第120話 古谷良二抹殺計画(後編)
「……うーーーん、これは騙されたみたいだな。あとで、ヘギドさんに苦情を申し立てないといけないな」
「ジャパニーズヤクザですか?」
「日本刀とドスで武装している人もいるね。腕から刺青も見える。イザベラ、本当にジャパニーズヤクザだよ。ボク、初めて生で見たかも」
「イザベラさんもホンファさんも、感心している場合ではありませんよ。わざわざ遠いビルメスト王国の砂漠で、私たちを待ち伏せしているということは……」
「逮捕された太田親子の差し金かしら? 日本人って、変なところで義理固いのね」
「良二、ここに新たに湧き出たダンジョンとやらはなかったな。ビルメストの役人の中には、まだ太田寛一と、彼らに賄賂渡していた日本の会社と繋がっている連中がいるようだな」
ザーン首相の使いでやって来たという役人が、国内に新しく湧き出たダンジョンが見つかったという報告を持ってきたので、車を出してもらい現地に到着したのはいいが、そこには武装した堅気に見えない人たち数百名が待ち構えていた。
俺たちを乗せてきた車は、猛スピードでその場から走り去ってしまう。
どうやら、罠に嵌められたようだ。
堅気に見えない人たちは横流しされたと思われる火器で武装し、中には日本刀やドスを構えた、いかにも古いヤクザといった人たちもいた。
「日本政府の対ビルメスト共和国援助で作る、使い道のわからない高層ビルや、誰も通らない道や橋はえらく儲かるんだろうな。ところが、俺たちのせいでビルメスト共和国はなくなり、対ビルメスト王国への援助はまた一から決め直し。便宜を図ってくれた太田寛一は娘と共に捕まってしまった。しかもその件が俺によって世界中に暴露され、援助を食い物にしていた企業は世界中から叩かれている。だから俺を殺して逆転を狙う。そうだろう?」
到底上手くいくとも思えないが、それしか手がないのも事実で、だから太田寛一の残骸は、遠いビルメスト王国にヤクザの群れを派遣してきたわけか。
「わかっているのなら、これも渡世の義理ってやつさ。死んでいただきます」
「無理だけどな。お前たちでは天地がひっくり返っても、俺に傷一つつけることはできない。イザベラ、ホンファ、綾乃、リンダ、剛。絶対に手を出さないでくれ」
「良二、俺たちもこの連中に負けると思わないが」
「絶対に負けないが、殺さないように手加減をして倒すのはまだ無理だろう?」
「手加減かぁ……」
ぶっちゃけると、剛たちは急激にレベルを上げすぎてしまったのだ。
だから、冒険者でもないただのヤクザを手加減して倒すなんてできない。
彼らの銃撃や火器による攻撃でダメージを食らわないように防御力を上げつつ、普通の人間で柔らかいヤクザたちを死なせないように戦闘不能にしなければいけないのだから。
「眠らせないのですか?」
「こいつらにそんな情けは必要ないし、そこまでする必要性も感じないな」
俺は綾乃に、こいつらを魔法で眠らせることを否定した。
太田寛一とグルになり、対ビルメスト共和国援助に集って大儲けしていたよいうな会社が雇った犬たちだ。
暴力団や半グレ集団らしいが、彼らに俺が向こうの世界で知り合った、筋の通った任侠の匂いは感じなかった。
ただ経済的に困っているから、俺を大人数で嬲り殺しにして金を得たいだけ。
そんなクズたち相手に、魔法なんて勿体なくて使いたくない。
苦痛ナシで戦闘不能にするほど俺はお人好しではないし、殺さない以上、二度と俺たちに手を出そうだなんて考えられないように痛めつけなければ。
「素手で全員倒してやる。きな」
俺はヤクザたちに対し、挑発するような笑みを向けた。
「バカにしやがって! ここには、その名前を聞けば誰もが驚き、ビビるようなヤクザが多数いるんだぞ!」
「ふうん。でも、今は困っているんだよな?」
最近の暴力団は暴対法で困っているとはいえ、知恵を働かせてうまくシノギを得ているところも多い。
ヤクザとして食えなくなっても、冒険者に転職して稼いでいる人も多かった。
「ただ昔を懐かしみ、大人数で俺一人を殺そうとする。任侠のくせに美しくないな」
「うるせえ! お前は死ね!」
ヤクザ数人が銃を撃つが、俺はそれをすべて回避した。
銃撃など、レベルが高い冒険者なら簡単に回避できてしまうというのに、そんなこともわからないとは……。
俺はそのまま一番近くにいたヤクザに接近し、鳩尾に軽く一撃入れて気絶させた。
「うぐあぁ……」
「反吐吐きながら、しばらく寝てな」
ちょっと内臓にダメージがいったかもしれないが、死にはしないさ。
ヤクザを気取るんだったら、そのくらいは我慢するんだな。
「綾乃、魔法で眠らせる必要なんてないだろう? こんな連中に魔力の無駄だ」
敵は人数が多いので早く終わらせよう。
今からなら、別のダンジョンに潜ることもできるからな。
そのまま乱戦に入り、次々と火器や武器を持つヤクザ、半グレ、外国人のヤクザたちに軽く一撃入れて意識を奪っていく。
とにかく限界ギリギリまで手加減しないと殺してしまうので、ヤクザたちよりもそっちの方が厄介だな。
「(少しでも力の加減を間違うと、体に穴が開いたり、へし折ってしまうからな)」
最初は間違って殺さないように慎重に慎重を期していたが、慣れてきたので流れるようにヤクザたちの意識を狩り取っていく。
「クソッ! 当たれ! 当たれ!」
「おいおい。味方に当てるなよ」
ヤクザたちが、拳銃、自動小銃、機関銃、対戦車砲などを俺に向けて放ってくるが、残念なことに俺には一発も命中しなかった。
スローすぎて、簡単に回避できてしまうからだ。
「いざ、尋常に勝負!」
「いかにも、ヤクザって感じだなぁ」
日本刀を構えた初老のヤクザが、俺の前に立ちふさがる。
「袈裟斬りの真中だ」
「袈裟斬りの真中なら、いくら古谷良二でも袈裟斬りにされて終わりだぜ」
「冒険者特性があるように見えないんだけど、もしかしたら『隠蔽』できるのかな?」
「そんなものがなくても、この刀でお前を斬れば済む問題だ」
袈裟斬りの真中というヤクザは、冒険者特性を持たない人間の中では剣術の達人と呼ぶに相応しい実力を持っている。
だが、冒険者相手に通用するわけがない。
俺は一瞬でスピードを上げて、彼が握っていた日本刀を取り上げた。
「業物なのかな? でも、鋼の刀では低階層しか攻略できないからなぁ……」
「俺の備前長船が……」
「名前は聞いたことがあるよ。迷惑料で貰っておくから」
「させる……か……」
「遅いよ」
俺に言われた日本を取り戻そうと、袈裟斬りの真中が俺に向かって突進してきたが、すぐに鳩尾を軽く触って気絶させた。
本当に殴ると彼のお腹に穴が開いてしまうので、本当に撫でるようにだ。
それでも、袈裟斬りの真中はゲロを吐きながら気絶してしまった。
「次は?」
「舐めやがって!」
乱戦になったので火器が使われなくなり、そのあとは刀、剣、大斧、弓、鉄パイプ、鉄バッド。
変わったところでは、チェーンソー、鎖ガマなど。
どうやら有名なヤクザたちらしいが、残念ながら冒険者特性を持つ者は一人もおらず、俺にはまったく攻撃が当たらない。
「死ねや!」
「チェーンソーでバラバラだぜ!」
「ドタマ、陥没させてやるぜ!」
乱戦になり火器が使えなくなったせいか、それぞれに得意な得物で俺に攻撃を仕掛けてくるが、当然当たるわけがない。
「ぐはっ!」
「み、見えない……」
「なんで俺の攻撃が当たらないんだ!」
まるで流れ作業のように、次々とヤクザたちの意識を奪っていく。
たった一つ注意するのは、間違えて殺さないようにすることのみだ。
「いくら強いヤクザでも、冒険者には勝てない。それも理解できずに、こんなことを仕掛けてくるとはな」
数分後、ビルメスト王国の砂漠で数百名のヤクザたちが一人残らず意識を失って倒れていた。
残念ながら彼らが数百名いたところで、俺に傷一つ付けられるわけがない。
勿論油断してはいけないが、油断しないというのは、向こうの世界で習慣、本能レベルで刷り込まれている。
なぜなら、それができなければ俺はとっくに死んでいるからだ。
「先日のビルメスト特別大隊のように戦車を装備していたわけでもないから、この程度の連中ならこんなものさ」
ヤクザたちは一般人を恐怖のどん底に陥れ、これまで大金を稼いでいたのだろうが、これも時代の流れというやつだな。
時代の流れに乗り遅れれば、たとえ有名な暴力団でも潰れるしかないのだから。
「さてと。確か、ヤクザたちを率いていたのはこいつか」
こいつもヤクザみたいだが、どうやら元ヤクザの建設会社の社員のようだ。
急ぎ財布を漁って正体を調べると、太田寛一に賄賂を贈って仕事をもらっていたため、世界中から批判されている建設会社の名刺が出てきた。
「昔は、 公共工事とヤクザは切っても切れない関係にあったってことか」
だから、恩義のある太田寛一をブタ箱にぶち込んだ俺に復讐しようとしたのだろう。
時代遅れ的な考えだが、俺はそれを批判しようとは思わない。
だが、失敗した際のリスクは背負ってほしいものだ。
「さすがですわね、リョウジさんは」
「イザベラたちでも余裕で倒せるんだよ。だけど……」
手加減に慣れていないから、下手をするとスプラッターな光景になってしまう可能性があった。
もし一人でも殺してしまうと今の世の中では大変なことになってしまうので、だから俺一人だけでヤクザたちを倒したのだ。
「リョウジ君、こいつらどうするの?」
「ビルメスト王国の刑務所行きだな。殺人未遂、脅迫、国家騒乱罪も適用かな?」
「ここはビルメスト王国内ですから、ビルメスト王国の法律が適用されて当然です。私たちにできることはありませんね」
「アメリカでも、こんなことをしたら最低でも数十年は刑務所から出られないわよ。ビルメスト王国の法律でもそう変わらないのではないはず」
日本人の中には、『このような騒ぎを起こしたとはいえ、さらにたとえヤクザとはいえ、彼らに厳罰を与えるのは重大な人権侵害だ! 人権意識が進んだ欧米ではそこまでの重罪は課されない!』などと大騒ぎする人たちが多いけど、これだけの人数が徒党を組み、重火器まで用意して使用したので、欧米でも数十年はブタ箱にぶち込まれる。
彼らの言う欧米って、きっと異世界の話なんだろう。
「さてと。こいつらが起きないように『睡眠』をかけてと」
あとは、ビルメスト王国の警察に任せよう。
しかし、ようやく内戦の混乱が収拾してきたというのに、日本からやって来てこのような騒ぎを起こすとは……。
「リョウジさん、ビルメスト王国の警察がやってくるそうです」
イザベラがスマホでビルメスト王国の警察を呼んでくれたので、数時間後、彼らは全員捕縛されて留置所へと送られた。
そして仕方のないことだが事情聴取をされ、結局その日はダンジョンに潜ることができず、思わぬ不運に見舞われてしまう。
「仕方がないから、翌日にダンジョンに行こうか?」
「そうですね」
「ボクも予定を変更してつき合うよ」
「もう一日、良二様とビルメスト王国での夜を過ごせる。素晴らしいです」
「そう考えると、襲ってきた連中に感謝ね」
「しかし、あいつら大丈夫かな?」
「大丈夫もクソも、彼の犯罪の証拠は動画で撮影してビルメスト王国の警察にも提出している。無罪放免なんて不可能だろう。日本の刑務所よりも待遇は悪いが、ぶち込まれるのが嫌だったら、こんなことしなければよかったんだがから」
翌日、俺たちはビルメスト王国のダンジョンの攻略や動画撮影をしてから日本に帰国した。
すると日本の一部マスコミでは、『ビルメスト王国というまともな警察機構が揃っていない国で、冤罪で逮捕された日本人が六百七十五名もいる。日本政府は、ビルメスト王国に交渉して彼らを救出すべきだ!』 という報道がなされていた。
あの中には建設会社の社員たちもいたので、全員がそうだと思い込んでしまったのかもしれない。
「…… 海外で冤罪に巻き込まれた日本の建設会社の社員……。まあ、一部の情報は間違っていませんが、主犯格の男は元暴力団員だし、ビルメスト王国で武器を買い集めて俺たちを襲撃したんですけどね……」
「フルヤアドバイス経由で動画を提供していただき、ありがとうございます」
この手の批判には慣れてきたので、俺はすぐに彼らの様子を撮影した動画を編集して公開した。
数百名で非合法な手段で手に入れた武器で武装して徒党を組み、俺を殺してイザベラたちによからぬことをしようとした言動がすべて公開され、それは日本のテレビ局でも繰り返し放送された。
一部マスコミの言っていた『ビルメスト王国という民主主義が発展していない国で、海外で一生懸命働いていた建築会社の社員たちが冤罪で逮捕されてしまった』という論調が一瞬で否定されてしまい、さらに逮捕された連中の名簿も公開され、建設会社の社員でない全員が暴力団員や半グレ、海外マフィアであることが暴露されてしまう。
『太田寛一さんは、随分とアウトローな方々に人気があったようですね。彼が逮捕された原因は俺だと思い込み、わざわざビルメスト王国まで追いかけて殺そうとしたのですから。建設会社の人たちは、ビルメスト王国の首都にある高層ビルの工事を請け負っていたんですね。太田寛一が逮捕されたのでビルメスト共和国への援助利権がなくなり、だから俺を殺して財産を奪おうとした。任侠……うーーーん。山賊? 』
動画はバズり、テレビ局も提供された動画とニュースで高視聴率が取れたのでホクホク顔だった。
結局俺たちを襲ったヤクザたちは、いくつもの罪を犯したことが原因でビルメスト王国により刑務所に収監され、年寄りになるまで収監されることとなる。
『いくら俺を殺そうとした人たちでも、ビルメスト王国の刑務所は建物も老朽化しており、その待遇にも問題があります。ビルメスト王国に寄付をしておいたので囚人たちの待遇もよくなるはずですし、刑務所不足なので、新しくて大きな刑務所もじきにできあがるでしょう。この工事を受注したのは日本の大手建設会社ですが、ちゃんとビルメスト王国の建設会社に技術指導をしながら建設を進めるという条件です。三十年以上の海外別荘暮らしになると思いますが、彼らが穏やかに更生の日々を過ごせるように祈りましょう』
皮肉を込めたコメントで動画を終え、これにてビルメスト王国と太田親子に関する騒動は終結することとなる。
そしてその後のビルメスト王国だが、国の象徴であるビルメスト王家と政府が協力して国づくりを進めていき、半世紀後、見事先進国の仲間入りを果たすことになる。
なお、ビルメスト王家のダーシャ女王は生涯独身を貫いたが、不思議なことに三人の王子と四人の王女を生んだ。
王子たちの父親については不明とされているが、彼女の元には定期的にとある騎士兼冒険者が通っており、まあそういうことだと思ってくれるとありがたい。
とある世界的な冒険者のおかげで、見事一つの国が救われたのであった。
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