第127話 事後処理 

「……田中総理、 どうしますか?」


「どうもこうも。逆に西条君に聞くが、あの直径五十キロを超える巨大な空中都市とやらを、古谷君から取り上げることはできるのかね?」


「わかりません。案外、日本政府が接収すると言ったら素直に受け入れるかもしれません」


「そうなのかね?」


「その代わり、日本政府の誰かが、あの動画に撮影されていた黒いゴーレムと戦って勝利する必要があります。勝利すれば、空中都市の管理人である黒いゴーレムは、その人を新しい所有者として認めてくれるでしょう。あっ、ですが……」


「ですが、なんだね?」


「もしそうなったとしても、やはり空中都市の所有者は、黒いゴーレムを倒した人物ということになります。どうやらあの空中都市及びその管理人は、空中都市の権限を個人に委ねる性質を持っているようです。あの空中都市はムー文明の遺産で、王様に権力を集中させて効率のいい統治を行なっていたとか。だから、もし古谷さんが空中都市と権利を放棄したとしても、あまり意味がないような気がしてきました」



 空中都市の管理人は、所有者は個人ではなく国や組織が所有者になることをえらく嫌う。

 もし日本が便宜上誰かの所有物にするにしても、空中都市の管理人はその人の言うことしか聞かないはずだ。

 なにより、ドラゴンよりも強い空中都市の管理人を倒せる冒険者を日本政府がお飾りにすることができるかどうかだ。

 私はとても難しいと思っている。

 もしその人物の頭ごなしに日本政府が命令をしても、絶対に空中都市の管理人は言うことを聞かないだろう。

 そもそも空中都市の管理人に認められるほどの人間……強い冒険者だが、ホイホイと日本政府の言いなりにはならないと思う。

 結局、古谷さんが空中都市の所有権を放棄してもあまり意味がないのだ。


「だよなぁ……。相変わらず与野党の政治家、官僚、財界のご歴々が、あの空中都市に興味があって仕方がないようなのだ」


「古谷さんにお願いすれば、空中都市のデータを提出してくれるのではないですか?」


「それはありがたいが、今はやめた方がいいかもしれないな」


「ほほう、どうしてです?」


「今の日本政府と公官庁と企業では、簡単に情報が世界中に流出してしまうからだ。スパイ法もない我が国の防諜体制はお寒い限りだからな。そこで、空中都市は古谷企画が所有するドロップアイテムという扱いにし、相応の法人税を払ってもらった方が話が早いという結論に至りつつある。古谷君がムー文明に関する情報や技術を独占、秘匿し、状況に応じて日本政府及び日本企業に提供してもらった方がまだマシというものだ。悲しい現実だが、それが日本の現状というのは西条君も知っているだろう? いまだに、『日本政府が取り上げろ!』とか、『国連の管理下に置け!』とか、いつもと同じような連中が大騒ぎしているが、口先だけの無責任な連中が実行もできない夢を語っているにすぎない」


 古谷さんがムー文明の遺産である巨大な空中都市を手に入れたので、またも世界中が大騒ぎになっていた。

 だが、太平洋の真ん中に出現した小島と共に、これが古谷さんのものであることは周知の事実となっている。

 日本政府としては、彼がフルヤ島と名づけた島と共に彼の所有物である方が都合がいいと考えたようだな。

 領土としては大した広さではないが、領海と排他的経済水域が広がる。

 資源とエネルギーの枯渇でさほど価値はないと言われているが、ないよりはあったほうがいいに決まっているし、フルヤ島は別の世界に飛ばされていたものが戻ってきて、それを古谷さんが一番に発見した。

 今の時代、戦争などで奪い取れば世界的な批判も大きいが、島は古谷さんが一番に発見しただけだ。

 平和的な方法で自分の国の領土が増えて嬉しくない国民はいない。

 田中内閣の支持率が上がるので、田中首相からしても不都合なことはなにもないはず。

 だから私は、ちゃんと彼が古谷さんのフォローをしてくれることを祈っているよ。


「(そんなことすらできないのであれば、私たちとしては別の人が総理大臣になってくれた方が都合がいいのかもしれないのだから。支持率を上げる協力をしてやっているんだ。そのくらいの気は利かせてください)現在古谷さんは、イザベラさんたちと共にフルヤ島にあるダンジョンの攻略と撮影を続行しています。以前よりはペースを落としているので、他の仕事も再開していますが……」


 空中都市の状況の把握にはもう少し時間がかかるはずだ。

 マスコミや世界中の国々や人々、企業が大騒ぎしているので、彼らの無用な横やりを止めるのが、田中総理のお仕事というわけだ。


「動画で出ていた、ムー王国のゴーレムに似たロボット兵、車両、謎の誘導弾、ビーム兵器、航空機、円盤型の飛行兵器、そして人型で飛行可能な兵器。それに興味を持つ国は多い。すべてとは言わないが提供してもらいたいものだ」


「それなら、財務省と相談して物納という形にさせてしまえばいいのでは?」


「……まあその方法が一番角が立たないだろう。日本政府だけが無償提供を受けたと聞いたら、間違いなく世界中から批判されるだろうからな。問題は他国に売却するかどうかだ」


「空中都市は太平洋上にあります。アメリカには売却せざるを得ないでしょうな。それに……」


「それになんだね?」


「間違いなく、ムー王国が装備していた兵器類ですが、時間はかかりますが世界中に拡散するはずです」


「世界中に? どうしてだね? 古谷君がダンジョンでボスモンスターをしていた空中都市の管理人を倒し、モンスター化していた兵器類もすべて回収したのでは?」


「これは、古谷さんの推測なのですが、どのような理由にせよ。ムー文明の兵器類がダンジョンに吸収、改良されてモンスター化したのは事実です。だからダンジョンは、それらを覚えてしまった。材料があれば作り出せるので、他のダンジョンでドロップアイテムとなる可能性が高いと。勿論、レアアイテム扱いでそんなに大量にドロップすることはないと思いますが……」


「困ったことだ。ダンジョンが、世界の軍事常識まで大きく変えてしまうとは……」


 田中総理は嘆いているが、最初はラジコンの亜種くらいに思われていたドローンが軍事転用されるようになった事例もある。

 彼も一国の指導者なのだから、もしそれに対応できないのならすぐに総理大臣を辞めた方がいいだろう。

 あなたは、古谷さんのおかげで安定した政権を運営できているのだから。





「ムー王国軍は、わずか三人で運用されていたって?」


「はい。ムー王国の国民たちは、アトランティス共和国が自分たちを敵視するようになっても、なかなか軍備を増強しない状況が続きました。誰も軍人に志願しなかったのです」


「それで、ゴーレム兵士や、無人でも動く優れた兵器類なのですね」


「イザベラ様のおっしゃるとおりです。ただ、さすがに人間がゼロというわけにはいきませんでしたので、極めて優秀な人を高額の給料で雇いました。三名いるのは、常に戦時に備えて待機していないといけないので三交代制だったんですよ」


「その気になれば、一人でも運用できるんだ」


「運用といいますか、軍人は王様から下された命令をゴーレム兵や兵器に伝えるだけです。間に一人人間を挟んだのは、強権を持つ王様の暴走に備えてですね」


「これらの兵器類や戦闘システムを各国が導入すると、多くの軍人が失業しそうですね」


「綾乃様のおっしゃるとおり、軍隊は人間が動かさなければならないという、強い拘りを持つ軍隊以外は、大半の人間が不要になります。そして無理に人間を軍人にしている国の方が負けてしまう。アトランティス共和国ですら、徐々に人間の軍人を削減している状態でしたから」


「わお。グランパがそれを口にしたら、軍人さんたちからの票が入らなくなって失業しちゃいそう」


「アメリカはそうだろうな。しかしまぁ、これだけの戦力があれば空中都市は守れるというか、戦争になることはないか」




 空中都市フルヤにある、軍の設備と、兵器を生産する工場がある区画を見学していた。

 すべてを見て回るのに時間がかかるが、俺の所有物なのでちゃんと現状を把握しておかないと。

 空中都市はムー王国の領地でもあるので、それを守る軍隊が存在していた。

 だが、ムー文明は進歩しすぎて、アトランティス共和国という仮想敵国があったのに、軍人に志願する人がゼロに近かった。

 満たされた人間が、軍になんて志願しないだろうからな。

 そこで、なるべく人間を使わない軍隊が編成されている。

 AIで動くゴーレム型のロボット兵と、各種戦闘車両、 ヘリ、航空機。

 だが、ロボット兵以外はすべて旧式で倉庫にしまわれていたそうだ。

 タイヤではなく、反重力発生装置を利用して宙に浮きながら移動する戦車や装甲車が旧式って……。

 戦闘機も同じで、ムー王国軍の最新兵器は大小の円盤と飛行可能な人型兵器であった。

 円盤は好きな場所に空中停止できて、地面を這うようにゆっくりと進むこともできる。

 陸上兵器と空中兵器を分けて製造、運用する意味がなくなり、今では大きさや武装、用途が別の円盤のみを製造していると、黒助が説明する。

 その方が、素材や部品なども共通化できて生産効率が上がるからだろう。

 修理や整備が楽になるという利点もある。

 なお、どんなに時代が進んでも歩兵が使われなくなることはあり得ないと、黒助が力説していた。

 俺は軍事に詳しくないので、空中都市のことは守りも含めて黒助にすべてを任せることにしているから、彼はよろしくやってくれるはずだ。

 黒助はゴーレム、ロボットなので性別はないが、プロト1と共に『彼』ってイメージだな。


「ちなみに、戦力はいかほどでしょうか?」


「ムー王国は人口の少ない小国なれど、一国を守っていた戦力ですからね。それなりの数はあります。人間の軍人がいないので、耐久消耗材だと割り切って予備もかなり揃えていますから」


「人間が死なない分、防衛戦争になっても反戦気分が出にくく、兵士の士気が落ちないのはいいと思います。費用対効果につきましては、人間の兵士が戦死した時のように一時金や遺族年金が不要な分、節約にはなるのですかね?」


「その代わり、雇用の調整弁としてはまったく役に立ちませんが。まあ、ムー王国の場合、働かなくても年金が出るので、兵士をやるぐらいなら無職の方がマシだという国民が多かったのですが……」


 プロト1と黒助だが、特に対立することもなく効率的に話し合って仕事を進めているようだ。

 しかしまぁ、ゴーレムがこれだけ優秀だと、仕事を追われる人間は増える将来もあり得るのか?

 今後の世界のことだけど、どうせゴーレムがなくてもロボットとAIの進化で仕事がなくなる人も増えることが予想されていたので、ダンジョンや俺たちのせいではないと思う。

 そういことにしておこう。


「黒助さん、ムー王国には『ベーシックインカム』制度があったんですね」


「ええ、科学技術が進んで多くの仕事をロボットとAIが担うようになると、大幅に失業率が上がりまして。ですが、人間にやらせると効率が落ちますし、資源やエネルギーに無駄が出てしまいます。なので、たとえお金にならなくても自分の好きな仕事を始めるか、開き直って趣味や遊びに没頭する人も多いですね。結婚しない人も多いのですが、中には子供を沢山作る夫婦もいたので、ムー文明の人口は最後の数百年ほどは百万人を保っていました」


 綾乃は、ムー王国にベーシックインカムがあることを驚いていた。

 数万年前に、しかも王政国家でそこまで進んだ制度があったなんて……。

 ただそんな進んだ文明でも、思わぬアクシデントで滅んでしまうことがあるんだな。

 永遠に繁栄する国家などあり得ず、まさに諸行無常ってやつだ。


「空中都市は、私が首にかけていたペンダントの中にしまってあったため、ダンジョンによる変質から免れることができました。基本的に、ムー文明はすべてのものが電気で動いています」


 そして空中都市の発電方法は、ブラックホール炉と、水を用いた核融合発電だ。

 ただ、兵器類の大量稼働で多くの電力を使用すると、移動都市内の電力使用に制限が入る。

 現代のEV車の走行距離を考えれば自ずとわかるもの。

 だがガソリン車は二酸化炭素を排出するので、ダンジョンが出現する前まではEV車の普及が始まっていた。

 ところが、魔液を燃料に用いると二酸化炭素を一切排出しないため、現在ではかなり不利な立場に追いやられている。

 日本の車メーカーのハイブリッドエンジンを用いると、魔液を燃やしながら発電もでき、それを使用することができる。

 エンジンの主要部品をミスリルメッキすると、世界基準で定められた濃度の魔液一リットルで五十キロ以上走れるので、優れたエンジン技術を持つ日本のメーカーは大忙しいらしい。

 ただ、増産と生産効率向上のための工場の新設や改装にお金はかけるが、社員の数については減らす方向にあった。

 産業用のロボットと、作業用のゴーレムを大量に配置した、少人数で動かす大規模な工場が主流になっていたからだ。

 そんなわけで、兵器が電力で動くという話を聞いて少し不安になってしまった。


「ご心配なく。ムー文明の優れたバッテリー技術のおかげで、すべての兵器は長時間稼働することができますから」


 EV車も、自然再生エネルギーも、長時間大量に発電した電力を蓄えることができるバッテリーがないのが弱点だと聞いたことがある。

 大量の電力を長時間溜めておくことができないから、火力発電所も原子炉力発電所も二十四時間稼働しているのだから。

 だが、ムー文明には優れたバッテリーを製造する技術がある。

 だから電力で兵器を動かすのか。


「歩兵五個師団、陸海空すべてで使える万能型飛行円盤が二千機、 あとは空母六、大型護衛艦二十四、小型多目的護衛艦二百四十、潜水艦は、大型の飛行円盤で代用できるので、すべて予備に回されました。戦車などの旧式先頭車両、航空機各種も同じです。そして威圧用も兼ねて、機甲機動兵……人型の兵器も八百体ほど所持しています」


「……良二、随分と軍備を持っているようだが、必要なのかな?」


「備えあれば憂いなしと言うじゃないか。どうせこの空中都市に入ってこれる国や人はいないだろうし、まさか突然戦争をふっかけられることはないと思うが、万が一の可能性もあるから。普段は仕舞っておけるんだろう?」


「ええ。この空中都市の基地に収納しておけば、あとは私が維持しますから。もし戦争になっても、すぐに兵器の生産工場が戦時体制に入ります。試験資源あればいくらでも製造できますよ」


「多分、しばらく用事はないと思うなぁ」


 続けて、ムー王国の人たちが必要な食料や生活物資を生産する工場を見せてもらったが、完全な無人で、ロボットたちが甲斐甲斐しく働いていた。

 ペンダントの外に出たので、食料や生活物資の生産を再開し、在庫を溜め込んでいる状態だそうだ。


「ただ、すでにこれらの食料や物資を消費するムー人が一人もいないんだけどね。食べ物は、光合成と人工培養で作ったものがメインなんだね」


 ホンファは、まるでSF小説に出てくるかのような、食料の生産工場を見て驚いていた。


「生鮮食料を生産する農業工場や、畜産、養殖工場もありますが、これらは高級品なのでかなり高額です。年金で暮らしている人たちでは滅多に購入できないでしょう」


 人工食料である缶詰やレトルトを試食してみるが、その味はとても美味しかった。

 食品成分表を見ると、栄養バランスやカロリーにも気を遣って作られているのがわかる。


「昔からの方法で作った食料は高級品で、科学技術を用いて安く美味しく安全に作られた食料が低価格品なのか……」


 人工の食料よりも、昔からの方法で作られた食料に価値を見出す。

 地球でも、有機無農薬栽培や、昔ながらの養殖、畜産で作られた食べ物が高額でセレブたちもこぞって購入しているので、人間というのは案外変わらないものだなと俺は思った。


「良二様、これからどうされますか?」


「大体状況はわかったから、黒助はこのままこの空中都市フルヤを維持し続けてくれ」


「畏まりました」


 黒助は俺たちに恭しく一礼してから、司令室内のれチス指令すtイチエイ頭を下げてから、

都市の中心部にある高層ビルの最上階で生活することになるけど、だからといってなにか変わったわけではないからな。

空中都市のビルを本宅、登記上の古谷企画の本社がある上野公園ダンジョン特区のマンションと裏島の屋敷、そしてアナザーテラにある家が別荘って扱いでいいかな。

しかし別荘が三軒とは、俺の人生には予想外のことが起こりすぎる。


「リョウジ、私たちがダンジョンで倒したゴーレムや兵器の残骸はどうするの?」


「うーーーん。どうしようかな?」


 空中都市の中にしまってあった兵器は電力で動くが、黒助がダンジョンに配置したロボットと兵器類は、一回ダンジョンに取り込まれた影響で魔力で動く。

 バッテリーがなくなっており、魔石か魔液を燃料タンクに投入すれば動くようになるし、燃費も思ったよりも悪くない。

 自分で残骸を修理して、実際に搭乗して性能試験をしてみた俺の感想だ。

 そういえば、ロボット以外の兵器は無人でも動くのに、ちゃんと人間が乗る操縦席がついていたのも特徴的だった。


「俺たちが日本にだけ提供すると、世界中の国から恨まれてしまうかもしれない。ならば、ムー王国の超科学を用いた兵器類が欲しい日本政府は、間違いなく物納で納品しろと言うはずだ。どうせ自分たちだけで運用、研究するなんて度胸がないから、欧米とかにも配るんじゃないかな?」


「でしょうね」


 まあ、最近ダンジョンのせいで調子がいいとはいえ、日本の軍事力では逆立ちしてもアメリカに勝てないからな。

 下手に敵視されるよりは、俺たちが物納した兵器を各国に提供するはずだ。

 どこの国に提供するのかは、日本政府の領分なので俺たちは関係ない。


「と、ブルーストーン大統領に伝えておいて」


「オーケー。日本の安全のために、日米同盟は保持した方がいいわよ」


「だろうね」


 どうせ日本が、完全にアメリカの軛から脱するなどということはあり得ないのだから。


「さて、俺はフルヤ島ダンジョンをクリアーしないとな」


「私たちは、富士の樹海ダンジョンでレコードを更新します」


「レベル10000を超えたから、エンペラータイムが使えるかどうか試してみたいものね」


「ですが、良二様とはエンペラータイムの倍率に大きな差があるので、これからは週に一度の合同パーティに戻ります。ふう……なかなか良二様に追いつけませんね」


「レベル200000を超えたんでしょう? むしろ差が開いていないかしら?」


「良二は他の件でも忙しいだろうからな」


「富士の樹海ダンジョンまで『テレポーテーション』で送るよ」


 俺は、イザベラたちを魔法で富士の樹海ダンジョンまで送ってから、フルヤ島のダンジョンを攻略し始めた。


「ロボットや兵器が消えると、本当に普通のダンジョンだな。ただ、レベルが低い冒険者には手に負えないだろうなぁ」


 フルヤ島ダンジョンの一階層にロボット兵は一体も出なくなったが、その代わり広大なフロアに恐ろしい数のスライムが群れでひしめき合っていた。

 ダンジョンなのに、迷路や壁が一切ないがゆえの悲劇である。

 当然、スライムたちは群れ……いや、軍団で襲い掛かってくる。

 もし冒険者特性がない人たちのパーティなら、あっという間に全滅してしまうだろう。


「スライムの軍隊かぁ……」


 モンスター化したロボット兵たちよりは弱いが、それは俺たちだから言えるのであって、あまりレベルが高くない冒険者には不可能だろう。


「四十階層までこんな感じなんだろうな」


 すでにクリアーした階層なので、適当に流しながら下の階層へと走っていく。

 そして初めての四十一階層だが、ここも広大なフロアーで決して迷う心配はないだろう。

 その代わり、多くのモンスターたちがまるで軍隊のようにひしめき合っていた。

 これでは、普通の冒険者には手に負えないだろう。

 どうやらこのダンジョンの基本戦術は、モンスターたちが数の暴力を用いて冒険者たちを虐殺することらしいから。


「ふう……エンペラータイムの倍率も上がったし、今日中にこのダンジョンをクリアーできるといいな」


 俺は四十一階層で、マジックバードの軍団との戦いを始める。

 そしてそれに勝利して四十二階層に下りると、やはり広大なフロアーとモンスターの軍団が。

 俺は、フルヤ島のダンジョンはこういうものなのだと理解し、攻略と撮影を続けるのであった。

 そして、プロト1が編集した動画が今日も投稿される。




『ダンジョン探索情報チャンネルです! ここは俺の島になったフルヤ島にあるダンジョンですが、一つのフロアーがとても広く、どの階層も数千~数万のモンスターの群れとの死闘になります。少しぐらいレベルが高くても、数の暴力に押し潰され、殺される可能性は高いので、冒険者の軍隊を整えられる人以外は、攻略を推奨しません。フルヤ島は私の所有ですが、ダンジョンは法律に定められたとおり誰でも入ることができます。ですので、他の冒険者がこのダンジョンに入ることを止められませんが、確実に死ぬので絶対に入らない方がいいと私は強く言っておきます』


 フルヤ島ダンジョンの撮影は、エンペラータイムのおかげもあり一日で終わった。

 ちょっと特殊なダンジョンで、実は百階層までしかなかったという理由もある。

 だが、百階層はベビードラゴンの軍団が数千体でひしめき合い、最下層のボスは『ビックドラゴン』という全長が一キロを超える巨大なドラゴンだった。

 俺は無事に倒すことができてダンジョンコアを手に入れることができたが、富士の樹海ダンジョンと同じく、相当な強さがないと一階層で全滅しかねない。

 そう伝えた動画だが、それ以前にフルヤ島までどうやって移動するのかという問題もネックとなり、フルヤ島ダンジョンに入る人間は俺しかいなかった。


 その代わりに……。


「マスター、ロボット兵を動かす軍事訓練がてら、軍にダンジョンでモンスター狩りをさせます。モンスターの素材ですが、この空中都市を維持するために必要な素材も多く、売却もできますから」


「社長、黒助さんが指揮するロボット兵軍団ですが、実に効率よくモンスターを狩っていますね。スライムの粘液なんていくらあっても余ることはないので、空中都市で使わない分は売却すればお金も儲かります」


「これ以上、儲ける必要があるのかな?」


「わかりませんが、私は社長の命令どおり古谷企画の決算を赤字にすることは決してありません」


「マスター、この空中都市を安全に維持するために、古谷企画の赤字は許されません」


「はあ……」


 プロト1は、黒助のボディーにも使われているセラミック複合材でその体を新調し、ムー文明の知識も手に入れてさらに高性能となった。

 黒助も、魔法や魔導技術を手に入れた結果、同じく性能をアップさせている。

 そして黒助も、古谷企画の専務に任じられてナンバー3となり、古谷企画はますます安泰……俺が必要なのか疑わしくなってくるほどだった。







『こちら今井一尉。戦闘機だが、 最高速度を試したらマッハ4まで出ている。なにより、これだけの速度で飛ばしてもGがほとんどかからない。反重力技術の応用らしいが大したものだ。すぐに航空自衛隊に配備してもらいたいな』


『こちら大月一尉。戦車も車両も、タイヤとキャタピラがなくて宙に浮いてるから、どんな悪路でもスイスイと進めるな。最高時速が時速300キロを超えた。装備しているビーム機銃、レールガンとビーム砲の威力は凄まじいとしか言いようがない。陸上自衛隊に今すぐ配備してもらいたいのだ』


『こちら赤崎三佐。小型船だが、速度も75ノットまで出た。探知能力と武装も大変優れていて、新しい軍艦にしては防御力がとても優れている。なにより省力化が進んでいて、人間は艦長の俺だけで十分ときた。いや、人間が一人も乗っていなくてもかなりの戦闘力を発揮するだろうな』


「東条さん、ムー文明の超科学兵器とはすさまじいものだな。まるでSFだな」


「西条さん、本当にそう思うよ」


 私と東条さんは、田中総理や政財官界の重鎮たちと何度も厳しい交渉を続け、ようやく古谷さんが手に入れた空中都市に関する後始末を終えることができた。

 結論から言うと、空中都市の所有者は古谷さんのまま。

 その方が色々と都合がいいという結論だ。

 下手に日本政府が持つと、世界中の国々から圧力を加えられるからという理由だ。

 これまで平和国家を標榜してきた日本からしたら、 ちょっと手に余る軍備だからな。

 そこで、古谷さんが命懸けで手に入れた空中都市を、横暴な国家が奪うのはよくないという世論を形成し、彼が手に入れたドロップアイテムという扱いになった。

 そして、空中都市一つという莫大な利益を得たので、ちゃんと税金を払ってください。

 物納を認めますよと言って、彼から空中都市の中にあった兵器類を納税してもらったわけだ。

 今、アメリカや他国の軍人たちも集まって、その性能試験をしている。

 これらの兵器は、どの国が配布している兵器よりも圧倒的に高性能で、なによりとても簡単に扱うことができた。

 現在の軍事常識では、徴兵したばかりの兵士は役に立たないと言われている。

 だがここまで操縦が簡単だと、一定以上の運動神経と視力があれば、数ヵ月の訓練で戦力になりそうだ。

 反重力技術が実用化されているので、操縦時にGがほとんどかからないというのも強みだ。

 各種探知機器や、AIを用いたサポートシステムも優秀なので、少し訓練すれば誰にでも操縦できるようになるだろう。

 なにより性能自体が、これまでの兵器を圧倒的に超えているのだから。

 当然日本はアメリカから圧力を受け、兵器類は先進国で分割するという話になったが、兵器を分けてもらえない国からは文句が出る。

 だが、文句を言われたからといって素直に分けるわけにもいかず……今の日本が、アメリカからの圧力に抗えるわけがない。

 アメリカが嫌がる国には、ムー文明の兵器類は分割されないだろう。

 これが、国家間のパワーゲームの現実というやつだ。


「あとは、ムー文明の科学技術に関する資料もか」


「ええ。ですが、あまりにも我々と技術力に差がありすぎて、これを再現するのは相当難しいのではないかと。少なくとも、先進国でないと手が出せないでしょうね」


 その間は、各国も大人しくなるはずだ。

 手に入れた情報を有効に用いて、他国を出し抜かねばならないからな。

 法整備なども必要になると思うが、今の日本は景気がいいし、反対ばかりする野党は人気がないので、国会対策もさほど難しくないだろう。


「今回の事件。田中総理にしては上手くやったのかな?」


「ダンジョンと古谷さんのおかげで、日本の国力が増えていたのか幸いしたのでしょう。力のない者がなにかを言ったところで、無視されるのが国際社会の常識ですから。残念ながら、どうも日本人にはそれが理解できない人たちが多い。不思議なことに、政治家にもいる」


「となると、私たちは古谷さんが自由に活動できるように守り続けないといけませんね」


「頭が固くて融通が利かない官僚や、頭が悪い政治家。時代遅れの財界人の相手をするよりはマシですよ」


 周囲に誰もいないせいか、東条さんの毒舌が冴えわたっているが、 私もまったく同じ意見だ。

 とにかく、古谷さんには頑張って世界一のインフルエンサーを演じてもらわなければ。

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