第131話 対ハグレモンスター談話
「はぁーーー! 『グランドクルス』!」
「『聖竜波』!」
「地獄から呼び出した黒き炎を食らいなさい! 『ヘルブラックファイヤー』」
「みんな、遠慮なく魔力を使ってくれて。『マジックヒール』だ!」
この世界にダンジョンが出現して三年弱。
ついに、ダンジョンからモンスターが湧き出てきたか。
向こうの世界でも問題になっていたが、今のところは一度に一匹なので、まだなんとか対処できるはず。
一匹でも、ドラゴンが出現したら辛いんじゃないかって?
確かに普通の冒険者には対応できないけど、この世界のトップレベル冒険者のパーティなら、プラチナドラゴンはまだ難しくても、ベビードラゴンならなんとか倒せるはずだ。
『テレポート』の魔法か、移転用アイテムである『移転石』があれば、通報さえあればすぐに冒険者たちも駆けつけられる。
『テレポート』はまだ使える冒険者が少なく、ようやく綾乃他数十名の冒険者が覚えたレベルだけど、これからさらに使える冒険者が増えるはずだ。
移転石は製造に多額のコストがかかるけど、非常時のみの使用とすれば、そこまで需要はひっ迫しないはず。
移転石は、製造技術よりも素材の入手コストが高い種類のアイテムなので、俺が素材を集めて高性能なゴーレムに製造作業を覚えさせれば、歩留まりも改善して製造コストを下げられるだろう。
「実は、ドラゴン一匹よりも雑魚モンスターが多数の方が面倒なんだよな」
雑魚モンスターでも一般人からしたら脅威であり、しかも多数だと、少数の冒険者たちでは討ち漏らしが発生する。
冒険者が討ち損ねたモンスターたちが人間の町に入ったり、人のいない場所で繁殖を始めたら……。
厄介さでは、一匹の強いモンスターよりも脅威なのだ。
ただ今のところは、湧き出たとされるダンジョンに存在しないはずのボスクラスのモンスターが、そのダンジョン上空に週に一度くらいの頻度で出現するようになり、俺を除けば二位以下を大きく引き離し、今や世界一の冒険者パーティであるイザベラたちが、鳥取砂丘ダンジョン上空に出現した『スカイアナコンダ』という巨大な蛇のモンスターと戦っていた。
ドラゴンが空を飛ぶので、ヘビが飛んでいてもおかしくはない?
飛べるってのは、それだけ強いモンスターの証拠だからだ。
イザベラが聖十字型の強大な魔法剣を放ち、ホンファが聖属性の強烈な強烈な一撃を加え、綾乃が最強と呼ばれている火炎魔法でスカイアナコンダを焼き払う。
剛は、補助魔法と魔力の回復で貢献していた。
そして、リンダがスカイアナコンダにトドメを刺す。
「リョウジが作ってくれたオリハルコン製の特別な銃弾で、脳天を撃ち抜いてあげるわ。グッバイ!」
リンダが少し離れた場所から狙撃用の魔銃でスカイアナコンダの脳天をぶち抜き、鳥取砂丘ダンジョンに出現したスカイアナコンダを倒すことに成功した。
「リョウジ抜きでやれたわよ」
「みんな強なったから、大きな蛇には負けないと確信していたさ」
「ですがリョウジさん。二周連続で日本でしたね」
綾乃の『テレポート』で、本社から『上野出張所』となった俺のマンションに戻ってきたみんなを労うが、ハグレモンスターにトドメを刺したリンダはご機嫌なのに、綾乃はどこか浮かない顔をしている。
先週が上野公園ダンジョン上空で、今回は富士の樹海ダンジョンの上空だった。
ハグレモンスターは、俺かイザベラたちなら倒せるものだったが、これからも週に一度という出現頻度になる保証もないし、もしかしたら世界中で複数箇所に同時出現するかもしれない。
はたして、世界各国の冒険者や軍隊で対応できるのか。
ダンジョンが出現した世界に、新たな問題が発生した瞬間であった。
「ダンジョンってのは、人間に恩恵だけを与えるものではないから。だって、ダンジョンのメリットって、人間か、他の神が管理している世界だと、エルフ、ドワーフなどの亜人しか恩恵がないじゃない。 だから必ずデメリットもあるのよ」
「ボスモンスターが出現して、人間が住む世界に被害を与えるわけですね」
「ええ。これは食物連鎖のようなもので、人間にボスモンスターという天敵を与えることで世界の調和を保とうとしているのよ。人間という生物は食物連鎖の頂点にいる存在だけど、ハグレモンスターという天敵を、ダンジョンが作り出したってわけね」
「人間の天敵なのですね」
「そうよ、イザベラちゃん。基本的にはどんな生物にも天敵というのは存在するものなの。でもリョウちゃんがいるだけマシだと思うわよ」
「リョウジさんなら倒せますし、リョウジさんのおかげで、私たちや、世界中にいるレベルが上がった冒険者なら対応できるということですか」
「リョウちゃんが、冒険者の嵩上げをしたおかげでしょう。よかったわね」
向こうの世界では経験したことがない、そのダンジョンにいないはずのボスモンスターが地上に出現する災害に関する情報を集めるため、俺たちは夜、ダンジョン神ルナマリア様から話を聞いた。
彼女は普段神殿に……人間の影響を受けたようで、週休二日で、平日の九時~五時しかいないそうだけど、神殿自体はゴーレムたちが維持しているので問題なかった。
神殿にルナマリア様がいなくても、しっかりと彼女を信仰し、お守りなどを購入すれば必ずご利益があるからだ。
そんなわけで、夜の彼女は裏島の屋敷でのんびりと過ごしていた。
「ハグレモンスターがいつどこに出現するのか、ルナマリア様はわからないのですか?」
「わかるけど。しばらくは週一~二回で、その大半が日本のダンジョン上空ばかりに出現するみたいね」
日本はダンジョン大国だからか、これからも定期的にボスモンスターが出現するのか。
「そのあと、世界中のダンジョン上空にも同じような頻度で出現するようになるけど、リョウちゃんがレベリングして強くした冒険者たちがいるから、常にリョウちゃんが出張る必要ないと思うわよ。ボスクラスのハグレモンスターとは言っても、リョウちゃんしか倒せないようなやつは滅多に出ないはず」
世界中にいるダークボ-ルでレベルを上げた冒険者たちの大半は、さらに努力を重ねてその国のトップレベルの冒険者となっていた。
いくつものダンジョンをクリアしてダンジョンコアを所持している人たちも多く、大半のハグレモンスターは彼らが対処できる強さだと、ルナマリア様は断言する。
「ごく稀に恐ろしく強い個体が出現するはずだけど、その時だけリョウちゃんが出張ればいいと思うわ。そうしないと、なんでもリョウちゃん頼りになってかえってよくないことになると思うの」
俺が死んだあと、もし他の冒険者がハグレモンスターを倒せなかったら人類に大きな被害を与えてしまう。
今のうちに、他の冒険者に任せられるものは任せた方がいいか。
「そうですよね。これから世界中にハグレモンスターが出現するということは、 俺がすぐに駆けつけられない事案も増えるわけですから」
いつ出現するかわからないハグレモンスターのために、俺が常に待機しているわけにはいかない。
いまだ、俺しか安定して入手できない資源や素材、ドロップアイテムだってあるのだから。
特殊な魔法薬や魔法道具の生成もそうだ。
イワキ工業の方は生産性は圧倒的に上だが、俺や岩城理事長しか作れないものだってあるのだから。
「となると、ここで問題になることが一つ」
「問題になる?」
「ええ、国家というのは、ボスモンスターにどこの部署が対処するのかが非常に問題になりますから」
さすがは貴族の娘というか、イザベラは国家や組織の業というものを理解している。
ハグレモンスターが出現しても冒険者が倒せるなら問題ないように思えるが、それでめでたしめでたしとならないのが国だ。
冒険者の大半は民間人であり、その国の人間ではないケースだって多い。
「ハグレモンスターという国民と国の脅威に責任をもって対処すべく、必ず国の機関が関わらなければならない。本音では、そこは我々の国の管轄なので、他所者が余計なことするな。となるわけか」
自分たちが対処できなければ、その国の威信に関わるというか……。
存在意義を疑われることになってしまうので、ハグレモンスターはその国の治安維持組織になり、軍隊が対処するのが筋だと考える。
ダンジョン内には手を出せないが、地上に出てしまえばその国の治安組織の領分であり、彼らは縄張り荒らしを嫌うからな。
「とはいえ、日本なら警察とか自衛隊か。ハグレモンスターを倒せるんだったら、先年の黄金のドラゴン騒動は起こらなかっただろう。冒険者有志に任せるしかないんじゃないのか?」
「拳さん、国家に所属している人たちの権力欲とプライドを軽く見てはいけません。日本国の脅威になるかもしれないハグレモンスターに対し、警察や自衛隊が手も足も出なかったら、一体なんのための警察や自衛隊だという世論になりかねませんし、そんなことが国民に知れたら、その存在意義を疑われて予算を削られたり、対ハグレモンスター専用の別組織に仕事を奪われてしまうかもしれないのですから」
「ハグレモンスターが出現しなくても、警察も自衛隊は必要だろう」
「常識的に考えればそういう考え方になりますが、ハグレモンスターに無力な警察と自衛隊を強く批判し、その予算を削ろうと考える他の省庁などもいて、そういう時の彼らは、政治家や運動家やマスコミをよく利用しますから……」
「へえ、そうなんだ」
役所の予算、権限争いの過程で、利用できそうなちょっと頭の弱い政治家や、繋がっている政治評論家を使い、テレビなどで批判させる。
これも縦割り行政の弊害というか、言うほど公務員も国家のために働いていない証拠だろう。
自分が働いている役所や部署だけが大きくなればいいと考えている人は意外と多いのだ。
元華族ゆえに、綾乃は政治の裏の現実についてよく知っていた。
「役所だけで争っているだけなら問題はない……なくはないのですが、そこを調整するのが政府の仕事なので田中総理に任せるしかないのですが……」
「アヤノ、まだあるの?」
「地上に出現したボスモンスターへの対処。警察の管轄になるか、自衛隊の管轄になるか。これから長い長い権限の奪い合いが始まると思いますが、これを機に彼らが冒険者に枷をはめてくる可能性があります」
「ハグレモンスターに対処する役所なり組織ができたとして、そこに冒険者を所属させ、自分たちが上に立って支配下に置こうとするわけだね。小役人が考えそうなことだね。きっと、世界中どこの国でも問題になると思うよ」
「アメリカも、他の国のことは言えないかもね」
ボスモンスターという新たな脅威を国民から守れるのは国家のみ。
そういうことにしておかないと、国家の存続に関わる事態になるからだろう。
ましてや、公の立場にないフリーランスの冒険者しかハグレモンスターを倒せないとしたら、自分たちの今の地位や権力がなくなってしまうと考えてしまう。
「だが、ボスモンスターに対処できそうな冒険者が、好き好んで公務員になるかね?」
公務員という仕事はとても安定しているが、レベルの冒険者に比べれば非常に薄給だ。
同じ命をかけているのに報酬が天と地ほども違うのであれば、ほとんどの人がフリーの冒険者を続けるだろう。
「まあ、ボスモンスターに対してどう対処するかは、各国の政治家の仕事だけどね」
「社長、ボスモンスターに関する見解を動画で撮影します。明日には更新しておきますので」
「そうだな」
俺たちは、ダンジョンとボスモンスターとの関係や、出現したら一刻も早く倒すことが必要だが、現状では高レベルの冒険者しか対処できない。
各国は、もしボスモンスターが出現したらどうするのか?
などの話を動画で撮影して流した。
ダンジョンがある限り、これからは最低でも週に一~二回はボスモンスターがダンジョンから出現する。
現状ダンジョンをなくすことは不可能であり、そもそもダンジョンがないとエネルギーと資源が不足し、ハグレモンスター以上の犠牲を人類に出すだろう。
国が単独でか、 国際的な枠組みでハグレモンスターを倒す仕組みなり組織を作る必要があるが、高レベルの冒険者を公務員とし、給料で雇うのは難しい。
なにより、高レベルの冒険者をハグレモンスター専従にしてしまうと、今度はエネルギーと資源とエネルギーの供給に問題が出てしまう。
難しい問題だと話をしたら、思った以上に反響が大きかった。
もしかしたら、ダンジョンの上空に突如ハグレモンスターが出現し、周辺を破壊するかもしれないからだ。
「社長が、プラチナドラゴンをほとんど被害ナシで倒した動画もバズりました。世間の人たちがハグレモンスターに関する知識をちゃんと得られたと思います。動画は、世界中のテレビ局に売れましたからね」
ここ数日、上野公園ダンジョン上空にプラチナドラゴンが出現し、それを俺が倒したことが大きなニュースになっている。
イザベラたちが鳥取砂丘ダンジョンで倒したスカイアナコンダの動画も毎日のように繰り返しテレビ番組で流され、大きな反響と視聴率を得られたので、テレビ局の人たちはホクホクだという話を聞いた。
「冒険者がダンジョンに潜ってモンスターを倒し続ける限り、これからも定期的にハグレモンスターは出現する。『では、冒険者がダンジョンに潜らなければいいではないか?』と聞かれると、今の世界はダンジョンから獲ってくる資源とエネルギーがなければ社会が維持できなくなっているから、冒険者にダンジョンに潜るなというのは不可能な話だ。ハグレモンスターはダンジョンの上空に出現するから、大半が冒険者特区内なので現地の冒険者が倒すのが一番効率がいい。ハグレモンスター退治は、冒険者に任せるのが一番効率がいいし筋が通る。と、動画で言っておいた」
「妥当な意見ですわね」
「冒険者特区は特別だから、ボスモンスターへの対処は冒険者に任せても問題ないっていう建付けだね」
「筋は通っていますが、警察なり、自衛隊が納得しないかもしれません」
「そうね。こういう問題って、その意見が正しいとか、効率がいいとか。そんなことは関係ないのよね。役人って、自分の権限を犯されるのはなによりも嫌うから。元々、規制緩和の実験場のようになっている冒険者特区に批判的な役人って多いもの。グランパが言っていたわ。役人は、自分のものだと思っている権限を奪われるのを、なによりも嫌うって」
「自衛隊はやらかし続けているから、ここで汚名返上したいってのはありそうだな」
みんな、ボスモンスターに誰が対処すべきか問題では、特に日本の警察と自衛隊が必ず主導権を握ろうとするはずだと予想していた。
「肝心の戦力がないけどな」
なけなしの特殊部隊は、黄金のドラゴンのブレスで消滅させられてしまった。
自衛隊に至っては、ビルメスト内戦の時、太田寛一と組んで現役の将校や自衛官が、国内から武器まで持ち出して戦闘に参加し、俺に捕らえられてビルメストの刑務所に収監されている、なんて大不祥事もあった。
このことが公になった時、野党は『軍靴の足音が聞こえてくる!』と大騒ぎしたものだ。
もっとも、『ダンジョンのおかげでエネルギーと資源の輸出国となり、イワキ工業のおかげで最先端の魔導技術を独占している日本の防衛力が今のままでいいのか?』という現実のせいで、思っていた以上に大騒ぎにならなかった。
それに関わった自衛官と政治家、官僚、民間企業、右翼団体の人間が逮捕され、 これから裁判で法律に則った罰を与えられるだけだ。
当然、とっくに職場から辞職、追放されているけど。
多少自衛官は減ったが、これからゴーレムを増やしていくのでそこまで問題になっておらず、 なにより思想的に危ない奴がいなくなったので、自衛隊として好都合だったはず。
それなのに、ハグレモンスターに対処する組織を牛耳りたいと思っているのか。
「これを機に、冒険者を統制したいのでしょうね。警察や軍隊にいる人間が考えそうなことです」
「王国軍もそんなものだったなぁ」
イザベラの考えに俺も同意した。
向こうの世界の軍隊も、魔王やモンスターの脅威を利用して、自分たちの権限と規模と予算を増やそうと必死だった。
そのせいで、かえってこちらの足が引っ張られたなんてこともあった。
「人間の業だよな」
ハグレモンスターに対処するのが最優先なのに、それを自分たちが全部仕切らないと気が済まない。
「多かれ少なかれそういう人間じゃなければ、軍人になったり、役人になったりしないけどね」
ホンファの言うとおりで、軍人や役人がいなければ国は回らないわけだし。
加減の問題だと思うが、なかなか難しい話である。
「自分たちで戦力を揃えてハグレモンスターに対処するのでしたら問題ありませんが、このような危機を利用して、私たち冒険者を自分たちの支配下に置こうとする考えが許せません」
「アヤノ、もしかしたら彼らも合理的に考えて、ハグレモンスターへの対処は私たち冒険者に一任してくれる……わけないわね」
綾乃の予想はほぼ当たると思う。
自由の国、アメリカ出身のリンダですら、ハグレモンスターの件では軍がこれを利用して権限を増やそうとしていると思っていた。
冒険者にすべて任せた結果、あまりお金にならないからと言って全員がハグレモンスター退治を拒否し、国土がハグレモンスターに荒らされたらたまらないと思っているのだろう。
「良二、どう思う?」
「俺も嫌な予感しなしないなぁ……。まあでも、今は実績を積むしかないな」
これまで自由にやってきつつも、冒険者はちゃんと義務も果たしている。
ドザクサに紛れて役人の下につけられ、上から目線で命令されたらたまったものではない。
「ルナマリア様、次はいつ頃ハグレモンスターが出現しますか?」
「少しペースは早まってきたのかも。三日後くらいね。場所はもう少し直前にならないとわからないわ」
ハグレモンスターの出現時期と場所をルナマリア様が予言できるので、今のところは俺たちだけでなんとかするしかないかも。
だが俺も、ずっとハグレモンスターを警戒しているわけにいかない。
冒険者特区間で連絡を密にし、ハグレモンスターに対処する組織なり、体制なり……そういのは西条さん経由で、田中総理にお任せするかな。
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