第119話 古谷良二抹殺計画(前編)

「古谷良二! 絶対に殺す!」


「よくも我々建設会社を悪党呼ばわりしてくれたな!」


「これまで散々賄賂を渡して便宜を図ってもらっていた太田議員は、親子して逮捕されて留置所に拘留されてしまうし……。世間は、我々の会社をビルメスト王国を食い散らかしたゴキブリのように悪く言う。誰が無能たちの働き口を確保していると思っているんだ! 我々国の基幹である建設会社をバカにしおって!」


「古谷良二の動画で世界中から批判されてしまったために、若手を中心に社員たちが次々と逃げ出している。建設会社はあれだけゴーレムを導入しても、まだまだ人手不足だからな。悔しいことに、他の大手ゼネコンや中堅の建設会社が逃げ出した社員たちを引き抜き始めやがった!」


「このままでは、我々の会社は倒産か、他の建設会社に買収されてしまうぞ」


「こうなれば、最後の手段だ!」


「最後の手段?」


「古谷良二を殺してその資産を奪う! そして、死人に口なしだ。あとで古谷良二が嘘をついていたという風に持っていく。政治家やマスコミの連中に大量の賄賂をばら撒くんだ」


「それはさすがに無理だろう。特に古谷良二を殺すなんて。世界一の冒険者なんだろう?」


「いや、チャンスはある! 古谷良二は、最近ビルメスト王国で仕事をしていることが多い。あの国は建国したばかりで、ほんの少し前まで内乱状態にあったんだ。多少戦闘騒ぎがあったとしてもおかしな点はない。内戦が終わって油断した古谷良二がゲリラやテロリストの残党に殺されても、別に不思議ではないだろう?」


「外国で古谷良二を殺れば、それを誤魔化すのは容易いだろうが、相手はあの古谷良二だ。内乱中、現役の自衛隊員たちが加わり、最新の兵器まで持っていた部隊が大した戦果も出さずに全滅したではないか」


「ふんっ、自衛隊員など、実は人を殺したことがないビビりばかりだからな。我々はその仕事上、反社勢力にも知り合いが多い。カタギではない危ない連中だっている。奴らに海外で手に入れた武器を渡し、古谷良二を殺させる」


「それしかないか……」


 ついに結論に至ったか。

 大物政治家である太田寛一と、その娘である現役の外務副大臣である和美がビルメスト共和国への援助に関する贈収賄の罪で逮捕されたのと同時に、あの親子と懇意にしていた建設会社が世界中から叩かれていた。

 日本政府の援助は、そのほとんどがビルメストの経済発展に寄与せず、我ら中堅ゼゼネコンが現地で仕事を得るために使われた。

 首都の豪華な高層ビル群や、政府高官たちの官舎という名目の高級マンションなど。

 どうせお金を出すのは日本政府なので、見積もりを高額にして大儲けできたのだ。

 ビルメスト共和国の政府高官と太田親子に多額の賄賂を贈っても、利益率の高い美味しい仕事だった。

 ところが、我々が賄賂を贈っていた事実が捕縛されたビルメスト共和国の政府高官たちの口からや、連中の屋敷に置いてあった証拠からバレてしまい、今は毎日ワイドショーで批判されている。


『国民の税金から出した援助が、ごく一部のビルメスト共和国政府高官と、太田親子、彼らと懇意にしていた日本のゼネコンを潤していただけ。このような巨悪を許してはならない』


 田中総理が詳細を把握するための第三者委員会を立ち上げてしまい、もはや我々の会社は会社は風前の灯であり、近々他の公共工事の指名もできなくなる。

 優秀な社員ほど、我らの会社に見切りをつけ、次々と転職してしまった。

 もはや、普通の方法で逆転するのは不可能だ。

 ゆえに我々は、古谷良二を抹殺しなければならない。


「賄賂が駄目だと? 日本と途上国では色々と習慣が違うんだよ! これまで、散々この方法で稼いだ金を吸い上げたくせに、政治家は役に立たん!」


「古谷良二を殺し、逆に政治家たちを跪かせてやる。奴を殺す駒の用意は万全なのか?」


「ああ、このところ暴対法で困っているヤクザが多数いるし、半グレ、海外マフィアと、金のためなら躊躇なく人を殺す者などいくらでもいるさ」


「では、そういう連中をビルメスト王国に集合させ、武器を与えてから古谷良二を殺させよう」


「トドメを刺した者にボーナスを出すといえば、喜んで古谷良二に銃弾を撃ち込むだろう。その程度の野蛮な連中だが、我々からすれば使い道がある。 金持ちがドーベルマンを飼ってるようなものだ」


 一日でも早く、経済的に困窮したり、一攫千金を狙っている暴力団員、チンピラ、半グレ、マフィア、多重債務者など。

 大量に集めてビルメスト王国へと送り、そこで武器を与えて古谷良二を襲撃させれば……。


「必ず古谷良二を殺すんだ! 我々の明るい未来のために!」


 このままただ会社が潰れるよりは、一か八かの賭けに出て逆転を狙った方がマシだ。

 なにより、我々はこれまでずっとこの方法でやってきたのに、それを全面的に否定しやがって!

 これだから現代の若者は。

 必ずや、ネットばかり利用している若者たちに、我々大人が世の中の現実を見せてやろうではないか。

 古谷良二、お前の勢いもこれまでだ。






「ひゅうーーー、自動小銃はいいねぇ」


「いくら優れた冒険者でも、相手は人間一人だろう? この対戦車砲で吹き飛ばしてやる!」


「ドラゴン対戦車ミサイルかぁ。アメリカ軍はジャベリンを導入したから、お古がこっちに回ってきたのかね? お古でも、古谷良二を粉々にしてやるぜ」


 ビルメスト王国に到着した我々は、人気のない砂漠で武器を受け取り、数日はその訓練に時間を使った。

 古谷良二と、彼の友人にしてパーティメンバーの拳剛と、彼の恋人である美少女四人。

 両手に華で羨ましい限りだが、どうせ古谷良二は我々によって木っ端微塵にされる。

 せいぜい、今のうちにハーレムを楽しんでおくんだな。


「竜雷組の連中もいるのか。随分と頼もしいじゃないか」


「暴対法で厳しい状態らしいですが、古谷良二を殺して大金を得れば、竜雷組のみならず、多くの古くからの仁義を守る暴力団も復活できるはずです」


「そうだな」


 俺も三島建設に入る前は、地元の暴力団に出入りしていたこともあったし、暴対法のせいで力をなくしつつある暴力団の現状に心も痛めている。

 この世には、光があれば影もある。

 世間の嫌われ者である暴力団を排除して綺麗な世界を目指しても、結局は半グレ組織や海外マフィアが日本の社会に蔓延ることになると言うのに……。

 そんな理屈もわからない連中が多いとは、日本人の平和ボケぶりにも困ったものだ。


「とにかく、ちゃんと武器の扱いを習得しておけよ」


「「「「「「「「「「へい!」」」」」」」」」」


 まあ、暴力団員は銃の扱いは得意だからな。

 元自衛官も参加しているので、自動小銃や対戦車ライフルの扱いもすぐに覚えられるだろう。


「うん? あいつは日本刀の訓練をしているのか? あっ、あいつは、『袈裟斬りの真中』じゃないか!」


「彼も参加していたんですね」


 隙のない動きで日本刀を振り続け、背中一面に刻まれた阿修羅像の刺青が特徴的な初老の極道は、その世界では有名な人物であった。

 袈裟斬りの真中と呼ばれるその極道は、所属する天界組が関わった抗争に必ず参加し、多くの極道たちを袈裟斬りで斬り裂いてきたという。

 その犠牲者は数十名……しかし、彼が殺人罪で警察に捕まって刑務所に入っていたのは一回だけだ。

 全盛期の極道は、抗争で殺した極道やチンピラなど、死体ごと処理してしまうからな。

 いちいちチンピラを殺す度に刑務所に入っていたらキリがないし、警察もよほどの大物でなければ動かない。

 元々極道になる奴なんて、行方不明になっても家族が捜索願いを出さないケースが多いから、死体ごと処理されて行方不明になっても気にする奴はいなかった。


「『チェーンソーの芥川』と、『大斧佐川』、『無痛の藤原』もいるぞ!」


 チェーンソーの芥川は、三十代前半の金髪のヤクザだ。

 抗争相手をチェーンソーで数十名もバラバラにして殺し、その後、そのバラバラ死体をミンチにして海に捨て、魚の餌にした狂人。


 大斧佐川は、得物である大斧で抗争相手の両手、両足を斬り飛ばし、最後に首を刎ねる狂人。

 大斧を軽く振り回すのに、痩せ型で線の薄い四十代の男だ。


 そして無痛の藤原は、やはり四十代。

 元はプロレスラーだったそうで、身長二メートル、体重百五十キロの巨漢で、その身は分厚い筋肉に覆われている。

 彼はまったく傷みを感じない体質であり、若い頃は将来有望なプロレスラーとして大いに期待されていたが、強すぎて対戦相手を殺してしまったとかで、プロレスラー界から追放されてしまった。

 彼はその全身が凶器であり、これまでに多くの極道たちを素手のみで殺してきた。


 四人とも伝説の極道なのだが、やはり暴対法で色々と苦労しているようだ。

 最近は極道も、経済がわからないと生き残れないからな。

 大学を出て、刺青も不利になるので入れず、堅気なのか極道なのか判断がつかないような経済ヤクザが幅を利かせていたりする。

 俺もこの状況は嘆かわしいと思っていたので、是非とも四人には頑張ってほしいものだ。


「他にも、『鉄パイプの安城』、『マシンガンの園』、『金属バットの石川』、他にも沢山いるな」


 これも、我々が古きよき極道を守ってきたおかげか。

 だがもし俺たちの建設会社が潰れてしまったら、極道たちはますます追いつけられしまう。

 だからこそ、必ず古谷良二を殺すのだ。


「ところで、古谷良二の仲間たちはどうしますか?」


「まさか逃すわけにもいくまい。イギリス、香港、日本、アメリカ。美少女揃いで結構じゃないか。どうせ古谷良二と一緒に始末するんだから、その前に楽しんでも構わないって言っておけば士気も上がるだろう」


「それはいいですね」


 どうせビルメスト共和国軍の残党の仕業に見せかけるのだから、女たちは惨たらしい状態にしておいた方がリアリティーも出るってもんだ。


「もう一人の男は、巡り合わせがよければ極道になってほしかったんだがな。極道も人手不足なんだから」


「拳剛ですね。彼は見た目だけで極道に向いているってわかりますから」


 彼は冒険者になどならず、極道になればよかったのに。

 古谷良二と一緒にいたことが運の尽きってわけだ。


「今、古谷良二たちのスケジュールを探っているところだ。人気のないところで極道、半グレ、海外マファア連合軍で襲えば、いくら古谷良二でもどうにもなるまい」


 必ずや古谷良二を殺してその資産を奪い、世間の批判の渦中にある太田寛一と懇意にしていた建設会社を救うのだ。

 元極道で、まともに就職するところがなかったこの俺を救ってくれた会社なのだから。

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