第85話 美術品とチャリティーオークション

「教えて! イザベラさん!」


「そうですねぇ……。この絵画なんてよろしいかと。このところダンジョンで見つかる、美術品、芸術品の類がサザビーズのオークションで大人気ですけど、価格はピンキリですが、これは悪くないと思います」


「この風景画と、この顔を見たこともない爺さんの肖像画。どうして、爺さんの肖像画の方が高価なのかわからない。どうして?」


「良二さんは『鑑定』で、おおよそその価値がわかっていらっしゃるのでしょう?」


「わかるけど、どうしてこの爺さんの絵の方が高額なのか、理由がわかんないんだよ」


「ええと……私は生まれてからずっと様々な美術品と接してきたからわかるわけでして……。それにこれまで、何度も偽物を掴まされたり、損をしながら勉強してきましたから。領地がない現代の貴族にとって、芸術品は有用な資産形成手段の一つであり、教養や血筋のよさを示す有効な収集品なのですから」


「この皿とボールの絵が、五億ドル相当なのは『鑑定』でわかるけど、その理由が全然わからない。こんな子供が書いたような落書きに、五百七十億円を支払う人なんているのか?」


「いると思います。現在、ダンジョンでドロップする美術品のブームが起こっていますから」




 ダンジョンで獲得できるドロップアイテムの中に、美術品や芸術品がある。

 これは向こうの世界の品だったり、ダンジョンが自力で生成するパターンもあると聞いた。

 ドロップした美術品をどんなに懸命に調べても、製作者がわからないどころか、類似品が見つからないほど独特なケースが多く、そういう品はダンジョンが作り出しているらしい。

 ダンジョンが作り出した美術品、芸術品の類は、向こうの世界でも高額で取引されていた。

 この世界でも徐々に見つかるようになっており、これはRPGだと換金アイテム扱いになるのか……。

  基本的に、深い階層で手に入れた美術品、芸術品ほど高額になる傾向があり、向こうの世界で手に入れたものを含めて俺は大量のこれらの品を死蔵していた。

 なぜなら、ダンジョン探索には全然役に立たないし、これを無理に換金しても売却益に税金がかかってしまうからだ。

 なにより俺はお金に困っていないので、換金する必要性が薄かった。

 冒険者のアイテムボックス内や、俺のように裏島に置いてある魔石、素材、ゴーレム、武器、防具、魔法道具、各種ドロップアイテムの類は現在グレーゾーン扱いされているから、今はこのままでいいだろう。

 今日はイザベラたちに、俺が手に入れた美術品、芸術品を披露していたのだけど、さすがはセレブというか、リンダ以外は結構これらの品に詳しかった。

 イザベラが、西洋絵画やアンティークに似た品。

 ホンファが、中国陶器や中国絵画に似た品。

 綾乃が、日本の絵画や芸術品に似た品と、それぞれに得意分野が分かれていたけど。


「リョウジ、全然わからないわ」


「奇遇だな。俺もだ」


 しかし意外だったのは、アメリカ大統領の孫娘であるリンダが美術品に詳しくないことだ。

 彼女も上流階級に属する人間なので、そういう教育を受けているものだとばかり思っていた。


「リョウジは、『鑑定』を使えるからいいわね。うちなんて、お祖父様の代で成り上った成り上がり者だから、美術品に興味なんてないし詳しくもないわ。私は魔銃の良し悪ししかわからないもの」


「『鑑定』は便利だし相場がわかるけど、 俺には芸術的な素養がまったくないから、どこが素晴らしいのかとかが全然わかららん」


 価格で偽物の判定がつきやすいけど、本当にその美術品、芸術品が偽物なのかがわからないのだ。

 本物は一億円するけど偽物だと百万円、なんて品だと、もしかしたら本物かもしれないと思ってしまうからだ。

 俺にとっての美術品、芸術品とは、換金アイテムでしかない証拠であった。


「良二様、ダンジョンで水墨画なんてドロップするんですね」


「それが不思議なことにドロップするんだ」


 ダンジョンでドロップする美術品は実に多種多彩。

 だからこそ、 換金アイテムに相応しいとも言える。

 向こうの世界では、 芸術家の作品も普通に市場が存在したが、実は高額な品が多いのはダンジョンでドロップする芸術品だった。

 俺にはよくわからないが、極一部の天才を除けば、ダンジョンでドロップした美術品の方が優れているのだそうだ。


「とてもいい水墨画です。雪舟に似ているようで、 かなり独特の画風ですね。オークションに出たら、お金持ちが高額で購入すると思います」


「この壺も古い景徳鎮かなり似ているけど、やっぱりかなりの別物だよね。『いい仕事してますね!』って、日本の鑑定番組の鑑定士みたいなことを言うけど。中国人の大金持ちたちが大金を出しそう」


 向こうの世界には、日本風の国家も中国風の国家もなかった。

 それなのに、ダンジョンでこのような美術品、芸術品がドロップするのは、ダンジョンがドロップアイテムとして作成しているとしか思えない。

 しかし、イザベラも、ホンファも、綾乃も、よく美術品の真贋や価値がわかるよな。

 

「良二、全然わからないぞ」


「俺も駄目だ!」


 俺と同じく、由緒正しい庶民の生まれである剛も当然美術品と芸術品に詳しいわけがなく、順番に見て首を傾げている。


「それで、どうして良二の部屋に飾って展覧会なんてしているんだ?」


「実はこれらの美術品と芸術品だが、サザビーズのオークションにかけるんだよ」


 さすがに、俺が冒険者として得たドロップアイテムがゼロというのはおかしいので、出品して古谷企画の売り上げとして立てることになったのだ。

 西条さんと東条さんから、『このぐらい出しとけばいいんじゃないかな?』ぐらいの量がこれであった。

 部屋に飾っておいたのは、 せっかく手に入れたからオークションにかける前に一度ぐらいは鑑賞しておこうと思ったのと、ちょうどタイミングよくイザベラたちが遊びに来るので見てもらおうと思っただけだ。


「この皿とボールの絵が、本当に五百億円以上で売れるのかね?」


「さあ?」


「『鑑定』で出たんだろう?」


「出たけど、必ずその値段で売れる保証もないじゃないか」


 もしかしたら、競売者たちが談合して、安く購入するなんて可能性もあるのだから。


「いくらで売れようと、俺は会社の売り上げに比例した税金を払うだけだけど」


 安くしか売れなかったら、税金も安い。

 ただそれだけだ。


「俺はかなりの高額で売れると思うぞ。なにしろ、今はなんでもダンジョン産の品が流行し、もてはやされる時代だ。きっと金持ちたちが手に入れようとするはず」


「そうですわね。実は美術品の購入って、お金持ちからしたら投資みたいなものですから」


「これで投資ねぇ……」

  

 イザベラとは違い、庶民の俺にはよくわからない話だ。

 内輪だけの展覧会が終わり、数日後、いよいよサザビーズのオークションが始まった。

 なんでも今回は、冒険者がダンジョンで得た美術品、芸術品のみが出展される特別オークションだそうだ。

 実はオークション会場に招待されたのだけど、都合がつかなかったので、今回はネットでの観覧となった。

 俺も買わないかって誘われたけど、実はアイテムボックス内にはまだ大量に美術品と芸術品があるので、務るに買わなくても好みのものを裏島の屋敷に飾っており、なにより俺は由緒正しい庶民だ。

 美術品に大して興味がなかった。


『まずはこちらの品! 『ドール子爵夫人の裸婦像』です! 二百万ドルから!』


『二百二十万ドル!』


『二百五十万ドル!』


『三百万ドル!』


 裏島の屋敷の大型ディスプレイで、イザベラが用意してくれた紅茶とお菓子を楽しみながら、サザビーズオークションを見学する。

 早速、とある冒険者がゲットした裸婦像の競売が開始された。

 出品されたダンジョン産の美術品に対し、 オークションの参加者たちが次々と値を吊り上げていく。

 

『ドール子爵夫人の裸婦像! 五百八十万ドルでよろしいですか? では、四十七番のハンマープライスです!』


 いきなり落札予定価格の倍以上の値がつき、 会場は大いに盛り上がっていた。

 これは思った以上の収入になりそうだ。


「もしかすると、会場にイザベラの代理人がいたりして」


「いますわよ。ダンジョンでドロップした美術品、芸術品は、将来必ず値上がりすると言われていますから。ホンファさんと綾乃さんとリンダさんのご実家の代理人もいらっしゃるはずです」


「そうなんだ……へえ……」


「いるよ。うちの実家は、美術品を集めるの大好きだから」


「いざという時に換金できるように持っておく。貧乏な時代が長かった公家の知恵です」


「自慢じゃないけど、成り上り者はこういう品を買い集めてしまうのよ。お祖父様もお父様も美術品の審美眼なんてないけど、サザビーズのオークションで偽物売ったら沽券に関わるでしょうから、騙される心配がないもの」


「それは確かにそうだ」


 俺には本当にダンジョンの美術品が値上がりするのか判断できなかったので、適当に相槌を打っておく。

 美術品は金持ちの投資だと聞いたが、『もし、いきなり相場が暴落したらどうするんだろう?』とか思ってしまうので、俺は美術品を買おうとは微塵も思わなかった。

  根が貧乏性だから仕方がないのだ。


「会場にいらっしゃる人たちの大半は、 世界中の大金持ちたちの代理人ですから」


「お金って、あるところにはあるんだな」


「今は、リョウジ君のところにも沢山あるけどね」


「そう言われるとそうだった」


 オークションに出された美術品を大量に買い占めることもできるけど、本人にまったくその気がないからなぁ……。

 投資は少しだけ……確か一兆円だったかな……プロト1に預けて色々と投資などをさせているけど、なくなったらやめると言ってある。 

 会社のお金なので、最悪損失が出ても節税になるからいいやくらいに思っていたのもあった。

 プロト1は色々とやっているみたいだが、 今のところはかなりの収益を出しているそうだ。

 ただ、美術品への投資はやっていないはずなんだけど。


「次はお待ちかね! あのリョウジ・フルヤ氏が出品した絵画『真理』です! これは、五億ドルから!」


「本当に、五百億円超えなのか……」


 やはりどう見ても、この皿とボールの絵にしか見えないという。


「六億ドル!」


「七億ドル!」


「十臆ドルだ!」


「えっ、マジ?」


 誰が見ても、皿とボールの絵だぞ!

 そんなものに一千億円以上も出すなんて、正気の沙汰とは思えない。


「34番! 十億二千万ドルでハンマープライスです!」


 この皿とボールの絵だけでなく、俺が出品した美術品はダンジョンの最下層に近いところで手に入れたものばかりだ。

 その分鑑定価格は非常に高価であり、さらにそれが二倍から三倍で売れてしまった。

 俺なら絶対にそんな値段で買わないと思う。


「数千万ドルから数億ドルでどんどん落札されていく。本当、お金ってのあるところにあるんだな」


「良二のところにもいっぱいあるけどな」


「実感ないね」


「まあ、俺もない。あまり深く考えないことが、大金のせいでおかしくならないコツだと婚約者が言っていたから」


「なるほど。それは真理だ」


 またも古谷企画の内部留保が積み上がったわけだが、今のところは使い道がないので貯金しておくか。

 いや、そういえば世界各国で建設が進んでいる冒険者特区や、その周辺地域でも大規模な再開発が進んでおり、それに関する債権の購入を東条さんと西条さんから勧められていたのだった。

 あまり現金ばかり持っていても意味がないので、これを購入しておくことにしようか。

 日本でも、冒険者特区を囲むようにして、大規模な都市再開発事業が進んでおり、結構な額の建設債を購入していたからだ。

 まあこれはつき合いかな。

 とはいえ、 これは会社のお金だから俺は個人的に使うわけにいかないんだけど。


「しかしまぁ、ダンジョン産の美術品、工芸品の高さよ」


「目減りしにくい資産ということで、富裕層には人気があるのですよ」


「イザベラも購入したの?」


「ええ、代理人はいくつか落札に成功いたしましたわ」


 さすがはセレブ。

 こうやって、お金持ちはますますお金持ちになっていくのか……。


「せっかくだからリョウジ君も、ダンジョンで手に入れた美術品お部屋に飾ってみたら?」


 オークションの前に飾っておいた絵画や美術品は一つも残っておらず、マンションの一室は閑散としていた。

 室内にあまり物がないのは、ここが古谷企画の名義上の本社でしかなく、真の本拠地が裏島の屋敷だからだけど。


「ホンファ、こんなところに飾っておいて盗まれたら大変じゃない。お屋敷には色々と飾ってあるからいいのよ」


「そういえば、裏島のお屋敷には色々と飾ってあるよね。あれもダンジョンでドロップした品なの?」


「ああ、あれは自作した」


「「「「「ええっーーー!」」」」」


 突然みんなが大声をあげるが、そんなに驚くことか?


「あの風景画も、お前の自画像もか?」


「そうだよ。自然とできるようになったのさ」


 ゴーレム、魔力で動く品、魔法薬、料理などなど。

 向こうの世界で色々と作っている間に、自然とできるようになっていたとうか、なにかを作る時には設計図やデッサンが必要なものもあるので、派生スキルのようなものだと思う。

 強いて言えば『画家』とか『芸術家』のジョブを持っているのだと思う。


「お前、マジで多才なのな」


「まあね」


「リョウジ君、試しにボクの肖像画を描いてよ」


「いいよ」


 俺はその辺に置いてあったスケッチブックを開き、 ボールペンでホンファの顔をスケッチし始める。

 こういうのを、『習作』とか言うんだっけか?


「手元が見えないほど速い!」


「タラタラ書いていると、時間がもったいないからな」


 慣れているからというか、これはスキル、ジョブの類であるし、レベルアップとステータス強化の影響はこんなところにも現れる。

 わずか数分で、ホンファの肖像画が完成した。


「うわぁ、もの凄く上手だね。ボクに頂戴」


「いいよ」


 軽く描いただけの肖像画だからな。

 これでホンファが喜んでくれるのなら。


「リョウジ、私にも描いて!」


「私も欲しいです」


「私の分もお願いします」


「いいよ、急いで描くかな」


 スケッチブックにボールペンで肖像画を書くぐらいなら、大した手間でもない。

 常人には見えない速度で手を動かし、数分でリンダ、綾乃、イザベラの肖像画を書き終えた。


「こんな感じでいいかな」


「リョウジさん、お上手ですわね」


「しかも、描くのがとても速いです」


「冒険者を引退しても、画家として食べていいけそうね」


 イザベラも、ホンファ、リンダも、下書き程度なのに喜んでくれてなによりだ。


「これで食べられるかどうかは怪しいものだな」


 このぐらいの肖像画なら、世界中に描ける人が沢山いると思うけど。


「リョウジ君、ありがとう。大切にするね」


「そんな大層なものじゃないから、気にしないでいいよ」


「いえ、リョウジさんが私のために描いてくださったものですから、額に入れて大切にさせていただきますわ」


「私もです。私はこの肖像画をとても気に入りましたから」


「高価なプレゼントを貰うよりも嬉しいわね」


 世間には、 愛する女性に自作の歌や詩を贈る人がいると聞くので、それと同類なような気がして少し恥ずかしい気分になってしまったが、イザベラたちが喜んでくれているのでいいのかな。


「あっ、じゃあ。ちょっと貸して」


 大した手間でもないので、俺は四人の肖像画にマーカーペンで軽く着色をした。

 プレゼントするので、白黒だと地味かなって思ったからだ。


「着色も速い! さらに素晴らしい肖像画になりましたわね」


「リョウジ君、これで食べていけるよ。きっと」


「現状、良二様が冒険者を引退しようとすると、世間が大騒ぎになるのですが……」


「私たちも含めて、他の冒険者も頑張らないといけないわね」


「うーーーん。俺も婚約者の肖像画でも描いてみようかな。喜ぶかもしれないから」


 俺に触発されたのか、このあと剛は婚約者に肖像画を描いてプレゼントしたそうだが、実は彼の美術的センスが皆無に近かった。

 あまりに酷い肖像画の出来に、婚約者から『いらない』と言われてしまい、剛がかなり落ち込んでいたのはまた別の話である。




「チャリティーオークションですか?」


「ええ。冒険者には、いわゆる富裕層が増えてきましたからね。稼いだお金の一部を社会貢献に使わないと、世間から色々と批判が出るんですよ」


「冒険者も、楽をして稼いでいるわけじゃないんですけどね。むしろ命がけなのに……」


「その意見には同意しますが、そこが想像できず、冒険者は金持ちなのだから貧しい人たちに施すべき、と考える人が多いのです。チャリティーや寄付に参加している世界中の起業家やセレブたちも同じ思いを抱いているでしょうね。ですが、ここでなにもしないと世間から『自分たちばかりがいい思いをしてる!』などと叩かれてしまうからやっている人たちも多いのです。純粋にそういう活動が好きな人たちもいいますけどね」


「身も蓋もないなぁ……」


「ですが、それが現実ですので。他にも、実は寄付って節税にもなるんですよ。古谷さんも高橋先生から言われて、結構な額の寄付をしているでしょう?」


「してますね」


 俺はただ、高橋先生からそうした方がいいと言われてるからやってるだけだけど。


「その点を批判する人たちもいますけど、現実には寄付のおかげで助かってる人たちもいますからね。誰かが言いましたが、やらない善よりも、やる偽善です」


「いいですよ、チェリティーオークション」


「助かります」


 俺が案件を了承してくれて、西条さんが安堵の表情を浮かべていた。

 現金の寄付なら高橋先生に任せればいいけど、チャリティーオークションか……。

 なにを出品すればいいんだろう?

 魔物の素材、魔石、鉱石は駄目だろうから、ドロップアイテムとか?


「私物とかはないのですか?」


「なくはないですが……」


 セレブがチャリティーオークションに出すような、ブランド品とかはない。

 だって、俺は根が庶民だから。

 さらに未成年者なので、高価な私物は持っていなかった。

 ああ、イザベラたちがプレゼントしてくれた服や私物はあるけど、これはチャリティーオークションになんて出したくないから、適当になにか購入して出すか?

 なんて思っていたら……。


「イザベラさんたちから聞きましたよ。古谷さんは、絵が得意だとか?」


「得意ってほどでは……。普通に描けるだけです」


「絵でいいと思いますよ。それに古谷さんのサインでもして」


「そんなんでいいんですか?」


 俺の絵なんて需要あるのか?


「なにを言っているんですか。今、世界で古谷さんほどの有名人はいませんよ。その古谷さんが描いてサインした絵なら、間違いなく高額がつくに決まってます」


 俺の絵がねぇ……。

 本当なのだろうか?


「下手にブラント品とかを出さない方がいいですよ。それで批判する人もいますから」


「難しい……」


「そういうことなので、チャリティーオークションの準備をお願いしますね」


「わかりました」


 西条さんがそれでいいと言うのなら、俺はイザベラたちにあげた手描きの肖像画と同じように、モンスターの絵を描き、軽く色づけし、サインを入れた。

 サインは、有名人ぽくはしていない。

 適当だ。

 ゴブリン、オーク、ドラゴンなども描いて、合計十枚を用意したが、これで売れなかったら笑うしかないな。

 市販の額に入れたので、額代くらいは値段がつくか。

 当日、チャリティーオークションには行かないが、一円でも多くの寄付金が集まることに期待しよう。



『今年度のチャリティーオークションには、多くの冒険者たちが参加しております。

彼らがどのような品を出品するか。いくらで競り落とすのか楽しみですね。なお、本日の収益金は全額、世界の恵まれない子供たちのために寄付されます』


 テレビをつけたら、俺が手描きしたモンスターの絵を出品したチャリティーオークションの様子が放映されていた。


「みゅう?」


「俺が描いた絵が本当に売れるものなのか、ちょっと分からないよな」


 膝の上にみゅうを載せてモフモフの頭やお腹をナデナデしながら、 テレビを見る俺。

 今日はイザベラたちも用事があっていないので、やはりこういう時にはペットがいた方が癒しになるのは事実だな。

 みゅうは召喚獣だけど。

 みゅうに、視聴者から貰った犬用のオヤツをあげながら番組を見ていると、冒険者たちが出品した品が次々と競り落とされていく。


「冒険者の大半は普通の人だったんだから、そんな急にセレブしか参加しないチャリティオークションに品物を出せと言われても、大したもの持っていないだろうな」


 衝動買いしたブランド品とか、安い私物が多かった。

 ダンジョンで手に入れたドロップアイテムや素材を出品している人もいたが、一般人が購入してみたところでなぁ。

 使い道がないから、記念品として取っておく以外は売却するしかないはずだ。


「金額も少ない。スライムの体液なんて、普通の人が大量に貰ってもなぁ……」


「みゅう! みゅう!」


「ついに、俺の出品した絵が出てくるな」


 ダンジョンのモンスターをボールペンで描き、塗料で軽く着色したものだが、俺は数千円で売れれば御の字だと思っていた。

 たとえ絵は描けても、俺には芸術家の素養なんてないと思っていたからだ。


『さあ、まずは一万円からです』


「俺の絵なんて、一万円で買う奴いるのかね?」


 なんて思いながら煎餅を齧っていると、予想だにしないことが発生した。


『十万円!』


『百万円!』


『一千万円だ!』


「マジで?」


 いや、俺が数分で描いて着色したものだぞ。

 ダンジョンの深い階層でドロップした美術品じゃないってのに、よくそんな大金を出せるな。


『一億円!』


『二億円!』


『五億円!』


『十億円!』


『はい、十億円から上はいませんね。では、古谷良二さんが出品した、自作のスライムの絵は十億円でハンマープライスです!』


 俺の絵が十億円で売れた。

 どうせ全額寄付してしまうけど、 俺は驚きを隠せなかった。

 チャリティーオークション会場も大いに盛り上がっている。


『続けて、古谷良二作ゴブリンの絵です。これは一億円から』


『五億円!』


『七億円!』


『十億円!』


「値段が下がるどころか、上がってるじゃねえか」


「みゅう?」


「みゅうのドッグフードが山ほど買える金額だ」


「みゅう?」


 みゅうは、毎日ゴーレムたち撮影した動画を配信するだけで年に数十億円も稼げるし、最近ではペットフードやペット用のグッズを宣伝してギャラが入ってきたり、視聴者たちから山ほど贈り物が届くので、俺の絵の売却金額になんて興味なんてない……召喚獣だから当たり前か。


『古谷良二さんの絵十点で、合計百五十四億円になりました。これまでにない寄付金額をありがとうございます』


 なんだろう?

 俺が獲得したスキルで絵を書いただけなのにあの金額……。

 もし冒険者を引退しても絵で食べていけそうだな……。

 いや、俺が冒険者を引退したら、俺が描いた絵なんて売れるわけがないか。


「待てよ……」


 念のため、みゅうを題材に同じように絵を描き、彩色して自分で『鑑定』をしてみる。

 すると、評価額が十五億円と出てしまった。

 俺が描いた絵は、ダンジョンの最下層でたまにドロップするレアな美術品と同じような価値があるのか……。


「もし、俺がこれから全力で大量の絵を量産したら、美術品の市場が飽和して価格が崩壊するのかな? 面倒だから試さないけど」


 なお、この時に描いたみゅうの絵は、普段みゅうが住んでいる部屋に飾られ、動画に映ったら売ってくれとよく言われるようになってしまった。

 これは題材がいいだけだよな、きっと。

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