第106話 東条からの依頼

「ああ、ビルメスト共和国のこのダンジョンですね。階層は五百階層で、大分前にクリアーして動画にもあげてますけど、まだ二十一階層がレコードなの? ビルメスト共和国の冒険者たちはやる気ないのかな?」


「確実にないでしょうね。古谷さんは、あの国の冒険者にかけられた税率を知っていますか? 95パーセントですよ」


「超累進課税ですね。その分、国内の開発や投資に回してるのかな?」


「いいえ、腐敗したビルメスト共和国の政治家、大物官僚、軍人、政商が贅沢な暮らしをしているだけです。国民の大半は貧困にあえいでいます」


「よくクーデターが起こらないよなぁ……」


「起こってますよ。十年前、やはり悪政を働いたビルメスト王国でクーデターが発生し、クーデターを起こした現在の共和国政府によって王族は皆殺しにされました。ですが、今は共和国政府の連中が同じように悪政を働いているというわけです。おかげで、社会主義的な反政府ゲリラが誕生し、彼らと共和国政府が、国内にあるダンジョンを奪い合っているというのが現状です。これでは、国がまともに発展するわけがありません」


「東条さんは詳しいですね」


「ええ、十二年前、まだビルメスト王国だった頃、近代的な警察組織を学ぶという名目で、近衛騎士団の人たちを数名、研修名目で警視庁が受け入れたのです。その時の世話役が私でして」


「そんな縁があったんですか」


「その中に、ヘギド・アキムスという若者がいました。私と年が近く、能力人格ともに非常に優れた人物だったので仲良くなったのです。彼が日本にいたのは一年間だけでしたが、今も定期的に連絡を取り合っています。ですが……」


「ですが?」


「クーデターで近衛騎士団を辞めた彼は現在冒険者になっていまして、そのダンジョンで活動していたそうですが、昨日突然反政府ゲリラにダンジョンとその周辺領域を占領されてしまったそうです。彼は、パーティメンバーと共に、ダンジョンの奧に隠れています」


「このままだと、ビルメスト共和国のダンジョンが消えてしまうかもしれないなぁ」


 ビルメスト共和国の為政者は、ちょっと頭がおかしいと思う。

 自分たちが贅沢をしたいからという理由だけで、冒険者にあり得ない重税をかけてしまうのだから。


「優れた冒険者たちは海外に逃げ出し、実は日本にも結構な人数が滞在しています。残った冒険者たちも、稼ぎの95パーセントを税として取られてしまってはやる気が出ません。危険を冒したくないので、低階層でダラダラやっている人が大半です。それが気に食わないビルメスト共和国の為政者たちが懸命に発破をかけていますが、実際にダンジョンに潜るのは冒険者たちですからね。できませんでしたと嘘を言い、スライムばかり狩っている人が多いそうです」


「反政府ゲリラとかには参加しないんですか?」


「あそこは、左翼ゲリラを名乗っていますが、実際には黒い噂もありますから。ビルメスト共和国から奪い取ったダンジョンで、やはり冒険者から過酷な搾取をしているそうで……、しかもそれを隣国に運び、ブラックマーケット経由で海外に流しているらしいのです」


「どっちもクズだから救いがないですね」


「ええ……」


「それで、東条さんは俺にどんな頼み事をしたいんですか?」


「いえ、その……さすがに、個人的な依頼なので頼みづらいのですが……」


「ヘギドという人の救助ですか?」


「はい。できればお願いしたいのですが、危険な仕事なので……」


「別に大して危険でもないからいいけど、一つだけ不思議なことがありますね。どうしてヘギドという人は、クーデターで近衛騎士団をクビになったのに、十年間もそんなどうしようもない祖国を出なかったのか。反政府ゲリラにダンジョンを占領されてしまったのに、なぜかダンジョンの奧に逃げてしまったのか。普通なら、そこから逃げ出すなり、国外逃亡の準備をするはず。東条さんはどう思いますか?」


「……彼はすべてを語りませんが、現在国外に出られないなんらかの事情を抱えているはず。ダンジョンの奧に逃げたということは、それを隠すためではないかと」


「隠すためか。なにを隠したいのか知らないけど、ビルメスト共和国のダンジョンなら『テレポーテーション』で行けるので、サクっと救助してきますよ」


「古谷さん、ありがとう! この恩は一生忘れません!」


「東条さんがいるから、俺に対して日本の警察がうるさくないだろうくらいは理解しているから、そこはお互い様ってことで。ただ、もうすぐビルメスト共和国のダンジョンはじきに終わるかもしれないなぁ」


「終わるのですか?」


「ええ、ダンジョンには定期的に人が潜って活動していないと、不必要と見なされて消滅してしまうんです。実際、ダンジョンへの侵入を禁止した国で、ダンジョンが消えた事例が発生しているではないですか」


「確かに……。魔液じゃなくて、自然再生エネルギーのみで国を発展させると豪語したところや、ダンジョンへの進入を禁止した国のダンジョンが消えてますね」


「正確には、ダンジョンが引っ越しただけなんですけど」


 引っ越し先は、冒険者が活発に活動しているところだ。

 そのせいで上野公園ダンジョンの階層が増え、俺は新しくダンジョンコアを入手したり、新しく動画を撮影する羽目になった。

 冒険者が潜らないダンジョンは数年~数十年で消え去り、新しいダンジョンとして移転するか、既存のダンジョンと合体して階層が増える。

 真面目にダンジョンに潜る冒険者が多い地区が優遇されるわけだが、放置すれば増えすぎたモンスターが地上に溢れ出ることもある。

 冒険者ではない一般人からすればスライムすら脅威であり、もしドラゴンが 地上に出現したら大騒ぎになるのは、先日の金色の竜の事件であきらかだ。


「ビルメスト共和国は、そのうちダンジョンが消えるかもしれません」


 ダンジョンは定期的に人間が潜らないと、消えてしまうリスクを孕んでいる。

 だから俺は、動画でダンジョンの攻略情報を更新し続けているのだから。


「搾取しすぎて冒険者が海外に逃げ出したり、やる気をなくしてしまって国内のダンジョンの攻略が進まなかったり。苦労するのはその国の国民なのに、一体なにを考えているのやら……」


 ビルメスト共和国の国民たちがいい迷惑だと思うが、俺にどうにかできる話ではないので、サクっとヘギドという人を救出して日本に戻るとしよう。

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