第77話 名門の末路
「良二様、本当に大丈夫ですか? あの……治癒魔法は使わないのですか?」
「その前に病院に行くのが先さ。あと、すぐにデートは再開させるけど」
二条のバカには制裁を受けてもらうが、綾乃とのデートを中止するのはもったいない。
映画だって、前から見たかったやつだから。
俺は近くの病院に行って診断書を貰った。
わざと防御力をゼロにしていたので全治三週間と診断されたが、勧められた入院はしなかった。
なぜなら……。
「すぐに治癒魔法で治るから」
俺が欲しかったのは医者が書いた診断書であり、治癒魔法があるのにいつまでも怪我なんかしていたくない。
先に怪我を治療してしまうと、二条のバカが俺に怪我をさせてないと言い張るかもしれないので、医者も共犯にしたわけだ。
実際に俺はナイフで刺され、医者もそれを確認して診断書を書いたのだから。
ただ、彼は俺に治療できないので、少し複雑な表情を浮かべていた。
医者にとって、ポーションや治癒魔法とは複雑な感情を抱かせるものなのだ。
「さて、このアニメ映画。いよいよ最終作なんだよなぁ」
「感慨深いです」
「パンフレットは買いだな」
「グッズのラインナップもいいですね」
「全部欲しくなるぜ」
俺がつき合ってほしいと言うと、イザベラたちもアニメの種類によっては楽しんでいるのだけど、ちょっとマニアックなアニメを見る時には、同好の士である綾乃につき合ってもらうのが一番だ。
二人で映画を楽しみ、 ネットで探した喫茶店でコーヒーやデザートを堪能し、夜は冒険者特区内の高級レストランでディナーを楽しんだ。
「そういえば、明日からお休みだな」
「良二様は負傷していますからね」
「本当、お腹が痛くて大変だよ」
「リョウジさんの治癒魔法は、剛さんも顔負けですね」
「負傷慣れしているのもあるからさ。とにかく、しばらくは地球のダンジョンに潜らないさ」
「岩城理事長が、ガッカリしそうですね」
実際には休まずに、反地球のダンジョンでレベル上げをするけど。
手に入れた品は、あとでイワキ工業に売ればいいから。
そして夕食後。
綾乃は裏島の屋敷に泊まり、翌日から俺は二条に腹を刺されて負傷したため、冒険者業をしばらく休むことを、古谷企画のHP上で公表した。
「もうテレビのニュースで話題になっていますね」
「本当だ」
翌朝。
一夜を過ごした綾乃と朝食を摂っていると、テレビでは二条のバカが、俺を刺した事件がトップニュースとして報じられていた。
あれだけ目撃者がいたので、上級国民パワーで誤魔化すこともできないようだ。
すでにうちの顧問弁護士が、俺が休んでいる間の休業補償を求めて二条家を訴える旨を好評しており、それもニュースになっていた。
『二条家は、投資の失敗で莫大な借金があるとか……』
『その二条家が、古谷良二さんが休んだ日数分の休業補償を支払えると思えないのですが……』
『ですが、支払わなければ、刑事事件の裁判でも印象が悪くなるでしょう。実際に証拠の映像がこれだけで回っていますと……』
二条のバカが、俺の腹部に思いっきりナイフを突き入れた映像が世界中に出回っていた。
今の時代、スマホで簡単に撮影できてしまうからだ。
『しかし、鷹司綾乃さんが自分の奥さんにならないからと言って激昂するとは……』
『かなりストーカー気質のある人物なのでしょう。二条容疑者は』
それにしても、テレビとは残酷なものだ。
せめて、二条のバカがイケメンだったらなぁ……。
上級国民扱いされ、俺の方が悪く言われるシチュエーションもあるはずだったのに、一方的に糾弾されているのだから。
「佐藤先生には一円でも多く回収してもらうとして、二条家が破産すればいいや」
破産してくれた方が、今後バカに余計なちょっかいをかけられずに済むからだ。
俺は休業中、反地球で活動するから、実際には損失なんて出ていないしな。
「良二様の力に対し、権力や家柄で対抗するのは難しいのですね」
いくら強い個人でも、国や権力者には勝てないのが普通だと思う人は多い。
それは事実だけど、要はやりようというか、それは暴力で対抗すれば相手に陥れられることもあるだろう。
なにしろ向こうは、俺たち冒険者と同じ土俵で絶対に戦わないのだから。
だが逆に言えば、向こうと同じ方法で戦いつつ、冒険者としての力を暴力以外の方法で駆使すれば、いかに政治家や、上級国民といえど、そう簡単に俺を潰せない。
「こっちは、ちゃんと法律を守ってこの国で生きているんだ。ムカつくことをされたら 、たとえ総理大臣でも潰す」
御堂の二の舞にしてやるさ。
「私は、良二様についていくだけです」
「いいのか?」
「ええ、生まれがたまたまそういう家柄だっただけです。冒険者として強くなり、自分で稼いで楽しく暮らす。それでいいのだと思います。世間ではよく、『これからは個の時代』だと言っているではないですか」
「なんか聞いたことあるなぁ、それ」
個の時代ねぇ……。
今の冒険者たちが大きな力を持つ時代には、合っている考え方かもしれない。
実際問題、世界中で冒険者への批判が強くなっているからな。
資源とエネルギー源の供給が冒険者たちに委ねられるようになった結果、新しい富裕層である冒険者が多数生まれ、貧富の差が広がった。
同時に、以前は富裕層で支配階級にあった人たちが没落したケースも散見される。
時代の変化と言ってしまえばそれまでだが、冒険者に対する軋轢が増しつつあった。
世界中に冒険者特区が作られるようになったのは、それも原因だったのだ。
一緒にいれば争いになるので、普段はなるべく分かれて暮らすため。
「できたら将来、良二様の子供が産みたいです。イザベラさんたちもそう思っているはずですから、ここで我を張っても仕方がありません。これまでのやり方が通用しないのです」
確かに一夫一婦制を守っていたら、 俺は四人の中の誰かを選ばないといけない。
もしくは、誰とも結婚せず、子供を残さないという選択肢もあり得た。
「良二様の子供なら、きっと優れた冒険者になりますよ」
「だといいけど」
こういう存在になってしまった以上、俺が普通に暮らすのは不可能か。
俺はもう冒険者なんだと、開き直るとしよう。
「私たちなら、余裕を持って子供を育てられますから」
俺を除けば、世界でトップクラスの冒険者だからな。
子供を何人でも育てられそうだ。
「実際、シングルマザーを選ぶ女性冒険者は多いそうです」
冒険者として活躍している女性は強いから、結婚せずに自分一人で子供を育てることぐらい余裕でできる。
夫なんていらない、という考えの人も多いそうだ。
逆に男性は、あちこちに子供を作ってしまう冒険者が増えてきているそうだけど。
だが俺は今のところ、イザベラたち以外の女性に興味ないけどね。
「私は、今日も冒険者の仕事です。イザベラさんたちと、富士の樹海ダンジョンにアタツクします」
「俺は反地だな」
「私もいつか、自力で反地球に到達したいです」
「綾乃なら、辿り着けるさ」
綾乃たちと、イワキ理事長。
反地球の存在について知っているが、彼女たちは自分の国にもこの情報を漏らしていなかった。
優れた冒険者が冒険者特区という自治区に籠もることが増えてきたので、昔でいうところの愛国的な人が減ってきたという事情もあるのだろう。
命がけで資源とエネルギーを確保しているのに、国や国民のせいで理不尽な目に遭うことも多いからなぁ……。
警戒して当然というか。
『古谷さん、二条家と話し合いを始めましたが、ちょっと厄介なことになったかもしれません』
「どうして?」
『なぜか鷹司本家が出て来まして、その……一度古谷さんと話し合いをしたいとか。なぜか鷹司さんも呼ばれたそうで……』
「なんで、鷹司家の本家が? しょうがないな一回だけ付き合ってあげるよ」
せっかく休養と見せかけた反地球での探索を楽しんでいたのに、まったく家柄だけ自慢の旧華族たちには困ったものだ。
「このまま二条家を潰すわけにいかないのです! 五接家は、歴史の教科書に載っているほどの名門なのだから。古谷君、どうせ君は冒険者なんだから、少しぐらいナイフで刺されてもどうということないだろう。二条君は無罪ってことで決着だな。当然賠償金もナシだ。あっそうだ! 綾乃は二条君と結婚しなさい。これは本家からの命令だ」
「ふーーーん。いくら家柄がよくても、社会的常識のないバカでは困っちゃうよね」
「ええ、呆れるばかりです」
「佐藤先生、どうして俺を呼び出したんですか?」
「……これは大きな失敗でした。お詫び申し上げます」
「大伯父さん、どうしてうちの綾乃が、殺人未遂犯と結婚しなければいけないのですか?」
「その罪状は消える! 問題ない!」
「問題なくはないでしょう。あれだけワイドショーを騒がせておいて、検察が彼を無罪にすると思いますか?」
「する! 鷹司家は、多くの政治家や官僚、検察とも懇意にしているのだ! それに、どうせ馬鹿な愚民たちは 二条君の事件なんてすぐに忘れるさ」
「そうでしょうか? 大体おかしな話です。どうして、二条家の跡取り起こした事件を鷹司家が仲介するのですか?」
「貴き五摂家は、永遠に残さなければならないからだ」
「それにしては、近衛家、九条家、一条家はなにも言ってきませんね。そういえば、大伯父さんも、バカみたいな投資で随分と損をしたと聞きますよ。綾乃を二条家に継がせることに成功したら、成功報酬でも出るんですか?」
「鷹司本家当主をバカにするのか!」
綾乃から聞いていたとおり、鷹司本家の当主は、向こうの世界にもよく似た家柄自慢の無能だった。
二条家と同じく家が傾いており、綾乃の資産を狙っているようだ。
本家命令ということで彼女を二条家に嫁がせ、お礼に資金援助をしてもらうつもりだったのか。
それを、心の底から侮蔑の表情を浮かべている綾乃の父親に指摘され、鷹司本家の当主は顔真っ赤にして怒っていた。
図星を突かれたからであろう。
「わかっていらっしゃると思いますが、これ以上言葉が過ぎますと、名誉毀損であなたを訴えることもあり得ることは了承していてください」
「鷹司本家の当主であるワシが、名誉棄損だと! ワシほど偉い人間は、誰になにを言っても名誉毀損にならないのだ!」
「……そう思われるのは勝手ですが……」
あんまりな鷹司本家の当主の態度に、佐藤先生は心の底から呆れていた。
「(歴史がある名門の当主だから、しっかりしているってこともないんだな)」
「(家柄と財力は、時に無能を覆い隠してくれますからね)」
大企業のオーナー一族にバカがいても、そう簡単に会社が潰れないのと同じ理屈か。
「とにかくお話にならないのでこれで」
「平民が! 少しぐらい稼いでいるからといっていい気になりおって! 我ら名族のネットワークを侮るなよ! あとで必ず後悔するからな」
「昔ならビビったかもしれないけど、今の俺は、あなたがバカみたいなこと言ったら、『バカみたいなことを言っていますね』と正直に伝えるようにしているんだ」
「下賤な平民のくせにぃーーー! 必ずお前を潰してやる!」
「旧華族って、こんな奴ばかりなのかな?」
「他の三つの家は、そんなことないですけどね」
綾乃の父親が、軽くフォローを入れた。
というか、彼は俺と綾乃の関係を知っているはずなのに、なにも言ってこないな。
認めてくれているのか?
「ととかく、二条家の件については弁護士に一任しております。怪我をして静養中ですので、それでは失礼します」
「待て! 五摂家である鷹司家当主の話を聞け!」
「誰が相手でも、聞けない話は聞けないんですよ。なにより時間の無駄なので」
「貴様ぁーーー!」
あまりにバカバカしいので、俺たちは鷹司本家当主の静止を無視して席を立った。
一応、今の俺は怪我の治療をしていることになっているので、これ以上彼につき合う義理もないのだから。
「(無能なのに上から目線の貴族には、向こうの世界で慣れているからなぁ……。しかし、酷いジジイだな)」
しかも、今の日本で貴族を名乗られてもな。
すでに廃止されたものに拘るなんて、いかにも老人らしいじゃないか。
『ニュースです。かつては五摂家と謳われ、戦前は戦前は公爵であった二条家と鷹司家ですが、投資の失敗などにより莫大な借金を返済できず、破産することになりました』
「古い家を保つというのも大変なんだな」
「そうですね。自分の代で潰してしまうと、歴史に名が残ってしまいますから。悪い意味で」
「それは辛いかもしれないな」
俺の場合、古谷一族が未来永劫続くなんて幻想は抱いていないからな。
もし子供が生まれたとして、その能力がなければ没落してしまう。
ただそれだけのことなのだから。
二条のバカに刺された件で和解を断ったら、なぜか鷹司本家も破産してしまった。
二条家のバカはともかく、本家の年配の当主が、おかしいな投資に手を出して破産すると思わなかった。
「人間、年を取れば必ず賢くなるってもんでもないんだな」
「ええ……本家の当主は、鷹司家を五摂家のトップにしようと、色々と活動していましたので……」
「五摂家に序列なんてあるの?」
「昔はありました。当主は、それにこだわっていたのだと思います」
「それも終わりか」
鷹司本家の当主と、あの二条家のバカにはもう打つ手がないからな。
今の時代の貴族は権力を使えないので、お金がなくなれば終わりだ。
昔と違って、その血筋にそこまで価値があるとも思えない。
綾乃も、あまり自分の血筋を意識していないようだからな。
少なくとも、モンスター相手には通用しないのだから。
「もう終わったことです。今日は、イザベラさんたちと富士の樹海ダンジョン探索の日です。早く二千階層に到達してみたいです」
「みんな着実に強くなってるから大丈夫だよ」
綾乃も、イザベラたちも、自力で反地球に到着するのが目的となっていた。
順調に強くなっているから、大丈夫だと思うけど。
その前に、反地球のすべてのエリアボスを倒してエリアコアを入手したいものだ。
エリアコアを持つボスは一度しか出ないので、これを手に入れた者がその土地の所有者となる。
非常にシンプルでわかりやすい、陣地取りゲームというわけだ。
綾乃たちが反地球に到達するのと、俺が反地球の土地すべての支配権を得るのが先か。
それは神のみぞ知るだだな。
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