第109話 ビルメスト王国復活への道
『みなさん、始めまして。私の名前は、ダーシャ・フェル・ビルメスト。公式には全滅したと言われているビルメスト王家最後の生き残りです』
とにかくスピードが命だ。
ビルメスト共和国政府も反政府ゲリラたちも潰して、ビルメストを普通の国にする。
政体はビルメスト王国を復活させるが、ダーシャ姫改め、新女王ビルメスト一世は君臨するだけ。
いわゆる立憲君主制を目指すことにした。
一日でも早く政治家を選挙で選ぶ民主主義を目指すことにして、今はヘギドさんの家があるブラインの町の町長ナリスさんが臨時の首相となった。
実は彼は、旧ビルメスト王国で閣僚経験もある、とても優秀な人なのだそうだ。
そして、ヘギドさんが王国軍のトップに就任する。
支配地域は町一つで、住民は三百名ほど。
随分とささやかな王国だが、これから反政府ゲリラを討伐して支配領域を増やしていけばいい。
同時に、近年では戦争で勝利するのに必須となった、情報、宣伝戦を効率的に展開しなければならない。
早速ビルメスト一世……ダーシャ姫のことだ……の動画チャンネルを作り、世界中にビルメスト共和国の政治家たちが腐敗し、国民たちは重税に喘いでおり、社会主義を標榜する反政府ゲリラたちが出没しているが、実は彼らも海外の反社会勢力や悪徳企業と結びついて国民たちから搾取し、自分たちが贅沢に暮らしているだけ。
という実態を解説した。
俺の動画とコラボしているので、ビルメスト一世の存在は一気に世界中に広がり、ダーシャ自体が美少女だったので人気も出た。
動画チャンネルのチャンネル登録者数は鰻登りで収益化にも成功し、彼女への寄付や支援も増えていた。
『女王陛下、祖国のために私もぜひ協力させてください!』
『俺も女王陛下を支持します!』
祖国の現状に絶望し、世界中で活動していたビルメスト人冒険者たちの大半が、実は生きていたビルメスト一世を支持し、在外ビルメスト人会が発足。
祖国開放のため協力することを誓い合った。
『可愛い、これは食べるかしら?』
『みゅう?』
『毛がモフモフで気持ちいいーーー。ああ、ずっとこうしていたいわ』
『みゅう』
「リョウジさん、とても陳腐な人気取りの策ですが、効果は絶大なのでしょうね」
「ビルメスト王国はまだ立ち上がったばかりで力がない。だからこそ、国際的な支持を得なければいけないのさ」
「ビルメストの知名度アップのため、文化や歴史を紹介したり、現在の共和国政府の腐敗ぶりを伝えるだけじゃ無理だもんね」
「俗っぽい気がしますが、悪辣な手を使っているわけではありませんし、弱い者が強い者に勝つには、このぐらいのことをしないといけないのかもしれません」
「まあ、女王陛下が美少女でよかったよな。昔から、美しい女王様は人気が出ると相場が決まっている」
「タケシ君、ズバリ本音をありがとう。リョウジ君は、ターシャが美少女だから助けようとしているのかなぁ?」
「……そこは否定しないが、偶然というか、勢いというか、乗りかかった船ってやつだな」
今、ダーシャの動画を撮り溜めていた。
美少女な女王様として人気が出たので、俺のペットである召喚獣のミュフと遊ばせたり、日本での観光や食事などの風景を撮影し、その様子を動画として公開している。
剛の言うとおりダーシャは美少女なので、現在世界中で彼女の人気が急上昇している。
ビルメスト共和国政府の首脳部が、実は生き残っていたビルメスト王家の人間に対しどう思っているのか詳細は伝わってこないが、もし知っていたら苦虫を噛み潰したような顔をしているはずだ。
連中の腐敗ぶりは国外でも有名なので、実は国外の人たちにもまったく人気がなかったからだ。
発展途上国なので外国からの援助が入っているのだが、それも政府関係者がポケットに入れてしまうので、『ビルメスト共和国に援助しても無駄だ!』と公言する政府関係者もいた。
さすがにダーシャの動画に気がついていない……なんてことはないと思うが、動画配信者になった彼女を侮ってくれるとありがたい。
「元々、ビルメスト共和国の腐敗ぶりは、世界各国の政、財、官の間で有名だったのです。女王陛下の人気を利用して、彼らを引きずり下ろすことができれば……」
「東条さんの想定どおりかな? 俺をビルメスト共和国の革命騒ぎに巻き込めて」
「それは絶対にありません。私はヘギドを国外に連れ出して欲しかっただけですから。彼ほどの能力があれば、世界中のどの国でもやっていけると思ったのです。いくら元近衛騎士隊長でも、そんな過去は捨てて個人の幸せを追求してほしかったし、彼にはその資格があるのですから。いくら私でも、実はダーシャさんが生きていて、十年もヘギドが保護していたので事実を知りませんでしたよ」
たとえ親友でも、ダーシャさんを匿っていることを話さなかったのか。
確かにヘギドさんは凄い人だと思う。
ダーシャさんの秘密は絶対に守らないといけないと思ったからこそ、親友である東条さんにも絶対に話さない。
これが普通の人なら、東条さんは親友だからと、ダーシャさんのことを話していたはずだ。
東条さんがその情報を漏らすとは思わないが、秘密は知る人間が増えるほど漏れやすい。
ヘギドさんはその鉄則を頑なに守った。
なかなかできることではない。
「とにかく乗りかかった船です。最後まで始末をつけますよ」
「動画配信を利用した宣伝、情報工作はいい手だと思います。私も協力してくれるよう、日本政府に密かに交渉してみます。ビルメスト共和国が腐敗した駄目な国家というのは外務省も十分に承知していることですから。もしビルメスト王国が普通の国として成立してくれるのなら、日本政府としてもODAを出すなどで援助できるかもしれません」
古谷企画には内閣府にいた西条さんもいるので、田中総理に上手く話をつけてくれるはずだ。
ビルメスト共和国が倒れてランザニアビルメスト王国が成立すれば、正式承認もすぐにしてもらえるはず。
「となると、今の時代で一番大切なのは、いかに国際世論の支持を得るか。イメージ戦略は重要だな」
「そこで、古谷さんの動画チャンネルを利用して、女王陛下の動画チャンネルを始めたのですね。彼女は大変美しいし、女王陛下なのに非常に庶民的だと人気になっています」
実際、ダーシャさんは十年以上も市井で暮らしていた。
王族としての教育は完璧だが、それは義父となったヘギドさんと、彼の婚約者であるエルラ―ラさんの教育の賜物だそうだ。
ヘギドさんの婚約者であるエルラーラさんもなかなかに肝の据わった女性で頭も良かったが、それはクーデターが起こるまでは大貴族の屋敷で働いていたからだそうだ。
もっとも、クーデターのあとはその大貴族も没落してしまい、今は役所で働いていたそうだけど。
ただ、反政府ゲリラが町を占領してしまったため、彼女は自宅待機を命じられてあの家に帰っていたらしい。
反政府ゲリラたち相手にあそこまで堂々とした態度を取れるのだから、それはダーシャさんの教育もできたわけだ。
「ビルメスト共和国の腐敗ぶり、反政府ゲリラが反社会勢力となんら変わりのないこと。ビルメスト王国は立憲君主国家で、王は国の象徴で、政治は選挙で選んだ政治家たちに任せる。この辺を強調して、欧米の支持も集めましょう。ところで、ビルメスト王国の支配領域は広がりそうですか? 実はそこが一番問題なんです」
確かにいくら綺麗ごとを言っても、ビルメスト王国がビルメスト共和国を打倒できなければ意味がない。
力がない者に他者は力を貸してくれないし、もしそれでも力を貸してくれたら傀儡にされる可能性を憂慮しなければいけないのだから。
「他にも色々とやらないといけないんですけど、その前に反政府ゲリラをぶっ潰してその支配領域を手に入れます。これで三つ巴から、ビルメスト共和国対ビルメスト王国という構図に持っていきます」
「戦いですか?」
「ええ、この辺の様子も撮影して動画で流しますよ。当然上手く編集しますけど……」
「そうですね。今の時代の戦争は兵器だけでなく、情報工作も同じくらい重要ですから。SNS対策も重要で、ビルメスト共和国政府が新しい時代の情報戦にどう対応してくるか、調べつつ、我々も動きます」
「お願いします。ですが、東条さん張り切ってますね」
「私は元々自衛官志願だったので。皮肉にも今、こうやって情報戦に加担するわけですが」
「そうだったんですか」
「リョウジ・フルヤ。これから反政府ゲリラたちを討伐するのか。ならば私が道案内をしよう。これでも地理には詳しいのね」
「それは助かります」
ヘギドさんの道案内はとても助かる。
戦争において、地元の地理に詳しいというのはそれだけで圧倒的優位に立てるのだから。
「フルヤさん、私も手伝います」
「ダーシャさん、これからあなたにも戦場に出ることがあるでしょうが、その前に今はやれることをやってください。エルラーラさんは、ダーシャさんのお世話と手伝いを。とにかく今は、ビルメスト王国がビルメストを治めるのに相応しいという世論を形成しなければならない。そこで、『鉄は熱いうちに打て!』。ダーシャさんは非常に人気があるので、さらに支持者が増えるように動画を配信しつつ、各種SNSでビルメスト共和国の腐敗ぶり、同時にビルメスト王国の正義を説き、在外ビルメスト人たちの中から国を上手く回せるように優秀な人材を集め、寄付や支援を募る必要があります。プロト1!」
「任せてください。ホワイトミュフと戯れる女王陛下の動画は、これまでの最高視聴回数を稼ぎました。日本観光の様子や、日本のグルメを楽しむ様子の動画の視聴回数も悪くないです。日本人は、外国人が日本の食べ物や文化を楽しんで褒める様子を見るのが大好きです。このまま日本人を女王陛下贔屓にしてしまえば、日本は民主主義国家なので、政治家たちを動かすことも可能になるでしょう」
「遊びではないのですね」
「あざとい手ではありますが、これもビルメストを平和な国にするためなので我慢してください」
「フルヤさんは、私なんかよりも頭がよくて大人なのですね」
「そうかな?」
十年もあんな世界で命がけで戦っていれば、誰でもこのぐらいのことは考えつけるようになるはずだ。
「はい、フルヤさん……いえ、リョウジの協力に感謝を」
そう言いながらダーシャは俺に抱きつき、そのまま頬にキスをした。
突然のことで、さらに彼女に敵意がまったくないので、俺は避けることができなかった。
別に避けなくても危険はないどころかラッキー……。
「いっ!」
同時に四つの殺気を感じたのでそちらを見ると、イザベラたちの笑顔が凍り付いていた。
「(いや、頬にキスなんて挨拶程度で……)」
「リョウジ・フルヤ。ビルメストの女性は、夫となる男性以外にはみだりに触れないものなのだ。たとえそれが家族でもな。だから私は、ダーシャ様に一切触れていなかっただろう?」
ええと……。
ということは……今は深く考えるのはやめよう。
仕事が先だ!
「今は急ぎ、ビルメスト王国の支配領域を広げてきます!」
いまだビルメスト王国の支配領域は町一つなので、まずは反政府ゲリラたちを倒し、その支配領域を奪うとしよう。
それができれば、ビルメスト共和国と対抗していくことも十分に可能なのだから。
「ダーシャさん、俺はビルメストに戻りますから」
「あの……。ダーシャと呼んでください」
「あっ、はい。ダーシャ、ビルメストに行ってきます」
これは不可抗力というものだろう。
外国人は親しくなると、名前で呼び合うのが常識……全世界共通かは知らないけど。
とにかくイザベラたちの視線が痛いので、急ぎ『テレポーテーション』でビルメストに移動しようとすると……。
「リョウジさん、私も同行しますから」
「ボクも! 愛する人を手伝うのは当然のことだからね」
「そうですとも。私たちは、良二様と一心同体と言っても過言ではないのですから」
「リョウジが反政府ゲリラと戦うと言うのであれば、私も手伝うわ。なんてったって私はアメリカのガンマンなんだから」
「…… 良二、いろいろと大変だな。ビルメスト共和国のダンジョンに興味があるから俺も付き合うわ」
「すまない、剛」
中和剤になってくれて。
さすが俺の親友だ。
俺は、ヘギドさんとイザベラたちを連れて、ビルメストへと移動するのであった。
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