第133話 結末(前編)

「やはり日本に住んでいる人ほぼすべてが、日本国内のみに効果がある、特殊な催眠術のようなものがかかってるな。海外であのダサいペンダントつけている日本人は一人もいないそうだ」


「リョウジさん、いったい誰がそのようなものを?」


「犯人は簡単にわかったさ。田丸ブランドのペンダントだからな。犯人は最大の利益者って言うだろう?」


「タマルという方は冒険者なのですね」


 そして、このような特殊なスキルが最初から出る可能性は非常に少ない。

 レベルアップの際にサブジョブとして出たんだろう。


「リョウジ君、どうするの?」


「あんな安物のペンダントをつけていないと非国民扱いされる状態をなんとかしないとな。俺にはファッションセンスの欠片もないけど、あんなダサいペンダントなんてつけたくないもの」


「私はイギリス人ですから、非国民というのもおかしなお話ですわね。それは日本人からしたら、イギリス人は日本の非国民でしょうから」


「だよねぇ、ボクは香港籍だし」


「私はアメリカ人だから、日本人基準なら非国民かもね」


「私は日本人ですが、ペンダントをつけていないので非国民ですね。くだらないと言って終わりにするには悪質な話です」


「だいたい、どうして男の俺がペンダントなんてつけないといけないんだ?」


 ペンダントをつけているか、いないか。

 そして、その価格で国民のランクが決まるなんて。

 スキルを得た冒険者は、大分痛々しい奴のようだ。

 せっかく得た利用法にセンスの欠片もないのだから。


「剛は、冬美さんからペンダントをつけろって強要されないのか?」


「そういえば、冬美もペンダントをつけていないな。それで普段生活していて大変だって話も聞かない。ペンダントをつけていないと、非国民扱いされそうなのにな」


「冬美さんは、剛の影響を受けているんだな。俺たちはレベル差でこの奇妙な催眠を打ち破っているから、こうしてペンダントをつけていなくても周囲から非国民扱いされないが、そんな剛と同調できるなんて……愛だな」


「愛ですわね」


「ツヨシ、ヒューヒュー」


「剛さんと冬美さんは、強い絆で結ばれているのですね。羨ましいです」


「いいわねぇ、真の愛で結ばれたカップルって」


「お前ら、俺を冷やかしている場合か?」


 とは言いつつも、剛の顔は少し赤かった。


「で、誰がこんなことをしているんだ?」


「誰がこんなことを……って、田丸ブランドのペンダントだからな。西条さんか東条さんに頼めば、簡単に調べられるはずだ」


 ただ、その西条さんですら俺たちにハイブランドのペンダントを勧めてくる始末なので、催眠というか洗脳スキルの怖さがわかるというものだ。


「こんなバカげたことは一日でも早くやめさせないとな。だが、素直に言うことを聞かなければ……」


 こんな危険なスキル、野放しにはできない。

 最悪、田丸なる冒険者は殺すしかない。


「善は急げだ。田丸の居場所がわかったら、すぐに奴の元に向かおう」


 しかしまぁ、よくこんなくだらないスキル、ジョブの使い方を考えるものだ。

 素直に冒険者として稼げば……いや、ダサいペンダントの量産だけしていれば大金を稼げるから、もうダンジョンに潜りたくないんだろうな。

 しかし、冒険者のスキル、ジョブを悪用する奴が出てきたか……。

 これから先、冒険者を批判する人たちが増えそうで大変になりそうだ。





「くぅーーー! こんなに沢山のお金が毎日どんどん入ってくるなんて最高だぜ! しかも、これがほとんど利益だってんだから笑いが止まらねぇ!」


 僕が立ち上げた法人には、毎日恐ろしい額のお金が入金されるようになった。

 安いシルバーメッキのチェーンと価格がつかないクズ宝石で作った、原価が数百円のペンダントが、数万~数億円で飛ぶように売れていくのだから。

 僕のスキル『空気師』とは、文字どおり効果範囲内の人間に空気を読ませる……僕が作ったルールを守らせることができる。

 このスキルが発動したレベル300では、日本に住む人たち全員に守らせることができるルールには制限がある……たとえば『僕が日本の独裁者になる!』なんてのは無理だ……が、『僕が作らせたペンダントをつけないと、日本人としての評価が著しく下がる』くらいなら余裕だ。

 これもハードルが高そうな気がするが、別にペンダントをつけなくても死ぬわけでも病気になるわけでもない。

 こういうルールの方が簡単に守らせることができるわけだ。

 とにかく無事にペンダント、それも僕が作ったペンダントをつけていないと非国民、ハイブランド品をつけている人の方が偉いという条件づけに成功した。


 大半の日本人が、こんな適当に作った安物のペンダントに大枚叩くようになり、さらにハイブランド品を求める者たちも多いが、実は安物もハイブランド品も原価にさほど違いはない。

 僕が自分で作ると品薄になるので、今ではゴーレムたちに作らせているが、作っても作っても売れていく。


「これはつまり、日本人が僕に税金を払っているようなものだ。僕はこの国の支配者なったのだ!」


 さらにこの空気師の効果は、その状態が続けば続くほど上がっていく。

 昔は非常識だったことでも、それが長期間続けば常識になっていることも多い。

 スキルの効果以上に、人間という社会性を持って生きている生物の性が、僕のペンダントをつけていないと非国民という常識を、徐々に常識として受け入れていくわけだ。

 

「もはや僕は、ダンジョンに潜らなくても一生遊んで暮らせる。いや、待てよ……」


 もっとレベルを上げれば、空気師のスキルをもっと強くすることも可能なはず。

 ならば、ペンダントの超ハイブランド品で釣って、高レベル冒険者たちにレベリングを依頼するか?

 いや、このスキルの特性を利用すれば、あの調子に乗っている古谷良二すら支配下におけるはず。


「そう、古谷良二が世間との軋轢を面倒がって、僕のペンダントをつけた瞬間にだ」


 レベル差など関係なく、彼がそれをした時点で、僕の支配下に徐々に入っていくようになる。

 これが、このジョブ、スキルの恐ろしいところなのだ。

 古谷良二を支配下に置ければ、この僕田丸勉が日本どころか世界で一番の冒険者となれる。

 彼に命令してレベリングをすれば、僕の空気師の力はさらに増大する。

 そうなれば、日本のみならず世界中の人たちが僕のペンダントをつけていないと、地球人類失格だと批判される社会を作り出せるはずだ。

 もしそうなれば、今の収入なんて目じゃない大金が舞い込んでくる。

 そして有史以来、誰も達成できなかった世界征服に成功したようなものだ。


「これから、世界のセレブ向けにさらに高価なペンダントを開発しよう。 そうだ!  ペンダントは一年に一度、新品と交換する義務がある、というルールも作り出せば……」


 年に一度、全世界の人類が身分や財力に比例した金額のペンダントを買い替えないと、世間から迫害されるようになる。

 唯一ペンダントを作れる僕が、世界の真の支配者になるのだ。


「そのためにも、まずは日本国内に広がりつつある同調圧力を利用して、古谷良二に僕のペンダントをつけるように追い込んでいこう」


 同調圧力に負けて、古谷良二が僕のペンダントをつけた時、この世界の真の支配者、田丸勉が生まれ、世界は僕が支配する日本によって統べられるであろう。


 僕は真の愛国者となるのだ!






「……あなたね! ペンダントをしないなんて、非常識にもどがあるだろう!」


「今すぐペンダントをつけるんだ!」


「コイツ、ボコっていいかな? ペンダントをつけないなんてあり得ないっすよ」




 段々と日本国内が、同調圧力と田丸のスキルが合わさって酷いこもになってるな。

 魔法で変装して外出し、西条さんに教わった田丸の居場所へと向かう。

 その時、西条さんに田丸に会う目的を強く聞かれたので、一緒に商売をしようと思って、と答えたら安堵していた。

 西条さんもスキルのせいで、田丸の異常さに気がついてないのだ。


「それにしても、自分か作ったペンダントをしていない人間を、非国民として一般大衆に迫害させ、自分はゴミみたいなペンダントを高額で売りつけて税金を集めてる気分とはな」


「コラッ!  田丸さんのペンダントをしろって言ってるんだよ! この非国民!」


「ペンダントをしていないなんてあり得ない!」


「いやねぇ、非国民よ!」


 段々と、田丸の信者のような人間が出てきたな。

 あいつの作った、ボッタクリに近い自称ハイブランド品のペンダントをつけ、さらに特別品だとかで、高額のブレスレットや指輪、アンクレットをつけている。

 彼らが大金を払って田丸ブランドのペンダントを購入したところで一円の報酬も発生しないのだが、それを嬉しそうに実行し、誰も頼んでいないのに町中に出てペンダントをつけていない人に絡む。

 彼らに恐怖を感じたり面倒だと思った人たちは、無用な迫害を避けるためにペンダントを購入して装着するようになる。

 だがそれが罠で、ペンダントをつけた時点で田丸の支配下に入ったようなものだ。

 あとは、徐々に時間をかけて奴隷化されるだろう。

 ここまで事態が進むと、スキルよりも同調圧力の方が強くなっているかも。

 スキルの力のみならず、大衆心理まで利用するのだから、田丸は恐ろしいことを考えつく男だ。


「田丸の自宅兼会社まであと少しか……」


 変装して歩いているから俺だとはバレていないが、田丸の自宅に近づけば近づくほど、この手の信者が増えてきた。

 スキルの中心地だから当たり前か。


「(邪教の信者のようなものだな)」


 こういう人たちは自分がないというか、各々自由にしていいと言われると、なにをしていいのかわからないので、ちゃんと答えを示してくれるものに嵌まってしまう。

 たとえ縋ったものが間違っていたり、悪かったとしてもだ。


「田丸勉親衛隊隊長、赤城信虎じゃい! お前、この俺様を無視しやがったな?」


「そんなことないよ、存在感がなくて気がつかなかっただけだから」


「なお悪いわ!」


 この短時間で、変なのが湧いてるし。

 田丸にお金が集まるから、こういう反社組織にいそうなチンピラが護衛に入ったわけか。

 西条さんに教えてもらった田丸の住処であるビルに入ろうとすると、いかにも本職な人に絡まれてしまった。

 警備ってよりも、用心棒だな、これは。


「お前、田丸さんの会社に勝手に入るな!」


「アポは取ってあるぞ」


「本当か?」


「嘘だけど」


「ざけるな!」


 反社組織にいそうなチンピラが殴りかかってきたが、それを余裕で回避した。

 反撃はしない。

 現代社会において他人に怪我をさせると、たとえ反社組織の人間でも面倒だからだ。


「『忘却』」


「あれ?」


 田丸の会社があるビルに入ると同時に、追いかけてきた反社組織の人の記憶を弄った。

 彼らはもう、俺と言い争ったことを忘れている。


「ビルの中はコレをしないと面倒だな……」


 続けて俺は購入しておいた田丸ブランドのペンダントを装着し、田丸がいる最上階にある社長室へと歩いていくのであった。






「田丸勉、随分と阿漕な手で儲けてるな」


「古谷良二か。どうやってここまで来れたのかは……聞くまでもないか」



 自社ビルと社長室。

 急ぎ作った僕の会社は、短期間で大成功をおさめていた。

 社員や警備員……僕の金に引き寄せられたチンピラたちだが、護衛として役に立つからビルの各所に配置していた……も雇い、ペンダントの量産体制も日々拡充しており、お金も大量に入ってくる。

 僕の世界支配は順調に進んでいる……と思ったら、予定よりも大分早く、古谷良二が姿を見せた。

 しかもその首には、僕が作ったペンダントが。


「(世論を動かして、古谷良二に僕が作ったペンダントをその首にかけさせる予定だったが、よもやこんなに早く……。クククッ、僕のペンダントを首にかけたな。これで奴は、僕に逆えなくなる)」


 いくら奴が高レベルでも、僕の空気師のスキルには逆らえない。

 それだけ僕は、非常に特殊なスキルを手に入れることに成功したのだから。

 そう!

 僕は選ばれた人間なんだ!


「(まともに古谷良二と戦えば、僕が負けることなど百も承知だ。だが、奴が僕の存在に気がついてその前に姿を見せた時、奴は僕の奴隷となる!)」


 その圧倒的な強さで世界一の冒険者、インフルエンサーになったとしても、世間の目を気にして空気を読まなければ生きていけないのは同じ。

 古谷良二は、自分の強さなら僕のペンダントの影響を受けないと思って首にかけるだろうが、それこそが罠なのだ。


「(僕の空気師を侮ると、永遠に僕の奴隷になってしまうぞ)」


 古谷良二を支配下に置けば、世界は僕にひれ伏す。

 さすればこの田丸勉が、次の世界一のインフルエンサーというわけだ。


「(早く僕のところに近づいて来い! 古谷良二よ!)」


 いくら奴のレベルが高くても、僕のペンダントをつけ、至近で僕から強く命令されたら逆らえなくなる。

 空気師の元のスキルは催眠術師であり、僕のペンダントをつけてしまった古谷良二は、僕の命令に逆らえなくなってしまうのだから。


「ふーーーん、短期間で随分と儲けたんだな。なんら経済的に寄与しない、クソみたいな方法でな。こんなのがいるから、冒険者は悪く言われるんだ」


「っ! 古谷良二!」


「いきなり呼び捨てかよ。いくら年下でも酷くないか? あんたがボッタクリ価格で販売しているペンダント並にさ。しかもこんな方法、向こうの世界だと、よほどの悪党か、魔王の手先くらいしか使わなかったってのに……」


 それにしても、この部屋に入って来るまで、なんの気配も感じられなかったとは……。

 このところダンジョンに潜っていないけど、僕はレベル300で、日本でもトップクラスの冒険者なんだぞ。


「なあ、田丸さん。こんな阿漕な商売はやめたらとうだ?」


「……」


「返事はナシか?」


 ふんっ!

  いくらお前が強くても、僕のスキルは止められまい。

 それにもしこの僕に害をなそうとすれば、警察を呼ぶだけだ。

 ダンジョン内ならいざ知らず、ここで僕になにかすれば、いくら古谷良二でも捕まることに変わりはないのだから。


「(そして……)」


 古谷良二の首を確認したら、やはり僕のペンダントをつけていた。


「(やったぞ! 僕の勝ちだ)」


 僕のペンダントをつけると、レベル差に関係なく私の命令に逆らいにくくなる。

 スキルの成功率を上げたいので、もっと近くに寄って来るんだ!

 このスキルは、効果範囲が近く狭くなればなるほどその効果が強くなるのだから。

 僕に接近したら、全力で僕の支配下に置いてやる!


「(必ず奴を支配下に置いてやる。やはり古谷良二でも、周囲の空気は読まざるを得ないのだな)」


 古谷良二がつけているペンダントは、本物であることが確認できた。

 どうせ偽物をつけていても、僕のスキルで一発で見抜けてしまうがな。

 そして僕のスキルは、ペンダントをしている人たちにもコピー可能であり、だからいくら偽物が出回っても、すべての人たちが簡単に真贋を見分け、偽物をつけている人を糾弾できるという仕組みだ。

 だから偽物のペンダントをつけていた人は非国民扱いされ、偽物を売っていた連中は、熱心な僕の信者たちによって見つけられ、最下層へと落とされた。

 僕が支配者となる世界では、奴隷以下の扱いを受ける予定だ。


「(お前は、ペンダントをしないで町中を歩くなんてできないのさ。たとえ顔を変えていてもな)」


 たとえ魔法で顔を変えても、ペンダントをつけないで町中を歩くのは難しい。

 町行く人たちによって非国民扱いされるからだ。

 かといって、偽物をつけていればもっと糾弾される。

 どうやら僕のところに来るため、僕が作ったペンダントをつけざるを得なかったようだな。


「(僕は、必ずお前を支配下に置く。そのために、この仕掛けを施したのだから。さあ、僕の支配下に入れ!)」


 古谷良二!

 僕が日本の、いや世界の支配者となるため、僕の奴隷となるのだ!

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