第105話 亡国の王女

「っく! 反政府ゲリラの連中め! 毎度毎度腹が立つ! 政府はなにをしているんだ? 援軍くらい寄越してくれてもいいじゃないか」


「それが……。お前たちは冒険者で強いのだから、ゲリラぐらい余裕で倒せるだろう。それよりも、早く魔石などを収めるようにだとさ」


「腐れ共和国政府め! 私たちから上前をハネて、贅沢するしか能がないなんて! これでよく王政打倒のクーデターなんて起こしたものね」


「ただビルメスト王家の代わりにトップに立って贅沢をしたかっただけだろう。今の共和国政府には、多くの国民たちが失望している」


「でしょうね。でも、いつまでも古い特権にしがみつき、国民のために政治を行わなかったビルメスト王家も悪いわ。ヘキドもそう思うでしょう? 元近衛騎士隊隊長さん」


「……。だが、そんな王家を倒した共和国政府の連中も同じ穴の狢だった。ダーシャ姫、あなたが再びビルメスト王家を復興させれば……」


「駄目よ。政治はそんなに簡単なものじゃないし、私にはその才能もない。ただ、冒険者としてダンジョンから富を得て、それで国民が豊かになればそれでいいの」


「残念ながら、まったく豊かになっていないがな。共和国政府の政治家と役人共、そして連中と癒着している政商たちが贅沢しているだけだ。大半の国民は貧困に喘いでいる。それを正そうと、社会主義者たちが反政府ゲリラを率いているが、どうせあいつらも同じ穴の狢だ。国内のダンジョンを占領し、冒険者たちから革命資金と称して成果を奪っているだけ。どいつもこいつも、クズしかいない」


「そうね……。でも、このダンジョンは反政府ゲリラたちの好きにはさせない。後悔するといいわ」




 私は昔、王女だった。


 このビルメスト共和国が、まだビルメスト王国と呼ばれていた頃に末の王女として生まれたけど、王国は悪政を続けたせいでクーデターが発生し、父も母も兄弟も親戚も、多くの大貴族たちとその家族も処刑されるか、国外に逃げてしまった。

 私はたまたま、ビルメスト王国の近衛騎士隊隊長だったヘキドに助けられ、殺されずに成長することができた。

 彼はインテリでもあって、私に海外への留学を勧めてくれたのだけど、ダンジョンの出現とその後の不景気でそれもできなくなってしまった。

 そんな中、近衛騎士隊長でなくなり農業をしていたヘキドと、その娘として身分を隠して暮らしていた私に冒険者適性が現れた。

 ヘキドのジョブは『騎士』で、私は『魔法騎士』。

 他にも冒険者適性が出た人たちが出てきて、クーデター後も貧しい暮らしをしていた人たちは、夢と希望を抱いてダンジョンに潜るようになった。

 だけど……。

 共和国政府の連中はクズだった。

 冒険者たちが命がけで手に入れた魔石、鉱石、モンスターの素材、ドロップアイテムを冒険者から取り上げ、それで贅沢に暮らしている。

 冒険者は普通の人たちよりはマシな暮らしをしているけど、その働きに見合った収入を得ることができなかった。

 当然冒険者たちの間で不満が溜るけど、それを予想していた共和国政府の連中はダンジョンに軍を置くようになった。

 確かに冒険者は並の人間よりも遥かに強いけど、残念ながら重火器や戦車には勝てない。

 事実上家族を人質にとられているのもあり、日々の生活もあって、冒険者は黙々とダンジョンに潜るしかなかった。

 そんな生活の中で、ヘギドは元王女である私に期待しているのだけど、残念ながら今さらこの国に王政を復活させたところで、クズな共和国政府が新しいクズに変わるだけ。

 クーデターから十年。

 一向に国民の生活がよくならないので反政府ゲリラが生まれたけど、彼らも共和国政府が支配していたダンジョンを奪い取り、冒険者たちから搾取しているだけだった。

 反政府ゲリラは、隣国ボルカの企業や反社会勢力と結託して自分たちだけが贅沢をしている。

 もし反政府ゲリラによる政権転覆が成功したとしても、彼らが共和国政府の連中にとって変わるだけなのだから。


「このダンジョンが、反政府ゲリラと共和国政府のどちらの支配下ならマシなのかわからないけど、一つだけわかっていることがあるわ」


「わかっていること?」


「こっちが攻撃を受けているのだから、反撃して当然よね」


「そうだな」


 ダンジョンの入り口で、私とヘギドはダンジョンで見つけた魔銃を構えた。

 ここを縄張りにしていた軍司令官とその取り巻きたちは、応援を呼びに行くという名目で逃げ出してしまったけど、私たちはこのダンジョンがなければ生活できない。

周辺の町や村も同じだ。

 たとえダンジョンからの恩恵の大半が上にいるクズ共に搾取されても、その残りで私たちはどうにか生きているのだから。


「私もヘギドもガンナーじゃないけど、魔銃を使うくらいなら」


 たまたまダンジョンでドロップし、隠していたものだ。

 私もヘギドもガンナーじゃないけど、魔銃くらいは扱える。

 軍が逃げ出したあとのダンジョンを占領しようと、こちらに接近してくる反政府ゲリラたちを狙撃し始めた。


「うっ!」


「銃か? いや、魔銃か?」


「畜生、足を撃たれた!」


「こっちもだ! 撃たれた奴は後ろに下げろ!」


 わざとゲリラたちの足を狙う。

 こうすることで、負傷者一人を後送するのに必要な兵士二人を減らせるから。

 時間稼ぎにしかならないけど、私たちが所持している魔銃の弾の数を考えたらこれが限界ね。

 二人で二十名ほどのゲリラたちを戦闘不能にしたけど、私もヘギドも弾が尽きてしまったわ。


「ダーシャ姫、これからどうする?」


「ダンジョンに籠るしかないわね。他の冒険者たちは、今は反政府ゲリラに従うしかないんじゃないの?」


 周辺の周辺の町や村に家族が住んでいる冒険者は、この地域を占領しつつある反政府ゲリラに逆らえるわけがない。

 私は……。


「いつ反政府ゲリラたちに私に正体がバレるかもしれない。下手に出国しようとすれば、共和国政府に捕まるかもしれない。辱めを受けて処刑されるくらいなら、しばらくダンジョンに籠って潜伏するわ。ヘギドは優秀だから、この際共和国政府なり反政府ゲリラに仕官するのも悪くないかもよ」


「元近衛騎士隊長なんて、どちらでも鼻つまみ者扱いですよ。私には家族もいませんし、ダーシャ姫におつき合いしましょう」


「あの恋人さんは?」


「エルラーラは強く賢い女性なので、もうとっくに安全な場所に逃げていますよ。だからしばらく私が帰らなくても慌てるようなことはないはずです」


 私と共にダンジョンに籠って様子を見ると宣言したヘギドが、こんな時にスマホを弄っていた。

 普段はこんな時にスマホを弄るなんてしないのに……。


「ヘギド、なにをしているの?」


「その昔、私は日本に研修に行ったことがありまして。王家が、近衛騎士隊に警察的な役割も任せようとしていたのです」


「へえ、どうしようもないビルメスト王国だけど、近代化を目指そうとするぐらいの知恵はあったのね」


「ただ単に国民たちに人気がなかったので、裏切らないと思われていた近衛騎士隊に警察機能を持たせようと思っただけなんですけど。その時に、日本の警察官と仲良くなりまして。トウジョウという男です。たまに連絡を取り合っていたのですが、これで最後になるかもしれませんからね。お別れの挨拶を」


「悲しいことを言わないでよ。こういうこともあろうかと思って事前に準備もしてあったから、数週間はダンジョンに籠っていられるはず。その間に、少しでもレベルを上げて、この国から逃げ出す算段をしないとね。残念だけど、今の私では共和国政府も、反政府ゲリラも倒す力はないわ」


「そうですね。 思った以上にゲリラたちの数が多い。ダンジョンのなるべく下層部に逃げ込みましょう」


「そうしますか」


 攻め寄せてきたゲリラたちを多数負傷させたおかげで彼らは一時撤退し、私とヘギドは、無事にダンジョンの中に逃げ込むことに成功した。

 だけど多勢に無勢で、ダンジョン周辺の土地が反政府ゲリラたちの支配下に入るのを防げなかった。

 私は元王女なので、共和国政府にも反政府ゲリラからも敵として憎まれている。

 彼らに降ろうとしたところでろくなことにならないし、私がこの国の中で顔を晒して暮らすのは非常に危険だ。

 だからダンジョンが出るまでは、ヘギドに色々なことを教わりながら田舎で農業をしていたのだから。

 今は、ダンジョンに潜る時間を増やし、装備品の名目でフルフェイスの兜を被って顔を隠している。

 十年前のクーデターの際、王族で唯一生き残った私を王城から連れ出してくれ、娘として育ててくれたヘギドには感謝しかない。

 今だって私なんか見捨てて、婚約者であるエルラーラの元に戻って暮らせば、ヘギドほどの能力があれば豊かに幸せに暮らすことができるというのに……。


「私がいなければ、エルラーラと出国して外国の冒険者特区で暮らすこともできたのに。ヘギドは損な性格をしているわね」


「自分でもそう思わなくもありませんが、私だって昔から人がよかったわけではありません。この国で安全に暮らすためには、時に性格が悪くなる必要もありますから。ですが、ビルメスト王国の命令で日本に研修に行った時のことです。わずか一年間でしたが、あの国での暮らしと、トウジョウとの出会いで私は変わりました。だからあの時、王族でたった一人生き残ったダーシャ姫を見捨てることができませんでした。まあ、大きな娘が突然できてしまったようなものです。この十年間、そう悪い暮らしではありませんでしたよ」


「ヘギド……」


「しばらくは、ダンジョン内に潜伏しましょう。所詮は反政府ゲリラと侮っているわけではありませんが、しばらくすればダンジョンや、支配地域の警備体制が緩くなるものです。人間は、長時間気を張れるものじゃない」


「それもそうね」


 ヘギドの能力があれば、一国の宰相にだってなれるはずなのに……。

 ビルメスト王家、共和国政府、反政府ゲリラ。

 ろくでもない連中ばかりがこの国を支配するから、国民たちが苦労することになるのよ。


「救世主は、物語の中にしかいないのかもしれないわ」


「そうですね。とにかく今は、無事にこの国を出られるようにしましょう。もうこれ以上、この国に拘るのは危険です」


「そうね」


 私がこの国に残り続けていたら、もしかしたらこの国は良くなるかもしれない。

 なんの根拠もないのに、そんな理由で命の恩人であるヘギドを苦労させてしまった。

 私は、ヘギドとエルラーラと私自身の幸せのため、この国を捨てなければならない。

 こんなどうしようもない故郷だけど、未練を断ち切れなければ……。


「ダンジョンに潜ってしまったから、もうトウジョウからの返信は見れないわね」


「彼は忙しい人間ですから、返事は期待していません。ただ、日本で世話になったお礼をしたかっただけです」


 日本か……。

 そういえば、あの国には世界一の冒険者であるリョウジ・フルヤがいたわね。

 まだレベル27の私ではその足元にも及ばないけど、無事にこの国を出ることができたら、彼のように冒険者として高みを目指すというのも悪くないと思う。

 無事に、生きてこの国を出られたからだけど。

 あとは、普通の女の子のように綺麗な服を着て、友達と遊びに出かけて、学校に通って、男の人とデートしたりできたらいいなと思う。

 だから諦めず、今はこのダンジョンに隠れながらレベルを上げないと。

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