第94話 ダンジョン神
「あっ! リョウちゃんだ! 初めて知り合いに会えたよ。リョウちゃん、久しぶり」
「え? ルナマリア様? どうしてここに?」
「リョウちゃん、私、突然謎のダンジョンの宝箱に封印されちゃって! これも、バカなクシュリナ王が世界中のダンジョンを別の世界に飛ばしてしまうから……」
「やはり、そんなことがあったのですか。しかし、クシュリナ王? 兄君であるハートン王はどうなったのですか?」
「それが、リョウちゃんが元の世界に戻ってからすぐ病死しちゃったのよ。魔王のことでストレスが多かったから、体が弱っていたのね。で、弟のクシュリナが新王になって」
「あいつは、一番王にしちゃいけない奴なんだが……。とにかく、俺の家にどうぞ」
「ありがとう、この世界、 神様がいっぱいいるのね」
「ええまあ……」
月のダンジョンを攻略しながら動画を撮影していたら、五百階層にあった宝箱の中にとんでもないものが閉じ込められていた。
俺が勇者として魔王を倒した世界の唯一神、ルナマリア様だ。
まるで綺麗な海のようなオーシャンブルー色の髪を地面近くまで伸ばし、台地を現す黄色いドレスと、風を現す半透明な緑色の羽衣を周囲に漂わせ、火を表す赤いサンダルを履いた、スタイル抜群の美少女神。
年齢は俺と変わらないように見えるが、 神様なのでとてつもない年月を生きている。
手に入れたレアアイテムが、別世界の神様。
まさにレアそのものだが、まさかこんなところで再会できるとは……。
「募る話は、俺の家でしましょう」
「リョウちゃん、ありがとう。クシュリナ王が宮殿を壊しちゃったから、しばらく野宿だったの」
「……。あいつ、そこまでやるか……」
「世界に神様なんてものは存在しないんだって」
「まあ、あいつの中ではそうでしょうね……」
月のダンジョン攻略と動画撮影を中止して、俺は自宅マンションへと戻った。
「リョウジさん……。まさか! もう私に飽きてしまったのですか?」
「ううっ……。リョウジ君は女性にモテモテだろうから、ボクたちは捨てられてもなにも文句は言えないけど……」
「良二様、一人増えただけですよね? 私は公家の女性なので、一人くらい妻が増えても気にしませんよ 」
「アヤノさん、ずるいです。私もイギリス貴族ですから、リョウジさんにそういう女性がいても……」
「ボクの一族にも複数の愛人がいる人もいるから、ボクはその子と仲良くできるように努力するよ。。他の人たちは知らないけど」
「ホンファさん、そこで物分かりのいい妻アピールするのはどうかと思いますよ!」
「そうです! 私たちは良二様の実質妻として同盟を組んだ仲ではありませんか。裏切りはどうかと思います」
「リョウジ、その子どこで見つけてきたの。私たちと仲良くできるといいんだけど」
「あの……誤解なんだけど……」
「リョウちゃん、 向こうの世界では奥手だったのに、 元の世界に戻ったら積極的じゃない。とてもいいことよ」
「「「「リョウちゃん?」」」」
「イザベラ、綾乃、ホンファ、リンダ。こちらは、俺が魔王を倒した別世界の唯一神ルナマリア様だよ」
「神様なのですか? 私たちはそれほど年齢が違うように見えませんが……」
「実は私、すでに四十九億歳を超えているけどね。ちょっと色々とあってリョウちゃんのお世話になるけど、リョウちゃんとはそういう関係じゃないから安心してね」
ルナマリア様を裏島にある屋敷に連れて帰ったら、ちょうどイザベラたちがいたので大騒ぎになってしまった。
彼女たちは、俺が新しい彼女を連れてきたと思ったようだ。
当然誤解なので、俺はルナマリア様の紹介をしてから、月のダンジョンの宝箱に閉じ込められるまでの話を聞いた。
「リョウちゃんが、苦労して魔王を倒して元の世界に戻ってから数ヵ月後、 ハートン王が急死してしまったのよ。 運悪く彼には子供がいなかったから、弟のクシュリナが新しい王になったわ」
「家臣たちは止めなかったんですか?」
「反対は大きかったけど、ハートン王の従兄であるムーア公爵だと、どうしてもクシュリナ王には血統で負けてしまうわ。魔王も倒れたことだし、実力よりも血統を重視した。クシュリナも、王様になれば大人になるでしょうと思ったみたいね」
「無理だと思いますよ。あの人、実はもの凄く意固地だから」
俺も、それで散々苦労してるからなぁ……。
「あの……、リョウジさん。クシュリナ王とはどういう方なのですか?」
「王様なのに、王政を心から嫌っている人だ」
人間に身分の差などあってはいけないと思っているし、魔王が健在の時は、争ってばかりではなく話し合うことも必要なのではないかと、本気で口にしていた男だ。
簡単に言うと、他人にもの凄く迷惑をかける理想主義者といった感じかな。
「あとは、腐敗した神官が多かったせいか、神様なんて存在しないと言い出してさ」
西洋ファンタジー風の世界で、その世界にいる唯一神を否定する無神論者の王族。
この世界だと、性格はともかく政治思想はスターリンとかポルポトに近い人物かも。
「ダンジョンも批判していてさ。この世界でもそうだけど、強い冒険者のみが富を蓄えて貧富の格差が広がると。だから、ダンジョンなどこの世の中に存在しない方がいいって、本気で言っていた」
「うわぁ……。そんな人を王様にしちゃうんだ」
「俺がその場にいたら、絶対に反対したけどな」
まさか、ハートン王が急死してしまうとはな。
とんだ誤算というやつだ。
「魔王軍とその軍勢は、配下を増やすのにダンジョンを利用した。向こうの世界では、ダンジョンから溢れ出たモンスターが、魔王の手先として人間を襲ったんだ」
だから、ダンジョンを嫌っている人は無視できない数存在した。
とはいえ、ダンジョンがなければ、魔石、素材、鉱石、アイテムがほとんど手に入らなくなってしまう。
モンスターの肉がなければ飢え死にしてしまう人も出るので、『ダンジョン排斥論』は実行の難しさもあって机上の空論扱いであった。
そもそも、どうやって世界からダンジョンをなくすんだという話だ。
「新しく王になったクシュリナ王は、ダンジョンを他の世界に飛ばす方法を大々的に研究させたの。そして成功したわ」
「だから、この世界にダンジョンが出現したのか」
どおりで、向こうの世界のダンジョンとまったく造りが同じだと思ったら……。
向こうの世界から移動してきただけという。
「月のダンジョンは見たことない造りだけど」
だからモンスターが強いのもあって、なかなか手こずらせてくれるダンジョンだ。
レベルが上がるから構わないけど。
「それで、どうしてルナマリア様は?」
「私はダンジョンの神でもあるの。ダンジョンに引っ張られてしまうのよ。あっ、私が宝箱に閉じ込められていたダンジョンだけど、リョウちゃんが未発見のダンジョンだったからだと思うよ。リョウちゃんでも未発見のダンジョンなんていっぱいあったんだから」
未発見で始めて見る造りのダンジョンの攻略も楽しいものだ。
ということは、これからも俺がクリアーしたことがないダンジョンが次々出てくる可能性があるな。
「私はクシュリナ王に神殿も破壊されてしまったから、向こうの世界に残れなかったのよ」
「それは不幸でしたね。ところで一つ気になることがあるんですが……」
それは、資源と食料とエネルギーを提供してくれたダンジョンがなくなった向こうの世界の行く末だ。
しかも、向こうの世界の唯一神であったルナマリア様もいなくなってしまったのだから。
「まあ、じきに滅ぶでしょうね。唯一神である私を追い出してしまったのだから。クシュリナ王はダンジョンがなくなった世界で、農業を大々的に始めたいそうよ。多分向こうの世界にはほとんどモンスターがいなくなってしまったはずだから、土地を耕すことは可能なんだけど……」
「作物、育ちますかね?」
「無理ね。だって私がいないから。向こうの世界のマナはただ失われていくばかりだもの」
「ですよねぇ……」
向こうの世界では、生き物が生まれるのも、草が成長するのも、季節が変わるのも。
すべて、ルナマリア様が作り出してくれるマナが必要だった。
ところが向こうの世界には、もうマナを生み出すルナマリア様はいない。
自分たちがダンジョンと共に追い出してしまった。
「クシュリナ王にはまったく悪気がないのよ。みんなで、魔王とダンジョンがなくなった土地を耕し、収穫物をみんなで平等に分け合う平等な世界を目指していたから」
世界は変われど、社会主義的なことを考える人はいるものだ。
そしてそれを信奉した結果、えらい目にあう民衆が沢山出てしまうことも同じ。
「とはいえ、俺もルナマリア様も、もう向こうの世界には戻れませんしね」
「そうなのよ。だから、私もこの世界で神様をやろうと思います。幸い、この世界には神様が沢山いて、私が挨拶したら『いいよ』って言ってくれたから」
「神様たち、寛容だなぁ……」
「気さくな人が多かったわよ」
過去の歴史に出てくる、別宗教同士の争いってなんなんだろう?
信仰している人間たちが勝手に争ってるような気がしてきた。
「とにかく、この地球において『唯一神』だと色々と不都合があるから、私は『ダンジョン』の神を名乗ることにします」
「ダンジョン神ですか?」
「地球の他の神様たちに聞いたら、そこが空いてるって言ってたから」
「そうなんですか……」
ルナマリア様は、向こうの世界の唯一神、創造神に近い存在だったのに、地球のダンジョンの神に実質格下げになっても気にしていないようだ。
席が空いているから就任します、的に軽く言ってきた。
「リョウちゃん、私は向こうの世界で頑張ったよ、たった一人で。それなのに、面倒を見ているはずの人間たちから『神様はいません!』なんて言われちゃったら、しばらくは地球でこじんまりと神様をやりたいじゃない」
「なるほど……」
こじんまりとねぇ……。
気持ちはわかるけど。
「で、当然リョウちゃんは、私の敬虔な信徒になってくれるよね? というか、向こうの世界では私を信仰していたじゃない。大丈夫……だよね?」
なんか、ルナマリア様が半分涙目で俺に聞いてくるのが可愛いと思いつつ、これまで俺は無宗派だったので、特に断る理由もなかった。
日本人は、こういう問題が深刻になりにくいから便利だと思う。
「じゃあ、俺がルナマリア様の信徒第一号ですね」
「ありがとう、リョウちゃん。じゃあ、早速私の神殿を作って」
「急ぎ作らせますが、ちょっと時間がかかるかもしれませんよ」
建設会社に頼んだとして、見積もりを出してもらったり、実際に工事に入るとなると時間がかかりそうだ。
冒険者特区特需で建設会社も忙しいし、その周辺地域の再開発事業もあるから、タイミングよく仕事を引き受けてくれる建設会社があるといいな。
「あの……神殿は、前のような造りでいいですか?」
「アレは飽きたから、この世界の神殿の資料を見せて」
「わかりました」
向こうの世界でルナマリア様を祀っていた神殿はギリシャ神殿風だったけど、飽きたのか……。
それをバカ正直に言えるのが凄いけど。
早速ネットから、世界中の教会、神殿、寺院などの写真を見せたが、ルナマリア様が気に入ったのは意外なものだった。
「これ、いいわね。落ち着く感じがするわ」
「あの……。これ、神社ですけど……」
向こうの世界の神殿とはまったく造りが違うし、勝手に神社なんで作ったら、神道を信仰している人たちに叱られそうだ。
「ちょっとそういうのに詳しい人に相談してみます」
「そんなに急がなくていいわよ。どうせ普段はリョウちゃんのお屋敷でお世話になるから。神殿には通いにするわ」
通いって……。
神様のそんな話を聞いたら、信徒たちががっかりするような気がしなくもない。
「リョウちゃんが一番の信徒さんで、責任者ね。後ろの子たちは?」
ルナマリア様は、イザベラたちにも信徒にならないか誘ってきたけど、みんな他の宗教を信仰しているんじゃないかな?
「あの、この世界には色々な宗教がありますので……。そして個人個人の信仰の自由が保障されるべきなのです」
「じゃあ、しょうがないよね」
「ルナマリア様は、一人でも多くの信徒が欲しいのではないのですか?」
「イザベラちゃんだっけ? 無理に信仰してもらっても、結局は他の世界に追い出されちゃうんだから。本当に私を信仰したい人だけでいいんだよ。この世界でもリョウちゃんがいるから、ダンジョンの神様は成立しているもの」
俺しか信徒がいない超マイナー宗教だけど。
「あっ、でも。唯一神から、多くの神々の一人になったからご利益は増すわよ」
「逆なんじゃないの? 普通はご利益が落ちてしまうと思うなぁ」
「ホンファちゃん、私、別世界で四十九億年以上も唯一神をやっていたのよ。 マイナー神になっても力が落ちたわけじゃないから、ほら、リョウちゃん」
「あっ!」
当然、心臓が激しい鼓動を打ち始めたように、連続してレベルアップが発生した。
その回数を懸命に数えるが、なかなかレベルアップ時の体の高揚感が止まらない。
結局、 半日近く俺のレベルは上がり続けた。
「計算すると、俺のレベルが今のほぼ倍になったってことかな?」
「あっ、リョウちゃんはレベルの表示が1のままなんだね。向こうの世界にはなかったものだから仕方がないのか。今のリョウちゃんのレベルは127894です。私の信徒になったから、ご利益でちょうど倍になりました」
「向こうの世界で、そんなご利益ありましたっけ?」
なかったと思うのだが。
それよりも、ルナマリア様に聞くと正確なレベルを教えてもらえるようになったのは助かった。
「唯一神の時は、全世界を見ないといけなかったから、そんなことをしている余裕はなかったのよ。今は私を信仰してくれる人だけにご利益を与えればいいから楽よ」
「そういうことですか」
ルナマリア様を信仰してよかった。
別段宗教にこだわりがない俺からすれば、ご利益がある神様は素晴らしいと思う。
「ダンジョンの神様になった私を信仰すると、以前の半分の経験値でレベルアップするようになるの。もちろん過去の分も有効よ」
だから俺のレベルが倍になったのか。
つまり、エンペラータイムの効果が十二倍になったということになる。
これまで以上に、効率よくダンジョンを探索できるようになった。
「ルナマリア様、神殿の方は急がせますから」
「ありがとう」
神社なら、新しく作ってもそんなに目くじら立てられないと思うんだよなぁ。
西条さんと東条さんに相談してみよう。
そんなことを考えていたら……。
「ルナマリア様、私も入信いたしますわ」
「ボクも!」
「私もお願いします」
「ルナマリア様、素晴らしい神様ね。私も入信するわ」
「いいのか?」
特に、イザベラやリンダは。
家族や教会から怒られそうな気がする。
欧米人って、宗教に拘るんじゃないのかな?
「内緒にしておけばわかりませんわ」
「うちは成り上がりの家だから、そんなに気にしなくても大丈夫よ。アメリカ人は、現世利益最優先ってことで」
「神殿が神社なら、私もなにも問題ありません。神道の一種だと説明しておけばいいのですから」
「うちの一族、特に特定の宗教に入ってるわけじゃないから全然問題ないよ。華僑も現世利益最優先でしょう」
このあと、俺と同じく無宗派だった剛も大喜びで入信し、おかげで全員のレベルが4000を超えた。
それにしても、信仰するとレベルが倍になる神様って……。
とにかく、一日も早く神殿を作ろうかな。
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