第79話 古谷良二、爆殺事件

『太陽を挟んだ地球の反対側には、空想の産物とされた反地球が存在しました! しかしながら、この反地球にもダンジョンが存在し、さらに各大陸や地域には、その土地を守護する強大なモンスターの存在が! 古谷良二の活躍に刮目せよ!』


「古谷さん、これは?」


「今度、新しく更新する動画冒頭部分のナレーションです。きっと、多くの人たちが視聴してくれますよ」


「ええと……。もう一つの地球? 初耳だけど……」


「東条さんには初めて話しましたから」


「そうなんだ……」



 反地球の存在をいつまで隠し通せるか。

 最初俺の予想だと、長くてもあと十年ほどだと思っていた。

 現状、イザベラたちが富士の樹海ダンジョンの二千階層を突破し、他の凄腕冒険者たちも、すでに地下百階層を突破した者が出始めている。

 冒険者の成長が加速度的に進んでいる以上、十年よりも早くなる可能性の方が高かった。

 そこで、高校三年になった今春。

 これまで撮り溜めていた富士の樹海ダンジョン地下二千階層までの攻略動画と、双子ダンジョンへと続く扉の存在。

 そして、双子ダンジョンが反地球にあり、俺が各地を守るボスモンスターを倒して無事に解放した様子を、プロト1が編集して投稿し始めたのだ。


「試聴回数を稼げそうだ」


「そういうレベルの問題ではないんですけど……」


「とはいえ、他の誰かが反地球に辿り着くまで隠していたら、それはそれで叩くくせに」


「ああ……否定できない……」


 フルヤアドバイスの副社長である東条さんが、珍しく頭を抱えていた。

 優秀な元警察官僚だって聞いているので、きっとなんとかしてくれるはずだけど。


「国際法に則れば、反地球は最初の発見者である古谷さんのものになります。ちゃんと地図もありますしね。ですが、古谷さんはここまで詳細な地図を作れたんですね」


「作れました」


 向こうの世界にはろく地図がなく、異世界の勇者たる俺には地図作成のスキルがあった。

 地図は自作するものという感覚なのだ。

 なので、反地球のすべてのエリアボスを倒した俺は、この惑星の詳細な地図を作成していた。

 自分の土地なので、ちゃんとすべてを把握しておかないと、と思ったからだ。


「誰がなにを言おうと、反地球は古谷さんのものです。よく新しくできた島が誰のものか? という話がありますけど、第一発見者なのですよ。で、古谷さんは日本人です。よって、この反地球は日本の領土となりました」


「それで簡単に終わればいいんだけど、そうはいかない」


「ですよねぇ」


 当然日本に対し、世界各国が圧力をかけてくる。

 ようするに、『お前だけズルイぞ!』、『分け前寄越せ!』なんだが、国際協調だとか、世界平和のためだとか、オブラートに包んで言うわけだ。


「どうせ日本は外圧に弱いんだから、諦めたらどうです?」


「ところがどっこい。そういかない理由が別にあるのです」


「別の理由?」


「反地球は、古谷良二個人の持ち物です。実はこのニュースを聞いた欲深な連中が、反地球を日本政府が取り上げてしまえばいいと言っていました。あとで日本政府に払い下げさせて、自分たちが利益を得ようとしたんでしょう。明治政府に同じことをやらせて大儲けした、亡霊の子孫たちです」


 明治維新で活躍した、元勲の子孫たちかぁ……。

 確か元勲の中には、国有資産を格安で自分やお仲間に払い下げさせた人がいたんだっけか。

 まずは、日本政府に俺から反地球を取り上げさせる。

 そのあと、美味しい土地を自分とその仲間たちに払い下げさせるわけか。


「ですが、すぐに思い直しました。連中は、強気に出られる相手にしか強気に出ない。世界各国が反地球の分け前を寄越せと言い出し始めるであろう事実に気がつき、すぐに手を引いた」


 俺個人には強気に出られるが、外国からの圧力には弱いわけか。


「で、その時に日本政府は気がついたわけです。反地球は、古谷さん個人の所有の方が都合が色々といいと。どこかの土地を寄越せと他国から要求されても、民主主義国家たる日本は、古谷さんから土地を奪い取れません、と言い返せますから」


「建前って、大切ですね」


「そうですね。ただ日本政府も甘くはない。一日でも早く、古谷さんから多くの税収が欲しいわけです」


「一日でも早く、反地球から税収を得たいと?」


「ただ、固定資産税は凍結か、かなり安くなるでしょう。さらに、反地球から税金を取るのは難しいので時間がかかるはずです」


「そうなんですか」


 俺は、もっとがめつく税金を取るものだとばかり。


「だってそうでしょう? 今の国税庁があなたが到達したという反地球に辿り着き、現地を調査ができないのですから。動画はあっても、作り物だと言われたらそれまでです」


 確かに、俺の動画は金儲けのための偽物だと騒ぐ人たちが無視できない数いるのは知っていた。

 反地球なんてあるわけがないと。

 彼らも動画は見てくれているので、俺の収入の元なんだけど。


「無視できない数の人たちが、『反地球なんて存在しない! 動画は合成だ!』と言っており、調査にも行けない場所からどうやって税金を取るのかって話です」 


 お役所なので、その辺はきっちりとしているんだな。

 新しい島ならすぐに確認できるが、新しい惑星は想定外か。


「国税の職員たちが、自力で反地球に到着するのは難しいでしょうね。もしそれができたら、公務員なんてやらないで冒険者になってますよ」


「宇宙開発が進めば、もしかしたら反地球に行けるかもしれません」


「太陽を挟んで反対側でしょう? 今の日本の宇宙技術では、かなりの時間がかかるでしょうね。もしかしたら、なにかしらの税負担がある可能性も否定できませんが、それほどの負担にはならないと思います」


「よくわかりますね」


「下手に多額の課税をして、古谷さんが支払えないと言って物納すれば……」


 日本政府の土地になった途端、外国政府からの圧力が増すわけか。

 反地球の自分の国の領地に相当すべき土地を寄こせ、とか言われそうだな。


「とにかく、法人税で納めればいいんでしょう? 色々と考えていた事業は始めますよ。土地は沢山あるから」


「それはよかった。ところで人手は?」


「いらないです。全部ゴーレムでできますから。第一、出勤できないじゃないですか」


「そういえばそうでした……。雇用は増えないかぁ……。世間からの批判は大きいかもしれません。政治家の動きに気をつけないと」


 これまで誰一人として、個人で惑星一個を手に入れた人は存在しない。

 東条さんは元警察官僚なので、日本政府がどう出るかある程度予想できるのはいいが、人間は時に感情で法を曲げることだってある。

 そこには注意しつつ、手に入れた反地球を開発してみるか。

 なぜそんなことをするかって?

 

 ゲームみたいで楽しいからに決まっている。





「さて、概ね世間は私の予想どおりに動いてはいるか……」


 色々と苦労はあったが、無事に地球とほぼ同じ惑星一個を手に入れた。

 そこを守る、多くの強力なモンスターたちを倒して。

 すべて動画サイトに投稿された動画からの情報であったが、世界中が大騒ぎとなった。

 俺の動画は世界一の視聴回数となり、世界中のマスコミが取材の申し入れをしてきたが、それはすべて断っている。

 既存のマスコミの取材は一切受けず、情報発信はネットかSNSのみでというスタイルを維持したかったからだ。

 そもそも取材を受けている時間もなかった。

 俺は世界のエネルギーと資源の需要を満たすため、毎日のようにダンジョンに潜っているのだから。


『マスコミの取材を受けないなんて生意気な!』


『古谷良二は間違っている! 反地球は国連に寄付すべきなんだ!』


『彼はズルイ方法で稼いでいるのだから、困っている人たちに手を差し伸べるべきだ』


 これまでにない手法で稼いでる俺に対し、予測可能な範囲の批判は多かった。

 予想範囲内なので、すべて無視しているけど。

 人と違うことをしたら叩かれるのは、五股騒動の時と同じだ。

 いちいち気にしている時間が惜しい。

 第一俺は、犯罪行為をしてるわけではないのだから。


「『接続』完了だ。これで、時短できるな」


 裏島の屋敷の中に、反地球とのゲートを繋いだ。

 これで、わざわざ富士の樹海ダンジョンから移動しないで済む。


「古谷君、調子はどうかな?」


「順調ですよ」


 反地球の各地で、大規模農業を始めた。

 地球とほぼ同じ地形だけど、インフラはゼロなので、まずは農業から始めたわけだ。

 日本政府から反地球は冒険者特区に指定され、日本本土のような厳しい規制がないので、ゴーレムを使った大規模農業が制限なくできるのは助かった。

 冒険者特区と、国家戦略特区に指定されている養父市以外では、大規模農業に大きな制限があるからだ。

 米、小麦、トウモロコシ、蕎麦、等々。

 地球の穀倉地帯と同じ場所を、魔力駆動に改良した農業機械とゴーレムたちに耕させていた。

 

「地球のように、条件の悪い土地を苦労して土壌改良する必要がないので楽ですよ」


「それはいいかもね。しかし、反地球がダンジョン化していたとは……」


「ダンジョンもあるんですけどね」


 反発は多いらしいが、反地球が俺の個人所有になった理由の一つに、反地球全体がダンジョン化していたというのもあった。

 火薬で発射される重火器、ミサイル、レーダーなどの近代兵器、電気で動く機械などが動かせなかったのだ。

 最後の手段として、反地球に軍隊を送り込もうとした国々は、この事実を聞いて絶望した。

 いまだに、自国の兵器類の動力をすべて魔液駆動に変更できず、化石燃料の少ない在庫を使って訓練を続けている国も多かったのだから。

 常に予算不足の自衛隊も、戦闘機と車両の動力を魔液駆動に切り替えられていなかった。

 日本中からかき集めた燃料の在庫と相談しながら訓練を続け、少しずつ魔液駆動に改良している最中だった。

 どうして一斉にやらないのかといえば、予算の問題と、一度に装備の変更をすると、防衛力に空白ができてしまうからだ。

 もっとも、ダンジョン出現の影響で軍が混乱していない国はなく、どこの国も、これまで行っていた示威行動や、それに対処する軍事的な行動が極端に減っており、表面上は平和になっている。

 まさか燃料不足で出撃も迎撃もしたくない、できないなんて、一般人は思わないはずだ。


「『アースコア』を所有する古谷君のみが、反地球を瞬時に自由に移動できるわけか」


「今となっては、『縮地』と大差ないですけど」


「移動系の魔法いいなぁ。出張が楽になるから」


「全部リモートにしないんですか?」


「全部は無理だねぇ。地方のご老人たち相手だと」


 イワキ工業も、ゴーレムを用いた様々な業種に次々と参入して大きな利益をあげていた。

 特に、林業、農業、畜産、養殖、地方が過疎化したため人手が足りない地域のゴミ拾い、草むしり、空き家の管理。

 変わった依頼では、特定外来種の駆除、所有者不在の空き家の解体など。

 人間を使うよりも少ない予算で引き受けられるので、イワキ工業の業務の一つにゴーレムの派遣業が加わっていた。

 他にも、ほぼゴーレムのみで経営する飲食店や小売り業なども始めたそうだ。


「それって、批判が多そう」


「それはあるね。でもさぁ」


 ゴーレムが雇用を奪うという批判があるそうだけど、イワキ工業が引き受けているのは、そもそも人が集まらない業種ばかりだ。

 誰もやらないせいで里山が荒れるよりは、ゴーレムが里山を維持した方がマシとも言える。

 その前に、俺もイワキ理事長も、社会正義のために働いているわけではないからなぁ。


「今の日本って景気自体はいいから、失業率に変化はないんだよねぇ。ダンジョン不況の時には失業率が上がったけど、今は戻っているから」


「そもそも、そういう問題を解決するのは政府の仕事なので」


「だよねぇ。ちゃんと税金は払っているんだから」


 古谷企画とイワキ工業。

 この二社のおかげで、日本の税収は大幅に上がっていた。

 特に古谷企画なんて、俺以外の従業員が一人もいないので、経費なんてたかが知れている。

 言われるがまま税金を払っているので、それでなんとかしてくれって話だ。


「売却している魔石、資源、素材、アイテム類に至っては、これまでよりも品質が上がっているんですけどね」


 反地球にも、鉱山、油田、ガス田、炭田は存在しなかった。

 すべて、ダンジョンでモンスターを倒して手に入れるしかない。

 ただその質は、地球のダンジョンから得られるものよりも高品質であり、俺は反地球のダンジョンのみで活動するようになっていた。

 その方が、短い稼働時間で地球のダンジョンで活動していた以上の成果を得られるからだ。

 もう地球のダンジョンは、すべてクリアーして飽きたというのもある。

 動画を投稿するにしても、反地球のダンジョンや景色を更新した方が視聴数も稼げるのだから。


「自力で反地球に辿りついたら、ダンジョンの出入りは自由にする予定ですけど」


「イザベラさんたちはともかく、他の冒険者たちは辿りつけるかな? 私はもう駄目だぁ」


 イワキ理事長も、時間があればモンスターを倒してレベルを上げていた。

 そうすることで、製造し、扱えるゴーレムの質と数を増やしていたのだ。

 俺も反地球に巣くうエリアボスを倒し、ダンジョンに潜り続けたので、扱えるゴーレムの質と数が増えていた。


「頑張れば大丈夫だと思いますよ」


「その前に、上野公園ダンジョンの一千階層をクリアーしないと。そこで引っかかる冒険者が大半だよ」


 今のところ、上野公園ダンジョンをクリアーできた冒険者は、イザベラたちを入れても四十七名しかいない。

 これを多いと見るか、少ないと見るか。

 この世界にダンジョンが出現してまだ三年ほどなので、判断が難しいところだ。


「私は、ゴーレム製造特化なのでね。レベル上げは続けるけど、ダンジョンクリアーには拘らないんだよねぇ」


 確かに俺は、岩城理事長から多額の報酬を貰ってレベリングに協力していた。

 彼の場合、モンスターを倒すよりも、レベルを上げてゴーレムの扱いが上達した方が金になるのだから。

 俺というか、古谷企画はイワキ工業の株を沢山持っているので、イワキ工業が稼げば稼ぐほど儲かるから頑張ってほしい。


「さてと、地球に戻って新しい仕事だね」


「新しい仕事ですか?」


「防衛省からのご依頼さ。まあ、あそこも人手不足だから」


 今の世に、なかなか軍隊に志願する人も少ないようで、その不足をゴーレムで補うのか。


「実は、日本は遅いくらいなんだよ。アメリカなんて、すでにゴーレムの歩兵がいるからね。ゴーレムは戦死しないからさ」


「まあ、確かに……」


 末端の兵士不足を補うのに、ゴーレムを用いるのか。


「予算、大丈夫なんですかね?」


「一旦運用し始めると、人件費よりも安く済むから。人間の兵士が殉職すると、色々と大変でしょう? ゴーレムなら、新しいのに交換するだけだから」


「殉職? 戦死ではなく?」


「自衛隊は、建前上軍隊じゃないからさ。訓練中に亡くなるケースもあるから」


「なるほど」


「消防、警察、海上保安庁とかからも依頼があってね。ということで」


 岩城理事長は、日本へと戻って行った。

 忙しいだろうからな。

 俺は俺で、ダンジョン探索、レベル上げ、動画撮影、反地球で新しく立ち上げた事業などと忙しい。

 定期的にイザベラたちともデートしなければいけないしな。


「ふう……こんなものかな?」


 反地球の各地で始めた大規模ゴーレム農業だが、今のところは順調に進んでいる。

 化学肥料、農薬、除草剤を使っていないから、有機無農薬で環境にも配慮した安全な食品ということで売れるだろう。

 ゴーレムたちもよく働いているから、やっぱり人間を使う必要はないな。

 それから数日。

 裏島にある屋敷から反地球へと仕事に出かけ、あれやこれやと仕事をした。

 反地球のダンジョンに出現するモンスターは、富士の樹海ダンジョンに出現するモンスターよりも強いので、ここで頑張ればもっとレベルが上がるはずだ。

 俺はレベルが表示されないけど、体が軽くなるのでレベルアップしているのがわかるのだ。

 実際に強くなっている自覚はあるしな。


「イザベラたちのレベルが、2500を超えたらしいけど……」


 俺は向こうの世界いた頃から体が軽くなった回数を数三えているが、すでに二万回を超えている。

 それでも、反地球のダンジョン下層に住むモンスターに苦戦することもあるから、もっと頑張って強くならないとな。


「その前に、明日はお休み……そうだ!」


 裏島の屋敷へと戻り、そこからさらに古谷企画の本社を置いているマンションの部屋へと移動した。

 今ではほとんど使っていないが、会社には住所が必要だし、購入した部屋なので出て行く予定はない。


「ええと……どこだったかな? あれ?」


 すでにほとんどの仕事で使う機材や、資料、ゴーレムたちは裏島の屋敷に移しており、カモフラージュで事務所っぽくしているだけなのだが、郵便物を回収しなければいけない。

 いつもはゴーレムに任せているのだけど、今日はたまたま俺が部屋からマンションの一階にある郵便ポストに向かおうと、玄関のドアを開けようとした瞬間。

 とてつもない爆発音と共に、俺は爆風に包み込まれてしまうのであった。





「えっ? 古谷企画の本社が入った部屋が爆破された?」


「はい。どうやらブービートラップが仕掛けられていたようです。ドアを開けると、仕掛けられていた高性能爆弾が爆発する仕組みだったようで」


「冒険者特区内でですか? あそこは警備が厳重なはずなのに、テロだなんて……」




 突然、とんでもない情報が舞い込んできた。

 古谷企画の本社がある高級マンションの一室で、爆弾が爆発したのだという。

 なんでもドアに高性能爆弾が仕掛けてあり、郵便物を取りに部屋を出ようとドアを開けたら爆発する仕組みだったそうだ。


「郵便物を取りに? 普段はゴーレムに任せていませんでしたか?」


「それが、たまたま古谷さんが郵便物を取りに行こうとしたようで……」


「そんな偶然って……。何者の仕業なんです?」


 治安のいい日本で日本で、しかも入れる人間が限られている冒険者特区内にある高級マンションの一室に爆弾を仕掛けられる連中なんて、そんなにいないはずだ。


「西条さん、古谷さんの監視は強化されたのではないのか?」


「されていたのに、こうもあっありとやられてしまったということは、これは身内の犯行だろうな」


「公安か? 自衛隊の特殊部隊か? 反社会勢力の連中が高性能爆弾を用意して、それを仕掛けるなんてできるのですか?」


「御堂の残党かもしれない。あとは……腐っても公家だ……」


「鷹司本家と二条家か……」


 共に破産してしまったが、その血筋に価値を見出す連中がいたというわけか。


「しかし、困ったことになった」


 古谷さんが亡くなったとなると、古谷企画の資産 をどうするか。

 またも借金持ちになって、ベーリング海でカニを獲る仕事に戻る予定だったり、刑務所にいる古谷さんの親戚たちが大騒ぎするな。

 そして、彼らを利用する連中も現れる。

 外国も彼らを利用して、反地球の権利を得ようと蠢動を始めるだろう。


「困った……」


「いや、別にそれほど困らないとは思うけど」


「どうしてです?」


 奥さんも、子供もいない古谷さんが亡くなったというのだ。

 これから大騒ぎになるに決まっているじゃないか。


「私は、古谷さんが自室のドアを開けたら、仕掛けてあった高性能爆弾が爆発したとは言った。だが、それで彼がどうこうなったという話はしていないが……」


「いや、そんな爆弾の至近距離にいたら……」


 普通の人間は、木っ端微塵になってしまうはずだ。


「普通の人間はそうだけど、古谷さんは冒険者だから」


「ああっ!」


 そういえばそうだった。

 あまりに衝撃的な報告だったので、大切なことを忘れていた。


「古谷さんの具合はどうなのでしょうか?」


「いや、別に怪我なんてしていないけど」


「まったくの無傷ですか?」


「彼はそういう存在だからな。ただ……」


「ただ?」


「服がすべて吹き飛ばされて、救急車と警察が駆けつけた時には素っ裸だったそうだ。『恥をかかされたから仕返しをしてやる!』と」


 まるで、コントのような話だな。

 その光景を想像したら……今は笑ってはいけない。


「なるほど。しかし……」


 いくら古谷さんが強いとはいえ、自分の部屋に爆弾を仕掛けた犯人がわかるものなのだろうか?


「わかると言っていたし、二度と日本で普通に暮らせないように仕返ししてやる、と言っていたな。で……」


「我々はなにも知らなかったことにすると」


「西条さんは、『仕返しなんてしたって虚しいだけです』とか古谷さんに忠告するか?」


「しませんよ」


 爆弾で殺されかけた人に、そんな失礼なことは言えない。

 どうせ言ったところで、彼は聞く耳を持ってくれないだろう。


「我々は、我々の仕事をすればいいのさ」


「そうだな」


 幸い両隣の部屋は誰もいなかったそうで、高性能爆弾による犠牲者はゼロだった。

 だが、部屋に被害がないわけではない。

 古谷企画としては、先に彼らにお見舞いになり補償をしたほうがいいだろう。

 あとは、新しい本社事務所も探さないと駄目だろうな。

 同じ住所だと、同類の事件が発生しかねない。


「我々は仕事だ仕事」


「そうですね。新しい本社かぁ……」


 上野公園ダンジョン特区は狭いからなぁ。

 最適な物件が見つかればいいけど……。

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