第96話 古谷良二は、淡々と動画を更新する
『月のダンジョンですが、現時点で五十七ヵ所を確認しました。アサダやアポロなどのクレーター、ピレネー山脈とアルプス山脈に各三ヵ所ずつ。嵐の大洋、静かの海などの海、大洋などにも一ヵ所から複数ヵ所といったところです。地図を表示して、ここにダンジョンの場所も示します。月の地図は、国土地理院よりデータを頂きました。ダンジョンは五百階層から、千五百階層までと様々。出現するモンスターは、地球のダンジョンに出現するモンスターの強化亜種か、これまでに見たことがない独特なモンスターも多数存在します。鉱石ですが、面白い性質の金属を次々と発見しています。これは今、採取したサンプルをイワキ工業と理化学研究所で分析を進めてもらっています』
「岩城さん、古谷君は突っ走るね」
「ええ、年をとった私には到底できません」
「ですが、岩城さんも冒険者としてはかなりやると聞きましたよ」
「いえ、私はレベルは高いのですが、戦闘職ではないので戦闘は苦手なんですよ」
「苦手ですか……。ですが岩城さんは、これまで三度も自分を狙った暗殺者を捕らえて警察に差し出しているじゃないですか。警察で取り調べを受けている犯人が、岩城さんが銃弾を次々と回避したと言っていますよ」
「そりゃあ、冒険者特性がない人には負けませんよ。これでも、推定レベル6500超えなので」
「レベル6500ですか。それは凄い!」
今、日本どころか世界中で話題になっている人物といえば古谷君だ。
元々誰もが認める冒険者にしてインフルエンサーだったが、今はさらに凄いことになっている。
月の資源が消滅し、ダンジョンがあちこちに出現した。
それは地球からの観測と、月に無人探査機を置いているアメリカや中国からの情報で世界中に報道されたが、まさか古谷君がすぐに月に向かってダンジョン探索を始めるとは思わなかった。
月へと向かうため、ロケットではなく、アナザーテラで倒した竜の形をしたゴーレムともモンスターとも見分けがつかないものを改良し、これに搭乗して一気に大気圏を突破、月へと辿り着いたのだ。
生身の人間が宇宙空間に出れば死んでしまうはずだが、古谷君は『バリアー』や、呼吸を補助する魔法道具、魔法薬を用いており、今のところ体に害があったという報告は聞いていない。
冒険者とは、極めると宇宙空間や月でも活動できるみたいだ。
月のダンジョンに人類で初めて入った彼は、地球のダンジョンの時と同じことをしている。
ダンジョン攻略とデータ取り、撮影、魔石、素材、鉱石、ドロップアイテムの回収だ。
そして、それを毎日動画で更新している。
なんでも今は気分が乗っているそうで、このところは休みを減らして月のダンジョンに潜っていた。
あっ、そうそう。
彼は一度月に自力で辿り着いているので、次からは気軽に『テレポーテーション』で月に移動できるようになっていた。
このところ、上野公園ダンジョン特区内にあるダンジョン神殿で、ダンジョンの神『ルナマリア様』を信仰してレベルが倍になり、上野公園ダンジョンをクリアーした冒険者の数が世界で百人を超えた。
彼らの中には、いつか古谷良二を超える冒険者になることを目指していた者たちも多いはずだが、また大きく水を開けられたといった感じかな。
現時点で、彼らが月に行ける方法はない。
古谷君に頼めばもしかしたら……。
でも彼に頼ってしまった時点で、彼を超える冒険者になることは事実上不可能だ。
なにより彼らが、月の厳しい環境に耐えられるスキルと装備を手に入れられるとは思わない。
現状、月のダンジョンを探査できているのは、世界で古谷君ただ一人だ。
だからみんな、毎日彼のダンジョン探索チャンネルの更新を気にしている。
テレビ局も視聴率が取れるものだから、彼に莫大な動画使用料を支払って、ワイドショーで放送しているぐらいなのだから。
「ところで、月の資源の個人所有は認められるのですか? 確か、月協定で個人の土地や資源の領有は認められていないと聞きましたが」
「岩城さん、月協定は事実上死文化しているのですよ。署名批准した国は極めて少なく、しかも宇宙開発をしていない国自体が元々少ないのです。月協定に反発して、アメリカが個人や法人による月の土地と資源の領有を認めた2015年宇宙法があるので、古谷さんがダンジョンで得たものを領有しても問題ないですね。アナザーテラの問題もありますが、あそここそ、現時点で彼以外誰も行けないではないですか。ああ、岩城さんは招待されたことがあるんですよね」
「ええまあ。ですが、古谷君に連れて行ってもらったからこそ行けたのです。月も、これから安全に往復できる宇宙船を開発するとなると、イワキ工業でも時間がかかりますね。なにしろ、まったくノウハウがないので」
「宇宙航空研究開発機構(JAXA)と協力してなんとかなりませんか?」
「時間と予算をかければ大丈夫ですが、問題は月のダンジョンに冒険者を送り出して、採算が取れるかですよね。古谷君は余裕で取れるでしょうが」
「彼は自力で月に辿り着きましたしね。あの竜の形をした飛行機? 宇宙船ですか? 彼は次から次へととんでもないことをしますな、今も……」
古谷君だが、月のダンジョン攻略と動画撮影を終えた帰り、地球軌道上で大量に彷徨うデブリを回収したり、小さいなものはそのまま大気圏に突入させ、これまでに十万個以上を処理していた。
地球軌道上を漂うデブリの数は五十万個を超えており、それを無料で取り除く古谷君の評価は鰻登りだ。
実は、デブリ回収の様子はサブチャンネルで上げており、さらに回収した小さなデブリの一部を視聴者にプレゼントなんて企画をやっているので、さらに莫大なインセンティブ収入が入っているのだけど、世界各国の宇宙開発が激化する中でデブリは増える一方だった。
このままでは重大な事故が発生しかねなかったし、経費ばかりかかって利益が出ないデブリ回収を積極的に行う人も少なかった。
なので、彼の行動にケチをつける人は……前に論破王みたいなのがいたが、ああいう手合いはいなくならないから仕方がない。
とにかく、古谷君による月のダンジョン探索は順調に進んでいる。
「あと、古谷君により月のダンジョンで採取された、レッドメタル、ブルーメタル、イエローメタル、グリーンメタル、ルナサイトですか。岩城さんは、これらの金属を知っているというのは本当ですか?」
「ええ、古谷君も知っていますよ。この金属と、他にもオリハルコン、ミスリルを混ぜて合金を作るのです。その硬度はオリハルコン以上になりますよ」
RPGだと最強の金属とされるオリハルコンだが、実はそれ以上の性能を持つ金属が複数存在している。
不思議なことだが、私が召喚された世界と、古谷君が魔王を倒した世界では、使われている金属や製造方法がまったく同じであった。
だから私は、月のダンジョンで出たこれらの金属を知っているのだ。
「当然、冒険者の武器や防具の素材ばかりでなく、様々な分野で応用可能だと思います。レッドメタルとミスリル、オリハルコンの合金『ハイレッドメタル』ですが、これでエンジンやボイラーの重要部品をメッキすると、ミスリルメッキの十数倍燃費が良くなるんです」
「本当ですか?」
「本当です」
田中総理が身を乗り出してきたが、日本という国は石油というエネルギー資源が原因で、過去に戦争を起こしたほどだからな。
魔石というエネルギー資源の自給自足を完全なものとし、さらにエネルギーの輸出量を増やせる新金属に興味深々というわけか。
「ただ、ハイレッドメタルはオリハルコンよりも優れた武器と防具の材料になります。冒険者に装備させれば、もっと魔石を集められるはずなので、彼らへの供給も優先した方がいいと思います。それと、レッドメタルを鉱石から抽出するのと、ハイレッドメタルの製造、メッキには手間がかかります。 今は試作品レベルの生産量がせいぜいです。どうにか量産方法を確立したいと思いますが、他の月で見つかった金属も同じような状態ですね」
「そこは急ぎお願いします。補助金は検討いたしますから」
「いえ、補助金はいいですよ。イワキ工業にはお金がありますから」
下手に国から補助金なんて貰うと、世間から批判されるかもしれないからだ。
それに、国から補助金を貰わないで自力で技術開発してしまえば、あとで貰った補助金以上に恩着せがましく言われ、必要もない天下りを受け入れる必要もなくなる。
うちの会社なら無駄飯ぐらいの天下り要員など余裕で雇えるが、役人というのはどうも頭が固いので、我々の仕事を邪魔してくるかもしれない。
できる限り協力し合うが、独立独歩の考えも必要なのだ。
古谷君も、必要以上に国と密着することを嫌がるからな。
「そういえば古谷君ですが、どこぞのテレビ局か特集した『結婚したい冒険者』の第一位に選ばれたそうですよ」
「ちょっと前までは、五股で批判されていたのにですか?」
人の噂も七十五日というが、世間というのは忘れやすいものなのだな。
「世界トップ冒険者にして、美少女たちばかり四人と同時につき合っているんです。それに嫉妬する男性は多いでしょう。ですが、世の女性というのはとても現実的なものでして。正式に結婚しなくても、彼の内縁の妻にでもなって子供を産めば人生安泰と考える人も一定数います。あまり公にはできませんが。そういえば、冒険者向けの婚活パーティーなんてものも行われていますし、国としても婚姻率と、子供の出生数を上げて欲しいのが本音ですから」
だから、テレビ局も空気を読んでそんな特集をテレビ番組でやるようになったのか。
だがなぁ……。
「昔なら、稼ぐ冒険者が複数の女性を囲い、沢山の子供を産ませるなんてこともできたのでしょうが、今の世の中では難しいですね」
「一夫多妻制を認めましょう、なんて言ったら世間から叩かれますからね。逆を提案するとどうなるかはわかりませんが。かと言って、すべての稼ぐ冒険者たちの奥さんは一人だけで、不倫も絶対にしないし、 奥さん以外の女性に子供を産ませるなんてしない。なんてことは絶対にないのが世の中というものです」
「確かにそうでですね。もしそういう不届きな冒険者は活動させないようにしよう、みたいな話になったら、世界は確実にエネルギー資源不足になり、多くの餓死者を出すでしょう。不倫した芸能人を活動停止にしてもさほどの影響はありませんが、冒険者を人格で叩くのはやめてほしい。犯罪犯したなら仕方がないですけど」
とはいえ、世の中には正義感をかざして成功者を叩くことで快感を得る人というのは一定数存在する。
古谷さんを叩いた結果があの大騒動なのでやめてほしいのだが、政治家が変に庇うと批判されて次の選挙に響くかもしれない。
難しい話だ。
田中総理も、はっきりそうとは言えないのだろう。
選挙のある政治家は大変だ。
「冒険者特区内のみ、一夫多妻制、多夫一妻制を認めてもいいような気がしてきましたが、まだ難しいでしょうか? 党内で賛成意見を得られるかどうか……」
「世論の誘導仕方次第でしょうか?」
今、世界中で格差を生み出す冒険者たちを叩く人たちが一定数存在するが、もし冒険者に一夫多妻制、多夫一妻制を認めれば、その冒険者の死後、築き上げた莫大な遺産は、多くの奥さんや子供、孫に相続されて分割される。
それは格差の是正に繋がると思うのだが、世論の反発も大きいだろうから難しいか。
実際のところ、世界のセレブで奥さん以外の女性に子供を産ませている人は多かった。
報道されていないから知らないか、それとなく知っていても、わざわざ批判してそういう人たちを敵に回す不利益を被りたくないか。
その代わり、芸能人などはすぐに標的にされてしまうが、人気商売だから間違っているとも言えない。
幸いというか、私は性欲が少ないようで、奥さんは一人だけだけど。
「困ったことに、与野党の政治家、大物官僚、財界人の中で、どうにか自分の娘を古谷さんと結婚させられないかなと、画策している者たちが多いのです。念のため注意しておいてもらえませんか」
「古谷君はモテますね」
稼ぐし、本人が思っているほど顔も悪くないからな。
ただ、イザベラさん、ホンファさん、綾乃さん、リンダさんという世界でもトップクラスの美少女たちに囲まれているから、政治家の娘では勝ち目がないかもしれない。
古谷君も食指が動かないだろう。
一番問題になりそうなのは、その政治家なり、大物官僚なり、財界人が無茶をしないかってことだな。
古谷君のことだから、きっと盛大に仕返しするんだろうけど、それをやられると田中総理も胃が痛いだろうから。
「実は、大岩政調会長がおかしなことを考えてるようで……。自分の娘を、古谷さんと結婚させようとしているらしいのです」
「無理じゃないですか?」
大岩政調会長は私も顔ぐらいは知っているが、もし娘さんが彼に似ていたとしたら……。
そもそも、彼はすでに七十歳を超えている。
その娘さんとなると、古谷君と年齢の釣り合いが取れないのでは?
「ちなみに、大岩政調会長の娘さん何歳です?」
「四十歳は超えていますね」
「……本気ですか? あれ? 確か大岩政調会長の娘さんって、去年あたりに離婚したという話を聞きましたが……」
確か、行きたくもなかった政治家のパーティーでそんな話を聞いたような……。
「ええ、大岩政調会長の娘さんは離婚していますね。しかも、彼女がホストに入れ込んで浮気をし、大金を使い込んで旦那さんに愛想を尽かされまして。子供も確か、旦那さんの子供ではなかったことが発覚しまして。旦那さんの方が激怒して裁判に持ち込むと大騒ぎしたのですが、スキャンダルになるので、大岩政調会長が多額の慰謝料を肩代わりしたとか。しかも、彼女は同じことを三回繰り返しています。父親が不明な子供が七人もいるんですよ」
「……古谷君に対する嫌がらせかなにかですか?」
「そう受け取られても仕方がない部分がありますが、大岩政調会長はそんな一人娘を溺愛していまして。彼女と古谷君を結婚させれば、今度こそ娘が幸せになると本気で思ってるんです」
「ホラーですね」
「本人たちに悪気がない点が、特にホラーでしょうな」
まったく。
長年政界を渡り歩いて与党の要職にいるのに、 バカな娘のことになると判断力を曇らせるとは。
もし大岩政調会長が権力を用いてゴリ押しすれば、古谷君は海外に逃げてしまうかもしれないのに。
「田中総理、相手が党の重職にあるから、政権運営を迅速に進めるために静観しているのだとしたら、別の人に総理大臣を譲る羽目になりますよ。しっかりと手を打つことです」
しかし、親子の愛情というのは怖いものだ。
決してイケメンではなく、恰幅のいい大岩政調会長によく似た、バツ3で、 離婚の原因はすべて自分の浮気と托卵行為が原因で、すべて父親が違う子供が七人もいる四十二歳の娘と、古谷君を結婚させようとしているのだから。
与党の政調会長ともなればベテラン議員で力はあるのだろうけど、もし彼がその力を誇示しながら自分の娘との結婚を古谷君に強要したとしたら?
どのような悲劇が訪れるのか、想像したくもないな。
「田中総理、忠告はしましたよ」
「急ぎ、大岩政調会長を止めます」
ところが、 私の忠告と、田中総理の判断は少し遅かったようだ。
すでに、大岩政調会長は娘と共に動いていたのだから。
人間とは愚かな生き物だな。
政府中枢にいる政治家でも、親子の情愛のためならバカなことをしてしまうのだから。
私も、息子たちを甘やかさないようにしないと。
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