第86話 流行しているワードを組み込む動画配信者

「理事長さん、『イワキ工業』なのに食料品販売業にまで進出されるとは、さすがは飛ぶ鳥落とす勢いの大企業ですわね」


「うちは、ダンジョンから出た素材を大量に買い取っているからね。ついでというか、副次的なものだよ。 実店舗は人を雇わないといけないし管理が面倒だから、上野公園近くにあるこの一店舗だけ。あとは通信販売がメインだね」


「見慣れない品も多いですね」


「今のところ、古谷君しか入手できないものが多いからね。たとえばこの、『 ゴールデンハニー』とか」


「黄金色に輝くハチミツですか……。なにか特別な効果があるのでしょうが……」


「百グラムで百万円って……高っ! リョウジ君しか手に入れられないにしても……」


「珍しいモンスターの内蔵、骨、肉、脂などもですか。私たちが入手できないものばかりです。さすがは良二様」


「このお店、商品が全部高いわね。ニューヨークに出店したらセレブたちがこぞって買い集めそうだけど、まだ難しいかも。アメリカの冒険者たちではまだ到達できない階層に生息するモンスターの素材ばかりだから希少性もある。 アメリカのお金持ちって、こういうものにお金を使いたいのよ」


「日本から輸入するとなると、 許可とか手続きで色々と面倒そうだな。アメリカの冒険者が手に入れられるようになるまで待つしかないんじゃないか?」


「この店の情報がリョウジの動画で流れたら、世界中から問い合わせが殺到しそう。もしそうなったら、イワキ工業が頑張って輸出するはずよ」


「売れるものがあればそうするけど、結局古谷君次第なんだよね」


「このお店は、リョウジが支えているようなものね」




 今日は上野公園近くにある、イワキ工業が経営しているダンジョン産食品の専門店を冷やかしで来訪しつつ、俺たちは動画も撮影していた。

 この手の動画で、食べ物のジャンルは一定の人気を誇る。

 古い動画でも、コンスタントに視聴回数を稼げるのもよかった。

 もっとも俺はそんなことを知らず、全部プロト1に教えてもらったのだけど。

 とあるビルの一階にある店舗は、以前はオーガニック食品などを販売していた店舗だそうだが、ダンジョン不況の際に大幅に売り上げが落ち、赤字になって撤退したらしい。

 そこをイワキ工業が借りて、ダンジョン産食品の販売店と通販サイトをオープンさせた。

 俺というかプロト1が、このお店は動画映えすると言うので、イザベラたちと遊びに来たついでに撮影を始めたわけだ。


「イワキ工業の子会社だけど、俺も出資して株式を持っているんだ」


 俺がそれを決めたのではなく、プロト1がいつの間にか購入していたんだけど。

 通販事業と合わせて非常に業績がよく、株価が上場時の十倍以上になったとプロト1が教えてくれたけど、俺はあまり興味がなかった。

 むしろ売っているもののほうに興味がある……ほとんど俺がイワキ工業に卸したものばかりだから全部知ってるけど。


「そうだったんですか。そういえば、現時点ではリョウジさんがいないと手に入らない食材ばかりですわね」


 上野公園ダンジョンのみならず、ダンジョンの深い階層でしか手に入らないモンスターの食材は、今のところ俺しか納品できなかった。

 そこで、俺もこの店舗を運営するイワキ工業子会社の株を49パーセント持っている。

 とはいえ、経営に口出しするつもりはまったくないけど。

 別に大した金額でもないし、もし潰れても特に問題はないというか……すぐに忘れてしまうだろう。

 極論すれば、俺はモンスターの素材を売れば儲かる。

 岩城理事長が俺に出資させたのは、店舗の経営に関わっていれば、俺が優先的にモンスターの食材を卸すと考えたからであろう。

 株の配当も出るので悪くはないのかな?


「意外とお客さんの数は少ないね」


「メインは通販だし、このお店はほら」


「なるほどね……」

 

 ホンファが、 店内の表示を見て納得したような表情を浮かべた。

 実はこのお店、海外ではそれほど珍しくないけど、現金が一切使えないのだ。

 クレジットカード、 デビットカード、電子マネー、仮想通貨でしか購入できなかった。

 それもこのお店の売りになっており、オープン当初はよくマスコミが取材に来たそうだ。

 芸能人がレポートしていたらしい。


「香港や中国本土では現金が使えないお店って珍しくないけど、日本だと珍しいよね」


「みたいだな」


 日本人は、現金へのこだわりが強い民族だって聞くからな。

 それとは別に、このお店が現金を取り扱わない理由は存在するけど。


「人間の従業員は一人なんだね」


「あとは、ゴーレムが従業員…… 。会社的には設備とか備品扱いなのかな?」


「そんなところだね。イワキ工業がこういうお店を開く理由は、ゴーレムを用いた無人、省力店舗の実験をしているからというのもあるんだよ。最終的には、ゴーレムだけを置いた無人店舗を目指しているのさ」


 岩城理事長はゴーレム使いだから、商売でもそれを目指すのは当然なのか。

 せっかくのスキルなので、使わないと勿体ないしな。

 

「完全に無人とまではいかないけど、ほぼゴーレムだけで稼働している工場も次々と生まれているからね。うちはイワキ『工業』だし、大分前から日本は生産性が低いと言われ続けているからね。これを解決すべく、私は頑張るつもりだよ」


 世界中にダンジョンが出現したせいで、世界は大きく変わりつつある。

 これからどのような騒動が起こるやもしれず、日本はそれに備えてサプライチェーン網の構築を目指さないといけない……って、西条さんが言っていたな。

 イワキ工業は自社のみならず、日本企業の無人工場化事業を始めているみたいだ。

 日本政府から補助金も出ているそうで、新規に建設される工場の大半がゴーレムを用いた無人工場だと聞く。

 すでに、石油、石炭、天然ガスを用いていた火力発電所を、魔液発電に切り替えて電気料金を下げたりなど。

 この国の偉い人たちは、色々とやっているみたいだ。

 俺はただダンジョンに潜るだけだけど。


「肉は冷凍が多いんだな」


「扱いが楽だし、フードロスをなくそうって話が世界中であるから、チルドよりは長保ちするでしょう?」


「そうですね」


「とはいいつつ、実は商品が売れすぎて、在庫はかなり危ういんだけどね。ここでしか売っていない食材も多いから」


 他の冒険者たちが、もう少し深い階層に潜れるようになれば……。

 もう少し時間がかかるのかな?

 需要と供給に著しい偏りがあるため、通販で爆発的に売れていると聞いた。


「日本もそこそこの先進国だから、富裕層が多いからね。まだ輸出許可が下りていない国が多いんだけど、転売目的で購入して、外国に持ち込む例も増えているみたい」


「それ、税関で没収されるんじゃないんですか?」


「当然見つかれば没収されるけど、全部じゃないでしょう? 噂だと、百グラムで百万円のゴールデンハニーが、某外国だと百グラムで五百万円とかね。いわゆる裏のアルバイトだけど、個人でやったり、反社が関わったり。色々とあるみたいだね」


「人間の業ですかね……」


「各国の税関や警察が取り締まりをしているそうだけど、ゼロにするのは難しいよね。転売ヤーも出現しているから」


 仕入れ値の五倍で転売できるのなら、外国の税関に没収されるリスクを考えても、分の悪い勝負ではないのか。


「しかし、極論すればダンジョンで採れただけのハチミツに、よく百グラムで五百万円も出す人がいるよな」


「剛さん、世界中にいる大金持ちの方々は今、現時点では良二様しか手に入れられないゴールデンハニーが欲しいんですよ。どれだけお金を積んでもです。それに見た感じ、普通のハチミツとは色々と違うようなので……」


「俺にわかったのは、世界にはとんでもない金持ちが沢山いるのと、彼らは欲しいもののためには躊躇なく金を出すという事実だな」


 俺も庶民なので、剛と同じような感想を抱いていた。

 ただ、ゴールデンハニーと普通のハチミツがまるで違うものなのも事実なのだ。


「このゴールデンハニーには、強力な殺菌作用と少しのアンチエイジング作用があるんだ」


 体内の悪いウイルスや細菌を減らし、加齢を遅らせる作用がある。

 向こうの世界では、大金持ちが好んで購入していたものであった。


「病気になって体が弱っている人に食べさせると、てきめんに効果があってね。当然高いけど」


 ゴールデンハニーを集めるゴールデンビーというモンスターは、富士の樹海ダンジョンの千八百八十八階層にいる。

 世界中で千八百階層を超えるダンジョンは、今のところ富士の樹海ダンジョンのみ。

 ここは、一面お花畑が広がる特殊階層であった。

 ゴールデンハニーが手に入るのは富士の樹海ダンジョンだけであり、その前にダンジョンの千八百八十八階層に辿り着ける冒険者は、現時点では俺だけだ。

 さらに、ゴールデンビーは『ドラゴンよりも少し弱いかな?』程度の強力なモンスターだ。

 しかも、一匹でも攻撃するとすぐに仲間を呼び寄せるので、非常に厄介なモンスターであった。

 市場原理に基づくと、どうしてもゴールデンハニーは高額になってしまうのだ。


「じゃあ、早速味見を」


 今日は動画撮影も兼ねているので、俺たちはゴールデンハニーの試食を始める。

 

「普通のハチミツと、ゴールデンハニーの差は一目瞭然です。このように常に黄金色に輝いているのがゴールデンハニーです。このようにスプーンに載せて、そのまま口に入れるのが一番美味しい食べ方です」


 『ティースプーンは一杯五ccなので、これで五万円です』というテロップを入れるように、あとでプロト1に指示を出す予定だ。

 

「これまでに味わったことがない濃厚なハチミツなのに、後味はスッキリしています。実は、ゴールデンビハニーを食べると虫歯になりにくいのです」


 なぜなら、ゴールデンハニーには強力な殺菌作用があるからだ。

 しかも、人間の体に悪い細菌やウイルスのみを減らしてくれるので、 向こうの世界では薬としても扱われていた。


「これは……紅茶に入れてみたいですね」


「本当にあと味がスッキリして、 また舐めたくなってしまうよ」


「製菓材料としてもよさそうですね」


「パンケーキにタップリかけたいわね」


「お土産に買って帰るかな」


 試食したイザベラたちは、ゴールデンハニーの味を絶賛した。

 普通のハチミツとは違うからこそ、この価格で売っている理由がよくわかってもらえたようだ。




「ハニートースト、美味しいですね」


「パンケーキも最高」


「ハニータルトもいいですよ。焼きたては、甘いハチミツの香りがとても素晴らしいです」


「どれも美味しいし、そのままスプーンで食べても美味しいわ」


 食品専門店での撮影が終わると、次はこのゴールデンハニーを使った料理やデザートを出すお店で撮影を始めた。

 イザベラたちは、ゴールデンハニーをタップリと使ったハニートースト、パンケーキ、ハニータルトを美味しそうに食べている。

 四人とも冒険者業のみならず動画投稿者であり、俺とも定期的にコラボをするようになったので、現在チャンネル登録者数と視聴回数が爆発的に増えていた。

 やはり美少女は映えるのだが、世界に美少女の数は多いので、当然それだけが理由ではない。

 美少女でいて、凄腕の冒険者なのも大きいだろう。

 貴族、旧華族、大物華僑のお嬢様、大統領の孫娘というのもあるか。

 俺のおかげも……少しはあるのかな?

 元々美少女たちだったのに、レベルアップのおかげでさらに綺麗になったから?

 とにかく今では、動画配信で得られる収入は無視できない額にまで拡大していると聞いた。

 俺は撮影用と編集用のゴーレム貸しているのだけど、それは今つき合ってる彼女たちだからそのくらいの贔屓はして当然というか。

 なにしろ俺は俗物だからな。

 そのせいか、最近女性動画配信者たちからのコラボ依頼が増えていたが、俺はすべて断っていた。

 俺も忙しいし、イザベラたち以外の女性にあまり興味がなかったからだ。

 佳代子みたいになられると面倒だからというのもあった。


「今日はいつものみんなとコラボしているけど、ハニートースト、パンケーキ、ハニータルト。どれも美味しいなぁ。ちょっと高価だけど……」


 一皿百万円以上だが、お店はお昼時を過ぎたのに八割ほどが埋まっていた。

 上野公園ダンジョンを囲む冒険者特区では、俺がイワキ工業に卸したダンジョンからの産出品が色々と売られており、世界中から企業関係者や富裕層の観光客が訪れていたからだ。

 短時間の滞在ならば簡単に許可は下りるので、冒険者特区周辺のホテルを取り、特区内に日帰りで観光に入る人たちは多かった。

 外国人の比率もかなり高い。


「ごちそうざま、次のお店に行ってみよう」


 俺たちは、二軒目の高級喫茶店での撮影を終えて外に出る。


「この冒険者特区には、なにも高級なお店ばかりではありません。毎日こんな高価な外食ばかりしていられませんからね。そんなわけで、次はリーズナブルなお店を紹介しましょう」


 高級食材店、ゴールデンハニーを用いたデザートが売りの高級喫茶店での撮影を終えると、次は全国どこにでもある牛丼チェーン店に入る。

 店内は、冒険者とその家族、冒険者特区内で働いている人たちがお昼を食べに来たり、やはり観光客の姿もあった。


「このお店は、上野公園ダンジョン特区に一店舗のみある、完全無人店舗の実験店です。だから、ご覧のとおり人間の従業員は一人もいません」

 

 店内で調理、接客、会計、掃除などをこなしているのは、すべてイワキ工業が提供したゴーレムたちであった。

 イワキ工業は、ゴーレムを用いた無人工場システムのみならず、飲食店、店舗の無人経営システムの開発と、その販売を始めようとしていた。

 このお店は、その実験店舗というわけだ。


「ちなみに、ここも現金は使えません。クレジットカード、デビッドカード、各種電子マネー、仮想通貨のみですね」


「牛丼の並が三百八十円ですか。お安いですね。私、牛丼って初めて食べますが、美味しいです」


「香港にもこのチェーン店はあるけど、美味しいよね。ボクはねぎだく牛丼で!」


「これが牛丼ですか。私も初めて食べます」


「イザベラもアヤノもお嬢様よねぇ。私はギュウドンなら食べたことあるわよ。アメリカにもお店あるから。私は肉だくで!」


 無人店舗は、冒険者特区の外にあるお店よりも少し価格が安かった。 

 現金を取り扱わないので、お金の管理や売上を集計する作業がなく、人件費などのコストがかからずに、二十四時間三百六十五日ずっと営業できるからだ。

 ゴーレムに労働基準法は関係ないからな。

 さらに、冒険者特区は光熱費が安いというのもあった。

 冒険者特区は、もし外部から電力や水の供給が止められても、自給自足可能なように作られている。

 自前の魔液発電所を持ち、魔石はダンジョンから得られる。

 店舗によってはプロパンガスや炭を使うところもあったが、極少数であり、しかも使用の際には高額の二酸化炭素税がかかった。

 二酸化炭素を排出しない魔液発電で得た電気を用いた電熱調理器と、イワキ工業が開発した魔石を使う魔力調理器を使用するのが基本となっている。

 近年、世間の目が二酸化炭素の排出に厳しいので、全世界の冒険者特区は独自に二酸化炭素排出ゼロを目標に掲げており、すでに大半が目標を達成していた。

 独自に二酸化炭素を集めて、ビル屋上にある野菜工場で用いたりもして、二酸化炭素排出量を減らす努力を続けている。

 水も、地下水とダンジョンから得られるものを濾過、循環利用しており、これはもし冒険者特区が日本政府と敵対した場合の安全保障策でもあった。

 今のところ日本政府との関係も良好だが、世界では冒険者を格差を生み出す悪の存在だと言って叩き始める世論も出ており、日本の為政者たちが、いつそういう世論に迎合しないとも限らない。

 なぜなら日本という国は民主主義の国であり、世論が冒険者を必要ないと判断すれば、選挙により当選した政治家たちは冒険者を排除しなければならないからだ。

 田中総理もそれを非常に危惧しており、実は豪腕だった彼は官僚をせっ突いて、冒険者特区の独立性と生存性を高めていた。

 もっとも、田中総理の方針は世界中にある冒険者特区ではそう珍しくもないやり方だ。

 西条さんが言うには、日本人はかなりの平和ボケだそうで、密かにこういうことをしてもそれがどういうことなのか気がつく人は少ないので、上手く準備できたそうだ。


 現在日本では食料品などの価格が少しづつ上昇しているとニュースでやっていたが、このような無人店舗や人間の店員を極力少なくした省力店舗が普及すれば、日本のサービス業は生産性を大幅に向上させて利益を上げつつ、人間が生きていくのに必要な食事を安く提供できるようになる。 

 ダンジョンの影響で高級品の価格は鰻登りだが、普通の料理は安く料理を提供することができるので、みんなが幸せになるはず。


「さらにこの無人店舗は、フードロスにも取り組んでいるそうですよ」


 このところ、ダンジョン産の食材が世界中に流れ込んだために廃棄される食料が増え続けている。

 これも冒険者が悪いと、批判する動きがあった。

 そこで、規制の撤廃がしやすい冒険者特区を利用して、『アイテムボックス』の実験も行っているのだ。

 これは、一部の冒険者が持つスキル『アイテムボックス』と同じ効果がある魔法道具を店舗に設置して、腐って廃棄する食料をなくすのが狙いだ。


「店内にあるこのアイテムボックスに食料を仕舞っておけば、内部では時間が経過しないのでまったく悪くならないのです」


 お店の奥に取材に入り、俺はゴーレムからアイテムボックスに入っていた『スジ肉丼』を取り出してもらった。

 モンスターのスジ肉をトロトロになるまで煮込んだ、この店舗の特別メニューだ。

 開いている時間に大量に調理してアイテムボックスに仕舞っておき、注文を受けてから取り出す。

 アイテムボックスから取り出したモンスターのスジ肉丼は、出来立てのままで湯気があがっていた。

 アイテムボックス内では、まったく時間が経過しない証拠だ。


「このように、作り立て熱々の状態でアイテムボックスに入れておくと、いつ取り出しても熱々のままです。勿論ですが、百年入れておいても全然悪くならないのです。このアイテムボックスがあれば、飲食店はフードロスが簡単に行えます」


 食材の廃棄がなくなるということは、飲食店も経費の大幅な削減になる。

 人気メニューを事前に大量に作ってアイテムボックスに入れておけば、営業時間中に売り切れになるチャンスロスを防ぐことができる。

 このお店が安い理由は、アイテムボックスの設置にもあったわけだ。

 実は、冒険者特区外の通常店舗よりも、この無人店舗は売り上げも利益率も高かった。

 無人店舗が全国一位であるという結果に、牛丼チェーン店の本社は驚きを隠せないそうだ。

 岩城理事長がそう言っていた。


「比較的余りやすく、廃棄されることもあったモンスターのスジ肉や内臓など。これらを特別メニューとして提供することでも、飲食店の利益率は上がります。なんとこのお店では、モンスターのスジ肉の丼、内臓肉の丼が、一杯税抜き千円という安さで食べられるのです」


 この牛丼チェーン店のみならず、実は冒険者特区内にはイワキ工業を組んだ多くの飲食店が、すでにゴーレムを用いて店舗を経営している。

 だが、人手不足を補う補助的な使い方が多いので、さらに進化させて無人店舗の普及を目指すわけだ。

 この無人店舗は売り上げも利益率も高くて非常に好調だそうで、じきに日本全国にも同じような店舗が多数できる予定だと聞いた。

 ゴーレムを用い、アイテムボックスを設置した店舗は、初期投資はかかるが、長い目で見れば利益を得やすくなる。

 このところ好景気のため、人手不足が深刻な飲食業界だが、少ない人数で回せるようになれば、人間の従業員の待遇をよくできて離職も防げるはず。


「モンスターのスジ肉丼、スジ肉がトロトロに煮込んであってうめえ!」


「本当ですわね。トロトロに煮込んであります」


「まだ冒険者特区の外では販売していない特別メニューか。美味しいね」


「じきに、全国の吉見屋でも販売されるそうですよ」


「これも美味しいわね。いくらでも食べられちゃう」


「これも、婚約者に買って帰ろうかな?」


 俺もそうだが、イザベラたちはよく食べる。

 剛に至っては言うまでもない。

 それでいてまったく太らないのは、普段ダンジョンに潜って激しく運動しているからだろう。

 完全なる肉体労働者である冒険者の摂取カロリーはとても多く、特に魔力を使う人は一般人の四~五倍のカロリーを摂取しなければ、すぐに痩せてしまう。

 それだけ命がけでハードな仕事ということだ。

 その後、他にも色々な店舗を回るが、特区内のお店でゴーレムを置いていない店舗はなかった。

 現金が使えないお店も多く、おかげで最近では強盗が一件もないそうだ。

 最初は強盗事件もあったのだが、冒険者特区内には冒険者特性を持つ人が多いので、強盗は簡単に取り押さえられてしまった。

 成功率は低いし、現金のないお店に強盗に入っても意味がない。

 そして冒険者特区には、観光客以外の一般人は入りにくい。

 たまに無銭飲食や万引きは発生するが、ゴーレムにはカメラがついており、犯罪時のデータがすぐ警察に提供されるため、簡単に捕まってしまう。

 冒険者特区の治安はどこの国もとてもよかった。

 企業としても、安全で高利益な無人、省力店舗は非常に魅力的に見えており、現在イワキ工業へ問い合わせが殺到していた。

 個人で飲食店を経営したい人たちも、最近一番のネックになっている従業員の確保が容易で、食材の廃棄がなくなり、労働時間をコントロールしやすいゴーレムとアイテムボックスに興味があるそうで、イワキ工業のゴーレムレンタル事業はこれから急拡大する予定だ。


「ラーメンなど、作り終えてからすぐに食べないと麺が伸びてしまうような料理でも、事前に作ってアイテムボックス内に入れておけば、取り出すだけで出来たての料理が提供できます」


「このチャーシュー麺ですが、実は昨日調理してすぐにアイテムボックス内に入れておいたものです。一日経っても作りたての味が楽しめます」


 綾乃が某ラーメンチェーン店で、アイテムボックスから取り出したチャーシュー麺を試食していた。

 アイテムボックス内に入れておけば時間が経たないので、賞味期限が短い料理でも、事前に沢山作っておくことも可能になる。

 つまり、飲食店で働く人たちの労働時間も大幅に減らせるわけだ。

 早朝から、夜中から、働く必要がなくなる。

 纏めて調理して、残りの日はお店で提供するだけ。

 これなら、雇ったアルバイトに任せることだってできる。

 一回で大量に調理すれば、材料費も節約できるメリットもあった。

 アイテムボックスから出さなければ時間も経たないので、料理を作りすぎても廃棄する必要もなく、利益率を下げる料理の廃棄や事業ゴミの削減もできる。

 フードロス対策を実行していますという宣伝にもなるだろう。

 他にも従業員の待遇改善にも繋がり、現在好景気のため転職者が続出している飲食業界の人員引き留めにも使える……って、岩城理事長が言ってたな。

 俺は、ゴーレムの材料を言われるがまま提供しているだけだけど。


「「「「「SDGsを、無理なく目指しましょう。我々冒険者は、地球の環境保全に頑張って取り組んでいます」」」」」


「はい、これで撮影終了です」


 動画の撮影は終わったと、撮影用のゴーレムが俺たちに声をかけてきた。

 人間とゴーレムが一緒に行動することは、冒険者特区ではそう珍しくなくなっている。

 冒険者の中には、家事や買い物をゴーレムに任せる人が増えていたからだ。

 まだゴーレム単体で子守をさせるのは難しいが、現在、冒険者特区内にはゴーレムを用いた保育園や塾もあった。

 これらの業種は規制が厳しいので、さすがに人間を一人も置かないわけにいかないが、少人数で済むのでその待遇は冒険者特区の外と比べても圧倒的にいいらしい。

 日本の冒険者は平均年齢が若く、結婚する人や子供が生まれた人も沢山おり、産婦人科や幼稚園、保育園、学校も次々に完成している。

 ここでもなるべくゴーレムを用いて、 省力化の実験と検証をしている最中であった。

 中には人間のハウスキーパーと家政婦さんを希望する人もいるが、現在好景気な日本において彼ら彼女たちに支払う給料を考えると、初期費用はかかるが長い目で見るとゴーレムの方が圧倒的にコストも安い。

 それでも高い給料を払って人間を雇う人も多かったが、それは個人の自由というやつだろう。


「しかしまあ、いかにもな動画だな」


「西条さんの依頼ですから。冒険者のイメージアップですよ、社長」


 淡々と俺たちに真実を語る撮影用のゴーレム。

 このところ徐々に、『格差を広げる悪の元凶冒険者』という世論が広がりつつあり、西条さんが言うには『国民の間で分断が進んでますね。実は前からそうでしたけど』と言っていた。

 このまま放置して、冒険者は不必要なんて考えに日本が至ると困るので、日本人の特徴である『欧米はこうだから、うちもこうしよう』を生かすことにしたわけだ。


「冒険者は、二酸化炭素を排出しません。世界的な問題になっているフードロス問題にも取り組んでいます。安い食事を提供して、人々の生活をよくするために頑張っています。ブラックな待遇で働く人たちをなくそうと、生産性の向上と労働環境の改善に努力しています。これらを、社長とイザベラ様たちの動画で配信するわけです」


「間違ってはいないと思うけど……」


 地球が本当に温暖化しているのか、俺にはよくわからなかった。

 去年も冬は普通に寒かったと思うけど、もしかしたらちょっとずつ温暖化が進んでいるかもしれないし、俺は気候学者じゃないのでよくわからないのだ。

 フードロス問題は、食べ物を大切にしないといけないのは知っているので、俺も岩城理事長も頑張っている。

 アイテムボックスがあれば、食料を無駄に腐らせるなんてことはなくなるからな。


「確かに無人店舗や省力店舗が増えれば、食品の価格は抑えられるかもしれない。だが、職がなくなる人もいるのでは?」


「その分、飲食業に従事する人たちの給料は上がっていますし、日本は人口減社会なので、産業革命時のイギリスみたいに、技術的失業を恐れて労働者たちが機織り機を破壊することもないのでは? 人間が必要な業界の求人は増え続けていて、今の日本はかなりの人手不足ですから」


「そうなんだ」


 こういう問題って、色々な意見があるから、ただの高校生でしかない俺にはよくわからないな。


「リョウジ君、どうせなにをしても世界中の人全員が支持してくれるわけじゃないから、これ以上深く考えてもしょうがないよ」


「それもそうだ」


「ふう、今日は高級なものからジャンクなものまで、沢山食べられて満足でした。良二様、お屋敷に戻ったらお茶を淹れて差し上げますね」


「ありがとう。俺は綾乃の淹れたお茶が好きだから」


「私もサドウ、覚えようかしら?」


「さあて、お土産も買ったし、家に帰るか」


 まだ動画配信をしていない剛は普通に休日を楽しんで婚約者の下へ帰り、俺たちも裏島の屋敷に戻って、五人で仲良くプライベートな時間を過ごした。

 その間に今日撮影した動画が編集され、その日のうちにそれぞれのチャンネルで更新されたのだが、二酸化炭素排出ゼロ、フードロス、安く美味しい食事、労働環境の改善。

 などの話題はウケがよかったようだ。

 これまでの視聴回数を超えてバズり、俺たちに高額のインセンティブと各飲食店からのギャラを稼ぐことができた。

 実は、今日の動画は企業案件でもあったのだ。


 そしてこれを受け、イワキ工業が本格的に無人、省力飲食店のプロデュース業と、ゴーレムのレンタルを開始した。

 多くの飲食店を経営する企業や、個人がこれに殺到し、短時間で全国の飲食店で多くのゴーレムが稼働するようになる。

 最初は細かなトラブルが多かったものの、実はすべてのゴーレムがそのお店で稼働して得たデータがイワキ工業のデータサーバーに集まり、瞬時に修正改良された行動パターンが稼働しているすべてのゴーレムに共有される仕組みになっており、短期間でほとんどトラブルが発生しなくなった。

 稀にゴーレムでも処理しきれないトラブルやクレームもあるが、それは人間の従業員が対処すればいいので、 大したデメリットでもないはずだ。


「あら、予想はしていましたが……」


「どうかしたの?」


 コラボ動画をあげてからしばらくして、今日はお休みだったのでイザベラの膝枕を楽しんでいると、テレビを見ていた彼女がなにやら声をあげた。

 俺は、なにか事件でもあったのかと彼女に尋ねてしまう。


「ゴーレムが人間の職を奪うのではないかという、批判的な意見ですね」


「まあ、そういう意見が出るのは予想していたけど……」


「でもねぇ、それはゴーレムで早まったけど、いつか起こる出来事なんだよ」


「そうなんだ」


 俺を膝枕する人がホンファに変わり、彼女が自分の意見を述べた。


「ゴーレムがなくても、いつか世界中にAIとロボットが大量に普及して、多くの人間の職を奪うというのは、かなり昔から言われているからね。元々世界中の国で研究が進んでいたし、ゴーレムに触発されたのと、ボクもAIやロボットに詳しくないから上手く説明できないんだけど、ゴーレムの仕組みを詳しく解析したおかげで、AIとロボットの研究も進んでいるんだって」


「それは知らなかった」


 ゴーレムと人工人格は魔導技術の産物で、AIとロボットは科学技術の産物なんだけど、参考になる部分があったのかな。


「ゴーレムの欠点は、高性能なものはリョウジ君と岩城理事長しか作れないことだね。それに、いつか再びこの世界からダンジョンが消えてしまう可能性だってゼロじゃないから、両方研究を進めて当たり前なんだよね。幸いダンジョン景気のおかげでお金に余裕がある人が多いから、AIとロボットの研究に莫大な研究費を注ぎ込んでいる国や企業は多いね」


「ダンジョンが消滅する可能性が……」


 ある日突然出現したのだから、ある日突然消滅する可能性もあるのか。

 ゼロとは言えないな。


「イワキ工業からゴーレムを借りた飲食店が次々と人間の従業員を減らしているそうで、失業者が増加しているという問題もあるそうです。ただ、 他の業界が人手不足なのでそちらに転職した人たちも多く、あまり深刻な事態にはなっていないそうですが」


 また、 俺を膝枕する人が代わった。


「良二様、耳をお掃除してさしあげますね」


 黒髪ロングの大和撫子に耳掃除をされる。

 俺はこのシチュエーションに感動していた。


「リョウジ、はい、『あーーーん』して」


「あーーーん」


 リンダが、ダンジョン産のカットフルーツを俺に食べさせた。

 金髪美少女に『あーーーん』をしてもらえるなんて、まさにハーレム。

 この状況を批判したくなる人たちは理解できるが、俺たちは裏島で大人しくしているんだ。

 見逃してくれよ。


「世の中というのはなかなか儘ならないな」


 最近、俺を批判する人たちが増えてきた。

 その内容は、古谷良二は沢山お金を稼いでいるのに、それを社会に還元しない不届き者だと。

 西条さんと東条さんと相談して寄付などをしているし、俺はあまり節税をしないで沢山税金を払っているんだが、それでも俺に批判的な人は一定数存在した。


「気にしないほうがいいわよ。リョウジは動画配信者でもあるから、リョウジを批判して視聴回数を稼いでいる同業者がいるだけのことだから」


「そうですね。良二様ほど活躍している人を批判することでお金を稼いだり、自分のストレスを発散する人たちは必ず存在しますから」


「なるべく気にしないようにはしているし、そこまでストレスというわけではないから」


 どうせ、普段はあまり冒険者特区から出ないからな。

 たまに冒険者特区から出ることがあっても、俺たちは簡単に変装できるので一般人には気がつかれない。


「経済成長すると、必ず貧富の差が生まれるからね。だけど経済成長しないでいると、みんな沈没して貧乏になっていくだけだから。こういう問題って、どこの国の政治家も苦労していると思うよ」


「俺は政治家じゃないし、まだ未成年だ。好きにやらせてもらうさ」


 最初は俺と岩城理事長のみが持つ高性能ゴーレムの製造技術であったが、徐々にレベルアップの影響で世界中に『ゴーレム技師』のジョブを持つものが増えていき、世界はゴーレムと人工人格、AI、ロボットが爆発的に普及、世の中を大きく変えていくことになるのであった。

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