第129話 財宝伝説の真偽
「しかしまぁ、埋蔵金じゃないのに、埋蔵金の匂い……可能性があるってだけで面倒なんだな」
「それな」
実際、過去に見つかった埋蔵金でも色々なトラブルがあったと、なにかで見た覚えがある。
ましてやそれが、徳川家の埋蔵金だとなぁ……。
「ええと、慶長大判は一枚164.9グラムだそうだ。製造枚数は、一万六千五百六十五枚と記録に残っているけど、そうなると四百万枚を超える慶長大判ってのは怪しいな」
剛がスマホで慶長大判について調べているが、確かに資料どおりだとこれほど沢山存在しているわけがないので、本物かどうかはかなり怪しい。
「元々大判は流通を前提とした貨幣ではなく、恩賞及び贈答用だそうだ。あと、一枚で一両となるのは小判で、慶長大判は八両二分の価値があるとされていたらしい。金の含有量だけ考えると、七両二分らしいけど」
「ということは、三千万両以上となりますね」
「鷹司は計算が早いな」
「ここにいる全員がそうだと思いますが」
全員高レベルで、知力が上がりまくっているからな。
そのくらいは余裕でできてしまう。
「ちなみに、金の量で換算すると七億トン前後です。慶長大判は、黄金色を引き立たせるため、意図的に銅が3パーセントほど含まれています」
「綾乃は詳しいな」
「昔、本家が徳川幕府から下賜されたものが実家にあったのです。まあ、以前から本家は財政的に苦しかったので、父は借金の際の担保として分家で預かったと言っていましたが……」
「綾乃の家は分家なのに、駄目な本家の尻拭いで大変だね」
「残念な結果になった本家ですが、昔から残念な当主というのはいて、先祖伝来の慶長大判を借金取りに取り上げられなかっただけマシだと思います」
「五摂家の当主なのに、あのオッサンは残念な人なんだな」
「本家はここ三代くらい、一発逆転を狙って投資に大量のお金を注ぎ込んで大損失を出していますから。それに担保とは言っても、慶長大判の価値以上のお金を借りて返さないのですから、三代続けて本家はずっと残念です」
鷹司本家が残念なのは仕方がないとして、さすがは公家の一族。
慶長大判を所有しているとは驚きだった。
「うーーーん」
「どうした? 良二」
「これ、本物の慶長大判かな?」
「確か慶長大判って、偽物や復刻版が沢山あるんだよな。実際に、ほら」
剛が見せてくれた通販サイトのページには、老舗の金銀工芸品を製造するメーカーが販売する復刻版の慶長大判が紹介してあった。
パっと見た感じ、素人の俺たちでは本物と偽物の区別はつかなそうだな。
偽物はあとで作られたから、新しいくらい?
「これなんて、ほぼ純金の色合いだな」
「リョウジさん、わかるのですか?」
「わかるよ」
向こうの世界で手に入れた金貨を山ほど見てきたし、金貨を溶かして魔法道具の材料の金素材(純金)にすることもあった。
純金と他の金属が混じった金を見分けられないようでは、品質のいい魔法道具が作れないからだ。
「あっ、でも。これは本物かもしれない」
別の千両箱には、本物に近い色合いの慶長大判もあった。
「リョウジ君、これはどういうことなのかな?」
「うーーーん。これは俺の予想でしかないんだけど……」
ダンジョンが、この世界のあちこちにあった金や埋蔵品を吸収して、ダンジョン用のドロップアイテムにしてしまった時。
すでに慶長大判として存在しているものはそのままドロップアイテムとして流用し、鉱山から金も集めていたので、それでレプリカの慶長大判を作ったのかもしれない。
「千両箱もそうかな?」
「だと思う。そうでないと、これだけの数の慶長大判がこの世界に存在するわけがないからだ。とにかく、西条さんと東条さんに任せるしかないな」
「そうですね。良二様、今日は疲れたので夕食は外食にしましょう」
「いいね。剛も来るか?」
「そうだな。婚約者は、 今日は実家に帰っていないんだ。一人でなにか食べるのも寂しいからつき合うよ」
その後はみんなで夕食をとってから解散となったが、それからすぐにドロップアイテム化したと思われる埋蔵金や財宝でひと騒動起こるとは予想だにしなかったのであった。
『宝箱から大量の小判が出てきたぜ! やったぁーーー!』
『価値のある古銭が大量に、ドロップアイテムとして出てきました』
『現金が宝箱から出てきたんだけど、ダンジョンって不思議だなぁ……』
俺たちが大量の慶長大判を手に入れてから一週間ほど。
徐々に動画やSNS等で、ドロップアイテムとして小判、古銭、現金などを手に入れたという報告をする冒険者たちが増えてきた。
地中に埋まっていたり、自然環境下で放置されていた品がダンジョンに吸収され、修復、ドロップアイテムとなったものをゲットしたのであろう。
「東条さん、ドロップアイテムとして現金が見つかるって……」
「古谷さんの想像どおりだね。今頃、慌てふためいている連中が多いだろうなぁ……」
「リョウジさん?」
「あまりいい素性のお金じゃないだろうなってさ」
たとえば、反社会的な行為で得たお金や、脱税をするためどこかに埋めて隠したようなお金がダンジョンに吸収されてしまい、それがドロップアイテムとして再び世に現れたのだと思う。
というか、他にダンジョンで宝箱を開けたら現金が出てくる理由なんてあり得ないのだから。
「あとは、タンス預金ならぬ、現金を庭先などに埋めて隠していたケースか。ただ、いくら元の持ち主が大騒ぎしてもどうしようもないだろう」
現金に名前が書いてあるわけでは……もし書いてあっても、ダンジョンのドロップアイテムなのだ。
元の所有者は諦めるしかない。
「東条さん、世の中には諦めの悪い人たちが大勢いるんです。あなたも元警察官ならわかるでしょうに」
とそこに、西条さんも姿を現したが、彼の顔色は優れなかった。
「西条さん、なにかあったのかな?」
「ええと……。古谷さんたちが見つけた慶長大判ですが、ようやくすべて数え終わりました。真贋のチェックや、含有する金の量などの測定はこれからですけどね」
「それで、どうなるんです?」
「それなんですが、しばらく待ってください。田中総理から国税にもちゃんと話を通してありますので、脱税の罪に問われることはありませんから」
「なになにかあったんですか?」
「ええ、これから大きな騒動が起こるんですよ」
そう言うと西条さんは、普段滅多につけない古谷企画の元本社に経費で購入して置いてあるテレビをつけた。
相変わらずワイドショーばかりだが、その内容は大分いつもと様子が違うようだ。
「とある冒険者パーティが大雪山ダンジョンで手に入れた小判ですが、開陽丸の幕府埋蔵金ではないかという話が出ておりまして、それならば国が地元に納めるのは筋ではないかという議論になっているのです 」
確か、幕末の混乱時に榎本武揚が大阪から持ち出した公金を開陽丸に積んだのはいいが、船が江差攻略中に悪天候で沈んでしまい、行方不明になったものだったかな。
赤城山の徳川家埋蔵金の件で、他の埋蔵金もネットで調べたんだ。
「そんなことを言われても、発見者たちは困るんじゃないかな?」
いくら北海道にある大雪山ダンジョンで出た小判とはいえ、 それだけで開陽丸の幕府埋蔵金だという保証はないのだから。
言いがかりとしか言いようがない。
第一、北海道の埋蔵金や財宝が必ず北海道のダンジョンでドロップする保証はないからこそ、この問題はややこしさを増しているのだから。
「運悪く十五万両相当ありまして、開陽丸の幕府埋蔵金は十五万両という説が濃厚だったので、ほぼ同じ金額だからそうだろうと」
「そもそも、開陽丸の幕府埋蔵金が十五万両だという説の裏付けは取れていないのではないのですか?」
「そうなんですよねぇ……。でも、開陽丸の幕府埋蔵金が事実だと認めたくなる人たちは増える一方でして……政治家だの、官僚やらがです」
イザベラの問いに、呆れた口調で答える西条さん。
埋蔵金の伝承というのは、あくまでも推察でしかない。
開陽丸の幕府埋蔵金が本当に存在し、それが十五万両なんて保証はどこにもないのだ。
もしかしたら、存在しない可能性だってあるのだから。
「埋蔵金の金額なんて、そもそも本当にあるかどうかもわからないのに、これほどあてにならないものはありません」
「鷹司さんの仰るとおりなのですが、本来開陽丸の幕府埋蔵金があったとされる江差町からすれば、発見されたら町の予算としている使える埋蔵金を、冒険者に奪われるわけにはいかないという考えなのです」
「でも、これまで見つかっていないよね?」
「江差にはダンジョンがありません。過疎化も深刻で、埋蔵金があれば過疎化対策に使えると町は考えたわけです。この問題は思った以上に根が深いです。 例の徳川家の埋蔵金については絶対に口外しないでください」
「わかりました」
これまで定期的に世間を賑わせていた埋蔵金発見のニュースは、ダンジョンのせいでもう二度と流れなくなることが確定した。
なぜなら、埋蔵金がダンジョンのドロップアイテムとなってしまった確証を、テレビ局が掴むことができなかったからだ。
今後ますます、冒険者がドロップアイテムとして埋蔵金らしきものを発見するケースが増えるだろうが、それが元は埋蔵金であった証拠などどこにもなく、そこに元の権利を主張する人たちが訴えると話がややこしくなるだけ。
もしそれを嫌がる冒険者たちが、ドロップした埋蔵金を隠すようなことになれば……。
国としては、申告してちゃんと納税してくれた方がいいのだから。
結果、テレビで埋蔵金の話は殆ど出なくなってしまった。
「でも埋蔵金っぽいものは、見つけてもしばらく死蔵するしかないな。立て続けに見つけたことが知れると、また世間から叩かれるだろうから」
実はあれから一週間。
富士の樹海ダンジョンの攻略を進め、俺は三千九百階層を突破したのだが、その過程で多くの紫色の宝箱をゲットした。
そしてその中には、大量のお宝が入っていたのだけど……。
「砂金を五十トンほどドロップした」
「アイヌの大酋長コマシャインを討伐し、道南の支配権を確立した武田信広が集めた財宝を隠したとされる伝承があります。数兆円規模との話ですが、金はこのところ相場が上がり続け、すでに一グラム四万円を超えています。時価数十兆円規模ともおかしな話ではありません」
「この白金、千百二十五キロは?」
「軍艦吾妻の埋蔵金である可能性が高いですね。日露戦争時、占領した北樺太の金融機関などから押収した白金が三百貫あって、戦後処理に困ったので処理したと言われているものです。白金の量もほぼ合っていますから」
「くっ、詳しい……」
「鷹司家は古いので、その手の噂が流れてきやすいのです。今ではネットで調べるとすぐに詳細が出てきますけど。それにしても、この一週間で随分と埋蔵金らしきドロップアイテムを手に入れてるのですね」
徳川家の埋蔵金もそうだが、評価額が高いものほどダンジョンの深い階層にあるような気がする。
特に、富士の樹海ダンジョンの千階層以下。
たまに他の冒険者たちも、ドロップアイテムで埋蔵金らしきものを手に入れているけど、階層が低いと評価額が下がる傾向にあるな。
稀に低階層でも、評価額の高い埋蔵金や財宝が見つかる可能性があるけど、それはスマホゲームのガチャでトリプルレアを引くよりも難しいような気がする。
「源義経、大久保長安、豊臣秀吉、結城家、里見家、彰義隊、天草四郎、キャプテン・キッド……日本だけでもとんでもない数だな」
どれが本物で、どれが偽物の埋蔵金か?
誰にもわからないというか、ダンジョンのせいでわからなくなったと言うべきか。
「元々隠されていた場所から、ダンジョンのドロップアイテムになっちゃったからね。世界中にも沢山埋蔵金伝説があるけど、地面に埋まってたらもう見つからないね」
「それなぁ」
ホンファの言うとおりだ。
現在のトレジャーハンターは、冒険者になってダンジョンの深い階層に潜れないと、高額のお宝を得られなくなってしまった。
冒険者特性がない人は、引退を余儀なくされるだろうな。
「数千万円くらいなら、ちゃんと準備して真面目にスライムを討伐すれば数年で手に入りますけど……」
「アヤノの言うとおりよ。本当にあるのかどうかわからない埋蔵金を探すよりも、そっちの方が確実よね」
「まあそうなるかな」
イザベラたちと話してる間にいい感じで話が纏まったのだけど、その日の夜、俺はさらにレベルアップで広がった裏島に建設した倉庫で、膨大な量の金銀財宝を見ながらため息をついていた。
実はこの一週間、富士の樹海ダンジョンで低階層にチャレンジすればするほど、次々と紫色の宝箱から手に入ったものばかりであった。
「日本の大判小判ばかりでなく、金貨とか、宝石、美術品……いつの時代のだ? とにかく沢山あるけど、西条さんと東条さんには、あとで教えた方がいいな」
結局、徳川家の埋蔵金とされる慶長大判は、四分の一ほどが本物で、他はレプリカとされた。
ただ、すべて同じ大きさと重さの純金でできているので、その資産価値は膨大なものだったけど。
そして結局、本当に慶長大判が徳川家の埋蔵金であるという証拠は見つからなかった。
入っていた千両箱は江戸時代のものだが、割とよく蔵などで見つかるものだったからだ。
江戸時代のものだが、徳川将軍家が用意したという証拠もなく、そもそも四分の三の慶長大判がレプリカだったので、俺はダンジョンに吸収された金が、レプリカの慶長大判に変化したものだと思っている。
まあ、これも証拠があるわけではないけど。
「西条さんと東条さん、頭を抱えていたな」
徳川家の埋蔵金だと断定して、文化財保護法を盾に国のものにするという意見も根強いそうだか、ダンジョンで見つかったものを文化財と断定して国が奪った場合、冒険者がドロップアイテムを隠匿してしまうか、どうせ国に没収されてしまうので探索の手を抜く可能性があった。
ダンジョンは国のものだが、埋蔵金が埋まっていた国有地と同じ法律を適用できない。
そもそも、文化財保護法をダンジョンに適用する法的な根拠がないそうで、どうするのか決めるのにまだ時間がかかるので待ってくれと言われていた。
「そんな状態で次のお宝の話をしてもなぁ……。決まってから考えよう。しかし、倉庫を増築させておいてよかったな」
鉱山で金が採れなくなったせいで、現在金の価格が高騰し続けている。
いくらダンジョンで冒険者たちが頑張っても、世界で採掘していた金の量よりも圧倒的に少なかったからだ。
「金は1グラム39987円、銀は1グラム2517円……銀も随分と値上がりしたなぁ。白金は86374円……暴騰と言ってもいいな。まあ、魔導技術を用いた品を作るのに、白金はよく使われるからな。このところパラジウムに相場は負けていたけど、恐ろしい勢いで値上がりしてしまったな。ミスリルも高いなぁ……」
貴金属の他にも、大量の宝石もあった。
向こうの世界で手に入れて死蔵していたものも多く、だが公にするわけにもいかず。
さてどうしたものかと悩んでいたら、そこにプロト1がやってきた。
「オラ、ちゃんと古谷企画の表の帳簿、裏の帳簿も毎日ちゃんとチェックしてますよ。古谷企画の正式な資産ですが、時価にしておよそ二京円ほどです。アナザーテラの所有権はまだ正式に確定していないので、これは除いていますけど」
「もう実感が湧かないな」
〇まい棒、何本分だろう?
そういえば、 最近値上がりしたんだよな。
〇まい棒と〇〇ガリ君の値上げは許せるけど。
「でも、世界一のお金持ちであるロスチャイルド家の半分にも及ばないです」
「別に、ロスチャイルド家に勝たなくてもよくないか?」
「確かに勝ったところで意味はないんですけど、このまま社長が冒険者を続けているだけで、あと数年すれば追い抜けると思います」
「……そうなんだ」
とにかく大金も入ったことだし、今度みんなでお高いレストランにでも行こうかな。
ちゃんとお金を使って経済を回さないとと思わなくもないけど、残念ながら元々貧乏性の俺では色々と難しいと思う。
どこかに、一億円ぐらいするコンビニ弁当とかないかな?
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