第91話 論破王

「嘘をつくのはよくないな。僕は強く批判するぜ!」


「どうして嘘をつくのかね?」


「そんな間違ってることを堂々とテレビで言ってしまって、お前は本当に頭が悪よな。失笑ものだぜ」


「それ、根拠があって言っているのか?」


「はい! 論破!」


「いやあ、ロンパーさん、今日も絶好調ですね。テレビに、動画配信にと、大活躍じゃないですか」


「まあね」


「本日はお疲れ様でした」


「どうもっす」



 僕は今、世間で『論破王ロンパー』と呼ばれている有名な動画配信者であった。

 世間にいる、肩書きはあるけど頭が悪い人。

 時代の流れについていけないような老害を徹底的に論破して動画の視聴回数を稼ぎ、一時は日本で一番の動画配信者だと評価されていた。

 今ではテレビにも進出し、毎日頭の悪い政治家や企業経営者、官僚、専門家、知識人などを論破し続けている。

 テレビ番組の製作陣が望む人たちを毎日論破して人気を稼ぎ、今ではかなりのギャラを稼ぎ出すようになった。

 だが、僕には一つ大きな不満がある。


「ダンジョン探索チャンネル……」


  突如彗星のように現れ、世界一の動画配信者へと駆け上がっていった『ダンジョン探索チャンネル』の配信者である古谷良二。

 こいつが出現したばかりに、僕はその後塵を拝することになってしまった。


「こいつさえいなければ……」


 日増しに古谷良二に対する怒りが増していき、いくら褒められても満足できなくなってしまった。

 この収まりのつかない怒りを、どうやって解消すべきか……。


「僕こそが日本一の、いや世界一の動画配信者に相応しいんだ! 必ずや、古谷良二を追い落としてやる」


 とはいえ、僕と古谷良二では動画のジャンルがまったく違う。 

 奴を追い落とすのは困難であり、まずは時間をかけて奴について調べ始めた。

 そして、ついに見つけた!


「ようし! これで古谷良二を批判して追い落とせば、僕が世界一の動画配信者になれる日は近い!」


 僕は急ぎ、 最新の動画更新で古谷良二について語り始める。


『古谷良二って、あきらかにインチキなんだよ。 頭の悪い人は、彼が世界一の冒険者だと思い込んでしまっているけど。でも、僕にはわかる。 彼の稼ぎの大半は、間違いなく動画配信のインセンティブだ。だって考えてもみよろ。彼が冒険者として活動している時間を考えたら、世界中のダンジョンを攻略し、富士の樹海ダンジョンからもう一つの地球に辿り着きましたなんて、まずあり得ない。動画は全部CG撮影だね。古谷良二はインチキ! はい! 論破!』


 僕が古谷良二のインチキぶりを語った動画は、これまでの動画再生数を遥かに上回ることに成功した。

 そしてこれはつまり、彼のことを信じていない人が多い証拠でもあったのだ。

 種を蒔くことには成功した。

 あとは、彼らを上手く炊きつければ……。


「これからも、古谷良二のインチキぶりを語る動画を次々とあげていこう」


 そうすれば僕の動画再生数は上がり、逆に古谷良二の動画再生数は大幅に下がるだろう。

 

「僕の思惑どおりだ。古谷良二は、本当は大した冒険者じゃないのさ。僕は頭がいいからそれが理解できて、世間に多くいる頭の悪い人たちはそれに引っかかっていた。 でも、僕が古谷良二の嘘を発見して論破したからみんな気がついたはずだ。 世の中には、こう言う嘘をついてもなんとも思わない悪党がいるんだぜ」


 古谷良二の功績の嘘を暴く。

 この動画をやると、視聴回数が大幅に上がるようになった。

 僕と意見を同じくして、必ずや嘘つきの古谷良二を社会的に抹殺してやろうと、息巻く仲間たちも増えた。


「古谷良二は、 冒険者たちを多数雇って売り上げは出しているけど、主な稼ぎは動画のインセンティブ収入だ。ダンジョンを攻略している様子も、 僕を応援してくれている映像関係者が教えてくれた。あれは合成とCGだってね。見ているがいい、古谷良二。 必ず嘘つきのお前を追い落として、僕が世界一の動画配信者になってみせるぞ」


 最近伸び悩んでいた、僕の動画の視聴回数が再び上昇してきた。

 肝心の古谷良二の動画も視聴回数が大幅に上昇したようだが、その状態もそう長くは続かないはず。

 必ずや、奴を追い落として僕が世界一の動画配信者になってやる。




「で、それになにか意味があるんですか? 西条さん。あっ、イザベラ、俺はそのチョコのやつね」


「この店のザッハトルテは美味しいですよね。イギリスのケーキは正直なところ微妙なので、東京には和洋中、色々な美味しいお菓子のお店があって、移住してよかったと思いますわ」


「ボクは、そのフルーツタルトね。最近、美味しい杏仁豆腐を売っているお店を見つけたんだ。今度買ってくるね」


「私は、美味しいワラビ餅と水饅頭のお店を見つけました。買ってきますね」


「ニューヨークチーズケーキのいいお店もあったわよ。リョウジは甘い物が好きだものね。今度買ってくるわ」


「あのぅ……。古谷さんたちはマイペースになりましたね」


「そうならざるを得なくなったというか……。ようするに、このロンパーとか言う奴はなにをしたいんだ?」


「承認欲求を満たすことと、金稼ぎでしょうか?」


「そんなことだと思った」


 有名な動画配信者で、他人を論破することで人気を稼いでいるロンパーとか言う配信者がいて……ネーミングセンスが……彼が突然、俺を批判し始めたのだという。

 俺の冒険者としての実績が、あきらかにおかしい。

 他の冒険者たちの実績を奪い取り、数字を盛っている可能性があると。

 そして、彼のファンや元から俺に批判的な人たちがそれに同調し、俺のネガティブキャンペーンを繰り広げているそうだ。


「しかし、意味がわからない」


 いまだ俺以外の冒険者のレベルは低く、世界中で必要な高品質の魔石、貴重な鉱物、モンスターの素材、ドロップアイテムのかなりの部分を俺が供給しているのは事実だったからだ。

 そんなことはイワキ工業他、 俺と取引をしている企業や、そこで働いている人たちは重々承知だと思うのだけど……。


「世の中ってのは、案外暇人が多いんだな」


「ですが、私も一つ疑問に思っていることがあります」


 西条さんは、俺に疑問があるのか。

 一体なんだろう?


「世界中にある、各階層が広大なダンジョンのすべてをクリアーした割には、古谷さんがダンジョンに潜っている時間が短いような気がするんです」


「ああ、それね。西条さんは鋭いから気がつくな」


 ロンパーの言い分がかなりの人たちに信じられている最大の理由は、俺がダンジョンに潜っている時間が意外と短いからだ。

 最初は週一日しか休んでいなかった……低階層のダンジョンだとそんなに疲れないので、特に無理している実感はない……のに、今では週に三回しかダンジョンに潜っていない。

 しかもそのうち一日は、イザベラたちを鍛えていた。


「週に二回で、以前以上の魔石、素材、鉱石、アイテムを納品しているのが不思議です」


「でしょうね。ですが、それもダンジョンと冒険者特性という、この世界に突如出現した、科学が通用しない異物の特徴、現象だとしたら?」


「ダンジョンや冒険者特性のせいなのですか?」


「俺がダンジョンでひたすらレベルを上げているのは、ただ強くなるという他に大きなメリットがあるからですよ」


「メリットですか」


「さあて。ロンパーとかいう配信者に反撃するかな。どうやら自分のことをもの凄く頭がいい人だと思っているようだけど、世の中には自分が知らないことがいくらでもあるのだと思い知らせてやる」


 俺は、ロンパーという奴に反論するための動画を撮影することにした。

 大した手間ではないし、嘘つきは泥棒の始まりとも言う。

 逆に自分が論破されて吠え面をかけばいいさ。




『みなさんは、どうして俺が一人でダンジョンに潜ることが多いと思いますか? なぜなら、こういうことだからです。検証動画をどうぞ』


 俺が撮影し、プロト1が編集した新しい動画が更新された。

 富士の樹海ダンジョンで、RX-DDシリーズを一時間倒し続けた。

 そして、動画の上にはストップウォッチの画面が表示されているのだが、動画で一時間連続してモンスターを次々と倒しているのに、一分しか時間が経っていなかった。


『わかりますか? 俺はダンジョンで六十分戦ったのに、現実には一分しか時間が経っていない。つまり、今の俺はダンジョンの中で他の冒険者たちよりも六十倍動けるのです。一日八時間ダンジョンで活動すると、四百八十時間、丸二十日間活動したに等しくなります』


 レベル10000を超えたくらいからであろうか?

 徐々に、ダンジョン内での活動時間と、現実での時間の経過に大きな差が出てきた。

  今ではおよそ六十倍の開きがあり、推定だが俺のレベルは60000を超えているから、単純に60倍もの差が出ていると推察している。


「俺はこの現象を『エンペラータイム』と呼んでいます。必死にレベルを上げたご褒美というわけです。週二日で魔石、鉱石、アイテム、素材のノルマを達成し、週一日は仲間のパーティを強化。あとの四日は、休んだり、緊急の依頼を受けたり、動画配信者としての仕事や、今は別の事業も始めたのでそれに関わる仕事をしたりしています。だから、ロンパーさんの言い分は大きく間違っていますね。そもそも、冒険者でもなく、ダンジョンのこともよく知らない人が、 知った風な発言をするのはどうかと思いますけど。嘘つきはあなたなんじゃないんですか? あまり口が過ぎると法的な処置に出ることも検討しなければいけませんから注意した方がいいと思いますよ。せっかく世間では、『論破王』などと言われて持ち上げられているんですから、ねえ、ロンパーさん」


 俺は、あえてロンパーを煽ることにした。

 ただ冷静に反論するよりも、視聴回数が稼げるからだ。

 ロンパーには熱心なファンがいるので、そう簡単に彼の動画視聴を止めることはできない。

 『彼は嘘をついているので、その動画を見ない方がいい』 と言っても、効果がないどころか、俺を嫌いな人たちがさらに彼を応援する可能性があるからだ。

 それならば理論性然と、それに加えてロンパーを厳しく批判する動画をあげて炎上させた方が俺の利益になる。

 俺とロンパーのどちらが正しいのかなんて実はどうでもよく、これから始まるであろう、二人の論戦を娯楽として楽しむのが多くの民衆というものだから。

 向こうが嘘をついている証拠を示しながら俺の動画の視聴回数を増やし、同時に佐藤先生に動いてもらった方がいいだろう。


『ダンジョンの下層で活躍できる冒険者たちが、俺に買収されてその功績を譲る? まったく論理的ではないですね。もしそんな冒険者が実在したとしても、そんな条件飲むわけないじゃないですか。俺が動画配信で稼ぐ収入よりも、冒険者としての収入の方が圧倒的なのに、どうやって動画配信で得た収入で、優れた冒険者の成果を買収できるというのです? ロンパーさんは小学生の算数もできないのかな? あなたこそ嘘をつかないほうがいいですよ』


 という動画をあげた途端、俺の思惑どおり見事に炎上した。

 俺のこれまでの功績が嘘だと動画で言いきったロンパーが、『お前こそ嘘つきだ!』と世界中から叩かれることになったのだ。


『実際に、しょうもない理由で古谷良二が自粛したら、世界経済がえらいことになったじゃないか。彼がその成果を買った冒険者たちが本当に存在したら、魔石、素材、鉱石、アイテムが不足するわけないだろう』


『もしロンパーの言い分が正しかったら、短期間で株価が二回も乱高下するわけがないよな。なにがロンパーだ。 その場でウケることしか考えずに、適当なことばかり抜かしやがって!』


『嘘つきはお前だ!』


『だいたい、魔石、素材、鉱石、アイテム類の産出、輸出入統計なんて、経済産業省のホームページを見ると書いてあるじゃねえか。古谷良二の総資産を考えたら、彼の成果が嘘じゃないなんて、統計グラフが読める人なら誰でもわかる。ロンパーは、ちゃんとそれを見て批判しているのか?』


『そんなわけないだろう。あいつはいつもそんな感じじゃん』


『だよな。最近テレビで持ち上げられてるから、もうオワコンなんだろう。ロンパーは』


 一夜にして世間の寵児だったロンパーは嘘つき扱いされ、世界中から叩かれることになってしまった。

 一部、ロンパーを熱烈に支持するファンたちが俺を攻撃してきたけど、あきらかに犯罪じゃないかという人については、すでに佐藤先生が動いていた。


 同時に……。


『古谷良二は悪辣な男だな。このロンパーを嘘つきだという理由で訴えてきたんだよ。本当に彼は冒険者としての功績を誤魔化しているのに。そんなことをしても、功績を譲った冒険者が損をするだけだから意味がないって? 実は彼は、この国の支配者と組んでいるのさ。日本って、 これまでオワコン国家だっただろう? だから、古谷良二というヒーローを作り出したんだ。だから、彼が他の冒険者の功績を奪うことは十分に可能なんだ。俺にはわかっちゃったな。でも、 いつかみんなわかってくれると思うんだよ。今の俺は、地動説を唱えたばかりに宗教裁判にかけられたガリレオの気分だな』


「リョウジさん、この人はどうしようもない人ですね」


「でも彼は強者だからね」


 真面目なイザベラは、ロンパーに呆れていた。

 結局彼は俺に名誉毀損で訴えられ、彼の動画に影響されて古谷企画やフルヤアドバイスに嫌がらせをしてくる人たちが始めていたので、偽計業務妨害罪で訴えると言ったら、すぐに降伏して多額の和解金を支払う羽目になってしまった。

 さらに、炎上したせいでテレビやCMなどの仕事もすべてなくなり、これまでに稼いだお金の大半を失ってしまったそうだ。

 俺に支払った和解金なんて、これまでロンパーが稼いだお金に比べると微々たるものなんだが、稼ぐ人が豪遊していてそれほど貯金がないなんてよくある話だ。

 それに、CMが決まっていたのになくなってしまったから、かなりの違約金が発生しているとも聞いた。


「リョウジ、それならロンパーも困っているんじゃないの?」


「借金はないし、彼は元々ネット界隈の人で、かなりの数のファンを抱えている。動画を配信して投げ銭を貰えるから、そんなに困っていないんじゃないかな?」


 テレビなどのメジャーな媒体には二度と出られないだろうけど、コアなファンにウケる内容のお喋り動画を配信して投げ銭を貰い、インセンティブ収入を得れば、十分裕福に暮らせるからだ。


「良二様は、腹が立たないんですか?」


「仕返しはしたし、俺は冒険者で、彼は動画で喋っている人だ。もう二度と関わることはないだろうし、一つ彼を見て勉強になったことがある」


「勉強に? 炎上ビジネスの名人が?」


「どんな方法にせよ。いくら世間の人たち大勢から批判されても、独自に稼ぐ手段を持っている人は強い」


 俺の反論のせいで世界中から叩かれたにも関わらず、今日もロンパーは元気に動画配信で稼いでいた。

 そのふてぶてしさこそ、ダンジョン出現以降、さらに大きく変わるであろうこの世界を楽しく生きるヒントになるのだから。


「リョウジ君の反論動画。炎上の類に入るけど、視聴回数がとんでもないことになっているから、荒稼ぎだもんね」


「エンペラータイムなんて反則技みたいなスキル、冒険者特性がない人には気がつかないから、ロンパーも自分が完璧に論破されるとは思わなかったんだろうな」


 ロンパーの策は、俺が有効的な反論ができないと思っていたのだろう。

 『俺はちゃんとダンジョンに潜って成果を出している』と言うのが関の山で、それなら自分の屁理屈で言い負かせば、ファンは信じてくれるだろうと思った。

 やはり彼は自分がとても賢いと思っていて、逆に冒険者なんて頭の悪い肉体労働者でしかないと思っている。

 彼の心の奥底の本音が、今回の騒動を産み出したわけだ。


「ロンパーは常にデータを見て理論的に反論していると言っていたが、よくよく聞いてみれば案外いい加減だ。話術や強引な言動で押し切っているケースも多い。ダンジョンや冒険者のことでは専門家である俺が証拠を元に反論したら、案外脆かったな」


「でもさぁ、今回ほど実のない話もなかったよね。もしリョウジ君の成果が嵩増しされたものだったとしても、だがらなんなのって話じゃん。世の中にはもっと、様々な分野で成功を捏造している人なんて沢山いるのに」


「そういう風に人を批判して娯楽にする人たちと、そういう人たちに燃料を提供する人がいるってことさ」


 ロンパーの批判に意味なんてないが、人間なんて全員が高尚に生きているわけではない。

 彼が批判する人を一緒に批判することで、時間を潰している人間というのは沢山いるし、彼ら全員の考えを改めるなんて不可能だ。


「邪魔するなら除外するし、俺は他にやらなければいけないことが沢山あるからな。ロンパーなんてもう知らないよ」

 

「だよねぇ。ボクも、一日も早くエンペラータイムが使えるようになるといいなあ。そうしたら、もっとリョウジ君と一緒にダンジョンに潜れるもの」


「そうですわね。私たちとパーティを組んでしまうと エンペラータイムが発動せず、リョウジさんが損をしてしまいますから……」


 エンペラータイムは、エンペラータイムが使えない人とパーティを組んでしまうと発動しない。

 俺がイザベラたちと週に一度しかパーティーを組まないのは、これのせいでもあった。


「レベル10000ですか……。私たちはついこの前、レベル2000を超えたばかりなので、まだまだ先の話ですね」


 俺が動画でエンペラータイムについて説明した影響か。

 より効率的にレベルアップを目指す冒険者たちが増えたが、やはり週に一度パーティを組んでダンジョンに潜るイザベラたちよりも遥かにレベルが低いので、エンペラータイムが使えるようになるには相当な時間が必要だろう。

 レベル上げを早めるジョブ、スキル、アイテムがあればいいんだが、俺は向こうの世界でそういうものを見つけられなかったのだ。


「おいっす、良二。変なのに絡まれて大変だったな」


「まあな」


「ロンパーって、このところテレビにも出て結構有名だったんだけど、あいつももう終わりかな?」


「意外としぶといから大丈夫だろう。もう二度とメジャーの世界には出られないけど」


「それもそうか。今日は頑張ってレベルを上げるぜ。良二の貴重な時間を使ってるからな」


 今日は週に一度、イザベラたちとパーティを組んでダンジョンに潜る日だ。

 富士の樹海ダンジョンを一階層でも奥に進めるようになってもらいたいな。


「でもさぁ、エンペラータイムだっけ? 良二、浦島太郎みたいにならないのか?」


「それはないな」


 もしダンジョン内でエンペラータイムを使って地上の六十倍の時間をすごすと、俺の体もその分老化が早まってしまうのではないか?

 剛の心配はもっともだが、もしそうだとしたら俺はとっくにおじさんになっているはずだ。

 すでに、この世界にダンジョンができて二年を超えている。

 俺がダンジョンでエンペラータイムを使った時間を考えたら、俺が年齢相応の容姿を保っていることの方がおかしいのだから。


「なるほど確かにその通りだ。俺も早くエンペラータイムを取得したいな」


「絶対にそうとは言い切れないが、レベル10000を超えると十倍のエンペラータイムに突入するみたいだ」


「ダンジョンで十時間過ごしても、地上では一時間しか経っていないという計算か。冒険者の格差がもの凄えな」


「ああ。だが、それが現実だ」


 レベルが高い冒険者は、ダンジョンからいくらでも富を持ち出せる。

 今の地球が、ダンジョンから産出された物なくして生活できない以上、冒険者が強者という世の中の仕組みはそう簡単に変えられないはずだ。


「ロンパーもそうだろうが、冒険者優位の世界に不満がある人が多い証拠だ。なぜか、そういう人たちが何食わぬ顔で エネルギーや資源を使っているのも事実だし、だがそれに俺たち冒険者が怒り、排除しようとしてもろくなことにならない。陰口を叩かれているくらいならマシと考えて、俺たちは冒険者特区に籠るしかないのさ」


「なんともまぁ、酷いというのも変か。俺たちは遠いところに来てしまったが、まさか山奥で自給自足の生活をしながら隠居するわけにもいかないからな。頑張ってレベルを上げようぜ」


「それが一番さ」


 俺たちは冒険者。

 レベルを上げて、魔石、鉱石、素材、アイテムを得て大金を稼ぐ、楽しく暮らす。

それでいいじゃないか。




『みんなは、浦島太郎というおとぎ話を知っているよな? 古谷良二の絶頂期はよくてあと数年。あのような無茶をしていれば、すぐに老人になって死んでしまうさ。いくら強い冒険者でも、儚いものだな』


『そうだよね。ダンジョンでの過ごした時間の六十分の一しか経過しないのなら、古谷良二はすぐにお爺さんですよ』


『古谷良二、ざまあ!』


『あいつ、 最近いい気になってたからな』


 古谷良二のせいでテレビ番組から追放されてしまったけど、動画配信と投げ銭で普通の会社員の何倍も稼げているから問題ない。

 それに、じきに古谷良二は浦島太郎の最後のように急激に老化して死ぬ。

 あいつが死ねば、僕が挽回するチャンスもあるはずだ。

 今は、このバカたちから投げ銭を貰って生活しつつ、古谷良二が死ぬまで待ち続けるのが最良の方法だな。


『必ずや、 ロンパーは世界一の動画配信者になってやるぜ!(投げ銭、ごち。養分ってマジですげえな)』


 これからの世の中。

 さらに格差は広がって、俺に投げ銭をしてるような奴は永遠に弱者なんだろうな。

 僕は絶対にそうはならないけど。


『ロンパーさん、その壺は? 昨日までなかったけど……』


『最近、骨董品に凝っていてね。そんなに高くないけど、試しに購入してみた』


 いやあ、この『功徳の壺』は実にいい。

 誰から買ったのか忘れたけど、たった十億円で 、しかもローンで購入できるのだから素晴らしい。

 俺が世界一の動画配信者になるにはこの壺が必要……うん、必要だな。

 たとえ何十年かかっても、ちょっとローンの利息が高くても、必ずやこの壺のローンを払いきるぞ。


「(ロンパー、 お前がありがたがって高額のローンまで組んで購入した壺だが、実は俺がダンジョンで見つけた『タン壺』で、価値は五百円だけどな。頑張って、俺に慰謝料を支払ってくれよ。さて、ロンパー君に俺の『暗示』が破れるかな)」


 そんな汚い壺。

 いらないって拒否すれば、慰謝料のお代わりを阻止できたのに。

 論破ではどうにもできなかったようだな。

 『どうして俺にローンなんて支払っているんだろう?』と、君がチ日でも早く気がつくことを心から祈っているぞ。

 さて、今日もイザベラたちとのレベリングを始めるか。

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