第114話 ビルメスト特別旅団
「女王陛下万歳!」
「くたばれ! ビルメスト共和国政府!」
「女王陛下に比べると、ビルメスト共和国政府の政治家たちは人気がないね」
「あるわけがない。自分たちが肥え太ることしか興味がない豚なのだから」
「ヘギドさんは辛辣だなぁ」
「だからこそ、ビルメスト共和国に属していても優秀だったり、真面目に仕事をしていた連中はですぐにこちらで確保しないと。住民たちに報復で殺されてしまうかもしれないし、彼らがいないと統治機構が編成できない。実は、彼らを殺さずに利用している我々が一番優しいのかもしれないぞ」
「なるほど。嫌われたものだねぇ。しかし、女王陛下は人気だねぇ」
「クーデター時に子供だったのが幸いだった。旧ビルメスト王国時代の悪政とは無関係だと思われているからな。加えて、動画での人気ぶりも役立っている。フルヤさんの情報工作は見事なものだ」
「(実は、そこまで深く考えてやったわけではないんだけどね……)」
ビルメスト王国領内の体制が整い、状況が落ち着いてきたので、王国軍を出陣させてビルメスト共和国領の解放を始めた。
ビルメスト共和国が支配している村や町、ダンジョンを次々と攻め落としていくが、役人と軍人はビルメスト王国軍が少数なので最初は侮っていたが、随伴している近衛騎士隊が全員高レベルの冒険者だと知ると、すぐに逃げ出してしまう。
中には徹底抗戦を唱える者もいたが、ビルメスト共和国の役人と軍人は重税をかけ賄賂を取るしか能がないので、住民や兵士たちは誰も一緒に戦ってくれない。
結局すぐに捕らえられてしまうか、中には地元住民たちにこれまでの仕返しで殺されてしまう人もいた。
解放した土地はザーン首相に任せつつ、解放された町で住民に食料や生活雑貨を配り、今年は免税、冒険者の税は一割だけと伝えると、みんな大喜びで普段の生活に戻った。
これまで数十年も世界各国が経済援助をしているはずなのに、どうしてこんなことになっているのかとヘギドさんに尋ねると、ビルメスト共和国政府の政治家たちが援助の大半をポケットに入れているからだそうだ。
「あとは日本の政治家のように、首都に自分の名前を付けた施設やビルを作って悦に入っている奴もいる」
「ビルメスト疑獄で刑務所に入っていたのに、いつも間にか政治家として復活していた太田寛一ですね。寛一ビルですか。自分の名前を外国に作って悦に入るなんて、いかにも古臭い金権政治かです」
綾乃は、そういうことに詳しいな。
分家でも旧華族だからか?
「日本の予算で首都に豪華な施設とビルが建つのはいいが、建築工事を受注した日本の建設会社だけが利益を得て、ビルメスト共和国の政治家たちに賄賂が渡り、オオタとかいう老議員にキックバックがあって。喜ぶのはごく一部の関係者のみだ。施設やビルは全然使われていないし、ビルメスト人は末端の建設作業員として働いたが、最低限の賃金でこき使われ、仕事中に怪我をしたり死んでもなにも保証がない。そして、ビルが完成したらすぐにクビになってしまった。日本の優れた建築技術が勉強できたわけでもなく、援助の体を成していないのさ」
「太田寛一は、ビルメストが永遠に発展しない方が都合がいいのです。日本からの援助予算を食い物にできますから」
「太田寛一が議員を引退したら、そこに食い込めないんじゃないの?」
「良二様、太田寛一の娘は現在外務副大臣ですから。彼女が、太田寛一の地盤と利権を引き継ぐんですよ」
「まさしくクズ政治家親子だな」
二世政治家なんて存在を見ると、自分は選挙で選ばれた政治家だから王様や貴族よりも偉いと思っている政治家がバカに見えてしまう。
お前らも、同じじゃないかと。
しかもながら、太田親子は民主主義で選ばれたクズだし、この二人を当選させている選挙民たちがいるのも確かなのだから。
「フルヤさん、大変です! ビルメスト共和国軍が動きました! ですが、少し様子がおかしいのです」
「様子がおかしい?」
近衛騎士の一人が報告にきたが、その内容はついにビルメスト共和国が大規模の軍勢を首都から発信させたというものであった。
純粋に考えたら、王国軍を撃破するのが目的だと思うが、続けて彼はその軍勢の詳細について説明し始めた。
「かなりの重武装かつ、外国の民間警備会社の社員……実質傭兵ですけど。実戦経験豊富で腕のいい元軍人が大勢参加しています。他にも、元ゲリラやマフィアの武闘派など、殺しを躊躇しない人たちが大勢兵士として確認されたそうです」
「本気で、ビルメスト王国軍を討つつもりなのかな? しかし、そんな大規模な傭兵軍がこの短期間で湧くものなのか?」
近衛騎士が集めた情報によると、民間警備会社……傭兵たちは、東南アジア、南米、アフリカ、中東の内戦、戦争、紛争で長年活躍しているベテランたちばかり。
他にも、元ゲリラやテロリスト、海外の武闘派マフィアのみならず、日本の暴力団員の姿も見えるそうだ。
「どのような人間が何人参加しているか、装備している武器などの詳細はこちらの報告書をご覧ください」
近衛騎士が差し出した紙を読むと、これらの情報の元は東条さんだった。
そしてこの軍団は、俺を消すために太田寛一が集めたものとも書かれいた。
「日本政府の援助を吸い上げるしかない利権政治屋が、これだけの軍勢をこの短期間に揃えられるものなのか?」
そんなことを考えていると、スマホに着信が入った。
東条さんからだが通常の通信ではなく、ダンジョンでも通話可能な『魔力波通信』での着信でだ。
ダンジョンでは電波が流れないので、ダンジョンの中で通信やネットをするには、電波を魔力波に変換する必要がある。
俺が既存のスマホを改良し、さらにイワキ工業で量産して販売されていた。
かなり高価だが、ダンジョンでも自由に通話やネットができるようになったので冒険者の必需品になっていた。
俺はスマホにさらに改良を加え、魔力波のみを使って通信できるようにしている。
魔力波を用いると、第三者による盗聴が非常に困難になるからだ。
ただ、魔力波使用オンリーのネット環境を構築して使用するには時間と手間とコストがかかるので、今は通話と簡単なチャット機能しか使えない。
そして、魔力波オンリーの通信機能を持つスマホを持つのは、イザベラたちと剛、イワキ理事長、そして東条さんと西条さんのみであった。
『東条さん、どうかしましたか?』
『ビルメスト特別旅団が首都ランザを出撃した情報は掴んでいますよね?』
『ええ』
『旅団規模で、人数は五千人といったところです。半数ほどが世界中の紛争地帯で活躍していた傭兵たちで、もう半分が命知らずのアウトローたちですが、実は困った問題が……』
『困った?』
『ええ。このビルメスト特別旅団の指揮官や参謀、さらに下級指揮官の中に現役の自衛隊員が入っているんです』
『えっ? 現役の? 元自衛官じゃなくてですか?』
現役ってことは、勝手に自衛隊を抜け出してビルメスト共和国までやって来たということか?
昔の軍人じゃあるまいし……。
だが、東条さんが嘘をつくとは思わない。
『太田寛一の仕業です。自衛隊には、正式な軍隊として認められていないことや、日本が有事に巻き込まれた時に備えた対策を、日本政府がまったく立てていないことに不満を持っている将校たちがいます。彼らは以前クーデター騒ぎ起こした楯の会の後継者を自認しているんですよ。彼らが現役の身分のままビルメスト特別旅団に参加し、ビルメスト共和国の民主主義を守ることで、日本政府に圧力を加えようとしているのです』
『どこかズレてますよね』
確かにビルメスト共和国は民主主義国家というカテゴリーに入っているが、政治家たちは腐敗して国民が困窮しているというのに。
『第一、現役の自衛官が勝手に持ち場を離れて他国の戦争に参加していたら、脱走じゃないですか。脱走って死刑なのでは?』
向こうの世界では、兵士が脱走して捕まると死刑になっていたのを思い出した 。
逃げ切って山賊になったりする奴もいて、俺も道中に何度も襲われたことがある。
当然、俺を襲撃したことを後悔しながら死んでいくことになったわけだが。
『残念ながら自衛隊は軍隊ではないので、自衛隊員が脱走しても大した罪にはなりません。 彼らとしてもビルメスト共和国の状態は理解していると思いますよ。太田寛一に無条件に従ったわけではなく、そこはお互いに利益を計算してのことでしょう』
現役の自衛隊員、それも将校が軍隊を率いて他国の内乱を鎮圧した。
完全なる独断専行、命令無視……いや、それどころの話ではない大不祥事だと思うが、もし彼らが日本政府も正式に認証している国の内乱を鎮圧し、ビルメスト共和国から感謝されたとしたら……。
『やってしまった者勝ちですか』
『戦前の軍部暴走の悪夢再びですね。自衛隊の連中、ひた隠しにしていますが百名近くの自衛官たちが突然現場を離れ、ビルメスト共和国に向かいました。さらに……』
『さらに?』
『かなりの量の武器弾薬も奪って、別途輸送船でビルメスト共和国に届けています』
『自衛隊って間抜けですね』
『実は、公安がかなり前からこの情報を掴んでいたんですよ。ですが、公安に捜査を中止させ、自衛隊の警務隊に任せるようにと圧力を加えた奴がいます』
『太田寛一ですか?』
『ええ、そのとおりです。知らずに手伝わされた間抜けな与野党議員たちもいて、このままだと結構な数の議員が逮捕されるかもしれませんね』
『仕方がないんじゃないんですか?』
自分でやったことには責任を取らないと。
どうせ大半の政治家は、すぐに替えが効くのだから。
政治家は自分が思ってるほど、他に代えがきかない優秀な人間ではないのだから。
『自衛隊の警務隊はそこまでの規模ではないですし、警務隊の中にも同志がいたようで、間抜けにも現在廃棄途中の74式戦車と、現役で使用している90式戦車などの装備も持ち出されているそうです』
『間抜けすぎる……』
『さすがに外部からの盗難には十分注意しているのでしょうが、まさか内部の人間が堂々とこれだけの兵器と武器を盗んで持ち出すとは思わなかったのでしょうね。自衛隊はまだ隠していますが、とっくに日本政府はこの情報を掴んでいて、上層部はかなりクビを切られるでしょう』
『人手不足で大変でしょうに』
『そこは、すでにイワキ工業と協力して、ゴーレム兵士や、ゴーレムが操縦する戦車や艦船、航空機の準備が進んでいます。 元々自衛隊は人手不足で苦労していますから、多少上層部がいなくなったところで大した問題ではないでしょう。優秀な人は残すと思いますから』
自衛隊も省力化が進むのか……。
じゃあ、勝手に持ち場を離れた自衛官たちはクビ……その前に、戦死する可能性もあるけど。
『それで古谷さんにお願いがあるのですが、さすがにビルメスト特別旅団との戦闘の事実は動画にしないで欲しいかなと。ビルメスト共和国軍との戦闘だったら仕方がないんですけど』
『さすがに、そこは映しませんよ』
動画投稿サイトは最近規制が厳しいし、俺たちとビルメスト王国が極力犠牲者を出さないように政権を転覆させようとしている、と常に動画でアピールしている。
よって、戦闘に関する動画を配信する予定はなかった。
勿論、ビルメスト共和国軍との戦闘になれば犠牲者が出る可能性もある。
出ない可能性もあるが、捕らえた軍人の中には、自らが犯した罪でダンジョンに『追放』される者もいるだろう。
ただそれを公開しても、世論の支持は得られないからな。
世界中の視聴者たちは、一人も犠牲者が出るところが映っていない内戦で勝利してビルメスト王国を復活させた、若く美しいダーシャ女王を見続けることになる。
偽善と欺瞞だが、俺たちは真実を追求する戦場カメラマンやジャーナリストじゃないのだ。
なるべく犠牲者を出さないようにするため、嘘をつくことを躊躇しなかった。
『密かにビルメスト特別旅団は始末します』
『それを聞いて安心しました。できればでいいので、彼らを捕らえてほしいところですが、古谷さんに無茶はさせられないので、将校が一人でも生き残ればいいと思います』
どうやら東条さんは、俺たちとビルメスト王国が負けるとは思っていないようだ。
実際に負ける気はしないけど。
『ところで、ビルメスト特別旅団を指揮している自衛官って誰なんです?』
『武藤泰嗣(むとう やすつぐ)一佐。自衛官としては優秀ということになっていますが、ちょっと時代遅れな人です』
この時代に、自衛隊を脱走して実戦に参加しようとしているのだから、戦前チックな人なんだろう。
俺とは合わないな。
それなら辞職してから傭兵になればいいのに、こういう時代がかった人は暑苦しくて好きになれない。
『わかりました。人間は可能な限りひっ捕らえますが、鹵獲した兵器や武器はビルメスト王国で貰っていいのですか?』
『構いません。日本に戻されるとかえって面倒くさいことになるので、完全紛失にした方が都合がいいんですよ。自衛隊はゴーレムを利用した省力化や、古谷さんがこれからモンスターがダンジョンの外に出る可能性についても動画で解説していたじゃないですか。モンスターにも効果がある魔銃と同じように、魔力で発射できるミサイルや重火器の開発と配備も進めなければいけません。大幅な組織改編をしなければいけないので、かえって大不祥事を起こしてくれた方が好都合なんですよ。日本政府としては……』
『そうなんですか?』
『自衛隊もお役所ですからね。新しく変えようとすると抵抗勢力が出ますから』
綱紀粛正のための組織改編といえば、自衛隊内の抵抗派も表立って反対はできないだろうからな。
俺たちの行動が日本政府に黙認されているのは、東条さんがその利点を上手く交渉してくれたおかげか。
『自衛隊が、東条さんを恨みませんか?』
『武藤のような特に面倒くさい連中はビルメスト特別旅団にいますし、もう少ししたら私を恨むところではなくなりますからね。自分がクビになるか、大きく将来が変わるでしょうから』
自衛隊が、武藤たちの脱走と、武器の窃盗を隠していたのは大不祥事だろうからな。
上層部は確実に処罰されるはずだ。
『じゃあ、まずはビルメスト特別旅団を先にどうにかします。こいつらがいると、清く美しい政権交代の動画が撮影しにくいですから』
東条さんとの話を終えると、俺はイザベラたちとヘギドさんに一言断ってから、一人でビルメスト特別旅団を探すべく『飛行』しながら出発しようとした。
イザベラたちが見送って出向けくれたけど……。
「リョウジさん、本当にお一人で大丈夫ですか?」
「リョウジ君なら大丈夫だと思うけど……ボクも同行したかった」
「ですが、私たちが参加するとかえって邪魔になってしまうかもしれないので」
「私たちがビルメスト王国軍を守ることこそが、『内助の功』というものね」
「アメリカ人が内助の功って…… そういうのを、アメリカ人は嫌うんじゃないのか?」
「そんなのはその人次第よ。タケシは、 ニューヨークタイムズの読みすぎじゃないの?」
「リョウジ、無事に戻ってきてください。あなたは、私の騎士なのですから」
「「「「騎士ぃーーー!」」」」
ダーシャの発言を聞いたイザベラたちのテンションがおかしかったが、実は俺も名誉職ながら近衛騎士に任じられていたので、そこまで驚くことではないと思う。
というか、イザベラたちと剛も任じられているじゃないか。
とにかく、とっととビルメスト特別旅団なんて言う危なくて、時代錯誤な連中をどうにかしなければ。
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