第75話 御堂の末路

「なに? 古谷良二が、土蔵山脈の原生林に一人で出かけるだと?」


「はい。なんでも、一人で訓練合宿をするそうです」


「そうか! お前はミスったが、もう一度チャンスをくれてやろう。ダンジョンの中ならともかく、外の世界では銃器が通用する。古谷良二を蜂の巣にしてやる!」



 秘書経由で暴力団関係者に任せた古谷良二殺害だが、その暴力団関係者がさらにヤミ金に仕事を依頼し、さらにそのヤミ金が、借金で首が回らない男にトラックで轢き殺させようとしたら失敗した。

 まったく、あの化け物をトラックで轢き殺すなど不可能に決まっておろうが。

 そんなこともわからない低脳とは……。

 結局古谷良二は傷一つ負わず、その後始末でワシが苦労する羽目になってしまった。

 とにかく、急いで古谷良二を殺さなければ……と思ったら、古谷良二が冒険者特区を出て、 土蔵山脈の原生林で一人修行をするという極秘情報が入ってきた。


「これはチャンスだ! 武器と人を集めるのだ!」


 ワシのこれまでの人脈を生かし、人を殺すことに躊躇いがない者、銃器の扱いに長けた者たちを総動員し、拳銃のみならず、重火器などもかき集めさせよう。

 日本で活動している外国の工作員たちが所持しているものや、密輸品の押収品を懇意にしている税関職員たちから入手する。


「ダンジョン内や冒険者特区では手を出しにくかったが、わざわざ人のいない山奥でワシの餌食になってくれるとはな。そうだ、偉大なるワシに逆らった哀れなガキの死体を拝んでやろうではないか。冴木、万全に準備をしておけよ」


「わかりました」


 ここで頑張れば、どこかの選挙区から政治家として出馬させてやってもいい。

 ワシの選挙区は息子に継がせるがな。

 その前に、ワシは総理大臣にならなければ。

 その第一歩として、古谷良二をハチの巣にしてやろう。





「……なるほど。随分と大人数で待ち伏せしているんだな。気配でまるわかりだが……」


 土蔵山脈の原生林内において、俺は百名近い人間の気配を感じた。

 冒険者特性がある人間は……一人いるが、弱いな。

 間違いなく、他の連中は銃で武装しているはずだ。

 ここはダンジョンではないので、火器が通用する。

 銃火器を用いれば、冒険者は殺せると考えたのであろう。

 実際、レベルの低い冒険者は銃で殺すことが可能だ。

 だからこそ御堂は、俺をダンジョンの外で殺すことに拘っている。

 ダンジョン内で標的よりも強い冒険者に暗殺させるという手もあるが、そもそもそんなに強い冒険者が暗殺で手を汚す可能性は限りなく低かった。

 普通にモンスターを倒した方が圧倒的に儲かるからだ。

 なにより、モンスター退治は違法じゃない。

 結果的に、反社的な人間を集めて銃や重火器で殺すしか手がないわけだが、冒険者を銃火器で殺すことができないケースもある。


「撃て!」


 誰かの命令と共に、俺のいる場所に大量の銃弾が降り注いだ。

 さらに、重機関銃、迫撃砲、対戦車ライフル、RPGなど。

 結構な火力が俺に対し集中的に発射され、爆炎と土煙で俺の体を覆い隠してしまった。


「やったぞ! 木端微塵だ!」


 一人大はしゃぎしている老人がいるが、こいつが御堂潤一郎か。

 俺を殺して、ベーリング海でカニを獲ったり、未公開株詐欺で執行猶予判決が出た従兄たちにその財産を継がせ、彼らを裏からコントロールして金を引っ張り出す。

 こんな幼稚で浅はかな策しか考えつかない奴が、与党の重鎮とは……。

 それは、政治家の信用度が低くなって当然というものだ。

 しかし、御堂潤一郎は気がついているのかね?

 この程度の攻撃では、俺に傷一つつけることすら難しいのだという事実に。


「死体の確認をしたかったが、これでは肉片一つ残っていないかもな」


「そうでもないぜ、ジジイ」


「えっ?」


 爆炎と土煙が晴れると、俺の目の前には口をあんぐりとさせた老人が立っていた 。

 向こうは、俺が今の攻撃で木っ端微塵になったと思っていたようだが、『バリアー』を張れば……いや、張らなくても俺は死なない。

 このくらいで死んでいたら、魔王なんて倒せないからだ。


「御堂潤一郎。政治家歴だけ長い老害。やっていることはほぼ汚職。 反社会勢力とのつき合いがあるというか、むしろそういうところとの付き合いが深い。息子が救いようのないバカ。ええと、他には……」


「ガキのくせに生意気な! ワシを誰だと思っているんだ?」


「今、説明したじゃないか。可哀想に、総理大臣になれなかった無能でしょう?」


「ガキィーーー!」


 ちょっと煽っただけですぐ激昂してしまうなんて。

 年を取ると、気が短くなってしまうようだな。


「で、俺を暗殺しようとした黒幕だよね? 隠せてないけど」


「なぜわかった!」


「ああ、それは……」


 警察の事情聴取が終わったあと、俺を轢いたトラック運転手が入院している病院に向うと、彼のお見舞い来ていた運送会社の社長と出会った。

 彼を尾行していたら、胡散臭いチンピラが接触してきて、彼となにやら秘密の話をしていたので、そのあとチンピラ君を確保して事情を聞いていたら、また別の反社会勢力の結構偉い人に繋がった。


「で、その反社会勢力の人と、お前の秘書が繋がってたというわけだ。納得できたか?」


 こいつはまだ気がついていないが、実は俺が土蔵山脈に一人で修行に向かったという情報を漏れやすくしたのは俺だ。

 大体、そんなところで訓練するぐらいなら、ダンジョンに潜ってレベルを上げた方が強くなるのだから。

 冒険者でない人は、簡単にこういう嘘に引っかかってしまうわけだ。


「お前は俺の計画どおり、人間として終わっている方々を集めて、俺をハチの巣にしようとしたわけだ。浅はかだねぇ」


 これで、与党の重鎮って……。


「しかも、普通自分で現場の様子を見に来るか?」


 実際に俺の死体を見ないと安心できない。

 要するに、根は小心者ってことなんだろう。


「うっ、うるさい! 随分と生意気な口を叩くが、お前はもう逃げられないぞ! 一撃目は防げたようだが、銃火器は大量に用意しているのでな。死ね!」


 そう言うやいなや、御堂潤一郎は再び攻撃開始を命じた。

 だが……。


「なぜ誰も射撃しない?」


「ジジイ、みんなお眠だから」


 冒険者特性を持たない者など、簡単に魔法で眠らせることができる。

 なにしろ、魔法抵抗力がゼロに近いのだから。


「おい! 起きろ!」


「無理だよ。あと二~三時間は目が覚めないから」


「起きるんだ! この御堂潤一郎の命令だぞ!」


 魔法で強制的に眠らせているので、揺らしたり叩いたりした程度で目が覚めるわけがない。

 御堂潤一郎は、誰一人と起きないのでかなり動揺していた。


「これで終わり。 ジ・エンドね」


「もしや、この御堂潤一郎を殺すというのか? このワシを殺せば、お前は死刑だぞ!」


「お前一人で?」


「ワシは、その辺の愚民百万人よりも価値がある男なのだ!」


「バカなんじゃないの」


 どれだけ自分を過大評価してるんだよ。

 半分ボケているんじゃないのか?


「人一人殺したとして、十年くらいだろう。それに、俺がお前を殺すのに証拠を残すわけがないだろう」


「ガキが、証拠を残さずにワシを殺すというのか? 無理に決まっておる! どうだ? ワシと組まぬか? ワシの孫娘を嫁にして、この日本を支配するのだ」


「嫌だよ、面倒くさい」


 国なんて支配してどうなるんだよ。

 俺は今のまま生きていく方が都合がいいのだから。

 それに、お前の孫娘なんて勘弁してくれ。

 どうせ、祖父と同じで性格悪いだろうし。


「これからお前は、俺に操られて悲惨な最期を迎える。次に自我が戻る時は、死ぬ直前だから。あばよ」


「待て! ワシは、そうり……」


「そんなに総理大臣になりたいのかね?」


 俺は、呆けた状態になった御堂潤一郎にいくつかの魔法をかけると、 その場から離れて上野公園ダンジョンへと向かうのであった。

 これより、御堂潤一郎の晩節汚しまくりショーが開催されるだ。





『田中総理! あなたは御堂潤一郎の悪事を知っていたにも関わらず、長年与党の重職に当て続けた。これは、任命責任を問われても仕方がないと思いますが』


『私は、御堂潤一郎の悪事をまったく知りませんでした。それでも、過去に彼を閣僚や党の重職に任命してしまった以上、任命責任はあると思います。ところで、かなりの数の野党議員たちが、彼から資金提供を受けていた容疑で検察に送検されましたが、これも党首の任命責任があるのでは?』


『……私も、彼らの悪事は知りませんでした』




 今の日本では、与党の重鎮にも関わらず、様々な悪事を働いた証拠が突然大量に検察庁に送られ、逮捕される直前に暴漢の手によって殺された、 御堂潤一郎の事件で大騒ぎとなっていた。

 贈収賄、殺人教唆、息子の暴行、窃盗、詐欺、強姦の隠ぺい等々。

 普通に考えたらありえないほど完璧な証拠が、ある日突然、検察庁に宅配便で送られてきたなんて、あきらかにおかしい……。

 しかも御堂潤一郎本人は逮捕の直前、ナイフを持った暴漢にめった刺しにされ、呆気ない最期を迎えてしまったのだ。

 しかも彼を殺したのが、暴力団組員とあっては……。

 間違いなく、彼らに不都合な証拠が検察に送られてしまったのであろう。

 情報を漏らした御堂潤一郎への報復というわけだ。


「他にも、おかしな点がある」


「フルヤアドバイスの社長である、東条さんならではの情報か」


「ああ、どういうわけか、御堂潤一郎は随分な額の資産をどこかに隠してしまったようです」


 御堂潤一郎が、長年の政治家生活で不正蓄財をしまくっていたことは有名だ。

 政治資金団体のみならず、ありとあらゆる手を使ってそれを隠蔽していたのだけど、彼が亡くなる一ヵ月前から、それらをどこかに隠し始めた。

 そのせいか、彼の死後、御堂家及び彼の政治団体、親族の持つ資産管理会社を調べてみたら、なぜか莫大な額の借金しか残っていなかったのだ。

 生前、御堂潤一郎が貯めに貯めまくった資産はどこに消えたのか?

 残された遺族たちが、『何者かに盗まれた!』と大騒ぎしているが、もし本当に盗まれたのだとしたら、御堂潤一郎の妻や子供たちが気がつかないわけがない。

 そして、彼の死と同時期に凄惨な事件が発覚した。


『土蔵山脈の原生林内において、百名以上の男女の死体が発見されました。彼らは、持っていた拳銃、ライフル、機関銃、他様々な重火器で激しい撃ち合いをしたようで、現場にいる全員の死亡が確認されました。現在警察が遺体の身元と詳しい死者の数を調べておりますか、暴力団関係者や外国籍の人間も多く、反社会組織同士の抗争か仲間割れではないかと推察されております』


 今の世に、百名以上のアウトローな連中が重火器を撃ち合って全滅する。

 なんてことはまずあり得ず、彼らは古谷さんの暗殺を実行しようとした連中であろう。

 そして、強かな彼に思わぬしっぺ返しを食らってしまったわけだ。

 古谷さんが彼らを殺した証拠……はないんだろうな。

 彼らは二つのグループに分かれ、誰一人生き残りがいなくなるまで殺し合った。

 警察が調べても、そういう結論にしか至らないはずだ。


「しかしまぁ……」


「東条さん、証拠がないのも事実だが、警察は古谷さんに恩を感じていると思うよ」


「そうなのですか」


「殺された連中の身元が一部割れているが、 全員素性がよろしくない。御堂と組んで、かなり汚いことをやっていた連中もいる。 大掃除がなされて、清々したと感じる警察幹部は多いはずだ」


「なるほど」


「どうせ、証拠なんかどこを探したってないさ。それは確信している」


 でなければ、古谷さんもここまでやらないか。


「それにしても、とても高校生とは思えないな」


「あんな化け物たちと毎日殺し合いをしているんだ。ただの高校生ではないな。だが……」


「だが?」


「普段の彼は至極常識的だし、自分に敵対しない人間には優しい。実際、自分をトラックで轢いた男の事情を聞き、ちゃんと手を差し伸べているのだから」


「それなら安心ですか」


 圧倒的な力を持つ古谷さんが暴走しないと言うのであれば、私たちは彼をサポートし続ける。

 それでいいじゃないかと思うのだ。

 内閣府で毎日サービス残業しながら、御堂のような政治家たちに怒鳴られているよりはよほどマシというものだ。

 古谷企画の業績は良すぎるほどなので、ボーナスや、インセンティブにも十分期待できるのだから。


「それで、古谷さんをトラックで跳ねようとした人はどうなったのです?」


「トラックが大破したのになぜか奇跡的に無傷で、病院はすぐに退院したそうです。それで、どういうわけか抱えていた借金がなくなり、新しい会社を立ち上げて、イワキ工業と取引を始めたとか」


「なるほどね」


 古谷さんからすれば、その人は黒幕である御堂に辿り着けた恩人というわけか。

 彼の商売が成功すればいいのだが。


「あっ、そうそう。こんなニュースがありましたね」


 そう言いながら西条さんがテレビをつけると、あるニュースが大きく取り上げられていた。


『タイガーマスクを名乗る謎の人物が、全国の児童養護施設に多額の現金を寄付をしました。その額は三十億円を超えており……』


「まあ、世の中には景気の良い方がいらっしゃるようで」


「そうですね……」


 この大金。

 間違いなく、古谷さんが御堂から奪ったお金か……。

 どうせ御堂の家族に渡しても、無駄遣いするだけだろうからな。

 過去に父親が握り潰した様々な悪事のせいで警察から取り調べを受けている息子が、なにかの間違いで政治家にでもなったら困ってしまう。

 大金があればそんな無茶が可能かもしれず、それなら子供たちの未来のために使った方がいいに決まっている。


「(御堂が念入りに隠してたお金だ。出所は永遠にわからないだろう。どうせあの世に持っていけるわけがないのだから、案外御堂も本望かもしれないな)」


 天界粗にして漏らさずと言うが、悪徳政治家であった御堂に罰が当たったようだな。

 古谷さんの資産に手を出そうとしなければ天寿をまっとうできたかもしれないのに……いや、業突く張りな彼には難しか。


「これからも、余計なことをして自滅するバカな悪党が増えるんでしょうね」


「でしょうね」


 古谷さんは正義の味方ではないが、自分い害を成そうとする者には容赦しないということが判明した。

 ならば大人しくしていればいいのだけど、彼の資産額を考えれば、これからも余計なことを考える悪党たちが度々出現するだろう。

 そして彼らは、古谷さんに徹底的に仕返しをされ、なにもかも失う。

 どういうわけか、御堂の遺産も多額の借金しか残っていなかった。

 彼のおかげで、少しは日本もよくなるのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る