第90話 ドッペルゲンガー(その4)

『今日のダンジョン探索チャンネルは、日本の田中総理をお呼びして、生配信を行います! いま世間で大騒ぎになっているドッペルゲンガーについてだよ』


『総理大臣の田中です。本日は、ダンジョンに突如出現したすでに死んだと思われていた冒険者たち。彼らの正体について、世界一の冒険者と称される古谷良二さんに説明してもらおうと思います』


「岩城理事長の作った操り人形。俺のよりも少し性能がいいな……」


「助けてくれないか? 私はダンジョンに一人置き去りにされてしまって……」


「ドッペルゲンガーって、 やり方が卑怯でこすいから、俺は嫌いなんだよね。証拠を残したくないから、細胞一つ残らず焼き払ってやる」


「すまないが、地上に案内してくれないか? 必ずお礼はするから」


「そうやって、 背中を向けた冒険者を攻撃するんだよな。俺には通用しないよ。『地獄炎』!」



 俺が世界中の密かにダンジョンに侵入し、ドッペルゲンガーたちを次々と焼き払っていた頃、ダンジョン動画チャンネルでは生配信を行っていた。

 俺が田中総理にドッペルゲンガーついて詳しく説明するのだが、実はその正体は操り人形であった。

 どうしてこんなことをしてるのかと言えば、俺のアリバイ作りのためだ。 

 突然ドッペルゲンガーたちが消滅したのは俺のせいじゃない。 

 そもそも、その時の俺は動画の生配信をやっていたではないか。

 しかもその最大の証人は、田中総理……実際は共犯だけど……と、今動画を見ている視聴者たちであった。


「ふう……上野公園ダンジョンはこれで終わりかな?」


『どうしてドッペルゲンガーがモンスターであると証明できるのか? それはこの、ダンジョンモンスター全図鑑に記載があるからです」


『ダンジョンモンスター全図鑑。そのような便利なものがあるのか』


『これは滅多に出ないレアアイテムですから、今のところ俺しか持っていないはずです』


 俺は向こうの世界でも何冊か手に入れたけど、この世界のダンジョンは向こうの世界のダンジョンが移転してきたものなので、そのまま使えた。

 しかもこれ、 どういうわけか日本語で書かれている。

 他の似たようなドロップアイテムである魔法書や、 武器の説明書なども同じで、世界中の優れた冒険者たちが、まず日本語を習得する理由になっていた。


『このダンジョンモンスター全図鑑の内容は正しく、だから俺は効率的にダンジョンをクリアーできているのです。俺は、ドッペルゲンガーはモンスターだと思います』


『大変貴重な情報が手に入りました。日本政府としては、一日も早くドッペルゲンガーをモンスターと認め、討伐することを前提に話を進めようと思います』


「こりゃあ、大騒ぎだな」


 俺は密かに、次々とダンジョン内に出現したドッペルゲンガーを細胞一つ残さずに焼き払っていくが、同時に操り人形が喋っている生配信中にコメント欄で議論が続いていた。


『つまり、行方不明だった冒険者は生還したわけではなく、その死体と同じ姿になるドッペルゲンガーというモンスターだったんだろう? このままダンジョンを閉鎖していたら、また日本が不景気になってしまう。他の国も同じだ。ドッペルゲンガーは討伐するしかない』


『お前たちはいつもいつも、金、金、金とうるさい。この世でなにが一番尊いのかといえば、人間の命以外ないじゃないか。もしドッペルゲンガーだと思って倒して、実は人間だったら取り返しがつかなくなってしまう。100パーセント、ドッペルゲンガーというモンスターだという証拠がなければ認めない』


『そんなことは不可能じゃないか? そもそもどうやって確認するんだ?』


『それは冒険者の仕事だ!』


『命がけでモンスターと戦っている冒険者たちに、冒険者のフリをして襲いかかろうとするドッペルゲンガーを生け捕りにして、人間かモンスターかを確認させる? 殺されている冒険者が多数いるというのに無理じゃないか?』


『冒険者は我々、生活に苦労している庶民よりも沢山稼いでいるんだ! そのぐらいやって当然だろう!』


『そうでなくても、ダンジョンの閉鎖が続いて日本や先進国の経済が大変なことになっているんだ。 資源やエネルギーを確保してくれている冒険者に過度の負担をかけるのはよくない』


『資源もエネルギーも、 他の国から輸入すればいいじゃないか。これぞ国際分業だ!』


『その他国ですら、 ダンジョンの数が少なかったり、採集できる魔石や資源の量が少なかったりして、日本が必要とする量を確保できないと政府が言っているじゃないか! 無責任なことを言うな!』


『無責任じゃない! 人の命は地球よりも重いんだ!』


 ネットでも、テレビでも。

 現実的な人たちと、頭の中がお花畑の人たちによる不毛な議論が続いていた。

 

『……以上のように、ダンジョンモンスター全図鑑の記載内容はすべて確認しましたが、ドッペルゲンガー以外はすべて正しかったです。だから、ドッペルゲンガーは討伐すべきだと俺は思います。なにより現実的な問題として、魔石がなければエネルギー不足で多くの人たちが死ぬんです。確かに冒険者は大金を稼げますが、常に命がけです。ドッペルゲンガーのような、冒険者のフリをして、後ろから冒険者を刺すようなモンスターは退治するしかないと思います』


『なるほど……。日本政府としても、ドッペルゲンガーの討伐を前向きに進めていこうと思います』


 こうして、二時間にも及ぶ生配信は終了した。

 俺の動画チャンネルのゲストとして日本の総理大臣が登場し、俺がダンジョンで見つけたダンジョンモンスター全図の正しさを解説しながら、一冒険者としてドッペルゲンガーは討伐すべきだとハッキリ意見を述べた。

 当然、ドッペルゲンガーは人間だと言い張る人たちからは強く非難されたが、逆に俺のアリバイ工作は完全なものとなった。


「ふう……終わりと」


「えっ? 密かに依頼料を払った国々のダンジョンすべてにいるドッペルゲンガーをかい? わずか二時間で?」


「実際に確認してみればわかりますよ」


「わかった。私は君を信用したんだ。ダンジョンの封鎖は解こう」


 田中総理が決断して、生放送の翌日から日本のすべてのダンジョンの封鎖が解かれた。

 二週間ぶりに仕事ができると、多くの冒険者たちがダンジョンに潜っていくが、そこにはドッペルゲンガーの姿は一体もなかった。

 それはそうだ。

 俺が一体残らず討伐してしまったのだから。


「リョウジさん、どうしてわずか二時間で、世界七ヵ国のすべてのダンジョンに出現したドッペルゲンガーを倒せたのですか?」


「なぜなら、俺がこの世界で最も強い冒険者だからだ。なんてね、実はちゃんとした理由がある」


 俺は、イザベラたちにさらなる秘密を説明した。


「さっ、さすがだ……」


「私たちもできるようになるでしょうか?」


「レベルを極めるしかないわね。もっと努力しないと」


「なるほどな。これまで、良二のダンジョン攻略スピードが早すぎると思ったんだか、そんな理由があったのか……」


 こうして無事に、無事にドッペルゲンガーを倒すことに成功した。

 ただし、田中総理経由で秘密の依頼を受けた国だけだけど。

 他の国のダンジョンには、いまだドッペルゲンガーが出現しているはず。

 だが、元々ドッペルゲンガーはそんなに数が多いモンスターではない。

 なにより、今回の騒動は先進国だから問題になるのであって、発展途上国でドッペルゲンガーが発見されても、特に問題なく討伐されてしまうケースが大半であった。

 なぜなら、 綺麗事よりも今日のご飯が最優先だからだ。

 勿論、討伐されないでそのダンジョンの危険要素であり続けるケースも散見されたが、それも致し方ないこと。

 このままではよくないと思ったら、冒険者に依頼して討伐してもらえばいいのだから。


「社長に外国から、ドッペルゲンガーの討伐依頼が来てますよ」」


「お断りだな、あいつらしつこいから」


「ドッペルゲンガーを倒した犯人を、必ず殺人容疑で捕まえるんでしたっけ?」


「本当、執念深いよな」


「運動家という存在は、ゴーレムには理解できません」


 そりゃあ、理論よりも感情で動く人たちだからな。

 常に合理的に動くことが要求されるゴーレムとは、徹底的に合わないだろう。 

 突然ダンジョンからドッペルゲンガーたちが消えてしまったのは、 密かに日本やアメリカなどの政府から依頼を受け、ドッペルゲンガーを始末した冒険者がいるはずだと。

 そしてその冒険者は殺人犯なので、必ず見つけて逮捕させると、さらなる運動を続行する人たちがいたのだ。

 だがさすがにドッペルゲンガーが消えてしまうと、この手の運動を継続する人は減ってしまうようだ。

 その数はとても少なくなっていたけど、少数になると運動は先鋭化するからな。


「冒険者が退治したってのは間違っていないんだけど、俺にはアリバイがあるからな」


「でも、結構疑っている人たちがいるみたいですよ」


「それはアレだな……」


 俺にはちゃんとアリバイがあるのに、それでも疑っている人たちは、操り人形の存在に気がついたわけではなく、俺が殺人犯であってほしいと思っている人たちなのはず。


「とにかく、ダンジョンの封鎖が解かれてよかったじゃないか」


 臨時報酬も入ったし……使い道はないけど。

 それにしても、ドッペルゲンガーが出現したぐらいでこの世界は大騒ぎしすぎだろう。

 ドッペルゲンガーは、それほど強いモンスターではないのだから。

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