第97話 失言政治家は、あり得ない夢を見る
「ピンポーン!」
「なんだ?」
「みゅう?」
自宅マンションにある古谷企画本社で雑務をしながら、みゅうの毛を櫛で梳いていたら、突然インターホンが鳴った。
俺が住むマンションは厳重に警備されているので、滅多に来訪者は訪れない。
逆に言えば、ここを訪ねてくる人間は警備員たちのチェックをクリアーした危険がない訪問客とも言えるので、俺はつい自宅のドアを空けてしまった。
するとそこには、随分と恰幅のいい老人と、アラフォーで残念なことに父親と体型までそっくりな女性が立っていた。
親子なのかな?
「あの……どちらさまでしょうか?」
「古谷良二だな。お前とワシの可愛い娘と結婚させてやる! 今すぐ役所に行って婚姻届の不受理届を下げ、ワシの娘と結婚するのだ!」
「パパぁ。顔はそこまで良くないけど、若くて、高収入なお婿さんはありがとう。私、限定品のブランドバッグが欲しいの」
「……え?」
そこまで顔が良くなくて悪かったな!
自分たちだって人のことは言えないし、あんたらは『他人の容姿を批判してはいけません』って、親や学校から教わらなかったのか?
それにしても、このマンションの警備体制は大丈夫なのか?
どうしてこんな怪しい親子を、マンション内に入れてしまったんだ?
「ところでどちら様なのですか? 俺は名前も知らない人と結婚したくないのですが……」
「教えてやろう! ワシは政調会長の大岩だ! そしてこの子がワシの可愛い一人娘の百合子で、お前の妻になる女性だ。親ナシで親戚が前科者ばかりのお前が、次の総理大臣と目されるワシの娘と結婚できるのだ。ありがたく思えよ」
「はあ……」
突然わけのわからないと言われ、思考停止してしまった。
俺が、この母親のような年齢のおばさんと結婚するのか?
しかも、今日初めて顔を合わせた人と?
「今のところ、俺に結婚するつもりはありませんが……」
俺はまだ十八歳になったばかりなのに……。
だいたい、初めて顔を合わせた女性といきなり結婚しろと言われても……。
それにこう言うと失礼だが、俺にだって少しは結婚相手を選ぶ権利があるはずだ。
「ワシの命令を聞けないと言うのか? お前のような親のいない半端な人間に対し、次の総理大臣と目されるこのワシが温情で可愛い娘と結婚させてやると言っているんだ。素直にありがとうございますと言えばいいのに、断るなどありえん!」
爺さんが一人で激昂しているが、また出たよ。
ただ政治家だというだけで威張り腐っている老害が。
だいたい次の総理大臣と目されるって、いったい誰が決めているんだ?
自称ならお話にならない。
「なにより、年齢が釣り合わないでしょう。それに……」
昨今、女性の容姿について色々と言うと問題があるらしいが、それにしたって十八歳の俺が四十歳を超えた関取と結婚しなければいけない理由はないと思う。
少なくとも俺は、そういう特殊な嗜好は持ち合わせていない。
「そのつもりは一切ありませんので、お引き取りを」
「なんだと! ワシの可愛い娘に文句があるのか?」
「そうよ! この私が結婚してあげようって言っているのよ!」
どうしてこの親子は、こうも上から目線で……向こうの世界の貴族にもいたな。
懐かしい……懐かしくない!
面倒なだけだ!
「今の時代、年の差婚などそう珍しくもあるまい。確かにワシの娘は少しぽっちゃりとしているが、その方が愛嬌があっていいものだぞ」
どうやら、なにを言っても理解してもらえなさそうだ。
大体お前がぽっちゃりなら、相撲取りも全員ぽっちゃりということになってしまうじゃないか。
年の差婚も珍しくないとか言うが、それはお互いが納得し合っての結果だろうに……。
「今のところ結婚する気がない人に、与党の重鎮だかなんだか知りませんが、自分の権力で娘との結婚をゴリ押しするのはどうかと思いますよ。なにしろ、この日本は個人の自由が認められている国なのですか」
「なんだと! あくまでもこのワシに逆らうと言うのだな?」
「逆らってはいませんよ。断ってるだけで」
なんなんだよ、こいつは。
「ワシの可愛い娘に、すでに子供がいることに不満なのか?」
だろうなと思ったが、このおばさんには子供がいるのか。
連れ子がいる女性と、なんの覚悟もなしに結婚させられたら堪ったものじゃない。
「親ナシのお前に、父親の気分を味合わせてやろうと思ったのに! そもそもお前には愛国心がないのだ!」
愛国心?
それと、俺がおばさんと無理やり結婚させられそうになっていることに関係あるのか?
「貴様は金を持っているのだから、多くの子供を育てようと言う気持ちはないのか? 将来の総理大臣になるワシの孫を育てさせてやろうというのに!」
「屁理屈もそこまでくると、ある意味感心しますね。お話にならないのでお引き取り下さい」
いきなり尋ねてきて。
なにより、こんな危ない主張を繰り返す政治家をマンション内に入れないでくれ。
確か前の事件のせいで、たとえ一国の元首でも、このマンションには住民が許可した人間以外は入れてはいけないはずだ。
警備員たちがルールを破ったのか、それともマンションの管理会社に問題があるのか。
「私と結婚しないと、パパに頼んでお前がこの国にいられなくなるようにしてあげるわ。孤児の分際で生意気なのよ! 私、新しいバッグと宝石が欲しいの。早く結婚してよ。ああっ、ナオヤにも会いたいわ。ナオヤを歌舞伎町のナンバーワンにするの。あなたは沢山お金を持ってるから」
政権与党の重鎮の娘がホスト狂いなのか……。
世も末というか、これまでは、そういう人がいても隠せていたんだろうけどな。
残念ながら、今はネットが存在する。
実は今のやり取りは、すべて魔法で姿を消したドローン型ゴーレムに搭載したカメラで撮影し、ダンジョン探索チャンネルで生配信していた。
今頃世界中が、傲慢な自称大物政治家とその娘への非難を強めているはずだ。
「俺としては、日本の政治家から日本を出て行けと言われたら、色々と面倒なことになる前に出て行きますけどね。本当にそれでいいんですか?」
「うぬぬ……。冒険者などというヤクザ商売であぶく銭を稼いだ程度の小僧が生意気な! ワシを誰だと思っているんだ? 政調会長の大岩だぞ!」
「ぶっちゃけ知らなかった」
俺はテレビなんか見ないので、総理大臣の名前ぐらいしか知らなかったという。
別に知らなくても、特に困ることもないのだけど。
「じゃあ、政府与党の政調会長に日本を出て行くように言われたので、俺は日本を出る準備をしようと思います。では、引っ越す準備があるのでこれで」
俺は思いっきりドアを締め、彼らとの話を終えた。
「社長、本当に引っ越されるのですか?」
「それはその時の状況次第かな」
まだ雑務が少し残っているが、これが終わったら次のダンジョンの探索に向かおうと思う。
これ以上、あのバカな親子を相手にしていると時間の無駄だからな。
「社長、大変です」
「どうかしたのか?」
「日経平均が恐ろしい勢いで落ちています」
「あらあら、反応が早いね」
俺が日本を出て行く発言だが、これも当然生配信で放送されており、それに市場が反応したようだ。
日本の企業の多くは、俺が日本のダンジョンで得た魔石、素材、鉱石、アイテムを買取所やイワキ工業から仕入れ、それを利用して商売をしている。
もし俺が海外に移住してしまうと、それらが購入できなくなったり、輸送費分仕入れ価格が上がり、もしくは今みたいに優先的に手に入れられなくなってしまうかもしれない。
俺が日本の企業に優先してそれらのものを卸しているのは、ぶっちゃけて言えば日本に住んでいるからだ。
もしアメリカに移住したら、一番近いアメリカの企業を優先するだろう。
そして、動画経由でそれに気がついた市場が大きく反応してしまったのだ。
日本の政権与党の重鎮が、自分の言うことを聞かなければ俺を日本から追い出すと言っているのだ。
非常に信憑性が高く、日本企業の株を売りに出して利確を始めた外国人投資家が多数出て、一瞬で日経平均日経平均が二千円も下がってしまった。
そして……。
「もしもし、あっ、田中総理ですか? えっ? 私の暴言が世界中に流れているですって? なにを考えているって……。私の可愛い娘と古谷君を結婚させようと思いまして……。とてもお似合いの夫婦だとワシは思うのですよ。お前の妄想は聞き飽きた? 政調会長を解任、民自党を除名、与野党合同で議員からも除名するから覚悟しておけ? えっーーー! この私が除名ですって? 総理、それはあまりにも……総理!」
まだ自宅前にいた大岩とかいう老議員が電話ごしに騒いでいたか、すぐに警備員たちによってマンションから追い出されたようだ。
しかし、警備員たちもなにをやっているのか……。
「月のダンジョンに行こう……」
俺は、月のダンジョンすべてを攻略、撮影するために月へと『テレポーテーション』で飛んだ。
その仕事の合間に、ダンジョン内でも完全に繋がるようになったスマホを使ってネットニュースを確認すると、大岩議員は政調会長職を解任され、さらに開催中の国会で除名決議が可決されてしまった。
これは、現行憲法下では三例目だそうだ。
大岩議員は、自分は与党の重鎮だから国会議員をクビになるなんて予想もしていなかったと思うが、さすがに今の時代、生放送の動画で暴言を吐いたらそうなるに決まっている。
彼は老人なので、ネットの恐ろしさも理解していなかったのであろう。
ただ、大岩議員は地元で何期も国会議員を務めてきた超ベテランだ。
出直し選挙に出れば当選できるし、今は無所属議員でも、ほとぼりが冷めた頃に民自党に復活できるはずだと思っていた。
ところが……。
『大岩元議員の横暴! 三度の離婚の原因がすべて不倫で、夫ではない男性の子供を七人も持つアラフォーの素行不良娘を女性を古谷良二の夫に押し付けようとし、彼がそれを断ったら、日本に住めなくしてやると脅す』
『親が親なら、娘も娘』
『こんな恥さらしが、出直し選挙に何食わぬ顔で出るという厚顔無恥』
『過疎化が深刻な地元は、それでも大岩議員を当選させるのか? 民自党は当然大岩元議員を推薦せず、別候補の擁立を検討中。野党は統一候補を擁立できるか?』
大岩元議員の除名により補欠選挙が行われ、その結果、田中総理が送り出した新人が当選した。
さすがに彼の地元も、世界中からろくでもない政治家だと批判されている大岩元議員を再当選させなかったが、それでもかなりの得票を得ていたので、民主主義というのは不思議なものだ。
彼は、俺からすればただ迷惑な老害国会議員だったけど、地元にお金を引っ張ってくるのが上手かったのだろうと思うことにする。
『ふう……。静かの海にあるダンジョンをクリアーしました。この様子は少しずつ毎日動画を更新していこうと思います。モンスターの大半が地球のものとは違うので、こちらも倒し方などを含めての更新ですね。この静かの海ダンジョンのボスは、『ルナサイトドラゴン』。上の階層にもいましたが、ゴーレムではなく、岩や金属でできた無機質生命体に近い存在です。その体の仕組みを解析すれば、人類が月や宇宙空間で苦労なく暮らせるようになる大きなヒントがあるかもしれません。月のダンジョンは、平均的に階層が深いですね。すべてを探索し終わるまでには時間がかかると思います。それでは』
「リョウジさん、動画の視聴回数が凄いですね」
「まあね」
今のところ、俺以外誰も入れてないダンジョンの様子なのだ。
みんな気になって当然であろう。
「日本のテレビ局のみならず、世界中のテレビ局から動画の使用許可を求める連絡が来ているんだっけ?」
「さすがに面倒になってきたから、そこは西条さんと東条さんに任せている」
海外のテレビ局、映画製作会社、出版社からも、月のダンジョンのみならず、これまでに撮影したすべての動画の使用許諾を求められ、俺が対応しているとダンジョンに潜る時間がなくなってしまうので、緊急でフルヤアドバイスの二人に任せることになった。
ただ、古谷企画の社員や役員にすると話がややこしくなるので、報酬は成果払いとなっている。
さすがはキャリア官僚というべきか。
二人は、巧みに世界中の取引相手から動画使用料をふんだくっていた。
今一番旬の動画で、視聴率も大いに期待できるらしく、とてつもない使用料が古谷企画の銀行口座に振り込まれていく。
それと、動画配信でも新しい商売方法があるそうで、プロト1に任せたらすぐに始めたそうだ。
「リョウジ君、切り抜き動画を始めたんだね」
「プロト1に任せているけど、これってなんなの?」
「あのね。 リョウジ君の動画を違法にアップしてインセンティブを稼ぐ不届き者が多いんだけど、いくら対処してもなかなか減らないじゃないか」
「確かになぁ」
違法アップ動画、海賊版は、いくら削除してもなくならないと、動画配信をしている会社の人が言っていたな。
結局、イタチゴッコになってしまうのだと。
「そこでってわけじゃないけど、これまでは二次利用された動画は容赦なく停止、削除していたものを、広告をつけて二次製作者と利益を折半できるようになったんだ」
俺の動画を再編集してアップした人と、俺がその動画で発生する利益は折半するのか。
「リョウジ君の動画って、冒険者じゃない人を見ているけど、基本的に一本一本の動画が長いから、普通の人は結構飛ばしたり、早送りして見ているんだよ。ダンジョンに潜らない一般人は、モンスターを倒した瞬間とか、宝箱を開けたらお宝が出た瞬間とか。刺激的で、楽しいシーンのみを選別して見たい人もいるわけで。だからリョウジ君の切り抜き動画は大人気だよ。ボクも、イザベラたちも切り抜き動画の許可を出しいて、かなりの収益が入ってくるようになったよ」
「そうなんだ」
「切り抜き動画のおかげで、ボクたちもリョウジ君も知名度が上がったからね」
そういう商売の仕方はあるのか。
しかし、それに気がつくプロト1って凄いと思うな。
「ただ、ボクたちとリョウジ君たちが他の動画配信者たちと違うのは、切り抜き動画を作って配信しているのも自分たちなんだよね。全部、ゴーレムたちがやってくれるから」
「じゃあ、 切り抜き動画の利益が折半とは言って、実は俺たちが総取り?」
「うん。他の人には切り抜き動画の許可を出していないから」
「プロト1って、凄いな」
まさに天才経営者だな。
ホンファたちも、さすがはセレブ一家といった感じだけど。
これからも安心して古谷企画を任せ、俺は月のダンジョンをすべてクリアーするぞ。
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