第89話 ドッペルゲンガー(その3)

「『粘着トリモチ』。これに決めた!」




 ドッペルゲンガーに殺されない、間違えて倒さないように世界中のダンジョンが封鎖された。

 非常にバカらしい理由だが、ドッペルゲンガーを倒すイコール殺人だと主張する冒険者の遺族たちと、それを支援する市民団体、弁護士、政治家たちが世界中で抗議活動を繰り広げているので、ダンジョンの封鎖解除の目途は経っていなかった。

  実は民主主義国家ではないような国は、意外にも俺の動画での説明を聞き入れてくれて、わずかな期間でダンジョンの封鎖が解けた国も多い。

 そして日本では……。


「ドッペルゲンガーなんてモンスターはいません! 彼らは行方不明だった冒険者たちであり、過酷なダンジョンの環境のせいで正気を失っているだけなのです! それを殺すなんて!  国家が殺人を主導するなど、決してあってはならないのです!」


「彼らが無事に家族のもとに帰れるよう、政府は粘り強く話し合いをするべきです!」


「ドッペルゲンガーなので殺す?  それは殺人ではないですか。ドッペルゲンガーなんてモンスターは存在しない! 人殺しを正当化するため、国家権力の犬がついた嘘なのですから!  もしそのようなことをしたら、私が必ず検察に告訴します!」


 どうやらそういう思想の方々のハートをガッチリとキャッチしたようで、彼らは冒険者たちが入らないようにダンジョンの入り口を封鎖し始めた。

 悪逆なる冒険者たちが、罪なきドッペルゲンガー……可哀想な冒険者たちを殺そうとするのを阻止する意図があるようだ。

 

「人は、なかなか理解し合えないものだな」


「リョウジさん、随分と落ち着いていらっしゃいますのね」


「すでに倒したドッペルゲンガーの死体を日本政府に預けているんだ。彼らがなにかしら決めないと、ダンジョンに潜れない……嘘だけど」


 俺ならドッペルゲンガーを無視して、ダンジョンで活動することができるからだ。

 さらに、粘着トリモチというアイテムが作れるので、これを出現したドッペルゲンガーに使えば数時間は動けなくなる。

 材料も手に入りやすいし、製造に手間がかかるアイテムでもないので、これを使ってダンジョンに潜ればいいので、俺は普段どおりダンジョンに潜っていた。


「いいなぁ、粘着トリモチ。リョウジ君、売ってよ」


「俺以外は、しばらく無理じゃないかな? ダンジョンの入り口付近で抗議活動している人たちに気が付かれないよう、ダンジョンの中に入るのは 難しいと思う」


「確かに……」


「強引にダンジョンの中に入ろうとして、下手に怪我でもさせたら、大問題になってしまいますからね」


「しかし、このままではまた社会不安を生み出してしまいます。エネルギーと資源はどうするのでしょうか?」


「アヤノ、知らないの? ああいう人たちはそんなことは考えないのよ。全部政府の無策のせいだって批判するだけ。権力を批判している自分は素晴らしいって、悦に入るだけだし」


 向こうの世界でも、『まだ生きてる息子を殺すな!』とドッペルゲンガーの討伐を邪魔する貴族なんて珍しくなかった。

 なまじドッペルゲンガーが生前の姿のままなので、討伐なんてとんでもないという話になってしまうのだ。

 人間の情に訴える、というのがドッペルゲンガーの生存戦略の一つだからな。

 

「十六歳の若造の意見なんて聞く耳持たないってのと、ドッペルゲンガー自体が、本体があってないようなモンスターだから、余計に信じないんだろうな」

 

 ドッペルゲンガーは喋れるので、それも遺族やその支援者たちの討伐反対運動にも繋がっていた。

 喋れるというか、本当はドッペルゲンガーが口や喉の部分の穴に空気を流し、喋っているように見せかけているだけなのだけど……。

 動物が鳴く……生体笛というのが一番近いのかな?


「さすがに、イレールの殺害容疑で逮捕はされないみたいだけど、俺はこのまま休んでいるフリってことで」


「俺たちは本当に休んでいて、 稼ぎが厳しい状態だぜ」


 剛たちが無理やりダンジョンに入ろうとすると、抗議活動している連中と喧嘩になってしまうからな。

 今は我慢して休んでもらうしかない。

 俺は魔法で透明になって、コッソリと富士の樹海ダンジョンに入っているけど。


「ドッペルゲンガーが政治的な混乱を巻き起こすなんて、昔のどのファンタジー作家さんも想定外でしょうね」


「だよねぇ。でも、日本政府はいつまでダンジョンを封鎖するんだろう?」


「ドッペルゲンガーを討伐する覚悟ができてからでしょうか? もしくは、それに伴う様々な手続きが終わるまで?」


「政治家や役人にその覚悟ができればいいわね。特に役人なんて、出世に響くから誰も責任取りたがらないもの。なかなか話が動かなくてもどかしいなんてよくあるわよ」


「アメリカの役人もですか?」


「日本の役人はさらに慎重そうだけど」


「もし、本当にドッペルゲンガーではなく人間だったら、自分の役人人生が終わるとなれば、キャリア官僚ほど無理はしませんからね」


 お役所ってのは責任を取りたがらないし、なにをするにも時間がかかる。

 政治家は……ダンジョンの入り口を封鎖している連中も有権者だからな。


「なるべく早く、ドッペルゲンガーを素直にモンスターだと認めて、討伐できればいいのですが……」


「もしかしたら、何年も待ち続けて、ドッペルゲンガーが全然年を取らない証拠を掴んでから、討伐許可が出たりして」


 もしそうなると、日本は何年もダンジョンから魔石、資源、モンスターの素材、アイテムなどを得られないくなるな。

  経済が破綻すると思うから、その前に手を打つとは思うけど……。


「ダンジョン前で抗議活動をしている連中が、素直に事実を認めるとは思えないけどな」


「タケシの言うとおりよ。アメリカでも、同じようにダンジョンの入り口前で抗議活動をしている人たちがいるもの」


 彼らの言い分は、ドッペルゲンガーはモンスターじゃなくて、ダンジョンで行方不明になっていた冒険者たちだ。

 少し錯乱しているだけなので、 必ず保護してあげなければならない。

 と言って、ダンジョンの入り口前を塞いで抗議活動をしている。

 冒険者がダンジョンに入ってドッペルゲンガーを殺さないよう、妨害をしているのだ。

 そのメンツは、亡くなった冒険者たちの遺族、人権・市民団体、人権派弁護士、政治家、一部マスコミなど、まあいつもの面子だ。

 野党も対策委員会を立ち上げて……この件では、別におかしくはないのか。


「これからどうなるのでしょう? また景気が悪くなってしまいますね」


 イザベラの予想は当たり、主に先進国のダンジョン封鎖が一週間目に突入すると、 世界中の株価下がり始めた。

 冒険者特区やその周辺の店舗や飲食店からも、悲鳴が上がり始める。

 最初、ダンジョンの閉鎖は数日て程度で終わると予想され、お休みになった冒険者たちが派手にお金を使っていたのだけど、 これは長引きそうだという流れになると、多くの冒険者たちが節約を始めてしまったのだ。


「岩城理事長、買い取ってくださいな」


「古谷君、 ちょうど相場が上がった時に……ナイスタイミングだけど」


 一階層にドッペルゲンガーたちが屯する、世界中の多くのダンジョンが封鎖され、魔石、金属資源、モンスターの素材の相場が大幅に上がったので、俺は岩城理事長にダンジョン内で採取した ものを売りに行った。

 ここなら、俺が密かにダンジョンに潜って得たものを売却しても、情報を秘匿してくれるからだ。


「ドッペルゲンガーと遭遇しなかったのかな?」


「ああ、これで動けなくするだけですね。効果は数時間しかありませんけど」


 俺は、自作した粘着トリモチを岩城理事長に見せた。


「これを冒険者たちに売れば、なんとかなるのかな?」


「ならないでしょう」


 だって、いまだドッペルゲンガーが殺されないよう、ダンジョンの入り口を塞いでいる人たちがいるのだから。


「俺は、魔法で透明になってダンジョンに入っているんですよ。いくら粘着トリモチがあっても、彼らを押しのけてダンジョンに入ろうとしたら、逮捕されてしまいますから」


 当然、これまでに強引にダンジョンに入ろうとした冒険者たちはいた。

 だが、それを防ごうとする人たちと揉み合いになり、冒険者ではない多くの人たちが負傷してしまった。

 彼らの中には弁護士もいるので、一般人を負傷させた冒険者たちが逮捕されてしまうなどのトラブルもあり、俺以外誰も、ダンジョンには入れていないはずだ。


「どうしてあそこまで頑ななのかね?」


「人間の業でしょうね」


 ドッペルゲンガーの見た目は死体に寄生された人間そのもので、喋ることもできる。

 人間と見分けるは非常に困難で、もしここで先走ってドッペルゲンガーを倒したとしても、そのあとに殺人罪で逮捕されたらたまったものではない。

 冤罪なんて腐るほど事例があるので、誰も怖がって冒険をしないのだろう。

 冒険者は比較的お金があるから、ダンジョンに潜らなくても数ヵ月なら保つというのもある。


「遺族たちからしたら、ドッペルゲンガーではなく家族なんですよ。 アンデッドなら、見た目で諦めるでしょうけど、ドッペルゲンガーは生前と同じ姿をしていますからね。悪いことに、遺族には弁護士がついてるじゃないですか」


 彼らはプロなので、もしドッペルゲンガーを倒してしまうと簡単に殺人罪で告発できてしまうのだ。

 だから、先走って倒す冒険者なんていない。

 俺は、イレールの死体に寄生したドッペルゲンガーを倒してしまったが、この死体は秘密裏に日本政府が引き取って分析を進めているからこそ、警察からの任意の事情聴取だけで逮捕されなかったのだから。


「あとで、 殺人罪で逮捕されるかもしれないけど」


「この問題については、世界中が頭を抱えているけど」


「岩城理事長、嘘はよくないですよ。困っているのが先進国だけじゃないんですか?」


 実は、発展途上国や民主主義国家ではない国のダンジョンは通常営業だった。

 なぜなら、ドッペルゲンガーか錯乱した冒険者かなんて議論の前に、ダンジョンから魔石、金属資源、モンスターの素材を得なければ生活が成り立たないからだ。

 

「俺が召喚されていた世界でも、ここまで極端なことにはなっていませんでしたよ」


 ドッペルゲンガーの人権まで保障されるこの世界の国々が素晴らしい……とは言えないよなぁ……。

 俺が動画で喋って説明しても、実際にドッペルゲンガーを倒した場面は見せられないし……逮捕されてしまう危険が大きいからだ……信じてくれる人たちも多いようだが、逆に絶対に信じない人たちもいて、彼らはとにかく声が大きい。

 だからどうにもならなかった。


「このままの状況が続くと、日本は色々と破綻すると思いますけどね」


「田中総理は、死んだ冒険者にそっくりのドッペルゲンガーというモンスターなので、これを討伐してダンジョンを正常の状態に戻そうとしているんだけど……」


「政権内にも反対意見があると?」


「そういうことだね。ドッペルゲンガーが、100パーセントダンジョンから生還した冒険者ではないという確証があるのかと? もし間違っていたら、これはモンスターの討伐ではなく殺人になってしまう。慎重に議論しなければならないという意見なのさ」


「先が思いやられますね。できる限りダンジョンに潜って、売れる物は売って行きますよ。稼ぎ時ですからね」


「頼むよ、 持ってきたものは全部買い取るから」


 その日の午後、田中総理が『主にダンジョンの一階層に出現している、行方不明になった冒険者たちにそっくりな生物は、ドッペルゲンガーというモンスターである可能性が高い。ダンジョンの封鎖が続くと経済活動に重大な支障が出るため、討伐を軸に議論を重ねているところでありますが、100パーセント本物のモンスターであるという確証を得られるまで、ダンジョンの閉鎖は続けます』と記者会見をしたら、株価がフリーフォール状態に陥った。




「さすがのイワキ工業でも、7パーセントの株価下落かぁ……まあ別にいいけど……」


 それでも、他の企業よりはマシな下落率であったし、イワキ工業の株は長期保有が前提なので、 短期間の株価の変化に一喜一憂しても仕方がないのだから。


「しかし、俺がイワキ工業の株価を支えているようなものだな。プロト1、イワキ工業の株は買い増しか?」


「ですね。かなり割安ですから。他の株価が暴落した企業の株も買い増しています」


 なにしろ、 日本でコッソリとダンジョンに入れるのが俺だけなので、 イワキ工業の依頼で魔石、金属資源、モンスターの素材を集めて売却しているのだから。

 そのおかげで、他の企業はもうすぐ尽きるであろう在庫にヒヤヒヤしながら、 経営を続ける羽目になっていた。


「社長、ダンジョンを封鎖していない国から輸入するしかないですね」


「魔石に関しては、まずは自国優先だからなぁ……。余った分を、しかも随分と相場が上がっているから……」


 先進国はどこもエネルギー状況が逼迫しているのだけど、いまだドッペルゲンガーじゃなくて生還した冒険者が錯乱しているだけだと言い、ダンジョンの入り口を封鎖している人たちがいるのでどうにもならなかった。


「さすがに、一般人の多くは『アレ?』って思い始めたけどね。でも、あまり不用意なことも言えないじゃない」


「ゴーレムであるオラからすると、人間の思考はよくわからないです」


 テレビをつけると、『このままだと計画停電も実施しなければならないほど、エネルギーの状況が逼迫しているのだから、ドッペルゲンガーというモンスターだと認めて討伐すればいい』という意見と、『もし本当に錯乱した冒険者ならどうする?』というコメンテーターや自称専門家が、一向に決着しない議論を続けていた。


「そもそも俺は、ドッペルゲンガーの死体を日本政府に提供しているんだけどなぁ……。まだ結論が出ないのかね?」

 

 死体の切り口を見れば、人間ではあり得ないとすぐにわかるのに……。

 いつまでこんな不毛なことを続けているのだろうか?

 俺は全然困らないけど。


「このまま冬になれば、寒い地域だと凍死者が出かねない。我々も、経団連も、日本政府に強く働きかけているけど……」


 もし本当にドッペルゲンガーではなく、錯乱した冒険者だったら。

 実際に斬り捨ててみて、もし人間だったら殺人罪で捕まるかもしれないと思えば、無理にダンジョンに入ろうとする冒険者は一人もいないか。


「なにより、世界のダンジョンの四割が集中する日本がこの状況だと、世界経済にも影響が出てしまうから」


 今生きている人たちよりも、ドッペルゲンガーの保護を優先する。

 滑稽な人たちだけど、今さら彼らも自分たちが間違っていましたなんて意地でも認めないだろうから、しばらくは状況が動かないかもしれないな。

 

「(俺が始末してもいいんだけど、 もし捕まったら嫌だしな)」


「ところで社長、もしドッペルゲンガーじゃなくて、生還した錯乱状態の冒険者だと言うのなら、家族に説得とかさせないんですが? 彼らはそう主張しているじゃないですか」


「それは、自分たちの仕事じゃないんだって」


「主張して、アピールとしてダンジョンの入り口を封鎖しても、自分で行動するわけではないんですね。人間は難しいです」


「そのうち飽きて、ダンジョンの入り口の封鎖を解除するかもしれないけど、 待つしかないよなぁ……」


「手の打ちようがないとはこのことですね」


 俺とプロト1による経営会議は終わった。

 とはいえ、俺はダンジョンから手に入れたものが高く売れ続けるので問題なかった。

 ドッペルゲンガーが出現しても粘着トリモチで動きを封じるばいいだけだから、大して手間がかかるわけでもないからな。

 ただ、粘着トリモチを他の冒険者に売ることはしなかった。

 なぜなら、ダンジョンの中に多くの冒険者たちが入り込むと、どれがドッペルゲンガーか見分けることができないので、同士討ちや事故が発生しかねないからだ。

 それに、一階層でスライム狩りをしている冒険者特性のない人たちにとり、ドッペルゲンガーほど危険なモンスターはいない。

 死体を利用している冒険者のレベルの数~数十倍の強さなので、たとえばレベル10の冒険者がドッペルゲンガーになると、レベル100相当の強さになっていても不思議ではないからだ。

 冒険者特性がない冒険者など、虐殺されてしまう。


「もしドッペルゲンガーの討伐が決まっても、弱い冒険者を討伐に参加させると 確実に返り討ちでしょうね。なにより、ドッペルゲンガーに殺された冒険者は、ほぼ確実にドッペルゲンガーになりますから」


「田中総理や日本政府に働きかけるけど、私もお手上げ状態だなぁ」


 岩城理事長も頭を抱える。

 ダンジョンの封鎖が十日を超えると、さすがに色々と支障が出てきた。

 魔液価格の高騰のみならず、様々なものの物価が上がってきたのだ。

 魔液を燃やして発電している以上、食料だろうが、工業製品だろうが、作るのには電力が必要だからだ。

 少しずつ海外からの輸入も始まったが、その量は少ないし、値段はとても高い。

 貿易収支が大幅に悪化し、電力料金も上げるしかない状況だ。


「株価が下がり、円安も進んだ。企業も、従業員たちを自宅待機にさせているところが増えてきた。工場の生産量も減っていて、それでも日本政府は手をこまねいている。人の命と経済を天秤にかけるのが嫌なんだろうね……」


「経済を優先している国から輸入するしかないのでは?」


「ところが、 それらの国でも困った問題が発生してね……」


「ああ、ドッペルゲンガーが増えているんですね」


 世界中のダンジョンでドッペルゲンガーが出現しているため、未熟な冒険者たちに多数の犠牲者が出たのであろう。

 今のところ俺以外に、人間かドッペルゲンガーかを見分けられる人はいないのだから。

 

「だから輸入もあてにならないんだよ。どこの国だって、自分の国を優先して当然なんだから」


 先進国は経済よりも人命優先で、発展途上国は経済を優先したけど、ドッペルゲンガーに殺されてしまう冒険者が増えている。

 にっちもさっちもいかないとはこのことだろう。


「俺にできることは、ダンジョンで得た品をイワキ工業に売るだけですね」


 俺も珍しく全力でやっているんだか、一国の需要を満たせるわけがない。

 イワキ工業に卸す分で限界だった。


「古谷君、実は会って欲しい人がいるんだけど……」


「誰です?」


「よく話に出てくる田中総理さ。どうぞ」


 岩城理事長とイワキ工業の社長室で密談をしていたら、そこにテレビで見たことがある老人が入ってきた。

 世界で一番地味な国家元首だと言われている、田中総理であった。

 きっと異世界に召喚される前なら、一国の総理大臣と顔を合わせたら緊張したのであろうが、今はなんとも思わないな。


「古谷良二君だね?」


「ええ」


「実は、極秘裏に仕事を頼みたい」


「嫌です」


「……手厳しいね」


「だって、野党が扇動している、ダンジョンの入り口に陣取っている人たちに手を出せず、『あれは外見はそっくりだが、ドッペルゲンガーというモンスターなので討伐します』 と判断すらできないような政治家の言うことをホイホイと聞いてドッペルゲンガーを倒しても、あとで手の平を返して俺を殺人罪で逮捕するかもしれないじゃないですか。俺の言っていることは間違っていますか?」


「間違っていない。民主主義国家の政治家は、世論には弱いものだからね。場合によっては、君を民衆の生贄として差し出さなければならないのさ」


「じゃあ、嫌です」


「極秘裏になんとかできないかな? もし突然ダンジョンから、すべてのドッペルゲンガーが消えてしまったら?」


 ドッペルゲンガーではなく、生還した冒険者であると言い張る人たちに配慮した結果、日本や先進国の経済が悪化してしまったので、俺に密かにドッペルゲンガを処分させる。

 どうして、突然ドッペルゲンガーが消えてしまったのかわかりません、でもダンジョンのことはよくわかっていないので、こんなこともあるのでしょう。

 と、誤魔化すつもりか……。 


「俺の仕業だと疑われて、正義の検察あたりに目をつけられて逮捕されたら終わりじゃないですか。お話になりませんね。なにより、秘密裏の報酬などというもの自体があり得ないじゃないですか」


 俺への報酬は、フルヤ企画に全額振り込まれる。 

 税務署が気がつかないわけないし、そうなれば検察も感づくだろう。

 俺が逮捕されるリスクは減らないわけだ。


「こう言ってはなんですが、国のトップに立つ政治家の仕事とは、八方美人的な態度をやめて決断することなのではないですか? 今回の場合、ドッペルゲンガーの討伐命令を出す、です。それもしないで俺に尻拭いさせ、 もし問題になったら俺にだけ責任を負わせてトカゲの尻尾切りをする。そんな総理大臣の依頼なんて受けませんよ」


「古谷君、それは少し言いすぎでは?」


「言いすぎだとは思いませんよ」


 いくら冒険者として強くても、個の力で国の力に対抗するのは難しいのだから。

 このぐらい警戒して当然だろう。


「君は、政治家をよくわかっているね」


「そうでしょうか?」


「岩城さんから聞いている。君が接していた、別の世界の王もそうだったのかな?」


「ふうん」


 岩城理事長は、自分と俺がどうしてダンジョンが出現したこの世界で大活躍できているのか、田中総理に教えていたのか。

 

「よく信じましたね?」


「失礼な言い方になってしまうが、突然これまでなんの変哲もなかった普通の高校生が、ダンジョン探索でここまで大活躍するなんて不自然じゃないか。岩城理事長もそうだ。イワキ工業の拡張、成長ぶりは驚異的としか思えない。 なにかがあると、 世界中の政治家が思っているよ」


「信じるも信じないも自由ですけど、向こうの王も、時に非情な決断をしましたよ」


 そうしなければ、向こうの世界の人間は魔王に滅ぼされていただろう。

 大を救うため、小を犠牲にする。

 よくこれを批判する人がいる。

 小も救ってこその為政者だと。


「小まで救えてしまうような政治家なんて、そうそう現れませんよ。現実は、大を救うため小のみを犠牲にすることができた政治家はかなり優秀な部類に入るんじゃないんですか? 小も救うなんて綺麗事を言っている奴に任せると、大にも犠牲を出してしまうんですよ。現実なんてそんなものでしょう?」


「そうだね。特に、いまだダンジョンの入り口を封鎖している人たちを裏で操っていると思っている野党の政治家たちなどは」


「裏で操っていると思っている?」


「ダンジョンが出現したところで、この世界に大した変化はないのだ。どの国も、国益のために見えないところで他国を蹴り落とそうとしている。日本や先進国のダンジョンが封鎖されたままの方が都合がいい国、組織、人がいるのだから」


「だから俺に犠牲になれと?  生憎と、そこまでの愛国心は持っていませんね」


 もし日本にいられなくなったら、外国に移住すればいいし、 俺を受け入れてくれる国はいくらでもあるだろう。


「国税庁の連中と話をつけた。アメリカや他の先進国も困っているのでね。 報酬は十兆円で無税。ダンジョンが封鎖されている国のドッペルゲンガーをすべて討伐してくれ」


「十兆円ねぇ……」


 貰ってもどうせ使い切れないけど、ボランティアをするつもりはないので、この辺で妥協した方がいいのかな。


「もし私が裏切ったら、 どうせ今この会話と映像を記録しているのだろう?  動画投稿サイトで公開すればいいさ。さぞや視聴回数を稼げるだろう」


「もしそれをしたら、タナカ総理は終わりよ」


「ドッペルゲンガーを放置したままでも政権は終わる。リンダさんだったかな。彼女の祖父であるブルーストーン大統領も、今大幅に支持率が下落しているところだ。世界のためになどと殊勝なことは言わないが、世界が混乱するのを防いでほしい」


「わかりました。そこまで覚悟しているのであれば。しかし、 与党内にも裏切る奴がいそうな気がしますがね。その辺の対策はあるのですか?」


「あるさ。岩城理事長からあるアイテムを売ってもらったのでね」


 こうして、俺が極秘裏にダンジョンに出現した ドッペルゲンガーを討伐することになったのだけど……。

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