第132話 謎のジョブ

「やったぁーーー! ついに俺にもサブジョブが出たぞ! 空気師? 初めて聞くジョブだが、その効果は……なるほど……これは使える! ついに僕が日本一の、いや世界一の冒険者となり、世界を支配する者となるんだ!」




 毎日ダンジョンに籠り、命がけでモンスターと戦い続けた甲斐があった。

 レベル300になったら、なんと戦士の他にもう一つ手の平にジョブが浮かできたからだ。

 すでに八十億人を超えた世界の人口の中で冒険者特性を持つ者は非常に少なく、その中でも二つ以上のジョブを持つ者はさらに少ない。

 つまり僕は、選ばれた人間ということになる。


「しかしながら、天才であるこの僕がこんなに苦労したのは、古谷良二がケチで売国奴だったからだ!」


 あの野郎は日本人のくせに、同朋へのレベリングに非協力的だった。

 五十億円支払わないとレベリングをしてくれないから、僕も含め多くの日本人冒険者が苦労する羽目になったのだ。

 大金を払う、グローバリストの手先である外国人冒険者ばかり優遇したせいで、今の日本には外国人冒険者たちが大勢かっ歩してやがる!

 この状況を嘆かわしいと思う人たちは多いが、現状では打つ手がなかった。


「だが、僕は着実に力を蓄えつつある!」


 古谷良二のレベリングに頼らない冒険者たちの平均レベルも上がってきた。

 彼らを糾合して大勢力が作れれば、必ずや古谷良二にひと泡吹かせることができる。

 年下のくせに、さらにこのところインフルエンサー気取りで奴は気に入らなかったんだ。

 あいつには愛国心がないし、年上への敬意が足りない!

 もし奴にそれがあったら、今頃日本人冒険者の実力は他国を圧倒していたはずなのに……。


「だが、これで古谷良二の暴走も終わりだ。この『空気師』のジョブがあれば、古谷良二ですらコントロールすることも可能なのだから! 人間が個ではなく集団で暮らす生物であることを僕が嫌というほど教えてやる! 今に見ていろ! 古谷良二!」


 まずは、この空気師のジョブを用いて、古谷良二に対抗できる財力を蓄えることにしようか。

 このところ、ダンジョンの外にモンスターが出現し、それを多くの冒険者たちが討伐するようになったが、そんな危険で野蛮なことは僕の支配下に入る野暮ったい同業者に任せておけばいい。

 

 僕は、この世界を手に入れる第一歩を歩み始めるのだから。





「……イザベラ、今って男女もペンダントをつけるのが流行してるの?」


「そんなお話、私は聞いたことありませんが……。確かに、町行く多くの人たちが……」


「本当に、町行く人ほぼ全員がペンダントをつけてるね」


「普段、そんなものをつけなさそうな人たちもです。子供たちは、学校にペンダントをつけて行って問題がないのでしょうか?」


「日本の学校、校則厳しいものね。アメリカの学校なら問題ないけど、どういうわけか、みんな同じようなペンダントをつけてて不気味ね」


 変装して、デートがてら上野周辺を歩いていると、町中の人たちがほぼ全員ペンダントをつけていることに気がついた。

 シルバーのチェーンに、安い小さな宝石がついている。

 ファッション性も微妙で、あきらかに量産性重視の安物だ。

 ファッションに敏感そうな人たちも大半がそのペンダントをつけており、とても違和感を覚える。

 そもそもどうして全員が、宝石の色や種類が違うだけで同じデザインのペンダントをつけているんだ?


「(なんらかの、魔法、スキル、ジョブによる効果か?)」


「リョウジさん?」


「もしかすると、広範囲に効果がある魔法か、スキルか、ジョブの影響かもしれない」


 前の世界でも、一軍の兵士たち全員のステータスを落としたり、状態異常に持ち込む魔法、スキルを使う敵がいた。

 それと似たような印象を受ける。

 でも、多くの人たちがなんら違和感を持たず、同じデザインのペンダントをつけるなんて、ちょっと普通の魔法やスキルの範疇を超えているな。

 日本のダンジョン上空に出現したハグレモンスターは、よほど厄介な個体以外はそのダンジョンを活動拠点にしている冒険者が倒す。

 倒した者に、その強さに応じて懸賞金が支払われるという制度を田中総理が作ってくれたので、今のところは俺たちに過度な負担はないのだけど、また面倒事かと思わなくもない。


「リョウジ君、それがこのダサいペンダントなの?」


「もしかしたら俺たちが知らないだけで、本当にあのクソダサイペンダントが流行している可能性も捨てきれないけど」


「まさか。そんなことは絶対にあり得ないし、リョウジ君のジョークセンスも微妙だよね」


 ホンファ。

 俺はこの場を和ませようと……そんな必要なかったか。

 

「リョウジ、あのペンダントをつけるとステータスに補正とか入るのかしら?」


「いや、ただのダサいペンダントだ」


 軽く『鑑定』してみたけど、そういう効果はなさそうだな。

 それにしても、ファッションでつけるものなのに、量産性を重視しているからとにかくダサいペンダントだな。


「お洒落な人が、あきらかにダサくなるのを気にせずにつけているから、これは魔法なり、スキルの影響だとしか思えないな」


「あのペンダントをつけるのが義務、くらいに感じているのでしょうか? でしたら、催眠の効果がかかっている可能性があります。ですが、随分と広範囲に効果があるのですね」


 魔法に詳しい綾乃は、あきらかにこの状況が異常だと気がついたようだ。


「魔法だと効果範囲に限界があるから、これはスキル、ジョブの類いだろうな。ペンダント自体になんらかの効果が付与されているとは思えない。少なくとも俺は『鑑定』できなかった。なんらかの魔法、スキルのせいで、あのペンダントをつけるようになった、というのが正しいと思う」


「特殊な効果があるペンダントなら、町中の人たちがつけるほど量産できませんからね」


「そういうことさ」 


 その日は、食事をとったあとに剛とも合流してダンジョンに潜ったが、上野公園ダンジョンに多数いる冒険者の多くも謎のペンダントをつけているのが不気味でしかない。

 さらに翌日以降、日本中が段々とおかしな状態になっていく。




「そのペンダント、いいね。ハイブランド品だよね?」


「高かったけど、これで俺はレベルの高い日本人になれたってわけだ」


「いいなぁ、俺も高いペンダントにしようかな?」


「そうしなよ。安物なんてつけていると、下級国民扱いされるぜ」


「でもさぁ、『田丸ブランドのペンダント』って品薄じゃないか。俺が注文した時には、安物しか残ってかなったんだよ。やっぱりハイブランド品を注文しようかな」


「それがいいぞ」


「決めた!  そうしよう。高いけど、ボーナス払いにすれば……」


 町中で、若者たちかそんな会話をし……。




「どうも! ヌンチャク組でーーーす!」


「工藤君、ペンダントをハイブランド品に変えた?」


「そりゃあそうだよ。田丸ブランドのペンダントをつけていない人間なんて日本に住む資格がないし、ハイブランド品をつけない日本人なんて、奴隷みたいなものでしょう?」


「だよねぇ。俺も急いでハイブランド品を購入したよ。安物なんてつけていたら、それは日本人としてどうなの? って思っちゃうよ。『あなたはそれでいいの?』って、リスナーさんたちにも強く問うね」


 有名な動画配信者たちも例のペンダントの高額品を身につけ、つけていない人たちを強く批判し始め。




「あんたねぇ! テレビに出るのに、そんな安物のペンダントをつけてるなんてあり得ないよ! 今すぐ帰りたまえ!」


「……すみません、ハイブランド品は品薄で手に入らなくて……」


「事前に手を打てないバカはテレビに出ないでくれたまえ! これだから最近の若者は!」


「大井さん、あなた言い過ぎでしょう! 彼女はちゃんとペンダントをつけているのですから。この件は、事前に田丸ブランドのペンダントを用意できなかった政府の責任ですよ! 我が党では、すぐにでも対策会議を立ち上げて田中総理と政府の責任を追及しようと思います」


「あんたらは、政府批判ばかりだな! ペンダントを用意できなかった田丸勉(たまる つとむ)の責任ではないのか?」


「田丸さんは懸命に、日本国民全員に行き渡るようにペンダントを製造してますよ。彼を責めるのは酷です! それよりも、田丸さんがペンダントを大量生産できるように、公的な支援が必要でしょう」


 ワイドショーでも、ペンダントについて激しい言い争いが放送され。




「やーーーい、ペンダントが買えない貧乏人!」


「非国民!」


「日本から出てけぇーーー!」


「お母さん、僕もペンダントが欲しいよぉ。このままだと学校に行けないよぉ」


「ごめんね、今月は家計が厳しくて、ペンダントを買うお金がないんだよ」


 貧しい家の子供がペンダントを用意できず、同級生たちにイジメられるようになってしまい。

 世間はペンダントの、いや田丸ブランドのペンダントのせいで大騒ぎとなっていた、




「……。リョウジさん、私たちがおかしくなってしまったのでしょうか?」


「田丸ブランドなるペンダントをつけてないと非国民? いつの時代の話かな?」


「良二様、これは……」


「私たち以外、みんな催眠術にかかったみたいね。でも、私たちはそれにかかってないみたい」


 どうやら今の日本において、田丸ブランドのペンダントをつけていないと非国民らしい。

 同時に、ペンダントの値段によって人間の身分というか序列が決まるようで、多くの人たちが懸命に高価なペンダントを求めていた。

 ネットオークションサイトやフリマアプリでは、田丸ブランドのペンダントの転売が横行し、偽物まで出回っているそうだ。

 もっとも、元の造りが安物なので、どっちが本物か偽物かもわからないけど。


「ハイブランド品っても、一個数百円で作れるペンダントを数十万~数百万円で販売しているボッタクリだけどな。田丸つて奴は我が世の春だな」


「しかし、どうしてこんなことに?」


 イザベラが首を傾げる。

 どうやら海外では、こんな現象は発生していないようだ。

 日本国内のみ有効な魔法……だと効果範囲と持続性時間の辻褄が合わないので、これは極めて特殊なスキル、ジョブである可能性が濃厚になってきたな。


「日本で活動している冒険者の田丸に、極めて特殊なスキル、ジョブが涌き出たんだろうな。で、田丸はそれを利用して荒稼ぎしているわけだ」


「これまでにない、スキル、ジョブってわけか」


「類似のスキル、ジョブはある!」


「良二、なんだそれは?」


「催眠術及び催眠術師だよ」


 相手の精神を操る系のスキルやジョブは、向こうの世界でも滅多に出なかったので、それがダンジョンが出現してまだ数年のこの世界に出たとなると、一人目である可能性が高い。

 だからこそ、これほどまでに効果が絶大なんだけど。


「ああ、確かにそんな状態だな。田丸ブランドなるペンダントをつけていないと、非国民だと批判される。ペンダントの価格で身分が決まる。そしてそんな状態なのに、俺たち以外、誰もこの状態をおかしいと思わない」


「剛、俺たちがこの催眠にかかっていない理由は簡単さ。レベルが高いからだ」


 さすがにレベル10000を超えると、そう簡単にこの手の催眠に引っ掛からない。

 だが、数百や千くらいだと怪しいところというか、冒険者たちもほぼ全員ペンダントをつけていたので、この催眠の餌食になってしまったのだろう。


「じゃあ今、日本国内において、正常なのは俺たちだけか?」


「だろうな」


「古谷さん! 特別なツテで、ハイブランドのペンダントを手に入れてきましたよ! すぐに首にかけてください!」


「ほらな」


 すでに俺の完全な私室となったマンションに駆け込んできた西条さんの手にはペンダントがあり、俺たちは事態の深刻さを再確認するのであった。

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