第99話 ファッション業界に参入するインフルエンサーと、強化薬

「古谷君、インフルエンサーは、ファッションブランドを立ち上げることが多いんだよ」


「服を売るんですか? でも、なかなか成功しないんじゃないんじゃぁ……」


「古谷君ほどの知名度があれば大丈夫だよ。洋服のデザインだって、ゴーレムに任せればいいじゃないか」


「まあ確かに」


「価格の安い服を作っては駄目だよ。素材も、ダンジョンで手に入れた素材を使って、ゴーレムは服の縫製はできないのかな?」


「教えれば大丈夫だと思いますけど」


「服、アクセサリー、鞄、靴、帽子、ベルトなどなどもイケるかな。これも、見本を展示するサテライト店舗だけオープンさせて、あとは通販でいいと思うけどね」


「なるほど」


「ダンジョン不況で潰れた中堅ファッションブランドのビルがあるから、これをお店に改装してしまおう。展示だけして、購入することができないお店ってウリでやれば、注目を浴びてお客さんは集まると思うな。古谷君の動画で紹介すれば宣伝も十分だから」


「じゃあ、プロト1に指示を出しておきます」



 天城さんが言うには、インフルエンサーはファッションブランドを立ち上げることが多いらしい。

 俺にファッションセンスなんて欠片もないのだが、 プロト1に聞いてみたら、黒字にすることは簡単なのでやりましょうという話になった。

 そしてしばらくして……。


「ここが、商品を商品を購入することができない洋品店ですか……」


「みたいだね」


「リョウジ君はオーナーなのに、恐ろしいほど当事者認識がないよね」


「じゃあホンファは、俺がファッションに詳しいと思う?」


「あっ、でも。 リョウジ君は器用だからなんでも作れるじゃない。絵も上手だし」


「作れるのと、興味があるのは別だよ」


 代官山にあったが、時代の流れと、ダンジョン不況の影響で潰れた中堅ファッションブランドの本社ビルを改装し、俺のオリジナルファッションブランドの洋品店がオープンした。

 やはり店員の大半はゴーレムで、商売柄ゴーレムたちは服を着ている。

 勿論、ずんぐりむっくりしたゴーレムが人間の服など着ても似合わないので、マネキン型のゴーレムを特別に作り、さらに体が大きい人用に、ゴーレムが似合うオリジナルの服をデザイン、縫製させ、それを着せている。

 俺のファッションブランドは、ゴーレムが着ても似合う服をデザイン、製造できる技術力がありますよと、お客さんにアピールするためだ。


「良二様、このバッグいいですね……。三千万円ですか? こっちは五千万円!」


「増えた上野公園ダンジョンの最下層にいる、ダークブラックドラゴンの皮を加工したものだからさ」


 すでにイザベラたちはダークブラックドラゴンを倒せるし、ドラゴンは巨体だ。

 バッグの材料ならいくらでもありそうな気がするが、ドラゴンの革は使用用途が多い。

 さらに、高級バッグに使える部分は非常に少なく、加工がとても難しい。

 一番大切な作業はまだ俺にしかできないので、今のところ数点しか存在しなかった。

 高額でも仕方がないのだ。


「Tシャツでも百万円ですけど」


「リョウジ、Tシャツの絵ってリョウジのデザインよね?」


「そうだよ」


 俺は絵が描けるので、様々なモンスターの絵をプリントしたTシャツも販売していた。

 その素材は『マダラポイズンクモ』がお尻から出す糸であり、これもとても貴重なものであった。


「展示だけなのに、多くのお客さんが集まるなぁ」


「古谷君の知名度が抜群に高いからさ。それに加えて、滅多に手に入らないダンジョンの品やモンスターの素材を用いているのだから、 見学しに来るに決まっている」


 ゴーレムはお店を綺麗にしたり、展示品が触られたり盗まれたりするのを防ぎ、数少ない人間の店員が商品の説明をしている。

 そして商品が欲しければ、通販で購入するという仕組みだ。

 お店に来なくてもすぐに商品を購入し、早速転売している人もいるようだが、残念なことに大半の製造作業は裏島にある工房にいるゴーレムたちが担当しているので、一部の特別品以外はいくらでも販売することができた。

 これまで俺が、この手のモンスターの素材を大量に死蔵していたというのもあったけど。

 だって、服なんてわざわざ自作しなくても、お店に行けば売ってるから。


「ところで、アマギはどうやって儲けるの?」


「実はこのお店、パソコンが置いてあってその場で商品の購入ができるじゃないですか」


「お店から商品は持ち帰れないけど、その場で購入することができるのね」


「こういうお店を、私が世界各国に作る予定でして。そのお店の端末から商品を購入してもらうと、私に手数料が入るんですよ。それが結構いい儲けになるんですよね」


 天城さんは世界中にこのサテライト店舗の支店を展開し、店舗内にあるパソコンから商品を購入してもらうと、手数料が入る仕組みになっていた。


「勿論手数料をもらう代わりに、世界各国のセレブたちが好む服やアクセサリーの情報や購入データを提供して、商品作りに役立ててもらうつもりです。この手の商品は利益率も高いので、私も大儲けできるでしょう」


「アマギって、 ステイツでも商売できそうね」


「日本には古谷君がいますからね。今、起業したい人は日本が熱いと思いますよ」


 俺が設立したオリジナルファッションブランドは大成功を収め、天城さんもフランチャイズ式の支店を世界中に展開し、お互いに大儲けをするのであった。

 やはりお金の使い道がよくわからないので、世界各国のダンジョン特区建設債を購入しておいたけど。





「ううむ……。どうだ? 剛」


「イケそうな気がしてきた」


「さすがは、魔法薬師のスキル持ち。器用じゃないか。製造方法が安定したらゴーレムたちに任せられるから、もうしばらく手伝ってくれ」


「いいぜ。なんかこうやって、擂粉木で魔法薬の材料を降ろしていると、冒険者を引退後に魔法薬師になるのもいいかなって思えてきた」


「悪くない第二の人生じゃないか?」


「婚約者もいいんじゃないかって言うから、俺は冒険者を引退したら薬学部に行こうかなって思ってるんだ。似合わないけど」


「見た目の話はなぁ……。剛は優秀だから、薬学部にちゃんと合格できるだろう。レベルアップの影響で知力も大幅に上がっているんだから」


「俺の婚約者は大学を受験するそうだが、俺は冒険者を引退してからになるな。魔法薬師に薬剤師の資格は必要ないと思わなくもないが、日本はそういう規制が厳しそうだから、薬剤師の資格を取ってしまおうかと思って」


「それはいいアイデアだな」


「ところで、系統の元って、誰でも魔法を使えるようになる使い捨てアイテム『魔法の元』シリーズの材料じゃないのか?」


「他に使い方を思いついたので、そのアイテムが作れるかどうか実験してるんだ。この手の試作ではまだゴーレムに完全に頼りきるわけにいかないから、剛の助けがあって助かっている」


「他の使い道かぁ……。色々なモンスターの素材や、魔石もどのモンスターのものかまで拘るのか……」


「ちょっとでもバランスが崩れると失敗してしまうから……ようし、剛! その混合液を入れてくれ。指示書に指定された量を間違えないようにな」


「百分の一グラムまで拘るのか……。入れたぞ!」


「理論上はこれで完成したはずなんだが……」


「良二はなにを作っているんだ?」


「ステータスを上げる薬だ」


「それは、飲むと一定時間だけステータスが上がるものか? RPGでよく聞くアイテムじゃないか」


「いや、上昇量は少ないが、ずっとステータスに補正が入る。火の系統の元で、攻撃力を。水の系統の元で知力を。土の系統の元で防御力を。風の系統の元で速度を。雷の系統の元は、魔法薬を作ってみたけどちょっと効果がわかりにくいかもしれない。大半の人は飲んでもなにも効果はないと思うんだけど、一部の人のみ特殊なスキルなり特技が得られるはずだ」


「お前、次から次へととんでもないことをするよよな」


「あとは、月の一部のダンジョンにしかいない闇属性スライムから得られる系統の元で、MPが増えるアイテムを。光の属性スライムから得られる系統の元でHPが増える魔法薬が作れるはずだ」


「それは凄いな」


 剛との実験は、月のダンジョンで系統の元を得てから続いており、エンペラータイムを用いて一年ほど。

 現実には一ヵ月ほどで無事に完成した。


「俺が自分で作ったから、俺が飲むしかないよな」


 早速試作した各種ステータスが上がる魔法薬を飲んでみたが、あまり効果を感じられない。

 もしかしたら失敗したのか?

 だが、理論上はこれでいいはずなんだ。


「良二、俺も飲んでみる」


「いいのか?」


「別に死にはしないだろう。では早速……。確かになんの変化もないような気が……」


 各種ステータスが上がる魔法薬の製造に成功したはずなのに、俺と剛が飲んでも効果を感じられない。

 どういうことなのかまったくわからないので、俺は困ったときの神頼みということで、ルナマリア様に聞いてみることにした。

 彼女は神殿の管理をゴーレムたちに任せ、自分は裏島の庭でティータイムを楽しんでいた。

 屋敷のゴーレムが淹れた紅茶を飲みつつ、優雅にケーキを食べている。


「あっ、リョウちゃん。作っていた魔法薬って成功したの? してるじゃないの」


「そうなんですか?」


 さすがと言うか、ルナマリア様は俺がなにを聞きに来たのかとっくに気が付いていた。

 さらに、俺が作った魔法薬は成功していると断言する。


「俺も剛も実感がないんですけど……」


「それはそうよ。リョウちゃんとツヨシちゃんのレベルとステータスじゃあ、大量に飲まないとステータスが上がった実感が得られないんじゃないかな」


「そういうことか!」


 俺も剛も、すでに人間離れした能力を得ている。

 ステータスを数字に直すと、力が数千とか数万、いや数十万、数百万かもしれない。

 人間離れした能力に体が慣れて手加減できているから日常生活に支障はないけど、とっさに力を入れすぎると他人に危害が及ぶかもしれないので、実は冒険者が冒険者特区で住むのはそう悪いことではないんだよな。

 簡単に、旅行や帰省はできるのだから。

 そんな化け物のような力を持つ俺なので、各種ステータスが上がる魔法薬を飲んで力が1とか2上がっても、気がつけるわけがないのか。


「いっぱい作って、いっぱい飲めば気がつくと思うわよ」


「わかりました。早速実感できるまで大量の魔法薬を飲もうと思います」


「お腹タプタプになりそうだけどな」


 ルナマリア様に勧められ、二人で大量に作った各種ステータスが上がる魔法薬をがぶ飲みしていく。

 かなりの量を飲んだところで、ようやく力が少し増えたような……。


「俺は、良二よりは早く力が増した実感が出てきたぜ。これは成功だな」


「よかった、成功して」


 作り方も完全にマスターしたので、あとはゴーレムたちに量産させるだけだ。

 むしろ、月のダンジョンから系統の元を取ってくるのが忙しそうだな。

 いや、そう簡単に販売はできないか。


「どうしてだ? 良二。これは冒険者特性がない人でもステータスがあがるんだろう?」


「上がるけど、これ、無事に承認されるかな?」


 ダンジョンが出現して以降、様々な種類の魔法薬が世間に普及するようになった。

 だが、魔法薬は薬である。

 当然お上の承認を得られなければ使えないのだが、冒険者がダンジョンで使うに限り、魔法薬は特例扱いとされていた。

 法律に従って厚生労働省からの承認を待っていたら、負傷した冒険者たちがダンジョンで死んでしまうからである。

 これは田中総理が強引に押し通したそうだが、厚生労働省の抵抗はそれは凄かったそうだ。

 お役人という生き物は、自分の権限と職責を犯されるのをなによりも嫌う。

 それを守るためなら、国益すら無視できてしまう人が多数派を占めるのが、お役人という生き物なのだから。

 だから、たとえ日本の冒険者が魔法薬を使えなくて成果を上げられなかったり、最悪死んでしまったとしても、自分たちの権限が守られることを最優先する。

 田中総理は役人の性質をよく理解していたので、強引に魔法薬の承認を早めた。

 もっとも、最初にダンジョンに潜った冒険者たちは、そんなこと言っていたら死んでしまうので、役人をバカにしつつ、勝手に魔法薬を使っていたけど。

 ある冒険者が言っていた。

 『それが決まりです』、『それが前提です』って抜かす役人共を全員、ダンジョンにぶち込んでやりたいと。

 もしダンジョンで怪我をした場合、お前らは無認可だからという理由で魔法薬を使わないのかと。

 もし使わず、厚生労働省に殉じて死んだら、お前たちの言い分を認めてやるよとも。

 そんな事情があって、日本における魔法薬の扱いは非常に面倒になっていた.

 冒険者はダンジョンで見つけた魔法薬を気にせず使ってしまうことも多いし、高額で他人に売ってしまうことも多い。

 かなりのグレーゾーンでもあったのだ。


「この各種ステータスを上げる魔法薬の欠点は、一般人でも使えてしまうということだ」


 最近、ダンジョンに潜らない人がポーションを購入するケースが増えて問題になっていた。

 これを用いて仕事をすれば、眠くならずに徹夜ができる。

 よほどの重篤な怪我でなければ、すぐに治ってしまう。

 金持ちが大金を投じて購入してもおかしくはなかった。

 怪我をして復帰に長い時間がかかるとされたスポーツ選手がポーションを使用し、すぐに復帰して問題になったりもしている。

 スポーツ選手にはドーピングの問題があるので、魔法薬を使用すると色々と面倒なことがあるのだ。


「ダンジョンでドロップしたり、最近世界中の冒険者たちが製造するようになった魔法薬だが、まずは冒険者が優先という建前があるんだが、どうも最近それが守られていない。そのことに厚生労働省の役人たちがピリピリしているそうだ。もしかしたら、この各種ステータスが上がる魔法薬はなかなか承認が下りないかもしれないな」


「それはそれで仕方がないな」


 俺は自分で作れるから、いくらでも勝手に飲むことができるのだから。

 もしそれでなにか不都合があっても、それは自己責任ということになる。

 冒険者は元々自己責任の塊のような職業なので、そういうことにあまり抵抗がなかった。

 とはいえ、製造に成功したことは確認したので、もう飲むことはないと思う。


「良二は飲まないのか?」


「飲まないよ。そこまでの効果はないだろう」


「大量に飲めばいいじゃないか」


「それがさぁ……。俺と剛が効果を確認するために飲んだ魔法薬のコストを計算してみたんだけど、全部で数百億円になった」


「マジか?」


「特に、系統の元がなぁ」


 系統の元は、まれにレアアイテム扱いで地球のダンジョンでもドロップする。

 だが、その価格はとても高かった。


「これは俺の推測なんだが、各種ステータスを上げる魔法薬って、数字にしたら1とかしか上がっていないと思うんだ」


 だから、すでに大幅にレベルアップした俺たちは、大量の魔法薬を飲まなければその効果が確認できなかったのだと思う。


「大幅にレベルアップした冒険者には、費用対効果が悪すぎる」


 高いお金を出して一つ飲んだとしても、力が1とか、HPが1とかしか上がらないのだから。


「でもよ。お金持ちなら買いそうだけどな」


「どうかな?」


 大金持ちが、自分の子供の知力を上げるために大金を出すのか?

 スポーツ選手が、自分の力や素早さを上げるため、いくらまでなら出せるのか?

 ただ、スポーツ選手は使用禁止になる可能性が……いや、まだこの世界に魔法薬を検出する技術は存在しない。

 一流のスポーツ選手が、稼いだお金で自分の身体能力を強化する将来はあり得るのか?


「うーーーん。よくわからん。発明されたものをどう使うのかはその人次第だ」


 というわけで、俺と剛は各種ステータスを上げる魔法薬を、岩城理事長に報告した。


「私も、この魔法薬は一般人向けだと思うね。スライム狩りをしている冒険者特性がない冒険者たちは、費用対効果が悪すぎる。ルナマリアさんを信仰して、神殿札とお守りを購入した方がいいと思うな。一年で二百万円で済むから」


「確かにそうですね」


「もしかしたら、トップランカー冒険者がさらに自分を高めるために購入するかもしれないけど、彼らがその魔法薬を一つや二つ飲んだところで効果が実感できないかもしれない。彼らもステータスが高いから。やっぱりルナマリア様を信仰して、レベルアップに励んだ方がいいような気がする。まあ、この魔法薬は田中総理に相談してみるよ」


「良二、もう少し効果が上がるように改良できないのか?」


「それは、月のダンジョンで材料にできる素材が出るかどうかだね」


 こうして、各種ステータスを上げる魔法薬が完成したのだが、早速厚生労働省がストップをかけた。

 その理由は、一般人が購入する可能性が高いから。

 一般人が飲む薬であれば、ちゃんと法に定められた臨床試験を繰り返して認証されなければ、世間で販売することはできないというのが彼らの言い分だ。


「確か、薬の認証試験って、もの凄くお金と時間がかかるんだよな」


「薬が高い理由だ。世界中の製薬会社は、冒険者がダンジョンから手に入れた様々な魔法薬の研究、試作、量産方法の確立に忙しいが、成果は芳しくない。なぜなら、彼らは冒険者ではないからな。だから、冒険者を目の敵にしている古い製薬会社もあるだせ」


「将来のライバルとみなしたわけか……」


 世界では、ボチボチ『調剤師』系のジョブが出る冒険者が出始めた。

 彼らの中には、自分の製薬会社を立ち上げる者も現れている。

 イワキ工業からゴーレムを借りればそれなりの生産量も確保できるため、既存の製薬会社のライバルになりつつあるのだ。

 中には、『調剤師』、『魔法薬師』を高額で雇って魔法薬を作り始めている製薬メーカーも出始めたが、遅れている会社は危機感を覚えている。

 魔法薬は、どう足掻いても冒険者しか作れないからだ。


「もう少し安くなれば、スライムを狩っている人たちに売れるかな?」


「ゴブリンに挑戦したい、冒険者特性を持たない人たちが買うかもしれない。問題は、各種ステータスが上がる魔法薬を国税庁が経費として認めるかどうかじゃないかな」


「確かに、そこが肝かもな」


 剛は頭がいいから、冒険者稼業を引退したら薬学部に入るというのはいい選択肢かもしれない 。

 こうして、各種ステータスが上がる魔法薬……上がるステータスによってアイテム名が違うのだが、面倒なので『強化薬』が俗称となった……の存在が世間に知られるようになると、欲しがる人間が殺到した。

 正式に認証されてるかどうかはあまり関係ないようだ。

 冒険者特性がない冒険者と、 世界中の富裕層がこの薬を欲しがった。

 なぜなら、飲むだけで、力、知力、防御、速度、HP(体力)が上がるからだ。

 なお、冒険者特性がないとMPは上がらないので、MPに対応する強化薬は、冒険者特性のある冒険者にしか売れなかった。


「まさか、 ここまで普通の人たちが強化薬に殺到するとは思わなかった」


「リョウジさん、 私は世界中のお金持ちが強化薬に殺到すると思っていましたよ」


「そうなんだ」


「お金持ちはお金でステータスを買うもの。ステータス違いですが、たった数千万円で体力や知力が上がるとなれば、 お金を惜しむはずがありません。自分ではなく、子供に飲ませるという選択肢もありますから」


「子供にかぁ……。確かにそれは有効かもしれない」


 まだ実際に証明されていないが、子供の頃に各種ステータスを上げると、成長期の数値上昇に補正がかかる可能性があるのだ。

 なにより、強化薬で上げたステータスに体を慣れさせる期間が長くなるから、ステータス上昇の恩恵を受けやすい。


「金で能力を買うってのは、元庶民である俺からしたらどうかと思うけど」


「ですが、アメリカではすでにそれと似たようなことが起こっていますよ」


「そうなの?」


「イザベラの言うとおりよ。アメリカの一流大学って、ペーパー試験の点数が高いだけでは合格できないの。いくつかのスポーツをやったり、芸術や社会活動で成果を出したり、ボランティアに参加したり。学校の先生やクラブのコーチから書いてもらう推薦状の出来も左右するから、彼らとの良好な関係も必要なの。エッセイも出さないと駄目なのよ。盛りすぎないで、それでいて読み手にアピールするものを書かないといけないから、何度も校正する必要があるの。つまりどういう意味かわかるかしら?」


「……それって、お金持ちが有利じゃない?」


「ええ、そうよ。AO試験は総合的に判断されるからこそ、一つでもダメな部分があるといい大学に行けないの。だからアメリカのお金持ちは、お金をかけて子供を手助けする。日本の学業試験だけで合否を決める入試の方が、まだ温情よね」


 すでにアメリカは、お金持ちが圧倒的に有利ということか。


「AO試験って、大学の合格者がいわゆるエリート校出身者ばかりにならないように作られた制度なんだけど、蓋を開けてみたら、貧しくても一生懸命勉強した子供が、スポーツ、 芸術や社会活動、ボランティア、エッセイで脱落してしまうのよ。お金持ちの子供は、コーチをつけたり、 お金を寄付して評価の高い社会活動に参加できたりするから」


「たまげた話だな」


「ダンジョンと冒険者が現れて格差が増大したなんていう人もいるけど、すでに世界はそうなりつつあったのよ。富裕層に、優れた冒険者たちが加わるのも事実ね。でも、この歩みを止めることはできないでしょうね」


「そうだな」


 冒険者がダンジョンから魔石と資源、アイテムを取ってこなければ、格差どころか、世界が今の生活水準を保てず、最悪餓死者すら出る可能性があるのだから。


「ダンジョンに潜らない人に高く売るってのも難しいか」


「お金持ちが冒険者を雇い、ダンジョンに潜るなどの抜け道がありますから」


 結局各種強化薬は、未承認のまま世界中に売られた。

 大半が自分の才能に限界を感じていたり、蓋を開ければ冒険者特性を持たない冒険者たちが購入した。

 なぜなら、活動実績がある冒険者なら強化薬代も経費で認められたからだ。

 冒険者特性がなくてレベルアップしなくても、力や体力を増やせるので、強化薬を利用してゴブリンに移行した冒険者が増え、持ち帰れる魔石の品質が向上したのはよかったと思う。

 ただ、お金持ちが購入して自分の子供の知力を上げて受験や資格試験を有利にしたり、スポーツ選手が購入して自分の身体能力を上げることは防げず、後者はそれがドーピングなのではないかという問題も出てきたが、魔法薬は検査できないので脱法状態になってしまったりと、世の中とはままならないものである。

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