第83話 ホワイトミュフと引き出し薬

「みゅ?」


「うわぁ、フワフワで可愛いですね。リョウジさん、触ってもいいですか?」


「いいよ」


「リョウジ君、ボクも!」


「反則的な可愛さですね。純白の羽毛のさわり心地が最高です」


「リョウジ、こんなに可愛いのにモンスターなのね。信じられないわ」


「まあ、正確には『召喚獣』なんだけど……」




 人間は、寂しくなるとペットを飼うものらしい。

 つまり家族がいない俺もその条件に該当すると思うのだが、イザベラたちや剛がいるので、あまり孤独を感じていないというか……。

 ただ、たまに一人だけの時間を持て余すことがあるので、『召喚獣』を出して遊んでみることにした。

 向こうの世界の冒険者の中には、『召喚獣』を使って戦う人たちがいた。

 召喚獣は、我々が住む世界とはまったく違う世界の生き物だと言われている。

 別世界に具現化し、滞在し続けるには魔力が必要で、召喚者との相性も大きく関わり、なにより上下関係……召喚者が召喚獣を完全に従える実力が必要だった。

 それはそうだ。

 自分よりも弱く、嫌いな召喚者の召喚、命令に応じるわけがないのだから。

 もし弱い召喚者が召喚獣を呼び出すと、その召喚者のみならず、その近くにいる人たちまでもが殺され、街や家が破壊されるケースもあるからだ。

 召喚者の魔力が尽きた召喚獣は元の世界に戻っていくが、考えナシの召喚が他人に迷惑をかけるのは事実であった。

 そのあとには、召喚者の死体と破壊の跡だけ、なんて現場を俺は目撃したことがあった。

 なので、世間の人たちが思っているほど召喚獣はダンジョン探索に役に立たない、扱いが難しいジョブと言われている

 そりゃあ、PRGで言うところの強力な召喚獣バハムートとか、ベヒモスとかを呼び出せれば役に立つだろうが、召喚者よりも強い召喚獣を呼び出せば不幸が訪れるのみなのだから。

 たまに、召喚者が弱くてもちゃんと言うことを聞いてくれる召喚獣もいなくはないが、そんな奇跡に頼るのは危険だというのは言うまでもない。

 もし召喚獣を呼び出せても、強い召喚獣ほど、 呼び出してる間ずっと膨大な量の魔力を消費していく。

 強い召喚獣だと、数十秒~数分で召喚者の魔力が尽きてしまうなんてケースもあった。

 それほど強力ではない召喚獣でも、長時間使役し続ければやはり膨大な魔力を消費してしまう。

 ただそこにいるだけで魔力を消費してしまうので、冒険者パーティを組むよりもコストはかかるわけだ。

 召喚獣のわかりやすい利点は、他人とパーティを組むのが苦手だったり、報酬を独り占めしたい人には最適ってことだな。

 要するに、ボッチで冒険者として活動した人には役に立つジョブなのだ。

 もっとも、まだこの世界で『召喚師』のジョブが出た人の話を聞いたことがなかった。

 元々、かなりレアなジョブだからな。

 なお、俺は召喚獣を召喚できる。

 ただ戦闘で使うと効率が悪いので、滅多に使わないけど。

 だって俺は、 一人で戦った方が効率がいいから。

 ただ今の俺が、それほど強くない召喚獣を呼び出したところで大した負担でもない。

 早速、自室に『ホワイトミュフ』を呼び出してみた。

 ホワイトミュフは、耳がウサギのように長く、全身が白いモフモフの毛で包まれており、目が真ん丸いキツネのような召喚獣だ。

 召喚獣の中では最弱の部類だが、可愛く、強い召喚者には従順なのでペットに最適だと思って召喚した。

  大きさも中型犬くらいなので、扱いも簡単だ。

 これでも、スライムくらいなら簡単に倒せる戦闘力はあるのだけど。

 召喚したホワイトミュフをスリスリしたり、餌を与えていると……基本的になんでも食べるが、どうやらドッグフードなどがお気に入りのようだ。向こうの世界にはドッグフードなんかなかったから気がつかなかった……犬のようにじゃれてきて可愛い。

 やはりペットは癒しだな。

 うちに遊びに来たイザベラたちが大喜びで抱いたり、柔らかく白い毛をスリスリして楽しんでいる。

 それにしても女性陣に大人気だな。

 やはり、可愛いは正義なのか。


「リョウジさん、この子は可愛すぎます。ドッグフードが好物なのですね。今度高級ドッグフードを持ってきますわ」


「オヤツの骨とかも食べるかな? スリスリすると白い毛が柔らかくて気持ちいいね。ベッドに入れて寝たくなっちゃう」


「見事なまでに白い毛ですね。この子、大人しくてとてもいい子ですし」


「アヤノ、次は私が抱っこしたい」


 俺が召喚しているから上下関係がしっかりしているおかげで、ホワイトミュフは女性陣に順番に可愛がられても大人しくしていた。

 こんなに可愛くても、下手に召喚者以外が触って怒らせると大怪我をすることもあったので、実は結構危険な召喚獣なのだ。

 ただ向こうの世界でも、ホワイトミュフは男性に厳しく女性に甘いと言う噂もあった。

 それが事実かどうかわからなかったが、 確かにホワイトミュフに大怪我をさせられる人は男性の方が圧倒的に多かったような……。

 かなり女性優遇……それも若くて綺麗な女性限定のような……。

 なお、ホワイトミュフに性別はなかった。

 こちらの世界では繁殖できないが、単体生殖をするらしい。


「俺が抱いても大丈夫かな?」


「大丈夫さ」


 俺がいるからな。

 剛でも問題ないはずだ。


「しかしコイツは、反則的に可愛いな」


 剛に抱かれても、ホワイトミュフは大人しくしていた。

 ホワイトミュフよりも、今の剛の方が強いからというのもあると思う。

 

「俺も召喚獣を呼び出せないかな?」


「どうかな? ジョブが出ていないからなぁ……」


「その前に、『召喚師』というジョブが出た冒険者の話を聞いたことがないんだが……」


「ああ、それは多分……」


 召喚師は、上級職なんじゃないかと俺は予想している。

 まず、魔力がないと呼び出した召喚獣をこの世に留めておけない。

 実は向こうの世界で召喚獣を呼び出せる冒険者は、なにかしらの魔法が使える者か、錬金術師、魔法薬師など、 魔力を持つ者ばかりであった。


「この世界で、レベルとジョブが表示されるようになってからまだ日が浅い。召喚師のジョブを得られた冒険者がいないんだと思う」


「そういうことか。しかし惜しいなぁ」


「剛はペットを飼いたいのか?」


「俺は犬とか猫が好きだし、俺の婚約者もそうなんだよ。このマンションはペット可だから、毎日二人でどんなペットを飼おうか考えている」


「出たな、リア充め!」


 幼馴染の婚約者と同棲し、どんなペットを飼おうか相談しているなんて……。

 まさに陽キャラの極致じゃないか。


「いや、良二が同棲したいって言ったら、すぐに手を挙げる女性は複数いるだろうが……」


 イザベラたちに視線を送ると、みんな期待しているような表情を浮かべていた。


「おほん! まあそのうちに……」


「良二も大概真面目だよな。しかし、ホワイトミュフかぁ……。可愛いなぁ」


 剛は、よっぽどホワイトミュフが気に入ったようだ。

 デリバリーした夕食を終えてみんなが自宅に戻ると、俺は早速動画の撮影を始めた。

 サブチャンネルの方だが、そのネタは俺が召喚したホワイトミュフのお披露目であった。


「社長、世間の有名な動画配信者は、ペットの動画も公開して視聴回数を稼いでるそうです」


「プロト1は、次々と動画配信者についての知識を蓄えていくな」


「今の世の中において、知識の吸収を怠ると勝ち抜けないそうです」


 だから、オンラインサロンとかやっている動画配信者がいるのか……。

 アレもピンキリだと思うけど。


「ふーーーん。俺が勝ち抜くのは、 モンスター相手で十分だけどね」


「古谷企画は潰せませんから、オラは頑張りますとも」


 プロト1はAIの如く、貪欲に様々な知識やデータを収集しているため、定期的に記憶量のメモリーを増やしているんだが、そのうち大規模な改良が必要かもしれないな。

 もう古谷企画の大半を任せているのだが、赤字にならなくて、法律に触れなければいいと言ったら、ネットを経由して色々な商売や事業をやっているみたいだ。

 なんかとても儲かっているみたいだし、念のため東条さんと西条さんに問題ないか聞いているらしい。

 あの二人は、AIの究極形みたいなゴーレムに色々と質問されて驚いているようだけど。

 それにしても、ゴーレムから商売について聞かれて二人はどう答えているんだろう?

 今度、聞いてみようかな。


「まずは、動画の撮影を始めるとしよう」


「撮影の準備をしまーーーす」


 とはいえ、今ではプロト1が自ら撮影をすることはなくなった。

 撮影用のビデオカメラ内蔵ゴーレムが撮影をし、それを動画編集専用のゴーレムが編集する。

 最後に、プロト1が編集された動画をチェックして、よければそれを更新するだけになっていた。

 

「じゃあ、撮影を始めます」


『みなさん、俺、古谷良二はペットを飼うことにしました。ホワイトミュフという種類の召喚獣です。この召喚獣というのは……』


 俺が召喚獣について撮影している間、ホワイトミュフは俺の膝の上に座って大人しくしていた。 

 純白でフワフワの長毛に包まれ、耳が長く、目が真ん丸で愛らしく、ホワイトミュフは犬や猫よりも圧倒的に映えて可愛らしかった。


『食べ物は、ドックフードが大好きみたいですね。通販で買ってみたドッグフードを色々と試してみようと思います』


 ホワイトミュフに新製品のドッグフードを与えて、どれが一番好みか試したり、犬用のオヤツや玩具を与えてみたり。

 これからずっと室内に置いておくので、お風呂に入れてみたりと。

 やっている内容は他のペットの様子を撮影した動画とそう違わないが、まだ世界に一匹しかいない召喚獣のホワイトミュフの珍しさもあって、動画の視聴回数は……。


「あれ? これまでの視聴回数の記録更新?」


「社長、ホワイトミュフのカテゴリーでチャンネルを独立させ、サブチャンネルを二つにした方がいいです」


「それがいいかな」


「それと、テレビ局が取材したいそうです。各局からメールが来ています」


「忙しいからパスで」


 テレビの取材を受けている暇はないし、せっかく世界で一頭しかいない召喚獣なんだ。

 俺の動画チャンネルで独占的にその様子を配信した方が、視聴回数とインセンティブが稼げるというものだ。


「次はどんな召喚獣を呼ぼうかな? ドラゴンの子供なんていいかも」


「それは映えそうですね」


「ドラゴンでも、子供なら負担がほとんどないかな」


 毎日ホワイトミュフの様子を動画で配信し始めたが、肝心のホワイトミュフは、俺の自室マンションの一部屋で毎日のんびり過ごしていた。

 召喚獣は別世界の野生動物のようなものなので、人間とは違って一生懸命鍛錬したりなんてことはない。

 俺が命令を下さなければ、食べて、遊んで、休んでいるだけだ。

 某漫画で主人公が言った、『熊や虎が鍛錬をするかね?』を実地で実演していた。


「この子はスライムくらいなら簡単に倒せますが、普段はこのようにノンビリ過ごしています。今日は犬用の馬肉ドッグフードと、オヤツ用の馬肉ジャーキーをあげてみましょう。美味しいか?」


「みゅう、みゅう」


「気に入ったみたいですね。明日は、色々なキャットフードも試してみたいと思います。その前に運動させてみましょう。お楽しみに」


 今週のノルマは終わったので、翌日、上野公園ダンジョンの一階層でスライムを狩る様子を撮影した。

 可愛らしいホワイトミュフだが、高速でスライムに接近し、『カマイタチ』で次々とスライムを切り裂いた。

 いくら小さくて最弱に近くても召喚獣なので、スライムでは歯が立たなくて当然だ。

 

「みゅ?」


「いい絵が撮れたから帰ろうか?」


「みゅう、みゅう」


「今日はいっぱい狩れたから、美味しいご飯を用意したぞ」


「みゅう! みゅう!」


  嬉しそうでなによりだ。

 ホワイトミュフを一旦元の世界に戻してから自宅マンションに帰宅し、再召喚してから、夕食としてあちこちで買い集めたキャットフードを出した。

 

「さて、キャットフードはどうかな?」


「みゅう、みゅう」


「これも美味しいのか。しかし……」


 昨日のドッグフードもそうだが、見事なまでに高級なものばかり気に入り、勢いよく食べていた。

 舌が肥えているというか……。

 スライム狩りでお腹が減ったのか、ホワイトミュフは体の大きさからは信じられないくらいの量のキャットフードを食べた。


「みゅう、みゅう」


「お腹いっぱいだそうです」


 俺は召喚者なので、ホワイトミュフの言いたいことが勘でわかる。

 沢山のキャットフードを食べたホワイトミュフは、そのまま自室に置かれた犬用のベッドでスヤスヤと寝始めた。

 その寝顔は、先ほどスライムを連続して切り裂いたとは思えないほど可愛いらしかった。


「そのうち、この子の名前を決めたいと思います。ではでは、今日の更新はこれにて」


 しかし、『可愛いは正義』というのは本当だったんだな。

 ホワイトミュフは俺のレベル上げやダンジョン探索では戦力にならないので、ほとんどを裏島かマンションの部屋ですごし、プロト1が毎日のように動画を撮って更新していたが、この世界に一匹しかいない召喚獣なので、以後も驚異的な再生数を稼ぐようになった。

 のちに『みゅう』と俺が名づけたホワイトミュフは、自分で自分の食い扶持どころか、とんでもない金額を稼ぎ出すばかりでなく、自分の食事もファンからのプレゼントですべてを補うという優等生であった。


「次は、『不死鳥』を……は、駄目か。その辺が火事になっちゃうな」


「不死鳥も召喚できるんだな」


「そんなに強くないけど」


「それは、良二の基準でってことだろう? 俺たちだと黒焦げにされそうだな。不死鳥っていうぐらいだから死ななそうだし」


「いや、死ぬよ。不死鳥」


「じゃあ、なんで不死鳥なんだよ?」


「死んでもすぐに蘇っちゃうんだよねぇ。何度でも生き返るけど、死なないわけじゃない」


「召喚獣の世界って奥が深いのな。俺も『召喚師』のジョブが覚えられるといいな」


「剛、ダンジョンではそんなに戦力にならないぞ」


「いやあ、俺の婚約者がみゅうのファンでさぁ。俺も召喚できたらいいなって」


 婚約者を喜ばすために、召喚師のジョブを覚えようとする剛。

 こう言うと悪いけど、全然似合わないというか……。

 

「これ、やるよ」


「なんだ? それは?」


「『引き出し薬』って言う魔法薬」


「どんな魔法薬なんだ?」


「もし、その人物に隠されたスキルやジョブがあると、それが具現化するんだ」


「そのアイテム、凄くないか?」


「そうかな? はっきり言って死蔵していた」


 どうしてかと言うと、向こうの世界ではレベルとジョブの表示がないため、もし引き出し薬でなにかしら才能を引き出せたとしても、それになかなか気がつかないケースが多かったからだ。

 いくら隠れた才能を引き出せたとしても、やはり最初はかなりの時間をかけて修練を積まなければいけない。

 自分にどんな才能があるのか、勘で一つ一つ順番に訓練を続けたらいくら時間があっても足りない。

 ようするに引き出し薬とは、実は才能が具現化するまでに必要な努力の時間を半減させる効果しかなかったのだ。


「ただ、この世界の冒険者は手の平にジョブの表示がされるからな。もし剛に才能があれば……」


「手の平に、新たに表示されるわけか」


「必ずしも、召喚師という保証はないけど」


「なにか出れば御の字なのかぁ……最悪婚約者には、犬か猫で我慢してもらおうかな。それ、いくらだ?」


「モニター代で無料ってことで」


「…… 実は、飲むと死ぬ奴がいるとかそういうことはないよな?」


「ない」


 いや、さすがにそんな魔法薬を親友には勧めないぞ。

 俺が引き出し薬を剛に渡すと、彼はそれを一気に飲み干した。


「すげえ不味いのを予想していたら、全然味がなかった」


「そういう風に調合されているからな」


 ただ、引き出し薬がまったくの無味無臭であるため、 向こうの世界では詐欺に使われるケースが後を絶たなかったけど。

 『あなたの隠れた才能を調べる魔法薬です』と言って、偽物の引き出し薬を冒険者に飲ませるのだ。

 もしなんの才能がなくても、『さあ、これからも頑張ってあなたの隠れた才能を見つけないと』と言えばいくらでも誤魔化せるし、もし詐欺だと気がつかれても、『あなたには隠れた才能がなかったんですよ』と言い張ることも可能だからだ。


「どうだ?」


「あっ、手に平に『魔法薬師』って出た」


「凄いな! 召喚師よりもよっぽど役に立つぞ」


 魔法薬なんて、常に不足しているのだから。 

 ダンジョンに潜らなくても、剛はいくらでも稼げるはずだ。

 俺も魔法薬は作れるけど。


「俺はしばらくダンジョンに潜りたいけどな。それが一番性に合っているし」


「でも、覚えるスキルは治癒系のものばかり。剛は、 回復系のジョブやスキルの才能があるんだろうな」


「ううっ……攻撃系のジョブやスキルを覚えたいぜ」


 本人の希望と才能は、なかなか一致しないものだな。

 そして、魔法薬師のジョブを得た剛だが、岩城理事長に頼まれて定期的に魔法薬の作り方も習うようになった。

 見た目に反して、とても真面目な男である。

 ダンジョンに潜らなくても稼げるようになるので、俺は覚えておいた方がいいと思うけどね。

 第二の人生には最適な仕事なのだから。

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