第125話 空中都市=ドロップアイテム

「完全に千日手ですわね」


「ああ、だが良二は大丈夫か?」


「向こうは眠る必要がなく、疲れを知らないゴーレムで、リョウジ君はいくら強くても生身の人間だものね。睨み合いが続けば続くほど、リョウジ君が不利になっちゃう」


「ですが、下手に焦って攻撃をすれば、良二様が負けてしまいます」


「リョウジ……」





 四十一階層へと続く階段の前で、黒いマネキンゴーレムと良二が対峙を続ける。

 双方の実力差は伯仲しており、それにしても良二と互角に戦うことができるゴーレムってのは凄いな。

 さすがは、ムー文明の遺産を守る守護者だ。

 黒いマネキンゴーレムに勝利できれば、ム―王国の住民たちが住んでいた空中都市の所有権が貰えるらしい。

 話を聞けば誰もが欲しがるだろうが、黒いマネキンゴーレムに勝利できそうな冒険者なんて、この世で良二だけだろう。

 良二とパーティを組み、このダンジョンを攻略していたおかげで俺たちのレベルは10000を超えたが、それでも黒いマネキンゴーレムにはまったく勝てる気がしなかった。

 気配だけでそれがわかってしまうほど、圧倒的な実力差があるのだ。


「俺たちは良二の勝利を信じるしかねえよ」


 ただ良二の勝利を願い、俺たちは二人の対決を見守り続ける。

 いつ、そしてどちらが先に動くのか?

 俺たちも固唾を飲んで見守るが、なかなか二人は動かない。

 やはり、先に動いた方が不利になると感じているのか。

 だが、どちらかが動かなければ勝負もつかない。

 同時に、良二はいくら強くても時間が経てば疲れる人間で、逆に黒いマネキンゴーレムは、疲れないし眠る必要もない存在なのだ。

 黒いマネキンゴーレムは、動かなければ負けることは決してないが、良二は動かなくても疲労困憊になれば負けてしまう。

 戦闘力は拮抗していても、持久力では良二の方が圧倒的に不利なのだから。


「……(あっ!)」


 やはり、先に良二が動いたか……。

 彼があまりに素早いので辛うじて視認できたが、まだ今の俺では良二と戦っても瞬殺されるだけはわかる。

 そして、次に双方の姿が確認できた時には、お互いの位置が入れ替わっていた。

 まったく見えなかったが、二人は剣を斬り結んだらしい。

 どちらが勝利したのか皆目検討もつかなかったが、それから数秒後……。


「……ワタシノマケデス」


 なんと、黒いマネキンゴーレムが斜めに袈裟斬りされ、上半身が斜めに滑り落ちた。

 いったい良二は、いつの間に見事な一撃を相手に加えることはできたのか。

 残念ながら、今の俺たちにはまったく見えなかった。


「ムー王国の遺産をあなたに託します」


「なんだ。普通に話せるじゃないか。それで、お前さんはどうする?」


「真っ二つに切り裂かれて動けなくなりましたし、かといって私は死ぬこともできず。正直どうしたものかと……」


「待ってな。 すぐに修理してやるから」


 良二は、自分が斜めに斬り裂いた黒いマネキンゴーレムの修理を始めた。


「今は応急処置だが、日本に戻ったら本格的に修理してやる」


 黒いマネキンゴーレムの表面と切断面を間近から見てみるが、最初に回収したゴーレム兵士たちとはあきらかに違う素材と部品でできている。

 詳細は不明だが、これは徐々に良二が調査、解析して正体を見極めるはずだ。

 これまでダンジョンで見つかった鉱物の中にも、同じものがあるのかね?

 多分セラミックの一種だと思うから、応急処置なら魔秘薬の瞬間接着剤で十分だろう。

 良二が斜めの切断面に、『アイテムボックス』から取り出した瞬間接着剤……良二が自ら調合した特別なものだ……を切断面に塗ってからくっつけると、黒いマネキンゴーレムはすぐに動けるようになった。


「ありがとうございます、マスター」


「マスター?」


「あなたが、ムー王国の……いや、もうすでに所有者はあなたに移りました。空中都市とそこにあるすべてもの。そして、この『ムー王国始まりの島、ムーネリア島』はマスターのものです」


 ダンジョンのある小島は、ムーネリア島というのか。

 しかし良二は凄いな。

 こんなに強いゴーレム……モンスターか?……を従えてしまうなんて。

 『ゴーレムマスター』?

 いや、モンスターをテイムしたのか?

 PRGでは割とよくあるが、他の冒険者でモンスターをテイムできた人の話を聞いたことがないので、またも世界初ってやつだな。


「お前が島とムー文明の遺産の管理者であり、俺がお前を倒したから所有権が移動したということでいいのかな?」


「所有権は、マスターに移るまでは仮のものでした。なぜなら、この島と空中都市が別の世界に飛ばされた時、すべての人たちが消え去ってしまったのですから」


 島と空中都市の所有者はムー王国だったはずだが、移転のせいで王族どころか国民まで全滅してしまったそうだ。

 だから、管理者である黒いマネキンゴーレムがずっと守っていたのか。

 そして、自分を倒せるような強い者なら、ムー王国の遺産を有効活用できると思った?

 ダンジョンに取り込まれたから、そういう考えになってしまったのかもしれないな。


「人が消えてしまう。突然の移転だったからかな?」


「良二、突然だと駄目なのか?」


「かなり危険だ」


 良二によると、向こうの世界が彼を異世界の勇者として呼び寄せた時、何年もかけて準備を行ったのだろうだ。

 なぜなら、適当に別世界の人間を召喚すると、そのまま消滅してしまう確率が高いからだと言う。


「人間というのはかなり特別な生き物らしい。今いる世界に存在するため、その世界とリンクしているんだと。だから別の世界に飛ばされた際には、その世界とリンクができないと、別世界に飛ばされた瞬間存在が消滅してしまう。だから先に、別の世界から召喚する人と呼び寄せた世界とのリンクを確保する必要があるんだ。向こうの世界で俺を召喚した人に、召喚の原理や仕組みを聞いたけどさっぱりで、さすがの俺も召喚だけはできないな」


 レベルやステータスに関係なく、召喚は才能がある人しかできない。

 それが向こうの世界で聞いた召喚の常識だったそうだ。

 俺もこの短期間でかなりレベルとステータスを上げたが、召喚だけは絶対にできないだろうな。


「ムー王国の人たちは消滅してしまったのですか……」


「はい」


 イザベラが驚くのも無理はない。

 現在よりも遥かに進んだ技術を持っていたのに、突如異世界に飛ばされたせいで栄えていた国、文明が滅んでしまったのだから。

 もしイギリスがそうなったらと思うと、気が気でないんだろうな。


「そして、飛ばされた異世界において、ムーネリア島にダンジョンができてしまい、無人の空中都市もダンジョンに吸収されてしまいました。以前の私は、このように自由に動き回れる存在ではなかったのです」


「空中都市の管理をしているAIかコンピューターだったってことか」


「そうです。さすがはマスター、よくわかりましたね」


 空中都市がダンジョンに吸収されてしまった際、管理をしていたAIがモンスター化したのが黒いマネキンゴーレムなのか。

 ダンジョンからしたら、空中都市を管理するAIでは侵入者である冒険者と戦えないから、黒いゴーレムにする必要があったんだろうな。


「そして空中都市はモンスター化せず、アイテム化してしまいました。そして私が、アイテムになった空中都市を守るためのボスモンスターというわけです」


「あなたを良二様が倒したから、空中都市の所有権は良二様に移ったわけですね」


「はい。ついでに言うなら、空中都市の管理者である私の所有権もです」


 綾乃の問いに、黒いゴーレムは流ちょうな口調で答える。

 さっきまでの無機的な話し方は、黒いゴーレムがモンスターだったからか?


「なるほど。理解できた。外に出てから空中市をペンダントから出してみるが、これの管理はお前に任せて大丈夫なのか?」


「はい。私の名は、ブラック262X。元は、空中都市の管理コンピューター及びAIでした」


 実体のないAIが、ダンジョンのせいで黒いゴーレムになる。

 不思議な話だ。


「良二、だがまだダンジョンは続くようだな。ブラック 262Xは、ムー文明の遺産を管理する存在であって、このダンジョンのダンジョンコアを守るボスではないのだから。実際、まだまだこのダンジョンには続きがあるじゃないか」


「そうなるかな。あと何階層あるのか知らないけど」


「私を取り込んだ急いでこのダンジョンの四十階層までは随分と様変わりしましたが、私がいなくなれば、四十階層までに失言した兵器やゴーレム型のモンスターは出現しなくなりますし、四十一階層からは普通のダンジョンですから」


「そうなんだ……」


 これまで出現していた特殊なモンスターたちは、これからは出現しなくなるのか。

 そして普通のダンジョンのように、普通のモンスターゾーンになる。

 他のダンジョンの四十一階層にいる、マッドプラントの群れがいるのか?

 広大で、壁や遮蔽物、通路のない見通しのいいダンジョンにモンスターの大群が……。

 これまでほどではないにしても、攻略の難易度が高そうだ。

 少なくとも初心者が入ったら、すぐに全滅してしまいそうだな。


「ダンジョンの構造は変えられないので、多数のモンスターがひしめくようになるのですね」


「はい、イザベラ様。元々このダンジョンは、遮蔽物が一切ない広大なフロアで構成されていましかたら」


 他のダンジョンは通路や遮蔽物で区切られているから、一階層でいきなりモンスターの大群と戦わなければならないなんてことは滅多にない。

 ゴーレムの兵隊や近代兵器と戦わなくて済むだけマシだが、太平洋のど真ん中にある不便なダンジョンなので、利用する人は誰もいないだろうな。

 四十一階層以下で、特殊なモンスターやドロップアイテムがあるかもしれないので、探索してみないとなんとも言えないのだが。


「とにかく今は戻ろう。『エスケープ』」


 帰還魔法で地上に戻ると、ムーネリア島の上空には俺たちを探るヘリや航空機の姿があった。

 だが良二の姿を確認すると、足早にその場から飛び去っていく。

 そんなに後ろめたいと思うのなら、俺たちを探らなければいいのに……。


「自衛隊とアメリカ軍かな? ええと、ブラック262X……なんか呼びにくいな……」


「私のことはご自由にお呼びください」


「じゃあ、黒助(くろすけ)だ」


 黒いマネキンの形状をしたゴーレムなので、良二は人間ぽい名前を付けた。

 我が親友ながら、多少ネーミングセンスに問題があるような気もするが、黒いゴーレムを倒したのは良二なのだから、他の人間が文句を言ってもな。

 とにかく、無事に兵器型モンスターたちとの戦闘に勝利し、ムー王国の遺産とやらを手に入れられてよかった。

 ダンジョンの完全攻略はまだ終わっていないが、それは明日以降ということで。


 俺は婚約者の待つ家に戻って、美味しい夕食にありつくとしよう。

 その前に、ムー王国の遺産とやらを拝むとするか。

 良二と一緒にいると、人生に退屈しないでいいな。

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