第95話 神殿開き

「依頼者は金は惜しまねえってよ! だが、絶対に手を抜くなとのことだ。気合入れて神社を建てるぞ!」


「「「「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」」」




 突然、ビルの屋上に神社を建ててほしいという依頼がきた。

 それも急ぎで。

 俺たちはそれが仕事だから、お金さえ払ってくれればやるけどな。

 さらにその依頼主は、あの古谷良二だ。

 惜しみなく大金を支払ってくれるので、これは気合を入れて頑張らないと。


「ただ、ビルの屋上に建てるんだな」


「親方、上野公園ダンジョン特区に新しく神社を建設できる土地なんてありませんよ。ビルの屋上だって、大半を農業工場や緑地に利用しててほとんど空いていなかったのを、古谷良二が大金を出してビルごと買い取ったそうですから」


「気前のいい話だな」


「噂では数百億円出したとか……。彼の総資産を考えると、大した額でもないんでしょうが……」


「金払いは心配する必要がないんだ。頑張って仕上げるぞ!」


 ここまでなら、ただの太い客からの依頼なんだが、とても不思議なことがあった。


「えっ? あれだけ仕事をしたのに、まだ一時間も経ってないのか? でも、お腹が空いて……」


「親方、依頼者からお昼の差し入れがきました」


「そうか……。美味そうだな」


「ドラゴンの肉を使ったステーキ弁当だそうです。飲み物やお菓子も、これまで食べたことがないものばかりですよ。確か、モンスターの肉やダンジョンで産出したものを使った料理はとても高価だって聞きました。おっ、美味え」


「本当だ」


 ドラゴンの肉って、前にテレビでやってたな。

 下位種でも、一人前数万円はするって。

 脂身が少ないのに、ジューシーで柔らかくてこんなに美味しいなんて。

 そりゃあ高いわけだ。

 和牛なんて目じゃない美味しさなんだから。

 特に年を取った俺からすれば、脂身が少ないのがありがたい。


「うちの就業時間は一日八時間だから、頑張って仕上げるぜ。この飲み物、これまでに経験したことがない味がするけど、体の疲れが取れるからいいな」


 俺は甘いフルーツジュースなんて嫌いだったんだが、このジュースは美味しくて最高だな。

 飲むと、いくらでも作業し続けられるような気がする。


「とにかく、終業時刻まで頑張ろうぜ」


 その後も頑張って仕事を続けたんだが、まだ一日目なのに随分と作業が進んだような……。一日目にして、二週間分以上の仕事が終わってしまったって、これはおかしいぞ!

 でも、作業を手抜きしたわけじゃないから、別に問題はないのか。

 しかし不思議な現象だな。


「親方、これなら予定よりも大分早く完成しますね」


「早く完成する分にはいいか。いいか、早く完成するからって絶対に手を抜くなよ」


「へい!」


「わかってますって」


 俺たちはプロなので、大体このぐらいの期間で完成するだろうという見通しを立てて神社の建設を引き受けている。

 不思議な現象のせいで予定よりも大分早く完成するし、元々急いで行ってくれと言われて特別料金を貰っている。

 かなり儲かる予定だから、これは職人たちにもボーナスを弾んでやらないとな。





「わーーーい! 私の神殿だ。やっぱり新築はいいよねぇ。前は石の神殿だったけど、この神殿は木のいい香りがして最高!」


「良二、完成するのが早すぎるような気がするんだが……」


「ああ、ルナマリア様の加護のおかげでレベルが倍になったから、エンペラータイムを宮大工と職人たちにも適用したんだ」


「レベルが120000を超えると、そんなことも可能なんだな」



 無事、地球のダンジョンの神様に転職したルナマリア様の神殿が完成した。

 世間ではこれを『神社』というけど。

 エンペラータイムのおかげで、神社は一ヵ月ほどで完成した。

 通常の時間に直すと一年ほどかかった計算になるが、これでも大分超特急だ。

 西条さんと東条さんが紹介してくれた優秀な宮大工と職人たちに、大割り増し料金を支払った甲斐があった。

 彼らは一年かけて神社を急ぎ建てた感覚が体に残ってるけど、実際には一ヵ月しか経っていないので不思議に思うだろうけど、それで体が老化したり悪影響があるわけではない。

 俺は彼らに二年分と計算された人件費も支払っているので、それが一ヵ月で終わったのだから実入りがよくてむしろ得だったと思う。

 空いた時間に新しい仕事も入れられるかな。

 今は好景気なので宮大工も忙しいと聞くから、沢山仕事ができた方がいいだろう。

 とにかく無事に神社は完成し、今『神殿開き』を行っている。

 見た目は神社だけど、西条さんの口利きで、神道関係者には事前に話は通してあった。

 『ダンジョンの神様を祀るけど、神様本人が神社を気に入ったから黙認してね』と。

 その辺は緩いのか、特に文句は出なかったようだけど。


 こうして無事に、上野公園ダンジョンと特区内にあるビルの屋上にある神殿がオープン? 開かれたわけだ。

 問題はこの神殿を管理する責任者だが、この世界でルナマリア様の信者は合計六人しかおらず、しかも全員が忙しいので神社の管理をしている暇はない。

 下手な人間には任せられないのもあり、『神官ゴーレム』を複数体配置した。


「リョウジさん、神殿札とお守りもあるのですね」


「私がリョウちゃんに頼んで作ってもらったの」


「リョウジ君は器用だよね」


 勇者は万能職なので、これくらいはというわけだ。

 それと、神殿札とお守りは神社や寺院のお守りとは根本的に違う。

 ルナマリア様のご加護があるので、信じればご利益ありなのだが、そういう風に作れるのは今のところ俺だけだった。

 神殿札とお守りは、岩城理事長でも難しいかな。


「ご利益があるんだ。この神殿札とお守りに」


「あるよ。これは、冒険者からしたら装備品の一つだから」


「ボクも授与してもらおうっと」


 だから、材料がモンスターの素材だったり、授与に必要な初穂料がとんでもなく高額なのだけど。


「神殿札とお守りのセットで、すべてのステータスに二割の補正が入る。とんでもない装備品ですね。しかも、他の装飾品と一緒に装備できるのが凄いです」


 神殿札とお守りは、所持しているだけで効果がある。

 さらに、装備品である、ステータスに補正が入るアクセサリー類と一緒に持てるので、綾乃が驚くのも無理はなかった。

 とんだぶっ壊れ性能だからだ。


「すべてのステ-タスが二十パーセント増しですか。それは凄い効果ですね。欲しがる人は多いと思いますよ」


「ただし、ダンジョンに入らないと効果はないけど」


 ルナマリア様がダンジョンの神になったのと、神殿札とお守りの材料がモンスターの素材だからという理由で、神殿札とお守りはダンジョンの中に入らなければ効果がなかった。

 ダンジョンの外に出ると、他のアクセサリー類とは違ってスタータス補正が切れてしまうのだ。

 実はそうした理由は、一般人に悪用されないようにだけど。

 一般人でも神殿札とお守りを使えば、試験やスポーツ大会でズルができてしまうからだ。

 そこは、ルナマリア様と相談して調整してもらった。


「神殿札とお守り、各一個百万円は安いと思うけどね。装備してダンジョンの中に入れば有効ってことは、スライム、ゴブリン狩りをしている冒険者向けなのね」


「そういうこと」


 神殿札とお守りは、冒険者特性がない冒険者にこそ役に立つはずだ。

 ただし、ルナマリア様を信仰しないと効果がないけど。


「神殿札とお守りの効果はおよそ一年間。この青い部分が赤くなったら効果がなくなったってことだ」


「ふーーーん。有効期限があるのか」


「大きな効果を発揮するからな。つまり酷使されるということだから、どうしても寿命は短い」


「一年に二百万円か。冒険者特性がある冒険者からしたら,、お買い得なんてもんじゃねえな。俺も絶対に買うよ」


 剛も含めて、俺たちからしたら一年二百万円ですべてのステータスが二割もプラスになるのだ。

 手に入れないという選択肢はあり得なかった……いや、それは人によるか……。

 世の中には、そういう出費を惜しむ人もいるからな。

 あとは、自分の信仰する宗教に拘りがある人もいる。


「ただ、その効能をよく理解しつつも、手を出さない冒険者は一定数いるだろうな」


「どういうことだ? 良二」


「俺と剛はこれまで特定の宗教を信仰していなかったし、日本という宗教観が薄い国にいるから、ルナマリア様を信仰すれば大きなご利益があると知れば、すぐに信仰するだろう?」


「まあそうだな」


「でもさ。世の中にはたとえご利益があると言われても、信仰する神様を変えるなんてまっぴらゴメンだと考える人たちがいるのさ」


 俺は、特にイザベラなんてルナマリア様を信仰しないものだとばかり思っていた。

 イギリス貴族は、古くから信仰する宗教に大きな拘りがあると思っていたからだ。


「リョウジさん、今の私は日本にいますから教会に行く機会もなくなっています。リョウジさんは誤解されていらっしゃるようですが、今の欧米にも宗教に興味がなかったり、形だけ信仰している人たちは珍しくありませんよ。私たちは冒険者です。ルナマリア様を信仰すればご利益があるのなら、それを信仰するのも世の中のためでしょう」


「そうだよね。ルナマリア様を信仰すればレベルが今の倍になって、神殿札とお守りを購入すればステータスが二割も上がるんだから。ボクも一応道教の信者ってことになっているけど、最近は大分怪しいかなぁ」


「幸い、ルナマリア様の神殿は神社に似ているので、私はなんの問題もありません」


「私も!  現世利益最優先ででしょう」


 みんな、完成したルナマリア様の神殿でお祈りをしてから、社務所で神殿札とお守りを購入する。

 ゴーレムが店番をしているので、現金は扱えない。

 クレジットカードか、電子マネー、仮想通貨のみだ。

 冒険者が経費にできるよう、領収書の発行も可能であった。

 現金で神殿札とお守りを購入したい人には不満が大きいかもしれないが、普段人間がいないので仕方がない。

 まさか、ルナマリア様に社務所の受付をやらせるわけにいかないのだから。


「みんな、ありがとう。あっ、参拝客が来たわ」


 今日俺たちは、ルナマリア様の依頼で動画を撮影していた。

 新しいダンジョンの神様の神殿がオープンしたことと、ダンジョンの神様であるルナマリア様についての説明。

 その容姿についても、俺が描いた絵で説明する。

 なおこの絵は、俺が気合を入れて完成させており、神殿に奉納されていた。

 そして、信仰することで発生するご利益について詳細に解説する。


「あっ! 古谷良二さんだ!」


「すげえ、世界トップ5のイザベラさんたちもいる」


 新しく完成し、参拝可能になった神殿に興味があったのだろう。

 数名の冒険者たちが、ビルの屋上にあるルナマリア様の神殿に入ってきた。

 俺たちの正体に気がついて驚いているようなので、これは好都合だと思い彼らに話しかけた。


「動画での顔出しいいですか?」


「勿論です。あの……この神社は?」


「ダンジョンの神様の神殿です」


 ゴーレムたちが撮影をする中、俺は神殿に興味を持った冒険者たちとの会話を続ける。


「ダンジョンに神様なんているんですか?」


「いるよ。これがそのお姿です」


 まさか本人に出てきてもらうわけにいかないので、俺が事前に描いておいた巨大な肖像画を指さした。

 そこには、神々しいまでに美しいルナマリア様の肖像画がフルカラーで描かれている。

 彼女は俺と話す時はかなり軽いが、その美しさと、神様としての実力は本物だ。

 むしろ、俺が描いた肖像画よりも本物の方が美しいはずだ。


「あなたたちは、冒険者特性はあるのかな?」


「はい。戦士レベル129です」


「僕は、魔法使いレベル108です」


「俺は、武闘家レベル131」


「私は、僧侶でレベル125です」


「戦力的にとてもバランスがいいですね」


「今のところは順調なのですが、やはり冒険者は危険な職業なので、上野公園ダンジョンに潜る前に神社を見つけたので、神頼みというやつです」


「なるほど。では、もし不都合がなければ、ルナマリア様を信仰するといい。彼女を信仰すると、冒険者として大成しやすくなります。なんてったって、ダンジョンの神様なんですから」


「ルナマリア様ですか……」


 四人の冒険者たちが、俺に勧められるまま神殿の賽銭箱にお賽銭を入れて祈り始めると、これが信徒を増やすチャンスと見たか。

 ルナマリア様が彼らの前に姿を現した。

 宙に浮き、後光が指しているルナマリア様は、まさに神々しい美しさだ。

 そしてルナマリア様を直に目にした冒険者たちは、驚きを隠せないようだ。

 同時に、その神々しい美しさに表情をうっとりさせていた。


「(良二、あの人は神様をしている時は真面目なんだな)」


「(昔からそうなんだよ)」


 剛と小声でそんな話をしながら様子を見守っていると、ルナマリア様が凛とした声で、冒険者たちに声をかける。


「ダンジョンに挑む冒険者たちよ。ダンジョンの神であるルナマリアである! もしそなたたちが安全にダンジョンに潜りたければ、我を信仰するがいい」


「あの……古谷さん?」


「インチキじゃないよ。俺がそんなことをする意味もないし。ダンジョンの神様であるルナマリア様を信仰すると、とてもいいことがあるんだけどなぁ……」


「あっ! レベルが倍になった!」


 武闘家の男性冒険者は、ルナマリア様の美しさに魅かれて信仰することを決意したようだ。

 レベルが倍になって喜んでいる。


「ルナマリア様を信仰すると、 レベルの上昇速度が倍になるんだ。だから、今のレベルの倍になるし、これからは今までの半分の経験値でレベルアップする」


「私たちもレベルが倍になりましたから、ご利益は本物ですよ」


「あっ!  本当だ! ルナマリア様万歳!」


「ご利益がすげえ!」


 冒険者たちは、ルナマリア様を信仰し始めた瞬間、レベルが倍になったので大喜びだ。

 こうして、新しくルナマリア様を信仰する信徒が四名も増えた。


「さらに、神殿札とお守りもお勧めだ。高いけど、身につけると一年間、ダンジョン内のみだけど全ステータスが二割もアップするぞ」


「本当ですか?」


「どちらも一つ百万円で授与しています。一年しか保たないけど、百万円出す価値はあると思うなぁ」


「確かに、全ステータス二割アップは凄い。必ず買って帰ります!」


「じきに、他にもご利益のあるアイテムも授与する予定なので、『ダンジョン神殿』をよろしくね」


 この日は動画撮影も兼ね、神殿にやって来た冒険者たちにルナマリア様を信仰する利点を説明した。

 そして、神殿札とお守りを勧める。

 大半の冒険者たちがそのご利益の素晴らしさに感動し、信徒となって神殿札とお守りを購入していった。


「俺たちは冒険者特性がないからレベルは倍にならないけど、神殿札とお守りの効果があるのはありがたい」


 神殿札とお守りだが、冒険者特性がない冒険者にもよく売れた。

 レベルとステータスが上がらない彼らにとって、全ステータス二割アップは非常に魅力的だったからだ。

 たとえ一年間しか効果がなくても、目端の利く冒険者たちは神殿札とお守りのセットを購入していった。


『というわけで、上野公園ダンジョンに潜る際には、ダンジョン神殿をよろしくお願いします』


 そして、その日の様子を動画で配信すると、世界中で大きな反響があった。

 俺がなにを始めたのかと思ったら、ダンジョンの神様を祀る神殿をオープンさせたからだ。

 そして美しい女神を信仰すると、自分のレベルが倍になって、以降も半分の経験値でレベルアップができる。

 さらにダンジョン内のみだが、全ステータス二割アップの効果があるアイテムを販売し始めたのだから。


『ただ、この神殿札とお守りはルナマリア様を信仰しないと効果が出ないので、他の宗教を信仰している人には効果がありません。効果もダンジョン内のみなので、一般の方にはあまり意味がないかと』


 色々と制限があるにも関わらず、翌日からダンジョン神殿には多くの観光客や冒険者が訪れるようになった。


「すげえ、本当にレベルが倍になった! 俺は冒険者だから、ルナマリア様を信仰することにするぜ」


「ルナマリア様、ありがたや」


「オウ! ジャパニーズジンジャ!」


 こちらが予想していたよりも多くの人たちが訪れたため、ゴーレムと、神殿札とお守りの在庫を急ぎ増やすことになった。

 さすがに、冒険者ではない観光客に一個百万円の神殿札とお守りを売るのはどうかと思うし、冒険者に行き渡らないと困るので、普通の価格の神殿札とお守りも取り扱うようになった。

 御朱印、御朱印帳、おみくじ、破魔矢なども人気で、これらはイワキ工業に頼んで仕入れるようになった。

 だが、やはりメインの参拝客は冒険者たちだ。

 信仰するとレベルが倍になるというご利益は絶大だった。

 ルナマリア様の信徒は順調に増えていき、ダンジョン神殿を作ってほしいと世界中の冒険者特区から引き合いがきたが、中には自分が信仰している宗教を替変えることに抵抗がある冒険者もいるわけで、こういう問題はなかなか難しいものだ。

 しばらく新しい神殿の建設は難しいかな。


「俺は日本人でよかった」


「だが日本人でも、他の宗教を信仰しているからルナマリア様は信仰できないって人は少ないけどいるぞ」


「ゼロではないよな。若い人には少ないし、そこは信教の自由ってやつで」


 すでに、冒険者特性を持つ老人はほぼ日本から消えた。

 年配者でも、若者と同じように冒険者として活動している人たちは例外だけど。

 今では空いている時間に、世界各国のダンジョンに潜らない老人たちから冒険者特性を取り上げ、その国の冒険者特性はないけど、真面目にダンジョンに潜っている若者たちに付与するなんてこともしている。

 とにかくこの世界の冒険者たちの実力を上げていかないと、俺が忙しくて大変だからだ。

 ただ、俺が密かに行っていた冒険者特性の再振り分け作業だが、ルナマリア様の仕業だと思われたようで、俺とイザベラたちによる動画での紹介もあり、ルナマリア様の信徒は順調に増えていた。


「わーーーい。お供えがいっぱい」


 上野公園ダンジョン前に潜る前に、ダンジョン神殿でお祈りをし、お供えをする冒険者たちが増えた。

 普通、お寺や神社のお供え物は神職やお坊さんが消費したり、物によっては捨てられてしまうのだけど、ルナマリア様はすべて自分で消費するようになった。


「リョウジさん、神様が飲み食いなさるのですね」


「向こうの世界ではしなかったんだけどなぁ……」


 ルナマリア様の心境にどのような変化があったのだろうか?


「生物のように、お供え物から栄養を得ようとしているわけじゃないのよ。信徒たちの信心、信仰のエネルギーを得ているの。これが溜まれば溜まるほど、私は力のある神さまになっていくというわけ」


 そう言いながら、ルナマリア様は日本酒の一升瓶をラッパ飲みしていた。

 普通の人間なら急性アルコール中毒になってしまいそうだが、ルナマリア様は顔色一つ変えていなかった。

 ザルなんてものじゃないな。


「お菓子、美味しい。このお菓子、向こうの世界にはなかったものよね」


「ああ、餡子ですね」


 ルナマリア様は、冒険者がお供えしたおはぎと羊羹、大福を美味しそうに食べていた。

 どうやら、洋菓子よりも和菓子の方が好きなようだ。


「この丸いお菓子も、餡子が入っているから美味しいわ」


「それは月餅だね。中国のお菓子だよ」


「そうなんだ。この向こうの世界では見たことがないケーキは?」


「ルナマリア様、それはニューヨークチーズケーキです」


「これも美味しい。他にも、向こうの世界とはかなり違うケーキが多いわね」


 お供えされたお菓子、お酒をすべて食べ尽くし飲み尽くすルナマリア様。

 その食欲は、フードファイターでも及ばないほどだ。


「それだけ食べてお腹が出ないのは羨ましいですわ」


「信心と信仰心しかお腹に溜まらないからね。ところで、イザベラの故郷のお菓子はないの?」


 ここは日本国内だし、世界中の美味しいものが集まる東京都だ。

 和菓子、中華菓子、洋菓子、アメリカのお菓子もあったが、さすがにイギリスのお菓子はお供えの中になかった。


「イギリスのお菓子……良二は知っているか?」


「いやあ、知らないかな。クッキーとか?」


「クッキーは世界中にあるんじゃないかな? イギリスのお菓子……ボクも思い出せないなぁ」


「紅茶はすぐに思い出せるのですが……」


「元宗主国は、美味しいものを探すのが非常に困難なのよねぇ。アメリカ人も苦笑いよ」


「イギリスって、貧しい土地なの?」


「そんなことはありませんわ!」


 イギリスの美味しいお菓子……。

 〇リングルスかな?

 とにかく、異世界の唯一神ルナマリア様の移住は無事に成功した。

 俺はダンジョン教の敬虔な信徒として、これからも頑張っていこうと思います。

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