第82話 数年後

「よしゃぁーーー! ヒットしたぞ!」


「剛、リールを巻け!」


「任せろ! これは、カジキマグロかな?」


「だと思う」


「剛君、頑張って!」



 今日はお休みだ。

 だが今の俺は、冒険者特区内も自由に出歩けない状態であった。

 大物政治家の御堂がその特権を利用して、多重債務者に俺をトラックで轢き殺させようとしたり、元公安のキャリアが、テロリストから押収した高性能爆弾を俺の部屋のドアに仕掛けたりと。

 防諜の弱さが大問題となり、すでに元の自宅ということになっている高級タワーマンションの部屋は他人に売り払っていた。

 新しい本社所在地と住処はイワキ工業の仲介で購入する予定だけど、俺には裏島があるので別に高級マンションでなくても……残念ながら冒険者特区内の地価は上がり続けており、高級じゃない物件はほぼ存在しなくなってしまったそうだけど。

 イザベラたちも同じマンションの部屋を売り払い、上野公園ダンジョン特区に建設中の新築高級タワーマンションに、自宅と法人の住所を移す予定であった。

 ただそこもダミーにする予定で、すでにイザベラたちは裏島にある俺の屋敷で暮らしていた。

 高校生にして、四人の美少女と同棲とか。

 またも正義大好きな週刊誌から叩かれそうだが、残念ながら彼らの能力では俺たちを取材できないので問題ない。

 御堂と元公安キャリアが俺を暗殺しようとしたことで、田中首相が徹底的に対策してしまったからだ。

 そんなわけで、俺たちは地球では富士の樹海ダンジョンを主に探索し、たまにイワキ工業から依頼されたものが手に入りやすいダンジョンに潜るだけとなった。

 今日はお休みなので、反地球のハワイ付近で魔力駆動のクルーザーを浮かべ、みんなでカジキ釣りを楽しんでいた。


「つーくん、気合を入れて巻くんだ!」


「おーーー!」


 婚約者を連れた剛の竿に魚がヒットし、彼は懸命ににリールを巻いている。

 剛の婚約者は小柄な美少女で三木冬美(みき ふゆみ)さんといい、剛とは幼馴染で同じ年だそうだ。

 剛の自宅から、上野にある進学校に通っている。 

 高校を卒業したら、結婚して大学に通うと聞いていた。

 しかしまぁ、初めて見た剛の婚約者だけど、まさに『美女と野獣』といった感じだな。

 ただ三木さんは大分しっかりした女性で、剛の方が尻に敷かれているみたいだ。

 剛みたいな人には、しっかりした奥さんがいた方がいいと思う。

 俺が彼に対し、あれこれいう立場にはないけど。


「『ツーくん』、もっと強く巻けばいいのに」


「あのな、ウー。俺たちが全力でリールを巻いたら、竿やリールの方が壊れてしまうんだ。加減が必要なんだよ。てか、『つーくん』言うな!」


「ごめんね、そう呼んでいいのはフユミだけなのに」


「……んなことはねえよ……」


 ホンファは、剛をからかって楽しんでいた。

 俺たちはすでに、人間離れした力を持っている。

 人間用の釣り道具に全力で力を込めたら、簡単に壊れてしまうのだ。


「おっと! 実は可愛い婚約者がいたツヨシをからかっている場合じゃない。大きなカジキじゃないか。リョウジ君、ボクがギャフを撃つね」


「ホンファは、ギャフ打ちをやったことがあるんだ」


「カジキ釣りなら、家族と何回かやったことがあるからね」


「さすがはうん、華僑の大金持ちだな」


「今となっては、リョウジの方が大金持ちじゃないか」


 結果的にそうなっているが、いまいち実感はない。

 元は、平凡なサラリーマン家庭の子供だからな。


「これ以上釣っても食べきれないから戻ろうか?」


「そうだね」


「このカジキを捌こうぜ!」


「剛。マグロやカジキは、下処理をしてから二~三日冷蔵して身を熟成させないと美味しくないんだよ」


「そうだったのか。それは知らなかった。良二は詳しいんだな」


「だから、俺が三日前に釣って熟成しているカジキマグロがあるから」


「さすがは、反地球の所有者。それはよかった。せっかく作ったから食べてみたかったんだよ」


 クルーザがハワイの砂浜に戻ると、イザベラ、綾乃、 リンダ、岩城理事長とその家族が、バーベキューと料理を用意して待っていた。

 今のところ、俺が反地球に入る許可を出しているメンバーはこれで全員だった。

 岩城理事長は妻帯者なので、奥さんと、息子二人がバーベキュー台の面倒を見ている。

 彼の息子たちは、社会人と大学生だそうだ。


「大きいのが釣れたみたいだね。ゴーレムに任せるといいよ」


 クルーザーを降りると、岩城理事長がいた。

 彼が従えていたゴーレムたち命令すると、釣った魚を下処理し、旨味を出すため冷蔵庫に仕舞ってくれた。


「ゴーレムの性能が上がりましたね」


「霊石を材料とし、富士の樹海ダンジョンにいたゴーレム型モンスターたちの素材や仕組みを参考にした『魔導ネットワークシステム』で動いているからね」


 富士の樹海ダンジョン千九百九十一階層~千九百九十九階層にいたゴーレム型モンスター。

 これの残骸を解析した結果、すべてが同じデータで動いていることが判明した。

 霊石や他の特殊な素材を材料とした記憶媒体とアンテナにより、ゴーレム型モンスターたちは、電波とは違う別の次元にあるネットワークシステムからデータを共有し、どの個体も出現直後から巧みに戦うことが可能であった。

 岩城理事長は、このシステムをゴーレムに搭載することに成功したのだ。

 おかげで、イワキ工業の新型ゴーレムは、常に魔導ネットワークシステムで経験や知識がアップデートされて性能が良くなっていった。

 AIとロボットとは別のアプローチで、これからは産業の無人化が進んでいくと思われる。

 ただ、作るのに霊石と、ゴーレム型モンスターの素材や残骸が必要なので、完全な普及はまだまだ先といった感じだ。


 霊石もゴーレム型モンスターの素材や残骸も使っていない、初期の下級ゴーレム。

 霊石のみ使った新型下級ゴーレム。

 霊石と他のモンスターの素材や金属を用いた高性能ゴーレム。

 そして、霊石と、今のところ富士の樹海ダンジョンにしかいないゴーレム型モンスターの素材や残骸から作る新型高性能ゴーレム。

 下ほど性能がいいけど、新型高性能ゴーレは古谷企画とイワキ工業でしか運用されていなかった。

 飲食店で働くゴーレムなら、霊石と従来の素材を……金属、プラスチック、木材、石などを用いたもので十分だからだ。

 今後は、魔導ネットワークシステムの受信ができないゴーレムだと経験がアップデートしにくいので辛い。

 霊石を用いた魔導ネットワークシステム用のアンテナの製造と、魔導ネットワークシステムを運営して経験データの収集をし、その成果を他のゴーレムたちに反映させることができるイワキ工業が、世界のゴーレム戦略を独占していくのは定められた未来であった。


「そのうち、独占禁止法に触れたりして」


「そこは対策しているよ。他の企業にも技術移転して、ゴーレムの製造は開始しているからね」


 事前に釣って熟成しておいたカジキマグロのステーキとフライ。

 焼けたモンスターのバーベキューを楽しみながら、俺とイワキ理事長は話を続けた。


「ゴーレムの本体の製造は、そんなに難しくないからね。日本のメーカーには生産能力がある。魔導ネットワークシステムに頼らない、単純な作業をこなす単体の人工人格なら霊石があれば作れるし、寂寥島ダンジョンも大分賑わうようになったから」


 少し前までは、霊石を獲れる冒険者の数が少なかったが、今では世界的な霊石需要の高まりから、多くの冒険者が寂寥島ダンジョンに押しかけているそうだ。


「従来のネット通信システムを使った魔導ネットワークシステムに似たものを、世界中の企業が開発しているしているし、すでに運用も始まっている。簡単な作業をするゴーレムなら、これで十分だしね。安価ってのもある」


 低性能で安価なゴーレムと、高性能で高価なゴーレム。

 経験値を全ゴーレムで共有するネットワークシステムは、低性能なネット通信と、高性能な魔導ネットワークシステムで住み分けるというわけか。


「冒険者の数と質は増えているから、俺も休みになりましたしね」


 俺しか獲れないような素材、資源、ドロップアイテム以外は、イワキ工業からの緊急依頼以外はしないようにしていた。

 今は反地球のダンジョン探索とその撮影。

 あとは、反地球で始めたゴーレムを用いる農業、畜産、養殖などが忙しい。

 成果が出るには時間がかかるけど、アメリカ大陸の広大な小麦畑を見ていると、心が休まるような気がするのだ。


「リョウジさん、どうして農業なのですか?」


「畜産と養殖もだね」


「ええと、万が一に備えて?」


「惑星一個規模で、大々的に農業をする必要があるのでしょうか? 裏島の分だけで十分では?」


「今の世の中、技術が進んでいるから、そうそう食糧不足にならないと思うけど。ステイツが沢山生産しているもの」


「それはそうなんだけどねぇ……」


「古谷君、なにか懸案事項でも?」


「実は俺、『占い師』のスキルも持っているんですよ」


 ただ、向こうの世界で得たスキルなので、ステータス表示はされないけど。

 それ言うと、俺はレベル1のままだけどね。


「『予言』で、『命の光をもたらす星に、黒きものが広がり弱まる』と出ている」


「命の光をもたらす星は太陽で、黒きものが広がり弱まるは、黒点の広がりにより、日の光を弱まるということでしょうか?」


「だと思う」


 俺も、綾乃と同じように捉えていた。


「リョウジ、今の世界は温暖化が進んでいるのよ」


「リンダさん、アメリカの研究者がどう考えているか知りませんが、これから地球は寒冷化して、ミニ氷河期になると言っている学者も少なくありません」


 イザベラは、これからの地球が寒冷化する可能性があると信じてくれたようだ。


「つまりリョウジ君は、『予言』のスキルで地球が寒冷化することを予想していて、世界中で作物の不足と食料危機が起こると予想しているわけだ」


「残念ながら、俺の『予言』は外れたことがないんだ」


 俺が持つジョブ『占い師』が『予言』した結果だからだ。

 しかも、向うの世界にいた頃よりもレベルは上がっている。

 『予言』の精度が、上がることはあっても下がることはないのだから。


「食料危機……食料の備蓄が必要では?」


「修平、イワキ工業が大々的にそんなことをやったら大騒ぎになってしまう。自分たちだけが飢えないように食料を隠している、などと批判されたら大変だ」


「とはいえ、うちはダンジョンから産出するモンスター食材の取引もやっているんだ。今さらな気がするけど……ようはボッタクリ価格にしない。平年と同じ値段で売ればいい」


 岩城理事長の長男で、イワキ工業の次期社長候補である修平さんの意見が正しいと思う。

 どうせ俺たちがなにをしても批判したい人はいるのだから。

 彼らを気にしてなにもしないよりは、先に手を打っておいた方がマシだろう。


「で、古谷君はなにをするのかな?」


「反地球での食料生産は大幅に拡大しますよ」


 ゴーレムがいればそんなにコストもかからないし、なにより太陽を挟んで地球の反対側にある反地球は、寒冷化とは無縁であった。

 黒点の位置が違うからな。

 海産物や自然からの採集物にも、充分期待できるはずだ。


「あとは……」


「あとは?」


「食料を買い占めておこうかな? 本来、ゴミとなるものを」


 俺は、休み明けから早速行動することにした。




「まだ春なのに、温暖化の影響で少し暑いような……。 リョウジ君の『予言』は数年後っぽいね」


「数年後でも、今から備えておくことが重要なのさ」


「で、ボクとのデートは食料倉庫かぁ……」


「ゴミを買いに行くのさ」


「ゴミねぇ……」


 岩城理事長の紹介で、俺とホンファはとある食品メーカーの倉庫の前にいた。

 ここには、食品メーカーが生産した様々な商品が仕舞われてるのだけど……。


「岩城社長からお話は伺っております。本物の古谷良二さんだ! ホンファさんもいて豪華ですね」


 俺は有名なのは今更だし、ホンファは、イザベラ、綾乃、リンダ共に、俺を除いた世界トップ冒険者として有名であった。

 俺と同じく動画配信でも稼いでいるし、俺の恋人とはいえ美少女なので人気が出て当然というか。

 なお、剛は男性なのであまり人気はなかった。

 彼と結婚したい女性たちからはモテていたけど、剛には冬美さんがいるのであまり意味はないという。

 彼も、冬美さん以外の女性に興味がないタイプだからな。


「この倉庫に入った全部ですけど、本当に全部引き取ってくれるのですか?」


「勿論」


「ええっ! これ全部廃棄品なの? 賞味期限はまだ充分にあるけど」


「残念ながら」


 日本という国は、ぶっちゃけ生産、輸入、製造した食品の多くを捨てている。

 食品メーカーも、生産してはみたものの、売れずに倉庫に入ったままの廃棄商品は多かった。

 捨てるのにも経費がかかるので、それを専門に買い取る業者もいるのだけど、さすがに全部は不可能だ。

 これを無料に近い値段で買い取り、俺が『収納』しておけば悪くならない。

 数年後には、寒冷化で大半の農作物の収穫が駄目になるはずなので、今のうちに買い占めておこう。


「(まだ消費期限が残っているのにね)」


「(ああ、半年を切るとゴミ扱いなんだって)」


 食品メーカーが作った商品は、賞味期限が半年をきってしまうとほぼ商品価値がなくなる。

 あとは、 その手の商品を専門に安く売る店舗に買い取ってもらうか、スーパーなどでも安く仕入れて目玉商品にすることがある。

 だが、誰も買い取られなければ廃棄するしかないのだ。


「勿体ないね」


「だからさ」


 事前に買い取って『収納』しておけば、永遠に悪くならないから、あとで食べることができる。

 このまま廃棄処分するよりも、冷害による不作対策に用いた方が、フードロス対策にもなって地球環境にも優しいはずだ。


「全部買い取ります」


「ありがとうございます」


 さすがにこの仕事ばかりやっているわけにはいかないので、あとはイワキ工業が日本中の余剰食料を買い取る仕事を引き継いでくれた。

 他にも……。


「いいよ、どうせ捨てるものを買い取ってくれるのなら」


「じゃあ、これが代金だ」


「ありがとう」


「ところで、まだ捨てる予定の食料を持っている業者はいないかな?」


「いますよ」


 『縮地』で某国まで移動した俺は、現地の業者の責任者と買い取り交渉を進めた。

 現在、世界では四十億トンもの食料が生産されている。

 この量は全人口を養うのに十分な量なのだが、現実には世界中で飢餓や貧困に苦しむ人たちが多かった。

 どうしてそうなるのかといえば、生産された食料は金と需要がある国に大量に向かい、流通や消費する際に余ったものが廃棄されてしまうからだ。

 世界中で廃棄される食料は十三億トンほど。

 つまり三分の一が廃棄されており、おかげで食料が行き届かず、食料不足になる国や地域が出てしまうわけだ。

 とはいえ、これを是正するのは難しいだろう。

 向こうの世界でも、明日食べる物にも困っている貧民と、食べきれなくて余った食料を捨てる金持ちや貴族は存在したからだ。

 そんなわけで、俺はただ捨てられるはずだった食料を買い取っていく。

 みんな、捨てるにも経費がかかるという理由で、無料に近い価格で売ってくれた。

 買い集めた膨大な量の食料は、俺がすべて『収納』している。


「リョウジさん。あなたの『収納』は、どれくらいの量をしまえるのですか?」


「無限」


「無限なのですか?」


「そう、無限」


 これも、異世界で勇者をやっていたおかげであろう。

 他の『収納』を使える冒険者たちには、収納限界があるのだから。


「リョウジ君は、よく『収納』したものを覚えているよね」


「ホンファ、私も多くの魔銃『収納』しているけど、このスキルを覚えている人は、それを忘れることはないわよ」


「それはアイテムボックスを持つボクもだけど、リョウジ君の場合、収納量が桁違いだからさ」


「それでも覚えられるのが、『収納』、『アイテムボックス』系のスキルだからさ」


 ガンナーのリンダは、多くの魔銃を『収納』と同類の『ウェポンラック』に収納してあるが、しまったものを忘れることはない。

 スキルなのでどんなに知力が低くても忘れないが、冒険者は少しレベルを上げると、一般でいうところの秀才レベルになってしまう。

 忘れるわけがないのだ。


「廃棄食料の買い取り、反地球での食料生産の開始。準備はしますが、数年後、寒冷化がこなければいいのに……」


「俺も綾乃と同じ意見なんだけど、『予言』だからなぁ……」


 とにかく、数年後に備えて捨てる予定の食料を買い集めておこう。

 あとは、反地球での食料生産の開始か。

 田中総理には、岩城理事長から詳細を話してもらうとして、こればかりしていられないから冒険者の仕事もしないと。


「リョウジさんは、まさしくインフルエンサーですね」


「だよねぇ。そして数年後、さらに世界中の人たちからそう思われるようになる」


「私たちは、そんな良二様についていくのみです」


「グランパやパパよりも、リョウジが優先ね。私たちは家族みたいなものだから」


「ありがとう」


 いきなり家族を失ってしまった俺だけど、イザベラ、ホンファ、綾乃、リンダや、剛、岩城理事長、西条さん、東条さんがいれば、これから気ままに暮らしていけるはずだ。

 そのためにも、この大きく変わりつつ世界を守っていかなければ。

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