第135話 権限争い
「東条さん、どうかしましたか?」
『古谷さん、突如上野公園上空に赤いドラゴンが出現しました。その場に居合わせた冒険者たちが戦っていますが、防戦一方で歯が立ちません。ご協力をお願いします』
「わかりました。急ぎ向かいます。黒助、ゴーレム軍団の指揮を任せる。これ以上階層を下がらず、ここで『ビッグバード』を倒し続けてくれ」
「了解しました」
フルヤ島のダンジョンをどうやって有効活用するか考えた時。
そういえば俺は、古代ムー文明の遺産である空中都市フルヤと、そこを守るゴーレム型ロボットが大量にあることを思い出し、 これらで軍団を編成してフルヤ島ダンジョンのモンスターを狩らせることにした。
各階層が広大なフルヤ島ダンジョンにおいて、モンスターは集団で襲ってくる。
個人や少人数パーティでのダンジョン探索は危険なので、ゴーレム型ロボットたちの軍団で効率よくモンスターを狩ることにしたのだ。
ゴーレム軍団の訓練にもなるし、もしゴーレムが破壊されても、仲間に回収させて空中都市の工房で修理をすれば犠牲者も出ない。
レベルアップせず、強くならないゴーレム型ロボットたちにドラゴンの討伐はできないが、この世の中のモンスターの素材需要の大半は低、中階層に生息するモンスターたちだ。
一人や少人数のパーティで狩るよりも、ゴーレム軍団で効率よく討伐、解体、回収させた方が成果を出せるし儲かる。
ゴーレム型ロボットは電気で動くが、現在急ピッチで空中都市には魔石、魔液発電が建設されており、その前から効率のいい核融合発電炉と蓄電池技術もある。
ゴーレム軍団を動かす経費は安く……というか、自前でやるとお金が動かないから無料なんだよなぁ……高レベル冒険者パーティによるモンスター討伐よりも生産性は高かった。
急ぎ手配したが、レベルが上がったせいかすんなりと準備が進められたので、手の平には表示されなかったが、俺は『ゴーレム使い』のジョブ、スキルを持っているようだ。
ジョブの影響だろう。
ゴーレム軍団が手に入れた経験値が俺に入っているようで、なにもしていなくても定期的にレベルが上がっていく。
たとえ低階層のモンスターでも、軍団で毎日数万、数十万匹も討伐すれば、 高レベルの俺でもレベルは上がる。
そして常に不足していたスライムの粘液など、低階層モンスターの素材の安定供給が可能になったので、買取相場が安定するようになった。
主にスライム狩りをしている冒険者特性がない冒険者たちからは文句が出ているそうだが、これまでは世間の需要を満たせていなかったので、このことに喜んでいる人の方が多いので問題ないはず。
そんなわけで俺は、ゴーレム型ロボット軍団を用いたモンスターの討伐、死体のダンジョンからの運び出し、解体、売却をシステム化することに成功し、さらに古谷企画の売り上げを殖やすことに成功した。
そんなわけで、黒助に任せておけば俺が古谷島のダンジョンにいる必要はないので、急ぎ『テレポーテーション』で上野公園へと移動する。
「おっと!」
ダンジョン入り口に移動した直後の俺を炎が襲った。
慌てず冷静に『バリアー』で身を守りつつ見上げると、そこには真っ赤なドラゴンが不機嫌そうな表情で俺を見下ろしている。
不意打ちの炎で消し炭にしたと思った俺が無事だったので、そのプライドが痛く傷つけられたようだ。
『飛翔』で上空へと向かい状況を確認すると、 上野公園の樹木の一部が焼けて火災が発生しており、数ヵ所に散らばっている数十名の冒険者たちの姿も確認できた。
だが、すでに彼らの装備はドラゴンの炎で煤けており、傷は治癒魔法やポーションで回復しているようだが、その表情はかなり焦っているように見える。
彼らはハグレモンスターの討伐に参加しているので、決して弱い冒険者ではない。
それなのに、赤いドラゴンの火炎を防御するのが精一杯だったのだから。
「(俺の到着があと数十秒遅れたら、みんな消し炭だったな)」
そして、自分と同じ高さにまで飛んで来た俺に不愉快そうな表情を見せる赤いドラゴン。
間違いなくこいつは、援軍として姿を見せた俺を奇襲の炎で消し炭にすることで、絶望の淵に落とされた他の冒険者たちを嬲り殺しにするつもりだったのだろう。
だからなかなかトドメを刺さず、まるで猫がネズミを弄ぶかのように扱っていた。
知能が高いドラゴンが比較的よくやることだが、そのせいで上野公園の樹木が一部焼けたぐらいで被害は少なくなっているのは皮肉な話だ。
「お前がこれ以上暴れると迷惑なんだ。大人しく俺に倒されてくれ」
久々にゴッドスレイヤーを取り出し、赤いドラゴンに向けてそれを構える。
すると、赤いドラゴンはまるで勝ち誇ったかのような表情を浮かべながら、 これまでとは比べ物にならない広範囲に炎を吐き始めた。
「だと思ったぜ! 『ブリザード』だ!」
悪知恵の働く赤いドラゴンは、俺たち人間が、 周囲に被害を与えないように自分と戦っていることを理解している。
だからわざと広範囲に火炎を吐いて、被害を増やそうとしているのだ。
俺たちの怒りを誘うためだ。
そして赤いドラゴンに嬲られ続け、戦闘をする気力すら残っていない冒険者たちも、もうつまらないので一緒に焼き払ってしまおうと。
俺は高レベルを利用した広範囲の『ブリザード』で、赤いドラゴンの炎を相殺していく。
火には氷で対抗する。
「加減が難しいな」
瞬時に赤いドラゴンが吐く炎の威力、範囲を察知して、それを相殺できる『ブリザード』をカウンターで放つ。
もし『ブリザード』の威力が大きすぎると、今度は上野公園の樹木や、赤いドラゴンとの戦闘で息も絶え絶えな冒険者たちを凍死させてしまうからだ。
「なにもないところなら、多少オーバーキルでも問題ないんだけどな」
俺の魔法のせいで上野公園や周辺の町に被害が出てしまえば、絶好の機会とばかりに俺を批判する人たちが出てくるはず。
そうでなくても最近、圧倒的な力を持つ冒険者に対し批判的な人たちが増えているのだから。
「(ただ倒すだけなら、それほど苦ではないんだけどなぁ……)」
赤いドラゴンとの根競べが始まった。
奴が広範囲に吐き続ける炎を、俺が同じく広範囲の『ブリザード』で相殺していく。
どちらが先に力尽きるのか。
しばらく根比べが続いていたが、先に力尽きたのは赤いドラゴンの方だった。
炎を吐き続けることが辛くなったのだろう。
高速で尻尾を振り回して俺を地面に叩きつけようとしたのでそれを余裕でかわしつつ、急接近してゴッドスレイヤーを脳天に突き差し、一撃でトドメを刺した。
一瞬で命を刈り取られた赤いドラゴンが落下していく。
そのままだとそのままだとそのままだと上野公園に被害が出るので、急ぎ『アイテムボックス』に仕舞い込む。
「ふう……終了だ」
周囲を周囲を見渡すと、いつのまにか多数のドローン型ゴーレムが飛びまわっていた。
俺が指示しなくても、プロト1が赤いドラゴンとの戦闘を撮影してくれたようだ。
あとは、撮影した動画を編集してすぐに俺のチャンネルで更新するだろう。
「イレギュラーで強いモンスターが出ることもあるから、この世界の冒険者たちの平均レベルが上がるまで、俺が一秒でも早く駆けつけられる体制を作らないといけないのか?」
残念ながら、今地面にへたり込んでいる冒険者たちは上野公園ダンジョンでもトップクラスなのに、赤いドラゴンにはまるで歯が立たなかった。
完全なレベル不足だと思うが、それを解決するにはもう少し時間がかかるだろう。
「おーーーい、大丈夫か?」
それでも、今のところは世界でもトップクラスの冒険者で貴重な戦力だ。
万が一にも死なれると困るので、俺は念のため全員に治癒魔法をかける。
「すまない、残念ながらまだ我々ではドラゴンに歯が立たないようだ」
「もっとレベルを上げないとダメなんだろうな。ドラゴンでなければ我々でも十分に対応できるんだが……」
「このところハグレモンスターの出現頻度がかなり下がったんだが、ドラゴンの出現頻度は本当に読めない。完全なイレギュラーだから、君の力を借りるしかない」
さすがは、世界でもトップクラスの高レベル冒険者たちだ。
自分たちの強さを的確に理解しており、俺にお礼を言いつつ、ドラゴンが出現した時には俺に任せることになると、すまなそうに言うのだから。
なお、ハグレモンスターの出現頻度が下がったことについては、俺なりに一つの仮説を立てていた。
それは、俺がゴーレム型ロボットの軍団を用いて、大量のモンスターを狩り始めたからだ。
ダンジョンのモンスターが増えすぎ、地上に出現するのがハグレモンスターなので、俺がたとえ低階層のモンスターでも毎日数万~数十万匹も狩り続ければ、その出現頻度が減っても不思議ではない。
ただゼロではないので、やはりハグレモンスターに対応する仕組みの構築は必要だろうな。
「お前は古谷良二か? よくも余計なことを!」
そんなことを考えていたら、突然一人の若い男性冒険者に因縁をつけられてしまった。
彼は俺が余計なことをしたと怒りながら言うのだが、もし俺が助けに入らなかったら、この男も含めて冒険者たちは全滅していたはずだ。
感謝されることはあっても、まさか文句を言われるとは思わなかった。
「このあと俺は、すぐに逆襲に出る予定だったんだ。俺はお前が思っている以上に強い。余計なことをするな!」
「井橋、少し冷静になれ」
「もし古谷君が助けてくれなかったら、 俺たちは消し炭になるところだったんだぞ。それはお前にだってわかっていることだろうに……」
「そうだ! お前は俺たちよりもレベルが低いんだから余計にわかっていたはずだ」
ただ、他の冒険者たちは高レベルの冒険者らしく、俺の実力を十分に警戒しており、俺の救援に感謝しつつ、井橋と呼ばれた男性冒険者の暴言を窘めていた。
「(なるほど。上野公園ダンジョンは、ハグレモンスターに即応できる高レベルの冒険者たちを用意したんだな。レベル687、レベル657、レベル646……)」
平均するとレベルが600以上あるので、ドラゴンでなければ対応できたはずだ。
そして、俺に文句を言っていた井橋だが……。
「(レベル152か……悪くはないが……)」
この世界において、レベル三桁を超えている冒険者はトップレベルにあると言っても過言ではない。
だが、トップレベルなのであってトップではない。
現に、他の冒険者たちとはレベルが大きく離されていた。
「(しかし不思議な話だな。どうして井橋は、ハグレモンスターの対策チームに入れたんだ?)」
レベル152はトップレベルにあるとはいえ、ハグレモンスターに対処するには少し低いような気がする。
他の冒険者たちは平均レベルが600を超えているので、連携が難しくなると思うのだ。
レベリングするならともかく、レベル差がありすぎる冒険者たちが組むのを、俺はよくないと思っていた。
「井橋さんだっけか? あなたは他の冒険者たちに比べるとレベルが低すぎる。次からはハグレモンスター狩りに参加しない方がいい」
「……貴様! この俺に向かってなんたる口の利き方だ!」
「はい?」
俺は、井橋という男性冒険者がどうしてそこまで怒ったのか理解できなかった。
冒険者は実力本位の世界であり、今の井橋では中階層レベルのモンスターがハグレモンスターとして湧き出ても殺されてしまうだろう。
現に今だって、他の冒険者たちがフォローしていたから命を落とさずに済んだようなものなのに……。
「(自分の実力が客観的に判断できないのか?)最低でも、レベル500を超えてからハグレモンスター対策パーティに参加した方がいいと思う。このままだとあなたばかりでなく、仲間たちまで命を落とすことになりかねないのだから」
「この俺に意見するのか? この俺を誰だと思っているんだ? 井橋という名字でわからないのか?」
「井橋という名字で? 全然わからない」
俺に井橋という苗字の知り合いはいないし、そもそもモンスター討伐と苗字になんら関係性はない。
俺はレベルが足りないからこのままだと死ぬぞと、親切心で忠告しているのだから。
「ぐぬぬっ……俺は不愉快だ! もう帰る!」
俺は正直に自分の考えを口にしただけなのに、伊橋は勝手に逆ギレしてその場から立ち去ってしまった。
他の冒険者たちはとても気まずそうな表情を浮かべている。
「あの……彼は何者なのですか?」
俺は、残された冒険者たちに井橋の正体を訪ねるが。
あんな失礼な奴、いくら年上でも呼び捨てで構うまい。
「井橋修二(いはし しゅうじ)。彼は、警視総監である井橋五郎の息子なんですよ」
「俺たちも最初、彼のレベルは低いから、ハグレモンスター対策パーティへの加入を断ろうとしたんです」
「ところが買取所の方から、形式上パーティに入れるだけでも構わないからと懇願されまして……」
「でも、いざハグレモンスターが出現すると、必ず戦闘に参加しようとするんです。おかげで、我々は彼のフォロ-に入らざるを得ず……」
「井橋はレベルが上がっていいのでしょうが……」
「なんか、色々と見えてきましたね」
井橋は警視総監の息子なので、警視庁出身者が多い買取所が彼の父親に忖度して、高レベル冒険者たちに、彼をハグレモンスター対策パーティに入れるようにと懇願した。
高レベルの冒険者たちからすれば、レベル100代の冒険者を仲間に入れても足手まといにしかならない。
だが、この国において警察に睨まれるということは決していいことではな。
彼らは大人の判断で井橋をパーティに受け入れたが、今回の俺への言動を見るに、ただの邪魔者でしかないのだろう。
井橋自身もコネでパーティに入れてもらったにも関わらず、大人しくするどころか自分の父親の名前を出して威張り腐っており、他の冒険者たちとの関係も悪化していたようだ。
「井橋の父親は警視総監です。どうやら、ハグレモンスター対策を警察で取り仕切り、これを利用して冒険者を自分たちの影響下に置こうとしているようです」
高レベルの冒険者ともなると、かなり情報が早いようだ。
俺は初耳だったが、井橋の父親と彼の態度を見ていたらすぐにわかってしまった。
結局警察は、自前でハグレモンスターを倒せる冒険者を集めることができなかった。
それはそうだ。
モンスターを倒せるほど強い冒険者が、決められた公務員の給料で満足するわけがないからだ。
だがそれは、自衛隊も海上保安庁も消防も同じこと。
この件に関して、テレビ、新聞、ネットでは『国のために、冒険者は無料でハグレモンスターに対処すべきだ!』などと威勢のいい意見を言う芸能人、自称知識人、動画配信者が多かった。
俺たちは、自分が無料奉仕でハグレモンスターを倒すわけではないから、随分と無責任に入ってくれるな、と思っただけだけど。
「ですが、あの井橋は警察官というわけではないんでしょう?」
「ええ、少し前までは無職で家に引き籠っていたらしいですが、冒険者特性があったので冒険者になったようです。レベル100を超えているから、それなりに真面目にやっていたんじゃないんですか」
「ですよね」
それなのに、警視総監である父親の意向で上野ダンジョンのハグレモンスター対策パーティに入ってきた。
父親からの頼みなど断って冒険者を続ければよかったのに、どうしてどうせろくでもないことを考えている父親の言いなりになるのだろう? 俺からしたら、不思議で堪らない。
「さすがの買取所も、形式上だけパーティに入れておいてくれればいいと言ってくれたんですよね?」
「ええ」
「じゃあ、それでいいんじゃないんですか。あいつが勝手な真似をしたせいで、あなたたちが死んでしまっては大変なことになるのですから」
せっかく大半のハグレモンスターに対応できる高レベルパーティなのに、井橋親子のくだらない権力欲のせいで死者を出されたら、たまったものではなかったからだ。
「とにかく助かったよ」
「これでもうしばらくは、ドラゴンクラスのハグレモンスターは出現しないと思うのですが、もしなにかあれば急ぎ駆けつけます」
「すまない」
「他のハグレモンスターならあそこまで苦戦しないのだけど、まだまだ俺たちもレベルが足りないんだな」
井橋という厄介な奴と顔見知りになってしまったが、犠牲者を出さず、無事に赤いドラゴンを倒せてよかった。
せっかくだから今日は上野公園ダンジョンに潜って、岩城理事長から在庫が不足していると言われていたモンスターの素材でも集めるかな。
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