第76話 旧華族のバカ
「中国『グレートドラゴン』、インド『マックスエレファント』、中東『デザートドラゴン』、ヨーロッパ『プラチナドラゴン』、南米と北米、数ヵ所の海域に生息するエリアボスの存在も不明。まずは一番近くにいる、グレートドラゴンだろうな」
俺を暗殺しようとした大物汚職政治家を始末したあと、反地球において中国大陸に相当するエリアを守るグレートドラゴンとの戦いを開始した。
その名のとおり、グレートドラゴンはこれまでのどんなドラゴンよりも大きな体を持ち、そのパワーは強大で、ブレスの威力も最強だった。
俺は、このグレートドラゴンとの戦いを開始し、すでに三日間戦い続けている。
数十回にも及ぶ重傷を負いながら、その度に治癒魔法をかけて、決して戦いをやめなかった。
どうやら粘り勝ちのようだ。
すでにグレートドラゴンは、いつ倒れてもおかしくない状態までダメージを負っていたのだから。
「(だけど、思った以上にタフだったな。この戦いの様子も撮影しているけど、どうやって動画を編集しよう。長すぎる動画は視聴回数を稼げないからなぁ。プロト1なら、なんとかするか)これで終わりだ! トドメの一撃!」
一見、グレートドラゴンに傷はない。
だがそれは、高位のドラゴンが持つ、強い自己修復能力のおかげであった。
多少のダメージならすぐに傷が治ってしまうのだが、逆に言えば傷を勝手に傷が治ってしまうことも意味する。
様子を探ると、強い自己修復能力のせいで多くの魔力を消費しているのが確認できた。
傷が多ければ多いけど、グレートドラゴンは勝手に魔力を消耗していくのだ。
俺が絶対にグレートドラゴンを眠らせなかったのは、魔力回復を阻害するためであった。
俺は各種ポーションと魔力回復剤を使えるし、魔法薬で疲労を軽減させて数日眠らずに戦い続けることも可能だ。
だから、グレートドラゴンとの戦いは長期戦になればなるほど俺が有利になる。
「とはいえ、さすがに三日間戦い続けたら疲れたな。もう終わりにしようか」
俺は、鎧武者から手に入れた『黒刀』を、グレートドラゴンの後頭部、延髄の部分に突き入れた。
グレートドラゴンのダメージは自然治癒ですべて回復したが、魔力切れ寸前で、俺と同じく三日間寝ていなかったため、急所への一撃を防げなかったようだ。
確かな手応えを感じたのと同時に、グレートドラゴンは地面へと倒れ伏した。
「ふう……中国大陸も解放したな」
これで、探索できるダンジョンも増える。
なにより、広大な中国大陸を手に入れたのだ。
今すぐなにかをする予定はないが、ゲームを攻略しているようで楽しい。
「疲れたから、家に帰ろう」
反地球の探索と、制圧は順調に進んでいる。
岩城理事長から頼まれた仕事もあるので、次に予定しているインド亜大陸を支配するボスとの戦いは……来月ぐらいになるかな?
「綾乃タン、安心して。僕が必ず君を、ハレンチな古谷良二から救い出してあげるからねぇ。僕は二条家の跡取りで、日本で大きな力を持っているんだから。僕の胸に飛び込んでおいで!」
「嫌です」
「えっーーー!」
「いや、お前。妄想が実現すると思っているのか?」
「貴様は古谷良二か! お前は静かにしていろ! 平民のくせに、僕と綾乃タンとの関係に口を出すな!」
「お前は平安貴族かよ」
この令和の時代に、とてつもなく時代錯誤な奴と出会ってしまった。
今日はお休みだったんだけど、みんなはそれぞれに予定があるようで、綾乃とだけ休みが合い、ちょうど二人とも見たかった映画があり、上野公園ダンジョン特区外にある映画館まで出かけた。
もうすぐ、上野公園ダンジョン特区内にも映画館ができるそうなので、それが完成したら外に出る必要はなくなるはず。
上野公園ダンジョン特区内にできる予定の映画館は、設備やサービスが優れている代わりにかなり高額だと聞いたけど、最近冒険者が冒険者特区の外でトラブルに巻き込まれるケースが増えており、需要はあると判断されて開業準備が進んでいた。
最近、稼げる冒険者を狙った犯罪が増えていた。
とてつもなく頭が悪い人たちは、冒険者相手に恐喝や強盗、誘拐をしようとするが、普通の人間を超越した強さを持つ冒険者相手に成功するわけがなかった。
ところが、悪知恵が働く人間がいる。
自分が加害者にも関わらず、冒険者に暴力を振るわれて怪我をしたと、被害者のフリをして逆にその冒険者を訴えるケースが増えてきたのだ。
仕事がない弁護士が彼らに手を貸すケースも増え、実際に被害者であるはずの冒険者が裁判で負ける事例が出てきた。
冒険者の方も力の加減がわからず、 自己防衛しようとして犯罪者に大怪我を負わせてしまうケースもあり、それが世論の反発を買っていたという事情もあったからだ。
残念ながら、段々と冒険者は異物扱いされるようになってきた。
こうなると、多くの冒険者たちは冒険者特区の中から出なくなってしまう。
冒険者特区内には彼ら目当ての娯楽施設も建設されるようになり、わざわざ外に出る必要が減ってきたのだ。
ただ映画館はまだなかったので、二人で上野公園ダンジョン特区に一番近い映画館に出かけたら、おかっぱ頭のおかしな若い男に絡まれてしまった。
「僕は貴族だぞ!」
「貴族制度って、今の日本にあったっけ?」
「公的にはないが、貴族は永遠に不滅だぞ」
「そうなの?」
「ええと……説明が難しいです」
戦後、日本で貴族制度が廃止された。
では本当に貴族がいなくなったのかといえば、元貴族の人たちがいなくなったわけではない。
没落してしまったところも多いが、今も資産家として生き残り、 同じような境遇の仲間たちとお付き合いをしたり、政財界に力を持つ者もいるそうだ。
「へえ、そうなんだ」
代々平民である俺にはよくわからない話だ。
「五摂家として名前だけは有名な鷹司家ですが、今はそこまで力を持っているとは……。しかも私の実家は分家なのです。本家からはえらく嫌われていますが……」
綾乃には冒険者の才能があり、今の彼女は日本で十本の指に入る大富豪となった。
『分家が生意気な!』と、本家は思ったのかもしれない。
向こうの世界の貴族たちの間でも、そういう話はよく聞いた。
魔王による侵攻のせいで本家が暴落し、分家の力が上になると、本家の連中が魔王にではなく分家に憎しみを募らせるのだ。
生産性は欠片もないが、それが感情の生物である人間なのかもしれない。
魔王に激高したところでなにもできないが、分家なら足を引っ張っることができる……情けないにも程があるけど。
そりゃあ、そんな本家は没落して当然だよな。
「で、この人は二条家の跡取りなのか」
「えっへん! そして、綾乃タンの婚約者なのだ」
「そんな話は聞いていませんが……」
「鷹司家の本家と、二条本家が決めたんだよ。たとえ政略結婚でも、僕は綾乃タンを大切にするからねぇ」
「すげえわかりやすいな、お前」
「平民? お前はなにを?」
「つまり、逆玉の輿狙いなんだろう?」
鷹司家の分家というか、綾乃が大金持ちになったので、鷹司本家と二条家が、綾乃の資産を狙ったわけだ。
「平民のくせに無礼だぞ!」
「正直に言い過ぎたのは無礼かもしれないけど、それが事実じゃないか。それとも二条家って、綾乃の個人資産が小銭に思えるほどの金持ちなのか?」
「いえ、逆に破産の危機にあります」
「そうなんだ」
綾乃によると、ダンジョン不況の影響により、投資で大きな損害を出してしまったそうで。
貴族だからそこそこ資産家だったが、時代の変化に対応しきれなかったようだな。
「綾乃タン! 僕と結婚して、二条家と鷹司家を始めとする五摂家の力を取り戻すんだよ! 今が最大のチャンスだ!」
「五摂家ねぇ……。歴史の教科書の話だな」
昔は力があったのかもしれないけど、今となっては昔は凄かった一族だ。
いい加減諦めて、大人しく暮らせばいいのに……。
無駄に歴史が長いと、諦めが悪くなるんだな。
「そもそも、力を取り戻したかったら自分が頑張れば済む話だ。綾乃が稼いだ資産をあてにしているところが全然駄目だな。二条のお坊ちゃん、お前がダンジョンに潜って稼げばいいだろう」
オカッパ眼鏡で体もヒョロヒョロ。
冒険者特性はないので、これは難しいか。
ヒモになりたかったら、せめてイケメンだったらよかったのに……。
「なにが『綾乃タン』だよ。自分で言ってて、キモイと思わないのか?」
「そうですね、キモイです」
綾乃も、彼のことを心の底からキモイと思っいたようだ。
さらにこいつは、かなりバカっぽい。
変に言葉を濁すと、ますます勘違いするかもしれないと思ったようだ。
「僕は貴族なんだ! 野蛮な平民みたいに、汗水流して働くわけがないだろうが!」
「怠け者乙!」
いや、綾乃も貴族の血筋だけど、冒険者としてちゃんと稼いでいるじゃないか。
口ばかり偉そうにして、お前はなんなんだよ?
「私は、二条さんと結婚しません。両親も『いい加減にしてくれ!』と 、連絡が来る度に言っているではないですか」
「そうなの?」
「ええ、うちは分家で、そもそもあまり旧華族の方々とおつき合いもありませんから」
「そうなんだ」
綾乃って、オカッパ二条よりもはるかに貴族らしく見えるけどな。
とてもいい意味で、品があるように見える。
「良二様、お褒めいただきありがとうございます。この言葉遣いは、通っていた中学校の絵影響ですね」
「もしかして、同じ学校の生徒たちと『ごきげんよう』って挨拶するような学校?」
「はい。私の実家は、祖父と父が会社を経営していますから」
分家で、旧華族たちとのつき合いが薄いってことは、自分たちで財を築きあげたということかな?
じゃあ、この二条家のバカや、鷹司本家の言うことなんて聞いていられないよな。
「なにより私は、良二様とおつき合いをしていますから」
そう言うと、綾乃は俺と腕を組んできた。
「すげえ、あんな美人と。いいなぁ……」
「あの人、古谷良二に次ぐ冒険者って言われている言われている鷹司綾乃じゃねえ?」
「すげえ美人、スタイルもいいし。ていうか、隣の男性は古谷良二じゃないか!」
「セレブカップルやなぁ」
「二人に食ってかかっているオカッパ、なんかキモくねえ?」
「綾乃タンとか。キモッ!」
人通りがある映画館の前なので、俺たちの正体がバレてしまった。
正直なところ『五股野郎』とか陰口を叩かれると思ったのだが、意外と好意的な評価だな。
正統派大和撫子である綾乃と一緒だからかもしれない。
逆に、二条のバカはキモ男呼ばわりされていた。
確かにそのオカッパ頭はどうかと思う。
オーダーしたと思われる外国製高級スーツを着ているけど、なんか全然似合っていないしな。
体型がガリガリだからであろう。
「今の世の中で、政略結婚は流行らないでしょう。綾乃が俺がいいと言っている以上、諦めたらどうかな? ここは潔く退いた方が、男としての評価が上がると思うよ」
「二条さん、私はあなたと結婚しませんから」
「くっ!」
多くの人たちが見ている前で、二条のバカは綾乃に盛大にフラれてしまった。
だがここで諦めるとは、ちょっと思えないんだよなぁ。
なぜなら二条家は、綾乃を嫁にしてその資産を利用できるようにするか、二条のバカがどうにか大金を獲得して借金を返すしかないからだ。
「(にしても、投資で大きな借金を抱えるって……。どれだけバカなんだよ)」
投資ってのは、基本的にお金持ちは損をしないようにできている。
なぜなら、株式評価額が下落するなんてことは、定期的に発生するからだ。
評価額の乱高下には目を瞑り、安定的に成長している会社の株式を長期保有しているだけでちゃんと配当金も入ってくるし、長い目で見たらそういう会社の株式の評価額はほぼ上昇しているからだ。
「(おかしなレバレッジでも利かせたんだろうな)」
「(二条さんは、家柄自慢のおバカさんなので……)」
この世界にダンジョンが出現した時、一時的に世界はかなりの大不況に襲われた。
特に深刻だったのは、化石燃料を取り扱う企業だ。
世界中の油田やガス田、炭田、ウラン鉱脈が消滅したので、それらを取り扱っていた企業は一気に経営危機に陥った。
だがすぐに、ダンジョンから得た魔石を原料にした魔液が世間に普及するようになると、その取り扱い方はガソリンによく似ていたので、石油会社は魔液会社にチェンジしただけだったという。
一番株価が下がった時にも手放さなかった大金持ちは、今ではさらに資産額を増やしていたのだ。
俺の古谷企画も、プロト1が『長期保有を目的に、将来性があって割安な株を沢山購入しておきます』と言っていたので許可している。
事実、評価額の増加と配当で、古谷企画はかなり儲けていた。
同時に、一定の資金を用いてデイトレーダーみたいなこともしているそうだが、こちらも確実に利益を上げているらしい。
株やFXの自動売買ソフトというものがあるらしいが、高性能ゴーレムたちにやらせると、それよりも高い精度でプラスになるのだそうだ。
赤字になったらやめろと言っているが、今も続けているのを確認している。
あとは、競馬、競輪、オートレース、競艇 、イギリスのブックメーカーの賭けなども、高性能ゴーレムに買わせて利益を出していた。
こうして俺は、某〇ケティーの資本論のごとく、金持ちほど資産が増えていくという事実を実体験しているわけだ。
「それなのに、どうしてお前は投資で損害なんか出すんだよ? ビックリするほど無能だな」
「平民のくせに生意気だぞ!」
「身分以前に、くだらない理由で借金を作ったお前が笑える」
ダンジョン出現以降、こんなくだらない理由で没落するのは二条家くらいだろう。
「当主はなにをしていたんだ?」
「二条さんが、勝手に投資をしたのだと思います」
「この手のバカにはよくあるよなぁ。自分に自信があるから、絶対に成功すると思ってレバレッジを利かせて大損害を出し、追証を求められたわけか」
「うっ!」
どうやら図星だったようだ。
「綾乃に頼らないで、自分でなんとかするくらいの気概がないと、彼女と結婚してもらえないんじゃないか?」
「もう我慢できない! この国を動かしてきた高貴な血筋たる僕をバカにしてぇーーー!」
こいつに気を使うのも疲れるので正直に煽っていたら、激昂した二条のバカがスーツの中からナイフを取り出し、構えた。
そしてそのまま、俺に向かって走り出す。
「良二様!」
「ええと……」
このまま避けてもいいのだけど、俺は二条のバカの行動を監視する、怪しげな男たちに気がついていた。
多分、このところ冒険者を陥れて賠償金を取り立てる、不良弁護士たちであろう。
だから俺はわざと避けず、さらにわざと体の防御力を落とし、ナイフを腹に突き立てさせた。
急所はハズれたが、ナイフは深々と俺のお腹に突き刺さっている。
さらに、刺された場所から大量に血が流れ出てきた。
「ひっーーー!」
「刺された俺が『ひぃーーー!』だよ。警察!」
俺がそう叫ぶと、すぐに見物人の誰かが警察に通報してくれた。
数分で駆けつけた警察官たちが二条のバカを拘束し、奴と組んでいた怪しげな男たちは動揺を隠せないようだ。
彼らのシナリオでは、俺が反撃して二条のバカが負傷。
過剰防衛を理由に、金を巻き上げる計画だったのだから。
「あっ、佐藤先生ですか。実は、変な男にナイフを刺されまして。ええ、しばらく療養しないといけないので、色々な後処理をお願いします」
俺は続けて、古谷企画の顧問弁護士である佐藤先生に電話をかけ、事後処理を頼んだ。
「綾乃タンとの新婚生活……」
「それは無理やな。 刑務所生活……腐っても上級国民か……」
借金塗れでも、元五摂家だからなぁ。
色々な力が働いて執行猶予がつくか、もしくは不起訴になるかもしれない。
だが、俺が怪我の治療で休めば、膨大な損害賠償を請求される。
民事訴訟になるけど、きっと佐藤先生が頑張ってくれるだろう。
「こうして二条家は、歴史の中だけの存在になるのでした」
「古谷良二ぃーーー!」
「殺人未遂犯のくせに、暴れるな!」
「話なら、署でいくらでも聞いてやるから」
警察官たちによってパトカーに乗せられようとしていた二条のバカが、俺の挑発に激高していたが、ヒョロガリの彼が警察官たちを振りきれるわけもなく、そのままパトカーに乗せられ連行されていった。
「犯罪者は捕まって当然だな。日本は法治国家だから」
いくら上級国民でも、これだけの目撃者がいる中での現行犯だ。
言い逃れはできまい。
なにより、本人が思っているほど二条のバカに権力なんてないのだから。
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