第130話 ハグレドラゴン

「古谷さん、結局徳川家の財宝ではいかと言われていた大量の慶長大判ですけど、誰が作ったのかよくわからないレプリカが大量に混じっていますし、ダンジョンで見つかったものを文化財として保護する法的根拠が見つかりませんでした。文化財は発見された場所も重要なのです。お返しするので、あとでちゃんと納税してください。あっ、慶長大判は物納しても構わないそうです」


「高橋先生に相談したら、現金でも納税できるそうですから、現金で納税しますよ」


「……まあ、古谷さんがこれ以上現金を持っていても仕方がないですからね。いいんじゃないでしょうか」


 やはり文化財名目で、ダンジョンでドロップしたアイテムを国が取り上げることはできないと、西条さんが教えてくれた。

 その代わり納税しないと駄目だが、幸いうちの会社は使わない現金が有り余っているので、物納する必要はない。

 最近、人工人格が発達して会社経営にも長けてきたプロト1と相談した結果、必要以上の現金を会社に溜め込むのはよくないという結論になり、納税で吐き出すことにした。

 ただし、現金の代わりに大量の貴金属、各種金属、レアメタル、レアアース、宝石、魔石、モンスターの素材、美術品などの量が劇的に増えていたので、俺の資産は増える一方だ。

 そして増え続ける資産額を見ても、今ではなんとも思わなくなった。

 いまだに実感はないし、最悪全部なくなっても古谷企画の資産に入れていない財産の方が多く、なんならこれも全部なくなって俺が無一文になっても、別に生活に困るわけではないからだ。


「現金は稼ごうと思えばいくらでも稼げるから、資産は現物の方がいいかも」


 数年後に控えた、太陽の黒点が増えることによる寒冷化と食料不足が深刻になる予言もある。

 太陽を挟んで地球の反対側にあるため、黒点が増えることによって起こる寒冷化はアナザーテラでは発生しない。

 ゴーレムたちを大量に動員して大規模農業をやらせているし、まだ食べられる廃棄食料も集めていた。

 食料不足になったら、現金よりも食料の方が価値があるなんてことになりかねないからな。

 ある意味俺は、お金の苦労から解放された?

 なんて言うと、世間から叩かれそうだけど。


「今日もダンジョンですか?」


「そうですね」


 最近は、フルヤ島のダンジョンのクリアーと撮影が終了間近で、さらにレベルを上げるべく、モンスターが強いアナザーテラのダンジョン攻略にも集中していた。

 地球とほぼ同じ数の図ダンジョンがあるため、さすがにだだ全部のダンジョンのクリアーと動画撮影を終えていないが、こちらもクリアーと撮影は順調だ。

 ただ、アナザーテラは公式にその存在が認められていない。

 なにしろ俺しか行く手段を持っていないので、いまだに俺が名前を売るための嘘、陰謀だと騒ぐ人が世界中にいるのだから。

 ただそう悪い話でもなく、公式に認められていないということは、莫大な固定資産税を支払わなくて済むわけで。

 人類がアナザーテラを認知するには、無人探査衛星を太陽の反対側に送り込むか、有人宇宙船……が完成するのは、いったいいつの日になるやらだけど。


「行ってらっしゃい……っ!」


「地震か?」


 急に事務所が揺れた。

 震度3くらいなので、なかなかの揺れだ。

 そして、同時に俺はとんでもない存在を『探知』してしまった。


「ダンジョンの外でモンスターの反応? それも大きい!」


 しかも、上野公園ダンジョン付近だ。

 このダンジョンは潜る冒険者が多くて『手入れされているダンジョン』なので、モンスターが湧き出る可能性はほとんどないはずなんだが、絶対とは言い切れない。

 だがその可能性は、ソシャゲでウルトラレアを引く以上の確率なので、運が悪いとしか言いようがなかった。


「見えた!」


 古谷企画の本社があるマンションの窓から、プラチナ色の巨大なドラゴンが見えた。

 上野公園ダンジョンでは見たことがないドラゴンであり、どうやら単純にダンジョンから出てきたわけではないようだ。

 なぜそう言い切れるのかと言うと、それなら今頃、上野公園ダンジョンの入り口が破壊されて大騒ぎになっているはずだ。


「上野公園ダンジョンにいないドラゴンが、その上空に出現する。レアな現象だな」


 冒険者が入らないダンジョンからモンスターが溢れ出る時は、必ずそのダンジョンに生息しているモンスターが地上に出てくる。

 その場合、一階層に生息するスライムしか出てこないなんてことはなく、人間が討伐しないで数が増えすぎた各階層のモンスターが、ランダムに地上に送り出されてしまう。

 人間が入らないとダンジョンが消えるケースの方が多いけど、消えたダンジョンにはその世界から消滅はせず、他の人間がよく入るダンジョンと統合して階層が増える。

 だが中には、人間が入らないと増えすぎたモンスターが溢れ出てくるダンジョンもあり、この現象はダンジョン消滅の前兆であることも多いので、向こうの世界でもその対策で苦労していたな。

 向こうの世界では、ダンジョンから地上に出てきたモンスターが増殖し、それを魔王軍が操ったり、野良モンスターが人間を襲う事件も定期的に発生していた。

 地球上にモンスターが溢れると困るのだが、同時にまったく人間が入らなかったダンジョンが消滅し、その地方に住む人たちがエネルギーと資源を手に入れにくくなって過疎化するなんてケースもあり、『ちょうどいいダンジョン』というのも難しいものであった。

 地球の場合は後者の方が多くて、ちゃんとダンジョンに冒険者を送り込まなかった国で、せっかく発生したダンジョンが消滅してしまう事例が現時点で二十三ヵ所もあり、消えたダンジョンは上野公園ダンジョンを始めとする世界中でよく冒険者が潜るダンジョンと合体して階層を増やしていた。

 ダンジョンの階層が増えるとダンジョンコアが無効になり、攻略がさらに難しくなってしまうが、俺はとっくに階層が増えたダンジョンの再攻略と、その様子を撮影した動画を順次配信している。

 上野公園ダンジョンは、千五百階層、恐山ダンジョンは千二百階層、大雪山ダンジョン、摩周湖ダンジョン、阿蘇山ダンジョンは千階層と。

 ダンジョン大国であり、ダンジョンに潜る冒険者が多い日本は、千階層超えのダンジョンが増えていた。


「ある程度ダンジョンの淘汰がひと段落したから、今度はダンジョンから地上に迷い込むモンスターが出現するようになったのか……」


 金色の竜のようなものだが、上野公園ダンジョンでは見かけないドラゴンなので、ダンジョンがランダムで出現させた可能性が高いか。

 プラチナドラゴン……今、俺が命名……が、上野公園ダンジョン特区にブレスでも吐かれると大変なことになる。

 俺は急ぎマンションのベランダから飛び出し、『飛行』でプラチナ色の巨大なドラゴンへと接近する。


「いきなりか!」


 プラチナ色の巨大なドラゴン、通称プラチナドラゴンは、俺を視界におさめてもまったく鳴かず、いきなり銀色のブレスを吐いた。


「銀色のブレス? 基本は氷か……」


 銀色ってどんな属性や系統かと思ったが、『探知』すると基本は氷のブレスのようだ。

 高威力の無属性放出魔法と巨力な氷魔法を組み合わせると、あの銀色になるようだな。

 俺はブレスを回避せず、 両手の平から同威力の『火炎』を放って相殺した。


「クソ……。回避はできない」


 もしブレスが、上野公園ダンジョン特区や東京の街中に着弾したら甚大な被害が出るからだ。

 ブレスは回避せず、確実に同威力の火魔法で相殺しなければならない。

 膨大な魔力が体内から失われるのが確認できた。


「ただ倒すよりも面倒だな」


 突然、上野公園ダンジョンで見たことがないプラチナドラゴンが出現した。

 こんな特別なケースは、俺が死ぬまでなくてもいい……これからも定期的にありそうだな。


「っ! こら!」


 どうやらプラチナドラゴンは、俺が周囲に被害を出さないように戦っていることに気がついたようだ。

 ドラゴンは基本的に狡賢いので、俺との戦いで優位に立つべく、わざと人間の住む街をブレスで焼き払おうとする。

 俺はそれを火魔法で相殺するのだが、ドラゴンのブレスを打ち消す魔法は膨大な魔力を使う。

 普通の冒険者には難しく、俺は自分で作った魔力回復ポーションを飲み干しながら、プラチナドラゴンのブレスを相殺し続ける。

 さすがのプラチナドラゴンでも、無制限にブレスを吐けるわけではない。

 ここは我慢比べだ。


「どちらが先に魔力切れとなるか。根競べだな」


 ただ倒すのなら簡単だが、 周囲に被害を出さないように倒すというのが非常に難しい。

 それでも、俺も投資して拡張工事を続けている上野公園ダンジョン特区を破壊されるわけにはいかないからだ。

 俺とプラチナドラゴンとの戦いは、プラチナドラゴンのブレスを俺が必ず火魔法で相殺し、わずかな隙を突いて攻撃をしてダメージを与えていく。

 いつも使っているゴッドスレイヤーを構え、振り回し、主に長い首を狙う。

 いかにドラゴンが強いモンスターでも、生き物である事実に変わりはない。

 首の頸動脈を断てば、大出血のちに失血死する。

 俺はそれを狙って、ブレスを火魔法で相殺しながら、プラチナドラゴンの首一ヵ所を集中的に狙っていく。

 すると、プラチナドラゴンの意識が数度同じ場所を攻撃されて傷ついた首筋へと向かった。

 命の危険を感じたようだ。


「(今だ!)」


 俺はその隙を見逃さず、次の攻撃も首の同じ場所に攻撃すると見せかけ、『飛翔』でプラチナドラゴンの頭上に飛びあがり、そのまま脳天にゴッドスレイヤーを突き刺した。


「ギュワァーーー!」


 断末魔の悲鳴と共にプラチナドラゴンは絶命し、そのまま地面へと落下していくが、これだけの巨大物が人間の住む街に墜落したら大変なことになってしまう。

 すぐに『アイテムボックス』にすぐには仕舞い、これにて地上に二度の出現を果たしたドラゴンの討伐に成功した。


「すげえ! さすがは世界一の冒険者だ!」


「助かったぜ! 古谷良二!」


「ありがとう、お兄さん」


 突然プラチナドラゴンが出現したので避難が間に合わなかった老若男女多くの人たちが、上空にいる俺に歓声をあげた。

 プラチナドラゴンを警察や自衛隊がどうにかできるわけがなく、それは先年の金色のドラゴンの件であきらかだ。

 先走りした、冒険者特性を持つ自衛隊員の特別部隊がブレスにより消滅してしまったのだから。

 その後、自衛隊は冒険者特性を持つ特殊部隊を再編しようとしたが、残念ながらあまり数が集まっていないと聞く。

 特殊部隊に選別されるほどの強さを持つ人なら、冒険者になって稼ぐ方が圧倒的に稼げるからだ。

 世界中の国や軍隊が自衛隊と同じように、冒険者特性を持つ者たちで特別な部隊を編成して戦力を強化しようとしたが、同じ理由で上手くいっていなかった。

 たまにとても愛国心が強く、冒険者になればいくらでも稼げるにも関わらず、公務員の給料で軍に所属している優秀な冒険者がいるけど、それは非常に珍しい例だ。

 残念ながら、人数がとても少ないので戦力としてはカウントしにくかった。

 兼業を認めたり、有事のみに仕事をする予備役扱いとなったり。

 色々と工夫を始めた国が出てきたが、自衛隊ではちょっと難しいと、前に西条さんが言っていた。

 現在、世界では副業をする人たちが増えており、平日は普通に働き、週末にスライム狩りをする人も増えてきた。

 ますます魔石の需要が増えて相場が上がり続けており、週一日や二日だけでもかなりの稼ぎになるからだ。

 だが、ダンジョンの外に出てしまったモンスターの討伐を兼業自衛官や警察官に任せるのとは話が違うので、もしこれから頻繁にダンジョンからモンスターが出てくるようになったら問題になると思う。


『社長、撮影をしていたドローン型のゴーレムが七機が落とされました』


「だろうな。まあ、想定の範囲内だから問題ないさ」


 今回は、プラチナドラゴンのブレスで壊される覚悟をして大量のドローン型ゴーレムを撮影に投入したが、ブレスにより七機が消滅してしまったと、プロト1からスマホで通信が入った。

 すでに簡単に作れるようになっていたし、俺がプラチナドラゴンを倒す様子を動画であげれば、十分に元が取れるどころか大した出費でもないので問題ない。


「ダンジョンに潜る前のいい準備運動になったな」


 今日も、アナザーテラの様子を見てからダンジョンの攻略と撮影を続けることととしよう。

 動画はプロト1がすでに編集を始めているので、終わり次第アップしてくれれば問題ない。

 一旦自宅に戻ってから、今日も予定通りに仕事を始めなければ。

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