第87話 ドッペルゲンガー(その1)

「この殺気は……。出るな……もうそろそろ」



 俺のレベルやジョブはいっさい表示されないが、向こうの世界で得た特技やスキルが使えないわけではない。

 ダンジョンに潜ってモンスター狩りと動画撮影をしていたら、急に寒気がして鳥肌が立ってきた。

 いわゆる『危機予知』の類いなのだが、これだけでは将来どんな悪いことが起こるのか具体的にはわからない。

 だが、向こうの世界で何度もこれを経験した結果、大凡の予想がつくようになっていた。

 レベルとステータスが極限まで上がることにより、自分に迫る危機の内容の詳細を推測できるようになったわけだ。


「ランダムシャッフルタイムじゃないな……。だが類似した……。ドッペルゲンガーか……。それはそうだろうな。すでにこの世界のダンジョンでも、多くの冒険者たちが死んだのだから」


 俺の目の前に、一人の冒険者が立っていた。

 だが、ここは富士の樹海ダンジョンの六百九十八階層である。

 俺以外の冒険者は、誰一人として辿り着いていない。

 では、この冒険者は何者か?


「なあ、ここはどこなんだ? 俺は迷ってしまって……ガハッ!」


 俺は一切の躊躇なく、目の前の冒険者を斬り捨てた。

 袈裟斬りにされた冒険者は二つになって、その場に崩れ落ちる。


「俺が見抜けないと思ったか? ドッペルゲンガー」


 ドッペルゲンガーは、ダンジョンに出現するモンスターだ。

 かなり特殊なモンスターで、ある条件下でないと出現しない。

 それは、ダンジョンで人間が死に、その死体が回収されずダンジョンに吸収されてしまうことである。

 ダンジョンで冒険者が死んで丸一日、二十四時間が経過すると、死体も持ち物もすべてダンジョンに吸収されてしまう。

 落とし物なども同じだ。

 ダンジョンに吸収された品はドロップアイテムの材料となり、死体はアンデッドか、レアケースでドッペルゲンガーとなる。

 ここがややこしいのだが、ドッペルゲンガーはアンデッドではないので、その外見は生前の冒険者そのものだ。

 さっきのように普通に話しかけてくるので、気がつかないと不意打ちを食らって殺されてしまう。

 俺は『危機予知』でドッペルゲンガーがわかるが、未熟な冒険者たちにはわかりにくい。

 向こうの世界では、ドッペルゲンガーに殺されるダンジョン探索者は多かった。

 死んだ冒険者の死体を二十四時間以内に回収すれば、アンデッドもドッペルゲンガーも出現しないが、そんなことはほぼ不可能だ。 

 なぜなら、ダンジョン内で冒険者が死んでしまった時というのは、仲間の死体を回収すべき他のパーティメンバーも危機に陥っているケースが大半で、それどころではないからだ。

 仲間の死体を回収するどころか、自分たちも死体の仲間入りをするかもしれない危機的状況のため、逃げるのが最優先となってしまう。

 もし運良く危機を脱しても、二十四時間以内にその場所に戻り、仲間の死体を回収するのはまず不可能だ。

 時間が足りないし、一度死にかけた場所に戻るのは無謀でしかない。

 その結果、死んだ冒険者の死体が遺族に戻ることは滅多になかった。

 だから今では買取所が、冒険者が自分の葬儀に使う遺髪や爪を預かるサービスまで始めているほどなのだから。

 そんなわけで、ダンジョンに吸収された死体の大半がアンデッドの材料になってしまうが、希に危険なドッペルゲンガーになってしまう。

 同業者だと思って油断したら、いきなり殺されてしまうので、とにかく性質が悪いモンスターであった。


「おっと、証拠隠滅を……装備品は生前のものと形は同じだな。ミスリル製になっているけど」


 倒したドッペルゲンガーから金になる装備をすべて剥ぎ取り、体内から魔石を回収する。

 見た目は人間の死体そのものなので抵抗感が強いが、それができないと冒険者としてやっていけないし、俺はもう慣れた。

 冒険者を惑わすドッペルゲンガーは、とても厄介なモンスターに分類される。

 死体を利用している冒険者の生前の姿とまったく同じなのだけど、実は装備している武器と防具もダンジョンに吸収された結果、ミスリル製になっているので、そこは数少ない見分けるポイントかも。

 元からドッペルゲンガーの材料になった冒険者がミスリル製の装備を着けていたら、見分けるポイントはなくなってしまうけど。

 ただ現時点で、ミスリル製の装備を着けている冒険者は世界で数えるほどしかおらず、間違える心配はないと思う。


「編集注意事項。ドッペルゲンガーを倒したこの場面はカット。あとで、解説動画を撮影」


 ドッペルゲンガーの厄介な点は強さではなく、倒したあとの対応であると言っても過言ではない。

 これを倒せる冒険者の数は向こうの世界では多かったが、倒したあとの対応を間違って死ぬ奴が多いのだ。

 この死ぬという言い方も、どちらかというと肉体的に死ぬというよりも、社会的に死ぬなんだけど。


「戻るか……」


 すでに今日のノルマは、350パーセント増しで達成している。

 ドッペルゲンガー戦は思わぬアクシデントだったので、俺は急ぎ地上へと戻るのであった。





『ついに、ダンジョン内にドッペルゲンガーが出現するようになりました。このモンスターは非常に厄介です。アンデッドなら体が損壊していたり肌色が悪いなど、ひと目見れば簡単にわかるのですが、ドッペルゲンガーは冒険者の死体を修復して、生前そのままの格好を維持する寄生モンスターなのです。人間と見分ける方法ですが、特殊なスキルですが、心音が聞こえなければドッペルゲンガーです。ドッペルゲンガーは一種の寄生生命体なので、見た目は人間でも心臓は動かないのです……こんなものかな?」


 もし冒険者たちがドッペルゲンガーの存在を知らなければ、次々と奇襲を受けて、その被害は甚大なものとなるであろう。

 俺は急ぎ、ドッペルゲンガーに関する説明を動画であげた。

 ただ、富士の樹海ダンジョンで実際にドッペルゲンガーを倒した様子をあげていないせいか、いまいち反応が薄かった。


「社長、どうして動画をあげないんですか?」


「人殺し扱いされるかもしれないから」


 プロト1の問いに、即座に答える俺。

 そう。

 ドッペルゲンガーは、向こうの世界でもかなり厄介なモンスターであった。

 これまでに、どれだけ有望な冒険者が足を引っ張られ、社会的に抹殺されたか。


「物理的にではなく、社会的にですか?」


「そうだ。実はドッペルゲンガーはそこまで強くない。なにしろ、その材料は殺された冒険者なのだから」


 基本的に、死にやすい弱い冒険者ほどドッペルゲンガーになりやすい。

 ゆえに、ドッペルゲンガー自体もそれほど強いモンスターではなかった。 

 元々冒険者に化けて相手を油断させる戦法を用いるモンスターなので、強というイメージ自体が湧きにくいか……。

 どうしても 卑怯なイメージが付きまとうし、強いモンスターはそんな戦法は使わないだろう。


「ただ、見た目は人間そのものなんだ。ダンジョンで死んだ冒険者の死体を利用しているから当然だけど」


「ということは、ドッペルゲンガーを倒しと言い張っても、もし警察なり世間が信じてくれなかった場合、殺人者の汚名を着せられると?」


「そういうこと」


 俺は、動画更新の翌日、ドッペルゲンガーについて聞きに来たイザベラたちにそう説明した。


「たとえば、とあるお金持ちなり、政治家の子弟がダンジョンで行方不明になり、その後ドッペルゲンガーと化し、誰かが倒したとする」


「……遺族である大金持ちや政治家が、自分の可愛がっていた子供の死を認めていなかった場合、ドッペルゲンガーを倒した冒険者を、自分の子供を殺した殺人者だと批判するわけだね。濡れ衣だけど、ダンジョンに潜らない世間の人たちはわからないものねぇ」


 ホンファが、俺の言いたいことを代弁してくれた。

 向こうの世界でも、それを理由に殺人者の汚名を着せられ、牢屋に入れられたり、仇討ちと称して殺される冒険者が定期的にいた。

 命がけでダンジョンに潜って強くなりながら魔王の配下と戦い、魔王軍の侵攻で生産量が減った金属、魔石、アイテム、食料をダンジョンから得ている、世界に貢献しているはずの冒険者が、ダンジョンで子供を亡くした大貴族に恨まれて冒険者を辞めさせられたり、殺されてしまったのだ。

 人間同士が足を引っ張り合う様を、魔王とその配下はさぞや笑っていただろうが、残念ながらこれを解決できる策はなかった。

 人間は感情の生き物だとよく聞くけど、ドッペルゲンガーを倒した冒険者を逆恨みするなと説得しても、為政者であるはずの大貴族がそれを理解できない。

 そんな事例はいくらでもあった。

 そしてこの世界の場合、もっと状況が酷くなる可能性が高いのだ。


「想像が容易につきますね……」


 もしマスコミが遺族たちをインタビューして、人殺し冒険者は逮捕しろとワイドショーなどで放送したら?

 いわゆる人権派弁護士が、ドッペルゲンガーを倒した冒険者を遺族と共に殺人罪で告発したら?

 綾乃には、容易にその将来が想像できたのであろう。


「ドッペルゲンガーが出現したら、こっそり倒して黙っているしかないのでは?」


「それが一番安全な策だけど、ドッペルゲンガーの存在をどうにか冒険者たちに周知させないと、ダンジョンで冒険者を殺す冒険者が出現したと思われてしまう。そして、それは危険だ」


「同士討ちの危険性が高まりますね」


 ドッペルゲンガーを警戒するあまり、冒険者たちが同士討ちをして犠牲者が出てしまう可能性があった。 

 むしろ、そちらの被害の方が多いかもしれない。

 

「それも怖いというか、むしろそうなったほうが被害甚大だ」


「リョウジさん、どうにかなりませんの?」


「ドッペルゲンガー自体の出現がランダムで、しかも材料となった冒険者が死んだダンジョンと階層に出現する可能性が低いんだ」


 実は、すべてのダンジョンは一つに繋がっているリンクしているという説が向こうの世界であり、実際に俺が遭遇したドッペルベンガーは富士の樹海ダンジョンにいた。


「それも六百九十八階層にだぞ。そこで死んだ冒険者なんていない」


「リョウジ君以外、まだ誰も辿りつけないものね」


「つまり、他のダンジョンで死んだ冒険者のドッペルゲンガーだったということさ」


「もしかしたら、密かに六百九十八階層で死んだ冒険者って可能性はないか?」


「ないな」


 俺は、剛の考えを否定した。

 なぜなら、そのドッペルゲンガーーはとても弱かったからだ。


「生前の彼は、富士の樹海ダンジョンの一階層もクリアーできないはずだ。ちなみにドッペルゲンガーになると、生前の数倍から数十倍の強さになる」


「どこかのダンジョンの一階層にでも出現したらパニックだな」


「下手をすれば、ドッペルゲンガーによる冒険者大虐殺の始まりだ」


 いきなり、自分と同じ冒険者だと思っていたドッペルゲンガーに斬りかかられるのだ。

 一階層で活動している冒険者特性を持たない人たちなど、ひとたまりもないだろう。


「世界中にあるダンジョンの数を考えると、そう頻繁に遭遇する可能性は低い。ただ、倒さなければいなくならないのがく厄介だな」


 ダンジョンで死ぬ冒険者が増えれば増えるほど、ドッペルゲンガーの出現率は上がっていく。

 となると、今のうちに対策が必要であろう。


「ドッペルゲンガーに遭遇したら、低レベルの冒険者は逃げるしかない。まず勝ち目はないかな。ドッペルゲンガーはダンジョンがたまに出現させる、冒険者を減らす抗体みたいなものだから」


 ダンジョンからすれば、中に侵入してくる冒険者たちなんてウイルスや細菌みたいなものだろう。

 ドッペルベンガーは、それを殺す抗体みたいなものだと考えればわかりやすいはず。


「ところで、他に人間とドッペルゲンガーを見分ける方法はないのか?」


「あるよ。ただ……」


「是非教えてくれ」


「あまり気分がよくないというか……。素人さんには教えにくい」


 もし動画で公開したら、やはり非難が殺到しそうなので、ドッペルゲンガーに関しては喋って説明しているだけなのだ。

 もし動画で人間とドッペルゲンガーの見分け方を解説すると、公開停止になるかもしれないというのもある。

 世界的動画サイトというのは、コンプライアンスが厳しくなっているからな。


「俺は冒険者として生きていくことを決めたんだ! リスクは極力減らしたいから教えてくれ」


「私も、今さら自分が素人だとは思いません。必要なことなので是非教えてほしいですわ」


「ボクも知りたいねぇ。ダンジョンに潜りもしない部外者たちの評判を気にして、ドッペルゲンガーに殺されたら嫌だもの」


「私も同じ気持ちです。覚悟はできていますから」


「ここにそれが覚悟できていない人はいないわよ。教えて、リョウジ」


「じゃあ、実はドッペルゲンガーを一体倒してその死体を確保してあるから見せよう。すぐにわかるけど、グロイから覚悟してくれ」


 俺は、富士の樹海ダンジョンで真っ二つにしたドッペルゲンガーの死体を『アイテムボックス』から取り出した。


「日本人じゃないな。欧米人か?」


「だろうな。俺にも白人に見える」


 俺も剛と同じ意見で、倒したドッペルゲンガーの元となった冒険者は欧米人に見えた。


「アメリカか、ヨーロッパのダンジョンで亡くなった冒険者みたいですね」


「日本には海外からの留学生が多いから、もしかしたら日本のダンジョンで亡くなった人かもしれないけど」


「リョウジさん、日本のダンジョンで亡くなった欧米人は数えるほどしかいませんし、この方の顔には見覚えがありません 。欧米のダンジョンで亡くなった方だと思います」


 イザベラからの情報により、やはり海外のダンジョンで亡くなった冒険者が富士の樹海ダンジョンに出現したことが判明した。


「あれ? この死体、おかしくない?」


「血が一滴も出ていませんね。あと、死体の斬り口を見ても、内臓、骨などがまったく見えません」


「ホンファ、綾乃。わかっただろう?」


 ドッペルゲンガーはダンジョンで死んだ冒険者の死体を利用するが、表面というか外側だけそっくりにして、中身は……どう説明すればいいかな。


「血液も、骨も、内臓も、全部ミンチにして外側の皮に詰めた餃子や焼売みたいなものなんだね」


「ホンファの例えが一番しっくりくるかも」


 だから、ドッペルゲンガーからは心臓の鼓動が感じられないのだ。

 ないものは鼓動しないとも言うけど。


「倒して死体を見せれば、世間も納得してくれるかな?」


「どうでしょうか? 外側は人間そのものなので、最悪警察に捕まるかもしれません。日本の警察は融通が利きませんから」


 冒険者たちにドッペルゲンガーの危機を伝えようにも、言葉だけではイマイチ伝わらない。

 かと言って、このドッペルゲンガーの死体で詳しい解説をした結果、俺が警察に殺人罪や死体損壊罪などで捕まるのは嫌だ。


「とにかく言葉で説明し続けよう」


 その後も、動画でクドイほどドッペルゲンガーの危険性について説明したのだけど、再生数はイマイチだった。


「わかった。私はこれでも日本政府に顔が利くからね。ちょっと政治家に相談してみるよ」


 ドッペルゲンガーの情報を岩城理事長に伝えたら、彼が政治家に働きかけてくれるそうだ。


「ただ、ドッペルゲンガーの死体はまだ警察に見せない方がいいかもね。逮捕されないとは言いきれないから」


「そうですよね」


 一応国の上には報告をあげたし、動画で何度も説明しているから、今はこれ以上のことはできないか。

 俺がドッペルゲンガーに不覚を取ることはないので、これまで通りダンジョンの探索と、モンスター狩り、動画撮影に勤しむかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る