第115話 時代がかった人たち 

「進撃は順調だな? 岩井一尉」


「はい。幸いにして、装備も燃料も潤沢なので。ただ、ビルメスト特別旅団の半分がただの犯罪者です。しっかり見張らなければ、隙あらば近隣の村で略奪しようとしたり、女性を襲おうとして困っています」


「傭兵たちもなぁ……。ビルメスト共和国政府が高い金を払っているところは軍規が守られているが、内戦に乗じて好き勝手やっていたような連中は危うい」


「それですが、ビルメスト王国が支配している地域を解放する時、残念ですが略奪は許可しなければ士気が保てないかもしれません。これも我々の大義の実現するためです! 自衛隊が日本の矛として世界に誇れる存在となるため!」


「……まあ仕方がない。ただ、家に火をかけたり、人間に手を出すことは禁止しよう」


「それがよろしいかと」


 岩井一尉の言うとおり、理想がすべて実現できればいいが、そうも言っていられないか。

 とにかくこの私、武藤泰嗣は、このビルメス特別旅団を指揮してビルメスト共和国の内乱を終結させ、その成果で日本政府に圧力をかければいけないのだから。

 元自衛官でなく、現役の自衛官が軍隊を指揮して、他国ながら戦闘に勝利して戦果を挙げる。

 ビルメスト共和国政府がビルメスト特別旅団の功績を認めれば、海外からの褒め言葉に弱い日本政府は、私たちになにも言えなくなるし、処罰もできないだろう。

 マスコミも我々を英雄扱いし、そうなれば世論も我らの味方。

 支持率を気にする日本政府は、我々の自衛隊復帰を認めるだろう。

 へなちょこな政治家に、世界的な英雄となった我々をクビする度胸などないのだから。

 我々はそのまま自衛隊に戻って実権を掌握し、長年自衛隊が抱えている懸案事項を解決する。

 そうすれば、多くの不安を抱えている自衛隊員たちも私たちを支持してくれるはずだ。


「まずは、ビルメスト王国軍を撃破し、連中が支配している地域を奪い返す。我々の大義を成就させるための第一歩だ!」


「武藤一佐、必ずや我々の大義を成就させましょう。太田寛一などという、俗物な政治屋の手を借りるのは癪ですが……」


「そこは仕方がない。どうせ奴とその娘に大義などなく、ただ我々を利用しているだけなのだから。こちらも、あの親子を利用してやればいい」


「それもそうですね」


 とにかく今は、かなりの領域を占領したビルメスト王国軍を撃破することを最優先にする。

 半分は犯罪者なので数の優位を誇る以外にあてにならないが、もう半分は実戦経験がある者たちばかりだ。

 我ら志のある自衛官たちはこの機を利用して実戦経験を積み、ビルメスト共和国の内戦終結という戦功で、自衛隊をクビにならないようにする。

 どうせバカな日本のマスコミの中には、視聴率が稼げそうな私たちに近づく連中がいるはずだ。

 我々が、民主主義国家であるビルメスト共和国を救ったのだという事実を、民主主義こそが世界で一番優れた政治形態だと思っているマスコミ連中は支持せざるを得ない。

 第一、彼らが戦後ずっと口にしていた言い分は、『自衛隊は軍隊ではない!』だ。

 私たちが勝手に任務を放棄してビルメスト共和国の内乱に参加したという理由で、脱走の罪に問えるわけがない。

 果たして日本政府、ビルメスト共和国の内乱を終結させた私たち『自衛隊の英雄』をクビにできるかな?

 日本の世論が、それを許さないかもしれないのだ。


「もし自衛隊をクビにされても、英雄になっておけば選挙で政治家になれる。防衛大臣……いや、総理大臣になれば、我々は必ず志を遂げることができるだろう」


 自衛隊を戦える軍隊にするのだ。


「そのためにも、ビルメスト王国を完膚なきまでに叩き潰す必要がある。戦力は十分だ。見つけ出して一人残らず殲滅するぞ」


「はっ!」」


 やる気ないビルメスト共和国軍なら戦わずに逃げ出すが、我らビルメスト特別旅団を舐めてもらっては困るな。

 今さら王政復古を願う時代遅れの連中に、本物の戦争というものを教えてやる。


「旅団長!」


「何事だ?」


 参謀長の後藤一尉とそんな話をしながら、特別仕様のジープで進軍を続けていたら、先行していた偵察部隊から兵が報告にやって来た。

 その慌てぶりからして、我々の目標であるビルメスト王国軍を見つけたのか?


「ここから五キロほど先の街道に、一人の人間が我々を待ち構えるからように立っていました」


「気のせいではないのか?」


 五千人以上いる我らを待ち構える一人など、常識的に考えてあり得ない。


「たまたま旅人が、道に迷って立ち止まっていただけではないのか?」


「それが……その人物は、古谷良二でした」


「古谷良二か……」


 ビルメスト王国に積極的に手を貸す、民主主義の敵だな。

 まあ私は殊更民主主義を崇拝しているわけではないが、そう言った方が世論の支持を得やすいからな。


「古谷良二なら、消すに限る」


「そうです! 古谷良二は日本の格差を助長する売国奴です! 必ず消さなければなりません!」


 そういえば、後藤一尉の従兄は元公安の後藤利一だったな。

 格差の是正と、社会主義の復活を目指し、怪しげなコンサル業と冒険者を騙して金をふんだくっていたインテリヤクザだ。

 彼はダンジョンで亡くなったが、後藤一尉はその原因が古谷良二だと信じ、とても恨んでいた。

 私から見ても後藤利一はろくでもない人間だと思うのだが、後藤一尉は幼少の頃から色々と世話になっている彼に好意を持ち、恩を感じていた。

 後藤一尉は能力にも人格にも優れている人物だが、人間とは感情の生き物だからな。

 私はそんな彼を嫌いではないし、古谷良二を殺すは決定事項だ。

 双方の利害が一致している以上、今はただ無警戒にも一人でいる奴を殺すのみ。


「一人ならば好都合だ。奴は、ビルメスト王国とビルメスト王国軍の黒幕だからな」


 奴が動画でビルメスト王国を正義、ビルメスト共和国を腐敗した悪とみなし、動画で大々的に宣伝したため、我々は情報戦略では圧倒的な不利に陥っていた。

 ダーシャとかいう生き残りの女王。

 この女の動画サイトの立ち上げにも協力し、美しい彼女は世界中で人気者となっている。

 女王は 自分は国のシンボルとして君臨するだけで、政治には関わらないと断言していた。

 そして動画で得た収入や寄付を、惜しみなく占領した地域の経済発展や、困っている人たちを助けるために使っている。

 それでいて自分は極めて質素に暮らしており、日本に来た時も、普通の日本人と同じような暮らしをし、それを動画で公表していた。

 あざとくも、そうやって日本の世論を味方につけようとしたわけだ。

 多分女王にそうした方がいいとアドバイスしたのは、間違いなく古谷良二だろう。


「(消す! 古谷良二は絶対に消す!)」


 確かに有能で日本のためになっている人物だが、奴が生きていると私たちの志が成就しないからだ。

 奴を殺せば、古谷企画の莫大な財産と、彼が所有するゴーレムを巡って、日本国内で血みどろの争いが始まるはずだ。

 政治家たちも巻き込まれ……いや、 むしろそれに積極的に関わって古谷良二の遺産を手中にし、総理大臣の座を狙う者が現れるはずだ。


「(日本が大きく混乱していてくれた方が、我々が大きな力を得やすい)」


 勝手に自衛隊を抜け出した私たちを、処罰する余裕すらないはずだ。

 そして日本の政治家大きく混乱している方が、私たちが次の権力者の座を握りやすいのだから。


「一人でなにをしているのか知らないが、このまま死んでいただくとしよう。全速前進!」


 ビルメスト特別旅団は、一目散に古谷良二の元へと急いだ。

 奴さえ殺せれば、ビルメスト共和国の勝利なのだから。


『旅団長、古谷良二を見つけました』


 報告を受けたので早速電子双眼鏡で確認してみると、 割とどこにでもいそうな日本人の少年が街道の真ん中に立っており、まるで私たちを待ち構えていたかのように見えた。


「本当に古谷良二は一人なのか?」


「ボス、俺はちゃんと周辺を調べたが、人間は一人もいなかったぞ」


「そうか……」


 色々な素性の多国籍な人間が混じった混成軍だが、上官への言葉遣いも配慮できない者を報告役にするのは感心できないな。

 偵察部隊には自衛官がいないのか。

 誰かを配属させ、ちゃんとさせなければ。

 古谷良二が一人で我々を待ち構えているとは、さすがは世界一の冒険者と称されるだけの人物だな。

 だが、勇気と無謀は別物だ。

 彼はまだ未成年だから、自分の実力を過信しているのであろう。

 先走った自衛隊員たちをブレスで消滅させた金色のドラゴンを倒した実績はあるが、あの時は自衛隊も冒険者の装備を着けた部隊しかおらず、今の我々のように戦車、装甲車、自走砲、各種車両、重火器、戦闘ヘリなどを現場に持ち込めなかった。

 そんな時間がなかったのと、愚かにも日本政府が許可を出せなかったからだ。

 ダンジョンが出現してすぐに探索で、ダンジョン内に派遣した部隊が全滅した件も合わせ、モンスター相手には自衛隊は無力という風潮が、日本ではまかり通っている。

 日本政府の指示が無能だったばかりに……。

 私は悔しくて堪らなかったが、ここはダンジョンではないのだ。

 剣や魔法で近代兵器に勝てるわけがないことを、その身で証明してやろう。


「半分が実戦経験者で重武装の旅団に、いくら強い冒険者でも一人で勝てるわけがない。その傲慢が死を招くのだ」


 古谷良二を殺し、そのあと我々がその遺産の分け前を狙うのも悪くないな。

 そして、日本に自衛隊でなく正式な軍隊を復活させる。


「その志を遂げるため、まずは古谷良二を殺し、次はビルメスト王国軍だ。さすがに、ゴロツキたちでは手に余るだろう。戦車隊を前に出せ! 10式は持ち出せなかったが、90式と、74式もまだまだ捨てたものじゃない。戦車砲で木っ端微塵にしてやれ」


「わかりました。戦車隊を率いる武藤一尉に命令を出します」


 後藤一尉が連絡をすると、武藤一尉が率いる戦車隊が先行して古谷良二を射程に収めた。

 いくら強い冒険者でも、所詮は人間だ。

 戦車砲のつるべ打ちで肉片すら残るまい。

 調子に乗った若者の末路だが、これも我々が志を成し遂げ、日本をより良い国にするためだ。

 古谷良二、恨まずに成仏してくれよ。

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