抗議の声を上げて出世の芽を絶たれたり、最悪警察にいられなくなってしまうのが嫌なのだろう。

 だから彼らは、内心不満に思いつつも命令どおり冒険者たちを逮捕した。


「でもさ。もし今度ハグレモンスターが出現した時、冒険者が対処しなかったら警察が対処することになるんじゃないのか? 警察官で冒険者特性を持つ者は少ないから、倒せないモンスターが多いだろうし、かなりの犠牲者が出るだろうな」


 剛の言うとおりだ。


「それでも、対ハグレモンスター対策を警察で独占することが大切で、その過程で殉職した警察官たちは尊い犠牲なんだよ。少なくとも彼らはそう思っている」


 そこで出た犠牲者については、あとで慰霊碑でも作って誤魔化すんじゃないかな。

 どうせ慰霊碑の製作費用は税金だから。

 向こうの世界にも、そんな貴族いたなぁ……。


「結論から言うと、井橋は親子してクソだな。まあいい。井橋警視総監やあいつと考えを同じくするやつ連中が、自分たちにとって都合のいい夢を見るのは勝手だが、残念ながら現実はそんなに甘くないということを俺が教えてあげるよ。未成年の子供にそれを教えてもらうなんて、エリート揃いの彼らからしたら最高の屈辱だろうからな」


 いいことを思いついた。

 井橋親子と、ハグレモンスター対策の独占を狙う警察連中には赤っ恥をかいていただき、そのまま退場していただくことにするか。


「もうそろそろ……行くか」


「リョウジさん?」


「ハグレモンスターが、もうすぐ赤城山ダンジョンの外に出現する。雑魚だから、俺一人で十分だな」


「わかるのですか?」


「全神経を集中させる必要はあるけど、こうすれば事前にハグレモンスターの出現を『予知』できるのさ」


「便利なスキルですね」




 警視総監の井橋が、ハグレモンスター対策の権限を警察が独占するため、あのような暴挙を行うのであれば、俺は俺のやり方で対処させてもらうだけだ。

 魔石とモンスターの素材採取は、古谷ダンジョンでゴーレム型ロボット軍団に任せるとして……それだと、深い階層のモンスターの素材が手に入らないけど、これまでの在庫があるので、しばらくは供給に問題は発生しないはずだ。

 俺は、本社機能を移転させた空中都市フルヤの中にあるビルの最上階で、心を落ち着かせながら待機していた。

 俺の『予知』は、外のことをしていると発動しないし、精度も少し怪しい。

 なので他の仕事はプロト1と黒助に任せつつ、今は大分レベルが上がったし、ハグレモンスターの察知に集中しているので、以前よりは正確なはずだ。


「私もいるからね。リョウちゃんのレベルは上がり続けているから、ハグレモンスターの察知に集中していれば、見逃すことはないはずよ」


 ダンジョンの神様であるルナマリア様も協力してくれるので、俺は日本のハグレモンスターの出現を完璧に察知できた。


「じゃあ、行ってきます」


「行ってらっしゃい、リョウジ君」


「行ってらっしゃいませ、良二様」


「欲深い小役人のせいでリョウジも大変ね」


「俺たちは、古谷島ダンジョンで稼ぐことにするよ」


 今回の騒動が終わるまで、イザベラたちは古谷島ダンジョンで、ゴーレム型ロボット軍団と共に魔石と素材を稼ぐことになった。

 俺は『予知』に集中するため、しばらくダンジョンに潜れないからだ。

 井橋というか、警察が余計なことをしてくれたので、俺はしばらく一人で日本中のハグレモンスターに一人で対処しなければならないからだ。

 確かに、ダンジョンの外で冒険者が武器を使えば銃刀法違反なのは確かだか、それを守るとハグレモンスターが一般人に害をなすのを防げない。

 だから冒険者たちは、法を犯してでもハグレモンスターに対処していた。

 井橋というか、警察の汚いところは、それを利用してハグレモンスター対策の権限を独占しようとしているところだ。

 その過程で一般人に犠牲者が出ても、そこには目を瞑る。

 それどころか東条さんからの情報によると、井橋とその一派は、警察がハグレモンスターの対策を独占的に行い、冒険者たちを管理することが、将来の日本の安全に繋がると言い張っているそうだ。

 当然警察内部にも井橋のやり口に批判的な人も多いが、それを表に出せば、最悪警察を辞めないといけなくなる。

 個人としては反対でも、組織としてはそれを推し進めていく。

 まるで戦前の日本軍みたいだが、歴史を紐解けば、こんな事例は山ほどある。

 こんなことをした警察に対し、さすがに世間でも反発の声があったが、井橋を辞めさせるまでには至っていないようだ。


「ハグレモンスターの件は、みんなに影響あるんだけどなぁ……。もっと騒げばいいのに……」


 それが、井橋への圧力になるのだから。


「世の中には、とても鈍い人が一定数いてね。ハグレモンスターから直接被害を受けないと、この状況がヤバいことに気がつかない人がいるんだ。あとは、ダンジョンの近くに住んでないから関係ないと思ってる人もいる。人間は色々なんだよ」


「関係なくはないのでは?」


 ダンジョンの外で、冒険者がハグレモンスターに手を出すと銃刀法違反で捕まるのだから、最悪、今後冒険者がダンジョンに入れなくなるかもしれない。

 なぜなら、ハグレモンスターはダンジョンの近くに留まるケースが多いからで、冒険者がダンジョンに入ろうとすると襲いかかってくるからだ。

 ダンジョンの外だと冒険者はハグレモンスターに反撃できないのだから、ダンジョンに入れなくなるという話も、あながち荒唐無稽な話でもなかった。


「世界のエネルギー源の過半が魔石に変わりつつある今、冒険者がダンジョンに入らないとエネルギー不足になるんですけど……」


「残念ながら、世の中にはそこまで考えが至らない人って結構多いのさ。もし魔石が手に入らなくなって電力不足になったら、その時になって政府が悪いと言い出す。そんなわけで、古谷さんに頼るしかないのが辛いところだ」


「なんとかしますよ」


 東条さんは自分を無力だと言うけど、実は警察の知り合いに声をかけて、井橋に関する情報を集めたり、彼を追い落とす工作を密かにしていると、岩城理事長から聞いていた。

 東条さんが優秀だからこそ、井橋たちの動きがわかるというのもある。

 彼は決して自分の働きをひけらかさないけど、井橋よりも優秀なのは誰もがわかっていることだった。


「もうそろそろかな? それでは!」


 俺は、『テレポーテーション』で赤城山ダンジョンへと飛ぶ。

 そのまま気配を消してから『飛行』でダンジョン上空に上がり、いつどこにハグレモンスターが出現しても大丈夫なように待ち構えていると、『予言』どおりダンジョン近くの森の中にモンスターの気配が発生した。


「ハグレモンスターだ!」


 ダンジョンの近くにはレベルの高い冒険者たちもいたので、すぐに森の中にハグレモンスターが出現したことに気がついたが、彼らは現場に向かおうとしなかった。


「行かないのか? お前は、赤城山ダンジョンの対ハグレモンスター対策パーティに入っているじゃないか」


「入ってはいるが、上野公園ダンジョンの対策パーティみたいに、銃刀法違反で逮捕されるのばゴメンだ」


「しかし、ハグレモンスターをそのままにしていいのか?」


「よくはないが、俺の娘は今度私立の小学校を受験するんだ。俺が前科者になったせいで入学試験に落ちてしまったら可哀想じゃないか」


「そんな理由でか?」


「そんな理由とはなんだ! じゃあお前がハグレモンスターを倒せよ! 俺はハグレモンスターに手は出さない。なんと言ってくれてもいい。で、お前は偉そうなことを言ったんだから、その自慢の剣を抜いてハグレモンスターを倒すんだろうな?」


「……いや、俺は……」


 こんなことになるだろうと思った。

 上空から魔法で聞き耳を立てると、対策パーティに入っている冒険者たちが、ハグレモンスターとの戦いを拒否している場面に遭遇していたのだから、

 どうやら他の対策パーティのメンバーも同じようで、ハグレモンスター出現しても冒険者は誰も動かなかった


「なあ、本当にこのままでいいのか? ここは逮捕されてでも、ハグレモンスターを倒すべきではないのか? せっかく授かった力だ。世の中のために使わないでどうする?」


「うるさい奴だな! なら、お前が行けばいいだろうが! 綺麗事で他人に押し付けるのなら、まず自分が動けよ!」


 ハグレモンスターが出現しても現場に向かわない冒険者たちに対し、冒険者特性を持たないスライム専門の冒険者が彼らの不実を詰ったが、その場には白けた空気が広がった。

 冒険者特性を持たないので、対ハグレモンスター対策にかり出されることがない人がいくら偉そうに演説したところで、無責任な物言いにしか聞こえなかったからだ。


「たかが銃刀法違反なんだろう? なら一般人に被害が出ないよう、すぐにハグレモンスターを倒すべきだ。確かに、ダンジョンの外でハグレモンスターを倒した結果逮捕されてしまうだろうが、きっとみんな感謝してくれるさ」


 そんな空気のなか、もう一人冒険者特性を持たない冒険者が、たとえ逮捕されても ハグレモンスターを退治すべきだと意見した。


「たかが銃刀法違反というが、前科なんてあると人生で不利になることが多い。そうでなくても、最近冒険者は傲慢だと悪く言われがちだ。俺は前科者にはなりたくないな」


「確かに、前科がつくかもしれないけど、きっとみんなわかってくれるさ!」


「そんなわけあるか! お前はあり得ない綺麗事ばかり言うな! そもそもこの件は、ハグレモンスターに関連する法律を作らなかった政府の怠慢と、冒険者を逮捕してしまった警察の傲慢が原因だろうに! 俺は連中の尻ぬぐいなんてゴメンだぜ」


「でも……」


「お前ら、さっきからなんなんだよ?」


「確かこいつら、親が警察官だったはずだ」


 冒険者特性を持たない冒険者二人は、他の冒険者たちから、警察官の家族だと暴露されてしまった。

 すると二人は、冒険者たちに囲まれてしまう。


「そういうことか。お前ら、その綺麗事を御開帳する相手を間違っているんじゃないのか?」


「ハグレモンスターを倒した冒険者を逮捕なんてする、バカな警察に言いにいけ! 警察官の家族なんだから、言うことを聞いてくれるんじゃないのか?」


「こいつら、どおりで犬臭いと思ったぜ」


「警察官は家族も犬なんだな」


「お前らの魂胆はわかってるぞ。冒険者特性を持つ俺たちを警察の支配下に置いて、お前らのような連中に牢番をやらせるつもりだな」


「そうやって、俺たちを下に見て満足するつもりか。性格悪いな。犬の家族なんてこんなものか」


 レベルアップのおかげで知力が上がっている冒険者なのでさすがに暴力は振るわないが、家族が警察官だとわかった冒険者特性を持たない冒険者二人を吊し上げており、それを見て一つわかったことがある。

 井橋が暴走しなくても、冒険者特性を持つ冒険者と持たない冒険者との対立が深刻になりつつあった。

 冒険者と一般人も同じか。

 冒険者特性を持ち、稼げる冒険者をよく思わない人たちは多く、警察はその感情も利用して冒険者たちを統制下に置こうとしているのかもしれない。


「おっと、もうそろそろだな」


 森に出現したハグレモンスターが、ちょうど森の外に出たようだ。

 そろそろドローン型カメラを飛ばして、ハグレモンスター退治といこうではないか。

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