第113話 わかりやすい汚職政治家

「現在のビルメスト共和国情勢ですが、ビルメスト王国が全国の五分の二ほどの面積を解放したそうです。解放した土地では、汚職の頻発で評判が悪いビルメスト共和国とは違って、順調に国土が発展しているとか。我が国としましても、日本や世界の世論を鑑み、ビルメスト王国にODAなどの経済支援を検討しております」


「田中総理! 私は断固反対です! 日本はこの十年間、ビルメスト共和国を正式に承認し、支援し続けていたではないですか! 王政国家を支援するなど、民主主義国家が決してしてはいけないのです」


「太田議員、しかしながらビルメスト王国は立憲君主制に移行すると言っている。政治はザーン氏が暫定で首相の座につき、のちに正式に選挙を行うと言っているのだから。大体、世界中には王政国家などいくらでもあるではないですか。外務副大臣であるあなたが、そのような不見識では困ります」


「とにかく私は、ビルメスト王国を名乗る悪辣な専制国家など認められません! 日本政府からの援助は、引き続きビルメスト共和国に行うべきなのです!」


「ですが、ビルメスト共和国への援助は無駄が非常に多く、実際に困っている国民たちにまったく行き渡っていないという報告が入っています。政府関係者の汚職も酷いとか。この状況を改めないことには、ビルメスト共和国への援助はしない方がいいと思うのです」


「総理! ビルメスト共和国の人たちはとても困っているのです! 先進国である日本が援助をしないで、いったい誰が援助をするというのですか?」





「太田外務副大臣? ああ、あの太田寛一の娘か……。父親の方は一回汚職で捕まって刑務所に収監されたというのに、まだ議員を続けているんだよな」


「さすがに与党には所属できず、保守系の野党に所属していますがね。しかしながら与党にも顔が広いので、娘が与党で議員として当選し、外務副大臣を務めています」


「しかしまぁ、よっぽどこの親子はビルメスト共和国が好きなんだな」


「ビルメスト共和国が好きというか、あの国の政府高官からのキックバックが大好きなんだと思いますよ。一回あの国への援助に関連する汚職で捕まって有罪になったのに、本当にしつこい親子だ」


「とはいえ、あの親子に投票してしまう人がいるのが民主主義というものですよ」


「西条さんも言うね。ところで私たちは、あの親子に注意した方がいいのかな?」


「私が集めた情報によると、ビルメスト王国の建国に協力し、反政府ゲリラたちを討ってその支配領域を手に入れるのに貢献した古谷さんを憎んでいるそうです。それも親子して」


「ビルメスト共和国なら、日本からの援助のキックバックが期待できるが、ビルメスト王国では期待できないからな」


「あの卑しい親子が考えそうなことですよ。与党の議員たちでも、あの親子を嫌っている人は多いですから。彼らは、古谷さんが動画配信やSNSを用いて日本や世界の世論を味方につけたことにもの凄く怒っています」


「古谷さんのやり方が優れていただけじゃないか」


「まあ、太田寛一もいい年ですからね。ネットや動画配信サイト、SNSなんて理解できないのでしょう。自分が使えないから、それは絶対に悪だと感じる。古谷さんの活躍も、若造が余計なことをしやがって、くらいの認識でしょう」


「なまじ長年政治家をやっているから、プライドが高くて我儘になり、自分の思い通りにならないと頭にくるんだろう。駄目な老人の特徴だ。だが、太田寛一にはまだ影響力がある。なにかしでかしてくるかもしれないな」


「それには警戒しています。太田寛一は、ビルメストマフィアと懇意にしているという噂ですから。そしてビルメストマフィアは、ビルメスト共和国政府の犬ですから」


「現地で、古谷さんの暗殺を狙うかな?」


「十分にあり得るでしょうね。古谷さんに注意喚起をしつつ、 こちらは太田寛一の罪状の証拠でも集めましょうか?」


「有罪にできるか疑わしいところだが、あとで裏取引にも使えるだろう。本当に、この前の御堂といい……」


「少しずつですが、与党の問題児たちが勝手に自爆してくれるので、田中政権は当初の予想を裏切って長期政権に移行しつつありますけど」


 田中総理は古谷さんへの理解があるから、できれば長期政権を維持して欲しいものだ。

 そのためにも、太田寛一を潰すことができるといいのだけど。




「パパ、田中の奴、私がパパからの意向を伝えたのに、それを完全否定しやがったのよ! 昔、パパの世話になっておきながら恩知らずもいいところだわ」


「田中の野郎! 与党時代は総理大臣にも近いと言われたこの俺の意向を無視しやがって! なにがビルメスト王国だ! ビルメスト共和国を潰すなんて絶対に許さん!」


 政権内で外務副大臣をしている娘が、田中の裏切りを報告してきた。

 この私が、ビルメスト利権をどれだけ持っていると思っているんだ!

 ODAを、ビルメスト共和国からビルメスト王国へと切り替えるかもだと?

 普通ならあり得ないことだが、すべて古谷良二がひっくり返してしまった。

 奴が生き残っていたビルメスト王国の王族に手を貸し、動画で世界中にアピールしたものだから、世界の世論は腐敗したビルメスト共和国よりも、清廉で庶民的なダーシャ女王をシンボルとしたビルメスト王国の方がいいなどと言い出し始めた。

 そもそも、以前から問題になっている対ビルメスト共和国への援助がなにも役に立っていない。

 ただ共和国政府の上層部が、私腹を肥やしているだけではないかと。

 だからなんだというのだ。

 ビルメスト共和国に援助をすれば、私も家族も潤う。

 それでいいじゃないか。

 そもそも、自分たちが先進国の上等な国民だと思っているバカな日本人は、どうせ国家予算の詳細などろくに見ていない。

 テレビが騒げば、よくわかってもいないのに『税金の無駄遣いだ!』と馬鹿の一つ覚えのように騒ぐ。

 そして、すぐにそれを忘れてしまうのだ。

 支持者を自称する連中や、私に献金をしている企業なども同じだ。

 ようはビルメスト共和国に援助がついて、それを私が自由に差配できれば問題ないのだから。

 日本人とビルメスト人との交友のために建設した『寛一ハウス』などはその最たる例だ。

 ほぼすべての日本人は、反政府ゲリラが出没して治安が悪いビルメストになど行かないので、首都に数百億円をかけてつくったビルや施設になど来ない。

 ワシに多額の献金をくれる日本の建設会社に仕事を与えるため、必要もない寛一ハウスを作らせたのだから。

 さらに、途上国であるビルメスト人にこれら施設の維持などできない。

 その予算も援助から出し、私に献金や賄賂をくれる日本企業に仕事を回せば、私の代のみならず娘も政治家として安泰というわけだ。

 もしなにかの間違いでビルメストが発展してしまうと、日本政府が援助を出せなくなってしまうので却って不都合だ。

 それに、腐敗したビルメスト共和国の要人たちの方が、私に色々と便宜を図ってくれるかな。

 ビルメスト共和国は、私と娘にとって都合のいい貧乏国家なのだ。

 それなのに、古谷良二の奴め!

 世間を知らない若造は、これだから困ってしまう。


「少しばかり稼いでいるからと言っていい気になりやがって! そうだ! 古谷良二を殺そう」


「パパ、そんなことは可能なの?」


「可能だ。奴はどんな気まぐれか。ビルメスト王国の女王と政権転覆を支持している。古谷良二がビルメストにいるのなら、そこで派手に殺してやればいい」


 御堂の耄碌爺は、日本でチンピラを集めて古谷良二を始末しようとして失敗した。

 御堂はいまだに行方不明で、チンピラたちは抗争で殺しあって死亡ということになっているが、この私の目はごまかせない。

 間違いなく、古谷良二によって始末されたのだろう。


「日本は色々と制約が大きすぎる。私はビルメスト共和国の政治要人とも仲がいいから、ビルメストに人と武器を集め、現地で古谷良二を殺させよう」


 御堂が集めたチンピラたちでは、到底古谷良二は殺せない。

 そんなこともわからないほど耄碌したから、国会議員なのに行方不明扱いになるという、哀れな末路を迎えることになるのだ。


「私は日本政府の援助を通じて、世界中の国々と繋がりがある。実戦経験豊富な傭兵、ゲリラ、マフィアなど。兵器と共に大量に集め、一気に古谷良二を殺す」


 いくら奴が優れた冒険者とはいえ、軍隊には勝てまい。


「御堂、お前の無念を晴らしてやるぞ。古谷良二を殺せば、奴の持つ古谷企画とその膨大な財産が宙に浮く。これも差配できる立場になれば……和美、お前が次の次総理大臣、それも日本の憲政史上初の女性総理大臣だ」


「初の女性総理大臣。いいわねぇ」


 今さら、私のような老人が総理大臣になっても人気が出ないからな。

 娘を女性総理大臣にすればマスコミは褒め称えるし、ろくに政治をわかっていないバカな国民たちが熱狂的に支持するはずだ。


「私たち親子で日本を手に入れるのだ」


「パパ、楽しみね」


「そうだな」


 田中、元々お前のような人間が総理大臣になること自体が間違っているのだ。

 その席を、私とその家族に返してもらおうか。

 その前に、戦力を整えてランザニア共和国に送り出さないといけないな。

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